土屋隆夫さんと『危険な童話』/追悼(16)
推理作家の土屋隆夫さんが亡くなった。
推理小説界の最長老で作家の土屋隆夫(つちや・たかお)さんが14日午前1時35分、心不全のため死去した。
94歳だった。告別式は16日午後0時30分、長野県佐久市協和2361の1カームしらかば。喪主は長男、哲夫氏。
中学校教諭だった1949年、短編「『罪ふかき死』の構図」でデビュー。江戸川乱歩の随筆に影響され、文学性と謎解きの面白さを併せ持つ推理小説を志し、新興宗教と地方政治の癒着を取り上げた「天狗の面」(58年)、千草検事シリーズ第1作の「影の告発」(63年、日本推理作家協会賞)などを発表、本格派の巨人と言われた。
生家のある長野県立科町を拠点に創作を続けた地方在住作家の元祖的存在で、90歳で長編「人形が死んだ夜」を書き下ろすなど晩年まで執筆した。2002年に日本ミステリー文学大賞を受賞した。
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20111114-OYT1T00802.htm?from=y10
「推理小説界の最長老」とあるが、私にとっては青春の推理小説家だった。
学生時代に古本屋街で、埃を被って置かれていた『危険な童話』桃源社ポピュラーブックス(6309)を入手し、一読してすっかり魅了された。
私は推理小説を広く読んでいるわけではないが、日本の推理小説のベストテンを挙げよ、と言われれば、1位に『危険な童話』を挙げ、同一作家の作品が許されるなら『影の告発』を何位かにノミネートしたい。
Wikipediaには以下のように解説されている。
文学への関心が高く、デビュー以来論理的な謎解きと文学性の融合を目指した作品を書き続けている。また、「芥川龍之介の推理」や「泥の文学碑」、「川端康成の遺書」など、実在する文学者・文学作品を題材にした作品もある。
私見では、「論理的な謎解きと文学性の融合」が最も象徴的に表現されたのが『危険な童話』である。
各章の冒頭に印象的な「童話」が載っている。
その「童話」が重要なトリックを構成しているわけだが、作品と見事に融合していて不自然さはまったく感じられない。
読後に残るのは、人間の営みの非条理性やそれがもたらす「悲しみ」である。
かつて、土屋隆夫特集の『別冊・幻影城』のポートレートに、「叙情溢るる本格派」というキャプションが付されていた。
「本格派(推理小説)」とは、事件の手がかりをすべてフェアな形で作品中で示し、それと同じ情報をもとに登場人物が真相を導き出す形のもの、と定義される。
土屋隆夫氏は、「本格派」を冠して形容されることの多い作家で、推理小説評論家の権田萬治氏は、「本格派の前衛」と評している。
前衛とは、革新的な試みの旗手ということであろう。
『危険な童話』は、まさに「叙情溢るる本格派」であることを示す作品である。
土屋氏自身が推理小説をどう考えているかを示す言葉として、処女長編『天狗の面―土屋隆夫コレクション (光文社文庫)』(0205)の中に以下のような記述がある。
一言にして言えば、探偵小説とは、割り算の文学である。しかも、多くの謎を、名探偵の推理をもって明快に割り切った場合、そこにはいささかの余りがあってもならない。
事件÷推理=解決
この数式に示された解決の部分に、剰余、即ち未解決の部分や疑問が残されていてはならないのである。
「剰余」とは何か?
権田萬治氏は、「解決」は必要かつ十分な条件であるが、「剰余」は文学的香気とでも名付けるべき必要条件ではないか、と疑問を呈したが、私の認識はちょっと異なる。
「剰余」とは「曖昧性」であろう。文学的香気の源泉になることもあり得るが、「剰余」が無くても文学的香気をもち得るのではないかと思う。
例えば『危険な童話』について言えば、事件の謎は完全に割り切れていてその意味では剰余がゼロであるが、同時に豊かな文学的な香気を併せ持っている。
日本の推理小説は、未だに『危険な童話』を超える作品を生み出していないのではないか。
合掌。
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