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2011年9月11日 (日)

政府による「情報の隠蔽」は犯罪ではないのか

この半年間、何をし、何を考えて毎日を過ごしてきたのだろう。
私のように、直接の被災者ではない人間にも、東日本大震災は大きな体験であると思う。
特に、福島原発事故は、未だ収束の見通しが立たず、被害の全容も分からない。
政府が明らかに情報を隠蔽していたことが少しずつ明らかになっているが、ほんの氷山の一角に過ぎない。

例えば、佐野眞一『津波と原発 』講談社(1106)に次のような記述がある。

福島県警の通信部隊はその作業を終えて、間もなく、引き上げていった。
「そのとき彼らは、『国はデータを隠している。もうここにいない方がいいですよ』と言った」
――えっ、それは重大な証言だ。もう少し詳しく話してください。
「『今回の原発事故は重大で深刻だから、国は隠す。私らも撤収して帰れって命令が来たから帰りますが、ここにはいない方がいいですよ』と言って、帰っちゃったわけ」
――彼らが来たのは間違いなく十二日でしたか。
「間違いなく十二日の朝だった。そしてその日の夕方には撤収命令が出たからって、帰っちゃった」
――くどいようですが、そのとき彼らは「国は隠すから、あなたたちも撤収した方がいいですよ」と言ったんですね」
「うん、『ここはいない方がいいいですよ』と、言った」
福島第一原発の一号機で水素爆発が起きたのは、三月十二日の午後三時半過ぎだった。浪江の牧場を借りて通信機材をセットした福島県警の通信部隊は、ヘリコプターで撮影されたその爆発時の動画を通信衛星で県警本部に送った。県警本部はその動画を解析した結果、危険と判断したから、通信部隊に撤収命令を出した。

(p94)

「国は隠していた」のである。
⇒2011年5月 6日 (金):政府による情報の隠蔽と「見える化」/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(22)

その結果、どういうことが起きたか。
例えば、以下のようである。

原発から放射能汚染物質がどの方向に拡散するかを予測して日本国民を放射能汚染から守る為の文科省のSPEEDIの予測ですが、一部の上の者が情報を独占して仕舞い、そもそもの目的であった肝心の国民には『風評被害を引き起こす』との不真面目な理由で伏せられていたのです。
被害を被ったのは一般市民だった。
原発に隣接していた浪江町では大震災翌日の12日早朝、政府からの『10キロ圏外に退避』との方針で町民21000人に対して福島第一原発から北西へ29キロ以上離れている浪江町津島地区に避難するよう指示している。
この為に浪江町民8500~10000人が放射能汚染濃度が一番高い津島地域に3日間も留まることになったしまった。
10キロ圏外の南相馬市では『原発の被害は及ばない』として一切の防災計画もいざという時の備えも無く勿論訓練も無い。
原発事故後に浪江町など隣接する町からの避難民を当初受け入れたのは南相馬市で一番汚染濃度が高い(原発から北西方向)山側の小高地区だった。
これは有る意味では当然で、当時は大津波の影響で海岸部は壊滅状態なのですから、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の情報を知らされていないで避難する人々は、必ず放射能汚染がより高い山側に逃げることになってしまったのです。
・・・・・・
地元の福島県当局は、放射性汚染物質が飯舘村など原発から北西方向に流れると予測したSPEEDIの『広報』を何故さぼったのか。
原発爆発後にSPEEDIの予想は知らされることはなく、逆に防災無線で北西に向かって逃げるよう誘導され、あえて汚染の酷い方向へ多数の住民が車で避難し、結果何時間も大渋滞して、わざわざ一番高濃度の放射性物質を不必要に浴びて仕舞ったのである。
・・・・・・
また、NHKのETV特集『ネットワークで作る放射能汚染地図』(4/3放送)では、文科省は浪江町赤宇木地区(原発から北西31キロ)を計測しホットスポットの実態を掴んでいたが『風評被害を避けるため』として赤宇木地区に避難していた一般住民に隠していた。
これ等の避難民は政府の強制退避勧告で、避難場所より低濃度汚染地域の相馬町や二葉町の海岸部から、わざわざ放射性物質に高濃度に汚染されていた山間の赤宇木地区に逃げていたのですから救われない話である。

汚染予測(SPEEDI)未公開で避難民が放射線被曝
(110614)

また、最近、次のような報道がなされた。

Photo 東京電力福島第一原発から北西に帯状に延びた高濃度の放射能汚染地帯は、3月15日午後の気象条件が重なり形成されたことが日本原子力研究開発機構の解析でわかった。2号機の事故で放出された大量の放射性物質が雨で地表に落ちた。降雨がなければ、汚染度は大幅に低くなったという。
北西の帯は原発から約40キロの長さで浪江町、飯舘村周辺。政府が今月1日に公表した線量調査でも、高線量地域は北西方向と原発周辺に集中していた。最高(地上1メートル)は警戒区域が大熊町夫沢(原発から南西約1キロ)の毎時139マイクロシーベルト。計画的避難区域では、浪江町昼曽根(同北西約22キロ)で毎時41.3マイクロシーベルトだった。
・・・・・・
同機構の永井晴康・環境動態研究グループリーダーの推定では、大量の放射性物質が事故で2号機から放出されたのは3月15日の午前7~同11時と、午後1~3時の2回。特に午後の2回目の放出ではガス状の放射性物質などが集まった放射性プルーム(放射性雲)が、西から次第に北西方向へ流れた。県内各地で線量が上昇。夕方には飯舘村(原発から北西約39キロ)、福島市(同約63キロ)でも上がった。

http://www.asahi.com/national/update/0908/TKY201109070689.html

このSPEEDIの予測が文字通りスピーディに開示されていれば、15日の午後の降雨による被曝はかなり防げたのではないか。
SPEEDIの開示の問題は小佐古東大教授の内閣官房参与辞任の理由の1つでもある。
⇒2011年4月30日 (土):小佐古・内閣官房参与が辞任/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(19)

このような「情報の隠蔽」は、決して過失ということではなく、故意の加害行為といえよう。
「3・11」から半年たった今日は、あの「9・11」から10年目でもある。
21世紀にになって早々の「9・11」の映像は、時代の転換を予感させる衝撃的なものだった。
「3・11」もまた衝撃であるが、その意味は複雑である。

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