誕生の経緯と香山滋/『ゴジラ』の問いかけるもの(1)
東日本大震災で最初に連想したのは、小松左京の『日本沈没』光文社文庫(9504)であった。
⇒2011年3月16日 (水):『日本沈没』的事態か? 静岡県東部も震源に
地震の巨大さ、津波の破壊力は、まさにこのSF小説の世界が現実化したように思われた。
水爆が引き金になった「ゴジラ」の恐怖と原発が似ていると感じたからだろうか?
あるいは、人間の制御を超えたものに対する畏怖心からか?
「ゴジラ」が誕生したのは、1954年11月に公開された映画『ゴジラ』によってであった。
日本映画界が誇る特殊撮影技術(SFX)が誕生した記念碑的作品であった。
監督は本多猪四郎で、特撮監督が円谷英二だった。
ゴジラを嚆矢とする怪獣モノは、ウルトラマンシリーズなどとなって、子供たちの人気を集め続け、現在に至っている。
私は、この記念すべき第1作目の『ゴジラ』を、小学生の時、田舎の映画館で見た記憶がある。
⇒2010年7月 4日 (日):「恐竜の脳」の話(7)恐竜とは何か
しかし、ストーリーすら定かな記憶が残っていなかった。
それで、DVD化されている『ゴジラ』を自宅のTVで視聴し、併せて、香山滋『小説ゴジラ』小学館スーパークエスト文庫(9312)を読んでみた。
私は、ずっと香山滋の小説が先にあって、それが映画化されたものだと思っていた。
しかし巻末の竹内博の「解説」によれば、「香山が苦労して書き上げた原作は『G作品検討用台本』で、四百字で四十枚ほどのもので、これを元にして映画の台本が作られた」ものである、ということである。
「G作品」というのは一種のコードネームで、ゴジラ映画のことを指す。
東宝の田中友幸プロデューサーによる映画『ゴジラ』の企画が先にあって、香山が依頼を受けて原作を書いたという次第である。
私の手にした『小説ゴジラ』は、映画の原作を少年向けにノヴェライズしたものであった。
「ゴジラ誕生」について、ちょっと興味深いサイトがあった。
『思想としてのゴジラ』と題するサイトである。「2000.11.11 徳島県立博物館土曜講座「ゴジラとウルトラマン-大衆文化の現代史-」のうち、ゴジラ関係部分の要旨に加筆」とある。
ゴジラはもともと、深海で生き延びていた約1億4000万年前の恐竜だった。それが度重なる水爆実験によって眠りからさめ、水爆エネルギーを全身に充満させた巨大怪獣となって人類に襲いかかるのであった。この怪獣は、最初に姿を現した大戸島の伝説によって「ゴジラ」と呼ばれた。
いまさらいうまでもないが、第2次世界大戦は核兵器という怪物を生み出した。戦後世界は、アメリカとソ連(いずれこetc.いるの国が存在したことも忘却されるであろう)の対抗関係を基軸に動いた。いわゆる冷戦だが、そのもとで両勢力は相互に恫喝しあうかのように核兵器開発を推進した。こうした中で起こった悲劇が1954年3月の第5福竜丸被爆事件である。アメリカが太平洋のビキニ環礁で行った水爆実験により、日本のマグロ漁船第五福竜丸が被爆し、日本中に衝撃が走ったのである。日本にとってはヒロシマ・ナガサキに続く、3度目の核兵器による被害であり、これをきっかけに原水爆禁止運動が高まっていった。
さながら核爆弾を体現したかのようなゴジラは、こうした核開発と反核のうねりのなかで登場したのである。「ゴジラ」のポスターには「水爆大怪獣」と銘打たれている。
このような背景の下で映画『ゴジラ』は生まれた。
それは次のような作品であった。
「ゴジラ」は怪獣映画だが、なかなか興味深い要素が多い。子ども向けの怪獣大暴れものと思うと、それは大きな勘違いとなる。試しに一度、「ゴジラ」を全編見ればよい。
ゴジラに蹂躙された東京で、人はこんな台詞を口にする。「また疎開か」
「また」には注目すべきである。1945年の敗戦から10年もたたないだけに戦争の記憶はまだ生々しかったはずだ。暴れるゴジラはアメリカ軍による空襲と対比されるに足るものだったと思われる。まさに生命を持って暴走する兵器ともいえる。
東北大震災でも、多くの人が疎開している。福島県双葉町のように、自治体ごと疎開した例もある。
しかし、『ゴジラ』の製作から56年後にこのようなことが、このような形で現実化するとは、製作陣もまったく「想定外」のことであるに違いない。
女性がいうこんなことばもある。
「早くおとうちゃんのところへ」
夫はなぜ死んだのか。先に見たように、この映画がつくられた時代からすれば「戦死」かと思われる。
さらに圧巻に感じるのは避難所の場面だ。荘重な音楽をバックに描かれ、戦争映画に出てくる野戦病院を彷彿させる。そこに集まった人たちのうめき、暗い表情。とても重い演出である。
なんと、「避難所」も登場するのだ!
『ゴジラ』は、やはり東日本大震災と共通するものがあるように思う。
香山滋の巻末の「ゴジラ刊行に就て」に、次のような文章がある。
ぼくはこの作品を構成するに当たって、故意に程度を低くしたり、俗受けを狙ったりするような態度に出ませんでした。それどころか、ぼくはぼくなりに原子兵器に対するレジスタンスを精一杯に投げつけてみようとそれに重点を置きました。形式は映画のための筋書ですが、その芯となる意図は、作中の化学者、芹沢大助なる人物によって充分代弁させてあると信じます。
香山滋の言葉通り、『ゴジラ』は子供向け娯楽映画というよりも、大人向けのシリアスな作品である。
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