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2011年3月

2011年3月31日 (木)

政府が風評被害の発生源になっていないか?

振り返ってみればノーテンキなものだった。
3月12日、福島第一原発1号機が水素爆発を起こして煙の上がったのを、なんらかの「爆発的事象」があった、と枝野官房長官が記者会見で説明した時のことである。
水素爆発だと聞いて、「爆発的事象」などと言わずに、率直に爆発と言えばいいのになあ、と思うと共に、水素爆発ならば放射能の漏れ出す心配はないだろう、と考えていた。

現在TV画面に映し出されるような、原発施設が無惨に崩壊した姿,、廃墟のようなイメージの映像がTV 画面に流れるようになったのは、何日からだったのか、定かに思い出せない。
しかし、少なくとも水素爆発があった頃にはこんな有り様を見ようとは思ってもいなかった。
危機的状況は、東京消防庁のハイパーレスキュー隊等の放水活動によって、間もなく収束を迎えることになるだろうと考えていた。
⇒2011年3月21日 (月):ヒーローを讃えよ。しかし、英雄待望論に陥るなかれ

やがて、それが空しい期待に過ぎなかったことを知る。
次々と新しい事態が生起していることが報道され、不安がだんだんと膨れ上がってきている。
果たして原子炉は安全に封じ込めることができるのか?
そのスケジュール感はどう考えられているのか?
数週間なのか? 数カ月なのか? 数年なのか? あるいはそれ以上の長期に及ぶ覚悟を決めなければならないのか?

福島の農家の人が自殺をしたという。

福島県須賀川市で24日朝、野菜農家の男性(64)が自宅の敷地内で首をつり、自ら命を絶った。福島第一原発の事故の影響で、政府が一部の福島県産野菜について「摂取制限」の指示を出した翌日だった。震災の被害に落胆しながらも、育てたキャベツの出荷に意欲をみせていたという男性。遺族は「原発に殺された」と悔しさを募らせる。
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201103280468.html

自殺に追い込んだ直接の原因は、菅首相が、出荷制限から一歩踏み込んだ「摂取制限」を指示したことだろう。
⇒2011年3月24日 (木):安全基準の信憑性について

福島第一原発の放射能漏れ事故で、菅首相は23日、原子力災害対策特別措置法に基づき、福島県の葉物野菜と、ブロッコリーなど花蕾(からい)類について、出荷制限と食べることを控える摂取制限を指示、さらに、同県のカブ、茨城県の牛乳とパセリについて出荷制限を指示した。
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=38475

枝野官房長官は、自殺者が出た事態を踏まえて、出荷制限等の措置について、次のように説明した。

枝野官房長官は26日の記者会見で、東京電力福島第一原子力発電所事故の影響により食品衛生法の暫定規制値を上回る放射性物質が検出される農作物が増えていることについて、国民に冷静な対応を呼びかけた。 枝野氏は「(暫定)規制値は、これを超えた物を飲食しても、健康被害が将来にわたっても生じる可能性のない余裕を持った数値だ。長期にわたって摂取されないよう、非常に安全性を考慮して出荷規制等の措置を取っている」と改めて説明した。

素朴に考えて、「健康被害が将来にわたっても生じる可能性のない」レベルであるならば、あるいは「長期にわたって摂取されない」ためならば、なぜ今、「摂取制限」をしなければならないのか?
その論理的繋がりが分からない。
「将来にわたって」というのは、ずっといつまでも、ということなのか。
今摂取したものの影響なのか、摂取し続けることの影響なのか?
「長期にわたって」というのは、数週間なのか? 数カ月なのか? 数年なのか? あるいはそれ以上の長期のことか?

私たちは時間を生きている。
時間軸について、おおよその説明がないことには手の打ちようがない。

「風評被害」という。

風評被害(ふうひょうひがい)とは、災害、事故及び不適切又は虚偽の報道などの結果、生産物の品質やサービスの低下を懸念して消費が減退し、本来は直接関係のないほかの業者・従事者までが損害を受けること。
Wikipedia110327最終更新

特に、インターネットの普遍化により、流通する情報の量が格段に増大し、それと共に風評被害の規模や頻度も増えている。
情報の質をどう判別するか?

意図的に流す風評は論外であるが、政府の出す情報が風評の源になるようなことは絶対にあってはならないことだろう。
尖閣ビデオ以来、政権が情報を意図的にあるいは恣意的に操作しているのではないかと疑いを持っている人は少なくない。
福島の農家の人も、今後の見通しに展望が持てるような状況ならば、自殺を踏み止まっただろう。
人が生きる気力を失うのは、今の悲惨な状況によるのではなく、未来において良いことが起きる見通しを持ち得なくなった時であると思うからだ。

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2011年3月30日 (水)

原発事故に対する初動対応について

改めて菅首相の原発事故に対する初動が適切なものだったかどうかが問われている。

菅直人首相は29日の参院予算委員会で、東日本大震災後、初めて国会答弁に立った。野党は、震災翌朝の首相の福島第一原発の視察が東京電力の初動の遅れを招いた可能性を指摘。首相は全面的に否定し、「その後の判断に役立った」と反論した。
http://www.asahi.com/politics/update/0329/TKY201103290428.html

首相が視察を敢行した時の状況はどうであったか?

放射性物質放出が続く東京電力福島第1原発をめぐり、経済産業省原子力安全・保安院が東日本大震災当日から炉心溶融という「最悪のシナリオ」を予測していながら、菅直人首相が強く望んだ現地視察で、即座に取るべき一連の措置に遅れが生じた可能性が出てきた。また、首相から直接説明を受けた福島瑞穂社民党党首によると、首相に同行した班目春樹委員長はヘリで原発を視察した際、「水素爆発は起きない」と説明したという。政府関係者は「この発言で班目氏は首相の信頼を失った」と明かす。
http://www.minyu-net.com/news/news/0328/news7.html

原発事故の初動については、次図のようだったとされる。
Photo_2 
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2011032802000041.html

首相の現地入りが保安院の「評価結果」を受け取ってのものであったことが分かる。
この現地視察については以下のような発言がある。

原子力安全委員会の班目春樹委員長は28日午後の参院予算委員会で、菅直人首相が東日本大震災の発生翌日の12日早朝に福島第1原発を視察したことについて、「首相が『原子力について少し勉強したい』ということで私が同行した」と述べ、首相の判断であることを明らかにした。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011032800484

首相の現地視察が現場第一主義に基づくものだったとしても、このタイミングに「少し勉強したい」ために現場に飛んだとしたら、まるっきり状況認識ができていないと言われても仕方がないだろう。
首相の現地視察の影響について、次の指摘がある。

与党関係者は「首相の視察でベント実施の手続きが遅れた」と言明。政府当局者は「ベントで現場の首相を被ばくさせられない」との判断が働き、現場作業にも影響が出たとの見方を示した。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2011032802000041.html

「覆水盆に返らず」であるが、今後の教訓にするという意味で、この時点で首相がどう行動すべきだったかを考えてみたい。
作家の曽野綾子さんは、非常時には民主主義が機能せず、一時的に族長支配が発生するとした上で、次のように述べる(『小説家の身勝手・第四十章「ゲリラの時間」』Will2011年5月緊急特大号)

族長支配の要素を突如として強く要求されるようになった内閣総理大臣は、十二日朝現場を視察した。あれをパフォーマンスだという人がいたが、私は少しもそう思わなかった。現場を知ることは、その後の状況の理解に(私なら)不可欠なものだからだ。

果たしてそう言えるだろうか?
私の基本的な考えは既に述べた。
⇒2011年3月14日 (月):現認する情報と俯瞰する情報
政府が対応すべき課題が福島原発「だけ」ならば、あるいは曽野さんの言うことも賛同し得る余地があるかも知れない。しかしながら、今回の震災の最大の特徴は、その広域性と激甚性にある。
地震発生当日の夜には、仙台市若林区で200~300の遺体が発見された、と報じられており、巨大な被害の一端が露わになりつつあったのだ。

事象を理解するのに、現場で近寄って確認しなければならないことがあるのは事実である。
しかし、例えば、虹について考えてみよう。
虹の実態は水滴の集合体であるが、一定の距離で特定の視角から見ないと虹として見えないのである。
複雑な事象、例えば歴史など、はすべからくそういうものであって、個別に詳しく知ることも重要であるが、一歩下がって距離を置くことが重要なのだ。
震災の全体像を把握しないで、適切な被災対策は講じられないだろう。
次の見解に全面的に賛成する。

性急な現地視察という間違った「政治主導」が目の前に迫る危機への対応を滞らせ、首相と補佐役の専門家の間に、あってはならない不信感が横たわる。危機管理システムが人的要因で機能せず、「有事なのに平時の対応をしている」(与党関係者)のが、今の政権中枢の実態ではないのか。
これは、もはや人災と言っていい。世界が注視する「フクシマの核危機」を乗り越えられるのか。首相に猛省を促したい。また関係省庁間の情報共有強化、主要担当機関の指導力向上、国民との相互信頼に基づく戦略的コミュニケーションの実践を首相に求めたい。

http://www.minyu-net.com/news/news/0328/news7.html

しかし、国会での様子を見ると、猛省どころかあくまで自分は正当だと考えているかのようである。
まあ、この人の強弁は今に始まったことではないのであるが。
⇒2010年11月13日 (土):菅内閣の無責任性と強弁・詭弁・独善的なレトリック

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2011年3月29日 (火)

不確かな情報の開示の仕方

事態は恐れていた方向に動いているように見える。
1つは震災による犠牲者数である。

警察庁によると、28日午後9時現在、12都道県警が検視などで確認した死者数は1万1004人、家族らから届け出があった行方不明者は1万7339人で、合わせて2万8343人になった。行方不明者はいったんは減少したが、再び増加に転じている。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110328/dst11032821310068-n1.htm

最終的にどれ位の数になりそうなのか、予測もつかない。
不思議なのは、政府もマスコミも「家族らから届け出があった行方不明者」のみをカウントしているらしいことである。昨年行った国勢調査によりかなり正確に人口は把握できてているはずである。
⇒2010年10月22日 (金):国勢調査と人口減少社会
私は地震発生の翌日、次のような記事を目にし、何かの間違いではないかと思いながら、もし現実ならば、空前の規模になるだろうと思った。

宮城県警によると、同市若林区で溺死と見られる遺体200~300人が発見された。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110311-OYT1T00956.htm

もちろん、住民基本台帳等の基礎データも失われている自治体もあるようだ。しかし、全体の数の概数は分かっているはずだ。
全体から生存が確認された人の数を引けば、行方不明の人の全体像が把握できるはずである。
粗い数値であっても、全体像を押さえることが的確な対策の前提になるのではないか。

あるいは、既にそういう計算はしていて、意図的に開示していないのかも知れない。
余りに衝撃的な数字で、国民に不安を与えてはいけない、という判断で発表を差し控えているのかも知れない。
しかし、当然あるはずの情報が知らされていないことが、風評の源になるし、不安感を増幅する。

原発についての情報も同じことが言える。
菅首相が地震発生の翌12日、福島原発を視察し、「危機的な状況にはならない」と強調したが、現実の事態は全く逆の形で推移している。
私は、3月15日の枝野官房長官の記者会見で、「格納容器に繋がるサプレッションプールと呼ばれる箇所に欠損がみられることが明らかになった」という説明を聞いて、容易ならざる事態ではなかろうか、と危惧した。
⇒2011年3月15日 (火):地震情報と「伝える力」

昨日になって、この危惧が的外れではなかったような発表があった。

東日本大震災で被災した福島第1原発の事故で、東京電力は28日、1~3号機のタービン建屋の地下から海側へ配管などを通しているトンネルに水がたまり、2号機の水の表面で毎時1000ミリシーベルト超の放射線量を計測したと発表した。高濃度の放射性物質を含む水の建屋外漏出が確認されたのは初めて。原子力安全委員会の班目(まだらめ)春樹委員長は「大変な驚きであり憂慮している。事態がいつ収束するか予測できない」と懸念を表明した。
2
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2011032990021307.html?ref=rank

不確かな情報が結果的に誤りである場合、次の2つのパターンがある。
1、危険でない場合に「危険だ」とした場合:第一種の過誤
2.危険である場合に「危険ではない」とした場合:第二種の過誤

原発事故のような際に、結果として誤りがあるのを恐れて正確を期そうと開示が遅れることは重大な事態を招く恐れがある。
同時に、第二種の過誤を犯すことも避けなければならないことは当然であろう。
官邸は、起きている事実とその意味を分かり易く伝えると同時に、第二種の過誤をしないようにすべきである。
どうも、行方不明者数といい、圧力抑制室(サプレッションプール)の損傷といい、あるいは水素爆発を当初「爆発的事象」と表現してみたり、悪い情報を小出しにしているような、言い換えれば自己防衛的姿勢であるような印象を受ける。

特に問題なのは、やっぱりこの人である。
菅首相の25日の記者会見である。

今日の福島第一原子力発電所の状況は、まだまだ予断を許す状況には至っていない……
http://www.asahi.com/politics/update/0325/TKY201103250475_02.html

予断を許さないということがどういう状況なのか、具体的なことは何も言わず、精神論に訴えている。
官房長官も良くやっているとは思うが、「直接に、直ちに健康に害を与えるものではありませんが、念のため水道水は飲用を控えること」とか「念のために早い段階から出荷を差し控えていただき、かつ、できるだけ摂取しないようにしていただくことが望ましい」とか、解釈に悩むような表現が多い。
弁護士の職業的性癖かも知れないが、誰に向かって言っているのだろうか。
防衛すべきは、政権ではなく、国民である。

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2011年3月28日 (月)

政権交代への伏流の概観/民主党とは何だったのか(7)

菅政権がまさに絶対絶命のピンチの時に、タイミングを見計らったかのように、国内観測史上最大の地震が発生した。
政権交代後、未だ政権運営に習熟していないことが混乱を増幅した。
私は政権交代を願ったものの1人であるが、政権交代後の現実は余りにも期待したものとは異なっていた。鳩山前首相の迷走はいまや遠い昔の出来事のような気がする。
替わった菅首相もまったく期待にそぐわないことは、すぐにはっきりした。
⇒2010年7月12日 (月):日本の政治はどうなるのだろうか?
⇒2010年8月 4日 (水):迫力欠く菅首相の国会論戦

菅首相の政権運営をみて、菅首相がそのまま続投することに不安を抱いた。
⇒2010年9月11日 (土):菅首相続投で、本当にいいのだろうか?
不幸にして、その不安は現実のものになった。
今日の政権の様相は、菅氏に依存する部分と民主党に依存する部分とがあるだろう。
民主党の性格をその歴史から考えてみようと思っていたところに、想像を絶する震災が発生してしまい、いまさら「民主党とは?」を問うてみても空しい気がするが、「2011年3月 8日 (火):「啓蟄」とポスト菅の行方/民主党とは何だったのか(6)」の続きである。

民主党が政権を獲得するに至るまでの経緯を、前田和男『民主党政権への伏流 』ポット出版(1009)によりながら眺めてみよう。
戦後政治は、長く保守2/3、革新/3のバランスの中で行われてきたが、政権交代への伏流は、そのバランスの揺らぎによって、保革の両側に生まれた。

源流の1つとして位置づけられるのが、日本新党である。
日本新党は、1992年に、元熊本県知事の細川護煕氏が『文藝春秋』誌上で提唱した「自由社会連合」を母体に結成し、1994年に新進党の結成に伴い解散した。
1993年6月、都議選では22人の公認候補者を擁立し、20人の当選を果たした。推薦を含めて27人と都議会の第3勢力に躍り出た。
1993年7月、第40回衆院選に際し、追加公認を含めて57人を擁立、35人の当選を果たした。
選挙後、新党さきがけと衆院統一会派「さきがけ日本新党」を組み、52人の第5勢力となった。
同年8月、日本新党代表の細川護煕氏は7党8会派連立内閣首班となり、内閣総理大臣に就任した。
1994年4月、細川氏が内閣総理大臣を辞職し、新党さきがけは日本新党との統一会派を解消した。これは細川政権内の小沢一郎氏と武村正義氏の政治路線に関する対立によるものだった。
その後、前原誠司、枝野幸男、荒井聡、小沢鋭仁氏ら親さきがけの日本新党議員は離党し、1994年10月、小選挙区制導入にともなう二大政党政治の実現に向けて、羽田孜氏の率いる新生党などと合流するため、党大会において解党を決定して、同年12月、日本新党は解党した。

