形式的な法令遵守(コンプライアンス)だけでは問題を見逃す
東電の株主総会は、例年に比べれば時間を要し、混乱もあったが、安定株主が絶対多数を占めているので、会社の原案が覆されることはなかった。
⇒2011年6月29日 (水):東電株主総会と民主党両院議員総会
また、原子力損害賠償支援機構法が、今日の参院本会議で、民主、自民、公明3党などの賛成多数で可決、成立し、被災者の賠償にあたる東電の資金繰りを支援する仕組みができた。
つまり、東京電力を倒産させないということであろう。
このためかどうか分からないが、東電の株価は一時期の低水準に比べれば大分回復している。
しかし、事故の全体像は未だに掴めているとは言えない。
原発建屋内で、10シーベルト以上という驚くべき強度の放射線量が新たに測定された。以上、というのは測定器が振り切れているからで、正確な数値は分からないということだ。
福島第1原発事故で、東京電力は2日、屋外の1・2号機主排気筒付近で1日に過去最高の毎時10シーベルト(1万ミリシーベルト)以上の放射線量が測定された場所の写真を公表した。直径3メートルの主排気筒の根元に「非常用ガス処理系」と呼ばれる細い配管が合流している部分に、防護服姿の作業員が長い棒状の測定装置を向けている様子が写っている。
東電によると、同配管には、東日本大震災翌日の3月12日に1号機で原子炉格納容器の圧力を逃がす「ベント」作業を行った際、損傷した燃料から放出された高濃度の放射性物質が流入し、内部に付着。その後、雨や結露の水によってU字形の主排気筒との接続部に放射性物質がたまり、特に濃くなったと考えられる。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&rel=j7&k=2011080200400
事故の影響範囲も日々拡大している。
肉牛から国の暫定基準値を超える放射性セシウムの検出が相次いでいる問題で、政府は2日、原子力災害対策特別措置法に基づき、栃木県に対し、県内全域からの肉牛の出荷を停止するよう指示した。肉牛の出荷停止は7月19日に福島県に指示して以降、宮城、岩手と続き、栃木が4県目。
http://www.47news.jp/47topics/e/217807.php
賠償のことを考えたら企業価値は大きく毀損されていると考えられる。
厳密に計算しなくても、純資産はマイナスであることは間違いないであろう。
今年3月期の東電決算書について、次のような解説記事がある。
田村賢司『東電決算監査は「適正」か?-ルール遵守だけでは問題を見逃す』 日経ビジネスオンライン110704
売上高5兆3685億3600万円、営業利益3996億2400万円ながら、純損失を1兆2473億4800万円とした巨額損が、原子炉の冷却など安全対策や停止・解体費用と減損によるものであることは知られるところ。
だが、数兆円から10兆円規模にも上る可能性がある損害賠償については全く計上していない。仮にその損失を見積もり、費用として引当金に計上すれば1兆6024億円の純資産を吹き飛ばし、たちまち債務超過に陥る恐れもあるはずだ。
監査を担当する新日本有限責任監査法人は、「適正意見」をつけたが、疑問を呈する声は多い。
同記事によれば、損害賠償に関する引当金を計上するには、3つの条件が揃う必要があるとされる。
(1)損害賠償など債務の原因となる出来事が期末までに発生
(2)損害賠償などの費用や損失が発生する確率が高い
(3)損害賠償額を合理的に見積もることが出来る
東電の決算書類では、(1)と(2)についてはありと認め、(3)については認めていない。
(3)については、補償の範囲や期間などの賠償指針を決める文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会がまだ、指針の全体像を確定していないため、「現時点では損害賠償を合理的に見積もることができない」と明快に否定している。
つまり、損害賠償額の合理的見積もりが不可能だから賠償損は計上していないが、巨額の偶発債務の存在と、それによる“破綻の可能性”を注記することで十分、正しい会計処理をしているという判断が、新日本の適正意見の重要な根拠になったのだろう。
・・・・・・
公認会計士でもある愛知工業大学の岡崎一浩教授は、企業会計審議会が2002年1月に策定した「監査基準の改訂に関する意見書」をめくりながらこう指摘する。
「意見書には『監査人は将来の帰結が予測し得ない事象、状況について、財務諸表に与える影響が複合的、多岐に渡る場合は重要な監査手続きを実施できなかった場合に準じて意見表明ができるかを慎重に判断しなければならない』とされている。ここに抵触しないのか」
加えて「今第1四半期にも損害賠償指針が決定されれば、すぐに兆円単位の損失が予想されるほど誰の目にも巨額損の存在が想定できるのに、それを注記ですませていいのか。適正意見を出せるかどうか疑問があれば、監査意見を表明しないということもできたはず」とも切り込む。
・・・・・・
米国史上最大級の粉飾決算事件となった電力会社、エンロンの不祥事(2001年)は、SPE(特別目的事業体)に投資の損益をつけ回しながら、本体と連結せず、外から損失が見えないようにしたことが発端だった。最後は空前の粉飾決算であることが判明したが、SPEの連結外し自体は当時、会計基準上認められたものだった。
ルールへの適合性で判断することはもちろん大事だが、それだけにとらわれていては、より奥深い問題を見逃しかねない。ケースは異なるが、東電監査を巡る論争は、肯定・否定両派の心にうずくまる、そのもどかしさを示しているようにも見える。
形式が法令に則っていればよしとする思考法では、内在している問題を見逃してしまう可能性がある。
菅首相の資金管理団体・草志会をめぐる政治献金についても、法令に適合した処理をしているから問題なし、とはいかないのだ。
⇒2011年7月18日 (月):市民には快挙の感動が湧き、市民運動家には疑惑が明らかに
⇒2011年7月22日 (金):拉致問題への菅首相の係わり
⇒2011年8月 1日 (月):次第に明らかにされていく菅首相の献金疑惑の闇
| 固定リンク
「ニュース」カテゴリの記事
- スキャンダラスな東京五輪/安部政権の命運(94)(2019.03.17)
- 際立つNHKの阿諛追従/安部政権の命運(93)(2019.03.16)
- 安倍トモ百田尚樹の『日本国紀』/安部政権の命運(95)(2019.03.18)
- 平成史の汚点としての森友事件/安部政権の命運(92)(2019.03.15)
- 内閣の番犬・横畠内閣法制局長官/人間の理解(24)(2019.03.13)
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 藤井太洋『東京の子』/私撰アンソロジー(56)(2019.04.07)
- 暫時お休みします(2019.03.24)
- ココログの障害とその説明(2019.03.21)
- スキャンダラスな東京五輪/安部政権の命運(94)(2019.03.17)
- 野党は小異を捨てて大同団結すべし/安部政権の命運(84)(2019.03.05)
「思考技術」カテゴリの記事
- 際立つNHKの阿諛追従/安部政権の命運(93)(2019.03.16)
- 安倍トモ百田尚樹の『日本国紀』/安部政権の命運(95)(2019.03.18)
- 平成史の汚点としての森友事件/安部政権の命運(92)(2019.03.15)
- 横畠内閣法制局長官の不遜/安部政権の命運(91)(2019.03.12)
- 安倍首相の「法の支配」認識/安部政権の命運(89)(2019.03.10)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント