人麻呂装置説/やまとの謎(51)
鯨統一郎『新・日本の七不思議』創元推理文庫に、人麻呂に関する面白い説をテーマにした作品が収載されている。
タイトルは、「万葉集の不思議」。
鯨氏の作品ではお馴染みの早乙女静香と宮田六郎が舞台を回す。
それに加わるのがソウル大学で万葉集を研究しているというペ教授である。
鯨氏は意表を衝く邪馬台国論など、ユニークな歴史ミステリーを創作作家であり、宮田六郎が作者の分身らしい。
⇒2008年12月31日 (水):珍説・奇説の邪馬台国・補遺…③「八幡平」説(鯨統一郎)
万葉集の時代は、書き言葉としての日本語が成立した時期だとされる。
先日の大岡信ことば館における「稲岡耕二×三浦雅士対談」でも、そのことに人麻呂が果たした役割が焦点だった。
⇒2011年11月27日 (日):柿本人麻呂の時代と日本語/やまとの謎(49)
静岡新聞111129
また、ことば自体、日本語と韓国語がはっきりとは分かれていなかったとも言われる。
藤村由加のペンネームの女性グループの作品は、そのことを基本的な立脚点としている。
⇒2009年9月29日 (火):枕詞と被枕詞/「同じ」と「違う」(10)
⇒2009年9月30日 (水):枕詞と被枕詞(続)/「同じ」と「違う」(11)
⇒2009年10月 1日 (木):枕詞と被枕詞(その3)/「同じ」と「違う」(12)
⇒2009年10月 2日 (金):「天ざかる」という枕詞
その他、韓国人が書いた朴炳植『日本語の悲劇』情報センター出版局(8607)や李寧熙『もう一つの万葉集』文藝春秋(8908)などのベストセラーなどもある。
李寧熙説については、以下で触れた。
⇒2008年8月24日 (日):文武天皇の歌
⇒2008年8月22日 (金):持統天皇の吉野行幸と弓削皇子の歌
⇒2008年9月 2日 (火):人麻呂の持統・文武批判
であるから、韓国人学者を登場させるというのはなるほど、という感じである。
また、ユニークな説を展開している小林惠子氏も、韓国語による解読を採用している。
⇒2008年10月16日 (木):小林惠子氏による『万葉集』の解読
柿本人麻呂の実像には諸説がある。
Wikipediaでは以下のように解説している。
江戸時代、契沖、賀茂真淵らが、史料に基づき、以下の理由から人麻呂は六位以下の下級官吏で生涯を終えたと唱え、以降現在に至るまで歴史学上の通説となっている。
1.五位以上の身分の者の事跡については、正史に記載しなければならなかったが、人麻呂の名は正史に見られない。
2.死去に関して律令には、三位以上は薨、四位と五位は卒、六位以下は死と表記することとなっているが、『万葉集』の人麻呂の死去に関する歌の詞書には「死」と記されている。
・・・・・・
その通説に梅原猛は『水底の歌-柿本人麻呂論』において大胆な論考を行い、人麻呂は高官であったが政争に巻き込まれ刑死したとの「人麻呂流人刑死説」を唱え、話題となった。また、梅原は人麻呂と猿丸大夫が同一人物であった可能性を指摘する。しかし、学会において受け入れられるに至ってはいない。古代の律に梅原が想定するような水死刑は存在していないこと、また梅原がいうように人麻呂が高官であったのなら、それが『続日本紀』などになに一つ残されていない点などに問題があるからである。なお、この梅原説を基にして、井沢元彦が著したものがデビュー作『猿丸幻視行』である。
『猿丸幻視行』については、思い出がある。
⇒2007年8月27日 (月):偶然か? それとも・・・②大津皇子
また、「幻視」という方法論(?)についても触れたことがある。
⇒2008年7月22日 (火):偶然か? それとも…④幻視する人々
この猿丸大夫自身、百人一首でなじみ深いが謎の多い人物である。
⇒2008年7月23日 (水):猿丸大夫
⇒2008年7月25日 (金):「百人一首」に猿丸大夫選出の意味
⇒2008年7月29日 (火):猿丸大夫とは誰のことか?
⇒2008年8月 7日 (木):猿丸大夫の正体
2人の謎の人物を結びつけるのはアイデアではあるが、その論証は困難であろう。
鯨氏は、人麻呂は実在の人物ではなく、持統天皇の統治を歌の面から支えるために創作された人物とする。
いわば人麻呂は、自然人というよりも、天皇制を浸透させるための「装置」であった、ということになる。
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