« 危機の構造と「レジリエンス」/花づな列島復興のためのメモ(14) | トップページ | 山下文男さんと「津波てんでんこ」/追悼(18) »

2011年12月14日 (水)

原発の発電コストはいくらと見るのが妥当なのか?/原発事故の真相(13)

政府が発電コストの試算(見直し結果)を発表した。

政府のエネルギー・環境会議は13日、コスト等検証委員会を開き、発電方法別の費用試算を発表した。
原子力発電の発電コストは、これまで加算されていなかった事故費用などが上乗せされたため、1キロ・ワット時あたり最低8・9円となり、2004年の試算(5・9円)から約5割上昇した。
エネルギー価格の上昇などを受け、液化天然ガス(LNG)火力などのコストも上昇するため、なお原発は相対的に割安となる計算だ。今回の試算をたたき台に、同会議は、最適な発電方法の組み合わせを来春をめどに示し、来夏にまとめる革新的エネルギー・環境戦略に反映させる。
東京電力福島第一原子力発電所事故を踏まえた原発コストは、福島第一原発事故の事故費用を最低約5・8兆円と計算。さらに立地対策費や研究開発費などを加算すると、発電コストは04年の試算から3円上昇すると見積もった。この数字は「下限」であり、費用が1兆円増えるごとにコストも0・1円増加するとした。

http://news.nifty.com/cs/economy/economyalldetail/yomiuri-20111213-01082/1.htm

電力は最も便利なエネルギーであり、「最適な発電方法の組み合わせ」は重要な政策課題である。
そのためには、発電コストが的確に算定されていることが必要である。
フクシマの事故により、従来の原発発電コストに疑問符が付けられたのは当然である。
それでは、今回の試算により、その疑問符は消えたといえるであろうか?
残念ながら、NOであろう。

2010年6月、民主党政権下で閣議決定したエネルギー基本計画は、2030年までに原子力発電所を14基新増設し、電力の53%を賄うという目標を設定した。
半分以上を原発で賄うという原発推進路線に立つものであった。
フクシマの事故により、この計画は脆くも破綻した。
定期点検に入った原発の再稼働は、地元自治体の同意を取り付けるのがきわめて困難だと考えられる。

しかし、原発なしでやっていけるのか?
エネルギー政策をどうするのか、俯瞰的な構想力が問われる。
各政党は、次の総選挙で、この問題を是非マニフェストとして明示して欲しい。

今回の試算は、「事故のコスト」をどう見積もったのだろうか?
上記ニュースでは「福島第一原発事故の事故費用を最低約5・8兆円と計算」とある。
「最低」という以上、何らかの限定をして算出していることが窺われる。
しかし、実際的に素人的な感覚では、フクシマ原発事故の被害が「約5・8兆円」で収まるとは思えない。
影響は思わぬところに出てくる可能性がある。

たとえば、粉ミルクから放射性セシウムが検出されたという衝撃的なニュースも報じられている。
日経ビジネスオンライン111214号の藍原寛子『「粉ミルクから30ベクレル」の波紋-できたばかり、二本松市のNPOが最初に検出』による。

乳児向け粉ミルク「明治ステップ」から、1キログラム当たり最高で30.8ベクレルの放射性セシウムが検出され、メーカーの明治(東京都)が、対象の40万缶の無償交換を始めたというニュース。福島県内にも衝撃が走った。
粉ミルクの検査は、厚労省が7月から8月にかけて、市販品25種類を対象に実施済みで、その検査では放射性セシウムは検出されなかったからだ。さらに今回、セシウムを最初に検出したのは、明治でもなく、国県など公的に検査を行っている行政側でもなく、震災以降活動を開始した、できたてほやほやのNPO(非営利団体)である「TEAM二本松」(佐々木道範理事長、福島県二本松市)だったからだ。
・・・・・・
明治では、放射性物質が含まれていたのは原料ではなく、乾燥させるために使った外部の空気に放射性物質が混じっていたと見ている。震災直後はSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワーク)も公表されず、明治側で防げる可能性は低かったのかもしれないが、第三者機関に測定依頼するなど、さらなる対応も必要だったかもしれない。

「NPOが最初に検出」というところが気になるところである。明治や厚労省の対応に反省すべきことはないのか?
それはともかく、要するに、原料ではなく、加工工程で汚染されたらしい、ということだ。
この粉ミルクについては、それほど心配は要らないであろうとは思う。
しかし、環境問題は、徴候が重要である。
水俣病でも、環境の変化にもっと敏感であれば、防げた被害があったはずである。
基準値云々という以前に、「検出されてはならないものが検出された」と考えるべきではないだろうか?

原発事故の発生当初、枝野官房長官(当時)の、「ただちに影響はない」という言葉は、一種の流行語になった。
⇒2011年3月20日 (日):福島第1原発事故と放射線量の用語について
⇒2011年7月19日 (火):拡大する放射能汚染と補償の範囲/原発事故の真相(5)
⇒2011年8月10日 (水):「10シーベルトの放射線」の意味するもの/原発事故の真相(6)
⇒2011年9月12日 (月):福島原発事故と今後のエネルギー政策

粉ミルクも、「ただちに影響が出る」ことはないにしても、不安は残るのが正直なところだろう。
ダイヤモンド・オンライン111111号で、ジャーナリストの上杉隆氏は『「ただちに影響はない」は限られた場合の話だった!?-枝野前官房長官の“問題発言”と“政治家としての責任”』と題して、次のように書いている。

枝野氏はおとといの予算委員会の答弁の中で、改めて「これは『基準値超えの食品を一度か二度摂取した場合』に限られる」と説明し直している。
では、枝野氏に言いたい。なぜ、当時、そのように説明しなかったのか。その同じ口からは一切そんな言葉は発せられなかったではないか。

要するに、上杉氏は、枝野氏の言葉を欺瞞的レトリックだと言っているのである。

原発の発電単価の発表に際しては、「最低」の見積もりで産出するのではなく、考えられる範囲の被害額を織り込んで算出して欲しい。
とはいえ、今の時点で、合理的な根拠を持った数字を出すことはできないかも知れない。
しかし、原発の発電コストは、いわゆる「禁止的費用:prohibitive costs」なのではなかろうか。
辞書では、prohibitive costs are so high that they prevent people from buying or doing somethingと説明している。

|

« 危機の構造と「レジリエンス」/花づな列島復興のためのメモ(14) | トップページ | 山下文男さんと「津波てんでんこ」/追悼(18) »

ニュース」カテゴリの記事

原発事故の真相」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/395349/43375270

この記事へのトラックバック一覧です: 原発の発電コストはいくらと見るのが妥当なのか?/原発事故の真相(13):

« 危機の構造と「レジリエンス」/花づな列島復興のためのメモ(14) | トップページ | 山下文男さんと「津波てんでんこ」/追悼(18) »