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2011年5月

2011年5月31日 (火)

延命戦略は破綻している/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(40)

菅首相の不信任案をめぐって、マスコミは一斉に「いまそんなことをしている場合ではない」と菅続投を支援している。
記者クラブの談合利権やら電波利権やらの既得権を失いたくないので、必死である。
私も、復興に国力を集中すべきだと思うが、そのためにも菅首相は退陣すべきである。
災害からの復興にはまず瓦礫の除去が必要であるが、堤堯、久保紘之氏がいうように、菅首相はいまや政界の瓦礫である。

政治過程もそうであるが、人間社会の出来事は非可逆的である。菅首相が今行っていることが将来を拘束する。
そもそも3月11日は、菅氏は政治献金問題で出処進退を問われる瀬戸際だったのである。
同じ問題で大臣を辞任した前原氏が、可罰的か否かが問われる程度のものだったのに比し、ずっと違法性の程度が大きいものだった。
3月11日に震災が起きて、さすがに首相交代によるロスは避けるべきだという流れになった。
そこで、震災処理が一段落したら、当然退陣すべきだと考えていた。決して免罪ということではない。

しかし、震災処理の一段落とは、何をもっていうのだろうか。
延命のために、一段落するのを遅れさせかねない。そもそも、現在野党側が不信任案を提出しようという動きになったのは、菅氏自身の言動による。

原発事故の補償支援のための政府案には、多くの論点や矛盾した論理構成があるが、それでもまとめ上げたのは、被害者の救済を早急に進めるという“大義名分”があったからだろう。それが8月以降に召集を検討している臨時国会に提出を先送りするようでは、国民にどのような説明をするのだろうか。菅首相が逃げの姿勢を垣間見せたことで、大型連休後に「奇妙な無風状態」に陥っていた政局はにわかに動き出すことになった。
http://jp.reuters.com/article/treasuryNews/idJPJAPAN-21145720110517

さすがに与野党の多数が阻止に立ち上がったようであるが、予断を許さない。
安住国対委員長などは、「不信任案が可決されたら解散を進言する」などと広言して牽制しているつもりだろうが、今の状況で総選挙などできるはずがない。
このまま行けば激甚災害を奇貨として、「これであと2年できる」といった人が、本当に2年続けかねないのである。
⇒2011年4月 3日 (日):被災地視察のコストとパフォーマンス
⇒2011年4月 6日 (水):やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ

菅続投が本当に好ましいか?
私は、この人の行動は、実質を動かそうというより、ムード的なイメージ戦略もしくはパフォーマンスでしかないと思う。
フクシマの初動におけるヘリコプター視察からしてそうである。
菅氏は、「現場とコミュニケーションできたことは大きな成果だ」と胸を張ったが、直後に水素爆発を起こしている時に、「原発は大丈夫」としたり、海水注入問題の喜劇的顛末からして、コミュニケーションが上手くいっていないことを際立たせる結果となっている。

失態続きのフクシマの対応から得られるのは、政府から発せられる情報をそのまま信じてはいけないという教訓であろう。
殆ど唯一の評価すべき実績は、浜岡の運転中止要請であるが、それも結局パフォーマンス狙いでしかなかったようだ。

「国民の皆様に重要なお知らせがあります。本日、私は内閣総理大臣として海江田(万里)経済産業大臣を通じて、浜岡原子力発電所の全ての原子炉の運転停止を中部電力に対して要請しました。・・・・・・」
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110506/plc11050620080011-n1.htm

緊急に、「国民の皆様に重要なお知らせがあります。」と言えば、エネルギー政策の大きな転換だと思う。
事実、自然エネルギー利用の拡大を宣言した。
しかしどこまで本気か疑わしい。
海江田経産相とも擦り合わせをしていないものだった。

海江田万里経済産業相が記者の質問に言葉を失った。沈黙は約7秒。よほど苦々しく思ったのか、ムッとした面持ちで口を真一文字に結んだままだった。
菅直人首相が主要8か国首脳会議(G8サミット)で表明した太陽光パネルを1000万戸の住宅に設置する目標について、「エネルギー政策担当の経産相に相談なく決めることがあるのか」と聞かれ、押し黙ってしまったのだ。
・・・・・・
太陽光パネルを住宅に設置するには平均で240万円程度かかる。1000万戸の設置となると、2兆4千億円。国民にかなりの負担を強いることにもなり、補助金でも出さなければ1000万戸の達成は厳しい。政府としては当然、その財源が問題になる。
海江田経産相は「1000万戸のパネル設置」の実現の可能性についても、「(菅首相が)よくお考えになっての発言と思います」と、少し突き放したように話している。

http://www.j-cast.com/2011/05/30096921.html

あるいはこれを首相のリーダーシップと解する人もいるかも知れない。
しかし、担当大臣をコケにして具現化できるのか?
人の使い方が上手くないのは側近中の側近として知られる寺田元首相補佐官のいう通りであるが、笹森清、松本健一、小佐古敏荘氏らが証明している。

私が理解している限り、太陽光エネルギーの利用には、まだまだ解決しなければならない課題は数多い。
その一端は下記に記した。
⇒2010年8月 3日 (火):太陽光発電の問題点/理念と現実の乖離(2)

私は、少なくとも新規の原発施設を作るのは、諸般の状況を考えれば不可能であると思う。
だから、結論的には、自然エネルギーの利用促進と省エネは大いに結構だと思う。
しかし、現状では、打ち上げ花火のように散ってしまうのが目に見えているのではなかろうか。

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2011年5月30日 (月)

王様は裸だ、いやガレキだとの声も/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(39)

菅首相は、政府あるいは民主党の内部で本当に支持されているのであろうか?
静岡6区選出の渡辺周議員は、自分のサイトで次のように語っている。

国会では野党の不信任案提出と党内で同調者がどれくらいいるのか、と政局対応で記者の方々がバタバタしている。確かに情報開示の遅さ、度重なる訂正など許せぬこと、苛立つことは私も一緒。
現地の声を政府に浴びせるように伝えているが、その成果が迅速と思えない悔しさもある。非常時に不信任案を突き付けられるに至った菅政権には、震災対応への批判を受け止め、改善してほしい。
しかし、野党は追い詰めろ、立ち往生させよ、たとえ否決されても民主党内にヒビが入るのだから損はなし、と政局優先での提出によもや党内から同調することはあってはならない。・・・・・・
http://shuwata.exblog.jp/ 

要するに、菅政権は落第だが、政局優先だから不信任案に同調するべきではない、ということのようである。
残念ながら、政局優先という認識はまったく間違っている。
本来、3月11日に、辞表を提出すべきであったのが、震災によってモラトリウム状態になっているだけである。
一刻も早く退陣するのがスジというものであろう。

震災対応において、目覚ましい働きをしたというのならまだしも、である。
評価しないという意見が圧倒的である。
このままズルズルと居座ることが適切だというのだろうか?
渡辺氏は、権力闘争を批判する形を装って、自ら権力闘争に走っているのだ。

例えば、福山官房長官のように、「原発事故が起きた時、(東工大出身の)菅首相で本当に良かった」とオフレコの場で語ったという(http://yama1.iza.ne.jp/blog/entry/2218729/)人もいるが、そんな人間に囲まれているとしたら、菅首相は気の毒な人であるとも言える。

それは、彼が自分で言うように、「頑張っているのにそれを評価してもらえない」からではない。
小学生ではあるまいし、「頑張っている」ことだけでは政治家は評価されない。
彼が「頑張る」ことは、むしろ「みんなの迷惑」になっている。

気の毒だ、というのは、彼は結局「裸の王様」ではないかと思うからだ。
そう、アンデルセンの童話でお馴染みの王様だ。
念のためWikipedia(110304最終更新)により粗筋を引用しておく。

新しい服が大好きな王様の元に、二人組の詐欺師が布織職人という触れ込みでやって来る。彼らは何と、馬鹿や自分にふさわしくない仕事をしている者には見えない不思議な布地を織る事が出来るという。王様は大喜びで注文する。仕事場に出来栄えを見に行った時、目の前にあるはずの布地が王様の目には見えない。王様はうろたえるが、家来たちの手前、本当の事は言えず、見えもしない布地を褒めるしかない。家来は家来で、自分には見えないもののそうとは言い出せず、同じように衣装を褒める。王様は見えもしない衣装を身にまといパレードに臨む。見物人も馬鹿と思われてはいけないと同じように衣装を誉めそやすが、その中の小さな子供の一人が、「王様は裸だよ!」と叫んだ。ついにみなが「王様は裸だ」と叫ぶなか王様一行はただただパレードを続けた。

「服」というのは、モードの象徴と読めば、そのままだ。
「強い経済、強い財政、強い社会保障。」「新しい日本へ」「第三の道」「好循環のニッポン」・・・・
菅内閣が、マニフェスト・政権公約の最初のページに掲げた言葉。今の時点で読めば、何と白々しいだろう。
サミットで言った「2020年代の早い時期に、自然エネルギーを全発電量の20%以上に増やすことを柱とする新たなエネルギー政策」も、いつものように、思い付きの域を出ていない。

上掲の「裸の王様」の解説には、次のようにある。

転じて、高い地位にあって周囲の反対がなく自分の思いが全て叶うため、自己を見失っている気の毒な人の事を指す。
http://yugioh-wiki.net/index.php?%A1%D4%CD%E7%A4%CE%B2%A6%CD%CD%A1%D5

「裸の王様」は、リーダーの条件を考えるのに格好の材料のようである。
多くのリーダー的立場の人が、「裸の王様」状態になって無惨な結果を迎える。
それは、次の2つの条件を欠くからである。
http://mag.executive.itmedia.co.jp/executive/articles/0812/17/news007.html

1. 自分に苦言を呈する人を周りに置く
2. パブリックな視点を持つ

誰でも完璧ではない。自分に足らざるところ、弱点などを言ってくれる人がいるかどうか。
「イラ菅」などと呼ばれているように、菅氏は人の苦言を聞きたがらない人のようだ。
結果として、人が寄り付かなくなる。
官僚も東電もひょっとすると党内の人間も、である。
「内閣官房参与」だとか「内閣特別顧問」といった肩書は、苦言を呈する人のものかと思ったが、この人の場合、「私の発言ではない」などと、もっぱら責任逃れのためらしい。
しかもその人たちからも、発言に従ったという内容が、「学者生命の終わり」「そんなことを言うはずがない」と否定される始末である。

パブリックな視点とはどういうことか。
上記サイトでは次のように解説している。

パブリックな視点とは、社会に貢献するという視点である。自分だけ勝てばいい、自分の組織だけ勝てばいい、そういう人は真のリーダーにはなれない。

首相が、社会に貢献しようという視点を持たないとはいわない。
それを除いたら首相の仕事はあり得ない。
しかし、彼が党内で権力を握る過程やその後の人事を見ていると、「自分(の回り)だけ勝てばいい」というようにしか見えない。

童話には深い意味が隠されていることが多く、「裸の王様」も表層だけでは捉えられないだろうが、さしあたって上記だけでも、菅氏が「裸の王様」状態ではないかと思える。
もっとも、もはやガレキであるという人もいる。
雑誌「WiLL」11年7月号では、堤堯・久保紘之氏が「菅総理は政界の“瓦礫”だ!」という対談を行っている。

虚心になって考えてみないと、それこそかつて野党に投げかけた言葉、「歴史に対する反逆行為」が、ブーメランのように自分に向かってくることになるだろう。
⇒2011年1月27日 (木):言葉の軽さが裏付ける首相の真摯さの欠如

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2011年5月29日 (日)

菅政権における政治主導の失敗学/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(38)

政府は、東京電力福島第1原子力発電所に関する事故調査・検証委員会の委員長に、「失敗学」に詳しい畑村洋太郎東大名誉教授を起用した。
つまり、フクシマの事態は「失敗」のケースと認めたということであろう。

畑村さんによれば、失敗とは次のように定義される。

人間が関わって行うひとつの行為が、はじめに定めた目的を達成できないこと

言い換えれば、フクシマは人災であった。
事故に至った経緯、事故が起きてしまってからの対応の全過程を失敗学の対象として、徹底的な検証を期待する。
⇒2011年4月 9日 (土):福島原発事故の失敗学
上記でも引用した『決定版 失敗学の法則 (文春文庫) 』(0506)の言葉である。

このとき動燃がすべきだったのは、まず、事故をおこした時点で、危険度はどのくらいなのか、今後、同様の事故が起こる可能性はあるのか否かなど事故の情報を正確に伝えることでした。それよって、事故を起こしたという失敗に対しては、厳しく責めを受けるかも知れませんが、事故に対して不確かなことを言ったり、あるものを「ない」とウソをついて、国民の信用を決定的に失うという失敗をすることはなかったはずなのです。
失敗から目を背け、隠そうとしたり、なかったことにしようとしているうちは、同じ失敗を繰り返します。そして新たにまた別の失敗を生んでしまう。

動燃という語をフクシマあるいは菅政権に置き換えてもそのまま通用する。
私は、情報公開こそが原点だと考える。
記者クラブから締め出された自由報道協会の上杉隆氏は、講演で次のように語っている。

つまり、政府、電事連、記者クラブの情報と違うこと言う人間は全部消せと。自分が当事者でありながら、映画の世界にいるんじゃないかという不思議な感覚になるんですが、実際起こっていることです。これが日本のいまの状態です。情報公開をしないことによって、70年前のいわゆる大本営発表とまったく同じことが起こっているのです。当時は、政府、軍部、新聞で、大本営発表の報道が行われました。ミッドウェーで完全に破れ、現場の軍人も政府も新聞も、負けると知っているのに、挺身と言って「日本はチャンスだ。これからだ」とやった。ガダルカナルで玉砕しても「勝った、勝った」とやって、結果どうなったか、皆さんご存知のように、240万人の命が失われたわけです。
70年後、まったく同じことやっています。政府、枝野官房長官含めて、東電にだまされた情報を喜々として毎日発表して、それを東電の嘘――これは軍部です――自分たちの原発政策、あるいは立場を守るために、ずっと嘘をつき続けました。これはもう表に出ているから、フリーランスの記者に限らず、一般の記者も気づいていると思います。「安心です。安全です。放射能は大丈夫です。プルトニウムは食べても大丈夫です。海洋漏れについてはただちに問題ありません」。当たり前です。ただちには問題ありません。さらには、汚染水の出元を発見するために入浴剤を撒いた。当然、拡散されて見つかるわけないんですが。そういうことも普通に発表するわけです。そして、通常の環境基準の1000倍近いものを低濃度だから安心です、安全です、と言い続けたわけです。それを無批判に報道し続けたのが民法テレビです。要するにまったく批判せずに、そのまま報じた。つまり戦前の新聞がやったことを、民放、それから広告に釣られた新聞がやっている。日本人だけが本当のことを知らずに。「安心です。放射能は大丈夫。日本人は海藻をいっぱい食べているからヨウ素には強い」。これが本当に報じられているということです。

http://www.webdice.jp/dice/detail/3044/

引用部分はごく一部なので、是非上記URLで全体に目を通していただきたい。
いくらなんでも戦前・戦中とは違う条件もあるはずだ。
事故調査・検証委員会への期待は大きいが、政府の一機関として設置されたことについては問題なしとはいえない。
日本共産党の穀田恵二国対委員長は次のように語っている。

「政府の一機関にすぎず、政府が委員の人選も任命もする。これではとても第三者機関とはいえない」と指摘。さらに、「聴取に応じない場合の罰則もなく、強制力のある調査権限もない」として、事故原因の徹底的な調査と検証のためには、独立性と法的権限をもつ調査機関が必要だと強調しました。
また、菅直人首相がサミットに出発する直前に設置を発表したことについては、「事故調査までサミットでアピールするための政治的パフォーマンスにするという首相の政治姿勢が問題だ」と述べました。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-05-26/2011052602_01_1.html

田中秀征氏(元経済企画庁長官)も次のように言う。

この調査・検証委員会の権限も気になるところだ。内閣官房に置くということだが、それでは1つのプロジェクト・チームのようになる恐れもある。
菅直人首相は、以前から「独立性や公開性の高い検証委員会をつくる」と豪語してきたが、また約束違反をしたようだ。
・・・・・・
仙谷由人官房副長官の記者会見で次の2点が気になった。
1つは、わざわざ菅首相や閣僚も調査の対象となると言ったこと。次に「調査を求められれば、正当な理由がない限り資料提出や事情聴取を拒むことはできない」と言ったこと。これでは疑問や異論をあらかじめ封じ込める意図があるような感じを与える。
この「事故調査・検証委員会」の果たす役割の重要性は測り知れないものがある。
このままでは、とても内外から期待される成果を挙げることはできないのではないか。中途半端な検証だと、政権の信用というより国の信用が落ちる。

http://diamond.jp/articles/print/12441

経験豊富な田中氏の心配が現実化する前に、政府から独立性を保ち、権限を有する事故調査・検証委員会とすべきだろう。
この政権は、政治主導を強調したいが故か、理解に苦しむ対応が多かった。
⇒2010年11月15日 (月):尖閣ビデオ問題の失敗学
せっかく失敗学で分析をしても、そこから学ばないのでは意味は小さい。

自民党も、谷垣総裁では「菅降ろし」は荷が重いのではないか。
小池百合子総務会長が、「失敗の本質は明らか。わざわざそんな権威を引っ張ってくるまでもなく、菅(直人首相)さんが失敗の本質そのものだ」と言うのは、正鵠を得てはいるが、負け犬の遠吠えのように聞こえる。
民主党の衆議院議員が、「菅不信任」をどう判断するかが問われているのである。

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2011年5月28日 (土)

退院してから1年が過ぎた/闘病記・中間報告(24)

昨年の5月29日に退院したので、1年間が過ぎたことになる。
⇒2010年6月 1日 (火):中間報告(6)退院(1)

1年間という時間は、人生の時期によって、感覚として感じる長さが異なるようだ。
小学生の頃の1年はずいぶん長かったように思う。
それが加齢とともに早く感じられるようになる。
最近では、ことに歳末などになると、「もう今年もおわりか~」という気分である。

退院してからの時間も、基本的には早かった。
幸いにして、家族の協力を得てリハビリ通院を続けており、今に至るも少しずつ改善している。
残念ながら、「男子三日会わざれば刮目して見よ」という訳には行かないけれど、「三月会わなかった」人には、「ずいぶん動きが軽やかになりましたね」などと言われる。
主に足の印象だろうが、手も三月前とは明らかに違う。軽装になって楽になったこともあるが、着替えの時に、口を利用する回数がずい分少なくなった、と思う。
冗談で、「口は手ほどにコトをする」と言っていた頃は、シャツなどの着替えにも口の出番が多かった。

人によっては、「口もずい分滑らかになったようで……」などと言ってくれる。
これは自覚がなかなか難しい。もちろん、現在でも言いたいことが直ぐに言えるほど円滑ではない。
意識と実際の発語にはかなりの落差がある。
しかし、もともと能弁ではなかった。だから、その時のことを知っている人は、「前とほとんど同じ」と感じるらしい。

これも知人たちの協力を得て、であるが、僅かばかりの社会復帰をさせて頂いている。
もちろん、非常勤としてではあるが、行くところがあることが、リハビリのためにも好結果をもたらしていることは確かだ。
遠隔コミュニケーションの手段が広がったので、障碍者にはいい方向に社会は発展していると思う。

この1年を振り返ると、さまざまな出来事があった。
おめでたい話もあったし、悲しい報せもあった。
何といっても衝撃的だったのは、「3・11」である。

何年に一度かは分からないが、少なくとも日本という国の歴史に刻まれるのは間違いない。
私は、地震・津波という天災と、フクシマの事故とは峻別して捉える立場である。
地震・津波は、平安時代の貞観以来とも言われている。

近代になってからでも、吉村昭『三陸海岸大津波 (文春文庫)』に描かれているように、明治29年、昭和8年、そして昭和35年と青森・岩手・宮城の三県にわたる三陸沿岸は三たび大津波に襲われている。
明治以来の日本の近代化とは何だったのか?

