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2011年12月20日 (火)

金正日総書記の死と世襲の論理

激動の2011年の掉尾に相応しいビッグニュースといっていいだろう。
北朝鮮の金正日総書記の死が大きく報じられている。
どこまでが真相か分からない感じもあるのが、一応次のようである。

朝鮮中央テレビは19日、北朝鮮の金正日(キムジョンイル)朝鮮労働党総書記(国防委員長)が17日午前8時半に死去した、と発表した。69歳だった。朝鮮中央通信は「現地視察中に、精神・肉体の過労によって心筋梗塞が起き、心臓ショックによって列車内で急死した」と伝えた。葬儀は28日に平壌で行われる。
ただ後継体制の整備は完了しておらず、国内はもとより朝鮮半島や北東アジア情勢が流動化する可能性がある。外交、軍事など、すべての分野を指揮した金総書記の死去により、核問題や日本人拉致問題の行方はいっそう不透明になった。
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2011121990131142.html

金正日の死によって何がどう変わるか?
もともとヴェールに包まれていたこともあるし、しばしば常識では推し量れないところもあったので、専門家でも予測しづらいようだ。
たとえば、朝鮮半島問題にくわしい九州大学特任教授・小此木 政夫氏のコメントは次のようである。

6者会談がすぐにではなくても、年明け辺りに再開されるというようなことになれば、比較的、対話を持続しながら、後継作業を進めていくということになるんですよね。彼らとしては、金正日総書記が後継した時も同じですから、アメリカとの関係を安定化させながら、中国の援助をもらって、そしてできるだけ時間稼ぎをして、体制を作りたいという意図だろうと思うんですよね。そういう方向で動いてくれればいいんですが、しかし、ミサイルの発射ってなこともあったようですが、そういう方向でいくと、混乱が緊張が高まってくるということだと思うんですね。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00213887.html

「○○であれば、・・・・」という条件付きにならざるを得ないのだろう。
可能な限り不測の事態に対応できるような態勢が必要ではないかと思うが、野田政権は例の如く問題意識が薄いようだ。

北朝鮮は19日午前、特別放送を正午から行うと発表。訪米中の玄葉光一郎外相は「(金日成国家主席が死亡した際に特別放送があった)過去の経緯から、そういうこと(死去)もありえるのではないかということだった」と述べ、外務省から死去も想定した報告を受けたと説明した。
だが、首相は特別放送の内容を確認しないまま19日午前11時59分、就任後初めての街頭演説を東京・新橋で行うため「遺漏なきように」と秘書官に言い残して官邸の執務室を出発。首相秘書官が午後0時3分に金総書記の死去を首相に連絡し、藤村修官房長官からも同5分に「戻ってください」と電話があったことから、首相は街頭演説を取りやめ、同9分、官邸に戻った。
外務省は19日午前から、北朝鮮の重大放送の内容に関し米国などと連絡を取り合っていた。しかし、死去情報は入らず、藤村長官は同日の記者会見で「米国もそのようだが、北朝鮮の放送によってのみ確認されたというのが事実だ」と説明。「あらゆる想定をした」とも語ったが、死去の可能性を重視していたなら、首相が街頭演説に向かうことはなかったはずだ。

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20111220ddm005010105000c.html

TVでは、黒い衣装の女性アナウンサーが、悲痛な声で訃報を伝えていた。
50日くらい前から姿が見られないと噂になっていた人である。
北朝鮮の発表では17日に死去とのことだが、彼女の姿が見えない期間との関係は何かあるのだろうか?

後継は、三男の金正恩ということである。
これは昨年定められた路線である。
⇒2010年9月29日 (水):北朝鮮の権力承継
しかし、代替わりはもう少し先のことと想定していたのではないか?
「後継体制の整備は完了しておらず」であろう。

ところで、最高権力者の地位が世襲されるということをどう考えるか?
日本でも、近代社会に入ってから、明治→大正→昭和と、最高権力者が世襲されてきた。
現在の天皇は最高権力者とは言えないかも知れないが、明治以降昭和の前半までは紛うことなく、天皇は最高権力者だった。
⇒2010年9月30日 (木):権力の世襲と権威の世襲/「同じ」と「違う」(15)
万世一系だというが、神武天皇が実在したとしても、始まりははあったはずだし、エンドレスということもあり得ないだろう。

私は、世襲を権力の正統性の根拠とする考え方を合理的だとは思わない。
そして歴史は、長期的にはより合理的な方に進むと考える。
国民統合の象徴としての天皇という制度を否定するものではないが、皇室のあり方は転機を迎えているように感じられる。

北朝鮮については、そう遠い将来ではなく、金王朝とでもいうべき体制は崩壊するのではないかと考える。
情報通信技術の発展は普遍的であり、この国だけが例外的であり続け得るとは思えないからである。

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