もう1つの源流は、新党さきがけである。
同党は、前田氏によれば、保守生まれには稀な理念型の政治集団である。
新党さきがけは、1993年に、衆議院議員の武村正義、田中秀征氏らユートピア政治研究会を結成していた自民党の若手議員が離党して結成、2002年に、みどりの会議に改称した。
保守政党ではあるが、行財政改革の推進や環境重視の姿勢を全面に打ち出して、皇室や憲法第9条を尊重する「尊憲」を掲げ、ゆるやかなリベラルな色彩を有していた。

第3の源流は、平成維新の会である。
平成維新の会は、1992年(平成4年)11月25に、マッキンゼー・アンド・カンパニー・ジャパン会長を務める経営コンサルタントの大前研一氏を代表として設立された政策提言集団である。
いわゆる無党派と呼ばれる大都市圏サラリーマン層を中心的な支持層として、「生活者主権の国」を掲げ、道州制・規制緩和などの新自由主義的政策に賛同する国会議員を党派を超えて推薦・支持をした。議員格付け効果を導入し、議員立法を強制させることによる“平成維新”実現を目指した。

第4の源流は、小沢一郎氏の新進党である。
新進党は、1994年12月10日、かつての羽田政権に参加した、新生党、公明党の一部、民社党、日本新党、自由改革連合などの非自民・非共産勢力が自社さ連立政権に対峙するため合流し、結成したものである。
自民党と並ぶ二大政党のひとつに成長することを目指したが、1996年の第41回衆議院議員総選挙で敗北し、以後党内抗争が激化し、1998年(平成10年)に両院議員総会で分党を決定して解散した。

革新の側の伏流としては、以下が挙げられる。
1つは社会党の本流に胚胎していた高木郁郎氏らの流れである。
次いで、社会党の若手による「ニューウェーブの会」による党改革運動であった。
社会党を超えた動きとして、労働組合や首長などとの連携を探る動きもあった。

その他に、イタリアにおける中道と左派の連合による「オリーブの木」の日本版。
各地に誕生していた地域政党(ローカルパーティ)。
そして、1995年に横路孝弘現衆議院議長が、海江田万里、仙石由人、五島正規、鳩山由紀夫、菅直人、高見裕一氏等に呼びかけて立ち上げた「リベラルフォーラム」。

これらの、今は忘れされつつある伏流が、民主党への政権交代を準備してきた。
2009年まで、1989年の参院選のマドンナ旋風から20年、1993年の細川非自民連立政権からでも15年余の時間を要したが、伏流が大勢として逆流することはないだろう。

伏流は表流となったが、それは多くの人の「想定外」の結果をもたらした、といえよう。

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2011年3月27日 (日)

計画停電を避けるために、省エネルギーをどう実現していくか

ネット上では既に有名になっているらしいけれど、次のような写真がある。
松本清治という人は、武蔵野市の市会議員で、菅首相の元秘書である。本人のウエブサイトに、「‘94~‘99 菅直人随行秘書(厚生大臣と薬害問題取り組む)」とある。
Photo
http://white0wine.blog10.fc2.com/blog-entry-2591.html

東京都武蔵野市の松本清治市議(41)が、東京電力の計画停電で市内の一部が対象から外れたことについて「松本清治の要請が実現しました」などと記したビラを配っていたことがわかった。インターネットの掲示板などで批判が集中し、松本氏は24日、自身のツイッターで「決して地益(地域の利益)誘導ではありません」と釈明し、謝罪した。
・・・・・・
松本氏は取材に対し「武蔵野に限らず病院や商業集積地は外すべきだという要望・提案をした」と説明、「(ビラは)書きすぎだった」と述べた。ビラでは停電対象からの除外を東電側から連絡されたと書いているが、実際には市幹部から知らされたという。

http://www.asahi.com/national/update/0324/TKY201103240440.html

松本氏の意図が本人の言う通り「武蔵野に限らず病院や商業集積地は外すべきだ」という「要望・提案をした」であったとしても、このビラは余りにも無神経と言わざるを得ない。明らかに、「松本清治」という個人の要請が実現したと書いてあること、市からの連絡を東電武蔵野支社からあった、とあたかも手柄話であるかのように「しか」受け止められない書き方である。
謝罪していることでもあるし、これ以上は言わないが、国民の大多数が、計画停電による損失を受忍しよう、としているおりに論外であろう。得意気な様子が本性を現わしている。

経済学者の野口悠紀雄氏は、電力の需給ギャップは長期的課題であるがとして、「計画停電方式では合理的な削減ができない」としている(ダイヤモンドオンライン誌)。

最大の短所は、個別的な必要度や緊急度に応じた供給制限ができないことだ。したがって、必要度の高い需要も含め、停電対象地域内の電力使用を一律にカットしてしまう。今回は、電車、踏切、道路の信号機、医療施設、家庭での医療機器、災害避難所なども、計画停電の対象となった。この意味で、合理的な需要抑制とは言えない。 これらについて、今後はよりきめの細かい対処が試みられるだろう。しかし、これらのすべてに対して、個別的事情を勘案して給電することは、困難だ。
・・・・・・
価格方式による場合は、必要度の判断は個々の利用者にゆだねられる。したがって、料金に応じて、必要度の低い用途から順次削減されてゆくこととなる。こうして、電力需要者が個々に抱えるさまざまな事情を的確に反映することができる。この意味で、合理的な削減が可能となる。

家庭用の電気料金は、、「基本料金」と「電力使用量料金」とから成る。
「一定以上のアンペア数の基本料金を引き上げる半面で、一定以下のアンペア数の基本料金を据え置く」という方策をとることにより、「余計な電気器具を使わないような努力がなされ、」「電力使用を時間的に平準化する努力もなされる」から、ピーク時の需要は大幅に抑制できるだろう、というのが野口さん(および吉本真之さんという読者)の提案である。
私も、現在の計画停電よりはずっと優れた方式であると思う。

蓮舫節電啓発担当相が石原慎太郎東京都知事に、節電の協力を求めたが、両者の見解は以下のように隔たりがある。

首都圏の節電に関して石原氏は、1970年代のオイルショック時に、電力の利用を規制した政令を告示し直し、ペナルティを設けて節電を強制するよう提案したが、「(蓮舫氏は)はぁという反応で、政令がなんたるかも知らなかったようだ」と批判的な口調で述べた。
http://www.rbbtoday.com/article/2011/03/23/75431.html

フリーライターふじいりょうからの「石原都知事からコンビニエンスストアの深夜営業を制限する政令施行を求められたが、屋外広告やパチンコ店などに拡大して施行することを検討しているか」との問いに対しては、「政令で規制するのが本当に適切なのか。国民の皆様方の冷静な対応、積極的なご協力があって、電力消費は供給内に収まっている」とし、石原都知事の提言に否定的な見方を示した。
http://getnews.jp/archives/104576

どちらが正しいということではないが、蓮舫節電啓発担当相の「電力消費は供給内に収まっている」という認識は、如何なものか。
計画停電対象地域で生活していない人の発言のように思える。不満のガス圧が高まっていることを実感していないらしい。
蓮舫氏はどこに住んでいるのか? 生産活動に従事したことがあるのか?

このまま計画停電を続けると、企業活動に対するマイナスは加速度的に大きなものとなっていくだろう。
被災しなかった地域では、精一杯生産に励むことが重要ではないか。そのためには、不要不急な用途の需要を抑制することは重要なことであると思う。

震災対応において、政権が見かけの政治主導を意識して、却って遅れがちになることが批判されている。
今こそ実質的な政治主導を発揮すべきだろう。

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2011年3月26日 (土)

体験的計画停電考

時間の過ぎるのが早く感じられる。
大地震の発生から2週間経ったのを機に、菅首相が国民にメッセージを発した。
もう、余り期待はしていなかったが、まったく心に響いて来なかった。
情報としては、既に官房長官から伝えられていることばかりだし、格別被災者を鼓舞するようなものでもなかった。
私も批判を抑えてこの国難に中るべきだとは思う。しかし、やはり一刻も早く交代してもらった方が、被害の拡大を防止できるのではないかという気がする。

外出から戻ると、エレベーターのところに、本日と明日の計画停電“回避”の札が掛かっていた。
私の住んでいる静岡県東部地域というのは、東京電力の供給エリアで計画停電対象地域である。
静岡県は、東・中・西に三分されることが多いが、県全体が中部圏に位置づけられたり、関東圏に位置づけられたりする。
例えば、経済産業省では関東経済産業局の管轄下であるが、国土交通省では中部整備局の管轄下になる。電力の場合は、富士川を境にして、以西(県中・西部)は中部電力、以東(県東部)は東京電力が供給する。

したがって、静岡県では東部のみ計画停電対象地域であるが、3月15日の22時30分ごろ、富士宮を震源とするかなり強い地震(震度6強)が発生したことが、混乱を増幅させている。
⇒2011年3月16日 (水):『日本沈没』的事態か? 静岡県東部も震源に
幸いにしてこの地震による被害はさほど大きなものではなかったが、それでも富士市にある知人の菩提寺の墓地では、墓石が倒壊したりしていた。
東海大地震もいつ起きてもおかしくはないという状況が続いており、神経がかなり疲れてくる。

計画停電は、4月中は継続し、いったん平常に戻って、夏場には再び実施する予定だという。
体験上の感想を言えば、現在のようなやり方以外の方策に早急に切り替えるべきだろう。
現在の方式は、ブロック割して輪番的に計画停電を実施していくという方式である。それが最も公平であるということらしい。
停電による諸々のコストを等しく分かち合うといえばその通りかも知れない。
しかし、最終的に停電をできるだけ回避するためだろうが、配電のオペレーション上ギリギリの時点で最終的に決定するため、業種によっては停電回避の場合も操業を断念せざるを得ない。
生鮮品を扱う業種、連続運転を前提とするような業種等である。
これらの業種では、犠牲は、実際の停電時間だけではカウントできない。節電量が同じでも、もっと効率的な方法があり得る。

市民生活も、被災者のことを考えれば受忍の範囲ということになろうが、わが家では立体駐車場とエレベーターが使用不能になるため、身体障害者の立場で言えば、予定時間帯をどこでどう過ごすかということが問題になる。
また、通院している病院も停電すると、スタッフは入院患者の対応で忙殺され、身体障碍者も階段を利用せざるを得ない。
機器類の利用も制約されるので、急患への対応等も懸念される。

計画停電は、大地震の影響で需要を賄うに足る供給力が確保できないということだ。需要ピーク時に需給ギャップが生じ、突発的に停電する恐れがある。
需給ギャップを埋めるには、需要を抑制するか、供給を増大させるか、どちらかしかない。供給を増やすのは短時間にはできないから、現実的には需要抑制しか方策はない。
しかし、需要抑制策にはいろいろバリエーションがあり得るのではないか?

需給バランスをとるごく一般的な方法は、価格メカニズムによるというものだろう。
価格が瞬時に可変的であるならば、この方法で原則的には需給バランスを図ることが可能であろう。
しかし、すべての財・サービスの価格が瞬時に可変であるというのは、非現実的である。
例えば、計画停電で最も混乱を生じている分野の1つである公共交通機関の料金を、需要に応じて、ラッシュ時は高く昼間は安く柔軟に変えることなどできないであろう。

従って、何らかの計画的な利用により需要を抑制することが必要になる。
しかし、その場合も、なるべく価格メカニズムの援用は考えるべきだと思う。
需要には、必需と偶需とがある。
必需は、一般的な生活を営むために必要なものである。基本的には、個別差が余りないと考えられる。
一方、偶需は、それ以外の、個別の選好によるものである。
大雑把にいえば、必需は遍く利用できるような価格に、偶需は需要抑制的に、ということになる。

どこまでが必需であるかには、各種の意見があるだろう。
しかし、かなり極端な逓増型料金制度をとれば十分に需要抑制効果はあり得るだろう。
必需部分を現在の料金レベルとすれば、偶需レベルでは10倍くらいにするとか、である。
それにより、節電型の機器・装置等の開発も進むであろう。

産業用は、よりやり易いのではなかろうか。
電力コストが制約要因になれば、おのずから利用しないということになる。
考えてみれば、原子力が二酸化炭素などの地球温暖化ガス削減に有望だ、という意見は、原子力発電の社会的費用を不当に低く見積もったものと言うべきだろう。
今度のような事故が起きないようにするための費用を内部化して、他の代替エネルギーのコストと比較すべきである。

われわれは否応なしに省エネ社会化を図っていかねばならないのだ。
計画停電を機に、そうしなくても済むような生活様式への転換を図るべきではないだろうか。

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2011年3月25日 (金)

原子力安全・保安院(NISA)のミッションについて

福島原発の事故で、原子力安全・保安院(NISA)という組織が注目されている。
原子炉の状況に関して、重要なポイントで記者会見し、解説したり見解を発表している。
しかし、正直に言えば、その「伝える力」は余り上手とは言えない。
官邸、東電、NISAとそれぞれが記者会見をするのもどうかと思うし、肝心のことは、各局の依頼している大学の先生に頼らざるを得なかったりする。

ところで、NISAとはいかなる組織であろうか?
下図のように示されている。Nisa

http://www.nisa.meti.go.jp/nisa/what/index.html

また、その業務は以下のようである。
Nisa_2

http://www.nisa.meti.go.jp/genshiryoku/epitome/gaiyo.html

つまり、原発のライフサイクル全般にわたって、安全規制を行うことがミッションである。
不幸にして、福島第1は、いままさに(3)の段階が問題になっているわけである。

経済産業省原子力安全・保安院は23日午後5時過ぎの記者会見で、福島第1原子力発電所の3号機から黒煙が発生したことについて「原子炉建屋からの発生と報告を受けたが、現時点では原因はわかっていない。付近の放射線量も変わっていない」として、念のために作業員を避難させたことを明らかにした。
コンクリートで埋めるたりなど抜本的な対策をとる可能性については「もう少し様子を見ないとわからない。放射線量などの状況を見ながら実施する時にはやる必要があるが、現時点での現実的な選択肢ではない」と否定的な考えを示した。

日経QUICKニュース

まあ、いまの時点では、よく分からないことは事実だろうが、「現時点では原因はわかっていない」と言われると、重要な情報を隠蔽しているのではないのかと懐疑的になる。
原因がわかっていない状況で、「抜本的な対策をとる可能性については……現時点での現実的な選択肢ではない」というのは楽観的に過ぎないか。

もちろん、一般論として言えば、(3)の段階にならないように、(1)の段階でしっかり規制することが好ましい。
ところが、「想定外」の実態は以下のようであるらしい。

東電の想定していた津波は最高で五・五メートル。実際には倍以上高い十四メートルを上回る大津波が押し寄せており、二人は設計に想定の甘さがあったと口をそろえる。
・・・・・・
元技術者は事故や地震が原因でタービンが壊れて飛んで炉を直撃する可能性を想定し、安全性が保たれるかどうかを検証。M9の地震や航空機が墜落して原子炉を直撃する可能性まで想定するよう上司に進言した。
だが上司は「千年に一度とか、そんなことを想定してどうなる」と一笑に付したという。
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011032390071412.html

マグニチュード9.0という地震は「想定外」であったかも知れない。
しかし、現実に起きたのである。
自然事象についての「想定」は、人間の驕りか、でなければ経済合理性を説明するための前提に過ぎないだろう。
NISAの本来業務は、(1)の段階をしっかりと遂行することではないのか。

そもそも、経済産業省の一機関であるのも解せない。
原子力安全・保安院という名前からすると、安全性の確保を最優先のミッションとすべきだと考える。
事実そういう組織であるのだろうが、実態は原子力利用を推進する方にウェイトがありそうである。
経済産業省に属していることがそれを示しているだろう。

それに、原子力のような高度の技術知識を要する機関に、ちゃんとした(?)技術者がいるのかどうかすら定かではない。
官庁に一般的なように、事務官が権限を握っているとしたら……・
加えて、菅首相のような“半可通”が出しゃばって指図したがるのが一番困ったことと言えよう。

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2011年3月24日 (木)

安全基準の信憑性について

地震や原発に関する情報が錯綜していて、不要なトラブルが発生している。
本来最も信頼すべき官邸からの情報も意図的に隠蔽しているのではないと思うが、何か不信感を抱かせるような発表の仕方ではなかろうか。
例えば3月15日の朝の記者会見で、枝野官房長官が、「サプレッションプールに欠損がみつかった」と“さりげなく”発表した。

