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2011年4月

2011年4月30日 (土)

小佐古・内閣官房参与が辞任/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(19)

小佐古敏荘内閣官房参与(東京大大学院教授)が、29日菅直人首相宛てに辞表を提出し、正式に受理された。
辞意の理由は以下のように説明されている。

小佐古氏は同日夕記者会見し、東京電力福島第1原子力発電所事故への政府の取り組みに関し「その場限りの対応で事態の収束を遅らせた」と激しく批判した。
・・・・・・
27日に今後の原子力対策について報告書を提出した小佐古氏は、「提言の一部は実現したが、対策が講じられていないのもある。何を言っても無意味だというなら、参与に留まる意味がない」と述べ、不満をあらわにさせた。
なかでも福島県内の小学校や幼稚園などの利用基準で、被曝(ひばく)限度を年間20ミリシーベルトと設定していることを「とても許すことができない」と非難。特に同県内の小学校などの校庭の利用に際し、この基準を使用することを問題視し、見直しを求めた。
さらに「(小学生らに)無用な被曝をさせてはいけないと官邸に何度も言った。(このままだと)私の学者としての生命が終わる」と述べた。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/504833/

「新潮45別冊」の『日本の原発』新潮社(1104)に、塩谷喜雄氏の『なおも暴走する「原子力村」虚構と偽りの戦後史』という文章が載っている。
その中に、菅首相「東電シフト」の実態、という項があって、次のような記述がある。

福島第一原発事故の後に内閣府参与に任命された二人、広瀬研吉元安全・保安院長と小佐古敏荘東大教授は、そのスタンスに相当な不安がある。
・・・・・・
小佐古教授は、原爆症の認定で、なるべく範囲を狭める国側の証人で、講演では原発の安全神話を語っているといわれる。
菅首相は一体どういうつもりでこんな「東電シフト」を官邸に敷いたのだろう。

このような小佐古氏ですら、政府の取り組みを批判して辞職したのである。
菅政権が多くの内閣官房参与や似たような肩書きの人間を任命してきたことはよく知られている。

菅直人首相は29日、原子力工学を専攻する多摩大大学院の田坂広志教授を内閣官房参与に任命した。東日本大震災発生以降の参与起用はこれで6人目。参与は計15人を数える。まさに「船頭多く」なり「船山に登り」かねない状態だ。首相の指導力不足もあいまって、機能不全に陥ろうとしている現政権の姿を象徴している。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110329/plc11032923540035-n1.htm

それぞれの参与がどういうミッションを期待され、どういう形でそれに応えているかは知る由もない。
しかし、人選にはやや首を傾げたくなるといえそうだ。
田坂氏は確かに「東京大学大学院工学系研究科原子力工学専門課程」を修了し、工学博士の学位を授与されている。
しかし、「1990年に日本総合研究所の設立に参画」して以来、原子力の専門家とは言い難い。
田坂氏が自身のサイトで現職として挙げている「多摩大学大学院教授」「シンクタンク・ソフィアバンク代表」「社会起業家フォーラム代表」をみてもそう言えるだろう。
多摩大学大学院に原子力関係のコースはないし、田坂氏の担当科目は、社会的企業論、日本型CSR論とされている。
東京電力に、社会的企業、日本型CSRの視点は必要だろうが、内閣府参与として如何なものか。

松本健一参与は、首相と会談した際の内容について、ある種の齟齬が発生したことは記憶に新しい。
菅首相が東京電力福島第1原発の避難・屋内退避区域について「10年、20年住めない」などと発言したと紹介し、直後に撤回した問題である。
松本氏は、首相の「自分は言っていない」との発言を受けて撤回したものであるが、密室の中のことなので、どちらが発言したかなど詮索しても仕方がない。
問題は、首相を補佐すべき立場の人からこういう話が漏れてくるということである。
首相は議事録も取れないような会談で何を話しているのだろうか?

小佐古氏の場合は、次のように報じられている。

小佐古氏が公表の遅れを強く批判した緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)は原子力事故の際、放出された放射性物質の拡散を計算して予測するシステム。この結果を住民の避難などに役立てることになっている。だが、文部科学省や内閣府原子力安全委員会によると、東日本大震災では地震や原発施設の爆発など何らかの原因で計測機器が壊れたため、原発からいつ、どの程度の放射性物質が実際に放出されたかという放出源情報が得られていない。
実際の放射性物質の動きや被ばく量を推計するため、周辺で計測された放射線量の分布から放出源情報を逆算し、拡散状況を導き出した。データ取得や計算に時間がかかり、SPEEDIの予測結果が初めて公表されたのは、事故から約2週間後の3月23日だった。国会などで公表の遅れが問題視された。小佐古氏はこの点を「放出源情報の決定が困難であることを前提にした定めがあるが、手順通りに運用されていない」と批判した。

http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110430ddm002040203000c.html

SPEEDIについては、まさに今回のような事態のときに、速やかに汚染物質の拡散をシミュレートするために、巨費を投じて開発されたものである。
にもかかわらず、肝心の事態において開示が余りにもお粗末である。

今回の福島第1原発事故で、試算結果が公表されたのは3月23日と4月11日の2度だけだ。2006年の北朝鮮の核実験などでは拡散予測が積極的に公表されていたのとは対照的な対応だ。
国内で起きた事故の深刻さが伝わることで、原発反対の声が強まることを恐れた「原子力村」関係者の内輪の利害が優先された疑念が浮かぶ。まさに国民不在である。
福島第1原発の危機をめぐっては、国、東京電力双方に情報の意図的な封印が続いた。自国民の安全確保に向け、把握できる情報で独自の試算を公表した欧州の気象・原子力当局との落差はあまりに大きい。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-176264-storytopic-11.html

しかも、国債原子力機関に対しては報告していたらしい。

さらに4月4日の官房長官会見や報道によれば、気象庁は国際原子力機関(IAEA)に対しては事故発生直後から予測情報を報告していたといいます。多い日は1日2回も……えっ? 日本人には教えてくれないのに、IAEAには教えるの? 曰く「仮定を基に計算した放射性物質の拡散予測データなので公表にはふさわしくないと考えた」とのことですが、本当にめちゃくちゃな話です。これは国民に対する裏切りであり、情報隠蔽と言われても仕方ないと思います。気象庁によれば「要望があれば公表したい」とのことなので、はやく公開して欲しいと思います。ていうか要望するに決まってますやん。
http://getnews.jp/archives/108812

なるべく早く、的確な情報を出そうとする姿勢が感じらず、隠蔽ではないかと受け止められる。
内閣に対する不信感が増幅せざるを得ない。
尖閣以来、やっぱりか、ということになるである。
この首相の下で原発事故対策が継続されることに限りない不安感を覚える。

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2011年4月29日 (金)

私にとっての昭和と平成

「昭和の日」として5回目の祝日である。
大型連休の始まりの人もいる。昨日会った知人は、10連休だそうで、それを利用してインドに行ってくるそうだ。
私は有難いことに、病院自体が休みの祝日と日曜日以外は土曜日を含め担当療法士がリハビリをしてくれるということなので、第一優先で取り組む。
それにしても、海外旅行はムリかも知れないが、飛行機に搭乗できる日が再び来るのだろうか。

祝日にはそれぞれ、意義・由来がある。
⇒2011年2月11日 (金):建国記念の日とどう向き合うか?/やまとの謎(27)

私たちの世代にとっては、4月29日といえば、圧倒的に「天皇誕生日」の方が馴染み深いが、そう感じるのももはや少数派かも知れない。
私のお世話になっている理学療法士のM嬢などは、辛うじて昭和生まれであるが、昭和の記憶はまったくないそうだ。
「三丁目の夕日」は、彼女にとってはノスタルジーを誘うものではなく、アナザーワールドなのだろうか。

平成になって、「みどりの日」になり、さらに「昭和の日」になった。
祝日法によれば、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす。」日とされる。
昭和は、Wikipedia(最終更新110421)によれば、以下のように説明されている。

昭和は、歴代元号の中で最長であり、外国の元号を含めても最も長いが、実際は元年と64年が共に「1週間」のみであったので、62年と2週間である。なお60年以上続いた元号は「昭和」と、清朝の康熙(61年)、乾隆(60年)のみである。
第二次世界大戦が終結した昭和20年(1945年)を境にして近代と現代に区切ることがある。

昭和19年生まれの私にとっては、上記でいえば「近代」としての昭和はアナザーワールドであって、もっぱら「現代」の方を生きた、ということになる。
いま、未曾有の東日本大震災をリアルタイムで体験しつつあるが、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす。」ことは大きな意義があるだろう。
ものごころついた頃は、戦争の痕が随所に残っていた。
着るものは、ボタンはバラバラ、綻びや破れを別の布で繕っているのは当たり前だったし、防空壕の跡が格好の遊び場だった。

「もはや戦後ではない」と宣言した経済白書が出たのが、1956年7月。小学校6年生だった。

経済企画庁が経済白書「日本経済の成長と近代化」を発表。その結びに「いまや経済の回復による浮揚力はほぼ使い尽くされた。・・・もはや戦後ではない」と記述された。「もはや戦後ではない」が流行語になった。前年の1人当たりの実質国民所得が戦前の最高水準を13%も上回るまでに日本経済は回復していた。
Photo_3

http://showa.mainichi.jp/news/1956/07/post-3255.html

「震災の傷跡なおる」と表現されるのは何時だろうか、と思わざるを得ない。
それにしても、「平成」という言葉は、当時の小渕官房長官が説明していたのを思い出すが、Wikipedia110428最終更新によれば以下のようである。

新元号の発表時に小渕恵三が述べた[5]「平成」の名前の由来は、『史記』五帝本紀の「内平外成(内平かに外成る)」、『書経』大禹謨の「地平天成(地平かに天成る)」からで「内外、天地とも平和が達成される」という意味。日本において元号に「成」が付くのはこれが初めてであるが、「大成」(北周)や「成化」(明)など、外国の年号や13代成務天皇の諡号にも使用されており、「平成」は慣例に即した古典的な元号と言える。
江戸時代最末期、「慶応」と改元された際の別案に「平成」が有り、出典も同じ『史記』と『書経』からとされている。

「地平らかに」というのは、とてもそうであるとは思えないが、今回の震災は、昭和を「近代」と「現代」に区分けするのに匹敵する事態だろう。
今の復興構想会議では、そのような視点が盛り込まれるのであろうか。

私にとって、この1年半は「想定外」の日々であった。
脳梗塞と大地震は、予知が難しいという点で似ていると記したことがある。
⇒2010年3月22日 (月):中間報告(2)予知の可能性
⇒2010年4月11日 (日):中間報告(3)初期微動を捉えられるか
いまは、深刻な後遺症という面でも似ているのではないかと思う。
私も新しい平成史を歩み始めることとしたい。

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2011年4月28日 (木)

永訣の悲しみ/私撰アンソロジー

今日は東日本大震災から49日目にあたる。
被災した各地で、四十九日の法要が行われた。
東日本大震災では、万で数えるほどの、数多くの命が失われた。未だ行方の分からない人も、届け出があっただけで、万を超えている。

長年身近にあった人がいなくなるということは、余人には窺い知れない悲しみをもたらす。
震災により失われた数多くの人は、それぞれの場で、それぞれの形で、周りの人たちに悲しみを与えたことだろう。
死の悲しみは、震災のように多数が一度に失われた場合においても、それぞれに固有のものであるに違いない。

歌人の永田和宏さんは、昨年の8月12日、妻で歌人の河野裕子さんを病気で失った。
その最期の様子は、河野裕子・永田和宏・その家族『家族の歌 河野裕子の死を見つめた344日』産経新聞出版(1102)に綴られている。私が同書に触れ、読後の感想めいたものを記したのは、震災の前日であった。
⇒2011年3月10日 (木):『家族の歌』と歌人の宿命
思えばあの日から、私においてさえ、目にする景色が一変してしまったような気がする。

永田さんは裕子さんとの永訣の悲しみを挽歌にして発表した。
永田和宏さんと河野裕子さんは、夫婦であると同時に共に歌人であった。
歌人としての二人は、互いに相手の力量を認めあっていたであろう。Photo
夫婦が共に同じジャンルの作家であることは、多分制作の喜びを倍増するであろう。
しかも、自他共に一流歌人と評価されている人の作品に、×をつけるなどというのはおそらく至福のひとときではないか。
しかし、もちろん生活は楽しいことばかりではあるまい。
創作というのは、基本的に属人的な作業であり、いかに親しい人であっても、気配そのものがわずらわしい時もあるはずだ(ろうと思う)。

ところが、協同的な創作の行為というものもある。
例えば連歌である。

連歌(れんが)は鎌倉時代ごろから興り、南北朝時代から室町時代にかけて大成された、日本の伝統的な詩形の一種。多人数による連作形式を取りつつも、厳密なルール(式目)を基にして全体的な構造を持つ。和歌のつよい影響のもとに成立し後に俳諧の連歌や発句(俳句)がここから派生している。
Wikipedia101214

上掲書によれば、永田家でも家族四人で連歌を巻いたことがあった。NHKBSの5時間生放送番組で放映されるものである。
1人の持ち時間は5分で、時間の経過を知らせるために砂時計が使われた。
紅さんによれば、創作の個性は次の如くである。

砂時計を見ているとますます焦る。辞書を繰って言葉を探したり、縁側で長考したり、寝ている猫を起こしたり、自分の句が無事にできると、次の番が回ってくるまでしばらく気が楽になり、ビールなど飲みながら、うだうだと他の二人と無駄話などしている。
順番が回ってくると、百科事典にあたって調べる兄、一瞬で作ってしまう母、どこかへふらりと歩いていって、よし出来たと戻ってくる父。それぞれの性格がよく出る。

掲載の日付は、21年10月14日である。
裕子さんが亡くなる10カ月ほど前である。
歌人一家らしい微笑ましい光景ともいえるが、裕子さんは20年7月に乳癌の再発が分かり、化学療法を受けている時である。
化学療法には副作用が伴うと思われる。
にもかかわらず、「一瞬で作ってしまう」のは、やはり類稀な才能ということになる。

ふとした日常生活に、もうその人はいないと気付かされる。
いや、永田さんにとって、日常生活は裕子さんと共にあったもので、もう戻ってこないものかも知れない。
掲出歌は「短歌」誌の3月号に『二人の時間』と題して掲載された。
表紙に「妻・河野裕子を悼む絶唱30首」とある。

4月18日の産経抄が、ある詩集の紹介とその反響について書いていた。

▼1週間前、『ときぐすり』という詩集を紹介したところ、作者の藤森重紀さんや小欄のもとに、少なからぬ手紙が届いた。そのほとんどが、5年前に奥さまを亡くした藤森さんと同じく、大切な人の死という形で、別れを経験した人たちからだった。
▼そのうちの一人は、10年前にご主人に先立たれた。周囲の人々の励ましに疲れ果て、体調を崩し、引きこもり状態になったこともある。最近ようやく「生きていてよかった」と思えるようになったという。
▼そんな経験から、親族の命と家財産の両方を失った、東日本大震災の被災者を思いやる。「今がんばりすぎていらっしゃる心の“バネ”が、働かなくなってしまう日がくるのではないか」。だからこそ、「ときぐすり」の存在をできるだけ多くの人に知ってもらいたい、と結んであった。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110418/trd11041803350001-n1.htm

私の幼馴染も、ご主人を交通事故で亡くしてから引きこもり状態になり、とうとう自ら命を断ってしまった。
自殺は良くないことだ、と言われる。たった一つの大切な命……。
しかし、生きている人間が自死を諌めることができるのか、と自ら死を選んだという報に接するたびに思う。
私には、彼女の心の奥は想像するしかないが、何となく理解できるような気がした。
生きていても、今までより楽しいことなど、金輪際起こりはしない。
彼女はそう確信したのではなかったか。

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2011年4月27日 (水)

またしても菅政権の強弁/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(18)

菅政権が真摯に事態に向き合わず、強弁を繰り返してきたことはこの政権の基本的性格を表わしているものであると思う。
そうであるならば、自浄作用は期待できず、政権そのものを変える以外に方策はないのではないか。
自衛隊機が東電の清水社長の緊急搬送を拒否した事例をどう考えるか?
枝野官房長官の記者会見における答弁である。

