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2011年9月19日 (月)

民主党政権に正当性はあるのか?

野田政権の前途は多難である。
誰の目にも内憂外患が山積していることが見える。
「党内融和」路線を明確に打ち出したが、フレーズとしては、昨年菅氏と小沢氏による代表選終了後、菅氏が同様のことを口にしていた。
菅氏は最終的には、「脱小沢」を選択したが、それが党内基盤は揺らがせた一因となったことは否定できない。

せっかくの「党内融和」も鉢呂経産相の軽はずみな失言で水を注された。
野田首相は鉢呂氏を更迭したが、その根拠は明確にしないままだ。
任命責任は自分にあるとしながら、説明責任は果たしていない。

そもそも、綱領なき民主党の、判断のよりどころはなにか?
⇒2011年1月 5日 (水):綱領なき民主党の菅VS小沢の不毛な争い
⇒2011年8月24日 (水):綱領なくして漂流する民主党の出口戦略を問う
綱領を定めていないということは、統一ルールを決めていないことと似ている。

集団において、守るべきルールを統一しておくことはガバナンスの基礎といえよう。
ルールは、不合理なものでも、それが存在している以上、守るべきだろう。
民主主義をそう理解する。
今までのルールの事後的な否定は、革命ということではないか。

13回世界陸上大邱大会の男子100メートル決勝で、大本命のジャマイカのウサイン・ボルト選手がフライングで失格に終わった。
昨季から適用されたフライング一発失格のルールの適用である。
厳しいものだと思うがそれがルールというものであろう。

民主党は、09年の政権交代総選挙の際の政権公約(マニフェスト)を反故にした。
菅政権の末期、民主党の(執行部の)動きはまことに奇妙なものだった。
政権を支えるべき与党が、首相を退陣させるために、野党の協力を得ようと、マニフェストを放棄したのである。
自公両党との3党合意である。
⇒2011年8月 5日 (金):与党が首相退陣の条件を整えるためにマニフェストを放棄する不可解

野田首相も、「3党合意=マニフェストの見直し」路線は堅持するようである。
自民党の谷垣氏との衆院での党首討論で明確に言っている。
しかし、一方で、マニフェストの原点とか理念という言葉で凌ごうとする。

谷垣氏 首相はマニフェスト(政権公約)見直しについての民主、自民、公明3党の合意順守を確約したが、「マニフェストの原点に戻るときだ」とも明言している。二枚舌ではないか。
首相 3党合意は誠実に履行する。マニフェストの原点は国民の生活が第一の政治、チルドレン・ファースト、モノから人への投資などの理念を大切にしたいという意味だ。政権交代という選択をした国民の期待に応え、直面する危機を乗り越える決意であり、3党合意とは矛盾しない。
日本経済新聞9月14日

「マニフェストの原点は、……理念を大切にしたいという意味だ」というが、マニフェストとは、理念だけを大切にすればいいのか?
理念が大切なことはそのとおりである。
しかし、限られた原資の中で、優先順位づけをしなければならない。
その結果を明示化したものが、マニフェストであろう。
財政が厳しい状況にあることは、東日本大震災が起きなくても、09年の総選挙時にも明らかだった。

マニフェストが実行不可能であり、それをどう変えようとしているのか、分かり易い説明が必要であろう。
マニフェストだけではない。
菅前首相らの不可解な献金の事情もルール違反ではないか。

ルール意識が希薄だから、ルーピーと評された前任首相が自分の後継者を「ペテン師」と罵るような醜い事態を出来することになるのだ。
⇒2011年6月18日 (土):菅と鳩山の理念と現実と信義/「同じ」と「違う」(28)

野田首相は、疑惑に対する説明責任を果たし、マニフェストを書きなおして解散総選挙を行うべきだ。
それを実現できる体制を早急に整えることが、責務であるといえよう。
民主党への政権交代はフライングによる結果に等しい。

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