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2011年3月14日 (月)

現認する情報と俯瞰する情報

未曾有の事態に直面して被災者が一様に口にしていたのが、「情報が欲しい」という言葉であった。
自分がいかなる状況にあるのか、的確に認識できれば、多くの場合、落ち着いて何らかの対応を考えることもできる。
逆に、自分のおかれた状況が皆目把握できないとしたら、不安は増幅する。
大多数の情報は視覚的に入ってくるので、夜、明かりの無くなると著しく不安になることは、容易に推測できることである。

以下は、当事者の批判を目的としたものではない。現在の状況は、批判よりも協力をすべきだろう。
また、結果論に過ぎないことかも知れない。
いかなる情報行動が好ましいかについて、一般論化できることを、記憶のあるうちに私見を書き留めておきたい。

よくビジネス書の類には、情報収集には、鳥の目と虫の目が必要だ、と書かれている。
鳥の目で見ることを鳥瞰という。

ちょう‐かん【鳥瞰】
鳥が見おろすように、高い所から広範囲に見おろすこと。転じて、全体を大きく眺め渡すこと。
広辞苑第六版

鳥瞰に対する語が虫瞰である。すなわち地面に張りついて見る姿勢である。
地図などの縮尺として考えると分かり易い。
地図の縮尺の場合、1/10と1/100を比べた場合、1/10の方を大縮尺、1/100の方を小縮尺という。
つまり、数値としての大小であるが、縮小度合の大小と間違えやすい。私自身、間違えて話をしたことがあり、「どっちだっけ」と考え始めるとますます混乱してくる。
この小縮尺が虫の目、大縮尺が鳥の目である。

また、3現主義ということが言われる。
すなわち、

「現場」に足を運び、場を確認する
「現物」を手に取り、物を確認する
「現実」をこの目で見て、事実を知る

ことが重要だということである。

さて、菅首相が地震発生の翌日、急遽(!)、被災現場の中の福島第1原発を1時間近く視察した。
そして、午後の与野党党首会談で原発に関し「危機的な状況にはならない」と強調した。
爆発が起きたのは会談の最中だった。

菅首相の行動は、3現主義に基づく適切なものだったといえるだろうか?
現場はすでに放射性物質の一部放出をしなければならない事態に陥っていた。そこに首相がヘリコプターから降り立ったため、現場担当者も首相の対応に追われた。
視察したことが、現場の作業を遅らせる一因になったとの指摘がある。

また、退避指示が、当初の半径3kmから10km、20kmに逐次拡大された。
計画停電については、予想通り計画とは言いながら、最終的にどうなるかがなかなか決まらず、生活者の方では計画が立たない事態だった。

状況に応じて最善の手を講じようとしていることは理解できるにしても、国民の自律的な判断ができないことには、最善の結果を得ることはできないのではないか。
停電は、選択の余地を失わせる。
例えば、復旧までの間、臨時に電気料金の値上げをするなどの方法で、自律的な節電を促すなどはとれないものだろうか。

菅首相の「危機的な状況にはならない」という見解は、何に基づいているのか。
その後の経緯をみると、対応が後手に回っているのではないかと思われる。
菅首相については、O‐157の時、かいわれ大根をパクついていたこと、年金未納の時、四国遍路をしたことが記憶にある。
それぞれ、ほとんど意味のないパフォーマンスだと思う。
福島原発視察も同様のパフォーマンスではないか。

原発視察によって、現場で何を「知った」のか?
今度のように広範囲で大規模な災害の場合、最高指揮者に求められるのは、鳥の目であろう。
全体を俯瞰して、緊急性と重要性を見極め、優先順位を判断すべきだと考える。

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