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2011年8月 9日 (火)

高田松原の松を大文字の送り火に使用する計画が風評で中止に

陸前高田市の名勝の松並木が津波で流されてしまった。
約7万本あったものが、1本だけ残った。
⇒2011年6月 9日 (木):宮脇昭氏の講演と「ぬまづの森」の試み

この流された松を、京都の大文字の送り火に利用しようというプロジェクトの話を聞いたとき、これぞ鎮魂にふさわしいと思った。
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陸前高田の松を大文字送り火にプロジェクト

ところが、このプロジェクトが放射能汚染を心配する声で中止になった。
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「放射能が不安」被災松使った送り火中止へ

東日本大震災で津波になぎ倒された岩手県陸前高田市の景勝地「高田松原」の松で作った薪(まき)を、京都の伝統行事「五山送り火」の大文字で燃やす計画が中止になった。放射能汚染を心配する声が京都市などに寄せられたためという。放射性物質が含まれていないことは検査で確認したものの、主催する地元保存会は「世論をみて難しいと判断した」。400本の薪に書かれた鎮魂の思いは、広がり続ける放射能不安にかき消された。
計画は、高田松原の松が薪になって売られていることを知った大分市の美術家、藤原了児さん(61)が発案。京都の「大文字保存会」に呼びかけて、震災で亡くなった家族や復興への思いを書いた薪を、五山の送り火で燃やそうと準備を進めていた。
だが企画が報道されると、「放射性物質は大丈夫か」「灰が飛んで琵琶湖の水が汚染される」などと不安がる声が、保存会や京都市に電話やメールで数十件寄せられた。
市と保存会は7月下旬、すべての薪を検査し、放射性物質が検出されないことを確かめた。保存会では「これで大丈夫」との意見が出る一方、牛肉などの放射能汚染が問題になる中で、「放射能への不安を完全に取り除くことは、世論をみると難しい」という慎重論が消えず、苦渋の決断をしたという。

http://www.asahi.com/kansai/travel/news/OSK201108070083.html

誠に残念である。
大文字をはじめとする五山の送り火は、京都の夏の夜を彩る一大イベントである。
夜空に浮かび上がる絵文字は、日頃はまるっきり思慮の外にある先祖から受け継がれてきたモノを思わせてくれる機会となる。

誰がどういう抗議をして、誰が判断したのだろうか?
「すべての薪を検査し、放射性物質が検出されないことを確かめた」のならば、風評以外の何ものでもない。

放射能については、「正しく恐れよ」といわれる。
科学的な根拠に基づいて判断せよ、ということであろうが、専門家でないわれわれには難しいことである。
であるからこそ、全量検査をしたのであろう。
その結果、「射性物質が検出されない」ならば、過剰防衛と言わざるを得ない。

ひょっとしたら、恐れたのは放射能ではなく、世論とか空気といった圧力だろうか。
それとも、(同和問題についてとかく言われているように)圧力をかけることが利権につながることもあるのだろうか。

結局、用意された薪は地元で燃やされたという。

陸前高田市では8日夜、被災者の思いを綴った使われなかった薪が「迎え火」として燃やされた。参加した女性は「こうやって頂けるだけでよかった」と涙を流す。
スタジオでは、陸前高田市に祭りの取材に行ってきたばかりの赤江珠緒キャスターの表情がこわばっている。
「『五山の送り火』には魂を慰めるためとか、国の安寧という意味合いがあるにもかかわらず、名折れですよ」
五山の送り火では、被災地の人たちのメッセージが別の護摩木に書き写され燃やされるという。そんなことやられれば、かえって被災地の人たちは複雑な心境だろう。高田松原の松だから意味がある。
http://www.j-cast.com/tv/2011/08/09103905.html?p=2

さすがに中止の決定については批判の声が相次いだという。大文字にはまだ間がある。
こういう意思決定を拙速というのではなかろうか。
京都のために残念なことと言わざるをえない。

[付記]
拙速:仕上りはへたでも、やり方が早いこと。「兵は―をとうとぶ」「―を避ける」巧遅(広辞苑第六版)
とあった。この場合については、適切ではないか?

