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2011年11月 9日 (水)

オリンパス経営陣は何を守ろうとしたのか?

「オリンパスよ、お前もか」と呟きたくなった人は多いのではないか。
財テクの失敗隠しのためのさまざまな仮装が報道されている。

オリンパスといえば、一般生活者にとってはカメラメーカーであろう。
銀塩時代、PENの愛称で知られるハーフサイズのカメラは、フィルム代を節約したい者にとっては、携帯に便利なことと相まって、あり難い製品だった。
デジタルカメラも、高倍率ズームの割に廉価で、最初に購入したのがオリンパス製品であった。
内視鏡などの医療分野で高いシェアを占めている。成人でお世話になったことのない人は少ないのではないか?

オリンパスは8日、不透明さを指摘されていた過去の買収案件が、有価証券への投資で生じた損失を解消するために使われ、損失の計上を1990年代ごろから先送りしていたと発表した。粉飾決算は長期にわたる可能性が高く、上場廃止は避けられない情勢。マイケル・ウッドフォード元社長の解任で幕を開けた騒動は、巨額の不正経理発覚にまで発展した。一方、オリンパスが英領ケイマン諸島の投資ファンドを使い、損失穴埋め資金を捻出していたことが、フジサンケイビジネスアイが入手した内部資料などで分かった。
Photo

http://www.sankeibiz.jp/business/news/111109/bsc1111090501001-n1.htm

「飛ばし」「先送り」は、山一証券や日本長期銀行などにおいてお馴染みの構図である。
⇒2008年7月19日 (土):旧長銀粉飾決算事件
問題にされた長銀の決算期は特殊で微妙な決算期であった。
日本の銀行の経理処理の基準が、統一経理基準から企業会計原則に統一される移行の過渡期であった。
結果的に長銀の粉飾決算の不法性は否認されたが、もちろん問題がなかったわけではない。
⇒2009年1月26日 (月):長銀粉飾決算事件再考
⇒2009年1月27日 (火):長銀粉飾決算事件再考②

オリンパスの場合はどうか?
疑問に思う第一は、なぜ今まで、ということである。
金融会社だけでなく、カネボウやそごうのような、超一流の評価を欲しいままにしてきた事業会社が、粉飾が発覚して消えて行った。
堤防の決壊もアリの一穴から生ずる。
最初は小さな穴が、粉飾することによってより大きな穴になる、というのは一般則であろう。
おそらくオリンパスも、財テクの失敗を素直に損失として計上すれば、会社の存立に係わるような問題にならなかったのではないか。

疑問の第二は、余りに古典的な図式ではないか、ということである。
ケイマン諸島のペーパーカンパニーやベンチャービジネスというのは、「いかにも」ではないか?
解任されたマイケル・ウッドフォード元社長ならずとも、疑惑の匂いを感じとるはずである。
一流企業にしては、稚拙すぎないか?

同時に、「なぜ、マイケル・ウッドフォード元社長を社長に選任したのか?」も疑問である。
開示資料によれば、ウッドフォード氏は、4月1日づけで社長に就任しているが、その時点では取締役ではなく執行役員だった。
取締役選任は、6月の定時株主総会においてである。
不自然であろう。
あるいは事情に感づいた優秀な幹部は退職してしまって、窮余の一策だったということであろうか?
ともあれ外国人が社長になってはじめて不祥事が公然化したというのも、幸なのか不幸なのか?

疑問の第三は、監査役や監査法人は機能していたのか、ということである。
同社には、2人の常勤監査役と2人の社外監査役がいる。
同社の会計監査人は、平成21年の定時株主総会時に、あずさ監査法人から新日本有限責任監査法人に変更になっている。
新日本有限責任監査法人は、東京電力の監査について、次のような批判を受けている。
会社から報酬を受ける監査役や監査法人には限界があるということもあろう。

6月24日付朝日新聞経済面のコラム「経済気象台」のタイトルは、「監査人は市場の番人なのか」でした。
このコラムでは、新日本有限責任監査法人が東京電力に対して出した「無限定適正意見」に対する厳し批判でした。
「東電は、東証の規則で上場が認められた民間会社である。会計監査が義務づけられ、監査人は2011年3月期の決算書を全面的に肯定する適正意見を出した。しかし、今回は適正か不適正かではなく、「意見不表明」とする事例ではないか。これが意見不表明に該当しないのであれば、もはやこの制度がいらない、と思えるほどだ」
というコメントが主張の中心だが、全くその通り。
東電のHPに掲示されている事業報告の「独立監査人の監査報告書」の追記情報には、「継続企業の前提に重大な疑義が生じあせるような状況が存在している」と書いてある。
「継続企業の前提に重大な疑義が生じさせる状況が存在している」にもかかわらず「無限定適正」とは、支離滅裂な論理。
会計士の職業倫理や矜持はどこに行ってしまったのでしょうか?
http://blogs.yahoo.co.jp/takamaru1155/35259522.html

こうなると、オリンパスの社会的責任(CSR)が問題になってくる。
同社のサイトには、CSRについて次のように説明している。

オリンパスグループのCSR活動とは、社会からの要請・期待に応え、その義務・責任を果たすことです。「Social IN」という言葉をつくる以前から、オリンパスは、さまざまな形で社会に貢献してきました。しかし、私たちはそれだけでよいとは考えていません。事業環境は刻一刻と変わっていきます。オリンパスが共有すべき社会の価値観も徐々に変わっていきます。また経営者や従業員も入れ替わっていきます。
そのなかで、従業員やその家族、お客さまやお取引先、株主、さらには地域や社会といったステークホルダー(Stakeholder:企業活動を行ううえでかかわる人や組織)に対しての責任を果たすことによって初めて、オリンパスという企業の存続が認められ、「人々の健康と幸せな生活の実現」に貢献できます。

Photo_2
http://www.olympus.co.jp/jp/corc/csr/olycsr/philosophy/csrapproaches/

言うは易く、行うは難し。
CSRもその例であろうが、ここはじっくりと再考すべきだと思う。
投資家の不信を買ったオリンパスの株価はまたたく間に低落している。
Photo_3

苦しい時に財テクで少しでも利益を補填しようという発想は理解できるし、時に必要でもあろう。
しかし、原点は、本業を通じての社会貢献であろう。
営業利益こそ、企業の社会的評価の最も端的な指標ではないのか。
オリンパスの経営陣は、一体何を守ろうとしたのであろうか?

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