私は、そのさりげなさが気になりつつ、何を言っているのか良く理解できなかったので、ネットで検索してみた。
⇒2011年3月15日 (火):地震情報と「伝える力」
案の定、サプレッションプールは、重要な機能を果たすものであり、それが欠損したということは容易ならぬ事態を想像させた。

枝野氏は、後日の記者会見では、「何とかプール」というような言い方をして、自身も余り詳しく知らないことを明かした。
知らないことを責めるのではない。深刻なことは、深刻であると表明してもらいたいのだ。
その後の推移は、私の直感的危惧が的外れでなかったことを示している。

食品の放射性物質の値についても、同様である。
食品安全宝の暫定基準を超える放射性物質が検出されたという。
しかし、枝野官房長官は、「暫定基準値を超えたものを口にしたとしても、直ちに健康に重大な影響を与えるものではない」と言って、消費者に冷静な行動を求めた。
直ちにという表現のいかがわしさについてはすでに触れた。
⇒2011年3月20日 (日):福島第1原発事故と放射線量の用語について
直ちに影響がないならば、多少は食しても大丈夫だろうと思う。
冷静とは過剰に反応しないということだろう。
ところが首相はニュアンスの異なる指示をする。

福島第一原発の放射能漏れ事故で、菅首相は23日、原子力災害対策特別措置法に基づき、福島県の葉物野菜と、ブロッコリーなど花蕾(からい)類について、出荷制限と食べることを控える摂取制限を指示、さらに、同県のカブ、茨城県の牛乳とパセリについて出荷制限を指示した。
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=38475

要するに、どう判断すればいいのか?
水道水についても同じようなことがいえるだろう。

東京都は、都内の浄水場の水から乳児向け飲用基準の2倍を超える放射性ヨウ素が検出されたとして、23区と5つの市の住民に、乳児の水道水摂取を控えるように呼びかけている。
石原都知事は「ただちに健康には影響はありませんし、生活用水に使って問題はありません。ただし、1歳未満の乳児については、水道水で粉ミルクを溶くなど、飲食を控えてほしい」と語った。

http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00195877.html

健康に影響がないとしたら、基準値は何のために設定して、その数値は何を意味するのか?
なぜ、出荷制限あるいは摂取制限を指示するのか? そのような制限をしながら「直ちに影響がない」と言うのは、ダブルスタンダードではないのか?
そもそも暫定とはどういうことか? 
いかにも、自信なさげではないか。

それもそのはずである。
この基準値は、3月17日に定められたばかりなのである。

福島第1原発の事故を受け、厚生労働省は17日、食品の放射能汚染について暫定的な規制値を設け、基準を上回る食品が流通しないよう自治体に通知した。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201103/2011031700622

そもそも、これらの食物を摂取するだけではないのに、複合した場合のリスクの解説はない。
ミネラルウォーターを求めて“右往左往”する母親を嘲笑するかのような口ぶりの解説者がいたが、とんでもない。
母親が必死になるのは当然である。
情報は、分かるように伝えるのが発信側の責務ではないか。

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2011年3月23日 (水)

震災を耐え抜いた家族の絆

東日本大震災で、被災後10日目に救助された人がいた。

東日本大震災の被災地の宮城県石巻市で20日午後4時ごろ、倒壊家屋から祖母と孫の男女2人が救出され、市内の病院に収容された。地震発生から約217時間ぶりの生還。2人とも意識はあり、「(被災後は)冷蔵庫の中にあったものを食べて救助を待っていた」と話しているという。
救助されたのは同市門脇町2の阿部寿美(すみ)さん(80)と孫で高校1年の任(じん)さん(16)。

http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110321k0000m040011000c.html

災害救助で72時間の壁ということがいわれる。
それを考えると、まさに奇跡的と言っていいだろう。

「助けてください」。午後4時すぎ、石巻市門脇町付近を4人1組で捜索していた石巻署員が子供のような声を聞いた。
絞り出すようにして出される声の方向を見ると、木造2階建ての1階部分が倒壊した屋根の上に、少年がしがみついていた。上半身に数枚のバスタオルを巻き付けた任さんだった。
屋根の上から救出された任さんは靴を履いておらず、寒さに震えていたが、「おばあちゃんがまだ家の中にいる。足が悪くて動けない」と署員に伝えた。

Photo
任さんは震災後、倒壊した家の中に寿美さんとともに取り残されたが、台所にできた空間にあったテーブルの上に任さんが、倒れたクローゼットの上に寿美さんが布団にくるまった状態で座った。
2人は同じ空間にあった冷蔵庫の中から水やパン、食べ物を取り出し、少しずつ食べながら飢えをしのいでいた。この日、初めて子供が通れるほどの隙間を見つけ、屋根裏を突き破り、がれきをかき分け、屋根にはい上がって家の外へ出たという。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/print/110320/dst11032021520099-c.htm

孫が祖母の命を救ったことになるが、孫も祖母と一緒なのが励みになっただろう。
救いのないような震災のなかで少しホッとしたニュースである。
想像を絶する震災によって、考えようとしていたことがどうでもいいような気持ちになり、逆に考えなければならないことが山のように押し寄せてきているような感じである。

3月10日のこのブログで、歌人の河野裕子さん・永田和宏さんの家族のことに触れた。
⇒2011年3月10日 (木):『家族の歌』と歌人の宿命
永田家は格別の存在であろうが、震災を機に家族の絆を再考してみてもいいのではなかろうか。

私たちは、先の戦争で山河荒廃の憂き目から再出発せざるを得なかった。
国民一体となっての努力の結果、平均寿命や1人当たりGDPにおいて、世界でも最もといえる豊かさを獲得した。
しかし、それは同時に、行方不明高齢者や幼児虐待が決して奇異なニュースではない社会でもあった。
⇒2010年8月18日 (水):戦後史と“家族の絆”の行方

いま再び多くの山河が荒廃した。
しかし同じ過程を辿るべきではないし、辿り得もしないだろう。
既に人口減少社会という有史以来初めてのゾーンに踏み込んでいるのだ。
新しい国づくりに向かうときとしなければならない。

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2011年3月22日 (火)

津々浦々の復興に立ち向かう文明史的な構想力を

東日本大震災による胸が塞がるような被害の様子が映し出されている。
特に被害の大きいのは、東北地方の太平洋岸の諸地域である。
昔聞いた演歌が頭を過ぎる。
「港町ブルース」。森進一が唄った1969年のヒット曲。
その2番の歌詞である。

♪流す涙で割る酒は
 だました男の味がする
 あなたの影をひきずりながら
 港 宮古 釜石 気仙沼

「宮古 釜石 気仙沼」は、いずれも今回の震災で壊滅的な被害を受けた場所である。
これらの市には、 「港町」と名の付く番地が実在するというから、典型的な港町といっていいだろう。

詞は深津武志。雑誌『平凡』による募集歌詞をなかにし礼さんが補作したものだという。
作曲:猪俣公章/編曲:森岡賢一郎。
演歌というよりも艶歌の字が相応しいかも知れない。

『艶歌』といえば、五木寛之さんの小説を思い出す。
五木さんの小説を最初に読んだ時の印象は鮮やかだった。
大学時代のあり余るほど時間があった頃である。下宿近くの古書店で二束三文で仕入れてきた中間雑誌に掲載されていた『GIブルース』だ。

その時点では、『さらばモスクワ愚連隊』で、小説現代新人賞を受賞していたことなど知らず、私にとっては無名の新人に過ぎなかった。一読して、快いテンポと巧みな構成によってただ者ではないことを感じさせられ、興奮したことを覚えている。
その直後に直木賞を受賞して、瞬く間に流行作家として名をなしていった。「時代と寝る」ことを標榜し、現在は寺院や仏教などについての著書が多いことは周知の通りである。

氏の膨大な作品群の中に、「艶歌三部作」と呼ばれるものがある。
『艶歌』『海峡物語』『帝国陸軍喇叭集』の連作で、後に前進座の創立70周年のために、『旅の終わりに』として再編して戯曲化された。
主人公は「艶歌の竜」こと高円寺竜三。
実在の辣腕の歌謡曲プロデューサー馬淵玄三がモデルといわれる。小林旭の歌を探していた馬淵は、新宿の歌声喫茶で『北帰行』を聴いて商品化したという。
小説の中の高円寺は、かつてはレコード会社の屋台骨を支えた存在であるが、敢えて時流に逆らい、居場所を失って会社を去る。

いかにもステレオタイプともいえるが、やがてグローバリズムに席巻される予感の中で、全共闘運動が吹き荒れる嵐の前の時、「艶歌=土着」に肩入れしたいという時代感情もあった。

「津々浦々」という言葉がある。

津:海岸・河岸の船舶が来着する所。船着き場。渡し場。港。
浦:水辺の平地。浜。岸。海や湖が陸地に入り込んだ所。入り江。

上記から「津々浦々」は、至るところの港や海岸、あちこちの港や海岸を指す。
転じて、国中遍く、とか全国の至るところ、という意味になる。
私が「津々浦々」という言葉で思い浮かべるのは、艶歌の舞台となるような鄙びた「港町」であり、漁村である。

いま、このような地域が、根こそぎの被害を受けている。
一刻も早い復興を念ずるが、おそらく元通りに回復するのを期するのは難しいだろう(脳卒中のリハビリと同じ-それにしてもAC・公共広告機構の脳卒中と子宮頸がん・乳がんキャンペーンは、罹患者の心情に無頓着でしつこ過ぎないかなぁ)。
つまり復旧とは別の視点が必要になると思われる。

この期に及んでも、菅首相は「大連立」等の政局的な視点で、谷垣自民党総裁に入閣を打診したという。
断られても、自民党の失点になるだろう、という読みがあったようだ。
浅慮も極まれり、というしかない。
どういう構想の下に事を進めるか、熟慮がない、というよりもその場の思いつきのようなものだから、いつも唐突感がある。

復興には、わが国の総力を挙げて取り組もう。
自然現象としての地震は避けることのできない国土の宿命である。
新しい文明を構想するようなプロジェクトになるだろう。
「グローバリズムVS土着」の対立を止揚して、全国の「津々浦々」 に防災プランを組み込んだ文明のモデルが求められる。

防災の「コンクリートから人へ」をどう具現化していくか?
格差是正の機会となし得るか?
GDPに替わるwelfareの尺度は作れるか?
まさに地域政策の正念場ではなかろうか。

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2011年3月21日 (月)

ヒーローを讃えよ。しかし、英雄待望論に陥るなかれ

福島原発事故の現場で、献身的な作業に従事している人たちを心からリスペクトする。
特に、東京消防庁のハイパーレスキュー隊の活動は目覚ましい。
海外からの称賛の声も多いようだ。
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http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0318&f=national_0318_113.shtml
Fukushima(フクシマ)は、今後原発事故の事例として名を遺すだろうが、それと共に、ハイパーレスキュー隊や自衛隊や関連する人たちの行為も末永く語り継がれることになるだろう。

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冨岡隊長は「大変だったことは」と問われると、「隊員です」と言って10秒ほど沈黙。涙を浮かべ、声を震わせながら、「隊員は非常に士気が高く、みんな一生懸命やってくれた。残された家族ですね。本当に申し訳ない。この場を借りておわびとお礼を申し上げたい」と言った。
高山隊長は18日、職場から直接現地に向かった。妻に「安心して待っていて」とメールで伝えると、「信じて待っています」と返信があったという。
佐藤総隊長も妻にメールで出動を伝えた。「日本の救世主になってください」が返事だった。
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201103190460.html

久しぶりに、ヒロイズムの発露をみた。
公のために私を犠牲にする精神。
場違いかも知れないが、私は「特攻」で散って行った人たちのことを連想した。
私の高校時代に読んで感銘を受けた書に、阿川弘之さんの『雲の墓標』がある。
⇒2008年5月27日 (火):偶然か? それとも……③『雲の墓標』
自分たちが巻き込まれた戦争の「不条理」を知りつつ、祖国のために、愛する人たちのために、飛びだって行った若者たち。
私と主人公たちとは20年くらいの世代差があるが、重ね合わせて考えることは十分に可能だった。

長野県上田市にある無言館を訪ねた時の印象も強い。
戦没画学生の遺品や遺作の展示の前で、押し黙る以外になくなる。
無言館とは、絶妙なネーミングである。
⇒2007年12月 8日 (土):血脈…②水上勉-窪島誠一郎

これらの学生層以外にも、大勢の有為の人たちが亡くなった。
戦争の経緯を見通す想像力も構想力もなく、緒戦さえ頑張れば、あとは何とか講和に持ち込めるだろうと夢想していたらしい戦争指導者たち。
もちろん、いろいろな考えが交錯していたであろうが、結果は知る通りである。

私には、当時の指導者と現在の指導者がオーバーラップしてくる。
大局よりもディテールにこだわり、ホンネよりも建前にこだわり、実質よりも見栄えにこだわり、クリエイティブよりルールにこだわる。
現場で指揮する佐藤さん、高山さん、富岡さん等々の「爪の垢を煎じて……」とは私の言うべきセリフではなかった。
私が危惧するのは、こういう時に乗じて、英雄待望論が広がることである。
それはファシズムを生み育てる土壌になりがちになることを自戒しよう。

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2011年3月20日 (日)

福島第1原発事故と放射線量の用語について

宮城県沖を震源とする地震による地殻変動は、牡鹿半島で5.3mに達することが、国土地理院から発表された。
垂直方向への変化は約1.2mの沈下だという。
この地盤沈下により、広い面積で水が引かず、救助を一層困難にしている。
行方不明だった岩手県大槌町の加藤町長は遺体で発見された。
死者・行方不明者の数は2万人を超えたという。

福島原発の事故への対応も予断を許さない状況が続いている。

原子力安全・保安院は18日、福島第一原発1~3号機の事故について、事態の深刻さを示す国際原子力事象評価尺度(INES)の暫定評価を「レベル5」(広範囲な影響を伴う事故)に引き上げた。
http://www.cnn.co.jp/world/30002191.html

深刻さにおいて、スリーマイル島の事故に匹敵するということだ。
当初4~5ではないかとされていたが、事態が明らかになって、より深刻化したわけである。
⇒2011年3月13日 (日):歴史的な規模の巨大地震と震災
海外には、もっと深刻ではないかという見方もある。

フランス原子力安全局のアンドレクロード・ラコスト局長は15日、福島第一原発の事故について、国際原子力機関(IAEA)が定める8段階の国際原子力事象評価尺度(INES)で「レベル6」に当たると述べた。
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110315-OYT1T00789.htm

原発事故について過剰反応を戒める声が多いが、そう言う関係者自身が不安気であるようにも見える。
政府、東電、原子力安全・保安院等の発表に対し、疑心暗鬼にならざるを得ない。
危機管理が専門の佐々淳行氏(元内閣安全保障室長)は、サンデー毎日で山田厚俊氏(ジャーナリスト)に対して次のように語っている。

危機管理の基本は、“悲観的に準備し、楽観的に対処せよ”。ところが菅首相は全くの逆。治安・防衛・外交・危機管理を後回しにして、現実に直面するとヒステリーを起こしている。

正直なところ、不安である。
「自分にできることは?」と考えてみても、身障者の境遇では、せいぜい足手まといにならないよう努力するだけだ。

原子力用語には馴染のないものが多いが、最近では、理科的素養のない妻まで、○○シーベルトなどと口にしている。
放射線被曝も「曝」という字が常用漢字にないためか、「被ばく」と表記されることが多い。
「被ばく」からは、爆発とか爆弾を連想しがちである。特に、水素爆発報道があったりすると。しかし、「被曝」は爆発等とは直接は関係ない。

ひ‐ばく【被曝】=放射線にさらされること。
広辞苑第六版

単位についても同様である。
枝野官房長官が記者会見で、ミリシーベルトで報告するとき、わざわざ今までのマイクロシーベルトと単位が異なることに注意を促していた。
そのことは大事なことだが、「単位が1つ異なる」という表現にちょっと引っかかった。
確かに、ミリとマイクロは数の単位としては隣接しているが、「大きさとしては3ケタ違う」と説明した方がより親切だと思う。
ミリはm、マイクロはμと表記する。

被曝の影響をについて考えるときの単位が「シーベルト」である。
物理的な量を表す単位には、グレイ(Gy)があるが、同じエネルギー(線量)でも放射線の種類によって生物に与える影響が変わる。これを補足したのがシーベルト(Sv)である。
Photo

