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2011年2月11日 (金)

建国記念の日とどう向き合うか?/やまとの謎(27)

「建国記念の日」である。
私が子供の頃にはなかった祝日であるが、当時、祝日には殆どの家で日の丸を掲揚していたように思う。
どうして祝日の祝い方が変化したのか?
まず頭に浮かぶのは、核家族化などにより、伝統を継承していく基盤がなくなったことである。
加えて、集合住宅に住む人が増えて、物理的に国旗をたてるようなスペースもない、という現実がある。

そもそも、祝日の意義の理解が薄くなっているのではなかろうか?
国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)は、第1条で以下のように規定している。

自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ、よているしよき社会、より豊かな生活を築きあげるために、ここに国民こぞって祝い、感謝し、又は記念する日を定め、これを「国民の祝日」と名づける。

現在、「元日」から「天皇誕生日」まで、計15日が国民の祝日とされている。
これらの祝日が具体的に何月何日かについては、次の4パターンがある。

1.明確に日が定まっている(年によって変化しない)
元日(0101)、昭和の日(0429)、憲法記念日(0503)、みどりの日(0504)、子供の日(0505)、文化の日(1103)、勤労感謝の日(1123)、天皇誕生日(1223)
2.その年の天文によって決まる
春分の日、秋分の日
3.曜日によって決められている
成人の日(1月の第2月曜日)、海の日(7月の第3月曜日)、敬老の日(9月の第3月曜日)、体育の日(10月の第2月曜日)
4.政令で定める
建国記念の日

かつては、例えば「成人の日」は1月15日というようにすべて明確に決まっていた。
おそらくは土曜が休みの人が増えて、折角の祝日(休日)が重なってしまうという世論の反映であろう、上記の「3」のようにn月の第m月曜日として定められる日が増えた。
土日と併せて3連休である。
そのこと自体は悪いことではないだろう。われわれはとかく平日に休むことに後ろめたさを抱きがちである。
しかし、この月曜シフトが祝日の意義を薄れさせていくことを加速する1つの要因となっていると思われる。

上記の中で、建国記念の日が特異的な扱いである。
しかし「建国記念の日となる日を定める政令(昭和41年政令第376号)」は、「国民の祝日に関する法律第2条に規定する建国記念の日は、2月11日とする。」と明確に規定している。

この建国記念の日には根強い反対論がある。
例えば、日本共産党は次のように主張している。
http://www.jcp.or.jp/faq_box/001/990211_faq.html

「建国記念の日」は、もともと天皇を神格化し、その政治を美化した戦前の「紀元節」を復活させたもので、主権在民を定める憲法の民主主義の原則に反しています。日本共産党は憲法の国民主権の原則と言論・思想・信教・学問の自由を守る立場から「建国記念の日」に反対しています。
「紀元節」は、初代天皇とされる神武(じんむ)天皇が、「辛酉(かのととり)年春正月」の一日に即位したという『日本書紀』の記述にもとづき、一八七三年、明治政府が太陽暦に換算して二月十一日と定めました。神武天皇が即位してから日本の歴史が始まり、その子孫による統治は永遠に変わらないものだとする天皇中心の非科学的な歴史観です。
・・・・・・
しかし明治政府の説明どおりだとすると、紀元前六六〇年二月十一日が神武天皇即位の日となります。そのころの日本はまだ縄文時代で、文字や暦も知られていませんでした。階級も発生しておらず、天皇もいませんでした。神武天皇が実在しない人物であることは歴史学の常識です。二月十一日を「建国記念の日」とする科学的な根拠はありません。

これと対蹠的なのが産経新聞の「主張」であろう。
http://sankei.jp.msn.com/politics/print/110206/plc11020603090001-c.htm

11日の「建国記念の日」を前に、西岡武夫参院議長が政府主催の祝賀式典を行うべきだとする書簡を菅直人首相あてに出した。
書簡では「いやしくも国家の基本精神に関する国の祝日である以上、政府が率先してこの日を祝うことは、極めて当然のことであると思われる」と記されている。
まったくその通りだ。西岡氏の主張が一刻も早く受け入れられ、政府主催の式典が実現することを強く望みたい。

また、同じく産経新聞の「正論」欄で、立命館大学教授 大阪大学名誉教授・加地伸行氏は次のように見解を開陳している。
http://sankei.jp.msn.com/life/print/110211/art11021103230001-c.htm

なぜ建国記念の日などというものが求められるようになったのか、といえば、それは近・現代が要求したからである。すなわち、近・現代の国家は、国民国家の意識と制度とを持たなければ生き残れない。そこで、その意識を高めるために、自国の歴史に基づいて建国の理由づけをしてきたのである。
・・・・・・
日本のように古い歴史を有する国の場合、建国の日など新しく考えざるをえなかった。となれば、自国の最古の歴史書『日本書紀』に基づいて、誇りをもって定めるまでである。その日が事実かどうかというようなことは、国民国家にとって本質的な問題ではないのである。
・・・・・・
建国記念の日にどう向き合うべきなのであろうか。
その第一は、なによりも先人に対する敬意である。われわれが日本というすぐれた国家において人生を過ごせるのは、先人たちの大変な苦労と努力の結果があったからである。

私は、先人に対する敬意をもって、建国に思いを馳せる日として、建国記念の日があることには賛成したい。
その日が科学的な根拠が明確でなくてもいいと思う。
近現代における革命のようには特定できないからである。
しかし、『日本書紀』に記された神武説話を、あたかも事実であるかのように見なし、さらにはそれを強制することには反対である。
まして、皇統の根拠を神武天皇の「Y染色体」の継承だとするような「論理」にはまったく同意できない。

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コメント

驚きました。自分が幼いころには当然にあった祝日だったので…。戦後しばらくはなかった祝日なのですね。

いつだったか、ヨーロッパ(だったと思います、私は小学低学年か幼稚園)で昭和天皇の乗られたお車に卵をぶつけられるニュースをみて、なぜなのか父も母も祖父も誰も理由を教えてくれなかったことが、強烈に印象に残っております。

私はイデオロギーはよくわかりませんが、バブルを最高に享受した時代の世代(当たり前のように電化製品があった)の人間で、謙虚に反省させられました。ありがとうございました。

投稿: きっと新世代 | 2011年2月18日 (金) 14時26分

きっと新世代様

コメント有難うございます。
「戦争を知らない」どころか「建国記念の日の制定を知らない世代」ですね。自分では普段余り意識することはないのですが、改めて年寄りになったものだと思います。もっとも、私も紀元節と言っていた時代のことは知りません。「紀元節」と口にする人たちを異邦人のように感じていました。
今後ともよろしくお願いします。

投稿: 夢幻亭 | 2011年2月19日 (土) 17時47分

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