-震災当日、東京電力の清水正孝社長が出張先から自衛隊の輸送機で戻り始めたが、防衛省の判断で引き返したとのことだが。
 3月11日に防衛省に東電社長を名古屋空港から東京まで輸送してほしい旨の打診があったこと、北沢俊美防衛相は被災者救援のための輸送を最優先すべきである旨を指示していたこと、結果的にそういった判断に基づいて社長の輸送は行われなかったという報告は受けている。防衛相の指示は妥当だったと考える。

http://jp.wsj.com/layout/set/print/Japan/node_228603

結果論かも知れない。
しかし、清水社長が本社に戻るのが遅れたこと、それによって東電の意思決定が遅れた可能性があること、は事実である。

清水社長が東電本店に不在だったために、事故発生直後の数時間という極めて重要なときに難しい決断を下すことに遅れが生じた可能性があると一部では指摘されている。
3月12日朝になってようやく清水社長が東京に戻った際、福島第1原発1号機では燃料棒が過熱し、容器内の圧力が危険な水準に達していたが、東電はベント作業を開始していなかった。専門家らはベントの遅れが同日の同原子炉建屋での爆発につながった可能性があると指摘している。

http://jp.wsj.com/layout/set/print/Japan/node_228603

当日の事情は以下のようであった。

防衛省によると、出張中だった清水社長の帰京について、自衛隊機の使用が打診されたのは3月11日午後9時40分ごろ。首相官邸に詰めていた運用企画局長を通じ、事態対処課長に「東電の社長を輸送できないか」と連絡があった。
同課長は担当者に連絡し、航空自衛隊小牧基地(愛知県)のC130輸送機による輸送を手配。同11時20分すぎに防衛相の判断を仰いだという。
これに対し、北沢防衛相は「被災者救援の輸送を最優先すべきだ」と答えたため、まだ離陸前だと思っていた同課長は輸送の取りやめを決めた。
既に同機は離陸していたが、「離陸したばかりなら、直ちに引き返せ」と命令。同機は翌12日午前0時13分に小牧基地に戻り、清水社長の帰京は同日にずれ込んだ。

http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011042600323

もちろん東電の危機管理体制にも問題があるだろう。
社長不在を重大な意思決定の遅延の理由にしてはならない。危機対応チームで自律的な判断ができなければならないであろう。
また、もし自衛隊機がそのまま清水社長を東京まで載せて運んだとすれば、逆に批判されることになったかも知れない。

しかし、北沢防衛相の判断の根拠は次のごとく説明されている。

北沢防衛相は「新幹線が動いており、高速道路が閉鎖されていない中、(清水社長は帰京する)別の方法があったのではないか」としている。
http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011042600323

しかし実際にはどうだったのか。

実際には、東日本大震災直後に東海道新幹線は運行停止し、東名高速など主要道路も通行止めや渋滞で利用できなかった。何でも東電に責任転嫁する政権の体質がまた浮き彫りとなった。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110426/plc11042623410023-n1.htm

北沢防衛相がその時点で、認識違いをしていたことは明らかであるが、それを責めているわけではない。
認識が違っていたことを率直に認めればそれだけの話である。
にもかかわらず、強弁でそれをすり抜けようとする。
一事が万事で、他の事についてもそうなのかな、と思ってしまう。
政権の体質は官房長官の次の発言に如実に表れているように思う。

枝野氏は「名古屋-東京間は車を飛ばしても走れる状況だ。なぜ自衛隊に頼んだのか。自衛隊機が飛ばないなら自動車を飛ばすのは当然だ。常識ではないか」と強弁。「北沢防衛相は(輸送機について)被災者救援の輸送を最優先すべきだと指示していた。被災者救援に総力を挙げていた状況だったので防衛相の指示は妥当だった」と正当性を強調し、清水氏を輸送機にいったん乗せた自衛隊に対して「防衛相決裁を受けずになぜいったん飛び立ったのか、逆に不思議だ」と不快感を示した。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110426/plc11042623410023-n1.htm

改めて、この政権が弄してきた強弁・詭弁・失言・珍妙なレトリックを振り返ってみよう。
⇒2010年10月 3日 (日):尖閣問題に対する蓮舫大臣の強弁
⇒2010年11月13日 (土):菅内閣の無責任性と強弁・詭弁・独善的なレトリック
⇒2010年11月18日 (木):もはや誰も驚かない? 柳田法相の笑えぬ冗談(失言)
⇒2011年1月28日 (金):菅首相の国債発言に唖然。だが閣僚は……
⇒2011年2月12日 (土):マニフェストを履行するための消費税増税?(2)
⇒2011年4月14日 (木):本当に精神異常?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(6)
⇒2011年4月19日 (火):尖閣も原発もベストの対応と強弁?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(11)

これくらいで止めるが、別に統一地方選が特に不振だったわけではない。
参院選以後連戦連敗の事実をどう受け止めるか。
根底に、自らの失態・失政を強弁・詭弁・レトリックですり抜け(たつもりになり)、真摯に反省しないことが今日の事態を招いているのである。
菅退陣に猶予は許されない。

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2011年4月26日 (火)

朝・毎両紙の社説検証/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(17)

統一地方選に惨敗した民主党では、ようやく「菅降ろし」が具体化してきた。

民主党の山岡賢次副代表ら小沢一郎元代表に近い議員が26日午前、国会内で「震災に対応できる連立政権に向けた総調和の会」を発足させ、約60人が参加した。顧問に就いた鳩山由紀夫前首相は菅首相の政権運営を批判し「国難の中で求められるのは国民の暮らしを守る政治を取り戻すことだ。両院議員総会で議論すべきだ」と強調した。総会が開催されれば首相退陣要求が噴出する可能性がある。
会合には原口一博前総務相、山田正彦前農相、田中真紀子元外相、松野頼久元官房副長官や政務三役の樋高剛環境政務官、小泉俊明国土交通政務官も参加。「国民から信頼される党に生まれ変わり、早急に体制を立て直す」として両院議員総会開催を求める署名を集めることで一致した。
趣意書では、参院選から統一地方選までの一連の選挙に連戦連敗しているとして「菅政権が国民の支持を失っているのは明らか。しかるべき野党との連立ができる体制に民主党を作りかえなければならない」としている。

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110426dde001010009000c.html

私としては遅すぎると思うし、その分民主党の信頼性を減殺してもいる。
しかるに、朝・毎両紙はこの期に及んでも、「菅降ろし」の動きに対して批判的である。

ただ、いまはまだ危機のただ中である。時間の浪費、判断の遅れは日本の命取りになる。「菅おろし」の余裕はない。
自分たちが選んだリーダーである。欠けている点は補い、一致して当面の危機対応にあたるのが政権党の筋目だろう。
この国難に及んで、なお内紛という宿痾(しゅくあ)を繰り返すようでは、民主党の明日はない。
http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit1

民主党内には菅直人首相の責任を問う声が強まっており、野党が菅内閣への不信任決議案を衆院に提出した場合、与党議員が造反し同調する議論すら一部にはある。だが、震災対策が一刻を争う中で与党が内紛にかまけるようでは、あまりに無責任だ。首相は野党との協議に謙虚にのぞみ、復興や諸課題に取り組む態勢の立て直しを急がねばならない。
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20110426k0000m070131000c.html

「時間の浪費、判断の遅れは日本の命取りになる」や「震災対策が一刻を争う」のはまったくその通りであろう。
だからこそ、一刻も早く菅退陣を迫らねばならないのだ。3月11日から1ヶ月半が過ぎたというのに、未だに復興構想会議の進め方で議論しているありさまである。
他の人がやっても同じことではないか?
よく耳にする。
違う!
菅という人の存在が障害になっていると思うべきだ。

何故ならば、菅首相就任以後の出来事を振り返ってみれば歴然だろう。
⇒2011年4月25日 (月):それでも朝日、毎日両紙は、菅続投支持か?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(16)

平時において、自分のことを「仮免」だったという人に、心構え・準備ができていたとは到底思えない。
防災訓練の重要性が言われるように、災害において備えの有無が大きく被災の程度に影響する。
準備なしに「政治主導」をしようと思ったツケが、対応の遅れとなったことは否めない事実だ。
震災なかりせば、苛烈な退陣要求が起きていたところだろう。
「内紛」や「造反」もすさまじいものになっていたに違いない。
震災対応のために執行猶予されているにもかかわらず、その間にも失態を犯したのであるから、許されないのが当然であろう。

折しも今日はチェルノブイリ25周年だということである。
世界で核爆弾の被害を受けた唯一の国が、世界で2例目の「レベル7」の核利用における事故を起こしたのだ。
もう少し事態を直視したほうがいい。
何度でも言うが、この人の器では乗り切ることのできない事態なのだ。
朝日・毎日の2紙が菅続投の社説を掲げていることの異常さを、私たちは忘れてはならないだろう。

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2011年4月25日 (月)

それでも朝日、毎日両紙は、菅続投支持か?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(16)

24日に投票が行われた統一地方選の後半戦の様子が明らかになった。
予想通り民主党の惨敗としか言いようのない結果だ。

統一地方選挙の後半戦で、民主党は、自民党との対決型の市区長選挙で負け越し、同時に行われた衆議院愛知6区の補欠選挙も不戦敗となるなど、厳しい結果となった。今後、民主党内で、菅首相の責任を問う声が強まるのは必至で、菅首相は厳しい局面を迎えた。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00198123.html

菅首相の敗北に対する責任は明確である。
ところが、民主党の議員諸氏は責任追及を逡巡しているらしい。

民主党内は、「菅政権では事態は改善しない」という不信感と、「この非常時に、党内抗争をしている場合ではない」という不安感のはざまで揺れている。
同上

確かに「この非常時に、党内抗争をしている場合ではない」だろう。求められているのは、党内抗争ではなく、菅退陣である。
「抗争」などと思うから「不安感」にとりつかれる。
菅首相は、震災の前から投了すべき状態だったのであり、未練がましく椅子にしがみついている時に、たまたま発生した未曾有の震災によってモラトリウム状態になっただけなのだ。

民主党の内部はどうでもいい。
朝日、毎日という代表的な2紙はどう考えるのか?
前半戦の結果が出た段階で、民意が明らかに菅政権に鉄槌を下したのにもかかわらず、両紙は社説で次のように積極的にではないにしろ、菅続投を支持した。

朝日(11日)
地域ごとに争点、政策課題が違う地方選の勝敗を、直ちに政権の存亡や首相の出処進退に結びつけるべきでもない。
毎日(14日)
だからといって今、首相退陣を求める意見にも到底、賛同はできない。

後半戦の結果が出ても同じことを言うのだろうか?
だとしたら、退陣要求をどういう形で示せというのか?
どういう状況になったら、首相退陣を求めることが解禁されるのか?
首相が望むように、財政再建もこの人に任せようということなのか?
まさか!

菅政権の軌跡を振り返ってみよう。

・参院選における唐突な消費税増税への言及
・参院選敗北の責任を取らない無責任体制
・尖閣諸島沖における中国漁船に対する処理、特に衝突ビデオの非公開
・熟議といいながら、消費税増税議論の立ち消え
・小沢氏及び小沢グループの排除
・与謝野氏の起用に見られる論理的一貫性の欠如
・マニフェストのなし崩し的放棄
・菅首相、前原前外相への外国人からの献金、特に首相が十分に説明しない責任感のなさ
・東日本大震災に見られる危機管理能力の欠如
・福島原発における風評源となるような発言
・問責を受けて降板したばかりの仙谷氏の官房副長官としての任命
・菅首相や仙谷官房長官による安易で節操のない大連立の呼びかけ etc.

主な事柄をピックアップしただけでも、以上のようである。
参院選敗北の責任を取って辞任していれば、このような無残な姿をさらすこともなかったろうに、と思う。
しかし、そのような美学とはもともと縁のない人なのだろう。

菅氏の事績をみると、ことごとく、私には失政と思えるものである。
それでも、朝日、毎日の両紙は、首相の出処進退を問うべきではないというのだろうか。
菅政権の延命は、日本国民の不幸以外の何物でもないのではない。

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2011年4月24日 (日)

復興を遅らせかねない復興構想会議/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(15)

23日に、第2回復興構想会議が開催された。
詳細な議論の中身は分からないが、第1回会議の後、五百旗頭議長が言っていた復興税は、早くも議論の順序が違うということになったらしい。

(岩手県知事の)達増氏は「日本全体の消費を低迷させたり、経済の地盤沈下を起こさないように取り組むべきだ」と語り、復興財源捻出に向けた安易な増税路線を批判した。僧侶の玄侑宗久氏も「復興税は慎重な議論を踏まえてほしい。税負担を被災者にかぶせることになる」と慎重な姿勢を示した。
http://sankei.jp.msn.com/region/news/110423/iwt11042322430003-n1.htm

復興構想会議の下で、専門的な立場から議論を行う検討部会は、24日に官邸で開催され、財源論についても議論されたが、当面は財源の議論よりも復興プランを優先して策定することになった。

復興事業の財源に関しては「復興税導入と、社会保障と税の一体改革を同時並行で進めるべきだ」「各種の税と公債のバランスの取れた活用を考えるべきだ」などといった意見が出された。ただ、前日の復興構想会議で、検討部会が具体的な財源論の検討を進めていることに一部委員が不快感を示した経緯もあり、この日は踏み込んだ議論は行わなかった。飯尾氏は会合後の記者会見で、「税の話ばかり先にするのはいかがかという議論があり、みな納得した。税の話は、復興プランをある程度考えてからだ」と説明した。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110424-OYT1T00485.htm?from=navr

まあ、当たり前と言うべきだろう。
何をやるかが定まらないうちに、それに必要であろう原資をどう負担すべきかを議論するのは不自然である。
震災の復興の資金だけを論議しても、所詮局所論である。
順風満帆とはいかない船出のようである。

そもそも復興構想会議のあり方そのものが問題ではなかろうか。
⇒2011年4月20日 (水):復興構想会議のあり方をめぐって/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(12) 
菅首相からも、中学生レベルの話しか出てこない。

菅直人首相の復興構想会議にかける意気込みは大きいようだが、その「思い」は伝わってこない。いや率直に言って、その中身はきわめて空虚だ。「復旧でなく復興」「夢の先取り」「日本全体の活性化」などが繰り返されているが、今回の災害であろうがなかろうが言えるレベルである。こんな方向付けでは復興会議は間違いなく迷走するだろう。
なぜこんな凡庸な思いしか抱くことができないのか。一つには、被災地を訪れ、被災者の声に耳を傾ける機会の頻度と質の低さだろう。現場に立ったうえでの熟慮、熟議が見られず、被災者たちはもちろん、国民の心を打つ言葉を紡ぎだしていない。

http://www.asahi.com/business/topics/column/TKY201104220659.html

山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]氏は、次のように批判する。

不謹慎かも知れないが、このニュースを見て最初に思ったのは、ダメな会社の会議に似ているということだった。経営が上手くいっていない会社、特に、社長が事業を把握して指示を出すことが出来ない会社は、しばしば、経営課題が発生するたびにこの課題に向けた「会議」や「委員会」を発足させる。
http://diamond.jp/articles/print/11971

確かに、いろいろな組織が乱立していて、首相自身が整理できていない。

赤坂憲雄学習院大教授は終了後、記者団に「あまりに人が多すぎて議論ができない。本当はしゃべりたいことがいっぱいあるが、時間が足りなくて煮詰まらない」と不満を漏らした。「5月の連休明け以降は交通整理していくと思うが……」と、第1次提言取りまとめにも不安を見せた。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110424-OYT1T00186.htm

山崎氏は菅首相の“無能”ぶりを批判する。

この会議があるせいで、復興事業の実施が2ヶ月も遅れかねないということではないだろうか。この会議自体が復興の早期実施を妨げる存在になりかねない。
・・・・・・

菅首相は、震災発生から1月以上たったこの期に及んでも、「野党にも(復興の)青写真を作る段階から参加していただきたい」(4月12日、記者会見)と呼びかけている。「青写真」は、先ず菅首相の責任の下で政府が示すべきなのだが、メンバーを集めて意見を募ることが自分の仕事だと思っているようだ。仕事の分からない社長と同様の状態といえる。

