知的余生の方法とノマドスタイル/知的生産の方法(11)
渡部昇一『知的生活の方法 (講談社現代新書 436) 』(7604)が出版された頃、私はリサーチファームの一員だった。
私や私の同僚たちは、各人なりの「知的生活」を送っていたと思う。
職場の昼休みやアフター5の話題は、面白かった本とか、新しく出た文具などが多かった。
ワープロがこの世に現れる以前の時代である。
日本語ワードプロセッサーが商品として登場したのは、1979年2月(プレスリリースは前年9月)のことであった。
東芝製で630万円した。現在の物価にスライドさせれば3,000万円程度になろうか。写真はWikipedia101025最終更新
それから30年余りの間に、日本語の文書作成技術は様変わりした。
ワードプロセッサーが登場する前、文書の活字化を社内的に行うために、和文(邦文)タイプが用いられた。
漢字の入力を直接行っていたものであり、裏返しにされた最低でも2,000程度の漢字を入力することは、一種の専門職能であった。
働く女性がBG(ビジネスガール)と呼ばれていた時代、邦文タイピストは花形職種でもあった。
渡部昇一氏の上掲書が出版されたのは、そのような時代であった。
渡部氏の読書に対する圧倒的な情熱に圧倒された。
氏は、その後夥しい論考を発表することになるが、大衆的な著作としてはデビュー作ではないかと思う。
渡部氏の時評論的な論考の多くに私は批判的であるが、それは後の話であって、この本に出会ったときは衝撃であった。
もっとも、渡部氏のアドバイスのうちで、結果として実践できたものはほとんどないのであるが。
渡部氏の近著に『知的余生の方法 (新潮新書) 』(1011)がある。
余生とは何か?
残りの人生。老後に残された人生。余命。「静かに―を送る」
広辞苑第六版より引用
今や平均寿命は、男が約79歳、女が朝日が約86歳である。
渡部氏は、60歳を定年として、その後の20年以上を余生として考えている。
しかし、実態的には65歳くらいまで働く人が多いのではなかろうか。としても、かなりの時間である。
その期間をどう過ごすか?
渡部氏は、人生の後半部分への参考になるべく執筆した、と動機を述べている。
知的な欲求こそ人間の最も人間らしい特色であり、実は今こそ、これまで以上に求められているのではないかと思うからである。
私も既にれっきとした余生の時期である(はず)。
想定外の発症によりいささか生き方を変えざるを得ないが、渡部氏の「知的生活を送りたいというのは人間の最も根源的な欲求」という言葉には素直に同感する。
今のところ、歩行にも障害があって移動は制約されざるを得ないが、知的生活と同様に「移動する」ことも根源的な欲求だと思う。
前回の都知事選に出馬した後亡くなった黒川紀章氏の若いころの著作に『ホモ・モーベンス-都市と人間の未来』中公新書(1969)がある。
⇒2007年10月14日 (日):黒川紀章氏の死
未来学が華やかな時代だったが、人間にとって「移動する」ことの本質的重要性が語られていたと記憶している。
私も、できれば残された時間で、まだ尋ねたことのない土地や、かつて訪れて思い出の深い土地などにこれから行ってみたいと思う。
最近、ビジネスパーソンの間でノマドワーキングに対する関心が高まっているという。
ノマドとは“遊牧民”のことである。
つまり、ノマドワーキングとは、オフィス以外の場所での執務ということである。
ノマドワーキングという言葉が一般的に使用されるようになったのは、佐々木俊尚『仕事するのにオフィスはいらない (光文社新書)』(0907)辺りからであろうか。
サブタイトルが「ノマドワーキングのすすめ」である。
佐々木氏は、ポスト・リーマンショックは、「ノマドワーキング」の時代だ、という。
すなわち、正規雇用が消滅していき、すべての人々が契約社員やフリーランスとなる社会。
ノマドワーキングを可能にするのが、クラウドとスマートフォンである。
実際スマートフォンの伸びが著しいようだ。
しかし、まだまだ現役世代が全面的にノマドスタイルに移行するわけではないだろう。
特に、業務ではセキュリティの問題からオフィス外での就業は制約されているのではないかと思われる。
むしろ余生の時期こそ、ノマド生活は馴染むのではないだろうか。
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