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2011年2月

2011年2月28日 (月)

モチベーションを持ち続けるためには?/闘病記・中間報告(22)

リハビリは成果の見えにくい営みといえよう。
目に見えるような効果はそう簡単には現れない。効果が出たとしても、かつて当たり前のこととして行っていたよりもうまくいかない。
「昔のようには戻りませんが、頑張ってください」と言われて、どうしたらモチベーションを維持できるか?

人間の欲求はピラミッド様の階層構造をしているという有名な説がある。
アメリカ合衆国の心理学者・アブラハム・マズローが、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものである」と仮定し、人間の欲求を5段階の階層で理論化したものである。
マズローの自己実現理論とかマズローの欲求段階説などと称される。400pxmaslows_hierarchy_of_needs

マズローは、上記のような欲求構造を前提に、以下のように主張した。

人間は満たされない欲求があると、それを充足しようと行動(欲求満足化行動)するとした。その上で、欲求には優先度があり、低次の欲求が充足されると、より高次の欲求へと段階的に移行するものとした。
例えば、ある人が高次の欲求の段階にいたとしても、例えば病気になるなどして低次の欲求が満たされなくなると、一時的に段階を降りてその欲求の回復に向かい、その欲求が満たされると、再び元に居た欲求の段階に戻る。このように、段階は一方通行ではなく、双方向に行き来するものである。また、最高次の自己実現欲求のみ、一度充足したとしてもより強く充足させようと志向し、行動するとした。
Wikipedia110218最終更新

障害とは、欲求の充足が妨げられている状態に他ならない。
マズローによれば、先ず生理的欲求が、次いで安全欲求の充足が図られ、最終的には自己実現欲求を満たそうと考えることになる。
確かに「腹が減っては戦もできぬ」のであり、納得的である。
しかし、「武士は食わねど高楊枝」とも言われるように、痩せ我慢をするのも人間らしい行動のような気がする。

人間の行動のモチベーションをどう理解するか?
最近話題になったものとしては、ダニエル・ピンク、大前研一訳『モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか』講談社(1007)がある。
モチベーションをコンピューターの基本ソフト(OS)のように考え、それを次の3つに分ける。

(モチベーション1・0〉…生存(サバイバル)を目的としていた人類最初のOS 。

〈モチベーション2・0〉…アメとムチ=信賞必罰に基づく与えられた動機づけによるOS。ルーチンワーク中心の時代には有効だったが、21世紀を迎えて機能不全に陥る。

〈モチベーション3・0〉…自分の内面から湧き出る「やる気!=ドライブ!」に基づくOS。活気ある社会や組織をつくるための新しい「やる気!」の基本形。

マズロー説に重ねて図示すれば以下のようになる。
Photo_2
http://cyblog.jp/modules/weblogs/4023

リハビリや介護の現場で、モチベーション理論をどう実践するか、一般化は難しいだろうが、一般論がないと個別論・具体論も有効でないだろう。

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2011年2月27日 (日)

菅政権への失望感をどう解消するか?/民主党とは何だったのか(2)

菅首相はTV等で見る限り、目は虚ろで、心ここにあらず、という感じである。
しかし解散総選挙をちらつかせることによって、倒閣運動を牽制し、延命を図ろうとしているかにも見受けられる。
予断を許さないが、菅内閣の命運は尽きているとみるべきだろう。

政権交代が実現した2009年の総選挙の時点で、今日の民主党のザマを予見し得た人がどれくらいいたであろうか?
私は、「意外感に乏しかったが、やはり歴史的な選挙だった」という感想を記していた。
⇒2009年8月31日 (月):総選挙の結果
この感想は多くの人が共有したものだろう。そして、いま失望感を味わっていることも。

その前の総選挙は、小泉内閣による「郵政解散総選挙」だった。
郵政民営化の是非をシングル・イシューとしたこの選挙で小泉内閣が圧勝した。
郵政民営化が「改革の本丸」であるとして争われたこの選挙の手口は、錯覚を誘導するという意味で詐欺と同様である。
⇒2009年6月14日 (日):郵政民営化総選挙という“詐欺”