今日投開票された、東日本大震災後初めての国政選挙となる衆議院愛知6区の補欠選挙は、自民党の元職・丹羽秀樹氏が当選した。
今回の選挙は、民主党の前職が名古屋市長選挙に出馬するため辞職したことに伴って行われたものである。
にもかかわらず、民主党は候補者を擁立できず不戦敗となった。
国民の民主党への失望感の広がりを如実に示している。
菅政権は、またレッドカードの数を増やした。

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2011年4月23日 (土)

暘谷(フォッサマグナ)論/やまとの謎(30)

フォッサマグナという言葉は、小学生でも知っている。
日本列島を、東北日本と西南日本に二分する境界のゾーンだ。
Photo
Wikipedia110219最終更新

図のピンクの部分で、中央地溝帯とも呼ばれる。
赤線は、中央構造線で、この線の上にパワースポットが集中しているのも興味深いが、今回は「溝」の方についてである。
わが静岡県は、ほとんどこの中に位置しているといっていいだろう。
Photo
http://www.osk.janis.or.jp/~mtl-muse/subindex03.htm

このフォッサマグナは、いつ、どうして出来たのだろうか?
素人が推測するに、地殻のプレートの境目であり、少なくとも100万年のオーダーで数えるくらいの地質学的年代の昔のこと、という辺りではないだろうか?
私は、漠然とそう考えていた。

Wikipedia(110219最終更新)の解説は次の通りである。

この地域は数百万年前までは海であり、地殻が移動したことに伴って海の堆積物が隆起し現在のような陸地になったとされる。
原始の日本列島は、現在よりも南北に直線的に存在して、アジアに近い位置にあったと考えられている。約2,000万年前に、プレートの沈み込みに伴う背弧海盆の形成が始まった。背弧海盆とは、沈み込んだプレートがマグマとなって上昇し、海溝の内側のプレートを押し広げてできるものであるが、これによって日本海が現在のように広がり、日本列島もアジアから離れていった。
ただ、日本近海の海溝は向きが異なる南海トラフと日本海溝の2つだったため、日本列島は中央部が真っ二つに折られる形でアジアから離れた。折れた原始日本列島の間には日本海と太平洋をつなぐ海が広がり、新生代にあたる数百万年間、砂や泥などが堆積していった。そして数百万年前、フィリピン海プレートが伊豆半島を伴って日本列島に接近した時に、真っ二つになっていた列島が圧縮され始めた。この時、間にあった海が徐々に隆起し、新生代の堆積物は現在陸地で見られる地層になったと考えられている。

まあ、数百万年前という漠然とした時間でしか言えないようである。
そして、火山と温泉の名前が列記されている。

フォッサマグナの「面」に属する火山や温泉を挙げると、北(日本海側)から南(太平洋側)へ順に、妙高山、湯田中温泉、浅間山、八ヶ岳、富士山、伊豆長岡温泉、湯ヶ島温泉、稲取温泉の温泉街などが列んでいる。

これらは、確かにこの地域の特徴と言えるのだろう。
そこに住んでいる人間にとっては、当たり前のような気がしていたが。
フォッサマグナ地域は大昔は海だったにしても、それは日本列島の旧石器時代よりも前のことといえよう。
旧石器時代がどれ位遡り得るかは、例の遺跡捏造事件などがあって、はっきりは分からないが、人類の誕生自体100~300万年の間(ヒトの定義によっても変わる)というあたりだろう。

ところが、東日本と西日本が合体したのはわずか4000年前のことであり、それ以前は、フォッサマグナは暘谷(ようこく)と呼ばれる海溝だった、という驚くべき説を唱える人がいる。
米田良三『列島合体から倭国を論ず―地震論から吉野ケ里論へ』新泉社(9808)に「暘谷論」という章があって、論じられている。
Photo_2
暘谷海の復元図

米田さんは、あの「やまと」を代表すると思われる法隆寺が、「大宰府から斑鳩へ」移築された、という説で知られる。
もう数年前のことであるが、私は好奇心に誘われて、「法隆寺移築シンポジウム」なるものを拝聴したことがある。
「再建-非再建」論争とは別に、「移築論争」があって、そのシンポジウムはびっくりする位の熱気が溢れていた。
論争者たちは多かれ少なかれ、古田武彦氏の影響を受けた人々である。会場が、古田氏(師?)を敬うこと尋常ならざる感じがあり、ちょっと違和感があったが、シンポジウム自体は好奇心を十分に満たすものであった。

そんなこともあって、米田氏の著作をウォッチしており、上掲書もその一環で購入したものである。
ただ、フォッサマグナが4000年前までは海溝だったということが信じられず、一種の「トンデモ本」の類と考えたのだった。
それが今回の地震で突然甦ってきた。
今回の事態を多少とも知ろうとすると、地球科学の基礎を知る必要がある。そして、地球科学分野には分からないことがいくらでもあるらしい。

そう思ってみれば、私自身不思議に感じていたことがある。
それは大町線にある海ノ口という駅の名前である。
Photo
http://www.asahi-net.or.jp/~pb3i-itkr/kakueki/uminokuti.htm

北アルプスの麓と言っていいだろう。
なんでこの場所が“海ノ口” ?
山ノ口と呼ぶに相応しいところだ。
Photo_4
私は、この辺りには何回か出かけているが、不思議だと思いつつ深く考えてみることはなかった。
安曇というのが海洋民に関係があると聞いたこともある。また、穂高には住吉神社もある。
住吉神社が海神を祀ることは私でも知っている。大阪の住吉高校は、私が学生の頃、大阪の府立高校の三羽烏と評された進学校だし、佃島の住吉神社の祭りに招待されたこともある。

それもこれも、暘谷海の名残りだとは!
それは、地名に残るくらいには“新しい”出来事であることを意味する。
俄然、米田氏の説が信憑性を増して迫って来るような気になった。

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2011年4月22日 (金)

財政再建まで盾にするのか/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(14)

開いた口が塞がらない、というか口を閉じることができない。
どこまで身勝手にものごとを考えるのだろうか。

菅直人首相は18日午後の参院予算委員会で、東日本大震災と福島第1原発事故への対応に関し、「やらなければならない責任から逃れるつもりはない」と早期辞任を否定した。その上で「欲張りかもしれないが、財政再建の道筋をつけるところまでやれれば政治家としての本望だ」と政権維持に強い意欲を示した。たちあがれ日本の片山虎之助氏に対する答弁。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110418-00000067-jij-pol

ものは言いようではあるが、「責任から逃れるつもりはない」だと。
地震発生の当日、違法献金問題で絶体絶命のピンチだったことを、もうお忘れか。
震災によって「あと2年できる」と言ったのは、間違いなく本当のことであろう。

喫緊の課題は、 大震災という国難を克服することである。
そのためには、当然「想定外」の予算も必要になる。
復興のための財源をどう捻出するかは重要なイシューである。

だからといって、東日本大震災復興構想会議の五百旗頭議長が、いきなり増税を口にするのは本末転倒ではないか。
これこそ熟議や政治主導すべきテーマではないか。
震災の前に消費税増税の議論が持ち上がった時に、その前にやるべきことがあるだろう、という声が圧倒的だった。その時言われた、例えばバラマキ予算の見直しなどは一切手つかずである。
震災を口実にした道筋も曖昧なままのなし崩し的な増税など許されない。ましてそれを延命に利用しようとは、盗人猛々しい。
そもそも、財政再建についてさえ、増税がいいか減税がいいか、議論のあるところである。

産経新聞「主張」は次のように言う。

こうした手段を尽くしても復興財源は足りない。その場合は被災地の復興費用に充てる「復興国債」を発行する。国民の多くに国債を買ってもらい、連帯の証しとして投資する。経済が拡大し、税収が増えれば償還は可能だ。
もちろん財政赤字を国内総生産(GDP)比で平成27年度までに半減するとした財政再建目標は堅持する。将来世代にツケを回さないために赤字国債とは別会計にする工夫が必要だ。日本銀行が市場に潤沢に資金供給する量的緩和もさらに進めるべきだ。
日本は約270兆円を持つ世界最大の債権国であり、この豊富な資金を裏付けにすれば復興国債の消化は容易だ。全体として経済成長を実現し、「日本は貧しくなる」(サマーズ前米国家経済会議委員長)という悲観的な見方を払拭しなければならない。国民もそれを強く求めている。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110422/plc11042204050007-n1.htm

もっと民間資金の活用や復興国債の発行について与野党が論議すべきだろう。
財政法5条で原則禁止されている国債の日銀引き受けについては、特別の事由がある場合にはこの限りでない、とのただし書きがある。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110420/plc11042003380007-n1.htm

禁じ手といわれる国債の日銀引き受けには議論がある。
財政法第5条は、なぜ日銀の引き受けを原則禁止しているのだろうか。

理由は,政府が日銀の国債引き受けに頼り,過度のインフレが起こることを抑止するためである。同時に,放漫財政の歯止めでもある。では,第2文のただし書きは何のためにつけられているのか。小村武著『三訂版 予算と財政法』(新日本法規)は,以下のように説明している。
「この特別の事由については,現在,日銀が保有する公債の借換え(いわゆる乗換え)のために発行する公債の金額についてはこの要件に該当するものとして,特別会計の予算総則に限度額の規定が設けられている。これは,借換債の性質上,日銀が現に保有しているものの引き受けであり,通貨膨張の要因となるものではないからである。」

http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33213494.html

要するに、通貨が膨張してインフレに陥るのを防ぐという趣旨である。
復興国債についてはどうか?
経済学者は、100人いれば101通りの案(ケインズが自分は2通り出すと言ったとか)を考えるというから、どれが正しいのか素人のは判断できない。

しかし、今はデフレの時代である。デフレのマイナスが喧伝されることの方が多い。
前のめりに増税を口にするのは、責任を演出するためのようにも聞こえる。
あるいは、選挙で敗北することを見越しての言い訳つくりか。

復興を日本再生への投資と考え、内外から民間資金を募ることも必要だ。これらを抜きにして、首相は「財政再建の道筋をつけるところまでやれれば政治家として本望だ」とまで強調しているが、真意を疑う。
まず、マニフェスト(政権公約)に並べたばらまき政策を撤回するのが先決だろう。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110420/plc11042003380007-n1.htm

まあ、菅氏は本望かも知れないが、そんなことが許されるとでも思うのか。
原発から避難している人たちを訪問したが、余りにもお座なりであった。
TVでは最小限に止めたようだが、アリバイ作りであることを見透かされたかのように、罵声を浴びたらしい。
かくして権威を失い、施策の実効性が低下するという悪循環に陥るばかりだ。

民主党のマニフェストは、地震が来る以前に破綻していたが、大震災によって、さらに事情は一変した。
民主党の政権になんらの正当性はないと考えるべきだろう。
つまり、菅氏が首相である必然性はおろか合理性もない。
24日投開票の統一地方選でも民主党は惨敗すると思う。いったいレッドカードを何枚貯めれば退場するのだろうか。

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2011年4月21日 (木)

ついに桜井副大臣が退陣論/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(13)

ついにと言うか、やっと言うか、閣内から首相批判が出てきた。
桜井財務副大臣の3月19日付のメルマガである。

総理の答弁を聞いていて、考えさせられることがあった。何か言われると、必ず自分の正当性を主張する。自分の非を認めると責任論につながると思っているのかもしれないが、今日の様な答弁では反発を招くだけで、総理を交代させろという声が出てくるのは当然のことのように思われた。
最近やたらと流れているACのコマーシャルの中で、「ごめんね」っていうと「ごめんね」と返ってくる。「こだまでしょうか?」という内容のものがあるが、相手を論破しようとするのであれば、相手から論破されるようになるだけである。
この国難の時代に、今のような姿勢を貫いていけば、大連立から始まって、与野党が連携できない、それだけではなく党内をまとめられないのは仕方がないとも思えた。今日の総理の答弁にあったように、今後も総理を続けていかれるのであれば、僭越であることはわかってはいるが、もう少し歩み寄る姿勢をみせていただきたいと思った。

http://www.dr-sakurai.jp/blog110419183526.html

まあ、至極当たり前のことだ。
「今後も総理を続けていかれるのであれば」姿勢を変えよ、ということである。
しかし、この姿勢は、首相の生来のものであって、変えられはしない。
であれば、首相を続けるな、というのが論理的な解釈である。

桜井氏がメルマガで取り上げたのは、19日における参院予算委員会での首相の姿勢である。
⇒2011年4月19日 (火):尖閣も原発もベストの対応と強弁?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(11)
もっとも、上司からは注意を受けたといい、自分も退陣を求めているのではないとしている。

桜井充財務副大臣は21日の記者会見で、菅直人首相を批判した自身のメールマガジンが波紋を広げた問題について「まるで、私の方が交代しろと言ったように書かれているのは非常に憤まんやるかたない」と述べ、退陣要求をしたわけではないと釈明した。その上で「ここで首相が辞めて、またごたごたして2011年度第1次補正予算案の成立が延びるのは最悪の出来事なので、誤解しないでほしい」と強調した。
また、この問題に関し野田佳彦財務相から「筆が滑り過ぎないように」と電話で注意を受けたことを明らかにした。

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2011042100704

これでは、メルマガの読者に対する裏切りではないだろうか。
まあ、立場上仕方がないのかも知れないが、上記したように、素直に読めば、実質的には明らかに首相退陣論である。
そこに、わずかな救いの光がある。
菅降ろしが顕在化しないようでは、民主党には希望のかけらも残っていないことになろう。

「首相は野党の意見を聞く姿勢を示してほしい。(野党が)辞めろと言いたくなるのも当然だ。要するに人としてどうかだ」
19日配信のメルマガで首相を批判した桜井氏は20日も記者団に首相への不信感をあらわにした。桜井氏は被災地の宮城県選出ということもあり、首相への不満を募らせている。
18日の参院予算委員会で、複雑化した政府の指揮系統を批判した自民党の脇雅史参院国対委員長の質問について「感動した」と絶賛。心療内科の医師らしく「首相は過剰に反応し、自分の考え方でねじ伏せようとするところがある」と精神分析を披露してみせた。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110420/plc11042023350029-n1.htm

是非、桜井さんには、政局論ではなく、精神分析を掘り下げていただきたい。
人間性がどうなのか? 本当に病気ではないのか?
⇒2011年4月14日 (木):本当に精神異常?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(6)
それも含めて、私の期待した民主党は、自由闊達な議論が行われる党である。

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2011年4月20日 (水)

復興構想会議のあり方をめぐって/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(12)

菅首相は、東日本大震災復興構想会議でも躓いた。
原発問題を議論から外すよう指示し、委員の多くから異を唱えられたという。
⇒2011年4月18日 (月):復興構想から原発問題を外せ?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(10)

議長の五百旗頭真氏が、いきなり復興税を言いだしたのにも驚いた。
具体的な中身を差し置いて、あまりにも唐突である。
西岡参院議長も、次のように言った。

政府の「復興構想会議」の(五百旗頭(いおきべ)真(まこと)議長が復興税創設に言及したことについて「これこそ首相がおっしゃるべきことだ。国民の皆様方は、復興税をどうする、こうするということを、いかなる形であろうと復興構想会議議長に委託していない。誠に不可思議だ」と述べ、菅直人首相のリーダシップのなさを改めて批判した。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110415/plc11041512440014-n1.htm

うんざりした様子が目に浮かぶ。
菅氏は、自分が言うべきことは言わず(逃げ)、言わなくともいいことを言う。無責任が身に染み着いているのだろう。
五百旗頭真氏が中身をどうイメージしているかと言えば、次のような発言である。

がれきの処理に困っているが、がれきを使い「希望の丘公園」というようなものを造ってはどうか。日ごろは市民の憩いの丘であり、津波の時にはいち早く上がれる(逃げられる)丘だ。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201104/2011041400902

被災者の心を逆なでするものではなかろうか。
さらには次のようにも言う。

16年前の(阪神大震災の)被災がかわいく思えるほどの、すさまじい震災だ」とも。今回の被害を強調したかったのだろうが、阪神大震災の被災者から反発を招きかねない発言といえる。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/print/20110415/dms1104151129004-c.htm

