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2011年12月19日 (月)

長倉三郎博士と「複眼的思考」/知的生産の方法(15)

長倉三郎博士は、分子科学の大家として知られるが、静岡県沼津市の出身である。
旧制沼津中学から、旧制静岡高校に進学し、東大理学部大学院で学んだ。
数少ない沼津名誉市民の1人(1991(平成3)年2月称号贈呈)である。
沼津市のサイトから略歴をみると、以下の通りである。

1943(昭和18)年東京帝国大学(現東京大学)理学部化学科を卒業し、1959(昭和34)年には東京大学教授、1981(昭和56)年には東京大学名誉教授となる。
その間、1966(昭和41)年に、「分子の電子構造及び分子間相互作用に関する研究」で日本化学会賞を、1971(昭和46)年、「分子化合物の電子論的研究」で朝日賞を、1978(昭和53)年、「短寿命励起分子及び反応中間体の電子構造と反応性の研究」で日本学士院賞をそれぞれ受賞する。また、1985(昭和60)年、文化功労章を、1990(平成2)年には文化勲章を受章する。
その他、国際量子分子科学アカデミー会員、岡崎国立共同研究機構分子科学研究所長、IUPAC会長、ドイツ民主共和国科学アカデミー会員、社団法人日本化学会会長、日本学士院会員、岡崎国立共同研究機構長、文部省学術審議会委員、文部省大学審議会委員、総合研究大学院大学長、中国(台北)化学会名誉会員、インド科学アカデミー会員、英国王立科学研究所名誉会員、スウェーデン王立科学アカデミー会員などを歴任する。
沼津市にかかわることでは、平成元年、母校である愛鷹小学校の校庭に、ニュートンが「万有引力の法則」を発見するきっかけとなった「りんごの木」の子孫を、東京大学の植物園から長倉先生の仲介で接ぎ木をする。1990(平成2)年12月、名誉市民に推される。
平成13年10月に、日本学士院院長に就任、平成14年3月現在、財団法人神奈川科学技術アカデミー理事長を務めている。
http://www.city.numazu.shizuoka.jp/sisei/jyoho/hito/mei_simin/meiyo.htm

長倉博士が初めて一般書を出した。
Photo_6「複眼的思考」ノススメ―調和が必要な変革の時代を迎えて』くもん出版(1111)である。

「複眼的思考」とはどういうことか?
長倉博士によれば、次のように定義される。

物事を一面からではなく、おたがいに異なる二つの面から捉えて、相反するまたは相容れない要素の調和を考えること

たとえば、夏目漱石は、「現代日本の開化」という講演を明治44(1911)年に和歌山で行っている。
その講演で、漱石は、「開化は人間活力の発現の径路である」とし、その径路には、消極的な活力節約型と積極的な活力消耗型があるとしている。
文明は、乗り物の発展に象徴されるように、人間の活力(エネルギー)を節約する方向に進む。
芸術や趣味の世界などのように、自分の気持ちの赴くままに活力を発揮する活力消耗型の行動も必要で、この2つが並んで進まなければならない。
日本は、全体としてみれば節約型に傾きがちであり、消耗型ももっと追求しなければならない、というのが漱石の論旨である。

100年後の現在でも、日本人の基本の傾向は変わっていないように見える。
もっと、「遊び」が必要だ、ということではないだろうか。

長倉博士の筆は、古今東西に及んでいるが、漱石のもう1つの講演に触れている。
大正3(1914)年の学習院の同窓会「輔仁会」で行った「私の個人主義」である。
漱石は次のように言っている。

第一に自己の個性の発展を遂げようと思うならば、同時に他人の個性を尊重しなければならないという事。
第二に自己の所有している権力を使用しようと思うならば、それに付随している義務というものを心得なければならないという事。
第三に自己の全力を示そうと願うなら、それに伴う責任を重んじなければならないという事。

長倉博士は、漱石のいう個人主義こそ、集団の中の個と集団全体の両面から見た複眼的視点に立つものだという。科学研究における複眼的視点の重要性については、次の3つについて語っている。
①意外性の追求
通念、常識にとらわれないで、従来とは違った視点で捉えなおして究めること。
たとえば、分子は構成原子が集まってできているという見方ではなく、分子を全体として捉えることによって、分子軌道の概念が構築された。

②分化と総合化
科学的方法論の探求はデカルトに始まる。
分析的、要素還元的な方法論である。固体を器官に分け、器官を細胞に分け、細胞を分子に分け、というように、細分化して各要素を研究する。
ところが、近年、複雑系の科学に見られるように、要素に還元しないでそのまま捉えようとする立場が必要になってきた。

③相補性
ニールス・ボーアは1927年に「相補性」の概念を提唱した。
事物の全体的把握は相対立する、または相容れない要素を併用することによってはじめて可能となる。

「複眼思考法」をタイトルにした本には、先行するものとして、苅谷剛彦『知的複眼思考法』講談社(9609)がある。
副題は、「The Way to Insightful Thinking」。
<insight>には、(…への)洞察,明察,看破;洞察力,識見;〔心〕洞察性という意味がある。
「知的複眼」に相当する語として「insight」が使われていると理解できる。

私はかつていわゆるIT企業に勤めていたことがあり、ITをInsightful Thinkingの意味でも使おうよ、と提案したが、ほとんど同調者は出なかった。
しかし、未曾有の国難の今ほどInsightful Thinkingが必要な時代はないともいえよう。
そして私は、Insightful Thinkingとは、CreativeとCriticalの2つのC(C&C)の「複眼」ではないかと考えている。

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