本当に精神異常?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(6)
かねてからウワサとしては聞いていた。
「菅首相は精神に異常を来たしているのではないか? 行動が余りに変だ。」
以下は、2月12日付のあるブログである。
すでに菅直人は正気を失っていないか 精神病理医に聞いてみた。
明大講師の関修氏(心理学)の分析はこうだ。
「菅さんは本来“イラ菅”と呼ばれるほど怒りっぽい。野党時代は攻撃だけしていればよかったが、首相になったため怒ることができなくなり、『感情鈍麻』という状態に陥っているのではないか。自分の感情を封印し、能面のような顔で政策を進めることだけにまい進する。政策とは財政再建です。……」
6日夜、菅はダブル選敗北について寺田補佐官から報告を受けた際、特に感想を語らなかったという。これぞ「感情鈍麻」である。脳神経内科の医師で作家の米山公啓氏は、こう言う。
「選挙を考えれば不利な増税をあえてやろうとするのは、リスクを冒すことに『快感』を覚えている人の行動です。菅さんはこれまで『実績が何もない』と批判されてきたことに、ひどくプライドを傷つけられてきた。大学の教授や企業の社長が辞める直前にメチャクチャするように、権力を好き勝手使って、滅亡に向かって快感を得ているように見えます」
年明けの妙にハイテンションな状態の菅について、精神科医の香山リカ氏は週刊誌(「AERA」1・17号)で、「葬式躁病」じゃないかと言っていた。……
http://blog.goo.ne.jp/youteifan6/e/10e51a6e6919c479ae95c8a445e660a8
私もオカシイと思っていたが、これらの専門家が言っているのは、あくまで比喩的に、だと考えていた。
しかし、いまや精神異常はホンモノだと考えるべきだろう。
滅亡に向かって快感を得ている……
その道連れにされては堪らない。
菅首相が原発担当相を新設して、細野豪志首相補佐官を起用する方針を固めたということが報じられた。
原発担当相を設置することにも、細野氏をそれに充てることにも別に反対はしない。
細野氏は、私の選挙区の出身である。写真週刊誌等でY嬢とのスキャンダルを暴露されたりしたワキの甘さもあったが、まあ若気というものであり、一時の迷いとするべきだろう。
一度、原発事故の現状と見通しについて発表している映像を目にしたが、十分に説明力もあるのではないか。
信じられないことだが、菅首相は、その人事の腹案を他党の人に相談したらしい。
根回しのつもりだったのだろうか?
首相は11日昼、公明党の斉藤鉄夫幹事長代行に電話で「海江田万里経産相が兼務している原発災害担当相を切り離して単独で置きたい」と提案。「細野さんを担当相に充てたいと考えているので公明党にも理解をいただきたい」と伝えた。
斉藤氏は首相と同じ東工大出身で第一種放射線取扱主任者の資格を持つ原発問題のエキスパートだが、細野氏の閣僚起用について野党幹部に相談を持ちかけるのは極めて異例。しかも公党間のやり取りにもかかわらず代表や幹事長など正規ルートを使わないのはルール違反だといえる。
斉藤氏は12日午前の公明党幹部会で首相からの提案について報告したが、出席者は対応に苦慮。結局、首相の提案を「私的なやり取り」として取り合わないことにした。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110412/plc11041222570031-n1.htm
当たり前の話である。
閣僚の定員についての内閣法改正案も通っていない段階において、野党に対して、正式なルートを無視して、具体的な名前を伝えるとは。
首相が自分に近い人(例えば東工大出身者)を頼りにしているのは、それなりに理解できなくもない。
逆に言えば、民主党内でも四面楚歌のような状況なのかも知れない。
正気を失っているとしか考えられない。
そう言えば、地震発生後「引きこもり」と言われたこともあった。
谷垣自民党総裁に入閣・大連立を持ちかけたときも同じで、相手が答えようのない形で話を持ちかける。
人の心というものがまるっきり分かっていないのだ。
当の細野氏は次のように言っている。
細野氏は12日夕、静岡新聞社の取材に対し、具体的な打診を受けていないとして事実関係を否定した。
http://www.at-s.com/news/detail/100019466.html
またもや唐突な思い付きであることが窺われる。
自分の頭で考え抜いて優先順位をつける、ということができないから、新たな論議のタネを振り撒く。
松本健一内閣官房参与が首相と会った際、東京電力福島第1原発の半径30キロ圏の避難・屋内退避区域について、少なくとも10年間は居住が困難との認識を示したとの情報が駆け巡ったが、首相は同夜、「私が言ったわけではない」と発言を否定した。
松本氏は首相との会談後、記者団に首相の発言内容を説明し「原発周辺に当面住めない。10年、20年住めないとなると、住むのが不可能になる」と首相が語ったとした。しかし、この発言が報道されると、首相が松本氏に電話し「私はそういうことは言っていない」と抗議。松本氏は改めて記者団を集め釈明する一幕があった。
http://mainichi.jp/life/housing/news/20110414k0000m010090000c.html
何度でも言おう。事態の深刻さは、首相の器をはるかにオーバーしているのだ。
⇒2011年3月18日 (金):菅首相の器のサイズと事態の深刻さのミスマッチ
地震の前からの徴候が本格化したのかも知れない。
枝野官房長官も、いつまでも次のような空疎で実質を伴わないレトリックを弄するのを止めたらどうか。
枝野幸男官房長官は11日午前の記者会見で、統一地方選前半戦で民主党が惨敗したことで菅直人首相の責任問題が出ていることについて「菅首相は民主主義のルールに基づき、厳しい中で職責を与えられている。菅内閣はその職責をしっかり果たすことに全力を挙げるのがまさに筋、責任だ」と述べ、首相退陣論を否定した。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110411/plc11041112190007-n1.htm
「民主主義のルールに基づき」だと?
民主党の代表には、確かに党員・サポーターの多数によって選ばれたと言えるだろう。
しかし、その有権者は国民の全体からみれば、ホンの一握りに過ぎない。
しかも、それは「平時」においであった。
菅政権は一度たりとも国民の審判を受けていないのだ。
代理審判としての各種選挙では、連戦連敗ではないか。
選挙結果を真摯に受け止めることこそ、「民主主義のルール」だろう。
『もしドラ』を一読すれば、リーダーに最も必要な資質が「真摯さ」であることがすぐ分かるはずだ。
もっとも、この政党に宿命的に欠けている要素ではあるが。
⇒2010年10月23日 (土):仙谷健忘長官の“真摯な“答弁
⇒2011年1月21日 (金):政府・民主党における真摯さの欠如
⇒2011年1月27日 (木):言葉の軽さが裏付ける首相の真摯さの欠如
国民の何%が、この国難の非常時に、菅氏が首相に相応しいと思っているだろうか、と考えたこともないのか?
ハッキリ言えば、国民は怒っているのだ。それに目を瞑って精神異常者が居座りを続けることは、「人道に対する罪」に相当するのではないか。
頼むから、せめて菅氏は「その職責」を休んで欲しい。
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