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2011年5月30日 (月)

王様は裸だ、いやガレキだとの声も/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(39)

菅首相は、政府あるいは民主党の内部で本当に支持されているのであろうか?
静岡6区選出の渡辺周議員は、自分のサイトで次のように語っている。

国会では野党の不信任案提出と党内で同調者がどれくらいいるのか、と政局対応で記者の方々がバタバタしている。確かに情報開示の遅さ、度重なる訂正など許せぬこと、苛立つことは私も一緒。
現地の声を政府に浴びせるように伝えているが、その成果が迅速と思えない悔しさもある。非常時に不信任案を突き付けられるに至った菅政権には、震災対応への批判を受け止め、改善してほしい。
しかし、野党は追い詰めろ、立ち往生させよ、たとえ否決されても民主党内にヒビが入るのだから損はなし、と政局優先での提出によもや党内から同調することはあってはならない。・・・・・・
http://shuwata.exblog.jp/ 

要するに、菅政権は落第だが、政局優先だから不信任案に同調するべきではない、ということのようである。
残念ながら、政局優先という認識はまったく間違っている。
本来、3月11日に、辞表を提出すべきであったのが、震災によってモラトリウム状態になっているだけである。
一刻も早く退陣するのがスジというものであろう。

震災対応において、目覚ましい働きをしたというのならまだしも、である。
評価しないという意見が圧倒的である。
このままズルズルと居座ることが適切だというのだろうか?
渡辺氏は、権力闘争を批判する形を装って、自ら権力闘争に走っているのだ。

例えば、福山官房長官のように、「原発事故が起きた時、(東工大出身の)菅首相で本当に良かった」とオフレコの場で語ったという(http://yama1.iza.ne.jp/blog/entry/2218729/)人もいるが、そんな人間に囲まれているとしたら、菅首相は気の毒な人であるとも言える。

それは、彼が自分で言うように、「頑張っているのにそれを評価してもらえない」からではない。
小学生ではあるまいし、「頑張っている」ことだけでは政治家は評価されない。
彼が「頑張る」ことは、むしろ「みんなの迷惑」になっている。

気の毒だ、というのは、彼は結局「裸の王様」ではないかと思うからだ。
そう、アンデルセンの童話でお馴染みの王様だ。
念のためWikipedia(110304最終更新)により粗筋を引用しておく。

新しい服が大好きな王様の元に、二人組の詐欺師が布織職人という触れ込みでやって来る。彼らは何と、馬鹿や自分にふさわしくない仕事をしている者には見えない不思議な布地を織る事が出来るという。王様は大喜びで注文する。仕事場に出来栄えを見に行った時、目の前にあるはずの布地が王様の目には見えない。王様はうろたえるが、家来たちの手前、本当の事は言えず、見えもしない布地を褒めるしかない。家来は家来で、自分には見えないもののそうとは言い出せず、同じように衣装を褒める。王様は見えもしない衣装を身にまといパレードに臨む。見物人も馬鹿と思われてはいけないと同じように衣装を誉めそやすが、その中の小さな子供の一人が、「王様は裸だよ!」と叫んだ。ついにみなが「王様は裸だ」と叫ぶなか王様一行はただただパレードを続けた。

「服」というのは、モードの象徴と読めば、そのままだ。
「強い経済、強い財政、強い社会保障。」「新しい日本へ」「第三の道」「好循環のニッポン」・・・・
菅内閣が、マニフェスト・政権公約の最初のページに掲げた言葉。今の時点で読めば、何と白々しいだろう。
サミットで言った「2020年代の早い時期に、自然エネルギーを全発電量の20%以上に増やすことを柱とする新たなエネルギー政策」も、いつものように、思い付きの域を出ていない。

上掲の「裸の王様」の解説には、次のようにある。

転じて、高い地位にあって周囲の反対がなく自分の思いが全て叶うため、自己を見失っている気の毒な人の事を指す。
http://yugioh-wiki.net/index.php?%A1%D4%CD%E7%A4%CE%B2%A6%CD%CD%A1%D5

「裸の王様」は、リーダーの条件を考えるのに格好の材料のようである。
多くのリーダー的立場の人が、「裸の王様」状態になって無惨な結果を迎える。
それは、次の2つの条件を欠くからである。
http://mag.executive.itmedia.co.jp/executive/articles/0812/17/news007.html

1. 自分に苦言を呈する人を周りに置く
2. パブリックな視点を持つ

誰でも完璧ではない。自分に足らざるところ、弱点などを言ってくれる人がいるかどうか。
「イラ菅」などと呼ばれているように、菅氏は人の苦言を聞きたがらない人のようだ。
結果として、人が寄り付かなくなる。
官僚も東電もひょっとすると党内の人間も、である。
「内閣官房参与」だとか「内閣特別顧問」といった肩書は、苦言を呈する人のものかと思ったが、この人の場合、「私の発言ではない」などと、もっぱら責任逃れのためらしい。
しかもその人たちからも、発言に従ったという内容が、「学者生命の終わり」「そんなことを言うはずがない」と否定される始末である。

パブリックな視点とはどういうことか。
上記サイトでは次のように解説している。

パブリックな視点とは、社会に貢献するという視点である。自分だけ勝てばいい、自分の組織だけ勝てばいい、そういう人は真のリーダーにはなれない。

首相が、社会に貢献しようという視点を持たないとはいわない。
それを除いたら首相の仕事はあり得ない。
しかし、彼が党内で権力を握る過程やその後の人事を見ていると、「自分(の回り)だけ勝てばいい」というようにしか見えない。

童話には深い意味が隠されていることが多く、「裸の王様」も表層だけでは捉えられないだろうが、さしあたって上記だけでも、菅氏が「裸の王様」状態ではないかと思える。
もっとも、もはやガレキであるという人もいる。
雑誌「WiLL」11年7月号では、堤堯・久保紘之氏が「菅総理は政界の“瓦礫”だ!」という対談を行っている。

虚心になって考えてみないと、それこそかつて野党に投げかけた言葉、「歴史に対する反逆行為」が、ブーメランのように自分に向かってくることになるだろう。
⇒2011年1月27日 (木):言葉の軽さが裏付ける首相の真摯さの欠如

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