私の人生との関係で言えば、フクシマでの出来事は決定的な意味を持っている。
何よりも、現在という時代が、原発という選択の結果としてあるという現実と向き合わなければならないだろう。
武田徹『私たちはこうして「原発大国」を選んだ - 増補版「核」論 (中公新書ラクレ)』(1105)によれば、「原発大国」路線の歩みは、1954年の映画『ゴジラ』に始まる。
1954年と言えば、ほぼもの心がついた時期だ。
私の人生は、日本の「原発大国」への歩みと同期していることになる。
原発の「恵み」を享受してきたという事実の上に立って、フクシマを体験したものとして、「脱原発」を現実化していく選択は必然だと思う。
その上で、さまざまな選択肢の中から、何を選び、何を捨てるのか?
改めて問い直したい課題である。

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2011年5月27日 (金)

情報の秘匿によりパニックは回避されたのか?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(37)

菅首相は念願のサミットに行き、フランスのサルコジ大統領から手厚い接遇を受けてご満悦の様子である。
しかし、国内では、東日本大震災の被災者がまだ11万人以上の人が避難所暮らしを余儀なくされている。
避難所には入っていなくても、自宅を出ざるを得なくなった人も数多いと思われる。

私の知り合いに南福島市出身者がいる。
本人は実家を離れて都内に住んでいるが、両親は南福島市に在住していた。フクシマから24kmほど離れた場所である。
幸いにして津波の災害は逃れることができたものの、計画的避難地域に指定されたため、都内の息子と同居する覚悟を決めた。
前から体調を崩していたものの、さほど重篤という状態ではなかった。

それが周囲も予期せぬ早さで悪化していき、とうとう先週末に他界することになった。
避難(疎開)生活が影響したことは間違いないであろうが、因果関係を立証することは困難である。
原発の被害死ではあるが、補償の対象にはなりにくいと思われる。

知人は、今日震災後初めて南福島市に入った。
今朝方の電話によれば、実家の周辺はやっと瓦礫が路肩に寄せられた状態で、重油や腐敗臭などが混じった異臭が立ち込めているという。
要するに、フクシマのために、地震や津波の被害から立ち直る機会が失われたままなのだ。

フクシマは収束に向かうどころか、ますます混迷していると言わざるを得ない状況である。
朝のみのもんた司会の「朝ズバ」でのやりとりである。

政府と東京電力は本気で福島原発事故を収束させようと考えているのか――。東日本大地震の翌日の3月12日(2011年)、1号機の炉心を冷やすために海水を注入したが、首相官邸の意向で55分間にわたって注水を中断していたと東電はこれまで発表していた。ところが昨日、福島第一原発の吉田昌郎所長が独自の判断で注入を継続していたことが明らかになった。
・・・・・・
コメンテーターの吉川美代子(TBS解説員)「現場を知り尽くしている人だと聞いています。命がけで事故防止にあたっている現場の人には心強い味方ではないでしょうか」
与良正男(毎日新聞解説委員)「当初、菅総理は海水注水は自分の判断で指示したと手柄話のように語っていた。その後、班目春樹・内閣府原子力安全委員会委員長の再臨界うんぬんという進言で、中断を求めたとしていた。しかし、班目発言問題が起こり、これだけでもお粗末な事態なのに、今回また新たな問題が判明した。政府と東電は正面から事故と向き合っているとは思えない」
みのも「今回のことで東電本社の中には、吉田所長を処分しろという声があるようだが、これだけの気骨を持って懸命に事故対策に当たっている人はいない。その人を現場から外すというのは考えられないことだ」と力説した。
たしかに、今回の吉田所長の判断は適切だったが、所長は東電内で「原子力村」と揶揄される原発担当部署のエリート技術者で、原子力村が本社の意向さえ無視できる一大社内勢力であることをはしなくも明らかにした。その原子力村こそが、これまで「安全神話」を喧伝し、原発をアンタッチャブルにしてきた元凶でもある。単純に、気骨のある人と評価するわけにはいかないのではないか。

http://www.j-cast.com/tv/2011/05/27096705.html

結果論から言えば、吉田所長の判断がもっとも適切だったといえる。
しかし、これだけのことが明らかになるのに、極端なことを言えば日本中が大騒ぎだった。
東電も政府もマネジメント能力に欠けることが改めて浮き彫りにされているといえよう。
こんな状態では、いつになったら収束するのか全く予断を許さない。

それと言うのも、政府自ら都合の悪い情報は隠蔽しようとしてきたからではないか。
例えばSPEEDIの予測である。

福島第一原発事故で、放射能汚染が原発から北西方向を中心に広がると、原発2号機が破損した当日の3月15日時点で政府は予測していた。
・・・・・・
政府が当初、避難を求めていたのは、原発から半径20キロ圏内の住民。だが4月11日になって、北西方向で20キロ圏外にある飯舘村や葛尾村など5市町村に対しても、5月末までに住民避難を求めることにした。対象は約3千世帯、計約1万人とされる。
SPEEDIによる試算約5千件はこれまで未公表だった。その理由について、細野豪志首相補佐官は2日の会見で「国民がパニックになることを懸念した」と説明した。

http://www.asahi.com/national/update/0504/TKY201105040273.html

細野補佐官が独断で情報を開示しなかったとは思えない。
政府ぐるみの隠蔽と考えるのが自然である。
未だに尖閣ビデオもオープンにしていない政府である。
この先、フクシマがテロの標的になった場合などにおいても、パニックになるからという理由で情報を隠しておくのだろうか?

パニックになるから、という理由で情報の秘匿を図った政府は、その引き換えに信頼を失った。
小田嶋隆『パニック回避の代わりに彼らが失ったもの』日経ビジネスオンライン110527号は次のように書く。

政府および東電は、これまでの一連の情報コントロールを通じて、あるいは、国民の突発的な怒りや、驚きや、爆発的な不安の高まりを回避し得たのかもしれない。が、その代わりに、国民全般に根の深い「不信」を植えつけることになった。端的に言って、彼らは信頼を失ったのだ。
・・・・・・
気象予報士だって、たとえば雨天の到来を期して職を辞さねばならぬ条件下で勤務しているのであれば、容易に降雨を認めないはずだ。彼は精一杯抵抗するだろう。
「空気中の水蒸気が突発的に水滴化する事象が観察されてはいるものの、まだ降雨と呼ぶには足りない」
「一部において粒子の大きい霧が発生しているのは事実だが、全体的な観察からすれば、必ずしも雨天という認識には至っていない」
「地面への降水という局面に限って言うなら、ご指摘のとおり、土砂降りに近いデータは当方の観測所においても報告されている。しかしながら、豪雨という言い方は無用の混乱を招くので、この際、排除したい。断続的な空中水結晶の落下およびそれらの結果としての地表面への浸水というふうに理解している旨を申し上げてご報告にかえさせていただく」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20110526/220252/

国会ではようやく「菅不信任」が現実味を帯びてきたようだ。

菅直人首相が、仏ドービル・サミットで不在のなか、おひざ元の民主党内から「菅降ろし」の狼煙が続々と上がってきた。東日本大震災や福島第1原発事故に迅速に対応できず、場当たり政治を続ける菅首相に堪忍袋の緒が切れているのだ。天敵・小沢一郎元代表の怪しい動き。サミット後の「6月大政局」が現実味を帯びてきたのか。
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110526/plt1105261145000-n1.htm

サミット前に退陣を求めるべきであった。
余りにも遅すぎるし、不甲斐ないと思うが、その人たちを選んだのは私たちでもある。

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2011年5月26日 (木)

情報を隠蔽していた(ウソをついていた)のは誰か?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(36)

地震および事故発生から2ヵ月半になる。
5月12日に、「やっぱり」メルトダウンが起きていた、と発表されてから、フクシマの新規情報が次々と明らかにされている。
もちろん中にはやっと推測が可能になったこともあるだろうが、それにしても最悪の事態を想定していたはずが、簡単に更新されるのは納得がいかない。
どちらかと言えば、積極的に隠蔽していたのではないかと疑いたくなる。当時発表していたことを想像すると、政府にとってあまりに好都合に作用するからである。
それと引き換えに、避け得たかも知れない国民の負担が莫大になっている可能性がある。

格納容器が地震で破損していた可能性があると東京電力から25日発表があった。

Photo_2 東京電力福島第1原発3号機で、緊急時に原子炉を冷却するシステムの配管が地震で破損していた可能性があることが東電の解析結果から25日、明らかになった。1、2号機では原子炉格納容器に7~10センチ相当の穴が開くなどの破損があり、高濃度の汚染水が漏れ出た可能性の高いことも判明した。
地震の影響について東電は同日午前「配管に漏れがあるという(前提で)解析をすると実際に合う。可能性は否定できない」とした。3号機では、一部で耐震指針の想定(基準値)を超える揺れを検出。地震で重要な配管が傷んだとすれば、全国の原発の耐震設計の見直しにも影響する事態となる。

http://www.47news.jp/CN/201105/CN2011052501000251.html

もし、地震で配管の損傷が起きていたとしたら新たな質の問題である。
菅首相は、浜岡が「津波」対策が不十分であるとして、津波防止の堤防が完成するまでの間の運転停止を「要請」した。
フクシマで、配管の損傷が津波で起きたのではないとしたら……
耐震基準を上回る揺れにより損傷したのであれば、基準そのものが甘かったことになる。
耐震基準以下の揺れで損傷したのであれば、工法か工事かメンテナンスなどに問題があったことになる。
いずれにしても、津波「だけ」に関心を集中させることは間違いだということになる。
⇒2011年5月11日 (水):津波「だけ」が問題だったのか?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(25)

問題は、首相が浜岡以外を事実上安全だとした判断である。
浜岡は海溝型の東海地震との関連が問題になったが、直下型の可能性は他の原発にもある。
耐震性の基準が解決しない時点で、安全だとの認識はあり得ないだろう。

海水注入中断問題をめぐっても、新たな展開があった。
実は中断はしていず、現場の責任者の吉田氏の判断で継続していたと東電から発表された。
吉田氏は、週刊誌等で、身体を張ってフクシマに取り組んでいる男と紹介されている人物である。

東京電力福島第一原子力発電所の1号機で、地震発生の翌日、水素爆発が起きたあと、原子炉を冷やすための海水の注入が1時間近く中断したとされる問題で、東京電力は関係者の聞き取りを進めた結果、海水の注入は中断しておらず、継続していたことが分かったと明らかにしました。
・・・・・・
これについて、26日、東京電力が記者会見を開き、その後、関係者からのヒアリングを進めた結果を公表しました。それによりますと、これまで海水の注入作業を中止したとされていた午後7時25分ごろ、総理大臣官邸に派遣していた東京電力の社員の状況判断として「海水注入について総理大臣の了解が得られていない」という連絡があり、いったんは海水の注入を停止することにしたものの、福島第一原子力発電所の吉田昌郎所長の判断で継続したということです。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110526/t10013135261000.html

何ともドタバタしたものである。
政府も東電の上層部も現場の信頼性を失っていることではないのか。
とりわけ官邸の広報に疑問を持たざるをえない。
先ず、「言った、言わない」などと小学生の学級委員会のような問答を、今の時点で行なっていたことが信じられない。

官邸は、このようなことが問題になる前は、「総理大臣指示により海水を使用」とあたかも菅氏の英断であるかのように広報していたのである。
⇒2011年5月23日 (月):いい加減にして欲しい「水掛け」論議/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(34)
浜岡にしろ海水注入にしろ、手柄になりそうなことは自分の名前でやりたがるが、都合が悪くなってくると他人の所為にする。
友人にしたくないタイプの男である。

振り返ってみれば、海外メディアや政府に関係のない専門家のいっていることの方がずっと正確だった。
そのため、現在論議されていることも、そうだろうなあ、と受け止めてしまいがちである。
しかし、誰がウソを言っていたか、情報を隠蔽していたか、次第に明らかになってきていると思う。

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2011年5月25日 (水)

誰を信じればいいのだろうか?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(35)

1つの事象に対する複数の関係者の説明に食い違いがある場合、誰を信じればいいのだろう?
政府(公共)か、企業か、学者か、はたまた社会の木鐸を自任するジャーナリズムか?
いま、これらの既存の諸権威が、そろって信用を失墜しつつあるように見える。
例えば、東京電力福島第1原発1号機の炉心冷却のための海水注入中断をめぐって、今までの欺瞞的な説明のボロが露呈しつつある。

国会答弁などによると首相は「ありとあらゆる可能性を検討する」と呼びかけた。原子力安全委員会の班目春樹委員長が「海水を入れたら塩が結晶するかもしれない。配管の腐食が進むかもしれない」と指摘した。首相は「もっとないか」と納得せず、関係者は「再臨界は本当にないと言えるんだろうな、と強く迫った」と明かす。班目氏は「可能性はゼロではない」と応じた。
班目氏は23日、記者団に当時の状況を振り返り「首相に『何でもいいから可能性をあげろ』と言われた」と語った。福山哲郎官房副長官は同日の記者会見で、班目氏の再臨界の指摘を「大変重く受け止めた」と話す。首相らが班目氏の「ゼロではない」という発言を重視したフシがある。

Photo_3
日本経済新聞110524

斑目原子力安全委員会委員長は、「可能性はゼロではない」という言葉は、「事実上ゼロという意味だ」と国会で明らかにした。
世の中の事象は、たいがいのことは、「可能性はゼロではない」。だから、「可能性はゼロではない」という言葉は、直接的には何の情報的価値を含まない。
「事実上ゼロという意味」なのか、「無視しえない確率の意味」なのかは、場にいた当事者が文脈に応じて判断すべきである。
コトの重要性、緊急性を考えるならば、曖昧にしたままであること自体が、当事者として適格性を欠くと言わざるを得ない。

それを「大変重く受け止めた」と説明する福山哲郎官房副長官の言葉も、後知恵の匂いが強い。
「大変重く受け止めた」のなら、そういうことかどうか確認するのが常識であろう。
首相がフクシマへのヘリコプターによる現地視察に同行した斑目氏に、「原子力について少し勉強したい」と言ったことは、斑目氏自身が証言している。
とすれば、勉強したばかりの知識で、再臨界の可能性を「大変重く受け止めた」ということだろうか?
もっとも、菅首相は「役所や東電とは違うセカンドオピニオンがほしい」と有識者を内閣府参与等として任命したが、その有識者に「臨界ってなんだ」と聞いたという話もある。

政治ジャーナリストの角谷浩一氏は「菅首相は無知なのに思いつきで行動する。反対する人は排除し、ダメな結果でも自画自賛する。厚生相時代のカイワレ神話が自分のなかに残っており、根拠を示さなくても自分が『安全だ』『頑張ろう』と言えばみんな付いてくると思っている。いま、世界中で『菅首相に日本が壊される』と心配する声が上がっています」と危機感を募らせている。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110326/dms1103261530006-n1.htm

カイワレをぱく付いた意味のないパフォーマンスを成功体験だと考えているとしたら、絶望的である。
この人をサミットに行かせた衆議院議員、とりわけ民主党の議員たちは、責任は重い。
不可解なのは、毎日新聞の5月24日付の「海水注入問題 原発に政局持ち込むな」と題する社説である。

論戦を聞いて、二つの疑問を持った。まずは、海水注入中断問題の位置付けである。すでに1号機については地震発生翌日の3月12日朝の段階で燃料の大半が溶融したとの推測が一般的になっている。その日夜に海水注入が55分間中断したことが、事態の深刻化にとってどの程度本質的なものだったのか。
もう一つは、菅首相が日本を代表する形で、サミットの場で世界に対し今回の原発事故の原因、今後の対策をまさに発表しようとする矢先に、その信頼性をいたずらに失わせるような議論をすることが、日本の国益上いかがなものかという点だ。
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20110524k0000m070153000c.html

第一の点は、12日朝の時点で燃料の大半が溶融していたと公式に明らかにされたのは最近のことであり、この時点では、政府も東電も否認していたのであるから、その状況判断を検証することは重要であろう。
もっとも、内部情報として、メルトダウンが共通認識になっており、それを隠していたのであれば話は別である。
そして、それはそれで大問題ということになるが。