菅、蓮舫、五百旗頭は、いずれ劣らぬナントカだ。
おバカトリオとでも言おうか。
蓮舫は語学力が足りないのかと思ったが、3人の共通点は、学力よりもハートの問題のようだ。
念のため、五百旗頭氏の略歴は次の通り。

日本の政治学者・歴史学者、防衛大学校長(第8代、2006年8月1日就任)、神戸大学名誉教授。日本学術会議会員。ひょうご震災記念21世紀研究機構研究調査本部長。2011年4月に創設された東日本大震災復興構想会議議長。専門は日本政治外交史、政策過程論、日米関係論。
Wikipedia110412最終更新

神戸大学名誉教授、日本学術会議会員ともあろう人を、私ごときがおバカ呼ばわりするのは間違いだと思う。
しかしハートについては、震災の復興を構想するには相応しくないのではないか。
そもそも、この会議の人選はどうなっているのだろうか。

「菅首相は7日までに「復興構想会議」の議長に防衛大学校の五百旗頭真校長を充てる方向で調整に入った。メンバーにはほかに、建築家の安藤忠雄氏、政治学者の佐々木毅学習院大教授、被災自治体首長として、岩手県の達増拓也知事らの名前が浮上している。豪華メンバーだが、永田町事情通は以下の見方を披露した。『巧妙に考えた人選だ。五百旗頭氏は、自民党の小泉純一郎元首相に近い。安藤氏は東京都の石原慎太郎知事の盟友。佐々木氏は民主党政権が発足した直後、内閣府特命顧問になった人物。達増氏は小沢氏の後押しで岩手県知事になった。党内外の「反菅」勢力が攻撃しずらくなる。いわば人間の盾作戦だ」
どこまでも自分の私利私欲しか念頭にない総理大臣である。「国民の幸せ」よりは、「菅直人政権の延命」しか関心がないのである。実に小ざかしい。

http://blog.goo.ne.jp/itagaki-eiken/e/bd94f904daee207c8b0a78d2b1166ce7

ふーん、そういうことだったのか。
だけど、必ずしも菅氏の思惑通りにはいかないようで……。
また、復興構想会議の位置づけも曖昧だ。
それにしても、震災後の組織(本部や会議など)の乱立ぶりはどうだ。
Photo_2
http://east.tegelog.jp/index.php?itemid=9040

何がどうなっているのか、作った人もよく分からないだろう。
状況追随的に対応しているからこういうことになる。
古い温泉旅館が増築を重ねるようなものだ。スパゲッティ状態などとも言うようだ。
おのずから、責任の所在も曖昧になるだろう。

「菅直人」という人災が、東日本大震災で受けた日本の傷口を、さらに広げている。復興の青写真を考える「復興構想会議」(議長・五百旗頭真防衛大学校長)の初会合が14日に開かれたが、菅直人首相(64)が震災後に次々に乱立させた「本部」や「会議」によって、政府はすでに混乱状態だ。不要な会議が組織を弱体化させるのは、サラリーマン社会では常識。「首相交代で政治空白を作るべきではない」との声もあるが、もうそんなことは言っていられない。日本は一刻も早く、菅直人という“がれき”を除去するべきだ。
・・・・・・
原発事故では、土地を失ったり農産物の流通を規制されるといった直接の被害のほか、風評被害が起きている。これら経済損失の補填を担うとみられるのは「原子力経済被害対応本部」(対応本部)と「原子力損害賠償紛争審査会」(審査会)、「原子力被災者生活支援チーム」(支援チーム)のようだ。だが、このほかに「原発事故賠償チーム」の設置も予定されているという。役割分担はどうなっているのか。
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110415/plt1104151602004-n1.htm

戦力の逐次投入は、拙劣なことと相場が決まっている。
先の大戦でも、日本は随所でそれをやり、不要な犠牲を拡大した。

震災対応において、戦力の逐次対応的な拙劣さが指摘されている。
1つには自衛隊の動員数において、2つには原発からの避難区域の設定において、3つには震災対応組織において……
菅氏が首相の座にしがみついている限り、復興は余分な作業を伴うことになる。
早く替わった方が、復興に貢献できるのではないか。

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2011年4月19日 (火)

尖閣も原発もベストの対応と強弁?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(11)

東日本大震災にに関する集中審議が参院予算委員会で行われた。
菅首相と関係閣僚に加え、東電の清水正孝社長が参考人として出席した。
首相の主な答弁が表になっている。
Photo_2
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110419-OYT1T00170.htm

この答弁を見ると、またしてもか、と嘆息せざるを得ない。
私は尖閣問題に対する政府の対応を、「ベスト」と自画自賛した蓮舫大臣の強弁を聞いて、この人の言うことは信用しないようにしようと思った。
⇒2010年10月 3日 (日):
尖閣問題に対する蓮舫大臣の強弁

どうやら、強弁あるいは非論理性は、この内閣の基本的な性格のようである。
⇒2010年11月13日 (土):
菅内閣の無責任性と強弁・詭弁・独善的なレトリック
なぜ、子供でも言わないような無理な物言いをするのか?
それは、素直に考えれば、自分に非のあることを認めざるを得ないからだろう。

多くの人が、首相が言うようには原発事故の初動が十分だったとは思っていまい。
⇒2011年3月30日 (水):原発事故に対する初動対応について
しかしながら、首相の即時退陣には慎重意見でもあるようだ。
いわゆる直近の民意を示すものとしての統一地方選の前半戦は、民主党の惨敗に終わったが、それでも朝日、毎日は、首相の続投を容認した。
このことは、記憶に留めておくべきだろう。

朝日は「地方選の勝敗を、直ちに政権の存亡や首相の出処進退に結びつけるべきでもない」と、首相続投を妥当とする見解を表明した。
毎日は、統一選翌日の社説では「政権与党として『危機』の中での不振を深刻に受け止めなければならない」と書くにとどめたが、「菅首相への批判」と題した14日付社説では、首相の責任感や謙虚さに欠ける姿勢を指摘しつつも「だからといって今、首相退陣を求める意見にも到底、賛同はできない」と、続投支持を打ち出した。
唯一、菅氏に政権は託せないとの立場を鮮明にしたのが産経である。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110418/plc11041807370003-n1.htm

もちろん、各紙それぞれのスタンスがあって当然である。
しかし、私が就職する頃には、憧れ的な存在だった朝日、毎日の両紙、特に野党精神が溢れていた両紙が与党擁護になっているのはどうしたことだろう?
私とて、いま政治空白が許されない非常時であることは承知している。また、せっかく実現した政権交代を大切にしたい気持ちもある。

首相交代は政治空白を生むか?
政治空白を生む、と言って、結果的に意味のない政権が延命したのが麻生内閣である。それは総選挙があったからである。
総選挙をやらず、与野党協議の上で新政権を発足させることは不可能だろうか?
最長、次の総選挙までの時限的救国内閣である。
もちろん、菅氏には、降りてもらうことになる。
菅氏に、国民が一定の評価をしているかのような誤解を与えないためにも。

早期退陣を求める意見に「やらなければいけない責任から逃れるつもりはない」と退陣拒否の姿勢を明確にした。
また、震災や原発事故への政府対応に批判が集まっているにもかかわらず、政府対応を「100%とは言わないが、国民にも政府全体としては一定の評価を頂いている」と強弁した。

http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/04/19/kiji/K20110419000655160.html

いつまで、「存在の耐えられない軽さ」を受忍しなければならないのだろうか?

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2011年4月18日 (月)

復興構想から原発問題を外せ?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(10)

東日本大震災復興構想会議(議長・五百旗頭真防衛大学校長)の議論が14日から始まったが、首相が議論の対象から原発問題を外すよう指示したという。
これに対し、梅原猛特別顧問などから異論が噴出した。 
当たり前だろう。
誰がどう考えたって、東日本大震災から原発を除外して考えることはできない。
さすがに、梅原猛氏は次のように言っている。

原発問題を考えずにこの会議は意味がない。近代文明は原発を前提としており、文明そのものが問われている。私は原発を廃止した方がいいと考えているが、(原発容認派と)双方の意見を聞くべきだ。
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2011041400908

想像するに、首相は、次第に自らの不手際が明らかになってくる原発から復興へ、「逃げ」たかったのだろう。
どこまでも卑劣な男だ。
そんなことが許されるわけがない。
枝野官房長官は、軌道修正を表明せざるを得なくなった。

今回の震災の一つの大きな要因が原発事故なので、これをどう位置付けるかは当然、(復興構想会議の)議論の対象になる」との考えを示した。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011041500328

改めてこんなことを言わなければならないのも、首相のお粗末さを表わしている。
梅原猛さんが言えば説得力があるが、私も、復興構想に文明を問う視点は欠かせないと思う。
⇒2011年3月22日 (火):津々浦々の復興に立ち向かう文明史的な構想力を

自然との関係、とりわけエネルギー問題をどう考えるか?
それは、新しい「豊かさ」を考えることでもある。
エネルギー消費量とGDPには、ゆるやかではあるが正の相関がある。
Gdp
http://www.rist.or.jp/atomica/data/fig_pict.php?Pict_No=01-01-02-01-05

夏場の電力不足が心配されているが、復興構想にはもっと長期的な視点に立って、生活のあり方を問い直すことが必要ではないか。
そして、菅さん、それはあなたが主導する課題ではないのだよ。
あなたが選んだ委員も、(五百旗頭議長を除き)こぞって原発から目を逸らすべきではないと言っているではないか。

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2011年4月17日 (日)

原発報道の大本営発表/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(9)

福島第1原発事故の見通しが立たない。
状況がが予断を許さないことは理解できるが、見通しがないまま「計画的避難地域」に指定された住民が、口々に不安と怒りを顕わにするのも尤もだと思う。

問題の根幹に、政府の発表とマスコミの伝え方に、かつての「大本営発表」のような欺瞞性が存在すると感じているのは私だけでないだろう。
悪夢の始まりともいうべき3月12日の1号炉建屋の爆発について、枝野官房長官が記者会見で、「何らかの爆発的事象があった」と説明したことは忘れがたい。
「何らかの爆発的事象」とは、なんともってまわった言い方だろう、という印象だったことを覚えている。
それにしても、この時点では、津波によって広範な地域で「想像を絶する激甚災害」が起きていることは想像できたが、原発事故の深刻さについて、かくもひどいとは「想像を絶して」いた。
⇒2011年3月12日 (土):想像を絶する激甚災害へ対応するための体制を
実際、この日のマスコミの被害地図には、原発が載っていない!

「爆発的事象」という曖昧な政府の発表に、不安感はあった。
⇒2011年3月13日 (日):歴史的な規模の巨大地震と震災
しかし、事故のレベルについては、4~5という専門家の意見を信じるしかなかった。
それが理由はともかく、最終的にレベル7という最悪事態になってしまったのである。
⇒2011年4月12日 (火):福島はレベル7/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(5)

政府当局は、いつから事態のこれほどまでの深刻さを認識していたのか?
すくなくとも、12日に首相がヘリコプターで現地の迷惑も考えずに「視察」した時点では、楽観視していたものと思われる。
それが変わったのは何時か?

隠蔽していたのか、それとも認識する力がなかったのか?
いずれにしろ、しっかりと検証しなければならないだろう。

今の時点で思い当たるのは、3月15日の記者会見である。
以下は、首相官邸のサイトに掲載されている菅首相の記者会見である。

1号機、3号機の水素の発生による水素爆発に続き、4号機においても火災が発生し、周囲に漏洩している放射能、この濃度がかなり高くなっております。今後、さらなる放射性物質の漏洩の危険が高まっております。
ついては、改めて福島第一原子力発電所から20kmの範囲は、既に大半の方は避難済みでありますけれども、この範囲に住んでおられる皆さんには全員、その範囲の外に避難をいただくことが必要だと考えております。
また、20km以上30kmの範囲の皆さんには、今後の原子炉の状況を勘案しますと、外出をしないで、自宅や事務所など屋内に待機するようにしていただきたい。
・・・・・・
【質疑応答】
(記者)
総理、済みません、2号機への言及がありませんけれども、2号機はもっと深刻な事態なのではないでしょうか。
(菅総理)
今、申し上げましたように、何号機ということ等について、いろんな現象がありますので、全体を見て現在対応していますので、そういった意味で一つひとつがどうだという話は、場合によってはまた別の機会に東電の方から報告をすると、こういうふうに認識しております。
http://www.kantei.go.jp/jp/kan/statement/201103/15message.html

悪名高き屋内待機の指示が首相の口から出たのである。
「最悪事態を想定して屋内退避」と言ったが、すでに屋内退避自体が見直しせざるを得なくなっている。
首相たちの「最悪」というのは、次々に更新されるものらしい。

ここでは、質疑応答部分に注意したい。
「2号機」についての認識を求められているのに、明らかに説明を「逃げ」ている。
「逃げ菅」の面目躍如だが、この時、2号機はどういう状況だったか?

以下のような号外が出ていることは知らなかった。
私の居住地域では見ることのできない号外である。今回当時の情報を見直す中で、初めて号外が出ていることを知った。
2
http://sankei.jp.msn.com/pdf/2011/03/20110315_fukushima2go.pdf

上記の首相の態度から、このような状況であることを読み取るのは難しい。
私は、枝野官房長官の記者会見に、不自然さを感じたはしたが。
⇒2011年3月15日 (火):地震情報と「伝える力」

菅首相は明らかに、「何かから、何故か」逃げているように見える。
枝野官房長官には、何かを隠している節が窺える。
「裏でひょっとしたら」と想像をたくましくしたくなるが、それは疑心暗鬼、風評を生むものでもあろう。
結局、政府自体が風評の源になっているのだ。
⇒2011年3月31日 (木):政府が風評被害の発生源になっていないか?

私は大本営があった時代を知らないが、知識としては「大本営発表」を知っている。
今の時代にもか、と嘆息せざるを得ないが、幸いにしてインターネットによって、政府発表ではない情報も入手し得るようになっている。
マスコミもその真価を問われるときだろう。

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2011年4月16日 (土)

節電の優先順位をつけられない蓮舫節電啓蒙大臣/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(8)

蓮舫行政刷新担当大臣が、今度の地震によって電力供給が需要を賄えない見通しになって、節電啓発担当相を兼務するということを知って、不可解な人事だと思った。
⇒2011年3月18日 (金):菅首相の器のサイズと事態の深刻さのミスマッチ

私は、蓮舫氏が、尖閣諸島中国漁船体当たり事件に対する「政府の対応はベストだ」とするのを聞いて、まさか、と思った。
⇒2010年10月 3日 (日):尖閣問題に対する蓮舫大臣の強弁

蓮舫氏には、そもそも大臣に相応しい能力や知見の持ち主か?
⇒2010年10月11日 (月):蓮舫氏の大臣適格性を問う

また、時々の風に吹かれるような定見のなさは、この国を危うくするものではないか?
⇒2011年1月17日 (月):民主党における菅・蓮舫的な胡散臭さ

だから、なんで節電啓発担当相?
案の定、愚策としか言いようのない計画停電を国民が耐えているのに拘わらず、「電力消費は供給内に収まっている」という認識を示して、省エネ施策を講じようとしない態度をとった。
不快感、というか絶望感を持たざるを得なかった。
⇒2011年3月27日 (日):計画停電を避けるために、省エネルギーをどう実現していくか

蓮舫大臣の思考(の限界)が、自販機の冷房機能の制限をめぐって顕在化した。
かねてから折り合いの悪い(?)石原都知事との対立において、である。

自販機に関して、石原氏は「軒並み自販機が並んでいるバカな国は、世界中にない。便利かもしれないが自分の家で冷やせばよい」と自販機設置を強く批判している。一方、蓮舫氏は内閣委で「清涼飲料業界は主要19社で4・5兆円の売り上げがある。自販機での売り上げは1・9兆円で42%を占める。自販機をなくすのか。そこで働いている人もいる」と、石原知事の批判に反論した。
http://www.sanspo.com/shakai/news/110414/sha1104140919014-n1.htm

蓮舫大臣のように、既存業界のことを優先していたら、力の強い業界(言い換えれば献金や天下りを多く受け入れる業界)の主張が通ることになる。
自販機がなければ、清涼飲料水が売れないということもない。
要するに、既得権益を擁護する立場であり、結果として、“Change”があり得ないのは、論理的必然である。
さすがに、都議会民主党も、蓮舫大臣には同調しないようであるが、これに対して、蓮舫大臣はご機嫌ナナメの様相である。

自動販売機の節電に関する条例案の提出を東京都議会の民主党が検討していることについて、蓮舫節電啓発相は15日、疑問を呈した。
東京・石原都知事はこれまで、自動販売機やパチンコ店について、国が強制的に節電させるべきという考えを示している。また、都議会の民主党は、努力義務として、7月から9月の間、午前10時から午後9時まで自動販売機の冷却機能を止めるよう求める条例案を提出する方針。
こうした動きについて、蓮舫節電啓発相は「国としては、大口需要の事業者に25%の節電計画をお願いしている」「東京都のことで、国が口出しすることではない」と前置きした上で、「経済活動に影響が出るものを、ある種、権力で要請するというのは、国民の皆様がどうお考えになるのかなという気はします」と述べ、疑問を呈した。

http://news24.jp/articles/2011/04/15/04181006.html

節電すれば、いずれにしろ経済活動に影響は出る。何を我慢し、影響を最小限にするかを考え、実施させるかが、節電啓発担当相の「職責」というものだろう。
蓮舫大臣には、何を優先すべきかの価値意識とか見識がないようだ。
生活のリアリティの欠如と言えるかも知れない。元クラリオンガールだかグラビアモデルには、生活臭は禁物だったのだろうか?

