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2011年3月 6日 (日)

右手が麻痺しているとどんなことが不便か-衣/闘病記・中間報告(23)

早いもので、去年入院先から初めて外泊を許可されてから1年が経つ。
⇒2010年3月 6日 (土):中間報告
救急車で病院に搬送されて約2カ月。我が家が、少し新鮮な気がした。

直接の予兆らしき現象もなく、それは突然にやってきた。
入院体験自体初めてのことだったので、いささか狼狽えたことは否めない。
発症直後は、コトの重大性を的確に認識していなかった。
今考えれば酸素マスクをするなど間違いなく重篤な状態であるにもかかわらず、正月を病院で過ごすことになるとは思っていなかった。
それが、救急病院からリハビリ病院へ家に帰ることなく転院することになろうとは。
リハビリ病院で約50日の訓練を経て、やっと叶った外泊である。
まだ杖をついての歩行がやっとだったので、おっかなびっくりの外泊だったことを覚えている。

そのとき、「今もって右手はマウスすら操作できず」と書いた。
当然、1年後には指の可動性は元の状態に近いとろろまで回復するだろうと思っていたのである。
しかし、現実は厳しい。依然として右手でマウスを操作することはできず、キーボードな左手だけで打っている。
とはいえ、未だ少しずつ恢復していることも事実である。起きてしまったことは仕方がない。継続してリハビリに励むしかない。

右手がマヒしていると、衣服についても不便なことが多い。
1.ボタン
長袖のシャツがボタン仕様になっている場合、左手の袖のボタンを右手で嵌めることができない。したがって、ゴム編みなど絞ったものの着用が多くなる。

2.ベルト
入院中は、ほとんどベルトを締めなくてよかった。
退院して外出するようになると、ベルトを着用するようになったが、発症前に比べると10kg程度体重を落としたので、ベルトの穴2つ分程度ウェストも減じた。

3.紐
紐が結べない。発症前は、部屋ではよく作務衣を着ていたが、紐を結べないためすべてお蔵入りである。
もちろん、靴紐もダメである。靴は、幼児用などによくあるマジックテープで締めるものを使っている。

4.ファスナー
襟等のファスナーは開閉できるが、ジャンパー等が前が左右に完全に分かれている場合、最初に合わせることに苦労する。時間をかければ何とかなる場合が多いが、強風の時などは絶望的である。

5.ネクタイ
幸いにして、日常的にネクタイをしなければならない生活ではない。冠婚葬祭の時は手伝ってもらって形を整える。

6。靴下
靴下は左手だけで履く。なるべくゴムの部分が緩く短いものが楽である。

衣には、身体の保護機能以外に、オシャレの要素もある。
しかし、もともとそういう方面には縁が薄かったので、身だしなみとしてどうかという面に気を配っている(つもりである)。
だらしない方向に流れがちなので、外出の機会を増やすよう心掛けている。
冬は厚着になるので、行動の不如意が増幅される。
早く暖かくなれば、と願う。

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