第二の点は、事実の正確な把握と公表こそが信頼性の基礎であり、それを曖昧にしておくことこそ日本の国益上いかがなものかと思われる。
放射能汚染水の海への放出の連絡が遅れたことが、世界の不信感をかっているのを毎日新聞はどう認識しているのか?
東亜・太平洋戦争(大東亜戦争/太平洋戦争)の宣戦布告が遅れたことにより、「卑怯」の烙印を押されたことを思い起こすべきではないか。

開示については、故意か誤りかは別として、適切ではないことが明らかになっている。

福島第一原発事故で東京電力は2011年5月24日、2号機と3号機で核燃料が溶け落ちるメルトダウンが起きていたと発表した。1号機でも東日本大震災翌日の3月12日に福島第一原発1号機でメルトダウンが起きていたと認めている。共に2か月経過後の発表であり、情報公開姿勢が問われている。
・・・・・・
メルトダウンの発表遅れが故意による情報隠しか、分析の誤りかは議論がある。故意にしても誤りにしても問題である。故意ならば悪質であることは言うまでもない。誤りであるならば事態を正確に把握する能力に欠けていることになる。原子力発電所を扱う資格はないという結論になる。
しかも、この誤りには単にメルトダウンの発表が遅れたという以上の悪質さがある。従前はメルトダウンを明確に否定し、事故を過小評価して安全性を強調していたためである。メルトダウンの可能性を指摘する研究者もいたが、全く耳を傾けなかった。正しい根拠に基づかずに声高に安全性を強調した点は、故意の情報隠しに限りなく近い。
問題は発表遅れで政府が利益を得ていることである。震災翌週の3月14日の週は首都圏でも放射線量が高まるなど原発事故への不安が高まっていた。放射線量が高まった3月15日の日経平均株価終値は8605円で、震災後最大の落ち込みになった。このタイミングでメルトダウンを発表していたなら、社会に事態の深刻さを認識させることができたであろう。

http://www.pjnews.net/news/794/20110524_4

政府は相変わらず強弁を繰り返している。

枝野幸男官房長官は25日午前の記者会見で、東京電力福島第1原発1号機への海水注入が菅直人首相の言動を受けて中断したとされる問題で、東電が海水注入の準備を政府側に事前に報告していたことを認めた。 
枝野氏は、3月12日午後6時から首相官邸で開かれた会議について「東電から『海水注入の準備をしているが時間がかかる』という報告を受けた」と指摘。さらに「それに先立って、経済産業省原子力安全・保安院にそのような趣旨の報告があったことは報告を受けている」とも述べた。
首相はこれまで、東電の海水注入について「報告が上がっていないものを『やめろ』『やめるな』と言うはずがない」と国会で答弁しており、矛盾が明らかになったといえる。
枝野氏は、首相の言動について「まったく矛盾していない。首相は『実際に水を入れ始めた』という報告をまったく聞いていないということだ」と反論した。

http://sankei.jp.msn.com/region/news/110525/fks11052513180004-n1.htm

メルトダウンの開示では、かねてから、震災発生直後の記者会見で福島第1原発1号機でのメルトダウンの可能性を認めた経済産業省原子力安全・保安院の中村幸一郎審議官が会見担当から外れたことが、評判になっていた。
中村氏が震災翌日の3月12日の会見で「炉心溶融の可能性が高い」と発言した直後、保安院が会見担当を交代し、保安院は燃料棒の部分損傷は認めたが、メルトダウンに否定的な見解を示し続けていたのだから、誰が考えても「隠蔽」のための人事と解釈する。
枝野氏はこの問題でも、強弁している。

追及を受けた枝野幸男官房長官は「私の記者会見でも、炉心溶融は十分可能性があると言っている。可能性があるということで更迭されたなら、私が更迭されないとおかしい」と隠蔽を否定。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011052300917

事故調査のため、IAEA(国際原子力機関)の調査団が来日する頃になって、新しい事実が次々と公表されるのは、偶々であろうか?

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2011年5月24日 (火)

五重塔の柔構造と震災復興構想/やまとの謎(31)

5月5日の子どもの日に、孫のRクンを訪ねた折に、藤の名所として知られる亀戸天神に立ち寄った。
「藤祭り」は最終日で、さすがに盛りを過ぎてはいたが、まだ十分に楽しめた。
その時、思いもかけず、東京スカイツリーが間近に見えた。
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思いもかけずというのは目的としていなかったからであって、よく考えてみれば当たり前のことである。
スカイツリーは墨田区、亀戸は江東区で別の区という認識があり、下図のような近接した位置関係にあるとは思っていなかった。
Photo

スカイツリーは既に完成時の高さに到達していて、23日にタワークレーンの解体作業が始まったところである。
亀戸天神の藤と工事中のスカイツリーを同時に見ることはもうないわけで、余り意味はないが貴重な体験をしたともいえる。
5月18日の産経新聞に、建築家の上田篤さんが、「東京スカイツリー 日本文化の柔構造回帰の象徴に」と題する論考を寄せている。

東京タワーが緑の多い空間にさっそうと登場する「山の手の樫(かし)の木」といったシルエットなら、東京スカイツリーは中小の建物が混みあうすき間にしっとりと立つ「下町の柳の木」の風情である。「よくまあこんな狭いところに世界一の電波塔が建つものだ」と感心した。
・・・・・・
ここで天女というのも、その構造が五重塔の心柱によく似ているからである。筒の内部は非常用階段だが、筒全体は、その下部や周りの「鉄骨の衣」と切り離されて巨大な錘(おもり)になっている。その錘である「コンクリートの筒」と周りの「鉄骨の衣」とは地震のとき別々の動きをして、お互いの部分にかかる地震力を相殺しあう「制振構造」につくられている。
接触する「筒」と「衣」とが互いにずれてもいいように、衣服を羽織ったようなゆるやかな接合を各所でおこなっている。
また「筒」と「衣」とは別々の構造だから先に「衣」をつくり、あとで「衣」の内部で「筒」をつくって立ち上げている。それは五重塔で、1本の心柱を2、3本ぐらいに切って、周りの建物を足場にして立ち上げ、上部で再接合するのに似ている。
じっさい地盤のあまりよくない下町のことだから、塔の地下部では35メートル以上の深さの洪積砂礫(されき)層までくいを打ち、さらに足元にかかる押込力や引抜力にそなえて、鉄骨鉄筋コンクリートの連続地中壁杭などを配する、といった工夫をこらしている。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/110518/trd11051807170004-n1.htm

超高層ビルが柔構造によって建築されていることは知っていた。
また、五重塔が柔構造によって耐震性を担保していることも知識としてはあった。
→上田篤編『五重塔はなぜ倒れないか (新潮選書)』(9602)
しかし、具体的な五重塔の構造と耐震性の関係については漠然としたイメージで考えていた。
どうやら、そこには深い合理性に基づいた知恵が集積されているらしい。

五重塔は、独立した5つの層が下から積み重ねられた構造をしています。各層が庇の長い大きな屋根を有していること、塔身の幅が上層ほど少しずつ狭くなっていること、中央を心柱が貫通していて、5層の頂部でのみ接していること、5層の頂部に長い相輪が取り付けられ、心柱の先端に被せられていることなど、他の建築物に見られない特徴を有しています(1)。これらの構造的特徴の全てが、五重塔の耐震性に深く関っています。
Photo_2
http://pedpa.co.jp/library/tower.html

上田さんは、震災の復興にからめて次のように結んでいる。

幸田露伴の由緒の地に、しかも、東日本大震災の直後に建ちつつあるこの二十一世紀最先端の塔をみて、「これからの日本社会が、柔構造という日本文化に回帰するシンボルになるのではないか」とおもった。
震災復興も「ただ堤防を高くするだけの剛構造ではだめだ」と感じたのである。

含蓄に富んだ言葉である。
柔構造の具体的な姿は、震災復興構想を検討するなかで論議が深められていくであろうが、効率性一辺倒ではなく、冗長性を取り入れたものであることは間違いなさそうである。

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2011年5月23日 (月)

いい加減にして欲しい「水掛け」論議/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(34)

大震災の発生から2ヵ月半近く経つというのに、まだ、「言った、言わない」などともめている。
地震の翌日の3月12日のことである。
既に水素爆発を起こしていた1号機への対処の問題である。

東日本大震災で被災した東京電力福島第1原発1号機に関し、3月12日に東電は原子炉への海水注入を開始したにもかかわらず菅直人首相が「聞いていない」と激怒したとの情報が入り、約1時間中断したことが20日、政界関係者らの話で分かった。
最近になって1号機は12日午前には全炉心溶融(メルトダウン)していたとみられているが、首相の一言が被害を拡大させたとの見方が出ている。
政府発表では3月12日午後6時、炉心冷却に向け真水に代え海水を注入するとの「首相指示」が出た。だが、政府筋によると原子力安全委員会の班目春樹委員長が首相に海水注入で再臨界が起きる可能性を指摘、いったん指示を見送った。
ところが、東電は現場の判断で同7時4分に海水注入を始めた。これを聞いた首相が激怒したとの情報が入った。東電側は首相の意向を受けてから判断すべきだとして、同7時25分に海水注入を停止した。その後海水注入でも再臨界の問題がないことが分かった。同8時20分に再臨界を防ぐホウ酸を混ぜたうえでの注水が再開されたという。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110521/plc11052100440001-n1.htm

斑目氏は、「海水注入で再臨界が起きる可能性」という自分の発言とされる部分を強く否定していた。
結局、政府側で斑目氏が「可能性はゼロではない」と説明したと修正して、収まった。
当時の経緯は次のようにまとめられている。
312
日本経済新聞110523

政府の広報では、同日の部分は以下の通りであり、海水注入中断については触れられていない。
512
http://www.kantei.go.jp/saigai/pdf/201105121700genpatsu.pdf

細野氏は、東電の試験注入について「原子力安全・保安院には口頭で連絡があったが、官邸には届かなかった。首相が激怒することもない。私が知ったのも10日ほど前で驚いた」と首相の関与を否定。過去に公表した政府資料に「午後6時の首相指示」との記載があることについては「『海江田万里経済産業相が東電に海水注入準備を進めるよう指示した』と記述するのが正確だった」と訂正した。
複数の政府筋によると、首相が海水注水について「聞いていない」と激怒したことは複数の政府関係者が記憶しており、斑目氏が「海水注入は再臨界の危険性がある」などと指摘した事実もないという。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110521/plc11052122580008-n1.htm

不思議なのは、首相側が、情報が「官邸に届いていない」ことを、自分の正当性の御札のように言っていることである。情報が届いていないことは決して自慢できるものではないだろう。
「聞いていない」と激怒したことを複数の政府関係者が記憶しているのであれば、その人たちがそう言えばいいであろう。
それとも、差しさわりがあるということであろうか?

上記政府広報では、はっきり「総理大臣指示」と記されているが、細野氏は、海江田大臣の指示だという。
手柄になりそうな状況ではわが事にし、問題になりそうになると部下の行為にする。
どこにでもいそうな人望のない上司である。
「イラ菅」と呼ばれるほど怒りっぽい人である。「オレは聞いていない」と言えば、激怒と受け止めるであろうことは想像に難くないが、真相は今のところ、「藪の中」である。

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2011年5月22日 (日)

早稲田大学グリークラブによる宮沢賢治『永訣の朝』

早稲田大学グリークラブ(ワセグリ)は、学生合唱団でももっとも評価の高い団体である。
ボニージャックス、岡村喬生などの有名OBがいる。
沼津稲門会主催の東日本大震災復興支援のコンサートに行ってきた。
Photo_2
 
「都の西北」に始まり、3部構成のプログラムだった。
期待に違わぬ素晴らしい迫力あるハーモニーだった。
私にとっては、第2ステージの『永訣の朝』が格別の思いを喚起させるものであった。
宮沢賢治の有名な詩を、鈴木憲夫が男声合唱曲として作曲したものである。
指揮とピアノ伴奏は、現役の学生である。

『永訣の朝』は「春と修羅」に収められた賢治の代表作である。
地震の発生した時から、東北の詩人・宮沢賢治のことが気になっていた。

けふのうちに
とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゆとてちてけんじゃ)
うすあかるくいっさう陰惨な雲から
みぞれはびちよびちよふつてくる
(あめゆじゆとてちてけんじや)
・・・・・・

「とし子」は賢治の2歳年下の妹だ。
肺結核のため、『永訣の朝』が書かれた日の午後8時半頃死去したと言われる。
賢治の言葉通りに、その日のうちに、あの世に旅立ったのだ。
享年24歳。

最初目にしたとき、(あめゆじゆとてちてけんじゃ)という言葉が分からなかった。
何やら呪文のような……。
「けんじゃ」という語の解釈として、詩人の山本太郎が賢治の愛称とする説を唱え、それが一般的になっているようだ。
宮沢賢治「永訣の朝」の解釈について

「雨と雪(つまり、みぞれ)を取って来て、賢治兄ちゃん」
熱のあった「いもうと」が冷たいものを欲して発した言葉だ。
「」でなく、()が使われているのは、とし子の言葉そのものでなく、賢治の心に残るとし子の言葉と解されている。

「みぞれ」あるいは雨と雪(あめゆじゆ)はこの詩のキーワードである。
パンフレットの「解説」は次のように説明している。

・・・・・・
賢治はこの「みぞれ」に何かを託したのだ。
・・・・・・
しかし、愛する者が亡くなった場合、私たちが彼らに想い描いていた未来はどうなるのか。心の中に存在していた未来はたやすく消えはしない。しかし過去と未来の接点であった現存在がなくなってしまった以上、過去と未来は切り離されてしまう。
そして、本作品における「みぞれ」とはこの死んでしまった人間の過去(思い出)の時空間と、一度思い描いてしまった以上消し去ることのできない死者の未来の時空間を結ぶものとして「みぞれ」を描いたのではないか。賢治は、「みぞれ」の中に、過去と未来を結びそれらの中間にある現存在への思いを託したのだ。つまり現存在という「生」への希求を込めて「みぞれ」を作品に頻出させたのだ。

妹が亡くなった時、賢治は26歳だった。
もう40年にもなるが、私も26歳の時に3歳下の妹を亡くした。
兄らしいことを何一つとしてやれなかったことを悔やんだが、どうしようもない。
私にとっては、以後の自分の生き方・考え方を規定する出来事だった。
手作りの思い出の文集の冒頭に、賢治の「無声慟哭」を引用させてもらった。

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2011年5月21日 (土)

花の都公園のクマガイソウ

気持ちのいい季節なので、リハビリを兼ねて山中湖に近接する花の都公園に出かけた。
富士五湖周遊道路が社会実験の対象になっているので、静岡県側から無料で行けるのが気楽であるが、もうすぐ終わりだろう。
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上図の上側にはみ出たあたりの林の中に、クマガイソウの群生地がある。
シーズンのいま、ボランティアのガイドが「ネイチャーツアー」を案内してくれる。
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ガイドがいない時は進入できない、一種のサンクチュアリーとなっている。
珍しい植物をこっそり失敬する不心得者がいるらしい。
身障者でも歩ける行路ということなので参加した。

見事に咲き誇る群落であった。
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クマガイソウという名前は、平家物語で平敦盛を討ったことで知られる熊谷直実に由来するという。
膨らんだ形の唇弁を昔の武士が背中に背負った母衣に見立て、がっしりした方が直実、優しげな姿の方が敦盛(アツモリソウ)に見立てられた。
花色がそれぞれ白、赤っぽいため源氏の白旗、平氏の赤旗に見立てたための命名という説もある。
クマガイソウは環境省のレッドデータブックで絶滅危惧II類とされている。
乱獲によって自生を見ることはまれだという。

花の都公園は、文字通り季節ごとにさまざまな花を楽しませてくれる。
現在はチューリップが終わろうとしていた。
公園の一隅にひっそりと咲いていた山芍薬が清楚だった。
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その他、レプリカではあるが実際に動いている大きな三連水車などもあり、小さな子供が楽しめる水空間もある。
堰で水路の形を変えられる遊びを夢中でやっている子供の姿が微笑ましかった。
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2011年5月20日 (金)

東電の賠償スキームをめぐって/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(33)

政府は13日、東京電力の福島第1原子力発電所事故の損害賠償支援スキームを発表した。

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東電の存続が前提で、債務超過にさせないことを明示。公的資金を投入して支援する一方、政府は東電の経営合理化を監督する。東電は政府の管理下で経営し、賠償を進めることになる。
http://www.asahi.com/politics/update/0513/TKY201105130140.html

この枠組みにはいくつかの問題点がある。
損害賠償額がいくらになるのか現時点では不明だが、債務超過に陥らないことが予め約束されている。
常識的に考えて、賠償債務は株主資本(約2.5兆円)を超える可能性が高いだろう。
とすれば、普通は株式は100%減資であり、次に貸出金や社債が棄損されるべきところであろうが、株主や債権者は保全(免責)されるというスキームである。

東電の株式は年金基金も多く組み込んでいるほか、社債の発行額は国内最大の約5兆円に上る。
海江田万里経済産業相は11日の都内の講演で、東電の救済策で経営破たんした日本航空(JAL)と同様な減資や債権カットの手法を取らない理由を問われ、「JALとの決定的な違いは損害賠償を受ける人たちが大変たくさんいることだ」と述べた。
東電の破綻処理は金融市場のシステミック・リスクに直結しかねず、“too big to fail”(大きすぎて潰せない)というわけだ。

しかし、減資や債権カットしないのでは責任が曖昧になるのではないか。
次のような解説がある。

「2003年のりそな(ホールディングス)のように実質国有化すれば株主に損失が及び、昨年の日本航空のように破綻させると債権者が大幅減免という損失を受けかねない。前者だと東電など電力に多い高齢者などの個人株主に損を負わせ、後者は銀行や生命保険会社などの2010年度以降の決算に巨額の損失を与えかねない」
「そうなると、関係者の不満が噴出しかねない。そうした不満を回避しようとすると機構方式で株主、債権者の損失を抑える方法しか残らなかった」