権力で要請する?
こういう時にこそ権力は行使すべきなのだ。
400pxmaslows_hierarchy_of_needs
マズローのピラミッドでいう、生存や安全・安心のレベルを守ることは、権力の重要な役割である。

自販機業界におもねて、身内の都議会民主党の提案にも反対するとは!
計画停電のマイナスと自販機の冷却機能の制限との比較衡量ができない人が、何をどうやって節電の啓蒙をしようというのだろう。

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2011年4月15日 (金)

火事場泥棒的・なし崩し的延命を許すな/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(7)

菅首相が見苦しい。
震災を奇貨として、政権の延命を図ろうとしようとしているのが丸見えだ。
被災という現実を質に入れ、延命を手に入れようとしている。
火事場泥棒は最も卑劣な行為と言うべきだろう。

かじば‐どろぼう【火事場泥棒】
 ①火事場の騒ぎにまぎれて盗みをする者。
 ②どさくさまぎれに不正な利益を占めるもの。
  広辞苑第六版

1.外国人からの献金問題
地震が発生した当日、菅首相の違法献金問題が発覚し、前原前外相とのバランスから当然辞職すべきところだった。
こそこそ返金をしているらしいが、それが後ろめたさの証明であろう。
まして、震災対応に追われているべきときに「口止め」電話をしているとは。
⇒2011年4月10日 (日):やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(3)

2.震災復興と増税
東日本大震災の復興計画を提言する政府の「復興構想会議」の初会合が開かれた。
菅首相は冒頭で、「単なる復旧ではなく、創造的な復興案を示してほしい」と要請したという。
被災地の映像を見れば、元へ戻すという意味での復旧などできないことは子供だって分かる。単なる復旧では、津波が来れば同じことだ。
内容に言及しない「創造的な復興案」なら、小学生でも言える。
⇒2011年3月22日 (火):津々浦々の復興に立ち向かう文明史的な構想力を
尤も、やたら内容に口出しして貰いたくはないが。

復興構想会議の五百旗頭議長が、いきなり「震災復興税」を創設する考えを表明するという増税路線を打ち出したのは驚いた。
復興のコンセプトをこれから議論しようとしているのに、増税から入ろうというとは。
そうでなくても、景気は異常に冷え込んでいる。決して消費を「自粛」しているばかりではないと思う。
今までのライフスタイルを、それぞれ考え直しているのではないか。

そもそも、議長がこの人になった理由が分からない。
候補者はとしてどういう人が挙がり、この人に決定したかという経緯が不透明だ。
もっとも、根拠を明らかにしないのはいつものことだが。

3.復興実施本部
菅首相が14日、東日本大震災の復旧・復興に向け、政府の「復興実施本部」(仮称)を来週にも新設する方針を固めた。
「復興構想会議」がまとめる提言の実施機関という位置づけで、首相が本部長を務め、本部長代行には国民新党の亀井静香代表が就任するという。
亀井氏が13日夜、首相と北沢俊美防衛相と首相公邸で会談した際、早急に復興政策を実現に移すために実施本部の設置を提案し、首相がそれに飛びついたらしい。

亀井氏「国民が苦しんでいるときに党内抗争をやっている場合か! 挙国一致で取り組むべきだ」
首相「亀井さん、カメの背中に乗って竜宮城に行けますかね?」
13日夜の首相公邸。民主党の小沢一郎元代表の「倒閣宣言」にさらされていた首相は、亀井氏に激励され、うれしそうにこう言った。亀井氏が提案する復興実施本部が「竜宮城」に見えたのか。首相は一も二もなく快諾したという。
復興実施本部のメンバー候補として谷垣氏ではなく、自民党の大島理森副総裁に狙いを定めたのは仙谷由人官房副長官への牽制(けんせい)だろう。仙谷氏の交渉相手を取り込むことで仙谷氏の「菅抜き大連立」工作を骨抜きにしようという思惑が透けてみえる。

http://news.goo.ne.jp/article/sankei/politics/snk20110415099.html

何という次元の低さ。
「カメの背中に乗って竜宮城」だって!
どうしてこの男のジョークは寒々しいのだろう。
多くの人の「ふるさと」が喪失してしまったというのに、竜宮城で楽しい夢が見られると思っているのだろうか。
こんな男に復興を任せるわけにはとてもいかないだろう。

4.大連立
実施本部への野党の参加を大連立へのステップに目論見だという。

「首相自らが出処進退を判断するときに来ている。これ以上この体制で行くことは国民にとって不幸だ」
いつもは曖昧模糊(もこ)とした意思表示しかできない自民党の谷垣禎一総裁が14日の記者会見でははっきりと首相の即時退陣を求めた。

http://news.goo.ne.jp/article/sankei/politics/snk20110415099.html

まったく、同感である。
菅氏が首相を続けることが最大不幸の原因になるということが未だわからないのか。

5.相変わらずの軽はずみ発言
菅首相が震災を好機として考えたという信じがたい話が広がっている。産経新聞の阿比留記者のブログであり、話の出所が太田参院議員というとことが少し気になるが、ありそうな話ともいえる。

本日、民主党の小沢一郎元代表に近い議員グループ「一新会」の会合が開かれ、その内容について出席した太田和美参院議員に弊紙の記者が取材したところ、太田氏が重大な問題に言及したのでここに記します。

太田氏 今日、私は一新会でこう言った。「ある官邸筋から聞いたが、菅直人首相は震災が起こってから『これで(首相を)2年できる』と言い放ったそうだ。絶対に許せない。そういう保身しか考えられない、こんな首相は一刻も早く、とにかく早く退陣してほしい。首相は自分の延命のために被災地の住民、国民を犠牲するのか!!。愚弄するのもいいかげんにしてほしい。震災発生から1カ月近く、福島の原発は収まるどころか悪化している。国民を守ることができない首相は、即刻辞めるべきだ」

http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/2228010/

ありそうなことだというのは、次のような「実績」があるからである。
A.笹森清内閣特別顧問との会談で、「東日本がつぶれる」と発言。
⇒2011年3月18日 (金):菅首相の器のサイズと事態の深刻さのミスマッチ
B.松本健一内閣官房参与との会談で、「福島原発の周辺地域は10年~20年住めないだろう」と発言。
⇒2011年4月14日 (木):本当に精神異常?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(6)
この男の口の軽さはいまに始まったことではないが。
⇒⇒2011年1月27日 (木):言葉の軽さが裏付ける首相の真摯さの欠如

6.震災後の発言の軌跡
震災後にこの人がどんな言動をとってきたか。
あるブログに載っていた図(原図は産経新聞)である。
Photo_5
http://hanausagi.iza.ne.jp/blog/entry/2228649/

やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ、と考える。
この男のいい加減さ、無責任さ、誠実さがないことが分かる。

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2011年4月14日 (木)

本当に精神異常?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(6)

かねてからウワサとしては聞いていた。
「菅首相は精神に異常を来たしているのではないか? 行動が余りに変だ。」
以下は、2月12日付のあるブログである。 

すでに菅直人は正気を失っていないか 精神病理医に聞いてみた。
明大講師の関修氏(心理学)の分析はこうだ。
「菅さんは本来“イラ菅”と呼ばれるほど怒りっぽい。野党時代は攻撃だけしていればよかったが、首相になったため怒ることができなくなり、『感情鈍麻』という状態に陥っているのではないか。自分の感情を封印し、能面のような顔で政策を進めることだけにまい進する。政策とは財政再建です。……」
6日夜、菅はダブル選敗北について寺田補佐官から報告を受けた際、特に感想を語らなかったという。これぞ「感情鈍麻」である。脳神経内科の医師で作家の米山公啓氏は、こう言う。
「選挙を考えれば不利な増税をあえてやろうとするのは、リスクを冒すことに『快感』を覚えている人の行動です。菅さんはこれまで『実績が何もない』と批判されてきたことに、ひどくプライドを傷つけられてきた。大学の教授や企業の社長が辞める直前にメチャクチャするように、権力を好き勝手使って、滅亡に向かって快感を得ているように見えます」
年明けの妙にハイテンションな状態の菅について、精神科医の香山リカ氏は週刊誌(「AERA」1・17号)で、「葬式躁病」じゃないかと言っていた。……

http://blog.goo.ne.jp/youteifan6/e/10e51a6e6919c479ae95c8a445e660a8

私もオカシイと思っていたが、これらの専門家が言っているのは、あくまで比喩的に、だと考えていた。
しかし、いまや精神異常はホンモノだと考えるべきだろう。
滅亡に向かって快感を得ている……
その道連れにされては堪らない。

菅首相が原発担当相を新設して、細野豪志首相補佐官を起用する方針を固めたということが報じられた。
原発担当相を設置することにも、細野氏をそれに充てることにも別に反対はしない。
細野氏は、私の選挙区の出身である。写真週刊誌等でY嬢とのスキャンダルを暴露されたりしたワキの甘さもあったが、まあ若気というものであり、一時の迷いとするべきだろう。
一度、原発事故の現状と見通しについて発表している映像を目にしたが、十分に説明力もあるのではないか。

信じられないことだが、菅首相は、その人事の腹案を他党の人に相談したらしい。
根回しのつもりだったのだろうか?

首相は11日昼、公明党の斉藤鉄夫幹事長代行に電話で「海江田万里経産相が兼務している原発災害担当相を切り離して単独で置きたい」と提案。「細野さんを担当相に充てたいと考えているので公明党にも理解をいただきたい」と伝えた。
斉藤氏は首相と同じ東工大出身で第一種放射線取扱主任者の資格を持つ原発問題のエキスパートだが、細野氏の閣僚起用について野党幹部に相談を持ちかけるのは極めて異例。しかも公党間のやり取りにもかかわらず代表や幹事長など正規ルートを使わないのはルール違反だといえる。
斉藤氏は12日午前の公明党幹部会で首相からの提案について報告したが、出席者は対応に苦慮。結局、首相の提案を「私的なやり取り」として取り合わないことにした。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110412/plc11041222570031-n1.htm

当たり前の話である。
閣僚の定員についての内閣法改正案も通っていない段階において、野党に対して、正式なルートを無視して、具体的な名前を伝えるとは。
首相が自分に近い人(例えば東工大出身者)を頼りにしているのは、それなりに理解できなくもない。
逆に言えば、民主党内でも四面楚歌のような状況なのかも知れない。

正気を失っているとしか考えられない。
そう言えば、地震発生後「引きこもり」と言われたこともあった。
谷垣自民党総裁に入閣・大連立を持ちかけたときも同じで、相手が答えようのない形で話を持ちかける。
人の心というものがまるっきり分かっていないのだ。

当の細野氏は次のように言っている。

細野氏は12日夕、静岡新聞社の取材に対し、具体的な打診を受けていないとして事実関係を否定した。
http://www.at-s.com/news/detail/100019466.html

またもや唐突な思い付きであることが窺われる。
自分の頭で考え抜いて優先順位をつける、ということができないから、新たな論議のタネを振り撒く。
松本健一内閣官房参与が首相と会った際、東京電力福島第1原発の半径30キロ圏の避難・屋内退避区域について、少なくとも10年間は居住が困難との認識を示したとの情報が駆け巡ったが、首相は同夜、「私が言ったわけではない」と発言を否定した。

松本氏は首相との会談後、記者団に首相の発言内容を説明し「原発周辺に当面住めない。10年、20年住めないとなると、住むのが不可能になる」と首相が語ったとした。しかし、この発言が報道されると、首相が松本氏に電話し「私はそういうことは言っていない」と抗議。松本氏は改めて記者団を集め釈明する一幕があった。
http://mainichi.jp/life/housing/news/20110414k0000m010090000c.html

何度でも言おう。事態の深刻さは、首相の器をはるかにオーバーしているのだ。
⇒2011年3月18日 (金):菅首相の器のサイズと事態の深刻さのミスマッチ

地震の前からの徴候が本格化したのかも知れない。
枝野官房長官も、いつまでも次のような空疎で実質を伴わないレトリックを弄するのを止めたらどうか。

枝野幸男官房長官は11日午前の記者会見で、統一地方選前半戦で民主党が惨敗したことで菅直人首相の責任問題が出ていることについて「菅首相は民主主義のルールに基づき、厳しい中で職責を与えられている。菅内閣はその職責をしっかり果たすことに全力を挙げるのがまさに筋、責任だ」と述べ、首相退陣論を否定した。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110411/plc11041112190007-n1.htm

「民主主義のルールに基づき」だと?
民主党の代表には、確かに党員・サポーターの多数によって選ばれたと言えるだろう。
しかし、その有権者は国民の全体からみれば、ホンの一握りに過ぎない。
しかも、それは「平時」においであった。
菅政権は一度たりとも国民の審判を受けていないのだ。

代理審判としての各種選挙では、連戦連敗ではないか。
選挙結果を真摯に受け止めることこそ、「民主主義のルール」だろう。
『もしドラ』を一読すれば、リーダーに最も必要な資質が「真摯さ」であることがすぐ分かるはずだ。
もっとも、この政党に宿命的に欠けている要素ではあるが。
⇒2010年10月23日 (土):仙谷健忘長官の“真摯な“答弁
⇒2011年1月21日 (金):政府・民主党における真摯さの欠如
⇒2011年1月27日 (木):言葉の軽さが裏付ける首相の真摯さの欠如

国民の何%が、この国難の非常時に、菅氏が首相に相応しいと思っているだろうか、と考えたこともないのか?
ハッキリ言えば、国民は怒っているのだ。それに目を瞑って精神異常者が居座りを続けることは、「人道に対する罪」に相当するのではないか。
頼むから、せめて菅氏は「その職責」を休んで欲しい。

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2011年4月13日 (水)

左手のピアニスト・智内威雄さんの演奏を目の前で聴く

静岡県裾野市に千福が丘という高級住宅地がある。
ゴルフファンならばファイブハンドレッド・クラブのあるところといえばお分かりだろうか。
そこへ、金子詔一さんが移り住んで何年になるのだろうか?
金子さんの名前を知らない人でも、「今日の日はさようなら」という歌ならご存知だろう。
1966年に森山良子さんが歌ったヒット曲である。

♪(1)いつまでも 絶えることなく
   友達でいよう
   明日の日を夢見て
   希望の道を
   (2)空を飛ぶ 鳥のように
   自由に生きる
   今日の日はさようなら
   またあう日まで
  (3)信じあう 喜びを
       大切にしよう
       今日の日はさようなら
       またあう日まで
       またあう日まで