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コメント

お久しぶりです。

いつもこんな記事に出会ったときに思うことなんです、行政にこのような判断をなさせている圧力をつくっているのは一体誰なのか・・・と思ってしまいます。

何か、多くの国民が自分で自分の首を絞めているような・・・そんな気がしてならないのです。

これは対象が行政に限ったことではありません。みんながみんな批評家になってしまって・・・互いに互いを糾弾しあって・・・

より多くの支えがあっての行政ですから、それを無視できないものがある。あったかどうかが問題なのではなく、あることが予想されるかどうかが彼らにとっては大切な問題なのですから・・・どうしても先回りして考えてしまうのは・・・わかるような気がします。

投稿: 三友亭主人 | 2011年8月 9日 (火) 22時22分

三友亭主人様

コメント有難うございます。
確かに、先回りして考えたのでしょうね。
できればもう少し先まで考えて、その判断が、どんな反響をもたらすか、というところまで読んでほしいと思います。
結局、もっともっと風通しを良くしなければ、ということでしょうか。

投稿: 夢幻亭 | 2011年8月10日 (水) 02時36分

陸前高田市や被災者の方々が頼んだわけでもなく、京都市が依頼したわけでもないはず。上っ滑りの事件ではないでしょうか?

投稿: ken | 2011年8月10日 (水) 10時55分

ken様

コメント有難うございます。
きっかけは、第三者の大分の美術家のアイデアだそうですが、素晴らしい企画だと思っていただけに、残念です。

投稿: 夢幻亭 | 2011年8月10日 (水) 15時31分

今現在発がん物質として一番恐れられている自然界にない核放射性物質に
京都も例外なく全国が大かれ少なかれ、汚染されている日本国内で、
お互いに核放射能汚染を共有しながら困難を乗り越えなければならないのに、
今回の大文字焼きのような差別を助長するような
事柄がこれからも繰り返されると思うと悲しくなります。

投稿: 楓289 | 2011年8月11日 (木) 19時17分

岩手出身で、京都に住むものです。
高田松原のきれいな松並木も陸前高田のまちも知っているだけに、今回のニュースは本当に残念でなりません。
松の木を薪にするために斧をふりあげながら、「京都でつかってもらえる」とうれし涙をながしていた被災者の方の心情をおもうと、本当に無念でなりません。
でも、京都の知り合いに聞くと、「燃やしてあげればよかったのに。」「五山のおくりびの意味がない。」「燃やさないというニュースで、初めて松の木のことを知った。クレームを言った人たちは、どうやって知ったんだろう?」「その人たちのクレームをなんで聞いてやらなくてはならなかったんだろう?」という声が聞けました。
主催者の方たちの周知活動が、ちょっと足りなかったことも問題の一つかもしれません。
そして岩手の知り合いも言っていました。
「不安な気持ちはわかるよ。しょうがないよね。」
松が本来あった場所で燃やされたことだけでも、よかったと思います。
このような記事をアップしてくださってありがとうございました。

投稿: しましま | 2011年8月11日 (木) 23時59分

楓289様

コメント有難うございます。
検査をして、「射性物質が検出されない」ことが確認されても、ですからね。
一般の人というより、特定の少数の人だとは思いますが。

投稿: 夢幻亭 | 2011年8月12日 (金) 04時27分

しましま様

コメント有難うございます。
私も、ニュースを聞いた時には、「何てことを」と瞬間的に思いましたが、
>松が本来あった場所で燃やされたことだけでも、よかったと思います。
という気がしてきました。
本来あった場所で、それぞれ縁のある人が燃やすのが一番だろう、と。

投稿: 夢幻亭 | 2011年8月12日 (金) 04時35分

デマを撒き散らすな。訂正記事を出せ。放射能は検出されているぞ。

http://mainichi.jp/select/science/news/20110812k0000e040090000c.html

世論を受けて検査したところ寸前で止まったから良いようなものだが、もし検査されずに燃やされて、観光客やスタッフが被曝したら、どうする積もりだったんだ?だいたい薪を燃やしたところで生還できなかった被災者の魂が癒されるわけでも何でもない。お前達は慰霊がしたいのでも何でもない。ただ単に焚き火イベントがやりたいだけで我侭なだけだ。こんなバカげたイベントは、すぐに止めろ。

投稿: 土人の焚き火かよw | 2011年8月14日 (日) 22時45分

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