『湯の町エレジー』と古賀メロディ/私撰アンソロジー(12)
昨夜、NHKが「歌謡コンサート」で『古賀政男特集』と銘打った番組を放映していた。
それを見ながら、回復期リハビリ病棟で過ごした日々を思い出した。
私が回復期に入院していたのは伊豆の山中にあるリハビリ専門病院だった。
歴史が古いだけあって、スタッフも充実しており、行きとどいたリハビリを受けられたと思う。
しかし、急性期に続いての4ヶ月半に及ぶ入院生活は、時にウンザリするような期間でもあった。
急性期は自分自身が平常心を失っていることもあって、時間が過ぎるのは早かったが、落ち着きを取り戻しつつあった回復期は、退院までの時間が気が遠くなるように長いと感じられた。
もちろんスタッフに恵まれているのは他の入院患者も同じであるが、私はその他の面でも恵まれた環境にあったと思う。
先ず第一に、妻と娘が交互に洗濯物を運んでくれた。同室の人の中には自分で洗濯をしている人もいたのだから、それだけでもずい分あり難いことだった。
見舞客にも恵まれていたのではないかと思う。
殆ど毎週、週末になると足を運んでくれる友人がいた。
遠く京都や大阪から来てくれた友人もいたし、恩師夫妻が訪ねて来て下さったこともある。
その他、折を見て見舞ってくれた知人たち。
短時間ではあっても、それらの人たちとのコミュニケーションがどれほど励ましになったことだろう。
日中は、リハビリやら見舞客があったりで、何かと気を紛らすことはできる。
問題は夜である。
病院の消灯時間は早い。
消灯時間以降は基本的にはTVを見ることも憚られる。
山中であることもあって、ラジオの電波も入りにくい。
従って、聴くとすれば、CDである。
しかし、消灯後、不自由な身体で暗い中で、CDを出し入れしたりするのも大変な作業だった。
それに、クラシックの交響曲などは病床で聴くには重すぎる。
中では、発症前にたまたま手にした川井郁子さんの『The Red Violin』というCDは繰り返し聴いた。
川井さんのことは何も知らないで購入したのだったが、ジプシー音楽のような哀愁を帯びたヴァイオリンのメロディが切なかった。
そんなときに、思いもかけず、若い知人たちが、iPodをプレゼントしてくれたのだった。
⇒2011年9月17日 (土):アップルとソニー/「同じ」と「違う」(31)
嬉しかったのは彼(彼女)らが、思い思いの曲をダウンロードしてくれていたことである。
もちろん、人には好みというものがあるから、私の好みにフィットしないものもあった。
しかし、病床の私に聴かせたいと思って選曲してくれたのだ。
そう思うと、人の情というものの有難さが身に沁みた。
知人たちがダウンロードしてくれた曲の中に、島倉千代子が歌っている「古賀メロディ」があった。
おそらく、『古賀政男生誕100年記念::島倉千代子 古賀メロディを唄う』だと思う。
収録されている「古賀メロディ」には、カラオケなどで馴染みのある曲もある。
中でも最もその時の心情にぴったり来たのが『湯の町エレジー』だった。
『湯の町エレジー』は、昭和23年(1948)にリリースされた曲で、100万枚近く売れた昭和20年代を通じて最大のヒット曲の1つであるとされる。
オリジナルは近江俊郎が唄った。
ギターの音色を特徴とする「古賀メロディー」を代表する曲であるが、伊豆のリハビリ病院としては、ご当地ソング的な性格もある。
島倉千代子の歌唱は、嫋々というのだろうか、心細げでありながら張りがある。
男心の歌ではあるが、島倉千代子の声がよくマッチしているように思う。
五木寛之さんが「艶歌三部作」で描いた世界に通ずるのではないか。
⇒2011年3月22日 (火):津々浦々の復興に立ち向かう文明史的な構想力を
⇒2011年8月 6日 (土):『北帰行』ノスタルジー
NHKの番組の方は、映像が邪魔をしている感じがした。
きれいな衣装でシナを作って唄う歌手の姿は、古賀メロディの持つ一種の暗さに似合わない。
怨歌としての要素が希薄になってしまうと思う。
映像は情報量が多い分、味わう側の想像力を奪うのではなかろうか。
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