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2011年11月11日 (金)

TPPに対する野田首相の姿勢は疑問

私は社内文書で日付を入れる場合、西暦の年数を下2桁で表わして6桁表示で行ってきた。
2000年を迎えるとき、99から00になるので問題になった。いわゆるY2Kとよばれた問題である。
このブログでも、基本的には同じ方式で表示している。
それだと今日は、111111というまことにキリのいい日ということになる。

だからと言って、例えば今日の日付のキップを買って記念にとっておく、というような趣味はない。
私の若い知人に、わざわざ婚姻届を今日出すと言っている人がいるが、まあ「お好きにどうぞ」という感じである。
ところが中国では事情がちょっと異なるようである。

中国では2011年11月11日の午前11時11分に役所の“婚姻登記処(婚姻登記所)”に結婚届けを提出しようと計画しているカップルが多いという。早い人は10月初旬に婚姻登記所に11月11日の結婚届けの予約をしたし、11月11日が近づくにつれて当日の届け出に関する問い合わせの電話が急増し、婚姻登記所はその応対に忙しいとメディアは報じている。
21世紀に数字の「11」が3個も並ぶのは2011年11月11日の1日だけであり、その3個の「11」は“一男一女(生涯1人の男と1人の女)”、“一生一世(一生離れない)”、“一心一意(一途に愛して心をほかに向けない)”を表すのだという。午前11時11分に提出すれば、さらに「11」が2個加わるから最高なのだそうで、この時刻の結婚届け提出を狙うカップルは多いらしい。

世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」

ところで野田首相は、今晩環太平洋経済連携協定(TPP)交渉参加に向けて関係国と協議に入ることを記者会見で表明した。
もともと昨晩行う予定だったものを、与党内の慎重派(反対派)の勢いが想定以上に強かったため、一晩寝かせることになったのだという。

TPPについてさまざまな議論が交わされているが、私は考えを決めきれないでいる。
私ばかりではなく、著名コラムニストの小田嶋隆さんも同様のコメントを書いている。

自分ながら確たる結論を持っていないにもかかわらず原稿を書かねばならないケースは、私のようなタイプの書き手にとって、珍しい出来事ではない。日常茶飯事と言っても良い。
〆切は毎週やってくる。が、私の頭脳は、週に一個ずつ結論を提示できるだけの生産性を備えていない。
結果、当欄のテキストは、毎回、行きつ戻りつを繰り返しながら、旗幟鮮明な言説を打ち出せぬまま、狸の落ち葉みたいな読後感を提供するにとどまっている。
それでも、ウェブ上の原稿が優柔不断だからといって、国民生活に壊滅的な被害が及ぶわけではない。
コラムニストは、結論発行業者ではない。むしろ、迷妄と雑念を業とする者だ。であるからして、結論にたどりつけなかった経緯を率直に書いて、それが芸風として成立しているのなら、とりあえずはOKということになる。甘い稼業だ。

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明

私は稼業としてブログを書いているわけではないので、小田嶋さんよりもずっと気楽な立場である。
自分の日記・感想に他人に対する責任は皆無であろう。
そんなものをなぜ公開するのか?
不遜のように聞こえるかも知れないが、それも私の勝手ではないかと思う。

小田嶋さんは、上掲文で、賛否両論のエッセンス(?)を描写してみせているが、私には、推進派(賛成派)の言い分も、慎重派(反対派)の言い分も、もっとものような気がする。
しかし案件の性格からして、折衷案はあり得ない。

厄介なのは、この問題にわかりやすい妥協点が無いところだ。
二つの相反する立場の人々が二つの相異なった主張をぶつけあっている場合、普通は、当面の解決策として、双方の主張の中間あたりで、妥協できるポイントを探ることになる。
・・・・・・
が、TPPには、妥協点が無い。というのも、参加と不参加の間には、有効な立ち位置が存在しないからだ。強いて言えば、「付帯条件を山ほど持ち込みながらの参加」「途中で離脱する構えを見せながらの半身の参加」「未練たらたらの不参加」といった感じの選択が無いわけではないが、それらは、どっちにしても、良い結果に結びつかない。

まったくその通りだと思う。
しかし首相とすれば、何らかの形で結論を出さざるを得なかったのだろう。
野田首相の描いていたシナリオは、党のプロジェクトチームで明確に参加すべしという結論が出て、それを踏まえて政権としての判断を示すということだったようだ。
つまり首相として結論はすでにあったということだ。

ところが、プロジェクトチームの結論は、どちらかといえば「参加に慎重」というニュアンスだった。
野田首相はハナから前向きだったように見受けられたが、それを無視しての参加表明はできないという判断になったのだろう。
しかし、一晩おくことで何が変わるのだろうか?

あたかも幕末の鎖国を続けるか、開国に踏み切るべきかの論争のようである。
とすれば、TPP参加が開明的であるかのような感じがするが、コトはそう単純ではないと思う。
これだけ立場が割れている問題に対して拙速に結論を出そうとする姿勢が問題ではないのか?
増税の問題も同様である。結論ありきで、その前にやるはずの問題が先送りされていないか?

今まで、声高に議論されている割に、内容は深化していないように感じられる。
TPPの問題でも民主党は政策がまとまっていず、政党の体をなしていない。
早く解散総選挙を行って世論に問うべきだろう。

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