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2011年10月20日 (木)

平野復興担当相の「バカな奴」発言をめぐって

平野復興担当相の発言が批判を浴びている。
「私の高校の同級生みたいに逃げなかったバカな奴がいる。彼は亡くなったが、しょうがない」

これに対して、
「死んだ人間に対して、「バカな奴」とは何事か!」
「私の母は、バカだから津波で死んだのか!」
というような批判である。

まあ、確かに余り品のいい言葉とは言えないだろう。
しかも復興担当相という立場からすると、いかがなものか、という気もする。
しかし、文脈を無視して、文字面だけを捉えて批判するのはどうだろうか?

「バカな奴」という表現には、亡き友への哀惜の思いを感じとることもできるような気がする。
私も、親しい友人のことを、「バカな奴」と表現することがあるだろう。特に、思いもかけずに、つまり想定外の不慮の場合などにおいて。

東日本大震災の発災直後の頃、ACのCMとして良く流れていた金子みすゞの詩。

「遊ぼう」っていうと「遊ぼう」っていう。
「馬鹿」っていうと「馬鹿」っていう。
「もう遊ばない」っていうと「遊ばない」っていう。
そうして、あとでさみしくなって、
「ごめんね」っていうと「ごめんね」っていう。
こだまでしょうか、いいえ、誰でも。

「バカ」と言っても、侮蔑的に用いるとは限らないのだ。
平野氏の発言は、福島県二本松市で行われた参院民主党の研修会のあいさつ中の言葉で、大震災時に堤防の門扉を閉めに行った消防団員や、安全とされた避難所などに逃げた人が津波にさらわれ犠牲になった例を紹介した上で、同級生の話を披露したものだという。
現場に居たわけではないので感覚で言うしかないが、自民党の大島副総裁のように、鬼の首でも取ったように言うのはどうかと思う。

自民党の大島理森副総裁は18日夜、平野達男復興対策担当相が津波被害に関し「私の高校の同級生みたいに逃げなかったバカなやつがいる」と発言したことについて「どういう理由にしろ亡くなった方を『バカ』という表現は、大臣として許されざる言葉だ。人を傷つけるような言葉を平気で言う、この政権に復興はできない」と厳しく批判した。
そのうえで「首相の任命責任や各大臣が適格なのか、徹底的に追及していく」と述べ、平野氏の辞任を要求するとともに、20日召集の臨時国会で野田佳彦首相の任命責任を追及する考えを示した。党本部で記者団に語った。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/111018/stt11101819330013-n1.htm

自民党が批判すべきは、被災者のいわゆる「二重ローン」対策やがれき処理の遅れではないのか?
臨時国会には復興庁設置法案が提出される。

Photo_3
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20111013/223167/?ST=rebuild

政府が次期臨時国会に提出予定の復興庁設置法案によると、復興庁の本部は東京。出先機関である「復興局」を岩手、宮城、福島の被災3県に置いて現地の復興情報を収集する。
肝心の業務内容については、復興事業に関する各省庁間の調整や復興特区の認定、被災自治体への交付金の配分などに限定する。つまり、復興に関する公共事業は国土交通省、漁業関係は水産庁が中心という従来の構図は何も変わらない。
復興院に倣った当初の構想とは全く異なる、「調整機関」という位置づけにとどまるわけだ。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20111013/223167/?P=2&ST=rebuild

復興庁のあり方はどうなのか?
「こんな復興庁ならいらない」という声もあるという。
揚げ足取りに近い批判から脱して、復興の本筋を論議してもらいたいと思う。

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