この歌を作詞・作曲したのが金子さんである。
私はちょっとしたご縁があっておつきあいをさせて頂いている。

金子さんがミュージシャンであることは間違いない。しかし、本業が何であるかは本人も分からないのではないかと思われるほど、マルチな活躍ぶりなのは、知る人ぞ知るところ。
英語教育の分野で、ジャズのリズム感を取り入れたメソッドを開発し、普及に努めている。
石原慎太郎現知事が初めて立候補して美濃部亮吉氏に惜敗した1975年の東京都知事選に立候補したこともある。

金子さんは、地域の小学校の校歌をいくつか手がけている。
いわゆる校歌のイメージとは異なるアップテンポな曲で、ジャズの匂いがする。
当初、教職員やPTAにはとまどいがあったようだが、小学生は喜んでいた。

また、金子さんが作った曲に、「ランドセルの歌」というのがある。
カセットテープで頂いたことがあるが、手許に見当たらなくなってしまった。私の整理が悪いこともあるが、素人の音源として、テープはもはや役目を終えているといってよい。
1年生の時にはあんなに大きかったランドセルが、いつの間にか小さくなって……
うろ覚えではそんな詩だったように記憶している。
タイガーマスクの「ランドセル」のプレゼントが人々の心に響くのは、金子さんの「ランドセルの歌」のような想いを共有しているからではないかと思う。
⇒2011年1月12日 (水):出口の見えない菅政権と民主党解党という選択肢
⇒2011年4月 6日 (水):やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ
こういう時代だから、簡単に「ランドセルの歌」をダウンロードできるかと思ったが、そうでもないようだ。
できれば多くの人に聞いていただきたい曲だ。

金子さんが東日本大震災義捐のためのチャリティ・イベントを企画した。
4月1日~10日の期間、金子さんの新しく開設したライブラリー“一人静か”で、次のようなイベントが開催された。
✽ご近所の画家、王昭さんの作品:桜と縄文人。
✽作庭師 河西力さんの作品:縄文水と“坂のある風景”
✽建築家 二又川靖さんの作品:縄文人の隠れ家
考えてみれば、東北復興の視点に「縄文」の視点は欠かせないだろうと思う。
東北復興会議に縄文学とか東北学の人は入っているのだろうか。

9日の日に出かけた。
中国人画家王昭さんは、昔知人に紹介されたことがある。
以下のサイトに、今回のイベントを含め紹介されている。
http://www.facebook.com/wangzhaoart?v=app_4949752878
日中関係が微妙ではあるが、王昭さんは友好関係を体現している人だと思う。
王昭さんに再会できたのは嬉しいことだ。風貌が大人風になり、画風も穏やかになったように思う。

私が聞きたかったのは、左手のピアニスト・智内威雄さんの演奏である。
智内さんの略歴は以下の通り。

1976年生まれ。東京音楽大学ピアノ演奏科コースを卒業。
2000年ドイツ・ハノーファー音楽大学に入学。グリーグ国際コンクール入賞、マルサラ国際コンクール3位入賞。
2001年局所性ジストニアが右手に発症し、大学を休学しリハビリを開始。
2003年より左手のピアニストとしての技術を独学で研究を開始する。
2005年左手のみで行った室内楽の卒業試験で満場一致の最優秀成績を収める。
2006年3月に広島交響楽団とラヴェルの「左手のための協奏曲」を共演し、観衆をはじめ共演指揮者、楽団員から絶賛される。
2006年11月に盛岡で行ったソロコンサートをきっかけにソロ活動を本格的に開始する。
2010年春 左手のためのピアノ音楽の発掘と普及を目的とした任意団体「左手のアーカイブ」プロジェクトを発足させる。
http://tchinai.net/

智内さんが異国で発症したのは25歳のときだ。
どれほど衝撃が大きかったことだろうかと思う。
常人ならば挫けてしまうところだろう。智内さん自身、ピアノを止めようと思った、と語っていた。

局所性ジストニアは不随意で持続的な収縮を引き起こす疾患で、音楽家に多く見られるという。
指を繰り返し動かすことが原因だろうといわれる。
リハビリの成果で日常生活にはほとんど支障がないように見えたが、人に聴かせるというのはまったく別次元らしい。
それにしても、智内さんの演奏を至近距離で聴くことができたのはラッキーだった。
「左手のアーカイブ」プロジェクトへの賛同とささやかな東日本大震災への義捐のために、CDを購入しサインを頂いた。
Photo_2
左手のピアニストについては、館野泉さんを紹介したことがあるが、音楽家にとって指の運動能力は生命線だ。
⇒2010年11月29日 (月):左手のピアニスト
耳で聴いただけでは、とても左手だけで弾いているとは思えない。
智内さんの言によれば、片手の演奏場合、右手よりも左手の方がいいという。
不屈の精神力というとありきたりの表現になってしまうが、後遺症のリハビリ患者には希望の光である。

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2011年4月12日 (火)

福島はレベル7/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(5)

とうとう隠し切れなくなったのか?
今日、福島原発事故がレベル7と発表された。
レベル7は、最悪・最深刻のクラスである。

経済産業省原子力安全・保安院は12日、東京電力<9501.T>福島第1原子力発電所の事故について、国際評価尺度(INES)の暫定評価で最も深刻な「レベル7」に引き上げると発表した。
http://www.asahi.com/business/news/reuters/RTR201104120064.html

Photo
http://www.asahi.com/business/news/reuters/RTR201104120064.html

当初、私も政府の発表を信じて、4~5だと考えていた。
⇒2011年3月13日 (日):歴史的な規模の巨大地震と震災

ところが、発表の仕方に疑問を抱かざるを得なくなった。
その後、レベル5とされたが、フランス当局は6と認定した。
⇒2011年3月20日 (日):福島第1原発事故と放射線量の用語について
原子力安全委員会は会見で、放射性物質は3月15日から16日にかけて数値が上がっており、15日午前6時過ぎの2号機の圧力抑制室損傷を受けて大量の放射性物質が出たとの見方を示した。放射性物質の放出は続いているが、現段階で放出量は相当小さくなっているという。
http://www.asahi.com/business/news/reuters/RTR201104120064.html
そんなことだったら、私にも容易に推測できる。
枝野官房長官の発表の仕方が不自然だったのである。
⇒2011年3月15日 (火):地震情報と「伝える力」
もうこの内閣は、全面的に信用してはならない。
日本でも、少しマシなアジテーターがいれば、クーデターが可能だろう。
私は半身不随で足手まといだから直接行動にいは参加できないが、倒閣を全面的に支援する。
「安全だと言い続けてきて今度は想定外と言い続けている。はらわたが煮えくりかえる思いだ。この事故で何百万人もの人に迷惑をかけているのに、今さらごめんなさいでは済まない。2度目の爆発のときからものすごく大変なことになっているというのは分かっていたはず。村は振り回されているし、俺たちも相当被曝していると思う」と怒りをぶちまけた。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/print/110412/dst11041211310021-c.htm
私の知人の南相馬市出身の人は、実家が「計画的避難地域」にある。
義捐金の額が「5万円/世帯」と決まったそうだ。もちろん暫定的な額であろうが、一家が5万円でどのような避難を想定しているのだろうか?

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2011年4月11日 (月)

民意は明らか/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(4)

巨大地震の発生から1カ月。
統一地方選(前半戦)の結果があきらかになった。
政権交代の総選挙を彷彿とさせるような劇的な結果だった。
ただし今回は民主党が敗北の側に回っての、である。

首都の顔は、石原慎太郎氏が圧勝した。
出馬に至る過程では紆余曲折があったが、まあ順当な結果であろう。
石原氏が不遜にも言っていたように、「投票が締め切られるのと同時に当確が報じられるような報道のあり方」は興醒めではあるが、別に間違ったことを報じていたわけではない。
この結果を、政権あるいは与党はどう受け止めるか?

この期に及んで、なお政権の延命を考えている節がある。

民主党内では、岡田幹事長の責任を問う声も出ている。岡田氏は「党勢を立て直すために努力する」と続投する考えを示している。また、枝野幸男・官房長官は4月11日、菅首相の責任論について会見で「(菅首相が)職責を与えられているので、職責を果たしていく」と辞任を否定した。
http://www.j-cast.com/2011/04/11092747.html?p=2

明白過ぎる「不信任」ではないか。
にもかかわず、どこまで居直りを続けるつもりか。
もっとも、それはこの政権の体質でもあるが。
⇒2010年11月13日 (土):菅内閣の無責任性と強弁・詭弁・独善的なレトリック

不可解なのは民主党の国会議員である。
なぜ、菅降ろしに結集しないのか?
責任を問う声は、菅氏だけに向けられているわけではない。

大連立という話もあるようであるが、原発のリスクを過小評価し、推進してきたのは自民党政権であることも忘れてはならないだろう。

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2011年4月10日 (日)

やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(3)

いまや菅首相を支持している人は、民主党国会議員の中でもごく少数に過ぎないのではないか。
前仙台市長の梅原克彦氏が雑誌「正論」の5月号に掲載した「首相と官房長官に告ぐ」は、簡潔かつ的確に、菅首相が辞めるべき根拠を示している。

菅直人首相に物申す。原発に関する危機管理が一段落したら、直ちに首相を辞任せよ。確かに貴方は民主主義のルールの下で、内閣総理大臣となった。しかし、貴方ほど今の日本の危機的状況に相応しくないリーダーはいない。大地震発生の翌朝単なる思いつきで福島第一原発の「視察」を強行、非常時の初動対応に追われる現場の人々がどれだけ迷惑を蒙るのか、貴方はそんなこともわからなかったのですか? 危機管理の総司令官が首相官邸を数時間も留守にし、東電の幹部を罵倒、自分は原子力に詳しいですと? 挙げ句の果てに、「仕分け劇場」で津波対策のスーパー堤防を不必要とし、防衛予算までも「仕分け」しようとした蓮舫氏を「節電啓発担当大臣」に、阪神淡路大震災の折、被災地で「反戦ビラ」を配り、自衛隊を敵視する辻元清美氏を「災害ボランティア担当首相補佐官」に任命した人事を見て、絶望的な気分に陥ったのは私だけではあるまい。
首相になるまで、「市民運動」という怪しげな仮面を被りながら、ひたすら権力の階段を上がることにだけしか関心を持たず、およそ国家の安全など考えたこともなく、危機管理のイロハも知らず、想像力のかけらもない人間が総理大臣の座に居座っているという日本国民にとっての最大の不運! そんな人物を選んでしまったのも日本国民なのだが…。

私もほとんど認識を共有する。
梅原氏の文章には、3月21日の日付がある。「原発に関する危機管理が一段落したら」とあるが、執筆の時点では、原発への対応が、かくも「長い戦い」になるとは想定していなかったのではないか。
私も地震発生の日に、「倒閣運動などしている場合ではないが、災害の救援活動が一段落したら、即刻退陣すべきだと思う。」と書いた。
⇒2011年3月11日 (金):大規模地震で日本国はどうなるのか?

原発への対応が、不幸にして長期的になることがはっきりしてきたので、一段落したか否かに係りなく、「なるべく早く」退陣すべきだと考える。
平時において躓いてばかりいた人が、非常時に機能するわけがない。

大地震の翌朝の原発視察については、初動という意味で重要であり、さまざまに論議されている。
私の認識の概要は以下に書いた。
⇒2011年3月14日 (月):現認する情報と俯瞰する情報
⇒2011年3月18日 (金):菅首相の器のサイズと事態の深刻さのミスマッチ
⇒2011年3月30日 (水):原発事故に対する初動対応について
⇒2011年4月 3日 (日):被災地視察のコストとパフォーマンス

また、マネジメントの要諦は古今東西を問わず人事にあるといえよう。
菅首相の人事対する違和感については以下に書いた。
⇒2011年1月13日 (木):与謝野氏が政府に入って、いったい日本の何が変わるのか?
⇒2011年1月14日 (金):再改造菅内閣への違和感
⇒2011年1月17日 (月):民主党における菅・蓮舫的な胡散臭さ
⇒2011年3月18日 (金):菅首相の器のサイズと事態の深刻さのミスマッチ

地震が発生したのは、菅首相の違法献金問題が発覚した直後だった。
当日の朝日新聞が在日韓国人から献金を受けていた事実を報じたのである。
1週間前には、前原外相が同じ問題で辞任しており、当然首相も辞任すべきであった。
しかも、前原氏が焼肉屋のおばちゃんから5万円/年だったのに対し、韓国系金融機関の元理事から多額の献金を受けているのであり、同情すべき要素はない。

しかも卑劣なことに、地震発生の翌日、「口止め電話」をしているという(「週刊文春」110414号)。
また、慌てて返金をしたらしい。

東日本大震災直前に国会で追及されていた外国人からの献金問題で、菅総理大臣の資金管理団体が献金を返還していたことが分かりました。
菅総理の資金管理団体「草志会」は、在日韓国人の男性から2006年と2009年に合わせて104万円の献金を受け取っていました。外国人からの献金は政治資金規正法で禁止されていますが、菅総理は、男性とは数年前に知り合い、食事や釣りに行く仲だったものの、「外国籍の方とはまったく承知していなかった」と説明していました。

http://news.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/210408040.html

こんな人が、一国のリーダーであっていいわけがない。

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2011年4月 9日 (土)

福島原発事故の失敗学

3月11日に発生した地震・津波による東日本大震災は、日本史に特記されることにことになるに違いない。
それと同時に、福島原発事故は、失敗学の事例として、さまざまな角度から検証され、ケーススタディの対象としてながく記録に残されることになるだろう。

今日の産経新聞に下図が載っていた。
1
http://sankei.jp.msn.com/affairs/print/110409/dst11040908190006-c.htm

このグラフをみれば、いまさらではあるが、いかに初動が重要であったのかが分かる。
重要な発電施設の機能不全の始まりが、「電源喪失」であったことは記憶に留めておきたい。
福島原発事故は、明らかに天災というよりも超絶的な失敗である。

失敗とは以下のように定義されている。

人間が関わって行うひとつの行為が、はじめに定めた目的を達成できないこと

大きな失敗の背景には、多数の小失敗が存在する。
失敗が下図のようなピラミッドを成しているこちを、ハインリッヒの法則という。Photo_4

菅内閣のやり方を、失敗学の視点で考えてみたことがある。
⇒2010年11月15日 (月):尖閣ビデオ問題の失敗学
⇒2010年11月23日 (火):菅内閣における失敗の連鎖

失敗に謙虚に向き合って反省しないと、拡大再生産される。
原発事故がかくも深刻化したのは、失敗から学ぼうとしないからであろう。
畑村洋太郎『決定版 失敗学の法則 (文春文庫) 』(0506)に、以下のような記述がある。

このとき動燃がすべきだったのは、まず、事故をおこした時点で、危険度はどのくらいなのか、今後、同様の事故が起こる可能性はあるのか否かなど事故の情報を正確に伝えることでした。それよって、事故を起こしたという失敗に対しては、厳しく責めを受けるかも知れませんが、事故に対して不確かなことを言ったり、あるものを「ない」とウソをついて、国民の信用を決定的に失うという失敗をすることはなかったはずなのです。
失敗から目を背け、隠そうとしたり、なかったことにしようとしているうちは、同じ失敗を繰り返します。そして新たにまた別の失敗を生んでしまう。

あたかも福島について語っているかのようではないか。

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2011年4月 8日 (金)

やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(2)

東日本大震災は、日本史上でも最大級の災厄であろう。
1日にして、数万の人の命が失われ、今なお、現代技術の象徴ともいうべき原発が予断を許さない状況である。
貞観11(869)年に、地震と津波の様子が史書に記録されているが、3月11日の地震と津波との類似性が指摘されていたという。
しかし、人間の活動の規模と質が全く違うので、自然現象としては類似ししていても、災害としては比較にならない。

わが国の総人口がピークをうったまさにその時に、この未曽有の震災が起きたことに運命的な何かを感じる。
Photo
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1150.html

とくに、原発事故を併発していることが事態を深刻化させているのも特徴といえる。。
地震の発生の翌日、福島第1原発を視察した首相は、野党の代表者たちに、原発は大丈夫だと言った。
しかし、今もって収束の見通しがつかない状況に陥っている。
しかも、昨晩は余震といえども相当に大きな地震が発生し、天変地異も収束していないことを改めて認識させられた。