Sv=放射線の種類による生物効果の定数×Gy
http://www.hicare.jp/09/hi03.html

シーベルトの値については、総量と強度の違いに留意する必要がある。
例えば次のような表現がある。

東京電力は16日、同日午前10時20分ごろ、福島第1原発の正門前で毎時2399マイクロシーベルトの放射線量を観測したと発表した。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110316/dst11031611430035-n1.htm

上記には「一般人の年間被ばく線量限度は千マイクロシーベルト」のコメントがついている。
2399μSv/時ならば、1000μSvになるのに25分である。

自然界から受ける放射線量は、2.4mSv/年という説もあり(Wikipedia110319最終更新)もあり、これなら1時間で自然界の1年分ということになる。
大分様子が異なる。
政府発表も「直ちに影響のあるレベルではない」というような表現である。
「直ちに」というのが、急性の障害ということなのか、総量としての時間的猶予ということなのか曖昧だから、やっぱり不安である。

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2011年3月19日 (土)

谷沢永一氏と聖徳太子論争/やまとの謎(28)

震災の被害規模がどれくらいの規模で、どの程度の期間に及ぶのか見当もつかない。
亡くなられた方の数は既に阪神淡路大震災を大幅に上回っている。
行方不明の人の数も把握できない。
私の知人に南相馬市出身の人がいる。ご両親は無事だったとのことだが、津波の難を逃れたと思ったら原発の状況が予断を許さないようだ。

3月8日、文芸評論家・書誌学者の谷沢永一氏が亡くなった。
保守派の論客として知られ、渡部昇一氏の盟友だ。
私にとっては反面教師の役割を果たしていた。

それまでの発言内容から、「おやっ?」という印象を受けたのは『聖徳太子はいなかった (新潮新書) 』(0404)である。
概していえば、保守派にとって聖徳太子は、神のごとき存在である。
その存在自体を否定したのだ。
「あとがき」部分に次のようにある。

聖徳太子がいなかったことは、とっくに学界の常識となっている。いまさら素人の私などが出る幕ではないのであるが、また一般人の立場からながめると、聖徳太子がフィクションであるという知識が、世界のすみずみにまで広がっているとは、かならずしも言えないように見てとれる。

聖徳太子は、数多い「やまとの謎」の中でも、トップクラスの謎を秘めている。
小学生でも馴染んでいる歴史上の偉人の存否が問題になっているのである。
確かに、『日本書紀』に描かれた人物像には非現実的な部分が少なくない。

私も大山誠一氏の『「聖徳太子」の誕生 (歴史文化ライブラリー)』吉川弘文館(9904)などによる聖徳太子非実在論は知っていた。
⇒2010年12月17日 (金):聖徳太子(ⅰ)/やまとの謎(19)

谷沢氏は、大山説をベースに、該博な知識を駆使して「いなかった」ことを解説したものである。
これに対し、当然保守派を中心に激しい反発がある。
例えば、「新しい歴史教科書をつくる会」の会長だったこともある田中英道氏(美術史家、東北大学名誉教授)は、『聖徳太子虚構説を排す』PHP研究所(0409)を著わして、谷沢氏を批判している.
大災害に遭遇して、日本の国のあり方を再考すべき時がやってきた。
生きている間に体験するとは思っていなかった状況である。
「以和為貴」に始まる十七条憲法。
この語をどう解するか。
私は、「和」すなわち「争わないこと」だと理解し、それが大事なことだというように考えていた。
日本国憲法の前文にある「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚する」に通じるような。

しかし、続けて「無忤為宗」とあるのを知り、「どういうことだ?」と思った。
「忤(さから)うこと無きを宗(むね)とせよ」
「忤うこと」とは、誰が誰に忤うことを指しているか。
その解釈次第で、意味は大きく異なる。
聖徳太子論争は、すぐれて現代的なテーマでもあるといえよう。

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2011年3月18日 (金)

菅首相の器のサイズと事態の深刻さのミスマッチ

大地震の発生から1週間が経った。
この間、家にいて寝ている時間以外はほとんどTVを見て過ごした。
先ず、津波の破壊力に圧倒された。
昨夜来は、福島原発への放水による冷却活動等の様子を固唾を飲んで見ていた。

画面を通してであっても緊迫した状況であることが伝わってくる。
そういう中で、文字通り「命がけ」の活動に携わっている人には頭が下がる。
首相等の政治家は安易に「命を懸けて」などと言わないでほしい。

2時46分は検査のためクリニックにいたが、待合室でTVを見ていると、救援活動に携わる人たちが黙祷をする姿が映し出されていた。
菅首相は、側近の土肥隆一衆院議員の竹島問題と自身の外国人献金問題で絶体絶命のピンチだった。
そうでなくても政権の命脈は既に尽きていたのにも拘わらず、天変地異に乗じて未だ最高指揮者のポジションに居続けている。
クリティカルな局面になると、人間の器というものが露呈する。
原発事故への対応を見ていて、つくづくこの人が将たる器ではないことを痛感させられた。

伝えられているところでは、地震発生の翌日午前中、現場第一主義を標榜して、「原子力にものすごく強い」と豪語して、福島第1原発の視察を行った。
現場が初期対応で大わらわの時だから、敢えて言えば障害以外の何ものでもないだろう。
その日の午後の党首会談で「危機的状況にはならない」と言い切ったが、1号機で水素爆発が起きて建屋が崩壊したのは、その会談中のことだった。
⇒2011年3月14日 (月):現認する情報と俯瞰する情報
以後、日を追って緊迫度が増している。

東工大応用物理学科の卒業という学歴が「ものすごく強い」という自負の根拠だとしたら、考え違いも甚だしいというべきだろう。
学部レベルの知識で専門の分野のことを「ものすごく強い」とは??
万事その程度の認識なのだろうか?

震災後の人事として、先ず蓮舫消費者相を節電啓発担当相に、辻元清美衆院議員を災害ボランティア担当の首相補佐官に任命した。
次いで、笹森清氏を内閣特別顧問に任命した。同氏は東京電力労組出身で日本労働組合総連合会会長だった人。
さらに、昨日、仙谷由人前官房長官を官房副長官に任命した。藤井裕久氏が高齢で激務に耐ええないからということだ。
いずれも違和感がある人事といえよう。

先ず、蓮舫氏は事業仕分けで名を高めた(?)が、実態は民主党の目玉予算の捻出に失敗した人だ。
その結果増税しようというのが首相の思惑だから、国民生活に苦難を強いることになる節電の啓発に相応しい人とは到底思えない。
辻元氏は阪神淡路大震災でのボランティア体験を買われたらしいが、社民党と喧嘩別れ(?)をした時の泣き顔を見ると、非常時に強いとはとても思えない。
タレント的なこの2人を起用した時点で「おやっ?」と思った。
この天災をも支持率回復に利用しようという魂胆か?

笹森氏は東電出身で民主党の支持基盤の連合会長という履歴のゆえの起用であろうが、おそらく労組専従の期間が長く、東電の業務を知悉しているわけではないだろう。
これは邪推かも知れない。
しかし次の事実をみると、内閣特別顧問として何をやるのか、と思ってしまう。

笹森氏は、首相と会談後に報道各社に、菅首相は福島第1原発が最悪の事態になった場合の対応について、
「東日本がつぶれるというようなことも想定しなければならない。そういうことに対する危機感が非常に薄い。僕はこの(原子力の)問題に詳しいので、余計に危機感を持って欲しいということで東電に乗り込んだ」などと述べたという。

http://www.j-cast.com/2011/03/17090755.html

首相の発言内容がこのようなものだとすれば大問題だし、それを報道陣に明かす笹森氏も如何なものだろうか。
先ずは、「そのようなことを口にすべきではない」と、首相を内密に諌めるべきであろう。

仙谷氏は、つい先日野党から問責決議を受けた人である。
まさに国難であり挙党一致で事に当たるべき時に、頭がどうかしているのではないかと思う。
問題になった「自衛隊は暴力装置」という発言自体は、私は「自衛隊は武力組織」とほぼ同義と考えるので大騒ぎするのは如何なものかと思うが、当の自衛隊をはじめとして反発をしている人が多いことは事実だ。
⇒2010年11月20日 (土):仙谷官房長官がまたもや失言?
現に、福島原発の現場で「命がけ」の活動をしているのは自衛隊員等であり、自衛隊の力なしには危機的状況から脱け出すことは不可能だろう。

このような非常事態には、臨時に野党も含め救国的な体制を組むべきである。
⇒2011年3月12日 (土):想像を絶する激甚災害へ対応するための体制を
例えば、ボランティア担当には、阪神淡路大震災でボランティア体験を有する田中康夫新党日本代表とか、党首クラスの活用を考えるべきだ。

仲間内の人事にしかならないのは、度量を示すものだろうし、菅氏の人脈の限界でもあるだろう。
余りのお粗末さに、「福島原発問題は重大で深刻な事故」とウィーンから天野IAEA事務局長が駆け付けた。
業を煮やしたのだと思われる。

国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長は18日午後、海江田万里経済産業相との会談後、記者団に対し、東京電力<9501.T>福島第1原子力発電所について、重大で深刻な事故だと受け止めていると述べた。
事務局長は、海江田経産相に今回の問題を国際社会と連携し取り組む必要性を伝えた、と述べた。また、「国際社会からみると、もっと速く、もっと数多くの情報、もっと正確な情報を欲しいというのがあるので、協力をお願いした」と話した。

http://www.asahi.com/business/news/reuters/RTR201103180100.html

「平成の開国」はどこへ行った?
「国際社会からみると、もっと速く、もっと数多くの情報、もっと正確な情報を欲しい」と言われれてしまうのも菅首相の内向きの姿勢を如実に示しているが、国民も同様の気持ちをもっているから支持を失うのだということを理解しないのだろうか。
実際に外国の見る目は厳しいようだ。

在日米大使館は17日付で、第1原発の半径80キロ以内に住む米国民に対し、予防的措置として避難するよう勧告した。航空機を運用する米軍兵士らには、同原発から約112キロ以内に近づく際は、ヨウ素剤を服用することを義務づけた。
外務省関係者は「米政府は何度も菅政権に対し、『本当に第1原発は大丈夫なのか?』と問いただしていた。同盟国だけに、政府対応と異なる動きはしづらかったのだろうが、菅政権の危機管理能力のなさにあきれ果て、ついに退避勧告を出したのだろう」という。
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/print/20110317/plt1103171610002-c.htm

「東日本がつぶれるというようなことも想定しなければならない」という認識ならば、「半径20km以内は避難、20~30kmは屋内退避」という指示との整合性は?
言葉に信憑性がないのは今に始まったわけではないが。
⇒2011年1月27日 (木):言葉の軽さが裏付ける首相の真摯さの欠如

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2011年3月17日 (木)

「想定を超えた事態」ならば免責されるのか?

地震の、というより津波のと言うべきかも知れないが、被害の実態が日を追うに従い明らかになっている。
もちろん、現在進行中の事態でもあり、全容はまだほとんど認識できていないが。
その中で、今回の地震は「想定を超えたものだった」という声をよく目にする。
代表的なものは、地震の規模に関するものと原発の事態に関するものである。

「想定外」なのだから、今回の被害はやむを得ないものだった、と言えるかどうか?
そして、だとすれば関係者は免責されるのか?
さしあたって、次のような点が気になるところである。

1.地震の規模は「想定外」なのか?
先ず、地震そのものについてである。

東日本巨大地震は、宮城県から茨城県沖で予想されていた4つの大地震の想定震源域が連動して動いて巨大地震につながった。国の地震調査委員会の阿部勝征委員長(東京大学名誉教授)は12日未明、同委員会の終了後に記者会見を開き、「4つの想定域が連動するとは想定できなかった。地震研究の限界だ」と述べた。想定を超える地震の発生が大きな被害をもたらした。
http://newtou.info/entry/4809/

個別の大地震は予想されたが、それらの「連動」が想定できなかったということである。
それは何故か?

連動を予測できなかった理由について、阿部委員長は「過去の地震活動にはっきりとした事例がみられなかったため」と話した。ただ、今回の会合の開催は過去にない巨大地震であることから発生から、震源域の確定もままならないなど分析に必要な情報量は不十分だったという。
同上

確かに過去に例のない「未曾有」の事態は想定しにくいことだろう。
しかし「4つの想定域が連動するとは想定できなかった。地震研究の限界だ」ろうか?
「4つの想定域」が「連動する」ことは、「研究の限界」を越えたことなのか?
だとしたら、「地震国」日本の菅首相の得意の「国のかたち」は、どういう枠組みで検討するのか?

複数のプレートに囲まれる日本周辺では連動型地震が発生するとの指摘はあった。静岡県沖を震源とする「東海地震」と、中部地方の沖合を震源とする「東南海地震」、四国沖の「南海地震」の3つが連動する可能性があるとみられていた。これらが連動して発生すると、M8を超える巨大地震になるといわれている。
同上

つまり、他地域については想定していた、ということであろう。
該地域については想定しなかったということであって、「考えられないこと」ではないのではないか。
「想定外」というのは、不意打ちだったことの意味だと理解する。

2.地震の規模は正確か?
地震の規模として「震度」と「マグニチュード」が使われる。震度はある地点の「現象」であり、マグニチュードはその原因となるエネルギーの大きさである。
詳しいことは分からないが、マグニチュードは実際に起きた現象から推計した数値である。マグニチュードそのものを測定できるものではないだろう。

2011年3月11日14時46分頃、北緯38.0度、東経142.9度の三陸沖、牡鹿半島東南東130km付近、震源深さ24kmで、マグニチュード9.0の巨大地震が発生した。マグニチュードが当初8.4→次に8.8→最後に9.0に修正されてきたことが、疑わしい。原発事故が進んだために、「史上最大の地震」にしなければならない人間たちが数値を引き上げたのだと思う。これは四川大地震の時に中国政府のとった態度と同じである。
http://diamond.jp/articles/-/11514

『原子炉時限爆弾~大地震におびえる日本列島』ダイヤモンド社(1008)の著者・広瀬隆氏の言葉である。
まさか、とは思うが、あり得ないことではないだろうな、という気がする。
そういうことも「想定」しなければならないのだろうか?

