鶴見和子/私撰アンソロジー(13)
先日友人がある雑誌に、南方熊楠を紹介する文章を書いたというので、その原稿を読ませてもらった。
文中に鶴見和子さんの著書からの引用があった。
鶴見和子という名前は目にしていたが、著書は手にしたことがない。
弟の鶴見俊輔の文章は読んだことがあり、恵まれた家庭の秀才姉弟という印象を持っていた。
某古書店を通りかかったところ、店頭に「環」という雑誌のバックナンバーが何冊か置いてあった。
気になる雑誌ではあったが、高価なこともあり今まで購入にしたことがなかったが、古書店の価格ならば私にも手が出ない値段ではない。
結構重くて、障害のある身には堪えそうだったので2冊だけ買って帰った。
発行元は藤原書店。
藤原書店は、鶴見和子さんの著書のほとんどすべてを刊行している版元である。
同社のサイトの会社案内には次のようにある。
近代文明の終焉を迎えつつある時代状況の中で、小社は、現実の世界や社会を真に理解するために、従来の歴史の見方を問い直す書物を中心に刊行して参りました。今後も時代を捉える眼を養うための出版活動を続けて参る所存です。
東日本大震災、とりわけフクシマ原発事故という事態に直面したいま、上記のスタンスは貴重だろう。
鶴見和子さんは、戦後日本の代表的な社会学者だといわれる。
1995年12月に脳出血を発症。2006年7月に逝去。
若くして佐佐木信綱に師事した歌人でもある。
体がマヒして、ペンも取れずにいる時、溢れるように飛び出してくる歌を妹さんに筆記してもらった。そしてそれが彼女の第二歌集「回生」となったのであった。第一歌集から何と半世紀ぶりの第二歌集であった。乱暴な言い方が許されるならば、生死を彷徨う彼女の心を救ったのは、彼女の中に深く眠っていた歌心だったかもしれない。
・・・・・・
別の言い方をすれば、肉体が生存の危機の緊急指令を出した時、心の奥の奥から「この魂はまだこの世を離れるべきはない」という別の生存プログラムが発動したのかもしれない。これは鶴田氏の理論である「内発的発展論」の実践プログラムの可能性もある。これは知性というものが人生の苦を乗り越えていく時のひとつのモデルとも考えられるのである。
鶴見和子小論
リハビリ制度についての免疫学者多田富雄の活動について書いたことがある。
⇒2010年7月30日 (金):多田富雄さんのリハビリテーション期限撤廃運動/中間報告(10)
その多田さんと鶴見さんのことに触れたサイト。
その鶴見氏のリハビリ環境が、国の医療制度の改定によって、ガラリと変わってしまった。一般の市民にとってリハビリ制度というものは、自分やその家族が関わりを持たなければ、関心事とは成り得ない地味なものだ。そこにたまたま、多田富雄氏という著名な人物が当事者として、このリハビリ制度の「改悪」に声をあげられたこともあって、この問題がマスコミやインターネットを通じ、世間の関心事となり、反対の署名活動が、大きなうねりとなった。
・・・・・・
このまま政治家と厚労省の官僚とのもたれないの中で、現行の制度が温存されるようなことがあっては断じてならない。もちろん医療費の無駄は徹底的に見直されなければならないことは確かだ。しかし今回の医療制度の改定は、情け容赦のない高齢者とハンディを持つ人々を切り捨てるような行為であってこれを黙視することは許されない。ともかく、リハビリ制度は、患者の立場に立てば、生き死にかかわる切実な問題なのである。
多田富雄先生と鶴見和子氏の命の叫びを聞け !!
厚生労働省はリハビリ日数制限は運用上の問題(医師の判断)としているが、病院経営等の観点から、現実には日数制限があると見るべきであろう。
多田富雄さんとの往復書簡集『邂逅』藤原書店(0306)より。
わたしは死んだの、一度。死んだけれども、不思議なことに--幸いなことにことばが残った。死んだものがことばを残すってことはね、これは恵みよ、天恵よ。だからこの天からの授かりものを利用して、死者の目から、それから重度身体障害者という一番の弱者の立場から、その弱者の内発性をもって、どのようにいまの日本が見えるか、どのように世界が見えるか、それを考えながら日本を開いていく。そういう内発的発展論というのがあると思う。一番その原動力となるのが、アニミズムだと思っています。
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