様々なる『第九』
年末になると、全国各地で、『第九(ベートーヴェンの交響曲第九番)』が演奏される。
月刊誌などでも『第九』に触れたものが目につく。
「サライ1201号」小学館、「日経おとなのOFF1201号」日経BP社、「MOSTLY CLASSIC1201号」産経新聞社などである。
『第九』は、いかにも年末に相応しい音楽のように感じられるが、いつ頃から定着したものだろうか?
「サライ」の林田直樹氏の解説によれば、以下の通りである。
日本で「年末の第九」が根づいたのは、昭和12年、ヨーゼフ・ローゼンストックが新交響楽団(のちの日本交響楽団、現・NHK交響楽団)を指揮して、『第九』を演奏したときに、ベルリンの放送局で年末に『第九』を演奏する習慣があることを示唆したのが、きっかけとされている。
・・・・・・
戦後は、早くも昭和21年から『第九』が演奏され始めたが、日本における『第九』研究の第一人者、鈴木淑弘さんによれば、この頃から恒例化した「年末の第九」の原点は、かつての出陣学徒を追悼し平和に感謝する意味があったのではないかという。
戦後に、『第九』が国民的な行事といわれるまでになった背景には、同じ「九」の字を持つ日本国憲法第九条との関係があるのではないかと林田氏はいう。
両者の根本精神が、「絶対に戦争をしてはいけない」「すべての人々と平和に連帯したい」という点で共通しているというのである。
すなわち、「年末の第九」を聴くことによって、九条の精神を繰り返し確認してきたのではないか。
九条の精神が戦後のある側面であることは間違いないだろう。
戦後という時代の性格が大きく転換した今年、日本における『第九』の意味も変わったのではないか。
4月にズービン・メータ指揮でNHK交響楽団により、東日本大震災の慈善演奏会があった。
フクシマ原発事故、金正日という隣国の独裁者の死、アラブの春・・・・・・。
日本国憲法第九条の現在的意味についても、じっくりと腰を据えて再考してみる時ともいえよう。
『第九』は「合唱を加えた交響曲」というイノベーティブな作品である。
「合唱」の歌詞は、シラーの『歓喜に寄す』。
大きな苦難を乗り越えて、歓喜に至ろう!
抱き合うがいい、幾百万の人々よ!
このくちづけを全世界に贈ろう!
兄弟よ!星空のきらめく天空のかなたに
必ずやひとりの慕わしい父がおられる。
ひざまずいているか、幾百万の人々よ?
造物主の存在を予感するか、世界よ?
その人を星空のかなたに探ねるがいい!
星々のかなたに必ずやそのひとはおられる。
(訳:西野茂雄)
「MOSTLY CLASSIC」は、ディスクのベスト10を選ぶ、という格付けをしている。
意味があるのかどうか分からないが、ベスト3は以下の通りである。
1位:フルトヴェングラー/バイロイト祝祭管弦楽団(1951年)
2位:バーンスタイン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1979年)
3位:クレンペラー/フィルハーモニア管弦楽団(1957年)
1位のフルトヴェングラー盤は、私が20代に初めて自前のオーディオ装置を購入した時に、すでに歴史的名盤の評価が高かった。
40年以上前、もちろんCDなど存在しないLPの時代だった。
「コツコツコツ」というフルトヴェングラーの足音から始まる。
まさに一期一会というに相応しい演奏だろう。
その頃の、フルトヴェングラーかカラヤンか、などという論争も懐かしい。
「日経おとなのOFF」は第4楽章のDVDと「完全歌詞BOOK」を付録としている。
「完全歌詞BOOK」は楽譜様式のもので、“An die Freude”
佐渡裕さん監修となっている。
「サライ」はCDを付録としているが、なんと各楽章が以下のように異なる音源となっている。
第1楽章:カラヤン/フィルハーモニア管弦楽団(1955年)
第2楽章:クリュイタンス/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1957年)
第3楽章:ラトル/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(2002年)
第4楽章:フルトヴェングラー/バイロイト祝祭管弦楽団(1951年)
「サライ」はオリジナルCDと称しているが、邪道の感じがしなくもない。
しかし、1枚で4つの『第九』が楽しめるのは、読者サービスとしては斬新なアイデアではある。
ここでもハイライトの第4楽章は、フルトヴェングラー/バイロイト祝祭管弦楽団のものである。
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