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2011年10月12日 (水)

大学のネーミング・ストラテジー

ネーミングというのは重要だと思うが、難しい。
「名は体を表す」という言葉のように、実体を的確に表わしていることが望ましい。過剰なネーミングは、虚偽表示を疑われよう。

与える印象ということだけでなく、場合によっては、ネーミングによって、実体が影響を受ける。
CIで社名を変えて成功するのは、イメージ戦略としてだけでなく、関係者の意識に働きかける部分があるからだろう。
ネーミングについてはさまざまな視点から論じられている。
手許の書棚にも、津田幸雄『ネーミング・イン・ストラテジー』宣伝会議(9005)だとか佐々木健一『タイトルの魔力―作品・人名・商品のなまえ学 』中公新書(0111)など、ネーミングに関する書籍があった。

私もささやかな起業に立ち会う機会があり、中には社名として私の案が採用されたものもある。
現在はそれらの会社の実務に関係しているわけではないが、うまくいっていると聞くとやはり嬉しい。
もちろん起業が成功する確率は小さいから、失敗だったものもある。

人の名前も、その人の人生をなにがしかは規定するのではないか。
親になって子供に名前をつけるとき、親はさまざまな思いを込めるであろう。
かつて「悪魔」という名前を我が子につけようとして話題になったことがある。
親がどのような思いで名前を考えたのかはよくは知らない。

陸山会事件で一審有罪判決を受けた石川知裕衆議院議員に『悪党―小沢一郎に仕えて』朝日新聞出版(1107)というタイトルの本がある。
この「悪党」というネーミングが、先日放映の「たかじんのそこまで言って委員会」で取り上げられていた。
確かに、「悪」には本来、「強いもの」とか「秩序に収まらないもの」とかの意味があるようであり、話題を呼んだということを見ても、石川氏のネーミングは成功したといえよう。
しかし、現代社会において「悪魔」という名前をもった子の人生はどうだろうか?
私には、「親の権利の濫用である」としか思えない。

今日の産経新聞に千野境子特別記者が『白眉と伯楽の二重奏で』という文章を寄せていた。

京都大学の白眉プロジェクトに間もなく新たな白眉研究者20人が誕生する。平成21年から始まった同プロジェクトは、世界中から優秀な研究者を集め、将来はそれぞれの分野でリーダーにと松本紘総長が発案した。もっとも傑出した人や物を意味する中国の故事由来の「白眉」という名称も総長自らのアイデアだ。
次世代研究者支援事業というと味気ないが、白眉だと何だろう、と思わせる。実際、内向きで右肩下がりの日本に活を入れるように、野心的で気前のよい事業といえる。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/111012/edc11101202550001-n1.htm

このプロジェクトの選考委員会を伯楽会議という。
千野さんは、この伯楽会議のメンバーである。
若い研究者の生活条件が恵まれていないことが多いのは私も知っている。非常勤講師を掛け持ちでやったりしていて、十分な時間がとれないのことが往々にしてある。

もちろん、時間や金に恵まれているからといって、優れた研究ができるわけではないだろう。
S.ジョブズの「Stay hungry, Stay foolish」という言葉もある。
⇒2011年10月 7日 (金):S.ジョブズの死と「iPhone4S」の発売(続)

しかし、最低限の生活の保障があって、研究に打ち込める条件は重要だと思う。
その意味で大いに期待したいと思うが、ネーミングという点でも傑出しているといえないだろうか。
京都大学のサイトには次のようにある。

京都大学では、このたび、京都大学次世代研究者育成支援事業「白眉プロジェクト」を立ち上げました。このプロジェクトは、優秀な若手研究者を年俸制特定教員(准教授、助教)として採用し、最長5年間、自由な研究環境を与え自身の研究活動に没頭してもらうことにより、次世代を担う先見的な研究者を養成するものです。

千野さんの言っているように、「次世代研究者支援事業というと味気ないが、白眉だと何だろう、と思わせる」ところがミソだろう。
千野さんの文章をもう少し引用しよう。

さらに研究は、報告は求めるが評価はしないというのもあまり例のない大らかさというか大胆さだ。
昨今、金融界の格付け万能主義のように大学にも結果重視の評価主義が蔓延(まんえん)した。いきおい派手な成果の見える研究に日が当たり、基礎研究は軽視されがちとなる。評価せず-はそんな風潮への頂門の一針だが、研究費が浪費されるリスクと背中合わせでもある。

ひところ、「成果主義」という言葉が、産業社会を席巻したことがある。
しかし、結果として余りうまくいかなかったことは、たとえば城繁幸内側から見た富士通「成果主義」の崩壊 』光文社(0407)などの書籍が示している。
金融界の格付けや事業仕分けなどは、使い方を誤ると危険な両刃の剣だろう。
「白眉」研究者の誕生が楽しみであるが、大学の使命の1つは、そもそも「白眉」研究者のインキュベーターだったのではないか。
社会全体が世知辛くなって、このようなプロジェクトが必要になったのかもしれない。

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