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2011年11月22日 (火)

イーハトーブと満州国/「同じ」と「違う」(35)・満州「国」論(1)

イーハトーブと満州国は対比して論ずるものか?
宮下隆二『イーハトーブと満洲国-宮沢賢治と石原莞爾が描いた理想郷』PHP研究所(0706)を前にしたとき、先ず感じた疑問である。
一方は、文学者が岩手県を理想化して描いた仮想的なユートピア、もう一方は、満州事変の立役者と言われる軍人による現実の国家(?)・
果たして共通項はあるのか?

著者自身が「はじめに」の冒頭で書いている。

賢治と莞爾。イーハトーブと満洲国。
まったく場違いな取り合わせにも思えるし、どこか不思議なハーモニーのようなものも感じられる。昭和初期の日本を語るには、ともに欠かせない人物だ。しかし、これまで並列して論じられることはあまりなかった。

「不思議なハーモニーのようなもの」を感じるのは、著者が2人になじんだ結果ではないか?
少なくとも私は、「まったく場違いな取り合わせ」のように感じた。
たしかに2人とも熱心な日蓮教徒で、田中智学の国柱会に所属していた。
しかし、満州事変の立役者と『銀河鉄道の夜』の作者とは結びつかない、と考えるのが普通だろう。
実際に上掲書が出版される前に、この2人を並べて論じた研究者は「ほとんどいなかった」と書いているではないか。
研究者が「ほとんどいなかった」のだったら、研究者以外には「まったくいなかった」のではないか?

著者の宮下隆二氏は1965年生まれだというから、出版年の07年時点では42歳ということになる。
私よりずっと若いから、宮沢賢治にしろ石原莞爾にしろ、歴史上の人物のはずである。
奥付けには、筑波大学を中退後、塾講師をしながら、宗教・思想を独学で学び、詩作に従事してきた、とある。
アカデミーの人には見られない自由な視点を持っているのであろう。

まず、イーハトーブと満洲国について一般的な理解を押さえておこう。
イーハトーブについてのWikipedia の記述は以下のようである。

イーハトーブとは宮沢賢治による造語で、賢治の心象世界中にある理想郷を指す言葉である。岩手県をモチーフとしたとされており、言葉として「『岩手』(歴史的仮名遣で「いはて」)をもじった」という見解が定説となっているが、賢治自身は語源について具体的な説明を残しておらず、異説もある。
・・・・・・
賢治が生前に出版した唯一の童話集である『イーハトヴ童話
注文の多い料理店』の宣伝用広告ちらしの文章には、「イーハトヴ」について以下のような説明がなされている。この広告文自体は無署名だが、内容等から賢治自身によるものと推定されている。

「イーハトヴとは一つの地名である。強て、その地点を求むるならば、大小クラウスたちの耕していた、野原や、少女アリスが辿った鏡の国と同じ世界の中、テパーンタール砂漠の遥かな北東、イヴン王国の遠い東と考えられる。実にこれは、著者の心象中に、この様な状景をもって実在したドリームランドとしての日本岩手県である。

つまり、現実には存在しない理想郷であるが、岩手県「のような地域」と考えられる。
一方、満洲国については以下のようである。
まぼろしの満州国

中国東北部。
山海関より北・・北朝鮮やロシア、モンゴルとの国境付近・・太平洋戦争以前は満州と呼ばれた地。
現在では遼寧省、吉林省、黒龍江省のいわゆる東三省がこれにあたり、哈爾濱(ハルビン)、長春(旧新京)、審陽(旧奉天)、撫順などの大都市が並びます。

・・・・・・
清王朝滅亡後、満州の地には女真族の子孫を元首とし、わずか13年と5ヵ月で消えて行った満州国という国があったのです。

Photo

イーハトーブと異なり現実に存在した地域であるが、わずか13年と5ヵ月で消えて行った「国」である。
満州国の建国の理念として、『五族協和の王道楽土』 というコンセプトがある。
五族協和とは満州人、蒙古人、漢人、日本人、朝鮮人で、これらの民族が協力して 『多民族国家』 を形成し、欧米諸国のような覇道によらずに王道をもって治めると謳われた。
しかし、実態が日本の傀儡「国家」であったことは疑いない。
現在中国では、満州という呼称は使用しておらず東北部という。また、満州国は偽満州国と呼んでいる。

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