「危機の構造」はどう変わったか?/花づな列島復興のためのメモ(12)
2011年も残すところ1ヵ月ばかりとなった。
年ごとに時間の経過が早くなっていくように感じられるが、今年は格別である。
東日本大震災発災以降、夢から十分に覚めきれないような感覚が続いている。
総括というにはまだ早いだろうが、今年は日本社会に内在していたさまざまな危機が、表面化した年であることだけは、どうやら間違いなさそうである。
東日本大震災によって、2万人近くの人命が失われた。
多くは津波によるものである。島国にとっては宿命ともいえようが、余りにも大きな犠牲である。
そして東電福島第一原発の事故。
紛れもなく現代文明がもたらした災厄である。
現場で身体を張って事態に対応しているといわれた吉田所長が体調を崩して入院し、現場を離れることになったという。
⇒2011年10月 2日 (日):2号機の真実は?/原発事故の真相(9)
⇒2011年6月24日 (金):地震直後にどうすべきだったか/原発事故の真相(3)
⇒2011年5月26日 (木):情報を隠蔽していた(ウソをついていた)のは誰か?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(36)
吉田氏の身体の状況は個人情報を理由に開示されていないが、彼の存在は一私人とは異なる。
被爆の量と質を含め、全的にオープンにすべきであろう。
フクシマは、レベル7という最悪級の事故となったが、いまだ被害の全容を把握できていない。
現在進行中の災害である。
日本経済は長い期間にわたって低迷している。
その状況を、クァドリレンマ(四重苦)と評するらしい。
⇒2011年10月18日 (火):日本経済のクァドリレンマ/花づな列島復興のためのメモ(8)
また、日本の自動車産業界では「六重苦」ということが言われている。
2011年現在の日本の自動車業界が面しているとされる6つの苦境。(1)円高、(2)高い法人税、(3)自由貿易協定の存在、(4)製造業への派遣禁止、(5)温室効果ガスの原因とされる二酸化炭素を2020年までに25%削減する宣言、そして(6)震災とそれに伴う電力不足の問題、である。
自動車産業の6重苦
思い出すのは、もう40年近くなるが、立花隆氏が菊入龍介というペンネームで書いた『日本経済自壊の構造』日本実業出版社(1973)という本である。
新米のリサーチャーだった私は、見慣れぬ著者が見せる視点と文章力の冴えに、一種の羨望感を覚えたが、後に立花隆の別名であることが分かり、なるほどと納得した。
⇒2009年9月 4日 (金):自由民主党・自壊の構造
著者は、世間でいわれている危機には、次のような五重の構造がある、と指摘した。
第一は、文明論的危機論である。すなわち、近代文明社会が危機に瀕しているということであり、現象的には、公害と人口爆発と食糧危機の問題である。
第二は、資本主義の危機である。インフレ問題、通貨問題、企業活動に関する諸原理への批判などである。
第三は、自民党の危機である。自民党の一貫した得票率の低下であり、タカ派の台頭による分裂の可能性である。
第四は、感覚的な危機論である。社会心理的な危機論といってもいい。
第五は、天災危機論である。異常気象による農業、漁業等へ深刻な影響と、大地震による未曽有の被害の予測である。
2011年時点でみると、第三の「自民党の危機」は既に限界点に達し、政権は崩壊した。
しかし、「自民党の危機」が、そっくり「民主党の危機」にすり替わっただけであることもはっきりしてきた。とすれば、それは政党政治の危機なのか?
あるいは、自民、民主に代わる勢力が必要なのか?
第五の「天災危機論」はまさに東日本大震災という形で顕在化した。
しかし、地震に限っても、東海この指摘をという年は、まさにこれらの危機の構造が、炙り出された年になりそうである。
「天災危機」論は、東日本大震災という形で現実化した。
しかし、 三連動巨大地震(南海・東南海・東海地震) や首都圏直下型地震が近い将来起こることが必至であると言われているし、頻発する異常気象や地球温暖化の問題もある。
まさに課題が浮き彫りにされた危機である。
「文明論的危機」論は、電力不足という形で顕在化した。
将来的なエネルギー源を何に求めるべきかは、まさに文明論的課題である。
特に、福島原発事故は、われわれの文明のあり方について、再考を迫るものといえる。
「資本主義の危機」論は、ソブリン債危機という形で顕在化している。
ギリシャ債務危機は、ユーロの存在意義を問うものであったし、アメリカ国際はデフォルトの瀬戸際に立たされた。
今回はぎりぎりでデフォルトを回避し得たが、アメリカ財政が構造的に危機的であることは変わりがない。日本国債も財政難から格付けの下落を余儀なくされた。
「感覚的な危機論」あるいは社会心理的な危機論」は、東日本大震災の後遺症として、震災自殺が指摘されていることを挙げれば十分であろう。
親しい人との死別や離別だけでなく、住み慣れた家からの転居など「長年慣れ親しんだもの」との別れなども含め「喪失体験」がリスクを高めるという。今回は死者が1万5千人を超え家屋の損壊も多い。数多くの被災者が何重もの「喪失」を抱えているのだ。
「仮設住宅へ移行する中で、万全の対策を取らないと、自殺者数が跳ね上がるのではないか」
内閣府が岩手、宮城、福島、茨城の被災4県などに行った緊急ヒアリングでは、自治体の危機感があらわになった。集団生活である避難所に比べ、個室居住の仮設住宅は孤立化のリスクが高い。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110817/bdy11081710530000-n2.htm
社会心理という面では、相次ぐ風評被害も挙げられよう。
特に放射能という目に見えないものについては、風評の影響が大きくなりがちである。
こうしてみると、40年近く前の指摘が呪縛のように現在にまで生きている。
自戒を込めて言えば、日々の生活に追われ、立ち止まって考えるゆとりがなかった。多くの人が同じようなことではなかったか。
残り時間は少ないが、じっくりと考えてみることにしなければならないだろう。
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