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2011年5月10日 (火)

技術の功罪と苦悩する化(科)学者/『ゴジラ』の問いかけるもの(2)

『ゴジラ』の主人公は誰か?
水爆エネルギーを全身に充満させて人類に襲いかかる巨大怪獣であろうか?
その後シリーズ化され、怪獣の代名詞にもなっていることからすれば、そうも考えられる。しかし、それは結果論であった。
あるいは宝田明演じる東京湾水難救援会の尾形秀人であろうか?
映画のキャスティングとしてはそう考えるのが自然であろう。
しかし、小説の中では必ずしも主役として位置づけられているわけではない。

私はオキシジェン・デストロイヤーという仮想的な薬剤(?)を挙げたい。
オキシジェン・デストロイヤーこそが、ゴジラを倒し、人類を破滅から救った。しかし、それは化学者・芹沢大助の命と引き換えであった。
もし悪用すれば、大変危険なものであった。
それは、あたかも核エネルギーのようなものである。
平和利用すれば大きなメリットを享受できるが、潜在的には大きなリスクを秘めたものである。

あるいは、原作者の香山滋が言うように、芹沢大助と言っても同じことである。
映画では平田昭彦が演じている。
この俳優はSF映画における私のお気に入りだったが、今考えると、多分に『ゴジラ』の芹沢役と本人をオーバーラップさせてみていたきらいがある。
Wikipedia(110426最終更新)によれば、『ゴジラ』出演に至る経緯は以下のようである。

東京陸軍幼年学校、陸軍士官学校(60期)、旧制第一高等学校を経て、東京大学法学部政治学科卒。
・・・・・・
1950年に大学を卒業すると東京貿易に入社。しかし、映画界への興味は捨てきれず、山口淑子の勧めもあって、俳優への転身を決意。1953年、東宝第5期ニューフェースとして東宝に入社し、同年、マキノ雅弘監督『抱擁』でデビューする。
端整なマスクと知的で気品のある雰囲気で東宝の若手スターの一人となり、文芸作品から、アクション、時代劇、戦争映画、コメディまで数多くの映画に出演した。岡本喜八、福田純、本多猪四郎、稲垣浩監督らの作品の常連である。
・・・・・・
1954年、東宝の特撮怪獣映画の第1作『ゴジラ』に芹沢博士役で出演、伝説的な名演を残し、以降東宝・円谷プロ系特撮作品の常連となる。芹沢博士は苦悩する科学者だったが、以後は主にクールで知的な博士・科学者役を得意として作品を引き締め、品格を与えた。

風貌通りの第一級のインテリということになる。
1953年のニューフェースであるから、1954年公開の『ゴジラ』に出た時は未だ新人といっていい時期であった。
芹沢が発明したオキシジェン・デストロイヤー、つまり酸素破壊剤は、水中の酸素を一瞬にして破壊しつくし、あらゆる生物を窒息死させ、そのあとで水のようにとかしてしまう薬剤である。

芹沢の苦悩は次のセリフに表現されている。

「新吉くん、もしいったん、このオキシジェン・デストロイヤーを使った うざいらさいご、世界中のおえらがたが黙って見ているはずがないんだ。かならずこれにとびつき、人類を破滅の淵に追い込むおどかしの武器として、使用するにきまっている。原爆たい原爆、水爆たい水爆、その上さらにこの新しい恐怖の武器を人類の上に加えることは、化学者として、いや、一個の人間として許すわけにはいかない。……そうだろう?」

ここだけという限定で使用を迫る新吉に言う。

「新吉くん、人間というものは弱いものだ。一さいの書類を焼いたとしても、俺の頭の中には残っている。俺が死なない限り、どんなことで再び使用する立場においこまれないと、誰が断言できる……人間というものは弱いもんだ……ああ……こんなものさえ作らなければ……」

最終的に芹沢は、書類を焼却し、自らオキシジェン・デストロイヤーを使用すると同時に自分の命を断つ。
小学生だった私が、芹沢の苦悩の表白をどこまで理解し得たかははなはだ疑問である。
しかし、現代技術は、多かれ少なかれ人間性を疎外していく契機を含んでいるのではないか。
原爆の開発に携わったオッペンハイマーやフェルミなどの科学者たちの苦悩はよく知られている。

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コメント

ゴジラは大好きでした。
その一番最初のヤツは、テレビで何度も見ました。
まだ生まれる以前の映画に子どもであった私は惹きつけられてやみませんでした。
おっしゃっている

>「新吉くん、人間というものは弱いものだ。一さいの書類を焼いたとしても、俺の頭の中には残っている。俺が死なない限り、どんなことで再び使用する立場においこまれないと、誰が断言できる……人間というものは弱いもんだ……ああ……こんなものさえ作らなければ……」

と言う台詞も何故かくっきり覚えています。

ともあれ人は「火」を手に入れてしまいました。この事実だけは如何ともしがたいもの。知る以前に戻ることは・・・おそらくは無理。

ならば私たちの出来ることは・・・
難しいですね。

投稿: 三友亭主人 | 2011年5月10日 (火) 23時01分

三友亭主人様 

コメント有難うございます。
宮城県の震災復興会議は政府の会議より期待できると思います。しかし、それにしても遠い道のりになりますね。
私は、ゴジラについて、散漫な印象しか残っていなくて、今度再見して、風俗等は古くなっているものの、今日的なテーマだと再認識しました。
核エネルギーとどう向き合っていくか?
仲間主義から脱け出ることが、最低限必要な条件だと思います。

投稿: 夢幻亭 | 2011年5月11日 (水) 21時29分

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