アップルとソニー/「同じ」と「違う」(31)
急性期を経てリハビリ専門病院に転院した時、知人たちがiPodをプレゼントしてくれたのが、アップル製品との初めての出会いである。
パソコンはもっぱらWINDOWSであり、デザイナーの知人たちがMACを愛用して、真似をしたい気持ちに駆られても、使い勝手の壁に阻まれていた。
初めて接したiPodは不思議な製品だった。
右手が麻痺していて全く動かない状態だったが、左手だけで慣れれば容易に操作できる。
知人たちが、それぞれ自分の好みの曲をダウンロードしてくれてあったので、保存されている音楽(だけでなく綾小路きみまろの漫談などもあったが)は多様であった。
何より、タッチパネルの操作感覚が斬新だった。
退院してみると、iPadの話題が世の中を席巻していた。
やはり早速購入していた知人から借りて操作してみた。
長文の入力がタッチパネルではどうかなと思ったことと、軽いとはいえ右手が麻痺していては持てないので、机の上に置いて操作せざるを得ず、自分としてはNGの結論となったが、新しいコンセプトの製品であることは十分に実感できた。
昔読んだ会津泉さんが訳出された『スカリー』早川書房(8806)のことなどを思い出した。
アップルと対比される日本企業といえば、ソニーであろう。
戦後に創業され、井深大と盛田昭夫という類稀なコンビによって、世界企業になった。
私は学生時代にトランジスタ・ラジオを購入して以来、ファンというほどのことはなかったが「SONY」のブランドには変わらぬ信頼感があった。
しかし、ソニーもいまやかつてのような輝ける存在ではないようである。
ウォークマンのような新しいコンセプトの製品が開発されたという印象がない。
アップルと比べてもどうかな、という感じである。
野口悠紀雄さんが『アップルとソニー その差はどこにあるか』という論考を東洋経済のオンライン版に掲載している。
野口さんは、アップルとソニーの2000年以降の株価を比べて見せる。
アップルの株価は2004年ごろに比べて10倍以上、01~03年ごろに比べると30倍以上である。
一方、ソニーは、00年ごろ1万4000円程度だったが、03年春の「ソニーショック」などを経て、現在は1500円程度である。
大まかなトレンドはまったく正反対である。
野口さんは、冒頭ある会議で次のような発言を聞いて驚く。
アメリカ経済は、短期的利益だけを追い求める近視眼化の傾向をますます強めている。その象徴がアップルだ。独自の技術を開発したわけでなく、さまざまな既存技術を寄せ集めただけの製品で利益を伸ばし、ついには時価総額がアメリカ第2位になってしまった。
私にも、アメリカ的経営は短期志向、日本的経営は長期志向という先入観がある。
しかしそれは「刷り込み」によるものである。
企業にとって重要なことは、必ずしも「独自の技術を開発」することではない。
「さまざまな既存技術を寄せ集めただけの製品」であっても、新しいビジネスモデルと新しい製品コンセプトであれば、勝者になれるのだ。
イノベーションとはそういうものであろう。
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