3.原発の安全性基準は適切だったか?
「想定」は何かのために行うはずである。例えば、津波の避難計画とか原発施設の設計指針とかである。
この場合の「想定」は、計画の与件とか設計基準等の言葉で言い換えられよう。
福島第1原発の場合、1号~6号機のすべてが事故(異常事象)を起こしている。
当然、安全基準に問題はなかったか、という疑問が湧く。

耐震設計審査指針(指針)によって安全性が十分保障されるように設計されている。したがって原発の地震に対する備えは万全である。これが通産省の見解だ。しかし石橋克彦・神戸大学教授は現在の地震学の知見に照らすと、日本中のどの原発も「想定外」の大地震に見舞われる可能性があると指摘する。
http://stsnj.org/nj/essay99/nomura1.html

上記は通産省という言葉からも分かるように、1999年の資料である。
その後指針の改訂がなされたかどうか分からないが、現実に「想定外」の大地震に襲われたのだ。
結果として、石橋克彦・神戸大学教授の指摘が正しかったことになる。

4.「想定外の事態」への対処は想定できないか?
上記のような、与件とか設計基準の想定は、経済性等の条件を加味したものである。
この場合、「想定外」の事態が起こることは「想定内」であろう。

自然現象が「想定外」だったとしても、防災上想定できることはないのか?
小松左京『日本沈没』光文社文庫(9504)の森下一仁氏の「解説」に次のようにある。

繰り返し説かれるのは、災害に対する最大の想像力であり、正しいイメージの持ち方である。

日本沈没』が上梓されたのは1973年のことであり、既に40年近く前になる。
SFで描かれていることだから、奇想天外と言っていいのか?
計画の与件や設計基等の「想定」を越えた事態は起こり得るのであるから、その場合にどうするかを想定して策を考えておかなければならないのではないか?
ムダになることを承知で、と言うよりもムダになったら幸いと考えて(保険とはそういうものだろう)、「想定外」の事態が起きたときの準備をしておくべきだと思う。

総じて、安易に「想定外」を使い過ぎているのではないか。
「想定外」が起こったというのは、多くの場合イマジネーションの貧困ということに他ならない。
免罪符のように使うのは間違いだと考える。

しかし、それでも想定外の事態が起こることはあり得る。
というよりも、想定通りに事態が推移することはむしろ例外というのが体験からする実感である。
菅首相は国民に向けて「冷静に行動を」とメッセージを発した。至極当然である。
あえて言えば、「冷静に」判断をするべきなのは、政府・官邸ではないか。
数多くの「対策本部」の設置が報じられているが、指揮命令系統がかえって混乱していて、必ずしも有効に機能していないように見受けられる。

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2011年3月16日 (水)

『日本沈没』的事態か? 静岡県東部も震源に/因果関係論(9)

昨晩、このブログを投稿し終わり、風呂へ入って寝ようかと思っていた時であった。
最近はいつも揺れているような感じがあり、またか、と思っていたら急に別の激しい揺れが来た。
揺れというよりも、突き上げられるようなショックと言った方が近いかも知れない。
その後かなり強い横揺れが継続した。といっても20~30秒ほどであろうか?
3月11日の時に比べるとずっと短い。

すぐにTVで「震度6、震源は静岡県東部」のテロップが流れた。
間を置かず、三島市役所の人がTVの問い合わせに、「市役所の震度計は震度4だった」と応答した。
揺れは強かったが、棚の物が落ちるなどの被害はなかった。
この間テスト(練習?)した「災害用伝言板」を早速本番利用してみた。
こんなに早く利用することになろうとは思っていなかった。

退院後、なるべく規則的な生活を送るように心掛けている。
発症前の生活習慣を私なりに反省もしたし、入院中の生活がある程度身に付いたともいえる。
普段は夕食の前に入浴を済ませるのだが、昨日は隣の市に住んでいる娘が計画停電の対象地域だということで、夕食を我が家で食べたりしていて、入浴が遅くなった。
結局は停電は回避されたのだが。
停電になるよりはいいとも言えるのだろうが、正直な感想を言えば、「やると決めたのならやってくれ」である。

3月11日の大地震の報を聞いて、先ず頭に浮かんだのが『日本沈没』に描かれた世界である。
TVで流れる津波の映像を見ていると、その連想があながち的外れではないような気がする。
その後、余震が頻発すると共に、長野や岐阜など広域的に震源が移動している。
これらの地震が連動しているものなのかどうか分からないが、何らかの異変が日本列島に起きているようである。
⇒2011年3月12日 (土):想像を絶する激甚災害へ対応するための体制を

緊急地震速報も慣れてきた。
そういえば、宮崎県の新燃岳はどうなった?
すべてが吹き飛んでしまった感があるが、それぞれに生活があることを忘れてはならないだろう。

昨晩の富士山西麓を震源とする地震の因果関係の詳報はまだ聞いていない。
基本的には、プレートが違うので、東北関東大地震とは無関係ということのようである。
しかし、本当に無関係なのだろうか?
地球全体を1つの有機体と考えれば、関係ないとは言えまい。
宇宙船地球号あるいはHolistic Earth?

それにしても計画停電は他に方法はないのだろうか?
今回の事態に関して痛感するのは、昨日も書いたような「伝える力」の重要性である。
特に、東京電力と原子力安全・保安院の説明には問題があるように思う。
例えば、東電の「計画停電」についての説明は何回聞いても分かりにくい。
私の理解力の問題ではあるのだが、周りにいる人も口を揃えて言っていた。

何かをやろうとする場合、必ずリードタイムが必要である。
ささやかな市井の生活でも、大企業の生産活動でも反射的な行動以外の、つまり計画を要するような行動にはすべて準備というものがある。
特に、産業界にはリードタイムの長い業種がある。加熱炉を使うような業種である。
このような業種においては、今のような計画停電は対処が困難であると思われる。

現在の停電は、東電にとっては「計画停電」であろうが、利用者の行動は計画できないというパラドックス的事態をもたらしている。
計画は「行動のシミュレーション」のためにあるのだと思うが、利用者にとっての与件が揺れていて「シミュレーション」がし難いのだ。
開示の仕方(タイミング、メディア……)も含めて再考すべきだろう。
需要抑制のためには、いっそ総量規制により予め割当を決められた方がやり易いのではないか?

それにしても(と口癖になってしまいそうであるが)、言うべきことではないだろうが、こういう時に「日本丸」の船長が菅氏だとは。
自身の信念とは逆に、最大不幸社会を招いているのではないか。

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2011年3月15日 (火)

地震情報と「伝える力」

時間の経過と共に地震の被害はますます深刻なものであることが明らかになりつつある。
未だ救出されていない多くの被災者がいるに違いない。
一刻も早い救出に努めてほしい。
いまはボランティアの出番はないようだが、そのうち大勢のボランティアが力を発揮することだろう。

福島原発も、日増しに状況が悪くなるようである。

「起こるべくして起こった。世界で起こる地震の1-2割は日本で起きている。政府と電力会社はどんな地震が来ても大丈夫だと豪語して原子力発電所を建ててきた。耐震と想定する地震の規模とを過小評価した。全くの人災だ」
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920008&sid=aG9J6xX5F2xM

京都大学原子炉実験所の小出裕章助教の言葉だが、政府、原子力安全・保安院、東電の説明とはずい分異なる印象である。
問題は、いくつかあるだろう。
例えば、説明が変わってしまうことである。
菅首相は、現地視察の後、「危機的な状況にはならない」と強調していたが、その後の推移は危機的な状況以外の何ものでもないように思える。

東京電力の福島第1原子力発電所4号機で爆発音がした問題で、経済産業省原子力安全・保安院は15日、同電力から「午前6時14分、大きな爆発音がして、原子炉建屋(たてや)の外壁に8メートル四方の穴が2カ所開いた」との通報があったと発表した。3号機付近で午前10時22分、一般人の年間被ばく限度の400倍に匹敵する1時間あたり400ミリシーベルトの放射線量を記録。菅直人首相は同日、第1原発から半径20~30キロの範囲内の住民に屋内退避を求めた。
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110316k0000m040102000c.html

「最悪の事態を想定して……」の程度が逐次的に悪化しているのである。
もちろん、時間の経過により分かってくることがあろのであろうが、人によっては最初からより悲観的な推測をしていた人もいた。
海外からは、被災地の秩序が保たれていることに称賛の声が上がる一方で、原発事故に対しては不信感が高まっているという。

また専門用語が飛び交うのも果たしてやむを得ないことなのだろうか。
「爆発的事象」「臨界」「メルトダウン」……
何となくは分かるが、正確な意味は?
今朝の枝野官房長官の記者会見において、「サプレッションプール」という言葉が説明なしに使われていた。
格納容器に繋がるサプレッションプールと呼ばれる箇所に欠損がみられることが明らかになった、という説明である。
耳で聞いただけでは、何と言っているのかも理解できなかった。
説明上手といわれる官房長官でも、である。
その後の他の番組で解説されていたが、専門用語は間違いではない程度に易しく言い換えて説明した方がいい。

東電柏崎刈羽原子力発電所の資料では以下のように説明されている。

圧力抑制室内のサプレッションプールは、格納容器という、原子炉本体を囲んでいる容器の底にあり、約4千トンの水(学校のプール10 個分)を貯えています。
配管が壊れて格納容器に蒸気が充満してしまい中の圧力が高くなった場合に、蒸気をこのプールに逃がしてやって圧力を下げます。また、原子炉の水が少なくなった時に原子炉へ水を補給する水源にもなります。サプレッションプールとはいわば「防火用水」のような役割を持っています。
http://www.tiikinokai.jp/meeting/PDF/7data_02.pdf

Photo http://gigazine.net/news/20110315_fukushima_1f2_suppression_pool/

上記のような解説を検索してもますます不安になる。
防火用水が欠損しているとしたら、その影響はどうなるのであろうか?

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2011年3月14日 (月)

現認する情報と俯瞰する情報

未曾有の事態に直面して被災者が一様に口にしていたのが、「情報が欲しい」という言葉であった。
自分がいかなる状況にあるのか、的確に認識できれば、多くの場合、落ち着いて何らかの対応を考えることもできる。
逆に、自分のおかれた状況が皆目把握できないとしたら、不安は増幅する。
大多数の情報は視覚的に入ってくるので、夜、明かりの無くなると著しく不安になることは、容易に推測できることである。

以下は、当事者の批判を目的としたものではない。現在の状況は、批判よりも協力をすべきだろう。
また、結果論に過ぎないことかも知れない。
いかなる情報行動が好ましいかについて、一般論化できることを、記憶のあるうちに私見を書き留めておきたい。

よくビジネス書の類には、情報収集には、鳥の目と虫の目が必要だ、と書かれている。
鳥の目で見ることを鳥瞰という。

ちょう‐かん【鳥瞰】
鳥が見おろすように、高い所から広範囲に見おろすこと。転じて、全体を大きく眺め渡すこと。
広辞苑第六版

鳥瞰に対する語が虫瞰である。すなわち地面に張りついて見る姿勢である。
地図などの縮尺として考えると分かり易い。
地図の縮尺の場合、1/10と1/100を比べた場合、1/10の方を大縮尺、1/100の方を小縮尺という。
つまり、数値としての大小であるが、縮小度合の大小と間違えやすい。私自身、間違えて話をしたことがあり、「どっちだっけ」と考え始めるとますます混乱してくる。
この小縮尺が虫の目、大縮尺が鳥の目である。

また、3現主義ということが言われる。
すなわち、

「現場」に足を運び、場を確認する
「現物」を手に取り、物を確認する
「現実」をこの目で見て、事実を知る

ことが重要だということである。

さて、菅首相が地震発生の翌日、急遽(!)、被災現場の中の福島第1原発を1時間近く視察した。
そして、午後の与野党党首会談で原発に関し「危機的な状況にはならない」と強調した。
爆発が起きたのは会談の最中だった。

菅首相の行動は、3現主義に基づく適切なものだったといえるだろうか?
現場はすでに放射性物質の一部放出をしなければならない事態に陥っていた。そこに首相がヘリコプターから降り立ったため、現場担当者も首相の対応に追われた。
視察したことが、現場の作業を遅らせる一因になったとの指摘がある。

また、退避指示が、当初の半径3kmから10km、20kmに逐次拡大された。
計画停電については、予想通り計画とは言いながら、最終的にどうなるかがなかなか決まらず、生活者の方では計画が立たない事態だった。

状況に応じて最善の手を講じようとしていることは理解できるにしても、国民の自律的な判断ができないことには、最善の結果を得ることはできないのではないか。
停電は、選択の余地を失わせる。
例えば、復旧までの間、臨時に電気料金の値上げをするなどの方法で、自律的な節電を促すなどはとれないものだろうか。

菅首相の「危機的な状況にはならない」という見解は、何に基づいているのか。
その後の経緯をみると、対応が後手に回っているのではないかと思われる。
菅首相については、O‐157の時、かいわれ大根をパクついていたこと、年金未納の時、四国遍路をしたことが記憶にある。
それぞれ、ほとんど意味のないパフォーマンスだと思う。
福島原発視察も同様のパフォーマンスではないか。

原発視察によって、現場で何を「知った」のか?
今度のように広範囲で大規模な災害の場合、最高指揮者に求められるのは、鳥の目であろう。
全体を俯瞰して、緊急性と重要性を見極め、優先順位を判断すべきだと考える。

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2011年3月13日 (日)

歴史的な規模の巨大地震と震災

東日本を襲った巨大地震は、気象庁がデータを再検証した結果、マグニチュード9.0に変更された。
世界で観測された中で4番目の規模だという。
地震の規模もさることながら、被害の規模も歴史的な規模といえよう。
被害は人の生活があるからこそ発生する。すなわち、地震あるいは地震によって直接引き起こされる津波そのものは自然科学的的な現象であるが、災害は社会科学的あるいは人文科学的現象である。

人の生活は、基本的に土地の上で行われる。
したがって、土地の条件によって災害は左右される。
土地の条件とは、地形・地勢と土地利用である。

今回の地震について言えば、地震そのものの被害もさることながら、圧倒的な破壊力を見せつけられたのは津波である。
被害は沿岸部に集中している。
沿岸の土地利用も歴史的に変遷してきた。

沿岸部の生活としては、まず海の利用すなわち漁労がある。
三陸沖は昔から豊富な漁場として知られていた。
大船渡や気仙沼などは屈指の漁港である。
この漁業が壊滅的な被害を受けてしまった。

次いで、農地としての利用がある。
南相馬市の紹介資料には次のようにある。

20世紀初め殖産興業・食料増産が推進される中、浦を水田に変える事業が各地で行われた。鹿島区(旧相馬郡八沢村)では、岐阜県養老町出身の山田貞策によって八沢浦の干拓事業350ヘクタールが明治39年(1906)から大正3年(1914)にかけて実施され、小高区(旧相馬郡福浦村)では衆議院議員太田秋之助によって井田川浦の干拓事業(東西1.8キロメートル)が大正10年(1921)から昭和4年(1929)にかけて実施され、現在では豊かな水田地帯を形成している。
http://www.pref.fukushima.jp/bunka/kairou/si/49minamisouma.html

このような地域が一面水浸しになってしまったことがTV映像からも分かる。
地盤が陥没して地形が変わってしまい、水が引かないのだ。
浦だった時代に戻ってしまったともいえる。

今回の震災の最大の特徴は、文明史的とでもいうべき様相があることではなかろうか。
原発施設であり、コンビナートである。

東電の福島第1および第2原発が機能停止した。
まだ事態の詳細が明らかにされていないが、その経緯が全世界的に注視されている。
Photo
http://hustler4life.tumblr.com/

今回の地震による事故は、上表の4~5ではないかといわれている。
原子力被害は、目に見えないものが相手だけに恐怖心が倍加する。
まして、「爆発的事象」の映像である。海外メディアの中には、「大爆発」という表現をしているものもあるという。
仕方がないことかもしれないが、政府の発表はどうも分かりにくいような気がする。

原発と並んで現代文明を象徴するのが、臨海コンビナートであろう。
巨大地震により市原市や仙台市・塩釜市の石油コンビナートで火災が発生した。
原発事故も石油コンビナート火災も、いつか起きることだったともいえる。
しかし、いま目にするとは思わなかった。

東電は計画停電を行う予定だという。
節電努力は賛成だが、地域を分けて輪番的に停電するというのは如何なものだろう。重要性の判断をどこかでする必要があるのではないか。

死者の数は最終的にどれくらいになるのであろうか。
まとまった数で行方不明が発生している。万を超えるのは確実という情報もある。
われわれの生活様式を考え直すことも必要なのかもしれない。

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2011年3月12日 (土)

想像を絶する激甚災害へ対応するための体制を

昨日発生した巨大地震の被害の様相が徐々に明らかになりつつある。
Photo_4 TVでは各局とも、特番を組んでぶっ続けで被害の様子を放映している。
しかし、まだ情報が未確認の状態の地域もあり、当然そういう地域の被害の方が大きいので、全容がはっきりしてくるには時間を要するようだ。
今日の1430時点での被災状況は左図の如くである(日経新聞電子版)。

阪神淡路大震災のときは、たまたま海外出張中だったので、CNNを通じて知るだけだった。
リアルタイムでこれだけ激甚な震災報道に接するのは初めてである。

今回の震災は、広域的であることが最大の特徴だろう。
いわゆる海溝型の地震は影響が広い範囲に及ぶが、静岡県でも被害が出ている。
津波の恐ろしさはかねてから教えられてきたが、家屋が流されていく映像を目の当りにすると、そのエネルギーに驚かされる。
まるで特撮映画を見ているようだ。
視聴者が撮影したビデオ映像も放映されており、生々しい。

特に、岩手、宮城、福島の海岸部は目を覆いたくなるようだ。
陸前高田市や南相馬市などは、文字通り壊滅的な津波被害を受けた。
津波の高さは10mを越えているという。
Photo_2
http://yamagata-np.jp/news/201103/12/kj_2011031200199.php

今日未明には、新潟県中越地方(M6.6)や長野県北部(M6.7)の地震も発生した。
わが家でも緊急地震速報装置が何回か作動した。
宮城県沖の巨大地震との関係は不明だが、誘発された可能性もあるという専門家もいる。
まさに小松左京の『日本沈没』のようだ。

菅首相は、今日の2030から国民に対するメッセージを語った。

「未曽有の国難とも言うべき今回の地震を国民一人一人の力で乗り越えるため、それぞれの立場で頑張っていただきたい。私も全身全霊、命懸けで取り組むことを約束する」と述べた。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011031200648

まさに国難であり、緊急避難的に救国政権で対処すべきだろう。
既に自衛隊の災害出動人員を2万人から5万人に増員することを表明していたが、さらに増強することも検討するとのことだった。
菅首相はかって、「あらためて法律を調べてみたら、(首相が)自衛隊に対する最高の指揮監督権を有していた」と、他人事のような寒いジョークを口にしたことがある。[100820]
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2010/08/20/14.html

気象庁は、今後1か月以内にマグニチュード7、震度6程度の余震が数回起きる可能性があるとしている。
十分な注意が必要だ。
特に、福島県大熊町と双葉町にまたがる福島第1原子力発電所で、「爆発的事象」の映像が放映されていた。住民の退避を10kmから20kmに拡大させたが、現象、原因、影響等についての説明は十分とは言えないようだ。
Photo
枝野官房長官の記者会見では、原子炉損壊防止へ海水で冷却を開始した、とのことである。
廃炉という事態も予想されるということだろう。
こういう事態においては、より一層的確な情報が重要である。
政府には、尖閣漁船問題を教訓として、速やかな開示を期待したい。

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2011年3月11日 (金)

大規模地震で日本国はどうなるのか?