田村賢司『その場しのぎの原発賠償策』日経ビジネスオンライン(110517)

田村氏の言うように、その場しのぎで通すのはこの政権の常套手段である。
本質的な議論に踏み込むことが必要なのだが、そんな気配は感じられない。
東電は、損害賠償の目安をつくる原子力損害賠償紛争審査会に対し、賠償能力を考えて目安となる判定指針を策定するように注文したという。

福島第1原発事故の賠償問題で、東京電力が賠償限度への配慮や算定基準の明確化などを求める要望書を、原子力損害賠償紛争審査会に提出していたことが5日、分かった。審査会の議論に東電の主張を反映させる狙いがあったとみられ、審査会の独立・中立性を損ないかねないとの批判も出そうだ。
審査会は原子力損害賠償法に基づき、政府や産業界から独立した立場で賠償の目安となる指針を策定。4月28日に原発事故の賠償範囲の第1次指針をまとめたが、要望書は3日前の25日に提出された。この中で東電だけで賠償費用を負担するのは困難だと指摘。東電が負担可能な賠償限度に配慮しつつ、第1次指針を策定するよう要望した。

http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/05/05/kiji/K20110505000761670.html

また、、「異常に巨大な天災地変」で原発事故が起きた場合、事業者は免責されるという原賠法の例外規定に、今回の事故が該当する可能性があるとする見解を持っていることも明らかになった。

福島第一原発の事故に絡み、福島県双葉町の会社社長の男性(34)が東京電力に損害賠償金の仮払いを求めた仮処分申し立てで、東電側が今回の大震災は原子力損害賠償法(原賠法)上の「異常に巨大な天災地変」に当たり、「(東電が)免責されると解する余地がある」との見解を示したことがわかった。
原賠法では、「異常に巨大な天災地変」は事業者の免責事由になっており、この点に対する東電側の考え方が明らかになるのは初めて。東電側は一貫して申し立ての却下を求めているが、免責を主張するかについては「諸般の事情」を理由に留保している。

http://www.asahi.com/special/10005/TKY201104280255.html

原子力損害の賠償に関する法律
第三条
 原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S36/S36HO147.html

Photo_3
http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/10/10060401/02.gif

関係閣僚会議でも、この条項の適用の可否をめぐって、激しい論争があったらしい。

会議では、免責を認めていない原案に対し、与謝野経済財政相が「3条ただし書きを適用すべきだ」と強い口調で求めたが、枝野官房長官は「法改正しない限り、今回の事故に免責条項が適用できるとは解釈できない」と反論。2人の言い争いはどなり合いにエスカレートしたが、最後は枝野氏が押し切った。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110513-OYT1T01346.htm

東日本大震災は、確かに「異常に巨大な天災地変」によるものだろう。
しかし、原発事故が果たして「異常に巨大な天災地変」によって生じたものと言えるのか?
私は人災としての要素が大きいし、それゆえにこそ責任の所在を明確にすべきと考える。
責任の所在を曖昧にして国民の負担を大きくする与謝野氏は、さすが厄病神と呼ばれるに相応しい。
⇒2011年3月 5日 (土):与謝野馨氏は疫病神か?
最大不幸招来内閣である。

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2011年5月19日 (木)

核エネルギー利用と最終兵器/『ゴジラ』の問いかけるもの(3)

本屋を覗いていたら、武田徹『私たちはこうして「原発大国」を選んだ - 増補版「核」論 (中公新書ラクレ)』(1105)が目にとまった。
何気なく手にとってみると、「ゴジラ」について触れている。

日本は原発大国か?
Photo
http://memorva.jp/ranking/world/iaea_nuclear_power_reactor_2010.php
出力の大きさも基数も、世界3位であるから、れっきとした大国であることは間違いない。
ヒロシマ、ナガサキで被爆してから65年の間に、核エネルギーは我々の生活に不可欠の存在になっていた。

もちろん、自然発生的にそうなったのではないし、他国に強いられてそうなったのでもない。
日本人の意思としての選択の結果そうなったのである。
そうなる過程のほとんどが自民党政権の下にあった。国民の多数派が自民党を選択した結果だから、国民の選択と言ってもいいだろう。
上掲書は、その「選択」の節目となるいくつかのトピックを取り上げて、戦後史を原発の側面から辿ったものである。

その一番最初に置かれているのが、「一九五四年論 水爆映画としてのゴジラ-中曽根康弘と原子力の黎明期」である。
著者の武田さんは、昭和33(1958)年生まれである。
彼が物心ついて接したゴジラ作品は、『南海の大決闘』(66年公開)か『ゴジラの息子』と推測されるが、彼自身は具体的な記憶はないという。
子供だまし的な作品の作り方が、子供ながらに許容できなかったからである。もちろん、彼のような受容の仕方が一般的ではない、と彼自身が断っている。

わが国は、1951年9月8日調印、1952年4月28日発効のサンフランシスコ講和条約によって、国際社会に復帰することになった。
この講和条約は、いわゆる東側諸国は調印していないことに加え、同日に日米安保条約が締結されたことから明らかなように、日本がアメリカの傘の下に入ったことを意味していた。つまり東側諸国が対象になっていなかったという意味で単独講和であり、全面講和をすべしとする人たちとの間で意見の対立があった。
単独講和に踏み切るについては、1950年6月25日に勃発した朝鮮戦争が大きく影響したと見るべきであろう。

それはともかく、サンフランシスコ講和によって、日本の原子力研究も動き出した。
1952年に学術会議副会長の茅誠司が原子力委員会設置を提言し、若手物理学者がこれに反対する運動を起こした、
そして1953年、国連総会でアイゼンハウアーが『原子力の平和利用」について演説すると、中曽根康弘代議士が「原子炉築造予算2億35百万円」を国会に提出し、可決された。
学術会議の側は寝耳に水の出来事だったが、急ぎ議論を取りまとめ、「民主、自主、公開」を原子力研究の三原則とした。

1954年3月1日、第五福竜丸がマーシャル諸島近海で操業中に、アメリカがビキニ環礁で行っていた水爆実験により被爆するという事件が起きた。
3度目の被爆である。
日米政府の不誠実な対応に反発した杉並の主婦グループの原水爆反対運動は、またたく間に全国に拡大した。
しかしこの時既に原子力予算は国会を通過し、アメリカの影響下で核開発に進むことが既成事実になっていた。

このような背景の中で、映画『ゴジラ』は製作されたのである。
南海の水爆実験によって怪獣が生まれるというストーリーは、第五福竜丸の被爆という事実を踏まえたものである。
ゴジラは、ヒロシマ、ナガサキの被爆に次ぐ災厄として位置づけられている。

武田さんは、『ゴジラ』のストーリーは、核の問題を鋭く抉るものになっているとする。
古生物学者・山根博士(映画では志村喬が演じている)は、放射線を浴びても死なないゴジラを研究するべきだとする。被爆しても死なないゴジラは、核戦争がいつ起きるか分からない状況において重要な研究対象ではないか。
しかし、ゴジラが現実に人々の暮らしを破壊する現実の前に、ゴジラを撃退すべしという意見が圧倒的になる。

芹沢博士の開発したオキシジェン・デストロイヤーは、酸素を破壊することで生物の身体を分解してしまう強力な兵器になり得る可能性を持っている。
芹沢は「技術は一度誰かがつかえば、必ず悪用される」といい、使用を拒むが、自分の命を絶つことによって悪用の可能性を封じる。
⇒2011年5月10日 (火):技術の功罪と苦悩する化(科)学者/『ゴジラ』の問いかけるもの(2)

武田さんは、芹沢の行動は、核の力を封印できなかった戦後世界を逆照射するという。
特に、被爆の事実を曖昧にしてアメリカの傘の中に入る選択をした日本に一石を投じるものだとする。
ゴジラ映画がエンターテイメントにシフトするのに同期するように、核エネルギーを厳しく管理しようという志が弛緩していく国際情勢とそれに流される日本。
ゴジラ映画は、政治の問題を回避し、空想的な絵空事と化していく。
フクシマでレベル7の事故を起こしてしまった今度こそ、『ゴジラ』の初心に帰ることが必要ではないか。

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2011年5月18日 (水)

“最悪の事態”はいつまで続くのか/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(32)

震災の発生から2カ月も経ってから、実は原発は地震発生から間もなくメルトダウンしていました、というのが政府・東電の発表である。
事実関係は既に多くの人が指摘していたことなので、改めて確認された、と軽く受け止めてしまいがちである。
しかし、ことの重大性を再確認してよく噛み締めることが必要であろう。

第一の問題は、原発事故対応の初動に関してである。
周知のように、地震発生の翌日、首相は自身の判断で、周囲に反対論があったにもかかわらず、「原子力のことを少し勉強したい」と現地視察をヘリコプターで強行視察した。
⇒2011年3月30日 (水):原発事故に対する初動対応について

首相は震災発生翌日に自ら原発を視察したことに関連し、「(原子炉の)格納容器の圧力が上がっていて、(圧力を下げる)ベントを行わず放置すれば、容器が破壊される恐れがあるとの認識はあった」と述べ、格納容器破損の可能性を認識しながら視察したことを明らかにした。
ただ、視察に踏み切ったことについては、「(現地で関係者と)コミュニケーションができたことは大変プラスになった」と意義を強調した。首相視察に同行した原子力安全委員会の班目春樹委員長は「格納容器が破裂する可能性があると認識していたし、(視察前に首相へ)助言していたと思う」と語った。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110516-OYT1T01047.htm

「格納容器破損の可能性を認識しながら視察したこと」は果たして適正な判断と言えるだろうか?
現場では、格納容器破損を避けるため、必死の努力をしていたはずである。
そこに首相が「視察」に赴けば、当然現場の作業はディスターブされる。
この時点で首相のなすべきことは、首相官邸で指揮を執ることであって、付け焼刃の勉強をすることではないしまして現場作業を乱すことではない。
⇒2011年3月14日 (月):現認する情報と俯瞰する情報

もし、この時点で水素爆発が起きていたら、と考えると責任者不在の状況が生まれる。
言っていることも軽いが、軽率な行動との謗りを免れない。
「コミュニケーションができたことは大変プラスになった」と言っても、視察から戻った菅総理の提案で与野党党首会談を開催して「福島原発は大丈夫だ」と言っていたころに、最初の水素爆発が起きていたのだから、何の意味もなかったというべきだろう。

政府がフクシマの事故が「レベル7」に相当すると発表したのは4月12日であった。
⇒2011年4月12日 (火):福島はレベル7/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(5)
今回の発表では、既に1カ月前の3月12日にはメルトダウンしていたということである。

福島第1原発事故で、東京電力は15日、1号機原子炉で3月11日の東日本大震災発生直後に起きたメルトダウン(全炉心溶融)の暫定解析結果を発表した。同日午後3時半ごろに津波で冷却機能を全部喪失したとみた場合、同7時半ごろ「空だき」状態となって燃料の損傷が始まり、急速に溶融し圧力容器底部に落下。翌12日午前6時50分ごろには、ほぼ全燃料が落下したとみられる。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110515-00000081-jij-soci

客観的にはこの時点で、限りなくレベル7の状態であったはずである。
1カ月の間、政府・東電は隠していたと言われてもやむを得ない。
事態の展開に伴い、改訂された工程表も発表された。しかし、今までの経緯をみれば、信憑性に欠けると言わざるを得ない。

工程表の弱さは、福島第1原発事故を説明する政府や東電の姿勢とも共通する。
1号機は、これまで安定化の作業が順調とされ、政府もメルトダウンにはならない、と説明していた。4月の工程表もこの見方に沿った対策となっている。
原発は大きく壊れ、放射性物質を出している。原子炉内の様子をつかみにくい事情は分かる。
けれど、メルトダウンの可能性はかねて指摘されてきたことだ。なぜ、楽観的な見方を続けてきたのか、理解に苦しむ。
パニックを防ぐことばかりに気を取られていないかも、気になる点だ。混乱を防ぐ最善策は、原発の安定に向け、実現性の高い工程表を示すことだ。
メルトダウンに伴う高い放射線量で、被ばく対策や人員の確保など作業環境はより厳しくなっている。なのに、今回の工程表ではどのように対応していくのか、深く踏み込んではいない。
東電や政府は率直に事故の現状を国民に語り、着実にできる対策とその見通しを示す必要がある。工程表を単なる努力目標のように考えることは許されない。
http://www.shinmai.co.jp/news/20110518/KT110517ETI090006000022.htm

素人的には、とても東電や菅首相の言うことを信じられない。明らかに当初の想定と異なった状況になっているにもかかわらず、真摯な反省が窺えないのだ。
原発被害者に対する補償の枠組みも不明確だ。故郷を離脱する人たちはとても納得できないだろう。
すべてが根拠なき思考のように思える。

やっぱり、口先だけのこの人の下では事態は収束するとは思えない。
悪化する可能性が高いとせざるを得ないだろう。
西岡武夫参院議長も、異例の菅退陣論を主張している。

震災から2カ月が経過したのに大きなビジョンが示されていない。復興構想会議に任せるのは大きな間違い。ビジョンはやっぱり首相が決めなければいけません。ビジョンなしに、平成23年度第2次補正予算案は組めないでしょう? 政権延命のため、やるべきことをやらずにずるずると来ている。
・・・・・・
「戦後最大の国難に菅さんが首相でいることが最大の不幸だ」と言われているそうですが、その通りでしょうね。
・・・・・・
菅さんが5月26、27両日の主要国首脳会議(仏ドービル・サミット)に行って、何を訴えるというんですか? やはりサミット前に不信任案を出すのが常道だと思いますよ。菅さんがサミットの場で恥をかくというよりも、世界から(底の浅さを)見透かされるのが嫌ですね。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110518/stt11051801140001-n1.htm

西岡氏の発言は、三権分立という点からは如何かと思うが、内容的にはその通りである。
立法府の長にかくまで言われてもなお権力の座に執着するのは何故か?
菅氏が首相で居続けることこそ、最悪の事態ではなかろうか?

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2011年5月17日 (火)

“逃げ菅”の本領発揮か?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(31)

東京電力福島第1原発事故で、計画的避難が始まった。

飯舘(いいたて)村と川俣町山木屋地区の集団避難が15日、始まった。この日は同村の10世帯64人が県内の福島市や二本松市に移転。山木屋地区8世帯49人も避難区域外の町北西部への引っ越しを順次始めた。飯舘村は村民約6200人のうち約2100人が既に自主避難している。村は(1)妊産婦・乳幼児のいる世帯(2)18歳未満の子供がいる世帯(3)放射線量の高い地区の世帯(4)それ以外の世帯--の順に県内に引っ越す計画で、今月29日をめどに(3)までの避難完了を目指しているが、避難を望まない村民もおり、今後も難航が予想される。・・・・・・政府は4月11日、放射線累積線量が年間20ミリシーベルトに達する恐れのあるエリアを同区域に指定する方針を発表。同月22日に枝野幸男官房長官は「約1カ月後をめどとして実施を」と述べたが、移転先確保の問題などで今月中に終えるのは困難。政府は帰宅時期について4月17日に東電が示した「冷温停止までに最短で6~9カ月」との工程表に基づいて検討するとしていたが、工程の遅れや土壌汚染の懸念も膨らんでいる。 http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110516ddm001040055000c.html

菅首相は、年頭の記者会見で、目指すべき国の在り方として、「平成の開国元年」とすること、最小不幸社会を目指すこと、不条理を正す政治を行うことの3点を挙げた。
原発による地元受益者でもない人たちが避難しなければならない事態こそ、不条理であろう。
しかし、政府の対応は後手に回っている。
政府が避難を求めると発表したのは4月11日であるが、汚染の広がりは原発2号機が破損した当日の3月15日に予測していた。

文部科学省と原子力安全・保安院が5月3日夜から公開を始めた「緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)」の試算結果からわかった。・・・・・・ それによると、同日午前9時から24時間後までの間に、原発を中心にした単純な同心円状ではなく、とくに北西方向に汚染が流れていくことが予測された。こうした汚染の傾向は、福島大などによる実測値でも裏付けられている。 政府が当初、避難を求めていたのは、原発から半径20キロ圏内の住民。だが4月11日になって、北西方向で20キロ圏外にある飯舘村や葛尾村など5市町村に対しても、5月末までに住民避難を求めることにした。対象は約3千世帯、計約1万人とされる。SPEEDIによる試算約5千件はこれまで未公表だった。その理由について、細野豪志首相補佐官は2日の会見で「国民がパニックになることを懸念した」と説明した。
http://www.asahi.com/national/update/0504/TKY201105040273.html

何のための予測システムだろう。
「国民がパニックになることを懸念」するような事態であれば、秘匿しておくのだろうか。
都合の悪い情報ほど早く知らせるべきだ。ほとぼりが冷めるまで、というような姑息な考えが被害を大きくする。
原発事故に対する賠償も先送りとなる。

政府、民主党は16日、福島第1原発事故で東京電力による被害賠償を支援する法案の今国会提出を見送り、8月にも召集する臨時国会に先送りする方向で調整に入った。
政府が決定した賠償支援策に対し民主党内の異論が強く、法案策定に手間取る恐れが出てきたためだ。
http://jp.reuters.com/article/kyodoPoliticsNews/idJP2011051601000928

東日本大震災で避難所の生活を強いられている人がまだ11万人以上いる。
にもかかわらず、菅首相は通常国会を閉会させる腹積もりのようだ。

菅直人首相は10日、通常国会を6月22日の会期末に閉会させた上で、6月末に内閣改造を断行することで検討に入った。政府関係者が明らかにした。東日本大震災の復興対策と東京電力福島第1原子力発電所事故の対応にあたる「復興対策担当相」と「原発問題担当相」(いずれも仮称)を新設するのが主な目的だ。国会会期を延長しないのは、菅降ろしに向けた野党の攻勢を避けるねらいもある。6月末には社会保障と税の一体改革の取りまとめが予定されており、首相は内閣改造を行うタイミングを検討している。 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110511/plc11051101080005-n1.htm