今回の震災は、われわれに文明史とでもいうべき課題を突き付けたのではなかろうか?
それに加えて、最高指揮者には、あの人が居座ったままである。
日頃、宗教とは縁の薄い人間であるが、「神の与えたもうた試練」などという言葉が頭を掠める。

福島原発の現場では、命がけで事故処理にあたっている多くの人がいる。
前にも書いたが、被害を局限しようと奮闘している人を賞賛したいし、心から感謝したい。
⇒2011年3月21日 (月):ヒーローを讃えよ。しかし、英雄待望論に陥るなかれ
その上で敢えて言おう。菅首相は一刻も早く退陣すべきだ。
彼が指揮を執り続けることのマイナスは、余りにも大きい。

実際に、地震発生後の4週間を振り返ると、どうしてそうしたのか、という疑問点がいくつもある。
その時々に思ったことや考えたことは、一応書いてきたつもりである。
しかし、地震の発生する前から、菅氏の不適格性は露わであったのだ。

首相就任後初めての国会論戦において、早くも適性に不安を抱かせるものがあった。
⇒2010年8月 4日 (水):迫力欠く菅首相の国会論戦
私は、党首選を前に、参院選の敗北という結果にもかかわらず、菅首相が続投することへの疑問を呈した。
⇒2010年9月11日 (土):菅首相続投で、本当にいいのだろうか?
不幸にして、その後の経緯は私の疑問を具体的化するものであった。
既に地震の直前には、民主党の内部でさえ、ポスト菅をにらんで様々な思惑が蠢動していたのである。
⇒2011年3月 8日 (火):「啓蟄」とポスト菅の行方/民主党とは何だったのか(6)

地震が起きなければ、という仮定は意味がないが、解散か退陣かという選択肢しか残されていないような状況であった。
震災を奇貨として、と書くのもおぞましい気がするが、外国人から献金を受けていたことなど、無かったことにできるとでも思っているらしい。

地震や津波などの自然現象は、防ぎようがないだろう。しかし、災害は人との関係において発生する。
まして原発の事故は、発生そのものにも人的要素が係ってくる。
福島原発において、人災の要素はどうだろうか。
安倍内閣で首相公邸連絡調整官を務めた宮家邦彦氏は次のように書く。

その「危機管理」能力に関し、菅直人内閣がネット上で炎上している。正しい情報を出さない、情報伝達が不十分、責任の所在が不明確、統治能力を欠く、パフォーマンスばかり、リーダーシップがない、国家意識が欠けている、等々かなり手厳しい内容だ。
もっともらしく聞こえるが、実は的外れの批判も多い。「危機」になれば多くの方策が不調に終わり、その不満は必ずトップリーダーに向かう。首相を弁護するつもりはないが、今回の危機管理の議論を単なる政局談議や現内閣批判に矮小化させてはならない。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110407/dst11040714530034-n1.htm

私は、菅退陣論は、決して「単なる政局談議や現内閣批判」ではないと考える。
拓殖大学教授の遠藤浩一は「菅氏では国民はもう頑張れない」という。

オロオロするか、怒鳴り散らすか、自己保身のための弁明に言葉を費やす指導者とともに、この頑張りをいつまで続けることができるだろうか。この際一致団結して国難に立ち向かうためにも指導者の交代と政権の補強は避けられない課題ではないか。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110406/plc11040603430002-n3.htm 

私もそう思う。国民が国難に立ち向かうために、菅退陣が必要条件なのである。
そもそも、マニフェストが実質的な意味を失ってしまっているのであるから、菅政権に正当性はないはずだ。

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2011年4月 7日 (木)

海の汚染を憂い、悲しむ

福島原発が不気味である。
私だけの不安ではないようで、首都圏のコンビニで、飲み物類が品薄だと聞いた。
ペットボトルのフタを作っている工場が被災したこともあるらしいが、福島原発の汚染水が早期には決着しそうもないことが人々の心理に影響しているようだ。

各国からも懸念されている。

日本政府は6日、ウィーンの国際原子力機関(IAEA)本部で開会中の原子力安全条約の再検討会合で、福島第1原発事故について各国と意見交換した。日本側出席者によると、一部の国からは低レベル汚染水の海への放出に懸念が示された。
・・・・・・
会合に出席したウクライナの当局者は「日本側が問題点を把握しているのか、伝わってこなかった。わが国が持つチェルノブイリ原発事故の経験を日本と共有できればうれしい」と話した。

http://www.47news.jp/CN/201104/CN2011040701000335.html

原発については、政府の発表にどうしても懐疑的になってしまう。
ウクライナの当局者も同じことを感じているのではないか。

水は地球表面の約2/3を占めている。
その水の中で、生命の起源となる物質が誕生した。
人間の身体も2/3程度が水である。赤ちゃんの時は80%だそうで、加齢と共に水気が少なくなっていく。

水はポピュラーな物質であるが、神秘的な物質でもある。
分子量が18しかないのに、常温で液体である。空気の構成要素である窒素、酸素、二酸化炭素など、水よりも分子量が大きいが、いずれも気体である。
水が特異な物質であることが、この一事をもってしても理解できる。

この不思議な現象は、水分子が水素結合をしていて、あたかも分子量が大きくなったかのように振舞うからである。
水素結合については、以下のように解説されている。
Wikipedia110406最終更新

水素結合はもっぱら、陰性原子上で電気的に弱い陽性 (δ+)を帯びた水素が周囲の電気的に陰性な原子との間に引き起こす静電的な力として説明されることが多い。
・・・・・・
典型的な水素結合 (5 ~ 30 kJ/mole) は、ファンデルワールス力より10倍程度強いが、共有結合やイオン結合よりはるかに弱い。水素結合は水などの無機物においても、DNAなどの有機物においても働く。水素結合は水の性質、たとえば相変化などの熱的性質、あるいは水と他の物質との親和性などにおいて重要な役割を担っている。

「他の物質との親和性」が重要である。
生命が誕生したのも、生命を育てるための栄養補給に役立つのも、あるいは細胞を構成する媒体になり得るのも、この性質をもっているからである。

この水が、地球上を循環していることはよく知られている。水文循環である。
⇒2009年7月30日 (木):富士山湧水の水文学
生命の起源のみならず、文明の発祥も水文現象と深い係わりを持っている。
風土も水文現象の1つと考えられる。そういう意味で、「文明の水文史観」とでもいうものがあり得るのではないかと考えたことがある。

またまた三好達治の詩である。

海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がいる。
そして母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある。

詩人の感性に脱帽せざるを得ない。
実際に、羊水の成分と海水の成分が類似しているということを聞いたことがある。
驚くべき話ではないか。
その海に、放射性汚染水を流していた。
水ガラスでそれを止めたというが、発生源が止まっていないのなら、根本的な解決にならないことは、素人にも分かる。

だから、人々は不安になるのである。
「直ちに影響が出るレベルではない」というような欺瞞的なレトリックはもはや通用しないのだ。
地下水で基準値を超えた放射能が検出される可能性もある。
「冷静な対応を!」と言われても、パニックに陥る下地は既にできていると考えられる。

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2011年4月 6日 (水)

やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ

私は、長いこと、自民党政権の利権と談合の政治への決別を期待してきた。多少胡散臭いものが混じっていたとしても、政権交代に大義があると考えていた。
しかし、鳩山、菅の両民主党政権を体験して、政権交代「だけ」では決定的に不十分であることを実感した。
市民運動やらリベラルやらに抱いていたシンパシーも雲散霧消してしまった。

対蹠的に、自民党右派(清和政策研究会)には好意的とされる産経新聞の阿比留瑠比氏の論調にシンパシーを感じるようになった。
私の人生にとっては、「想定外」のことだ。
私は果たして「転向」したのだろうか?

以下は、「無能な味方は敵より恐ろしい」と題する4月4日の阿比留記者の署名記事(政論)である。

相次ぐ失政と醜聞により、「退陣」と「やぶれかぶれ解散」の二者択一を迫られていたはずの菅直人首相が、東日本大震災を奇貨として続投を決め込んでいる。民主党の岡田克也幹事長は「危機的状況で首相を代えるなどありえない」ともっともらしい理屈をつけるが、菅首相でなければならない理由はない。むしろ危機に直面した現状において無能な味方は敵よりもよほど恐ろしい。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110404/plc11040421040017-n1.htm

ここまでは、私もまったく同感である。
続くセンテンスを読んで、身体が震えるほどの怒りを覚えた。

2日午前、約160人が避難生活を送る岩手県陸前高田市の市立米崎小学校へ視察に訪れた首相は、赤いランドセルを見つけ、被災者にこう話しかけた。
「新しいんですか。ナントカ直人がくれたのかと思いました…」

親は、ランドセルには特別の思い入れがある。
タイガーマスクの主人公伊達直人名のプレゼントも、ランドセルだったことが効果的だったと思う。
「泥だらけのランドセルをなでながら涙を流す遺族の姿」は被災の象徴でもあるだろう。
⇒2011年1月12日 (水):出口の見えない菅政権と民主党解党という選択肢

今回の視察は、東京電力福島第1原子力発電所の状況が全く予断を許さない中で強行された。
原発事故の見通しを誤り、後手後手の連続で、福島の地元だけでなく、首都圏の住民およびその関係者(つまり日本人の大部分が相当すると思う)が、固唾を飲んで対策の効果を見守っているさ中である。

汚染水の貯蔵場所をめぐっては、新たな仮設タンクの設置や静岡市から提供された鋼鉄製の大型浮体式構造物の利用も検討されてきたが、到着を待つ余裕がないという。ポンプとホースを使い、1~4号機南側と5、6号機近くにある放水口付近から流す。
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201104040245.html

「到着を待つ余裕がない」ほどに緊急の問題なのか。
今まで、そんなに緊迫しているような発表はなされてなかったと思う。

この放出の影響を試算した東電によると、原発から1キロ以遠の魚や海藻を毎日食べたとしても、年間に自然界から受ける放射線量(2.4ミリシーベルト)の4分の1程度としている。
同上

どういう計算なのか?
もはやこの種の説明で安心できる人はよほどおめでたい人というべきだろう。
実際、NHKのニュースに登場した東電の関係者は、泣いていたではないか。
解説者も、「ことごとくうまく行っていません」と言っていた。今ごろ、トレーサーを流す、と言っていたが、経路も分からずに対応しようとしていたのだろうか。
水ガラスによって、海への流出が止まったと報道されていたが、行き場のない水はどこに溜まっているのか?
高濃度の放射能の由来はどこなのか?
圧力抑制室(サプレっションプール)の破損とは無関係なのか?
関係があるとすれば、3月15日の枝野官房長官の発表は欺瞞と言わざるを得ない。
⇒2011年3月15日 (火):地震情報と「伝える力」

現下の状況を見かねてか、大連立という観測も流れている。
野党も震災対策に非協力などということはあり得ないだろうから、連立でも翼賛体制でもいいから、国の総力を挙げて取り組むべきだと思う。
まさに国難である。

ただし、火事場泥棒のように政権の延命を図ろうとすることだけは避けて欲しい。
私は、この人の言動を目にすると、気持ちが萎えて行く。
大連立するとしても、「菅抜き」が条件だろう。

菅首相が山口二郎北大教授らに、東日本大震災の被災者支援や東京電力福島第1原発事故をめぐる政府の指揮系統に関し「自分としては一生懸命やっているけれど、外から見ると複数あるように見えるのかな」とぼやいたという。
まるで、子供の言い草ではないか。
「菅外し」が遅れれば遅れるほど、日本国民の不幸が増すことを、民主党の皆さんは思うべきだ。

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2011年4月 5日 (火)

「北国の春」はいつ来るのだろうか?

子供たちがまだ小さい頃である。
大声を張り上げて、無心に歌っていたのを思い出す。

♪白樺 青空 南風
  こぶし咲くあの丘 北国の
  ああ 北国の春
  季節が都会ではわからないだろうと
  届いたおふくろの小さな包み
  あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな

1977年4月5日に発売された千昌夫のヒット曲「北国の春」である。
おそらく歌詞の意味など理解していなかったであろう。歌い易いメロディが子供たちを惹きつけたのに違いない。
作詞: いではく、作曲: 遠藤実、編曲: 京建輔。

「北国」がどこであるかは特定されていない。作詞のいではくは、故郷の信州南牧村をイメージしていたという。
しかし、歌手の千昌夫の印象が強いためか、多くの人が東北地方を連想するのではないか。
千昌夫は陸前高田市の出身。菅首相が視察に赴いた大変な被害を受けたところである。

歌詞の中にある「こぶし」。
早春に他の木々に先駆けて白い花を咲かせる。漢字では、辛夷と書き、別名を、田打桜という。
この花の開花時期から農作業のタイミングを判断したり、花の向きから豊作になるか否かを占ったりしたという。

産経抄を長いこと担当していた石井英夫氏は、大変なコブシ好きで、ほぼ毎年コラムで取り上げたことで知られる。
こぶしの花は清冽である上に、桜などに先駆けて咲くからよく目立つ。
私も「こぶし」の花が好きだ。
三好達治の有名な詩がある。

山なみ遠に春はきて
こぶしの花は天上に
雲はかなたにかへれども
かへるべしらに越ゆる路

抜けるような青空に、コブシの花の純白がコントラストをなしている情景が浮かぶ。
日本の原風景ともいうべき里山の春だろう。
しかし、なぜか孤独感が切実である。

この詩を効果的に使っているのが、立原正秋の『辻が花』だろう。
『立原正秋全集第七巻』の武田勝彦の「解題」には、次のようにある。

この短篇小説は大人向きのメルヘンである。三十三歳の夕子を一途に憧れる二十五歳の純粋な青年四郎の設定が浮世離れした世界を展開する。この雰囲気にふさわしく幻の花辻が花を夕子の帯に描き込んで、詩的イメージを盛り上げた工夫が、この作品の心象風景を一際あざやかにしている。

夕子と四郎は4日間の旅に出る。
辻が花が日本染織史から消えてしまったように、夕子は四郎の前から消えて再婚する覚悟だった。

四郎が夕子といっしょに長野県の飯田市を訪れたのは、春も深くなりかけた三月の末であった。
豊橋で飯田線に乗りかえ、佐久間ダムをすぎて天竜川沿いに遡り、飯田についたのは暮方だった。
鎌倉ではすでに辛夷の花が散り、紫木蓮や木瓜が開きかけていたが、木曽山脈と赤石山脈に細長く囲まれたここ伊那盆地では、いま辛夷の花が盛りだった。

そして四郎は終わった旅を思いかえす。

雲はかなたにかへれども
かへるべしらに越ゆる路

とうたった詩人がいたが、いまの彼にはその詩が痛いほど理解できた。

読んだのは大学の時だから、四郎よりもさらに若かった。夕子のような女性に惹かれる気持ちはよく理解できた。

年年歳歳花相似。
東北の被災地にも白い辛夷の花が咲き、春を告げるだろう。
春は再生の季節。辛夷の花はそのシンボルのように感じられる。
しかし、震災で失われた人が再び戻ってくることはもうない。
せめて、辛夷の花が農作業を促す合図になる時が来れば、と思う。

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2011年4月 4日 (月)

いいだもも氏の訃報/追悼(12)

震災関連のニュースに埋没するような形でひっそりと1人の訃報が流れた。
いいだもも氏である。本名飯田桃、1926年生まれ。
新左翼の1人ということになるが、左翼自体がすっかり昔日の勢いを失って久しい。

3月31日午後3時37分、老衰のため神奈川県藤沢市の病院で死去した。85歳だった。東京都出身。
http://www.jiji.com/jc/c?g=obt_30&k=2011040200158

別名として、宮本治を使用。「宮本顕治と太宰治をアウフヘーベンする」との意図だという。
しかし、左翼の政治運動家として宮本顕治に及ばず、文学者として太宰治に及ばなかったと言わざるを得ない。
1944年に東京帝国大学法学部入学。同期に三島由紀夫(本名平岡公威) がいたが、直接の交友はなかったとか。