史上最大級の大規模地震が発生した。
全容はまだ分からないが、速報的には以下のようなことが伝えられている。

震源は宮城県沖で、震度7、マグニチュードは8.8。観測史上最大級であることは間違いない。
交通機関はいたるところでストップし、大津波が発生している。

110311
http://sankei.jp.msn.com/affairs/photos/110311/dst11031117400105-p1.htm

枝野幸男官房長官は11日夕、記者会見し、首都圏在住者に「徒歩等で無理に帰宅せず、職場等の安全な場所で待機してほしい」と述べた。
枝野氏は「首都圏の交通機関について、現時点で復旧のメドが立っていない。歩道が満員になる。自動車も渋滞して動かなくなる。食料、水、トイレに困惑されるケースが想定される。交通機関に関する情報はテレビ、ラジオ等で把握してほしい」と述べた。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110311/dst11031117560108-n1.htm

津波に詳しい港湾空港技術研究所の高橋重雄氏は、震度7を観測した今回の三陸沖大地震による津波について、「高さ、被害域の広さともに国内で過去最大級。100年に1回クラスの規模だ」との見方を示した。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110311/dst11031117380103-n1.htm

上空まで黒煙が混じった大きな炎が立ち上がった。地震の影響で、千葉市中央区の化学工場と千葉県市原市のコスモ石油の製油所タンクなどでは、相次いで大規模な火災が発生した。首都圏では、東京都江東区のテレコムセンタービルでも黒煙が上がったほか、同区内で建設中のビルでも火災が発生した。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110311/dst11031117320100-n1.htm

私は職業生活の第一歩を市原市の石油コンビナートの一隅でスタートしたので、TVに映る石油タンクの火災の様子を眺めながら、複雑な思いで40年前を思い返していた。
2
http://gigazine.net/news/20110311_earthquake_sanriku/

遠く離れた三島・沼津でも、かなり強い横揺れが長時間続いた。
2009年8月の駿河湾で発生した地震以来であるが、余震を含め持続時間が異常にながく、船上にいるような気分である。
⇒2009年8月11日 (火):駿河湾を震源とする地震が発生

都内に住んでいる家族もいるが、電話は繋がらない。
とりあえずメールで人的災害はないことを確認できたので一安心したが。

菅政権が、土肥隆一衆議院議員の問題発言で、いよいよ沈没かと思っていた折も折である。
まるで狙い撃ちしたかのようなタイミングである。
それにしても、次々に人災と天災が降りかかってくるものだ。
予算関連法案の成立の見通しも立っていない状況で、泣き面に蜂的な状況であるが、ここは政府がやるべきことを全力でやってほしい。

土肥議員は菅首相の数少ない側近といわれるが、竹島の領有をめぐっての行動は自分の立場というものをわきまえていないものと言わざるを得ないだろう。
こともあろうに、首相が四面楚歌に陥っているときに、日本政府に対して竹島の領有権を放棄するように求める共同宣言に署名していたのである。

問題とされている共同宣言は、土肥氏が11年2月末、日韓キリスト教議員連盟の日本側会長として出席した行事で署名したもの。共同宣言には、
「日本政府は歴史教科書歪曲と独島の領有権主張により、後生に誤った歴史を教え、平和を損なおうとする試みを直ちに中断しなければならない」
との文言があった。

http://www.j-cast.com/print_window.html

土肥氏は、「国のかたち研究会」代表を務め、昨年9月の民主党代表選では菅首相の推薦人だった。
同研究会は、通称「菅グループ」と呼ばれ、菅首相と江田法相が世話人を務める。
⇒2011年3月 8日 (火):「啓蟄」とポスト菅の行方/民主党とは何だったのか(6)

土肥氏は産経新聞の取材に「共同宣言は外交交渉上有効になるようなものではない」と説明。「この議連は本来、キリスト教的精神で日韓問題を考えようという趣旨のもの。どちらか一方だけが悪いということにはならないはずだが、韓国では竹島、慰安婦、教科書、靖国に対する自国の主張を述べないと、日本と向き合ったことにならない」とも述べ、韓国側が作成した宣言文に理解を示した。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110309/plc11030914140020-n1.htm

土肥氏は、「内容については十分議論する暇がなくて。軽率だったと思います。竹島は、日本の領土です」と釈明しているが、後の祭り的な弁明であり、今回の発言は確信犯的なものであろう。

昨日発売された「文藝春秋」4月号に、『同志菅直人よ/私はホームレスに堕ちた』と題する三山喬氏のルポルタージュが載っている。
「同志」というのは、かつて菅首相と同じように、市川房江さんの選挙運動のリーダーだった田上等氏が主人公だからである。
田上氏は現在、横浜でホームレスの生活を送っている。同じ選挙事務所で同じような夢を持って働いていた若者が、かたや首相、かたやホームレスである。
余りにも大きな差異である。
もちろん、それは菅首相の責任であるというわけではないが。

しかし、菅首相をめぐって、余りにも不祥なことが続発している。
与謝野馨氏が厄病神だ、という説を紹介したが、元凶は菅首相自身にあるのではなかろうか。
⇒2011年3月 5日 (土):与謝野馨氏は疫病神か?
倒閣運動などしている場合ではないが、災害の救援活動が一段落したら、即刻退陣すべきだと思う。

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2011年3月10日 (木)

『家族の歌』と歌人の宿命/追悼(11)

家族の歌 河野裕子の死を見つめた344日 』産経新聞出版(1102)を読んだ。
著者は、河野裕子・永田和宏・その家族である。
その家族とは、永田淳、永田紅、植田裕子のことで、植田が淳の妻である。
つまり、永田和宏・河野裕子夫妻の子供2人とその連れ合いであるが、5人共に歌人というところがちょっと変わっているところだろう。

永田さんと河野さん夫妻は有名な「おしどり夫婦」の歌人だった。

いつも一緒で仲むつまじい夫婦のことを「おしどり夫婦」という。おしどりの夫婦がいつでも寄り添っている様子から出来た言葉である。難しく鴛鴦の契り(えんおうのちぎり)とも言い、生涯助け合い大切にするということ。
http://www.union-net.or.jp/cu-cap/osidorifuufu.htm
Photo
http://blog2.yuyu-photo.com/?eid=780889

2人共に私でも名前を知っているくらいの著名歌人である。
歌人といっても歌だけで生計を立てるなどということは、今の世の中ではあり得ない。
永田さんは、京都大学理学部教授を経て、京都産業大学に新設された総合生命科学部の学部長に就任した科学者である。
専門は、細胞生物学。
つまり文武両道ならぬ文理両道において一流ということになる。

京都大学在学中に短歌を始め、高安国世に師事した。初期の歌風は前衛短歌の影響を色濃く受け、時に口語も生かした青春歌や科学者的な世界把握を持ち味とした。
Wikipedia110302最終更新

私は永田さんの初期の瑞々しい歌のファンであった。
第一歌集の『メビウスの地平』茱萸叢書(7512)は、古書店で入手した私のお気に入り(My favorite)の蔵書である。

あなた・海・くちづけ・海ね うつくしきことばに逢えり夜の踊り場

あの胸が岬のように遠かった。畜生! いつまでおれの少年

あんず・すもも・りんごその他咲きつぎて還らぬ季ぞ・花スペクトル

断ちがたき執着ひとつ ああ奴をなめるように陽がおちていく

ひとひらのレモンをきみは とおい昼の花火のようにまわしていたが

いかにも青春の情感の溢れる歌群である。
永田さんが伴侶となる河野裕子さんと出会ったのは、京大理学部の学生の時で、爾来二人して歌の道を歩んだ。
そして生まれた子供も、歌人になる。子供の結婚相手も、永田家のその環境に感化され歌を詠むようになる。

幸せを絵に描いたような家族像といえよう。
しかし、その家族の中核である河野さんが乳がんに罹患し、闘病の末、2010年8月12日に死去する。
本書は、その病床にある河野さんの最後の記録であり、<短歌+リレーエッセイ>の形で産経新聞の夕刊(大阪本社版)に連載されたものを編集したものである。
5人家族が、全員歌を詠み、エッセイを書く、という特異な家族にして初めて可能な貴重な書といえる。

9月4日掲載分に、永田和宏さんは、亡くなる前日の河野さんの様子を、次のように書いている。

八月十一日。いよいよ裕子の状態が悪い。昨日から吐き気が強く、持続的に皮膚から染み込ませていたモルヒネのパッチをはずした。
その影響だろうか、朝から苦しさに胸を掻きむしる。
・・・・・・
紅が突然アメリカでの生活のことを話し始めた。そうか、と、はっと思いあたり、すぐに私もそれに応じる。
・・・・・・
「裕子さん、覚えてる?」と言葉を挟みつつ、二人で必死にアメリカ時代の思い出を次から次へと話す。話題は河野の苦しそうな顔を越えてゆっくりと展開し、やがてモルヒネのフラッシュが利き始め、眠りに入っていった。
・・・・・・
一時間ほども眠ったあと、ベッドの両側から見つめている私たちに気付いたようだ。
不思議そうに眺めて、呟くようにゆっくり、かろうじて聞き取れるほどの小さな声で話し始めた。
「あなたらの気持ちがこんなに…」
あっ、と思う。
「ちょっと待って」と、すぐに原稿用紙を開く。歌なのである。

 あなたらの気持ちがこんなにわかるのに言ひ残すことの何ぞ少なき

一首ができると、言葉が次々に芋づるのように口にのぼってくるようだ。
十分ほどの間に、数首ができた。
最後の一首は、

 手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が

こんな風にして河野裕子は死の前日まで歌を作った。
生まれながらの歌人だったのだと思う。
翌十二日。やはり苦しさの発作の直後に、「われは忘れず」と呟いた。
「それから?」と促すと、
「うん、もうこれでいい」と言った。
それが歌人河野裕子の歌との別れであった。

写しているだけで、涙が溢れてくる。
私が発症以来とみに感情の振れ幅が大きくなったことは自覚しているところだが、それでも格別である。
永田家は、歌を共通のメディアとして、見事な意識と感情の交感が成り立っている。
しかしこの家族は、それを三十一文字の定型として表現し、社会に提示する責務があるかのようである。
大変な宿命を負ってしまっているのだな、と思わざるを得ない。

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2011年3月 9日 (水)

東京マラソンのインパクト

今年の東京マラソンは、2月27日に約36,000人の市民ランナーが参加して行われた。
フルマラソンは、応募抽選倍率が9.2倍という人気であった。
エリートの部男子(2時間23分以内の記録を有することが条件)は、川内優輝選手が2時間8分37秒で日本人トップとなる3位に入った。
これで「2時間9分30秒を切って日本人トップ」という日本陸上競技連盟の代表選考基準をクリアしたため、2011年世界陸上競技選手権大会のマラソン日本代表に内定した。

私はもっぱらTV観戦していただけだが、見上げるような都庁のビルを背景に、続々と選手が繰りだしてくる様子は圧巻だった。
丹下健三がこういう事態をも予想して設計したのなら、「さすが!」と思うがそんなことはないだろうなあ。
ふと、これがデモ隊だったらどうか、ということが胸中を過ったが、中東からの飛び火もあり得ようはずもない。

しかし、東京マラソンは、観戦しているだけでもさまざまなことを感じさせてくれるイベントだった。先ず、川内選手がゴールインした後、息も絶え絶えだった様子に、マラソンという競技の苛酷さを感じさせた。
ゴールイン後は自力で歩けず医務室に搬送されたが、「いつも死ぬ気で走っている」という言葉通りで、『走れメロス』もかくや、という気がした。

Photo
http://sankei.jp.msn.com/sports/news/110301/oth11030108250001-n1.htm

川内選手はいわゆる実業団の選手とは異なり、埼玉県の春日部高定時制職員で午前中2時間だけの練習だという。
それが一種の爽やかさとして受け止められたが、マラソンの練習法に新たな問題提起をするものともいえる。

見ていて、本当の実力勝負の持つ潔さを感じた。
およそ不正の入り込む隙はないだろう。
カンニングもしようがない。
琵琶湖毎日マラソンでも、世界陸上の残りの代表枠をめぐってデッドヒートだった。

東京マラソンの中継を見ていると、見覚えのある景色が映し出される。
銀座、浅草、ビッグサイト……。いながらにして、鳩バスツアーの気分である。
それにしても、東京というのは日本の都市の中で特別なポジションにあることを改めて認識した。
最先端のハイテクやデザインと古い情緒の混在。
人間というものがそういう性格を持っているのだろう。
沿道の声援が多いのは都市マラソンの特徴だろうが、東京マラソンの場合、圧倒的に数が多い。市民ランナーにとってはこたえられないだろう。
出走希望者の殺到するのも頷ける。

大会運営に携わるボランティアは、約1万人に上るという。
給水所などの市民ランナーへのサポート業務、沿道の見物客の案内・誘導を中心に大会の縁の下を支えている。
また、学生ボランティアと救急救命士によるAED隊が配備されているという。
その他、随所にボランティアの活動の場がみられ、日本でも機会さえあればボランティア活動が積極的に行われることを示した。

タイガーマスク現象にみられるように、人の役に立ちたいと考えている人は多いのだ。
国会は何をやっているのだろうと思うことばかりだが、日本社会もまんざらではないような気もする。

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2011年3月 8日 (火)

「啓蟄」とポスト菅の行方/民主党とは何だったのか(6)

二十四節気の一つに、「啓蟄」がある。
今年は3月6日だった。
期間としての意味もあり、次の節気の春分前日までである。いま、まさにその期間ということになる。
“啓”は「ひらく」、“蟄”は「土中で冬ごもりしている虫」の意で、 文字通り地中で冬ごもりしていた虫が春の到来を感じ、草木が芽吹く と同時に地上へ這い出してくるという意味だ。
私の亡母は短歌や俳句を慰みとしていた。手作りの遺稿集を作って知己に読んでもらったが、友人の1人が「お前のお母さんは、『啓蟄』という言葉が好きだったんだな」と言ってくれたことを思い出す。

菅政権の行き詰まりが誰の目にも明らかになる一方で、ポスト菅の最有力候補とされた前原前外相がとりあえず候補から外れた。
前原氏自身十分意欲があったたようで、10日発売の「文芸春秋」のインタビューにおいて、「年内解散については「あった方が日本のためになるかもしれない」と強調し、菅直人首相に対しては「何にこだわりを持って首相を続けているのかを『殺されてもいい』ぐらいの気概で語れるか、実行できるかにすべてはかかっている」と“注文”したという。
この限りでは、その通りであろう。