被災者の状況に思いを致すならば、先延ばしなど許されない。
まして「菅降ろし」を封じるためなどと疑われること自体が問題だ。
もちろん、閉会に反対する声は与野党を問わず多い。

民主党と自民党の中堅・若手議員100人余りが勉強会を発足させ、東日本大震災からの復興に向けた今年度の第2次補正予算案などを審議するため、今の国会の会期を延長すべきだという認識で一致し、両党の執行部などに申し入れることを決めました。 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110517/t10015942773000.html

みんなの党の江田憲司幹事長は10日の記者会見で、民主党内で6月22日までの通常国会の会期を延長せず平成23年度第2次補正予算案の提出を先送りする案があることについて、「とんでもない話だ。被災地は今でも窮状に置かれ、国会議員が休んでいいはずがない」と批判した。自民党の小坂憲次参院幹事長も同日、「まだ議論しなければいけない法案がある。閉会を考えられる状況ではない」と述べた。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110510/stt11051018100005-n1.htm

まさかとは思うが、昨年菅政権が成立した後、国会を延長するか否かが問われた状況を思い出す。
田中秀征氏の当時の言葉である。

結局、今国会の会期は延長せず、党首討論も予算委員会も開かずに閉会することとなった。どうやらその理由は、内閣支持率がV字回復したことにあるらしい。何かあったら大変だから、高い支持率のまま選挙に持ち込みたいのだろう。
http://diamond.jp/articles/-/8465

参院選の結果は惨敗であった。
菅首相は、歴史の判断が好きなようだが、自分の近過去を振り返ってみるといい。
特に昨年と異なり未曾有の国難である。課題が山積する中で、“逃げ”が許されようはずがない。

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2011年5月16日 (月)

フクシマの現状と見通しは?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(30)

予想通り、菅内閣の支持率が回復しているらしい。浜岡効果(マジック)は、菅政権延命のカンフル剤となるのだろうか?
浜岡を停めたことは功績とするにやぶさかではないが、それは市民運動家としては、という限定の範囲内のことである。
首相としての判断となると、それだけで評価することはできない。エネルギー問題だけをみても、短期的には今夏の問題をどう乗り越えるのか、中長期的に原発に依存するのか否か、まだ方向性さえはっきり見えない。

それより、喫緊の課題である福島第一原発(フクシマ)の事故の収束の見通しが立っていないのだ。
12日に、東電は核燃料の「メルトダウン(炉心溶融)」であることを、ようやく認めた。専門家や外国のメディアなどが、早い時点でメルトダウンを疑っていたにもかかわらず、当事者の東電は一貫して否定してきたのである。
しかも一たび認めると、今度は後出しジャンケンのように、次のように発表する。

東電は中央制御室の計算機などから回収した原子炉温度や圧力の記録を基に分析。震災45分後の津波で、電源が喪失し、すべての冷却機能は失われていたと仮定した。燃料の上端より5メートル上にあった冷却水は、3時間後に燃料の上端まで低下。500度を下回っていた炉心の温度はその2時間後、燃料が溶融する2800度に達した。この時点で燃料全体が露出し、その後も水位は下がり続けた。
地震から16時間後の12日午前6時50分ごろ、溶けた燃料の大部分が圧力容器の底へ落ちたとみられる。
12日午前5時50分ごろには1号機の炉心へ真水の注水が始まり、同日午後8時に海水に切り替えて継続したが、水位は燃料下端からさらに4メートルほど下回った状態が続いた。圧力容器の底は溶けた燃料で配管の溶接部などが破損し、穴が開いている可能性が高い。圧力容器の水位は低かったが、燃料が底に落ちたため結果的に冷却できたとみられる。東電は、現在の燃料の状態に関して「一部は底で水没せずに露出している」とみている。
東電は2、3号機でも同様の分析を行う。松本純一原子力・立地本部長代理は会見で「最悪の場合、2、3号機も同様になっていることが想定される」と述べた。

http://www.chunichi.co.jp/s/article/2011051690020014.html

東電は今まではデータが回収できなかったのだというが、きわめて疑わしい。
「1、2号機でも中央制御室での電源復旧作業に着手、1号機で照明がついた」と報じられたのが、3月24日である。
1
http://www.asahi.com/national/update/0324/TKY201103240166.html
それが今まで記録が回収できなかったとは信じがたい。

大前研一氏も早い時点でメルトダウンが起きていたと推測している。

ではいつ炉心溶融が起こったのか? 米ニューヨーク・タイムズ紙に出ていたグラフを見ると、なんと3月15日と16日に3回の大きな放射能の放出(サージ)が福島第一原発の正門付近の計測地で観測されている。
地震と津波の翌日12日には1号機で水素爆発が観察されているが、その時には放射能はほとんど検出されていない。つまり、15、16日の放射能のサージは水素爆発によるものではないことが分かる。
Photo
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20110404/265766/?ST=business&P=3

東電の説明と異なるようであり、政府を含めた最終的な見解を聞きたいところだ。
それはともかくとしても、最悪の事態を想定して対策を講じていたはずではなかったのか?
次々と最悪が更新されるのは、隠していたのか、分からなかったのか?
いずれにしろ、このような事故の場合、許されることではないだろう。
政府はどうか?

福島第一原子力発電所1号機で、燃料棒が溶け落ちる「メルトダウン」が起きていたことについて、細野首相補佐官は13日、事故対策統合本部の会見で「想定外だった」と述べ、事故の収束に向けた工程表を見直す考えを示した。
http://news24.jp/articles/2011/05/14/07182715.html

この期に及んで「想定外だった」はないだろう、と言いたいが、私を含め多くの国民はメルトダウンだったこと自体は、やっぱり、ということだろう。
今頃何を言っているのだ、と思う。
その上で、産経新聞の次の「主張」はどう理解すべきだろう。

1号機の燃料の損傷が最も激しいことは、3月中から分かっていたことだ。炉心の部分的溶融も起きていると推定されていた。
その推定が今回、事実として確認された。作業者が内部に入って水位計を調整した結果、圧力容器の正しい水量が分かるようになったことによる前進といえる。
形としては厳しい現実の再確認だが、修理に欠かせない貴重な情報の把握として受け止めたい。

http://www.sankei.jp.msn.com/affairs/news/110514/dst11051402590007-n1.htm

東電も政府も、間違った説明をしていたのが、事実として確認された、とすべきであろう。
東電や政府の言うことをそのまま信じてはいけないということを再確認したことは、「前進」だろうか?
「工程表」は細野補佐官も言っているように、全面的に見直すことにならざるを得ないだろうが、問題は今後どうなるか、である。

一番の問題は格納容器からも冷却水が漏れていることだ。水漏れ個所を特定し、それを修理しないと、格納容器に水を満たして圧力容器ごと冷却するための冠水作業が難しくなる。だが、漏れた冷却水は高濃度汚染水になっていると十分に考えられるため、修理作業は難航することが予想される。
東電は、1号機の冠水がうまくいけば、それをモデルケースにして3号機も同様の作業を行う予定だった。4月17日に発表した「工程表」では3カ月程度で1、3号機を安定的に冷却するとしていただけに格納容器からの水漏れは痛手だ。

http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20110514/269872/?ST=ecology&P=3

目途が立たないようにも受け止められる。
汚染はどうなのか?

また、13日、原子炉建屋の1階に無線で遠隔操作するロボットを入れて調査した結果、建屋の南東部分にある二重扉の近くで、最大で1時間当たり2000ミリシーベルトと、これまでで最も高い放射線量が測定されました。
この付近には原子炉につながる配管が通っていることから、東京電力は、「メルトダウン」の影響でこの配管が傷み、高濃度の汚染水が流れ込んで高いレベルの放射線を出しているのではないかとみています。
福島第一原発1号機では、原子炉建屋の地下に大量の水がたまっているのが見つかったことに加え、1階でも極めて高い放射線量が測定される場所があることが新たに分かったことで、17日に予定されている工程表の見直しを前に、作業の難航が避けられない情勢です。

http://www3.nhk.or.jp/news/genpatsu-fukushima/20110514/index.html

震災の発生から2カ月以上経っているのに、これまでで最も高い放射線量が測定されたというのである。
しかもその程度は驚くようなレベルだ。

Photo_6 http://radiation.goo.ne.jp/

もちろん、日常生活での基準とは比較にならないが、上図の単位は、マイクロシーベルト/年であり、今回測定されたのはミリシーベルト/時間である。
<1年=365日=365×24時間=8,760時間>であるから、2,000ミリシーベルト/時間は17,520,000ミリシーベルト/年=17,520,000,000マイクロシーベルト/年である。

放射線を短期間に全身被ばくした場合の致死線量は、5%致死線量(被ばくした人の20人に1人が死に至る線量)が2シーベルト(2000ミリシーベルト)、50%致死線量が4シーベルト、100%致死線量が7シーベルト……
http://gigazine.net/news/20110315_sievert/

問題は、その影響範囲である。
既に300km離れた南足柄市の茶葉が基準を超える放射能も検出されているのである。
⇒2011年5月14日 (土):放射能汚染は、どこまで、どの程度?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(28)

原因は不明だが、フクシマで作業員が亡くなったという。

14日朝、東京電力の福島第一原子力発電所で、協力企業の60代の作業員の男性が作業中に意識不明になり、福島県いわき市内の病院に運ばれましたが、死亡が確認されました。男性は全身を覆う防護服を着て作業に当たっていて、放射性物質の付着はなかったということで、死因については、まだ分かっていないということです。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110514/t10015889071000.html

放射能はともかく、劣悪な作業環境が影響していないはずはない。
東電には当事者能力が欠如していることがはっきりしている。電力の配電はお手のものだろうが、トップは原発のことについては素人同然である。
政府は「想定外だった」などと言わずに、もっとしっかりした見通しを立てられる体制を築くべきではないか。
そして、正しい情報を隠すことなく開示すべきである。

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2011年5月15日 (日)

静岡の美術館

友人が静岡の美術館にドライブに誘ってくれた。
まだ運転は自分ではできないので、今日のように気持ち良く晴れた日にちょっとドライブできるのは有難い。
行先は美術館、とだけ聞いていて、どこへ、誰と、どういうルートで行くかは事前には聞いていない。プチ・ミステリーツアーといった感じだが、メンバーはだいたい予想通りである。

早めの昼食に、蕎麦はどうか、という。
もちろん、私をはじめ、だれも異論はない。
静岡を通り越して、東名の吉田インター近くの蕎麦屋だった。
Photo藪蕎麦宮本という店である。
格別変哲のある店構えではないが、出てきた蕎麦は絶品だった。
私は、「狂」がつくほどの蕎麦好きではないし、通でもない。
しかし、これはまさに名人芸の域に達していると言えよう。
発症以来基本的には酒断ちをしているが、同行者の1人が独りで飲むのはどうも……、というので盃に半分ほど冷酒を味わった。
それでも陶然とした気分になる。
やはり蕎麦と日本酒は相性がいいようである。

腹ごしらえが済んだのでUターンして静岡ICへ。
昨年5月に開館した静岡市美術館で、「ハンス・コパー展」を観た。
静岡駅の駅前の葵タワーという高層ビルの3Fが市立美術館で、ユニークな街中美術館である。
地方都市でも、静岡市クラスになると結構な賑わいである。
日頃の生活圏である三島や沼津とは明らかに違う。
県庁所在地、政令市等が大きな要因であろうが、静岡県東部にはない都市的な魅力があって、人通りもまったく違う。
「中央対地方」の構図が、フラクタルのように現れている。

静岡市美術館でのコパー展は2009年に兵庫県陶芸美術館でスタートを切った巡回の掉尾ということになる。
これほど本格的なコパーの展覧会は海外も含めてもう当分見ることができないだろうと言われる。
ハンス・コパーの名前は、ルーシー・リーとセットで語られることが多い。
ルーシー・リーとハンス・コパーの二人展が、ニューヨークのメトロポリタンミュージアムで初めての個人作家を取り上げた展覧会である。
「運命が二人の出会いをもたらした」と言われるほど、お互いに影響を与え合っている。
最後のコーナーにルーシー・リーの作品が展示されている。
Photo_2
時間に余裕があったので、同じ静岡市立の「芹沢銈介美術館」へ行こうかということになった。
弥生遺跡として有名な登呂遺跡の中にある。
登呂遺跡は、私が小学生の頃は大スターの遺跡だった。現在でも遺跡の学術的価値は変わらないのだろうと思うが、三内丸山遺跡、吉野ケ里遺跡、纏向遺跡などのスターが次々と登場して影が薄くなったようだ。

芹沢銈介は静岡市出身の染色家。柳宗悦、沖縄の紅型(びんがた)との出会いを契機に、型染めを中心にした染色の道を歩む。
まさにデザインの神髄ともいうべき「色と模様」の天才だ。
幸いにして、今日が最終日の「屏風」展を観ることができた。珍しく文化にどっぷり浸かった日だった。Photo_3

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2011年5月14日 (土)

放射能汚染は、どこまで、どの程度?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(28)

浜岡原発に関心が集中する一方で、フクシマを原因とする放射能汚染について、新たな事実が判明すると共に不可解な情報開示に仕方に疑問が深まっている。
1つは、フクシマからは300kmも離れている神奈川南足柄市で採取された「足柄茶」から基準値以上の放射能が検出されたことである。

南足柄市で採取した「足柄茶」の茶葉から食品衛生法の暫定基準値(1キロ当たり500ベクレル)を上回る放射性セシウムが検出された問題で、県は13日、新たに小田原や愛川など県内5市町村の茶葉から、基準値を上回るセシウムが検出されたと発表した。
県によると、南足柄市以外の15市町村で11~13日に採取した茶葉を検査したところ、基準値を上回るセシウムが、小田原市(1キロ当たり最大780ベクレル)、愛川町(同670ベクレル)、真鶴町(同530ベクレル)、湯河原町(同680ベクレル)、清川村(同740ベクレル)で検出された。
http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1105140015/

南足柄市といえば神奈川県の西部で静岡県に接した地域である。
Photo
上図で見るように、フクシマからは300km圏ギリギリの位置である。しかも概していえば、風下側と言ってよい。
首都圏全域が南足柄市より高い汚染地域と考えるのが自然だろう。
不安を煽るということでなく、実際のリスクはどう考えるべきなのか、と思う。
文部科学省のサイトを見てみよう。

文部科学省は、現在の避難区域の妥当性の検証及び今後のモニタリング計画の方向性の検討のため、 財団法人原子力安全技術センターの放射線計測器をヘリコプターに搭載し、福島第一原子力発電所から80kmの範囲内において、地表面から1mの高さの空間線量率、及び地表面に沈着した放射性物質の汚染状況についてモニタリングを実施する。
なお、本モニタリングにおいては、同様の手法を有する米国エネルギー省(以下、「DOE」と言う)(小型機及びヘリコプター使用)との間において、双方の航空機の特性に応じた効果的・効率的な連携を実施する。

http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1304694.htm

上記の開示が行われたのが4月5日である。
結果は5月6日に開示された。
文部科学省及び米国エネルギー省航空機による航空機モニタリングの測定結果[平成23年5月6日] (PDF:1570KB)
菅首相が緊急記者会見を行った日である。
⇒2011年5月 7日 (土):唐突に浜岡原発の運転中止要請/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(23)
モニタリング結果は図示されているが、その“意味”については解説されていないので、あれこれ推察するしかない。
開示の仕方を工夫すべきではないか。
モニタリングされたのは、以下の項目である。

福島第一原子力発電所から80kmの範囲内の地表面から1mの高さの空間線量率、及び地表面に沈着した放射性物質の汚染状況
※米国DOEにおいては福島第一原子力発電所から60kmの範囲内、文部科学省においては60~80kmの範囲内についてモニタリングを実施。

結果は例えば下図のようである。

Photo_4

一番外側の円が80kmであるが、当然300kmの南足柄市はもちろん入っていないし、首都圏の数値も不明である。
気になる情報はある。
民主党の岡田克也幹事長が南相馬市を訪問した時の様子である。
Photo_3
http://www.youtube.com/watch?v=NKfaCdLac8M
岡田氏が完全防護姿で、手袋をしたまま握手をしているのに対し、握手の相手方の地元の人は無防備である。
この違いが、リスク情報の違いを反映したものでないことを祈るが……。

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2011年5月13日 (金)

浜岡原発に関心が集中する裏で……/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(27)

菅首相による浜岡原発の運転停止要請は、なぜ唐突に行われたのか?
もちろん、浜岡原発の地震対策、とくに津波対策は素人にも不十分と考えられたので、万全を期すことには賛成である。
しかし、なぜ5月6日という時点で唐突に要請することにしたのか?
菅氏が十分に説明を尽くしているとは言い難いだろう。

浜岡は現に稼働している施設を含めて停止を要請している。
中部電力が断れないのを見通した上での「要請」である。
この「要請」は、法的な裏付けのあるものではないが、実質的には強制力を持ったものだと理解すべきだろう。

法的な稼働要件を満たして運転中の施設を、法的な裏付けのない「要請」で停止させた。
普通に考えれば、事態がそれだけ切迫しているということであろう。
しかし、菅氏が挙げた根拠は、、「これから30年以内にマグニチュード8以上の想定の東海地震が発生する可能性は87%」という文部科学省の地震調査研究推進本部による予測情報である。

その予測情報は、以前から出されていたものであり、4月18日の参院予算委員会での問答を参照すれば、この時点では浜岡が極めて切迫した状態と認識していたとは思えない。
しかも、菅氏の根拠とした予測手法は、見直しすることになったものだ。
民間企業に超法規的に緊急対策を迫るに十分な根拠とは言えまい。
それとも、上記以外に、一刻を争う差し迫っているという情報が、直近に何かあったのだろうか?