1947年、東大法学部を首席卒業して日本銀行に入行。まもなく結核のため退職し、茨城県で療養中、新日本文学会などに参加。いわゆる残飯闘争を指導した。
Wikipedia110402最終更新

飯田が首席なら平岡は2番以下ということになるが、そんなことはどうでもいい。
飯田は日銀へ入り、平岡は大蔵省へ入った。後年の2人の姿を思うと、大学卒業頃に抱く人生プランなど全くアテにならないことに、現役の大学生は思いを致すべきだろう。
文学者としての実績は、平岡(三島)の方に軍配を上げることになるだろうが、文学は勝ったとか負けたとかで評価するものでもない。

戦後まもなく、一高生を中心に全国の大学や高校をつなぐ同人誌『世代』の創刊に参加した。伝説的な雑誌である。
『世代』の学生寄稿者には、吉行淳之介、中村稔、八木柊一郎らがいた。多士済々、まことに綺羅星の如くではあるが、その中で、東大法学部首席の飯田が抜群であったとも言い難いようである。
何より、『世代』といえば、遠藤麟一朗の名前が知られる。
⇒2008年5月28日 (水):『世代』と遠藤麟一朗

いいだの活動家としての略歴は以下の通りである。

1961年、処女作『斥候〔ものみ〕よ夜はなお長きや』を発表。水戸市にて梅本克己たちと水戸唯物論研究会で活動する傍ら、農民運動のオルグに挺身。
1965年、綱領論争をめぐって日本共産党から除名処分を受け、新左翼陣営に入る。1960年代後半はベ平連の活動を支え思想の科学研究会で活動。
1967年、共産主義労働者党書記長に就任。後に議長となり、1969年に辞任。その後、同党の赤色戦線派を結成して活動したが、メンバーを結集させる事ができず指導を放棄して組織から離脱した。以降は自称「しろうと」として、評論家・著述家として活動。
1979年、『季刊クライシス』を創刊、編集代表を務める。

Wikipedia110402最終更新

要するに、一貫してサヨクの人だったが、この世代の活動家と同じく、旧から新へ変わった。
最初から新、というのは、1940年生まれくらいからだろうか。
リーダー的立場にはいたが、大衆に対して多少でも影響力を持ち得たのは、ベ平連時代だけだと思う。
才能は余るほどあったと思われるので、もう少し有効な活動をしていれば、現在の政治状況も多少変わっていたのではないだろうか。

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2011年4月 3日 (日)

被災地視察のコストとパフォーマンス

2日、菅首相が被災地などを視察した。

菅直人首相は2日、東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県陸前高田市と、東京電力福島第1原発事故の対応拠点となっているサッカーのトレーニングセンター「Jヴィレッジ」(福島県楢葉町、広野町)を視察のため訪れた。
・・・・・・
首相と直接話した漁業佐藤一男さん(45)は「リーダーシップが感じられる言葉を聞けず残念だった。正直、何をしに来たか分からない」と語った。

http://www.kahoku.co.jp/news/2011/04/20110403t71026.htm?style

被災者から「何をしに来たか分からない」と言われてしまうのも、この人らしい。はっきり言えば、徳が無いのである。
私はTVや新聞などを通じてしか知ることができないが、行って何を理解しようとし、それをどう役立てようとしたのかまったく伝わってこない。
現場主義というのは、仮説をもって現場に行き、そこでなければ分からない事実を確認するという問題意識があればこそ、である。
福島第1原発の視察の時もそうだったが、ただ現場に行くということは迷惑の方が大きい。

1日の記者会見で語っていた復興プラン。

素晴らしい日本をつくっていく大きな夢を持った復興計画を進めていきたい。山を削って高台に住むところ、海沿いに水産業、バイオマスを使ったエコタウンをつくるなどだ。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110401/plc11040118300026-n1.htm

中学生の「少年の主張」でも、もう少しマシなことを言うだろう。

いったい何のために出向き、それによって事態はどう好転するのかー。菅直人首相(64)は4月2日、東日本大震災で壊滅的な被害を受けた岩手県陸前高田市を視察する方向であることを明らかにした。被災住民を励ましつつ、市内を視察する予定というが、なぜに今被災地視察なのか、その意図が私たちにまったく伝わってこない。21日、悪天候を理由に視察を取りやめていた宮城県石巻市ではなく、行き先を岩手県陸前高田市に変更した理由も定かでない。
http://www.sanspo.com/shakai/print/110330/shc1103302358001-c.htm

行くと言いながら、天候を理由に取りやめにした石巻の人の気持ちはどうだろうか?
ラジオでは、被災者の声はより率直である。

女「菅総理にお願いしたんだけど、がんばりますとの答でした。どのくらいがんばってくれるのか、どのくらい期待したらいいんだか」
女「到着することによって、会場をきれいにしてくださいとか、これはちょっと。車を整理してくださいとか、何でここの、いま大変なときにそんな体裁をつくらなきゃならないのかなと思って。ちょっとこれは意外でした」

http://workingnews.blog117.fc2.com/blog-entry-3803.html

会場の整備等は、首相の指示ではなく、現場の管理者の判断であろう。
しかし、そういうことが行われるであろうことは、容易に想像できるはずである。

首相の視察には、当然秘書やSPが同行する。
マスコミもかなりの数が動く。現地では、警備態勢も必要だろう。
集中捜索が行われているときであるが、自衛隊も万が一の故障を考え複数のヘリを待機させていたという。
どの位のコストが掛かるのだろう。それに見合う成果が得られるのだろうか、と素朴に思う。
事業仕分けで、コスト・パフォーマンスが厳しく査定されたが、首相の現地視察こそ仕分けされるべきではないか。

パフォーマンス【performance】
①実行。実績。成果。
②上演。演奏。演技。また、人目をひくための行為。
③既成芸術の枠からはずれた、身体的動作(演技・舞踏)・音響などによって行う芸術表現。一回的・偶然的手法で、視覚・聴覚・運動感覚などに多面的に働きかけることが多い。ハプニングなども含み、1970年代末から一般化。パフォーマンス‐アート。
④機械などの動作。性能。機能。

広辞苑第六版

事業仕分けは①の意味での予想される結果を査定するものであったが、菅首相のばあいは②の意味が過ぎる。
地震の翌日の原発視察に対する批判も馬耳東風ということであろう。
いま首相に必要なのは、災害全体に対してどのような認識を持ち、それにどう対処しようとしているのかを、明確な言葉で示すことであろう。
説明力とか説明責任と言ってもいい。

震災発生から3週間以上たっての視察。首相に声を掛けられた主婦金野ミエ子さん(63)は「『頑張って』と言われただけ。国としての大きな目標を全員に伝えてほしかった」と厳しい表情で語った。
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/04/20110403t33030.htm?style

そういう場合ではないと思い、私も抑えていたし、一般に「菅降ろし」を言いづらい状況である。
それを奇貨として、激甚な災害に遭遇して、仄聞したところでは「これで、あと2年できる」と言ったとか。
もし本当ならば(そして悲しいことに本当である蓋然性が高いと思われるが)、人間として許せないと思う。
既に死に体だったことを忘れてはならないだろう。
⇒2011年2月 3日 (木):菅首相は、どういう局面で、いつ投了するのか?

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2011年4月 2日 (土)

省エネ社会をどう構築していくか?

福島原発の事故により、わが国のエネルギー供給の脆弱性が露呈した。
東京電力の配電エリアでは、計画停電が実施された。計画停電と言っても、計画できるのは東電側であって、利用者の側では予定が建てられないことによる物心両面にわたる多大なマイナスが発生している。
蓮舫大臣は、利用者の冷静な対応によって需要が供給力の範囲内に収まっているという認識のようだが、展望もなくいつまでも受忍を強いるわけにはいかないだろう。
⇒2011年3月27日 (日):計画停電を避けるために、省エネルギーをどう実現していくか

エネルギー危機が深刻化したのは、今回が初めてというわけではない。
エネルギー源の主役を石油が占めるようになって、資源小国はわが国の宿命になった。
1970年代のオイルショックの記憶は鮮明である。
私は、1969年に石油化学の技術者として就職したが、この間炎上したコスモ石油の製油所のすぐ近くの市原のコンビナートの一隅が勤務地だった。
その頃読んだ、日本シンクタンク協議会編『日本の限界と可能性』日本能率協会(7306)の中に、笠井章弘『日本のエネルギー問題はどうなるか』があった。
笠井氏は政策科学研究所というシンクタンクの常務理事という肩書きだった。

笠井氏の論の初めの方に、次のような文章がある。

東京電力という会社は、電気を売っている世界一大きな株式会社であるが、今年、木川田会長は、「電力浪費防止キャンペーン」を大々的に展開した。電力という商品を売る株式会社が、「そんなに沢山買ってくださるな」という。株式会社成立以来歴史的にはじめての奇妙なキャンペーンを始めたわけである。

笠井氏はその原因を次の2つにまとめている。
1.現在の方法でエネルギーをこれ以上生産すると、公害・環境問題がますます激しくなると予測されること
2.これ以上のエネルギー資源の輸入が困難になると予測されること
つまり、地球上の限られた資源を有効に使い、公害・環境問題の発生を防ぐことが企業の社会的責任になってきたわけである。

この限りある資源という認識は、1973年10月16日に劇的な形で具現化した。
第4次中東戦争の勃発により、石油輸出国機構(OPEC)諸国が原油価格を4倍引き上げること、アラブ石油輸出国機構(OAPEC)諸国が原油生産の段階的削減を決定した。
このオイルショックによるパニックは、多くの人が忘れていないだろう。

それでは、なぜエネルギー消費量が急増したのか?
その最大の原因は、わが国が、資源・エネルギー多消費型である重化学工業化した産業構造をとることにより経済成長をとげたことにある。
さらに加えて、都市化の進展と家庭電化の普及、所得の向上と余暇の増大に伴う第三次産業の発展、モータリゼーションの進行などの要因があった。

油上の楼閣に対し、どのような対策が考えられたであろうか。
長期的な対策としては、産業構造の転換と原子力発電の推進である。重厚長大から軽薄短小へ。
折からマイクロエレクトロニクスの驚異的な発展と相まって、産業構造のドラスティックな変貌が図られた。
しかし、臨海工業地帯としての石油コンビナートは、多様な石油化学製品のために不可欠の存在であった。

笠井氏は、長期的なエネルギー対策として、原子力発電の重要性を挙げている。
産業構造の転換を図ったとしても、生活の高度化等により、エネルギー消費は増大していく。
エネルギー供給の長期構想としては原子力が本命であり、資源の有効利用と熱効率の点から、高速増殖炉あるいは核融合炉の開発が期待されるとしている。

現在、わが国のエネルギー源の内訳は下図のようである。
1_2
http://www.garbagenews.net/archives/1353828.html

オイルショック後、大規模なエネルギー構造転換が実施に移され、石油が一次エネルギー消費全体に占める比率は現象してきた。
代替エネルギーの筆頭として位置づけられた原子力は、1970年の0.3%からシェアを拡大してきたが、多様な問題点を抱えており、横ばいから逓減傾向にある。
天然ガスや石炭などの旧来の化石燃料が再び見直されていることが注目される。 

しかし、エネルギー資源は長期的に不足することは間違いない。
省エネが喫緊の課題であることには変わりがない。どの程度の省エネが可能か?
次に示すようなデータがある。
321  
3月の平均的需要に対し、実績は大よそ70%である。この程度の節電ならばイメージが湧くのではないか。
計画停電といった愚策よりもスマートな案が考えられよう。
もっとも、東電本社や霞が関では、本気で節電を考えていないのではないか、という情報もある。
http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=1339

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2011年4月 1日 (金)

「天皇」という制度/やまとの謎(29)

天皇、皇后両陛下が、、東日本大震災の被災者が避難している東京武道館を訪問された。
被災者に膝をついて話しかける姿を見て、なぜか私は涙が出てくるのを禁じ得なかった。秘かに嗚咽したと言うべきかも知れない。
元々涙もろい性質に加えて、脳梗塞の後遺症として感情失禁気味であることは自覚している。しかし、避難所で正座している被災者と、膝をついて話しかけている陛下の映像に、名状しがたい感情が湧いてきたのだ。

私は、尊皇意識が薄い人間である。
戦前・戦中の人たちが、真面目に「現人神」などということを信じていたことを理解するのが難しかった。敗戦後、わざわざ人間であることを宣言する行為が不思議だった。もっとも、同世代の人間では、それがマジョリティだとは思うが。

日本国憲法に天皇が規定されている。
第一章が「天皇」である。法制度の根幹の冒頭である。この意味で、天皇は紛れもなく、制度としてある。
しかし、その理解はなかなか難しい。

第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
自然人が、国の象徴になり得るのか?
あるいは国民統合の象徴だというのはどういうことか?
これについては前に触れたことがある。
⇒2011年1月 7日 (金):初詣と神道と天皇制
続いて次のようにある。
第2条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する
この規定も良く分からないものだ。
まず、皇位はなぜ世襲のものとされるのか?
皇室典範は次のように定めている。

第1条 皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。

歴史的に、女性天皇が存在したことは小学生でも知っている。だから、現在の皇室典範の規定の「男子」という部分が必然であるわけではない。
小泉内閣の時の有識者会議でも、もう少しで女性天皇を認めようという雰囲気だった。われわれの世代では、女性天皇を認めることにさして違和感がない人が多いだろう。

より論議が錯綜しているのは、「男系の」という限定のようである。
なぜ、男系の男子なのか?
ある人たちは、神武天皇の「Y染色体の継承」に本質があるという。
生物学的な用語で言えば、論理性が高まるとでも考えているかのように。

しかし、私には論理的な思考とはとても思えない。
たとえ神武天皇のY染色体が特別なものだったとしても、125代の遺伝を考えれば、それが占める比率はほとんど0に近い。
そもそも、Y染色体などの非人格的要素を尊崇するのは、かえって非科学的ではないか。
⇒2011年1月10日 (月):皇統論における「Yの論理」への疑問

天皇陛下は、3月16日にビデオメッセージとして、広く国民に呼びかけられた。
それを「平成の玉音放送」という人もいる。たとえば勝谷誠彦氏の「月刊ウィル」の5月緊急特大号への寄稿である。
勝谷氏は私と違って、尊皇意識が強い。勝谷氏は、天皇陛下のメッセージの中の次のお言葉の意義を説く。

そして、何にも増して、この大災害を生き抜き、被災者としての自らを励ましつつ、これからの日々を生きようとしている人々の雄々しさに深く胸を打たれています。

勝谷氏は「雄々しさ」という表現は、昭和天皇の終戦後最初の正月の歌会始に出された御製を踏まえたものだという。

ふりつもるみ雪にたへていろかへぬ松ぞををしき人もかくあれ

その符合に気付いて、勝谷氏は慟哭したという。
確かに被災地の様相は、敗戦の後を連想させるものがあった。
国破れて山河在り……
被災後も雪が降り積もる厳しい風土であるが、必ずや復興する日が来ることだろう。
両陛下は、計画停電に合わせて自主停電を続けているという。

宮内庁は24日、天皇、皇后両陛下が福島第一原子力発電所事故に伴う東京電力の計画停電に合わせ、皇居・御所で15日以降毎日、自主節電を続けていることを明らかにした。
羽毛田信吾長官らによると、御所では計画停電の第1グループに合わせて自主的に電源を切っている。17、18、22、23日は1日2回実施。東電が停電を見送った場合も実施しているという。

http://www.asahi.com/national/update/0324/TKY201103240364.html

私なんかが、計画停電のやり方に工夫が足りないと言ってはいけないのかも知れない。
しかし、本当に困っている業種があることは事実である。

私は、大和の地に特別な縁があるわけではないが、不思議な郷愁のようなものを覚える。
一方で、大和魂で頑張れば何とかなる、というような言い方は嫌いである。劣悪な条件を精神論でカバーはできないだろうと思う。

私は、被災者を慰問する天皇・皇后両陛下の姿に、なぜ涙を流したのだろう。
法制度の規定からは理解できない。Y染色体と言われても、ピンとこない。
祈りとか祭祀という言葉が浮かぶが、「やまとの謎」の1つである。

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