さて、ポスト菅の行方はどうなるだろうか?
先ず、前原氏の辞任の影響はどう見られているか。

前原誠司外相の辞任により、仙谷由人前官房長官に続き、菅直人首相を支えてきた主要閣僚が閣外に去ることになった。両氏が所属する前原グループの「菅離れ」が起き、政権基盤の弱体化が進むのは確実なことに加え、ポスト菅の筆頭だった前原氏の目がなくなったことで、民主党政権の今後の戦略も描けない混とん状態に陥った。自民党など野党は勢いづき、国民年金第3号被保険者の切り替え漏れ問題で細川律夫厚生労働相にも辞任を迫る構えだ。「ドミノ辞任」の可能性も否定できず、衆院解散・総選挙か内閣総辞職に追い込まれる「3月危機」が一段と現実味を増してきた。
「ポスト菅の一番手がいなくなるのは大きい。前原氏以外の首相の下で解散しても支持率は上がらないだろう」。自民党幹部は6日夜、前原氏辞任の報を聞いてほくそ笑んだ。

http://mainichi.jp/select/today/news/20110307k0000m010071000c.html

確かに、前原氏の辞任は、民主党にとって限りなく「一本」に近い打撃といえよう。
しかし、自民党の期待しているようには、それがそのまま自民党のプラスにならないと思う。

ポスト菅については、次のような分布図が描かれている。
Snk20110308123view_2
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/politics/snk20110308123.html

菅首相を取り巻く情勢はどうか。

菅首相の足もとは驚くほどもろい。女房役である枝野幸男官房長官は党内屈指の政策通ではあるが、周囲には「どうやって記者の質問に正面から答えなくていいか、ばかり考えている」と話しているといい、前任者で「影の宰相」と呼ばれた仙谷由人代表代行のように、自ら泥を被って菅首相を守るような姿勢は見えない。
藤井裕久官房副長官は、旧自由党時代の組織活動費疑惑を野党に猛追及されてか、お疲れ気味。福山哲郎官房副長官や寺田学補佐官は「いい情報ばかりを菅首相に入れる傾向がある」(官邸筋)という。

http://myamebabackup.seesaa.net/article/188898488.html

横田由美子氏の『小説民主党・「内部ゲヴァルト」水滸伝』は、かなり事実を踏まえているようだ。
⇒2011年3月 7日 (月):民主党は内ゲバ集団か?/民主党とは何だったのか(5)
従来、「反小沢VS親小沢」の図式において、菅首相と前原前外相は統一戦線を組んできた。
それが今回の辞任劇で、ひび割れたということである。
菅、前原の両氏と共に主流3派の一翼を担っていた野田財務相も、泥舟に乗ったまま心中するつもりはないだろう。

となると、真の菅シンパは自身の「国のかたち研究会」だけということになる。
「国のかたち研究会」とは、「かたち」だけつけようとする菅首相に相応しいネーミングではあるが、概要は以下の通りである。
Wikipedia101130最終更新

2000年に、かつて社会民主連合で同僚であった菅直人と江田五月が世話人として発足。毎週木曜日に菅の自宅での会合を定例としているが、菅自身はあまり運営等にタッチしておらず、江田が実質的な運営者となっている。
民主党内ではリベラル的傾向が比較的強いとされている。旧日本社会党、旧民主改革連合出身者や市民運動家の受け皿となっている一面もあるが、菅が民主党代表時代に当選した国会議員や菅の選挙区である東京都、江田の選挙区である岡山県の選出の議員も多く、人間関係を元に作られたグループという側面もある。

江田氏は、1941年まれ。東大教養学部自治会委員長時代、大学管理制度改革に反発し、全学ストを決行し、退学処分となった。
翌年復学し、法学部で丸山眞男の薫陶を受け、吉野作造の研究に従事しながら法律を勉強し、東大在学中の1965年に司法試験に合格した秀才である。
1月の菅再改造内閣で法務大臣に就任し、18年ぶりに2度目の入閣したが、国会の議長経験者の入閣は、第2次田中角榮改造内閣で法務大臣に就任した中村梅吉元衆議院議長以来であり、異例といえば異例であろう。
与謝野馨氏の入閣と共に、菅再改造内閣の疑問点である。

さて、民主党内は、四分五裂の状況にある。
中枢的な立場にいる人が、分党計画や「菅降ろし」に言及し始めた。
啓蟄になって、政治家も蠢き始めたくなったらしい。

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2011年3月 7日 (月)

民主党は内ゲバ集団か?/民主党とは何だったのか(5)

ポスト菅の最有力候補と自他ともに認めていた前原誠司外相が、外国人から政治献金を受けていたことが明らかになり辞任した。
常識的には前原氏の「献金の認識はなかった」という言葉を信じたいが、そうであっても、いまこの状況において、果たして「それなら問題なし」というわけにも行かないだろう。
「5万円/年」程度の金額ならば、という気もするが、「量」の問題ではなく「質」の問題だということであろう。
前原氏自身がそう判断して、自発的に辞任した。
前原氏といえば、偽メール事件の失態の記憶が甦るが、もう少し脇を固めることはできないのだろうか、と素朴に思う。

菅政権という泥舟から降りた、とか、将来の目を残すために、といったことも考えられよう。
表面的にはそう読める。
しかし、この件にはさらにウラがありそうである。

前原氏には、この件以外にも筋の悪い献金についてのウワサがあり、それに波及するのを防いだ、という「風説」がある。
また、前原氏と同様に野党が狙いを定めているのが、野田佳彦財務相や蓮舫行政刷新担当相らということで、いずれもポスト菅として名前が挙がっている。
野党のやりそうなこと、と考えるのは甘い、という。
これらの情報をリークしているのが官邸ではないか、という穿った見方があるという。
スターリンや毛沢東などの例を見れば、あながちあり得ないことではないかも知れない。
こうなると、もはやサスペンス小説の世界である。

前原氏の辞任によって、政治日程はますます混迷の度を深めることになろう。
菅政権はカウントダウンの段階に入ったが、ポスト菅はどうなるのdろうか?
一方の旗頭の小沢氏は起訴中、もう一方の旗頭の前原氏がこのような状況では、民主党政権は、鳩山、菅の2代で崩壊ということになるのだろうか。
政権交代に対する熱い国民の期待からすれば、背信もはなはだしいと言わざるを得ない。
週刊新潮2月24日号に掲載された横田由美子氏の『小説民主党・「内部ゲヴァルト」水滸伝』は、民主党が内ゲバを繰り返す姿を描いている。

この“小説”は、菅首相が側近の寺田学総理補佐官とばかり昼食を摂っているシーンから始まる。
当選3回のまだ若手の寺田補佐官だが、「菅の森蘭丸」と呼ばれるほどに、菅首相に寄り添っている。
菅首相の胸中を、秘書官の1人は、「寺田の甘言に誘われて、厳しい現実に直面しながら、これを政策によって打開するのではなく、“小沢切り”という政局の演出によって内閣の浮揚を図ろうと夢見ているのだろう」と推測している。
菅首相自身が、調整役を果たすのではなく、みずから火種に酸素を送り火勢を強めるよな行動をとっている。
「平成の開国」を言う前に、自らの心を開くことが必要なようだ。

2003年自民党に対抗し得る2大政党を目指して、小沢氏率いる自由党は、菅直人氏率いる民主党に吸収される形で合併した。民由合併である。
しばらくは「新参の」小沢氏はおとなしくしていたが、偽メール事件で前原氏が引責辞任した結果、後任に小沢氏が代表に就く。
小沢氏がトップダウンで政策を決めることに、政策に自負心を持つ前原グループ(凌雲会)などの議員は不満を高め、距離を置くようになっていった。
小沢批判派の中心だった仙谷由人、前原誠司、枝野幸男、福山哲郎氏らが、現在それぞれ要職を占めていることは、5年に及ぶ反小沢闘争が結実したことを物語っている。

政権交代が確実視されるようになってきた2009年春、西松建設違法献金容疑が浮上し、小沢氏は代表を辞して、代わりに鳩山由紀夫氏が代表になる。
そして総選挙を迎えることになる。
政権交代を予想して、岡田克也、福山氏らの「マニフェスト検討委員会」のメンバーは、「郵政選挙」におけるマニフェストから文言の骨抜きを図った。
特に、沖縄問題は、言質を取られるような表現は避けるべきだ、と慎重に考えた。
しかし、鳩山氏は無頓着に「最低でも県外」と、沖縄県民にオーバーコミットしてしまう。

そして、政権交代が実現した。
民主党の政権交代時のウリの1つが政治主導だった。
だがそれを担うはずの国家戦略室は、菅初代担当大臣の不手際によって局に格上げされることなく、首相交代によって、単なる首相のアドバイザリー機関に堕してしまう。

鳩山前首相は、想定されたように(?)普天間問題で躓いて退陣する。
後継の代表選に勝った菅氏は、「6月2日から世の中は変わった」と異様な昂揚感に包まれながら、消費税増税を口にし始める。
そして、参院選で敗北したものの、党内選挙の結果、菅氏が代表に再選される。
以後のことは既に触れてきたところであるが、横田氏は、小沢グループと凌雲会はお互いを徹底的につぶし合うところまでいくいかない、と書いている。
かつて、革共同の革マル派と中核派が熾烈な殲滅戦を繰り広げたように、同じ組織にいた者が敵対すろ関係になると、歯止めが利かなくなるらしい。
民主党はもはや修復不能なひび割れをしているということだろう。

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2011年3月 6日 (日)

右手が麻痺しているとどんなことが不便か-衣/闘病記・中間報告(23)

早いもので、去年入院先から初めて外泊を許可されてから1年が経つ。
⇒2010年3月 6日 (土):中間報告
救急車で病院に搬送されて約2カ月。我が家が、少し新鮮な気がした。

直接の予兆らしき現象もなく、それは突然にやってきた。
入院体験自体初めてのことだったので、いささか狼狽えたことは否めない。
発症直後は、コトの重大性を的確に認識していなかった。
今考えれば酸素マスクをするなど間違いなく重篤な状態であるにもかかわらず、正月を病院で過ごすことになるとは思っていなかった。
それが、救急病院からリハビリ病院へ家に帰ることなく転院することになろうとは。
リハビリ病院で約50日の訓練を経て、やっと叶った外泊である。
まだ杖をついての歩行がやっとだったので、おっかなびっくりの外泊だったことを覚えている。

そのとき、「今もって右手はマウスすら操作できず」と書いた。
当然、1年後には指の可動性は元の状態に近いとろろまで回復するだろうと思っていたのである。
しかし、現実は厳しい。依然として右手でマウスを操作することはできず、キーボードな左手だけで打っている。
とはいえ、未だ少しずつ恢復していることも事実である。起きてしまったことは仕方がない。継続してリハビリに励むしかない。

右手がマヒしていると、衣服についても不便なことが多い。
1.ボタン
長袖のシャツがボタン仕様になっている場合、左手の袖のボタンを右手で嵌めることができない。したがって、ゴム編みなど絞ったものの着用が多くなる。

2.ベルト
入院中は、ほとんどベルトを締めなくてよかった。
退院して外出するようになると、ベルトを着用するようになったが、発症前に比べると10kg程度体重を落としたので、ベルトの穴2つ分程度ウェストも減じた。

3.紐
紐が結べない。発症前は、部屋ではよく作務衣を着ていたが、紐を結べないためすべてお蔵入りである。
もちろん、靴紐もダメである。靴は、幼児用などによくあるマジックテープで締めるものを使っている。

4.ファスナー
襟等のファスナーは開閉できるが、ジャンパー等が前が左右に完全に分かれている場合、最初に合わせることに苦労する。時間をかければ何とかなる場合が多いが、強風の時などは絶望的である。

5.ネクタイ
幸いにして、日常的にネクタイをしなければならない生活ではない。冠婚葬祭の時は手伝ってもらって形を整える。

6。靴下
靴下は左手だけで履く。なるべくゴムの部分が緩く短いものが楽である。

衣には、身体の保護機能以外に、オシャレの要素もある。
しかし、もともとそういう方面には縁が薄かったので、身だしなみとしてどうかという面に気を配っている(つもりである)。
だらしない方向に流れがちなので、外出の機会を増やすよう心掛けている。
冬は厚着になるので、行動の不如意が増幅される。
早く暖かくなれば、と願う。

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2011年3月 5日 (土)

与謝野馨氏は疫病神か?

菅内閣の再改造からまだ2カ月も経っていない。
しかし、新たに佐藤夕子衆院議員が民主党に離党届を出したと伝えられており、民主党は崩壊過程に入りつつある。
私は、みずから解党という手段もあり得るのではないかと思っていたが、なし崩し的に崩壊していくのかもしれない。
⇒2011年1月12日 (水):出口の見えない菅政権と民主党解党という選択肢
⇒2011年2月15日 (火):現実味を帯びてきた民主党解党という選択肢

この間、内閣支持率は支持より不支持が多い状態が続いている。
Photo_2
http://blog.goo.ne.jp/0327marcyan/e/e6c5403f0dd0011a85d773817b9bb33e
伸子夫人が、「マイナスになることはないでしょう……」と言ったと報じられているが、「支持-不支持」でいわば正味の支持率を見れば、とっくにマイナスになっている。

再改造において、目玉の人事は与謝野馨氏の主要閣僚としての起用であった。
それはサプライズというよりも違和感、さらに言えば軽侮感をもたらすものであったが。
⇒2011年1月14日 (金):再改造菅内閣への違和感
⇒2011年1月15日 (土):何が不条理なのか?

結果的に与謝野氏の入閣が失敗だったことは、現状を見れば明らかであろう。
それは動機における間違いと言うべきだと思う。
与謝野氏に加えて柳沢伯夫氏、藤井裕久氏と役者を揃えて増税シフトを敷いたが、予算関連法案が成立する見通しは全くない。

ジャーナリスト・高橋清隆氏の『日本にとどめを刺す「菅ご臨終内閣」』(月刊日本1103号)は、1月14日発足した改造内閣が「仏滅ご臨終内閣」と呼ばれており、それを代表するのが与謝野経済財政担当相である、としている。
生気のない病み上がりのかすれた声で、精神的にも物質的にも交配を呼び込む能力がある、という。

与謝野氏を閣僚に迎えた内閣は、必ず短命に終わるのだそうだ。
官房長官に起用した安倍内閣は1カ月後に退陣。経財相に起用された福田内閣は1カ月+22日で退陣。第三次小泉内閣に入ると1年足らずで政権が終わり、最初から入った麻生内閣は政権交代である。
通産相に起用した小渕首相は急死し、官房長官に起用した安倍首相は体調を崩した。
高橋氏の文章は次のように結ばれている。

さまざまな重要案件が頓挫する中、「一体改革」だけが着々と進む。これが実現すれば、国民は奴隷状態に置かれる。貧乏神が不死身でないことを祈る。

離党した佐藤夕子議員は、河村たかし名古屋市長の元秘書で、河村氏が代表を務める「減税日本」に合流する意向だという。
何やらきな臭いにおいが立ち上ってきたようである。
日本にとって、吉か凶かは分からないが、おそらく疫病神の出番はもうないだろう。

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2011年3月 4日 (金)

京大等の入試問題投稿事件について

京都大など4大学の入試問題が、「ヤフー知恵袋」に投稿された事件で、19歳の仙台市内の予備校生が、偽計業務妨害容疑で逮捕された。

逮捕容疑は、2月25、26日に行われた京大の入試のうち、26日に行われた英語で、「aicezuki」のハンドルネームを使い、試験時間中に試験会場から携帯電話で質問サイトに問題を投稿。サイトの閲覧者から解答を得るなどして入試の公正さを害し、京大の教職員を長期間、事実確認などにあたらせて業務を妨害したとしている。

この事件を聞いた時の犯人についての私の予想は以下のようであった。
1.犯人は、本当に入試に合格しようとしたのではないのではないか。
何故ならば、もしそうなら、もっと隠れてやるはずであるにも拘わらず、足跡を平気で残している。
だとすれば、一種の愉快犯で、例えば大学入試なんてそんなに神聖なものではない、というようなメッセージを発したかったのではないか。
2.犯人は、単独犯ではなく、複数の人間の共同によるものではないか。

結果的に、私の予想は見事に外れた。
私の携帯電話のスキャナ機能に対する認識が低いことと、本気でインターネットを利用するならばもっと綿密に準備するだろうという思い込みが、予想を外させた。
Photo
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110303/crm11030319040025-n1.htm

角界の野球賭博問題が八百長を発覚させたように、携帯のセキュリティは甘いと思うべきである。
尖閣ビデオの投稿だって、自首する前にどこから投稿したかがつきとめられていた。
これらのニュースを見ていれば、携帯からの投稿者が特定されるのも時間の問題だということは、通信技術に疎い私ですら容易に想像がつく。
余談だが、「疎い」という言葉はこういう風に使うものだと思っていたので、菅首相や閣僚の「情報をまだ良く聞いていないという意味だ」という強弁にはびっくりした。
⇒2011年1月28日 (金):菅首相の国債発言に唖然。だが閣僚は……