とりあえず、マスコミを含め国民の関心は、浜岡問題に集中した。
しかし、フクシマは決して収束に向かっているわけではない。
たまたま、1号機の水位が、今まで公表されていたものと全く異なる状態であることが明らかになった。
今ごろなんで……、と絶句する思いである。

東電はこれまで、1号機の原子炉の核燃料の損傷度を55%とし、燃料を覆う被覆管が損傷して燃料の一部が溶けているが、燃料集合体としての形は維持していると説明していた。燃料が溶けて本来の形を維持していない状態と認めたのは初めて。
1号機では現在、原子炉を冷やすため、燃料の上部まで格納容器を冠水させる作業をしている。格納容器の水を外付けの冷却装置につないで循環させて冷やす予定だが、溶けた燃料が格納容器に漏れ出ているなら、超高濃度に汚染された水を循環させることになり、漏れがあれば汚染が広がる危険がある。
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201105120174.html

一般論としては、見込みが違うことがあるのは、人間だからやむを得ないとも言える。
しかし、これではもはや説明を信じろという方がムリだろう。
炉心溶融、いわゆるメルトダウンが起きていたのだ。今まで、その疑いが言われながら東電としては否定してきたものである。
それにしても、今までに注入した大量の水は、圧力容器からどこへ行ったのか?

1_2
東電によると、1号機へはこれまでに冷却水一万トン余りを注入。格納容器下部につながる圧力抑制室にも二千トン弱が残っていたとみられている。
・・・・・・
東電は、1号機原子炉建屋一階には水がないことから「建屋の地下階に漏れ、隣接するタービン建屋地下に抜けている可能性がある」とし、今後調査を進める。
漏れた水は溶融した核燃料に触れており、「非常に高濃度の汚染水の可能性が高い」(東電)との見方。今後も炉心への注水は続けるため、漏れる水はさらに増える。東電は水をくみ上げて浄化し、再び炉心冷却に使うことも検討している。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2011051302000190.html

フクシマは、重大な危機が現に進行中である。
一方で、一応トラブルなく運転していた浜岡の運転を唐突に止めさせた。
エネルギー需給の定量的な判断を示さずに、である。
やることがチグハグではないだろうか?

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2011年5月12日 (木)

地震の発生確率の意味/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(26)

菅首相の要請により、中部電力浜岡原発はすべて運転が停止することになった。ただし、期限付きの停止であって、中止や廃炉ということではない。
どの段階で再開可とするかについては、現時点ではまったく分からない。
しかし、フクシマよりずっとリスクが高いと言われてきたので、被害が想定されるエリアの住人としては、とりあえずホッとしたというのが正直な感想である。

ある意味では当然の結果ではあるが、現実には「首相の要請」が無ければ中電も意思決定しなかった蓋然性が高かったと考えられるから、菅氏の行為は評価すべき面を含んでいると思う。
その上であえて言うのであるが、菅首相が、鬼の首を取ったように自慢げな態度を見せることには違和感を覚えざるを得ない。

1つには、記者会見という場で先に結論を下し、相手が絶対に「NO」と言えない状況を作りだしてから意思決定を迫るという手法の「あざとさ」が目につく。
確かに、そうでもしなければ紛糾してしまい、時間がかかってしまうのかも知れない。
しかし一国のリーダーの手柄というには、余りにスタンドプレーの度が過ぎているのではないか。
あるいは、「NO」の余地を無いようにするのが戦略というものかも知れないが、中電は戦う相手ではない。
上場企業の株価に影響するであろう要請を、唐突に行うことは、後々尾を引くことが懸念される。
事実、中電はしたたかに国から言質をとっていて、最終的な負担は国民に転嫁されることになるのだ。
浜岡原子力発電所運転停止要請に係る確認事項

ちなみに、中電自身の業績予測は以下のようである。
Photo
1株当たり当期純利益が111円→73円と3分の2に減少する。
原発停止が短期的な業績に影響することは間違いないだろうが、中電にとってプラスかマイナスかは判断はさまざまであろう。
従って、株価にどう反映するかも予測できないし、フクシマの事故と浜岡の立地からして、運転停止の影響はある程度株価に織り込み済みとも考えられる。

私は、基本的には、唐突な思いつきのような首相の要請で、業績や株価が左右されるのは好ましいことではないと考える。
しかし、それは不確定要素も多いので、置いておこう。
問題にしたいのは、地震の発生確率についてである。

首相は自分の判断の根拠として、「これから30年以内にマグニチュード8以上の想定の東海地震が発生する可能性は87%」を挙げている。
⇒2011年5月 7日 (土):唐突に浜岡原発の運転中止要請/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(23)
もちろん、「文部科学省の地震調査研究推進本部によれば」という但し書き付きの言い方である。
専門家の言うことを参照することは結構なことだと思う。
しかし、この確率を首相自身はどう判断したのであろうか。

「極めて切迫している」と数字をみて思ったということであろうか?
しかし、予測自体は既に出ていた。
であればこそ、浜岡を対象にした「原子力総合防災訓練」を、去年の10月に実施したのではないか。

平成22年10月21日、菅総理は総理大臣官邸で、平成22年度原子力総合防災訓練を行いました。
今回の訓練は、静岡県の浜岡原子力発電所第3号機において、原子炉給水系の故障により原子炉の冷却機能が喪失し、放射性物質が外部に放出される事態を想定して、政府、地方自治体、その他関係事業者等と合同で実施しました。

http://www.kantei.go.jp/jp/kan/actions/201010/21kunren_genshiryoku.html

しかし、4月18日の参院予算委員会における自民党の脇雅史参院国対委員長の質問に対する答弁が首相の認識の程度を物語っている。

菅首相を本部長として、昨年10月に行われた「原子力総合防災訓練」について、「どういう想定で行われたか覚えているか?」と質問したところ、菅首相は「いろいろな事態を想定したはず…」などと、明確に答えられなかった。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110418/dms1104181549015-n1.htm

決して先見性をもって要請したわけではない。
もし数値で示した方が科学的であるかのように考えているとしたら、菅氏が理系人間であるというのもマユツバというべきだろう。
むしろ浜岡を仮想敵に仕立て上げることが、支持率回復の好機と考えたのではないか。

Photo_6静岡新聞(110512)によれば、中電が受け入れを決めた9日、原子力安全・保安院の職員が左のようなリストを御前崎市役所に示したという。
ご覧のように、確かに浜岡が突出して高い。
女川が8.3%以外は0%もしくは0%に近い数字である。数字は、「全国地震動予測地図」から原発の敷地内の値を抜粋して作ったものだという。

これを見れば、誰だって浜岡は絶対に止めるべきだ、と考えるだろう。
しかし、逆に、他は安全だ、と考えていいのか?
地震の確率は、発生周期と直近の活動状況から算出される。
フクシマの立地する双葉町と大熊町は震度6強を観測しているが、2010年版では、0~0.8%程度とされていたのだ。
つまり、地震予測はあくまで参考値に留めるべきもので、その確率を首相の重要な意思決定の根拠 にして示すのは間違いといえよう。
ただ、東海地震が切迫しているのは事実だと思われる。
それを87%などと、いかにもそれらしさを装うことがいかがわしいのではないか、ということである。

元になった「全国地震動予測地図」を見ると、下図のようなデータが載っている。
Photo_2
http://www.jishin.go.jp/main/pamphlet/leaflet/leaflet.pdf
宮城県沖が99%、想定東海地震が87%となっている。
これらが非常に警戒を要すべき地域であることは分かる。
しかし、99%とされていた宮城県沖であるが、宮城県は震災を防御できなかった。

そもそも、巨大地震の確率など、算出すること自体意味があることなのかと思う。
東日本大震災を引き起こした地震が、言われているように本当に1000年に1度のものだとすれば、確率の計算の対象にならないのではないか。

地震については、規模と発生確率の関係はべき分布であると言われている。
われわれには、正規分布が馴染みがあるだろう。
身長や学力など、平均値が最も多く、平均から離れるほど少ない。
しかし、地震については、「小さいマグニチュードの地震は多数発生するがマグニチュードが大きくなると発生頻度は急激に減少する」ということも納得的である。
Photo_8
http://www5d.biglobe.ne.jp/~kabataf/yougo/E_jisin/yougo_jisin3.htm

上記のような関係が成り立つとしても、それを予測に使うのは無謀というものだろう。
実際に手法自体の見直しも予定されているらしい。

政府の地震調査委員会は11日、これまで公表してきた、将来の地震の発生確率を示した長期予測の手法を見直す方針を明らかにした。「今後30年以内に東海地震が87%の確率で発生する」などとした予測が見直される可能性がある。
東海地震の発生確率は政府が浜岡原子力発電所の停止要請の根拠としている。地震調査委は、東海地震の想定や他の地域が強い揺れに見舞われる可能性が低いとした予測について、科学的な手法に限界があると認めた。過去の地震をもとにした長期評価では、東日本大震災を起こしたマグニチュード9の地震を予測していなかった。

http://www.asahi.com/national/update/0511/TKY201105110472.htm

もちろん、上記のような手法上の問題もあって、地震の発生確率が独り歩きして論じられることは危険である。
まして、菅首相のように、87%などと2ケタの有効数字で言うことは、間違いであると言っても過言ではないだろう。
だから「歩く風評被害」などと評されるのである。
政府に求めるのは、的確適時な情報開示である。

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2011年5月11日 (水)

津波「だけ」が問題だったのか?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(25)

大震災の発生から、もうand/orまだ2カ月である。
被災者でもないのにかかわず、夢の中にいるような気分が続いている。しかし、時間は確実に経過しているのだ。
被災地では雪が舞っていたのに、いつの間にかクールビズの季節である。

中部電力は菅首相の要請を受け入れて、浜岡原発の運転中止を決めた。
これにより、菅内閣の支持率は、おそらく上昇するだろう。
ゴールデンウィーク前には、「菅降ろし」が本格化するような雰囲気があったが、一挙にしぼんだようにも感ずる。

私も、浜岡原発に限定すれば、首相の判断を支持するものである。
しかし、だからと言って、菅首相がそのまま続投することの是非を問われれば、やっぱり「非」である。
菅氏は、基本的にポピュリストである。市民運動とはそういうものであろう。
今回の経緯を見ていて、なるほどなあ、と思った。
小幡績氏は、言論ブログとして有名なアゴラで、次のように言う。

彼ほど徹底したポピュリズムを目指し、かつ人気が上がらない総理は歴史上存在しないが、政治家としての面目躍如だ。
浜岡原発の停止要請は完璧なスキームだ。これを直感で決めたのなら、やはり彼は天才であるし、日本にとって彼は天災だ。
中部電力が抵抗すればするほど、経済界の重鎮が反発すればするほど、自民党や民主党内の良識派が玄人的な批判をすればするほど、彼は英雄になる。既成勢力と戦う革命的運動家として。小泉の手法を野党的に反社会活動家として応用したらこうなる。

http://agora-web.jp/archives/1324290.html

私も、小泉元首相の郵政民営化の手法に倣ったのかもしれない、と書いた。
⇒2011年5月 8日 (日):日本のエネルギー政策をどうする?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(24)
小幡氏の見方に賛成である。
TVに映る姿も高揚を隠し切れない様子だ。

菅直人首相が上機嫌だ。9日夜には、めずらしく記者団によるぶら下がり取材に応じ、その後は都内の高級和食店で食事しながら長期政権への意欲を語った。中部電力浜岡原子力発電所の全面停止要請という妙手で延命する自信を深めたのか、連休前に苛烈な「菅降ろし」にさらされていたとは思えないほどの“増長”ぶりだが…。
「大変よかった。政府としても電力全体が足りなくならないよう対応に力を入れたい」
菅首相は9日夜、中部電が浜岡原発の運転停止を表明したことを受け、満足そうに語った。
東日本大震災発生後、菅首相はぶら下がり取材を拒否してきたが、この日は直前にわざわざ周辺が「首相が声かけにこたえる」と予告。

http://www.zakzak.co.jp/society/politics/print/20110510/plt1105101128000-c.htm

しかし、原発の問題はこれで一件落着であろうか?
もちろん、そんなことはない。
エネルギー基本政策について、「再生可能エネルギー」と「省エネルギー」の重視を挙げているが、それはフクシマ以前の問題であろう。
短期と中長期をどのように分けて考えるのか、という問題もある。

脱原発を目指すのか、と思えば、必ずしもそうではないらしい。
政治ジャーナリストの泉宏氏は次のように解説する。

「浜岡原発の運転中止を決断したことは、確かに英断ですが、ちょっと考えると、マヤカシだと分かってしまうのです。だって、防潮堤が新設されたら、また再開すると言っている。政府は2、3年というが、急げば1年以内で防潮堤は完成できます。つまり菅総理は本気で浜岡原発を危険視はしていないのです。」
・・・・・・
何が狙いの浜岡原発停止なのかは、言うまでもない。連休中の2日に被災地向けの1次補正予算が成立し、しばらくスッカラ菅首相は何もやることがない。今週から永田町では「菅不要論」「菅降ろし」の嵐が一気に吹き荒れる。バカでも分かる展開だ。そこで、連休の谷間の6日に、バーンと浜岡 原発停止を打ち上げ、支持率回復を狙い、「菅降ろし」を封じる。そんな「まず自分の延命ありき」の計算なのだ。ホント、考えることが卑しい。
http://gendai.net/articles/view/syakai/130357

防潮堤が完成すれば、問題は解消するのだろうか?
フクシマの問題が、津波「だけ」が原因だったとしたら、防潮堤の完成は1つの区切りであろう。それにしたしたって防潮堤の安全性(高さや強度など)をどう担保するのか?
蓮舫大臣の仕分けしたスーパー堤防とは、何がどう違うのか?

なによりも、フクシマは本当に津波だけが問題だったのか?
その検証作業は十分に行われたとは言えないのではないか?
私たちは、フクシマの実相を余りにも知らされていないのではなかろうか。

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2011年5月10日 (火)

技術の功罪と苦悩する化(科)学者/『ゴジラ』の問いかけるもの(2)

『ゴジラ』の主人公は誰か?
水爆エネルギーを全身に充満させて人類に襲いかかる巨大怪獣であろうか?
その後シリーズ化され、怪獣の代名詞にもなっていることからすれば、そうも考えられる。しかし、それは結果論であった。
あるいは宝田明演じる東京湾水難救援会の尾形秀人であろうか?
映画のキャスティングとしてはそう考えるのが自然であろう。
しかし、小説の中では必ずしも主役として位置づけられているわけではない。

私はオキシジェン・デストロイヤーという仮想的な薬剤(?)を挙げたい。
オキシジェン・デストロイヤーこそが、ゴジラを倒し、人類を破滅から救った。しかし、それは化学者・芹沢大助の命と引き換えであった。
もし悪用すれば、大変危険なものであった。
それは、あたかも核エネルギーのようなものである。
平和利用すれば大きなメリットを享受できるが、潜在的には大きなリスクを秘めたものである。

あるいは、原作者の香山滋が言うように、芹沢大助と言っても同じことである。
映画では平田昭彦が演じている。
この俳優はSF映画における私のお気に入りだったが、今考えると、多分に『ゴジラ』の芹沢役と本人をオーバーラップさせてみていたきらいがある。
Wikipedia(110426最終更新)によれば、『ゴジラ』出演に至る経緯は以下のようである。

東京陸軍幼年学校、陸軍士官学校(60期)、旧制第一高等学校を経て、東京大学法学部政治学科卒。
・・・・・・
1950年に大学を卒業すると東京貿易に入社。しかし、映画界への興味は捨てきれず、山口淑子の勧めもあって、俳優への転身を決意。1953年、東宝第5期ニューフェースとして東宝に入社し、同年、マキノ雅弘監督『抱擁』でデビューする。
端整なマスクと知的で気品のある雰囲気で東宝の若手スターの一人となり、文芸作品から、アクション、時代劇、戦争映画、コメディまで数多くの映画に出演した。岡本喜八、福田純、本多猪四郎、稲垣浩監督らの作品の常連である。
・・・・・・
1954年、東宝の特撮怪獣映画の第1作『ゴジラ』に芹沢博士役で出演、伝説的な名演を残し、以降東宝・円谷プロ系特撮作品の常連となる。芹沢博士は苦悩する科学者だったが、以後は主にクールで知的な博士・科学者役を得意として作品を引き締め、品格を与えた。

風貌通りの第一級のインテリということになる。
1953年のニューフェースであるから、1954年公開の『ゴジラ』に出た時は未だ新人といっていい時期であった。
芹沢が発明したオキシジェン・デストロイヤー、つまり酸素破壊剤は、水中の酸素を一瞬にして破壊しつくし、あらゆる生物を窒息死させ、そのあとで水のようにとかしてしまう薬剤である。

芹沢の苦悩は次のセリフに表現されている。

「新吉くん、もしいったん、このオキシジェン・デストロイヤーを使った うざいらさいご、世界中のおえらがたが黙って見ているはずがないんだ。かならずこれにとびつき、人類を破滅の淵に追い込むおどかしの武器として、使用するにきまっている。原爆たい原爆、水爆たい水爆、その上さらにこの新しい恐怖の武器を人類の上に加えることは、化学者として、いや、一個の人間として許すわけにはいかない。……そうだろう?」

ここだけという限定で使用を迫る新吉に言う。

「新吉くん、人間というものは弱いものだ。一さいの書類を焼いたとしても、俺の頭の中には残っている。俺が死なない限り、どんなことで再び使用する立場においこまれないと、誰が断言できる……人間というものは弱いもんだ……ああ……こんなものさえ作らなければ……」

最終的に芹沢は、書類を焼却し、自らオキシジェン・デストロイヤーを使用すると同時に自分の命を断つ。
小学生だった私が、芹沢の苦悩の表白をどこまで理解し得たかははなはだ疑問である。
しかし、現代技術は、多かれ少なかれ人間性を疎外していく契機を含んでいるのではないか。
原爆の開発に携わったオッペンハイマーやフェルミなどの科学者たちの苦悩はよく知られている。

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2011年5月 9日 (月)

誕生の経緯と香山滋/『ゴジラ』の問いかけるもの(1)

東日本大震災で最初に連想したのは、小松左京の『日本沈没』光文社文庫(9504)であった。
⇒2011年3月16日 (水):『日本沈没』的事態か? 静岡県東部も震源に
地震の巨大さ、津波の破壊力は、まさにこのSF小説の世界が現実化したように思われた。

その後、福島原発が思いもよらず長期化するに連れ、ずっと昔観た『ゴジラ』が妙に気になった。
水爆が引き金になった「ゴジラ」の恐怖と原発が似ていると感じたからだろうか?
あるいは、人間の制御を超えたものに対する畏怖心からか?

