« ランドかシーか?/花づな列島復興のためのメモ | トップページ | その場しのぎと問題解決/「同じ」と違う」(27) »

2011年6月16日 (木)

脱トロイカは「民主党2.0」の必要条件ではあるが十分条件とはいえない

菅退陣(あるいはポスト菅)がどういう決着を見せるかは未だ何とも言えない。
早い段階で名前が挙がった人は脱落する、と言われるが、野田佳彦氏もその例であろうか。
深読みすれば、「菅降ろし」と騒いでいるのは、「菅延命」を狙いとしているのではないか、とさえ思えてくる。
解散総選挙ができないとすれば(被災地の状況からしても総選挙をしている場合ではないと考えるのが普通であろう)、次の民主党の代表者が首相になるのであろう。

私はマニフェストが破綻している以上、政権交代の大義も失われていると考える。
したがって、総選挙を実施できる状態に可及的速やかに持っていき、解散総選挙を行って民意を問うべきだと思う。
例えば、エネルギー政策をとってみても、原発容認か脱原発かは国民投票に値するようなイシューであろう。
東日本大震災によって、政策の大前提が変わったのだから、それを明示して選挙をしたらどうか。

民主党は、鳩山、菅と2人の首相が期待を裏切った。
民主党からポスト菅を選ぶとしても、そのことの反省は踏まえるべきである。
それは民主党のバージョンアップ、いわば「民主党2.0」への歩みでなければならないであろう。
「民主党2.0」の条件は何か?

鳩山-菅の間のいわゆる「確認事項」の第一に、「民主党を壊さないこと」とあるが、否定されるべきはこのような精神ではないか。
幹部が密室で大方針を決める、しかも自己変革の契機を否定するようなやり方では、自民党と差異がない。
むしろ「自民党をぶっ壊す」と広言した小泉元総理にも及ばない。

鳩山、菅、小沢を中心とするいわゆる「トロイカ体制」はもはや賞味期限切れというべきである。
しかし、「脱トロイカ体制」は、必要条件ではあるが、十分条件とは言えない。
現在の民主党は、政権交代を目標とした混成集団である。
だから、政権交代を果たした後の戦略が見えないのではないか。
政権交代を実現したときのマニフェストについてさえ、遵守すべきであるという意見と、変更すべきであるという意見が水と油の如く分離したままだ。

私は、現実問題として、マニフェストは現状では履行不能であると思う。
したがって、遵守派には実現可能性を論証していただきたいと思う。
変更すべきだというのは、現実にはそうに違いないが、政権公約といった以上、変更するに際してはもう一度選挙し直すべきではないか。あるいは、他に納得できるような説明があり得るか?
政権交代を既得権益の如く考え、首相の座をたらい回しするようなことがは許されるはずもない。

問題の根っ子には民主党の成り立ちがあるように思う。
極論すれば、旧自民党(の経世会)と旧社会党が軸になってできたのが現在の民主党である。
いわば、55年体制が党内に温存されているのである。
であれば、綱領など、できっこないといえよう。
⇒2011年1月 5日 (水):綱領なき民主党の菅VS小沢の不毛な争い

「民主党2.0」が可能とすれば、この55年体制を止揚した時ではないか?
東日本大震災という大きな試練によって、否応なく政策力が試されていると考えるべきであろう。
現象への「対応」ではない、問題の「解決」が問われているのである。

|

« ランドかシーか?/花づな列島復興のためのメモ | トップページ | その場しのぎと問題解決/「同じ」と違う」(27) »

ニュース」カテゴリの記事

思考技術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/395349/40291124

この記事へのトラックバック一覧です: 脱トロイカは「民主党2.0」の必要条件ではあるが十分条件とはいえない:

« ランドかシーか?/花づな列島復興のためのメモ | トップページ | その場しのぎと問題解決/「同じ」と違う」(27) »