今の時点で言えることは、「携帯カンニング工夫するヒマに勉強しろよ!」であろう。
伊東乾氏の日経ビジネスオンラインの連載「常識の源流探訪」の3月3日掲載分のタイトルである。
HNのaicezukiについてはいろいろ取りざたされている。あれこれ推測するのは自由だが、間もなく分かることであろう。
わが意を得たと思ったのは、次のくだりである。

「京都大学の記者会見で『入試は大学の業務の中で最も大事な社会的な契約事項である、万全を尽くしているつもりだが、それを妨害された』と言っているのを見て、頭がどうかしているのかと思った」
と頂戴しました。実は私も大学慣れしてしまって、入試が最大重要業務という常識に染まりきっていたのですが、その方のご指摘は実に直球で
「大学は本来、学の府として高度な研究と教育の末に社会に役立つ人材を輩出してこそ大学ではないか」というまことに正確なご批判。そうなんですね、京大記者会見は結果的に「大学として一番大事なこと」として「人材育成・研究教育」以上に「入試」が大切、という、現場の常識を語ってしまった。

「入試」はその人の人生を決めるかも知れない重要なイベントである。
私自身は、大学よりも社会に出てからの方が大事なことを学べると、体験上理解しているので、入試をさほど神聖視する必要もないしするべきでもないと考えているが、そうでないと考える人も大勢いるだろう。
しかし、本来的な役割は、入試にはないだろう。
伊東氏は「日本の大学は「入ること」が重要で「出ること」はあまり問題にならない」と書いているが、本当は「出ること」すなわち卒業生の「品質」こそが問われるべきではないか。

同じ日経ビジネスオンラインに3月4日号には、小田嶋隆氏の連載「「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明」でこの問題が取り上げられている。
タイトルは、「不正入試とエントリーシートと「orz」な若者たち」。

私は、「orz」の後ろに括弧書きで(落胆・失意を示す記号)という解説を付した新聞記事を読んで、少し笑った。ははは、新聞は、こういう解説が必要な人々のためのメディアになってしまったのだなあ、と。

私も解説が必要なクチだ。
小田嶋氏は次のように言う。

犯罪は、社会的ストレスの露頭であり、その意味で、目新しいタイプの犯罪の発生は、われわれの社会に新たな矛盾が生まれつつあることを告げるカナリヤの歌なのだ。
盗人に三分の理がありテロリストに三行のスローガンがあるように、犯罪者にもいくばくかの正義がある。そして、その彼等のねじ曲がった正義は、時に、時代に特有な欺瞞を鋭く告発する。
・・・・・・
問題は欺瞞なのだ。どんなに苦しい闘いでも、いかに苛酷な競争であっても、ゴールの先に価値ある勝利が待っていて、走り抜けるトラックが公正であるのなら、選手たちは努力を惜しまない。苦しくても頑張ることができる。
でも、競争が欺瞞で、ゴールが不当で、前提がインチキであるという疑念が一瞬でも生じたら、彼等の苦難はにわかに不潔極まる不毛な我慢比べになってしまう。
大学入試における不合格は、結局のところ、その原因を、自身の努力か能力(あるいはその両方)の欠如に求めるほかにどうしようもないテのものだ。その意味で、悔しくはあっても、最終的には納得できる。

そして、次のようにブラックジョーク(?)で締めくくる。
本当に冗談じゃないよ。

受験生がカンニングをし、就活生がバスを横転させ、期間工がトラックで歩行者天国に突入する……というふうに、逸脱の様相が、年齢を経る毎に凶暴になっている。不気味だ。
菅首相あたりが、突然核武装を宣言したりしないか、心配だ。

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2011年3月 3日 (木)

民主党政権への伏流/民主党とは何だったのか(4)

鰻は三島に限る。白焼きをつまみに地酒の「大湧水」を傾けるたびに私はその確信をふかめ、所用にかこつけては三島を訪れて二〇年近くになる。三島は養殖鰻の産地ではない。天然ものが釣れるわけでもない。だが三島には良質な養殖もの天然ものが全国から集まり、老舗鰻屋が味を競う。それは富士山の伏流水が豊富に湧きだす地だからだ。三島女郎衆さながらに富士の真清水で養生した鰻だからこそ天下逸品なのである。しかし、多くの人々は富士の伏流水などに想いをいたすこともなく、ひたすら三島の鰻に舌鼓をうつ。

上記は、三島のガイドブックの一節ではない。
戦後の政治過程の中間的な総括ともいえる前田和男『民主党政権への伏流 』ポット出版(1009)の冒頭部分である。
もっとも、ご当地グルメが何かと評判になる昨今、A級グルメとしての三島の鰻の紹介文章としても、適切なものだろう。
「桜屋」という江戸時代以来の老舗など、他所からの観光客で待ち行列の絶えることがない。

それはともかく、上記部分に続けて次のようにある。

政治の世界でもようやく鰻の養生がおわり料理が仕上がった。これも戦後日本政治の歴史的再編へ向けて流れる伏流水のおかげだと私は思っているのだが、多くの人々はそのことに思いをいたす気配すらなく、供されるのが蒲焼か白焼きかもっぱらその品定めに熱心のようだ。

まったくその通りであろう。
菅か反菅かが話題にならないほど、首相の存在感は薄いが、小沢か反小沢はウンザリするほど連日賑わっている。

著者の前田氏は、奥付をみると1947年生まれとあるから、団塊の世代の1人である。
東大農学部農業経済学科を卒業後、日本読書新聞編集部を経て、翻訳家、ノンフィクション作家、編集者として活動と同時に、各地の国政や首長選などの現場に係わってきた。

上掲書は、総頁数644という大著である。
詳細はおいおい見ていくことにして、執筆の契機や動機について「あとがき」には次のように書いてある。

つねに歴史は勝ち残ったものたちの歴史である。しかし、近々訪れるであろう「政治的大変」の未来を歪めず豊かにするためには、伏流の中にこそ声を聞かなければならない。(中略)本連載では、来るべき「政治的大変」を準備してきた伏流水のなかに「わだつみの声」を聞き集めながらら、「政治的大変」がどこからきてどこへいこうとしているのかをしかと見定めたい。

「この連載」というのは、2008年6月開始の図書新聞の「政権交代へのオデッセイ」である。
「オデッセイ」はギリシャのホメーロスの叙事詩であるが、西欧諸語では原義から転じてしばしば「長い航海」の意味でも使われる(例:『2001年宇宙の旅』の原題 2001: A Space Odyssey)。(Wikipedia101218最終更新)
「政治的大変」は政権交代、「わだつみの声」は戦没学生の遺稿集である。本のタイトルとしては、『きけ わだつみのこえ
』が正しい。「わだつみ」は海神のことである。
要するに、2009年8月に現実化した政権交代に至る過程で、表舞台での華々しい活動は目立たないが、目に見えないところで実質的な仕事をしてきた人たちの生の声を記録しておこうという意味だと理解した。

とは言っても、著者は決して局外者ではない。れっきとした当事者でもある。
かの仙谷由人氏と同じ元東大全共闘として、さまざまな活動に係ってきた。というよりも、全共闘運動の意味を問い続けてきた1人と言っていい。
このボリュームの著書を書き上げるエネルギーは、おそらく政権交代が確実視できるような状況がやってきたことによる一種の高揚感だと思われるが、その高揚感は今まさに裏切られつつあるように思う。
ともあれ、読み応えのある労作であることは間違いない。

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2011年3月 2日 (水)

菅首相と三木元首相/「同じ」と「違う」(29)

「ロッキード事件」と「陸山会政治資金問題」、言い換えれば田中角栄と小沢一郎、が余りにも類似していることから、「歴史は繰り返すのか?」という問題意識を書いたばかりである。
その時は三木元首相と菅首相が似ているのではないか、と軽くジャブを打ったつもりであった。
⇒2011年2月25日 (金):民主党の小沢処分をどう考えるか?

ところが、三木内閣時代の当事者も、同じような認識を持っているらしい。
中村慶一郎氏の『政党を超えた政権を樹立せよ!』に、次のような記述がある。

三木内閣当時、私は秘書として官邸に仕えたが、あの時の「三木おろし」を彷彿とさせる。首相自身は正しいと信じていることをやっているのだが、党内がまったくついてこない。さらに最後は、その事態に気づいていないのは本人だけ、ということになる。周辺では「もうダメだな」という話が小声ながら交わされていたものだ。

「月刊日本」の11年3月号のインタビュー記事であり、原口一博氏の『菅政権は打倒せねばならない』が掲載されたのと同号である。
中村氏は、読売新聞政治部記者を経て三木武夫首相の報道担当秘書、政務担当秘書官等を務め、現在は政治評論家である。
政局のウラオモテに通暁した人だと思われる。

現在の状況を中村氏はどう見ているか?

結論から言えば、菅内閣は通すべき案件を通した後、即刻退陣すべきである。
・・・・・・
菅総理も総辞職と引き換えに国民生活に直結する予算成立、そして臨時国会からの宿題であり、三党連立与党の約束である郵政改革、派遣法改正を成し遂げなければならない。

菅内閣の誤りについて、中村氏は次のように指摘している。
先ず、予算編成の政策理念についてである。

デフレ脱却、国民経済の恢復であり、「国民の生活が第一」のスローガンの意味だったはずである。
しかし菅内閣はそれに取り組むどころか、官僚主導の予算編成を丸呑みし、自民党の財政再建派の急先鋒だった与謝野馨氏と柳沢伯夫氏を、三顧の礼をもって迎え入れている。
民主党の「国民生活が第一」の政策理念と正反対の立場の人間である。

次いで、小沢氏排除について、拙速であり、党内の小沢・反小沢の亀裂を大きくしたとしている。
そして、民主党政権発足当時の連立の三党合意を、ことごとくと言えるほど反故にしてきた。
連立与党さえ裏切るのだから、野党から信頼されるはずがない。
その不信の連鎖が招いたのが、トリプル選挙の結果だ。

菅・三木対比論では以下のように語っている。
三木首相は、自己認識は真ん中の改革路線のつもりが、他人からは左寄りに見られた。
菅首相は、自分は真ん中より左側のつもりが、他人からは弱肉強食の新自由主義路線のように見られている。

もはや菅首相の命運は尽きたとして、次の政権担当者の条件として、「責任感」「実行力」「廉恥心」の3つを挙げる。
菅首相には、見事に欠落している資質である。

坂本竜馬人気にあやかろうとする政治家が多いが、今必要な人物として、竜馬の師の横井小楠の名を挙げる。
横井小楠とは、以下のような人物である。
Wikipedia110130最終更新

小楠は私塾「四時軒」(しじけん)を開き、多くの門弟を輩出した。また、坂本龍馬や井上毅など、明治維新の立役者やのちの明治新政府の中枢の多くもここを訪問している。元治元年(1864 年)2月に熊本で龍馬は横井小楠を訪ね、横井小楠はのちの龍馬の船中八策の原案となる『国是七条』を説いた。
松平春嶽の政治顧問として招かれ、福井藩の藩政改革、さらには幕府の政事総裁職であった春嶽の助言者として幕政改革にかかわる。
明治元年(1868年)、新政府に参与として出仕するが、翌年参内の帰途、十津川郷士らにより、京都寺町通丸太町下ル東側(現在の京都市中京区)で暗殺される。享年61。

中村氏は、危機にあっては、既存の勢力だけでなく、草莽からも人材登用すべきであり、横井小楠のように、一死を賭しても理念を貫くのが政治家である、としている。
その覚悟のある政治家として、亀井静香氏を挙げている。亀井氏が相応しいかどうかは保留するが、横井小楠のような政治家待望論については同感である。

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2011年3月 1日 (火)

「民主党A」と「民主党B」について/民主党とは何だったのか(3)

「月刊日本」の11年3月号に、原口一博氏が『菅政権は打倒せねばならない』という威勢のいいインタビュー記事を載せている。
既にいろいろ論評されているし、このブログでも触れた。
⇒2011年2月24日 (木):尖閣ビデオ流出者は、犯罪者か義士か?

タイトルは明確に倒閣を主張するものであり、自発的に離党するか除籍処分をうけるかしないと平仄が合わないであろう。
しかし今のところ、いずれの動きもみられない。もっとも、何でもアリなのが現在の民主党らしさでもあると言えようか。
この辺りはかつての自民党そっくりであり、本当に政権交代したのかと目を疑うばかりである。

実は、原口氏も、そして少なくない数の民主党議員がそう感じているはずである。
自民党の政策づくりのど真ん中にいた与謝野馨氏を経済財政政策担当大臣に据えるという驚天動地の内閣改造をやったが、支持率は一向に上昇しない。
小沢切りをやってみても、やはり支持率は下がる一方である。
国民は、菅政権の本質を見抜いているのであり、いくら厚化粧を施そうとも、考えつく限りの手練手管を尽くして媚を売ったつもりでも、もはやごまかしようがない。

原口氏については、詳しいことは知らない。
TV番組では良く目にするが、 知っていることは佐賀県選出であることぐらいで、それ以外の思想信条等に関しては今まで余り興味の対象ではなかった。
ただ、いつも胸にブルーのリボンを付けていることから、拉致問題に関しては確固たるスタンスを持っていることを感じていた。
原口氏は同誌で次のように言っている。

与謝野馨議員が社会保障改革会議に参加している姿を見ると、一体なんのための政権交代だったのかと疑問を禁じ得ない。

まったくその通りであろう。
参院選で唐突に菅首相が消費税増税を打ち出してから、減税か増税かの議論が1つの焦点になっている。
菅政権は、まともな説明抜きで増税路線をまっしぐらという感じであるが、愛知・名古屋での選挙結果をみれば、少なくともその主張は大衆的に理解されていないことは明らかである。
菅首相らは、有権者の理解力不足といいたげであるが、有権者だってやみくもに反対しているというわけではないだろう。
納得できれば負担が増えることもやむを得ないと思っているはずである。
首相は、「熟議」と言いながら、自ら納得させる努力を怠っていると言うしかない。

衆議院での予算審議は未明まで続き、1日午前3時38分に可決した。
しかし、16人の会派離脱組が採決を欠席し、野党の反発は強くて、政権運営の展望はない。
菅首相は、記者の質問に以下のように答えた。
http://www.asahi.com/politics/update/0301/TKY201103010071.html?ref=reca

「国民の皆さんにとって、予算が成立し、執行されるっていうことは、何よりも今、喫緊の課題だと思っていましたので、衆議院を予算が通過したと、このことは本当に良かったと思っておりますし、うれしい思いでいっぱいです。これからは、参議院に議論の場が移りますけれども、しっかりとですね、参議院でも議論を進めていきたいと、こう思っています」

実質的には何の解決にはなっていないのに、そんなに嬉しがっていていいのだろうか、と思う。
予算審議を欠席した16人の声明文には以下のようにある。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110301/stt11030119340019-n1.htm

・23年度予算案はマニフェストから乖離し、公務員改革を進める意思を失っています。昨年の通常国会で、鳩山由紀夫首相は、23年度予算は民主党がゼロから編成できる予算だ、政権の真価が問われる予算だと発言していましたが、その6月に政権を引き継いだ菅政権は明白なサボタージュと逆行を重ねています。
・内閣は、ただちに公務員改革のメニューとスケジュールを示すべきです。そして公務員人件費など、マニフェストで国民に約束した方針に沿う減額修正を行うべきです。そうでなければ、この予算案には賛成できるものではありません。
・ただ、予算不成立が国民生活に重大な影響を与えることは否めません。私達は、国民を人質に取るような戦いは本意ではありません。従って、今度の予算案には賛成できないが、反対はしない。採決に当たってどう行動するかは会派の同志たちの判断にゆだねることと致しました。

この限りでは、これもその通りと言うべきであろう。
原口氏は上掲雑誌において、「民主党A」の力を糾合したいと言っている。「民主党A」とは、政権交代の原点に回帰しようとするグループである。
これに対し、「民主党B」は増税ありきの既得権益温存政策に賛同する議員たちである。
もし、AとBに分けるとすれば、菅首相ならびに執行部は「B]であり、原口氏および16人は「A」といえよう。

しかし、既存政党や地域政党などを巻き込んだ再編成の軸は、1軸だけでいいのか?
2軸の平面でポジショニングしてみたらどうだろうか、と思う。
もう1つの軸は何か? そここそが「熟議」のしどころではないのか?

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