「ゴジラ」が誕生したのは、1954年11月に公開された映画『ゴジラ』によってであった。
日本映画界が誇る特殊撮影技術(SFX)が誕生した記念碑的作品であった。
監督は本多猪四郎で、特撮監督が円谷英二だった。
ゴジラを嚆矢とする怪獣モノは、ウルトラマンシリーズなどとなって、子供たちの人気を集め続け、現在に至っている。

私は、この記念すべき第1作目の『ゴジラ』を、小学生の時、田舎の映画館で見た記憶がある。
⇒2010年7月 4日 (日):「恐竜の脳」の話(7)恐竜とは何か
しかし、ストーリーすら定かな記憶が残っていなかった。
それで、DVD化されている『ゴジラ』を自宅のTVで視聴し、併せて、香山滋『小説ゴジラ』小学館スーパークエスト文庫(9312)を読んでみた。

私は、ずっと香山滋の小説が先にあって、それが映画化されたものだと思っていた。
しかし巻末の竹内博の「解説」によれば、「香山が苦労して書き上げた原作は『G作品検討用台本』で、四百字で四十枚ほどのもので、これを元にして映画の台本が作られた」ものである、ということである。
「G作品」というのは一種のコードネームで、ゴジラ映画のことを指す。
東宝の田中友幸プロデューサーによる映画『ゴジラ』の企画が先にあって、香山が依頼を受けて原作を書いたという次第である。
私の手にした『小説ゴジラ』は、映画の原作を少年向けにノヴェライズしたものであった。

「ゴジラ誕生」について、ちょっと興味深いサイトがあった。
思想としてのゴジラ』と題するサイトである。「2000.11.11 徳島県立博物館土曜講座「ゴジラとウルトラマン-大衆文化の現代史-」のうち、ゴジラ関係部分の要旨に加筆」とある。

ゴジラはもともと、深海で生き延びていた約1億4000万年前の恐竜だった。それが度重なる水爆実験によって眠りからさめ、水爆エネルギーを全身に充満させた巨大怪獣となって人類に襲いかかるのであった。この怪獣は、最初に姿を現した大戸島の伝説によって「ゴジラ」と呼ばれた。
いまさらいうまでもないが、第2次世界大戦は核兵器という怪物を生み出した。戦後世界は、アメリカとソ連(いずれこetc.いるの国が存在したことも忘却されるであろう)の対抗関係を基軸に動いた。いわゆる冷戦だが、そのもとで両勢力は相互に恫喝しあうかのように核兵器開発を推進した。こうした中で起こった悲劇が1954年3月の第5福竜丸被爆事件である。アメリカが太平洋のビキニ環礁で行った水爆実験により、日本のマグロ漁船第五福竜丸が被爆し、日本中に衝撃が走ったのである。日本にとってはヒロシマ・ナガサキに続く、3度目の核兵器による被害であり、これをきっかけに原水爆禁止運動が高まっていった。
さながら核爆弾を体現したかのようなゴジラは、こうした核開発と反核のうねりのなかで登場したのである。「ゴジラ」のポスターには「水爆大怪獣」と銘打たれている。

このような背景の下で映画『ゴジラ』は生まれた。
それは次のような作品であった。

「ゴジラ」は怪獣映画だが、なかなか興味深い要素が多い。子ども向けの怪獣大暴れものと思うと、それは大きな勘違いとなる。試しに一度、「ゴジラ」を全編見ればよい。
ゴジラに蹂躙された東京で、人はこんな台詞を口にする。

  「また疎開か」

「また」には注目すべきである。1945年の敗戦から10年もたたないだけに戦争の記憶はまだ生々しかったはずだ。暴れるゴジラはアメリカ軍による空襲と対比されるに足るものだったと思われる。まさに生命を持って暴走する兵器ともいえる。

東北大震災でも、多くの人が疎開している。福島県双葉町のように、自治体ごと疎開した例もある。
しかし、『ゴジラ』の製作から56年後にこのようなことが、このような形で現実化するとは、製作陣もまったく「想定外」のことであるに違いない。

女性がいうこんなことばもある。

  「早くおとうちゃんのところへ」

夫はなぜ死んだのか。先に見たように、この映画がつくられた時代からすれば「戦死」かと思われる。
さらに圧巻に感じるのは避難所の場面だ。荘重な音楽をバックに描かれ、戦争映画に出てくる野戦病院を彷彿させる。そこに集まった人たちのうめき、暗い表情。とても重い演出である。

なんと、「避難所」も登場するのだ!
『ゴジラ』は、やはり東日本大震災と共通するものがあるように思う。
香山滋の巻末の「ゴジラ刊行に就て」に、次のような文章がある。

ぼくはこの作品を構成するに当たって、故意に程度を低くしたり、俗受けを狙ったりするような態度に出ませんでした。それどころか、ぼくはぼくなりに原子兵器に対するレジスタンスを精一杯に投げつけてみようとそれに重点を置きました。形式は映画のための筋書ですが、その芯となる意図は、作中の化学者、芹沢大助なる人物によって充分代弁させてあると信じます。

香山滋の言葉通り、『ゴジラ』は子供向け娯楽映画というよりも、大人向けのシリアスな作品である。

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2011年5月 8日 (日)

日本のエネルギー政策をどうする?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(24)

菅首相の唐突な浜岡原子炉の運転中止要請は、さまざまな波紋を広げることになるだろう。
波立たせること自体が狙いのようにも見えるので、先ずは首相の思惑が的中したということになるのだろうか。
小泉元首相の郵政民営化の手法に倣ったのかもしれない。
大衆的な支持が得られれば、すなわち政権の延命ができれば、後のことは我関せず、である。
しかし、郵政に比べて、エネルギー政策の影響の範囲は格段に大きい。言いっ放しで終わりにできる問題ではないことは明らかである。

中部電力は、7日開催の取締役会で結論を出せなかった。
問題が多岐にわたるためである。
周知のように、電力会社の事業は、電気事業法という法律によって許可を与えられており、そこには「供給義務」の規程がある。

第18条 一般電気事業者は、正当な理由がなければ、その供給区域における一般の需要(事業開始地点における需要及び特定規模需要を除く。)に応ずる電気の供給を拒んではならない。
 一般電気事業者は、供給約款又は選択約款により電気の供給を受ける者の利益を阻害するおそれがあるときその他正当な理由がなければ、その供給区域における特定規模需要(その一般電気事業者以外の者から電気の供給を受け、又はその一般電気事業者と交渉により合意した料金その他の供給条件により電気の供給を受けているものを除く。)に応ずる電気の供給を拒んではならない。
 特定電気事業者は、正当な理由がなければ、その供給地点における需要に応ずる電気の供給を拒んではならない。
・・・・・・

http://www.houko.com/00/01/S39/170.HTM

つまり、中部電力は、域内の需要を拒んではならない。言い換えれば、(正当な理由がない限り)需要をすべて賄う義務がある。
要請を受け入れた場合、今夏の「予備率」は17%から3%程度に急減し、適正水準とされる8~10%を大幅に下回って、猛暑となれば管内に大停電を引き起こす可能性がある。
その他、火力に振り返ると燃料費が高騰し、赤字に陥ることも考えられ、株主への説明も難しい。

取締役会で、これらの見通しが直ちには立たなかったということである。つまり、菅首相の要請が事前に何の調整も図られず、中電とすれば突然に降ってきたものであることが分かる。
しかし、最終的には首相の要請を受け入れざるを得ないだろう。
それを「政治主導」と言えなくもないだろうが、やはりある程度の見通しを踏まえることは必要だと考える。

朝日新聞の社説は、浜岡原発―「危ないなら止める」へ、と題し、以下のように結ぶ。

濃淡に差はあれ、ハイリスクと懸念される原発は浜岡以外にもある。活断層の真上に立つ老朽原発、何度も激しい地震に見舞われた多重ストレス原発……。立地条件や過去の履歴などを見極め、危険性の高い原発を仕分けする必要がある。
すべての原発をいきなり止めるのは難しい。しかし、浜岡の停止を、「危ない原発」なら深慮をもって止めるという道への一歩にしたい。

http://www.asahi.com/paper/editorial20110507.html#Edit1

その通りであろうが、「すべての原発」が「危ない」だろうし(地震国日本で「安全だ」と言い切れる原発はないだろう)、現時点で「すべての原発」を止めるのは難しいというジレンマがある。
「危ない原発」なら深慮をもって止めるという道への一歩、というのは、市民運動に好意的な朝日らしい。つまり何も積極的に責任をもって主張していないようなものだ。
一方、日経新聞は、浜岡原発停止は丁寧な説明が要る、として次のように書く。

海江田万里経済産業相は5日に、同原発を視察し、今月半ばをめどに緊急対策が十分かどうか判断を下すとしていた。その翌日の停止要請は唐突と言わざるを得ない。
これでは、浜岡原発を緊急に止めなくてはならない理由があり、政府が隠している印象を国民に与えかねない。首相は「浜岡は特別」としたが、他の原発とはより具体的にどこが違うのか議論になろう。首相の判断は重い。結果として同じ結論に至るにしても、科学的な事実を基礎にした議論を経ないと混乱を招く。
・・・・・・
電力不足は震災から立ち直りを目指す産業界に厳しい制約を課す。東海地方は日本のモノづくりの中核的な地域だ。社会や産業への影響を最小限にとどめられるのか。政府は電力需給の実情を踏まえた上で、国民にきちんと説明する責任がある。

これもその通りであって、電力供給は生活・産業の死命を制することになりかねないから、「供給義務」があるのであり、電力不足は大きな社会問題だ。
菅首相の、唐突ぶりは、またもか、という感じだがことの重大性からすると看過し得ない。
当初予定の「今月半ば」を待てない事情は何か?

浜岡で何か隠していることがあるのか?
ないとすれば、フクシマからの逃走、あるいは「菅降ろし」への対抗策、ということになろう。
エネルギー政策を、個人的な事情で判断されてはたまらない。

個人的には、浜岡の即時停止に賛成である。
「30年以内にマグニチュード8程度が想定される東海地震が発生する可能性は87%」などという判断のしようのない確率論はともかく、東海地震が切迫していることは事実だろうし、それは明日かも知れないからだ。
この夏は、必要ならば、(愚策ではあると思うが愚策であることを実感するために)「計画停電」止む無し、というのが、「浜岡のリスク&東電の供給」エリアの住人の率直な感想である。

LED照明等現時点でも利用可能な技術はかなりある。
もちろん、白熱灯等の既存業界は強く抵抗するだろう。
蓮舫節電啓蒙担当大臣のように、「権力の行使は如何なものか」という考え方もあり得るだろう。
⇒2011年4月16日 (土):節電の優先順位をつけられない蓮舫節電啓蒙大臣/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(8)
⇒2011年3月27日 (日):計画停電を避けるために、省エネルギーをどう実現していくか

蓮舫大臣の「権力の行使」の反対概念は、「市場における選択」であろうか。
しかし、そもそも電力には自由な市場など存在しないし、菅首相の唐突な要請こそ、権力の行使というものであろう。
適正な権力を行使して、電力危機を、脱原発・電力省消費型社会への転換を図る好機とすべきだと考える。

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2011年5月 7日 (土)

唐突に浜岡原発の運転中止要請/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(23)

昨日早めの時間に更新を済ませたら、19時過ぎに緊急記者会見の実況中継があり、菅首相が浜岡原発の運転中止を中部電力に要請した、と発表した。

菅総理大臣は、浜岡原発について、6日夜、緊急に記者会見し、東海地震に対する中長期的な対策が完成するまでの間、現在、運転している4号機と5号機を含めた、すべての原子炉の運転を停止するよう、中部電力に要請したことを明らかにしました。そのうえで、菅総理大臣は、全国で稼働している原発の中で、浜岡原発だけに停止を求めた理由について、「30年以内にマグニチュード8程度が想定される東海地震が発生する可能性は87%と、極めて切迫している。この特別な状況を考慮するなら、防潮堤設置などを確実に実施することが必要だ」と説明し、巨大地震に見舞われる可能性が高い浜岡原発の特殊性を強調しました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110507/t10015738781000.html

唐突な感じは拭えないが、この判断そのものは結構なことだろう。「英断だ」と言ってもいい。
それでは、退陣要求は撤回した方がいいだろうか?

静岡県は、長い間、東海地震の恐怖にさらされ、その想定震源域のまさに真ん中に浜岡原発が立地している。
Photo_2
http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/hantekai/q1/q1.html
フクシマよりもリスクのポテンシャルはずっと高かった。
東日本大震災が発生する前から、浜岡原発事故が起きた場合、静岡県東部地域は想像したくもない状況に陥るだろうと言われていた。

静岡県の川勝平太知事は「福島第1原発の事故を受け、安全性確保に対する地元の要望を最優先した英断に敬意を表する」と歓迎した。ただし、「国におかれては地元経済に対する影響についても適切に対応していただかねばならない」と注文も付けた。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110507k0000m040112000c.html

もちろん被害は静岡県に留まらない。西風が優越するから、首都圏も壊滅的だろう。
Photo_5
http://soba.txt-nifty.com/zatudan/2011/04/post-639e.html
首相に就任してから初めて市民運動家らしい意思決定をした。だから、ケチをつけるつもりは全くない。
にもかかわらず、菅首相がこのまま続投していいかと問われれば、やはり「NO!」と言わざるを得ない。

市民運動家とは異なり、首相としては、エネルギー政策の全体像を示すことも必要である。
民主党政権は、地球温暖化ガスの排出量削減を国際的にコミットしている。代替エネルギーをどう考えるのか?
さすがに現時点では、原発積極推進論は言いにくいだろう。
しかし、脱原発を目指すのか、安全性の向上を図りながら共存していこうとするのか?
唐突に発表された今回の方針からは窺い知ることができない。
東京電力が供給不足、中部電力も不安定ということになると、産業界はどう考えるか?
雇用に新たな問題が生ずる可能性もある。

以下のような声もある。

石原茂雄・御前崎市長は「話が唐突過ぎて言葉が出ない。海江田万里経済産業相と5日に会って話したばかりだ。地元の意見をよく聞いて3号機の運転再開を判断すると言っていたのに4、5号機も止めるなんて」と戸惑う。「原発交付金に依存する自治体財政はどうなるのか、困惑を通り越してあっけに取られるばかり。菅首相は選挙目当てでこんな思い付きを言うのかと勘ぐってしまう。国策に従い原発を受け入れてきた自治体はどうなるのか。中部電力はどうするのか聞きたい」と怒りをあらわにした。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110507k0000m040112000c.html

まあ、賛否両論があるのは織り込み済みとしても、親切ではないということは言える。
「人気取り」のにおいが濃厚であるのは、多くの人が感じているだろう。

Photo_3「絆」をモチーフにした海外の支援に対する感謝の広告も疑問である。
発信すべきメッセージは、世界の人々が関心を寄せていることに応えるものであるべきだろう。
菅直人の署名で言うべきは、原発事故の収束に向けた具体的な見通しではないか。
見通しがない段階で情緒的に「感謝する」と言ったって……。

そう、フクシマはまさに現在進行形なのだ。
そういう状況の中で、唐突に浜岡に言及するのは、勘繰れば、フクシマへの視線を逸らすためではないか?
記者会見の設定時間からして、多分にパフォーマンスを意識したスタンドプレーと言わざるを得ない。
その後すぐに、仙谷氏らと中華料理店に会食に繰りだしたというのも何となく。
繰り返しになるが、結論は賛成ではあるのだが……。

記者会見を聞いていて違和感を持ったのは、運転中止を要請した根拠である。
「30年以内にマグニチュード8程度が想定される東海地震が発生する可能性は87%」についてである。
「87%」という確率をどう判断すればいいのだろう。
確かに、「いつ発生してもおかしくない」と言われてきた。
だから、「30年以内」にかなりの確率で起きるであろうということは分かる。しかし、「87%」と、あたかも有効数字2桁の精度があるような言い方には疑問である。

首相に近い閣僚の一人は6日夜、「今回の決断で国民の支持が戻れば、党内も落ち着くのではないか」と語り、倒閣に動いてきた小沢一郎元代表グループも首相を批判しにくくなるとの見方を示した。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110506-OYT1T00758.htm?from=main7

今までの実績(?)からすると、やっぱりホンネはこんなところか?
今回の要請は評価するが、それを花道にすることを提案したい。

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2011年5月 6日 (金)

政府による情報の隠蔽と「見える化」/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(22)

菅内閣の情報開示がはなはだ不十分であることはいまさら言うまでもない。
それは、不十分というよりは、尖閣ビデオ以来むしろ隠蔽というのが正確かも知れない。
不都合な情報は、秘匿しておこうというのがこの政権の本質のようだ。
であるならば、政権交代にかけた願いとは正反対の姿勢と言わざるを得ない。

放射能の校庭利用基準について、小佐古敏荘東大大学院教授が内閣官房参与を辞任した件も、結局「見解の相違」ということで済ましてしまうのであろうか。
「脱税」を指摘されて、「節税」と強弁する姿を連想させる。
「正義」は何処へ行ったのか?

計画的避難区域をめぐっても、責任逃れの体質が見える。

(計画的避難区域に)該当する地域は、福島県飯舘村、浪江町、葛尾村の全域、川俣町と南相馬市の一部地域で、1か月を目途に別の場所へ避難するよう指示が出されている。
これに対して、困惑する地域も出ている。飯舘村では発表を受けて、福島市周辺にあるアパートやホテルや旅館、借上アパートを確保したものの、全部で2700人分。6200人いる村民のおよそ4割にすぎず、門馬伸市副村長は5月2日、事業者らを対象とした説明会で「(1か月以内の避難は)正直言って無理だ」と発言している。

http://www.j-cast.com/2011/05/03094760.html?p=all

何で「無理な計画」を押し付けるのか?

