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2011年4月30日 (土)

小佐古・内閣官房参与が辞任/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(19)

小佐古敏荘内閣官房参与(東京大大学院教授)が、29日菅直人首相宛てに辞表を提出し、正式に受理された。
辞意の理由は以下のように説明されている。

小佐古氏は同日夕記者会見し、東京電力福島第1原子力発電所事故への政府の取り組みに関し「その場限りの対応で事態の収束を遅らせた」と激しく批判した。
・・・・・・
27日に今後の原子力対策について報告書を提出した小佐古氏は、「提言の一部は実現したが、対策が講じられていないのもある。何を言っても無意味だというなら、参与に留まる意味がない」と述べ、不満をあらわにさせた。
なかでも福島県内の小学校や幼稚園などの利用基準で、被曝(ひばく)限度を年間20ミリシーベルトと設定していることを「とても許すことができない」と非難。特に同県内の小学校などの校庭の利用に際し、この基準を使用することを問題視し、見直しを求めた。
さらに「(小学生らに)無用な被曝をさせてはいけないと官邸に何度も言った。(このままだと)私の学者としての生命が終わる」と述べた。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/504833/

「新潮45別冊」の『日本の原発』新潮社(1104)に、塩谷喜雄氏の『なおも暴走する「原子力村」虚構と偽りの戦後史』という文章が載っている。
その中に、菅首相「東電シフト」の実態、という項があって、次のような記述がある。

福島第一原発事故の後に内閣府参与に任命された二人、広瀬研吉元安全・保安院長と小佐古敏荘東大教授は、そのスタンスに相当な不安がある。
・・・・・・
小佐古教授は、原爆症の認定で、なるべく範囲を狭める国側の証人で、講演では原発の安全神話を語っているといわれる。
菅首相は一体どういうつもりでこんな「東電シフト」を官邸に敷いたのだろう。

このような小佐古氏ですら、政府の取り組みを批判して辞職したのである。
菅政権が多くの内閣官房参与や似たような肩書きの人間を任命してきたことはよく知られている。

菅直人首相は29日、原子力工学を専攻する多摩大大学院の田坂広志教授を内閣官房参与に任命した。東日本大震災発生以降の参与起用はこれで6人目。参与は計15人を数える。まさに「船頭多く」なり「船山に登り」かねない状態だ。首相の指導力不足もあいまって、機能不全に陥ろうとしている現政権の姿を象徴している。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110329/plc11032923540035-n1.htm

それぞれの参与がどういうミッションを期待され、どういう形でそれに応えているかは知る由もない。
しかし、人選にはやや首を傾げたくなるといえそうだ。
田坂氏は確かに「東京大学大学院工学系研究科原子力工学専門課程」を修了し、工学博士の学位を授与されている。
しかし、「1990年に日本総合研究所の設立に参画」して以来、原子力の専門家とは言い難い。
田坂氏が自身のサイトで現職として挙げている「多摩大学大学院教授」「シンクタンク・ソフィアバンク代表」「社会起業家フォーラム代表」をみてもそう言えるだろう。
多摩大学大学院に原子力関係のコースはないし、田坂氏の担当科目は、社会的企業論、日本型CSR論とされている。
東京電力に、社会的企業、日本型CSRの視点は必要だろうが、内閣府参与として如何なものか。

松本健一参与は、首相と会談した際の内容について、ある種の齟齬が発生したことは記憶に新しい。
菅首相が東京電力福島第1原発の避難・屋内退避区域について「10年、20年住めない」などと発言したと紹介し、直後に撤回した問題である。
松本氏は、首相の「自分は言っていない」との発言を受けて撤回したものであるが、密室の中のことなので、どちらが発言したかなど詮索しても仕方がない。
問題は、首相を補佐すべき立場の人からこういう話が漏れてくるということである。
首相は議事録も取れないような会談で何を話しているのだろうか?

小佐古氏の場合は、次のように報じられている。

小佐古氏が公表の遅れを強く批判した緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)は原子力事故の際、放出された放射性物質の拡散を計算して予測するシステム。この結果を住民の避難などに役立てることになっている。だが、文部科学省や内閣府原子力安全委員会によると、東日本大震災では地震や原発施設の爆発など何らかの原因で計測機器が壊れたため、原発からいつ、どの程度の放射性物質が実際に放出されたかという放出源情報が得られていない。
実際の放射性物質の動きや被ばく量を推計するため、周辺で計測された放射線量の分布から放出源情報を逆算し、拡散状況を導き出した。データ取得や計算に時間がかかり、SPEEDIの予測結果が初めて公表されたのは、事故から約2週間後の3月23日だった。国会などで公表の遅れが問題視された。小佐古氏はこの点を「放出源情報の決定が困難であることを前提にした定めがあるが、手順通りに運用されていない」と批判した。

http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110430ddm002040203000c.html

SPEEDIについては、まさに今回のような事態のときに、速やかに汚染物質の拡散をシミュレートするために、巨費を投じて開発されたものである。
にもかかわらず、肝心の事態において開示が余りにもお粗末である。

今回の福島第1原発事故で、試算結果が公表されたのは3月23日と4月11日の2度だけだ。2006年の北朝鮮の核実験などでは拡散予測が積極的に公表されていたのとは対照的な対応だ。
国内で起きた事故の深刻さが伝わることで、原発反対の声が強まることを恐れた「原子力村」関係者の内輪の利害が優先された疑念が浮かぶ。まさに国民不在である。
福島第1原発の危機をめぐっては、国、東京電力双方に情報の意図的な封印が続いた。自国民の安全確保に向け、把握できる情報で独自の試算を公表した欧州の気象・原子力当局との落差はあまりに大きい。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-176264-storytopic-11.html

しかも、国債原子力機関に対しては報告していたらしい。

さらに4月4日の官房長官会見や報道によれば、気象庁は国際原子力機関(IAEA)に対しては事故発生直後から予測情報を報告していたといいます。多い日は1日2回も……えっ? 日本人には教えてくれないのに、IAEAには教えるの? 曰く「仮定を基に計算した放射性物質の拡散予測データなので公表にはふさわしくないと考えた」とのことですが、本当にめちゃくちゃな話です。これは国民に対する裏切りであり、情報隠蔽と言われても仕方ないと思います。気象庁によれば「要望があれば公表したい」とのことなので、はやく公開して欲しいと思います。ていうか要望するに決まってますやん。
http://getnews.jp/archives/108812

なるべく早く、的確な情報を出そうとする姿勢が感じらず、隠蔽ではないかと受け止められる。
内閣に対する不信感が増幅せざるを得ない。
尖閣以来、やっぱりか、ということになるである。
この首相の下で原発事故対策が継続されることに限りない不安感を覚える。

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コメント

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投稿: AnnKelley | 2011年11月27日 (日) 01時01分

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