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2011年10月 7日 (金)

S.ジョブズの死と「iPhone4S」の発売(続)

「iPhone4S」が期待された「iPhone5」でなかったことは、先ずは消費者・ユーザーの期待を裏切るものと受け止められた。
しかし、間を置かず、S.ジョブズの死が伝えられると、反応が一変したらしい。

「iPhone4S」は4日(現地時間)の発表後、世界の消費者と業界から冷ややかな反応を受けた。「iPhone4」をやや改善したレベルにすぎなかったからだ。各種インターネットサイトには「アップルに失望した」「iPhone5を楽しみにまっていたが裏切られた」「デザイン・性能など変わったところがほとんどないのに、なぜ新しいシリーズとして出てきたのか」などネットユーザーの不満が相次いだ。
しかし一日で状況は逆転した。「iPhone4S」発表翌日の5日(現地時間)、アップルのCEOだったスティーブ・ジョブズの死去が伝えられた。インターネット上にはすぐに哀悼の雰囲気が広がった。
「iPhone4」に対する不満のコメントばかりだったアップルのホームページも、ジョブズへの追悼文で塗り替えられ、ツイッターやフェイスブックにはジョブズの死を悼むコメントがあふれた。この雰囲気は「iPhone4S」の販売につながった。

http://japanese.joins.com/article/385/144385.html?servcode=300&sectcode=330

さすがに“神様”だ。
名実共にカリスマである。
「iPhone4S」というネーミングも、「4S]を「For Steve」の意味だと解するのだという。

各種のメディアには、S.ジョブズを追悼する言葉が溢れている。
Photo左表は、週刊ダイヤモンド編集部による『追悼 スティーブ・ジョブズ/革新と創造の担い手、逝く』と題する記事中のものである。

ジョブズ氏は76年に友人とともにアップルを創業(会社設立は翌年)。77年に「AppleII」を発表し、個人向けコンピュータで世界で初めて成功を収めた。その後、マウスを使った操作性やデザイン性の高さで、後のパーソナルコンピュータのひな型ともなった「マッキントッシュ」をはじめ、先進的な製品を生み出すも、期待ほどには売り上げは伸びず、業績悪化に伴う内部対立などからアップルを追われる。
追放後は、コンピュータグラフィックス制作会社のピクサーを設立し、ディズニー映画「トイ・ストーリー」を制作するなど活躍。その間、アップルは米マイクロソフトとのOS競争に敗れ、業績は悪化の一途をたどったが、96年にジョブズ氏は顧問として復帰を請われると、すぐに最高経営責任者(CEO)に返り咲いた。
それ以降、「iMac」を旗頭として、新生アップルの道を突き進んでいく。コンテンツ配信サービスの「iTunes Store」と連携し、一気にナンバーワン携帯音楽プレーヤーに上り詰めた「iPod」を皮切りに、スマートフォンというまったく新しい携帯電話の市場を創造した「iPhone」を生み出した。さらには、「iPad」を世に送り出し、携帯電話とノートパソコンのあいだにタブレット端末という市場まで創り出し、ユーザーのライフスタイルを塗り替えてしまったのだ。

まさに時代の申し子なのだろう。
現在コンピュータといえばほとんどの人がパーソナル・コンピュータ(PC)のことを考えるだろう。
しかし、ジョブズたちが「マッキントッシュ」を市場に出すまでは、一種の夢物語であった。
私の職業生活の1/3の期間においては、コンピュータとは空調の効いたコンピュータ室に鎮座する大型機であった。

PCの歴史の一端を、Wikipediaから引用する。

1981年16ビットIBM PCが登場して世界的にベストセラーとなり、IBM PCで採用されたインテルのx86系のCPUとマイクロソフトMS-DOSが主流(事実上の標準)となった。更にコンパックなどによりIBM PC互換機市場が形成され、「パーソナルコンピュータ」の名称が一般化した。表計算ソフトはLotus 1-2-3ワープロソフトWordPerfect(日本では一太郎)が普及した。
1984年に登場したMacintoshグラフィカルユーザインターフェースの概念を大きく普及させることに成功し、後のコンピュータに絶大な影響をもたらした。1985年にはMacintosh向けにMicrosoft Excelが登場し、そのインターフェースは後のWindowsアプリケーションの原型となった。
しかし日本では「日本語表示の壁」もあり各社独自の日本語仕様が続き、異なったメーカー間では
アプリケーションソフトウェア互換性はほとんど無かった。16ビット市場では1982年の日本電気のPC-9800シリーズがトップシェアを続け他には富士通FMシリーズFM TOWNSセイコーエプソンのPC-9800互換機、個人向けに絞ったシャープのX68000、PC/AT互換機ベースのAX協議会のAX、日本語表示用に高解像度を標準採用した日本IBMマルチステーション5550などが競った。

個人として初めて購入したのが、PC-9800シリーズ、職場ではじめて自分が操作するツールとして使ったのが、マルチステーション5550である。
人気のない部屋で明け方近くまでかかった仕事をセーブし忘れてしまい、パーになってしまったことなどを憶えている。
今から振り返れば、のどかな時代でもあった。

ジャーナリストの瀧口範子氏は、『「Stay hungry, Stay foolish」/ジョブズ氏がシリコンバレーに遺したもの』と題する記事で次のように言う。

考えてみると、インテルやオラクルなど世界に名を知られたシリコンバレーのテクノロジー企業は数多あれども、インターネット以外の企業でこれだけ一般消費者にコネクトしていた企業はなかっただろう。ヒューレット・パッカードは例外かもしれないが、現在ではどちらかといえばB2B系の色が強く、イメージとしてはやはり地味で真面目だ。
一方、アップルは1976年の創業当初から、まったく違った波動に“チューン”していた。アップルという社名、すっきりしたかたちの筐体デザイン、GUI(グラフィック・ユーザーインターフェイス)やマウスを用いた操作のアイデアなど、この会社はまるで突然変異体のようにこの地に出現したのだ。
・・・・・・
iPod、iPhone、iPadは、2001年から2010年のたった9年の間に世に出されたものだ。それに平行して、インターネットで音楽を販売するiTunes Storeによって、音楽業界に再編成を余儀なくさせ、App Storeで新しい産業を起こし、タッチ・スクリーンを備えたタブレット・コンピュータによって、ポストPC時代をスタートさせた。
・・・・・・
奇しくもその死は、アップルがiPhone4Sを発表した翌日のことだった。アップルの製品ロードマップは、すでに何年分も先まで描かれているはずだ。アップルの一般消費者への浸透ぶりも本物だろう。だが、彼の死がシリコンバレーを震撼させていることは間違いない。
「Stay hungry, Stay foolish.(ハングリーであり続けろ、バカであり続けろ)」と唱えたジョブズ氏の精神は、いつしかシリコンバレーの精神になった。だが、彼の死に際して、その継続がいかに困難であるかを誰もが今、実感しているはずだ。

「Stay hungry, Stay foolish」「ハングリーであれ。愚かであれ」。
イノベーションの条件であろうか。
ジョブズの本質は、ビジネスモデルや製品コンセプトといった次元を超えて、「精神」にあったということだろう。

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