政府が急遽(きゅうきょ)、計画的避難区域を設定した経緯については、官邸内でも「万一の際の責任追及を恐れた首脳陣が政治的に決めた」(関係者)との証言がある。
「最悪の事態では、東日本はつぶれる」
「10年、20年住めないということになる」
一方で側近の「顧問」や「参与」は首相の発言としてこんな深刻な風評被害をまき散らした。
「首相が『(区域設定は)やりすぎるぐらいやってちょうどいい』と言っていたと何人もから聞いた。それによりどういうことが起きるかも考えてほしい」
菅野村長の声は悲痛だ。村幹部も「結局は菅政権の保身だ」と言い切る。

http://sankei.jp.msn.com/politics/print/110504/plc11050422470015-c.htm

結局、住民のためではなく、自らの保身と延命のためなのだ。
だから、説得力のまったくない説明しかできていない。
というよりも、自分の発言が風評を招いていることに無自覚になる。
⇒2011年3月31日 (木):政府が風評被害の発生源になっていないか?

放射能の拡散を「予測する」ためのSPEEDIについても同様である。

Speedi3s
ガジェット通信では、繰り返しこの問題に触れてきました。これまで(注:4月25日の時点)公表されたSPEEDIによる資料は2枚だけでした。政府は、原発事故以来、内部的には毎日結果を出していながらそれらを隠蔽してきました。この行為は、とうてい許されるものではありません。
・・・・・・
それにしても過去に作成された「予測」の資料を、未来の私たちがはじめて目にするなんて、ほんとうにおかしな話です
3月15日から16日にかけて、福島原発から大量の放射性物質が大気中に放出されました。各地の、放射線量の計測ポイントでは、次々と急激な上昇がアナウンスされていました。茨城県は多くの観測点を県内に設けており、それらの動きをみることで、汚染された大気の動きを知ることができました。しかし、他の地域では観測点が充分とはいえませんでした。災害による影響で、観測点が機能していない場合もあったそうです。そういった地域では、なにも知らされないまま、放射性物質を浴びてしまった人もいるでしょう。
ネットを使って、自分自身で情報収集できた人たちはこのような情報をリアルタイムに得ることができました。しかし、政府・官邸・官公庁からの「公式」情報だけを見ていた人は、何が起きていたのかわからなかったのではないでしょうか。
http://getnews.jp/archives/113134

まったく過去の「予測情報」をようやく公開するなんて笑止である。
小佐古氏の内閣官房参与辞任の理由が、このSEPEEDIの開示の問題であった。
⇒2011年4月30日 (土):小佐古・内閣官房参与が辞任/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(19)

退避指示の解除については次のように言われている。

「いわき市の強い要望に基づいて結論を出した」
枝野幸男官房長官は4月22日の記者会見で、いわき市北部の屋内退避指示の解除を発表するにあたってわざわざこう述べた。だが、市側が解除を強く求めた事実は一切なかった。
「枝野氏は『いわきは本当は危ないんだけど、強い要望があったから外した』と言わんばかりだ。事実と違うことを一番肝心な人が全国に発信してしまう…」

http://sankei.jp.msn.com/politics/print/110504/plc11050422470015-c.htm

風評を発生させないためには、的確な情報をタイムリーに開示することが重要である。
情報の「見える化」が喧伝されているのも、誤認を避けるためである。
⇒2011年2月 9日 (水):ファシリテーターと理路の見える化/知的生産の方法(10)

私たちの政府は、「見える化」とは逆の情報の隠蔽を図り、開示にあたってはわざわざ間違いやすいように「迷彩」を施しているのだ。
菅首相は4月18日の参院予算委員会で、たちあがれ日本の片山虎之助氏に「あなたには心がない」と指摘された。
片山氏が言うに相応しい人物かどうかは別にして、避難所訪問の姿を見ていても、「心ここにあらず」であるのがミエミエである。
そんな状態で、統治ができるわけがない。

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2011年5月 5日 (木)

校庭の利用基準をめぐって/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(21)

子供の日である。
祝日法に、「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。」とその意義が記されている。
折しも、福島原発事故をめぐって、文部科学省が校庭の利用基準を「年間被曝線量20ミリシーベルト」と設定したことに抗議して、小佐古敏荘東大大学院教授が内閣官房参与を辞任した。
⇒2011年4月30日 (土):小佐古・内閣官房参与が辞任/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(19)

辞任の記者会見で涙ながらに子供の安全性を訴える小佐古氏の姿をみると、多くの人が不安を覚えるのではなかろうか。

文科省は、児童や生徒らが1日のうち屋内で過ごす時間を16時間、校庭など屋外で過ごすのを8時間とする生活パターンを仮定。年間20ミリシーベルトに到達するのは、屋外で毎時3・8マイクロシーベルト、木造施設の屋内で1・52マイクロシーベルトと算出。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110503/edc11050300540000-n1.htm

3.8μSv/h=30.4μSv/8h
1.52μSV/h=24.32μSv/16h
(30.4+24.32)μSv/24h×365日=19,972μSv≒20mSv

以上のようにして、20ミリシーベルトが設定されたわけである。
しかし、その決定の経緯は以下のように報じられている。

福島第一原発事故について政府が設定した校庭利用基準を検討する際、原子力安全委員会(班目(まだらめ)春樹委員長)が正式な委員会を開かず、2時間弱で「差し支えない」とする助言をまとめ、国の原子力災害対策本部に回答していたことが分かった。
安全委事務局の加藤重治・内閣府審議官が30日の記者会見で明らかにした。
加藤審議官によると、4月19日午後2時に同本部から助言要請があり、事務局が、班目委員長を含む5人の委員から、対面と電話で意見を聞き、助言をまとめた。委員会が開かれなかったため、議事録もないという。加藤審議官は「19日以前から、文部科学省とは協議しており、委員の間でも話し合い、かなりの合意ができていた。この日の意見聴取だけでまとめたわけではない」と説明している。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110430-00000944-yom-soci

こんな議事録もないような決定の仕方でいいものかという疑問を抱かざるを得ない。
確かに、20ミリシーベルトに対しては、3.8μシーベルトで校舎外の活動を制限することにすれば、「余裕」をみた数値と言えなくもない。

しかし、そもそも20ミリシーベルトという基準が妥当なものなのかどうか。
また、児童の基準は大人の基準に対してどの程度厳しく設定すべきなのか。
こういうような疑問に丁寧に答える姿勢に欠けるのではなかろうか。

菅直人首相は2日、福島県の内堀雅雄副知事と首相官邸で会談し、文部科学省が定めた「年間被曝(ひばく)線量20ミリシーベルト以下」の校庭利用基準の見直しを拒否した。
内堀氏は「政府関係者でいろんな考え方があり、県民は非常に不安に思っている」と訴えたが、首相は「国としての考え方がある。きちっと県民や国民に伝える努力をしなければならない」と述べ、現行基準への理解を求めた。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110503/plc11050300460004-n1.htm

伝えられる側が納得していないのに、「国としての考え方がある」という言い方でで押し切るのは疑問である。
「きちっと県民や国民に伝える努力」をしているとはとても思えない。
⇒2011年4月17日 (日):原発報道の大本営発表/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(9)
⇒2011年3月31日 (木):政府が風評被害の発生源になっていないか?
⇒2011年3月15日 (火):地震情報と「伝える力」

次のようなことも起きている。

国の原子力安全委員会は2日、福島第一原子力発電所の事故で校庭から基準値を超える放射線量が検出された福島県の学校の安全基準をめぐって、放射線量の測定結果を報告した文科省に対し、「非常に安易な報告だ」として不満を示した。
文科省が先月末に行った再調査の結果、2校を除く福島県の全ての学校で、放射線量が屋外で安全に活動できる基準の一時間あたり3.8マイクロシーベルトを下回った。この調査結果を受けて、文科省は2日に開かれた原子力安全委員会の定例会議で、これらの学校では校庭の利用制限などを解除しても構わないという見解を報告した。

http://news24.jp/articles/2011/05/02/07182059.html

すべてが雑に行われているような印象を受ける。
官邸は、国民が不安にならないように、決定の過程も含めて(反対意見の開示を含め)より分かり易く伝える努力をすべきだろう。
しかし尖閣ビデオを公開しない政権に期待してもムダであると思う。
そもそも自分の身に降りかかっている問題をめぐる説明でも告発されているのである。

菅直人首相の資金管理団体「草志会」(東京都武蔵野市)が、在日韓国人系金融機関の元男性理事から献金を受けていた問題で、神奈川県に住む住民らが2日、政治資金規正法違反罪で、菅首相に対する告発状を東京地検に提出したことが分かった。
政治資金規正法は、政治的な影響力行使を防ぐため、外国人や外国人が主たる構成員の団体などからの寄付を受けることを禁じている。告発状では「同罪の成立について、首相自身に外国人との認識があったかどうかによる」とした上で、献金問題について説明した参院決算委員会の菅首相の答弁は「明らかにはぐらかした」と指摘した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110503-00000503-san-soci

告発されても当然の人が、震災に便乗して首相の椅子にしがみついていることが許されるだろうか。

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2011年5月 4日 (水)

「デザインの力」をデザインする力

幼い時から良く知っている(というか、幼い時しか良く知らない)順子ちゃんが絶好調である。
彼女はグラフィックデザイナーであるが、ここのところ連続でコンペで最優秀賞を獲得している。
デザイン関係の学校へ進学したということは聞いていたが、どんな作品を描いているかは知る由もなかった。

具体的な作品を目にしたのは、新聞によってである。
110409
静岡新聞110409

ご覧の通り新生児用の救急車のロゴマークである。
一目で赤ちゃんの救急車であることが分かる。
救急車というのは、文字通り救急時に使用されるものである。特に、新生児は一刻を争う場合がほとんどであろう。
したがって、その視認性は重要である。
見事に要求に応えた作品であり、「デザインの力」といったものを感じさせる。

続けて三島市のマスコットキャラクターについても、最優秀賞となり採用された。
Photo
広報みしま110501

1100点の応募作の中から選ばれたというから、非常に高い倍率だった。
会社勤めの主婦業の傍ら旺盛な制作を続ける順子ちゃん。
思い返してみると、子供の頃からガンバリ屋さんだった。

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2011年5月 3日 (火)

東日本大震災と憲法記念日/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(20)

憲法記念日である。
東日本大震災は、「国のかたち」について、再考の機会となった。
戦後レジームの申し子ともいうべき菅内閣が、未曾有の災害に遭遇したことは、菅氏自身の思っているのとはまったく別の意味で、運命的であった。

憲法は、第9条を中心に論議されてきたといえよう。

第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

問題は、自衛隊の位置づけである。
自衛隊が、「陸海空軍その他の戦力」に相当することは間違いない。仙谷官房副長官の悪名高い「暴力装置」発言も、その限りではその通りと考える。まあ、コミュニケーションとしては、受け止められ方に配慮しなければならないのは当然であるが。

現行憲法は、この「陸海空軍その他の戦力」を、「前項の目的を達するため」には保持しないし、「国の交戦権は、これを認めない」としている。
「国際紛争を解決する手段として」あらかじめ封じられている。
一方で、北方領土、竹島、尖閣諸島等において、現実に「国際紛争」の芽は確実に存在している。
「いざ」という場合、武力の行使をしないで、正当な主張を貫けるか?

朝日新聞の世論調査の結果は以下の通りである。

3日の憲法記念日に合わせて朝日新聞社が実施した全国世論調査(電話)によると、憲法9条を「変えない方がよい」が59%で、「変える方がよい」は30%だった。昨年の調査の改正反対67%、賛成24%に比べるとやや差が縮んだ。
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http://www.asahi.com/politics/update/0502/TKY201105020503.html

しかし、東日本大震災への対応をみれば、非常時への備えが十分であるとはいえない。
今回の震災で目覚ましい活動をしたのが自衛隊であることに異論は少ないだろう。
しかし、法制上、初動時の輸送や即応力などに問題を抱えているとも指摘されている。
産経新聞の主張(5月3日)は、 「憲法上、軍隊としてきちんと位置付けていないことも、自衛官の士気などを損なう結果になっていないか」とするが、国民は必ずしもそうは考えていない。

菅首相は、災害対策基本法で定められている「災害緊急事態」の布告を見送った。
自民党の佐藤正久参院議員の質問に対し、内閣府の小滝晃参事官は以下のように答弁した。

こうした措置の実施要件を同法が「国会閉会中」と定めていると指摘し、「105条は応急対策を推進するため特別の必要があるときに発動される。国民の権利義務を大きく規制する非常に強い措置であることにも適切な判断が必要だ」と述べた。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110322/plc11032212190020-n1.htm

ちなみに同規定は以下の通りである。

第百五条 非常災害が発生し、かつ、当該災害が国の経済及び公共の福祉に重大な影響を及ぼすべき異常かつ激甚なものである場合において、当該災害に係る災害応急対策を推進するため特別の必要があると認めるときは、内閣総理大臣は、閣議にかけて、関係地域の全部又は一部について災害緊急事態の布告を発することができる。
2 前項の布告には、その区域、布告を必要とする事態の概要及び布告の効力を発する日時を明示しなければならない。

4月27日に開催された中央防災会議の議事次第として、
(1)「東北地方太平洋沖地震-東日本大震災-の特徴と課題」
があった。
その資料(説明:阿部 勝征(中央防災会議委員:東京大学名誉教授))に次のようにある。
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布告の要件である「非常災害が発生し、かつ、当該災害が国の経済及び公共の福祉に重大な影響を及ぼすべき異常かつ激甚なものである場合において、当該災害に係る災害応急対策を推進するため特別の必要があると認めるとき」を今回の震災こそ適用すべきであろう。
今回適用しないとしたら、どのような場合に適用するのであろうか。
必要な布告をしないで、屋上屋を重ねるような組織を乱立したことが事態を一層混乱させているのではないか。

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2011年5月 2日 (月)

古民家のある風景・向井潤吉展

三島市の佐野美術館で展覧中の「向井潤吉/古民家を描く-日本の風景美をたずねて」を鑑賞した。
向井は1901(明治34)年生まれだから、生誕110年ということになる。
Photo_2
向井は題材として民家を取り上げることが多く、「民家の画家」と呼ばれる洋画家である。
全国各地を訪ね、古民家のある風土を描いた。

中には見覚えのある風景もあった。
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「富士山と畑」と題する上の絵は、三島から裾野にかけての箱根西麓から眺めた富士山であると思われるが、制作年代不詳とされている。

和風のレストラン等で古民家を移築したものがあるが、何となく懐かしいような寛いだ気分になる。
向井の絵は、そのような懐かしさ、寛ぎ感が、日本の自然が生み出したものであることを悟らせてくれる。
私は従来どちらかと言えば機能主義に親近感を持ってきた。

私の学んだ工学の本質は、合目的性にあるということを口癖のように説いていた教授がいたが、工学はあくまで手段の学であるということだろう。
だから、家の評価も機能に偏っていた。住むためのハコと割り切り、評価基準は、耐外気温、耐震、耐風雨のような自然条件を遮るかという点に関心が向かっていた。

旅行などでも機能的なホテルの方が、和風旅館よりも好みだった。
しかし、加齢と共に、自然との共生という視点が徐々にウェイトが高まってきている。
残念ながらそう度々家を住み替えるというわけにはいかないので、せめて旅行にでも行って、和風の旅館でゆっくりする贅沢を味わってみたいと思っていたが、今度は身体が不自由になってしまった。

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2011年5月 1日 (日)

安野光雅さんの描くふるさとの風景/京都彼方此方(1)

安野光雅さんの「洛中洛外」シリーズの連載が産経新聞で始まった。
第1回は、嵐山法輪寺である。

Photo_3春の嵐山はさわやかだった。狭い住宅街を抜けて車が桂川左岸へと出たとたん、青い山並みと桜、銀色の川面が目の前に広がっていた。
「ここから描こう」と椅子をとりだしたのは、有名な渡月橋からずいぶん下流の変哲もない土手の上である。
目の前に、嵐山中腹に建つ法輪(ほうりん)寺の屋根が見えた。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/110501/art11050107300002-n1.htm

私は青春の6年間を京都で過ごしたが、桂川べりは余り馴染がない。
それでも渡月橋付近は何回か出かけたことがあるが、この絵の場所に立ち止まって景色を眺めた記憶はない。
安野光雅さんの描く現代の「洛中洛外図」には、今後どこがどのような視角で描かれるのであろうか。
私の馴染のある情景も含まれるに違いない。

安野さんの風景画は人を安らがせる。
過日、伊勢丹で開催されていた「安野光雅が描く「日本のふるさと情景」展」を見る機会があった。

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http://www.isetanspecial.com/anno/ 

Wikipedia(最終更新110402)による安野さんの紹介は以下のようである。

子供の頃より、画家への夢を抱いてきた安野光雅は、美術のみならず、科学・数学・文学などにも造詣が深く、豊かな知識と想像力を駆使して独創性あふれる作品を発表してきた。原色や派手な色をほとんど使わない淡い色調の水彩画で、細部まで書き込まれながらも落ち着いた雰囲気の絵を描く。

安野さんのふるさとは津和野である。
Photo_5安野さんは、ふるさと・津和野の情景の1コマを左の絵のように描いている。
津和野は山陰の小京都と呼ばれることがある。

全国に「〇〇の小京都」は多い。それらの地域が集まる団体として「全国京都会議」がある。
私の友人にも津和野出身者がいるが、森鴎外、西周等の出身地であることはよく知られている。
何故かは知らないが、知を愛する独特の風土があるのだろう。
安野さんの描くふるさとの絵は、私にも懐かしさを覚えさせるものである。いわゆる原風景というものだろう。

東北の復興プランが策定されようとしている。
どのようなプランになるかは想像の埒外であるが、私はプランの根底に安野さんの絵を置いてみたいと夢想する。
津和野と東北は遠く隔たっているが、心象の風景として共通するものがあるのではないだろうか

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