しかし、与党・政府の内部で、公然とマニフェストの見直しが言われている今の状況もまた似たようなものではないだろうか?
⇒2011年1月25日 (火):民主党政権と詐欺師/「同じ」と「違う」(23)

その責任は誰が負うべきか?
究極的には国民もしくは有権者にあると言えよう。
いずれも選挙の結果であり、上記のアナロジーでいえば、詐欺の被害者ではあっても「騙される方が悪い」と言えるからである。

しかし、詐欺の場合、詐欺だと分かったら原状復帰が図られるべきである。
マニフェストには政権を担当しなければ分からないことがあったことは理解できる。
政権交代は初めての体験であるから、当然、予想を超えた事態もあると思われる。
だから、マニフェストを全て守れなどとは、誰も言っていない。
しかし、マニフェスト総崩れともいうべき今の事態は、これとは質的に違うだろう。

TVのコメンテーターの多くは、マニフェスト遵守を主張する反菅勢力を、「そんなことを言っても財源がないことは明らかだから無責任だ」というようなことを言って、批判する。
しかし、菅内閣の行おうとしていることの優先順位が分からない。
財源を生み出すはずだった「事業仕分け」を担当した枝野氏や蓮舫氏は、目標を達成できなかったにもかかわらず、大臣の椅子に安座している。
社会には民主党政権に対する失望感と、にもかかわらずさしあたってどうするかという手段が見当たらないという閉塞感が充満している気配である。

この失望感と閉塞感が限界に達するのは何時か?
そしてそれはどのような手段によれば解消されるのか?

東京マラソンのスターターを務める石原都知事が、スタート前のインタビューで、クーデターが起きれば一兵卒として参加したいと語っていた。
彼一流のレトリックであろうが、危険な発言である。
しかし、その気持ちは分かる。
巧妙なアジテーターが居れば、武器なきクーデター(?)も可能ではないかも知れない。

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2011年2月26日 (土)

歴史としての「二・二六」

昨日、おぼろげな記憶で「歴史は繰り返す」と書いた。
確認すると、以下のような使われ方だった。

ヘーゲルはどこかで述べている、すべての世界史的な大事件や大人物はいわば二度あらわれるものだ、と。一度目は悲劇として、二度目は茶番(farce)として、と。かれはつけくわえるのをわすれなかったのだ。ダントンのかわりにコーシディエ-ル、ロベスピエールのかわりにルイ・ブラン、1793 年から1795 年のまでの山岳党のかわりに 1848 年から 1851 年までの山岳党、叔父のかわりに甥。そして「ブリュメール 18 日」の再版が出される情勢のもとで、これと同じ漫画が!
マルクス(伊藤・北条訳)『ルイ・ボナパルトのブリュメール 18 日』岩波文庫

http://www.qmss.jp/strategy/condition/brumaire.htm

この場合、「二度あらわれる」とは、「フランス大革命(1789-1794)と同二月革命(1848)」を指している。
田中角栄と小沢一郎に共通点が多いのは大方の認めるところであろう。
同時に、クリーンをセールスポイントにしていたバルカン政治家と呼ばれた三木武夫と逃げ菅・バル菅と呼ばれ、変わり身の早い菅首相も似ているのではないか。

さて今日、2月26日も歴史的な日である。
今からは75年前の1936年(昭和11年)、二・二六事件と呼ばれることになる事件が起きた。
私がもの心ついた時には、既に遠い過去の出来事という印象があった。しかし考えてみれば実際はそんなに古い出来事ではない。

私のリハビリを担当してくれているOT科の主任が北海道に行くという話から、ハイジャックのことが話題になった。
赤軍派による「よど号」事件が起きたのは1970年3月31日のことである。
私が社会人1年生の時だったが、OT科の主任は、「僕の生まれる9年前のことです」と言った。
彼にとっては、連合赤軍事件なども、私にとっての「二・二六事件」と似たような時間の感覚なのだろう。
そう言えば、『あしたのジョー』が映画化されたばかりだが、よど号のハイジャッカーの声明文に、「われわれはあしたのジョーである」という文章があった。

二・二六事件の概要は以下の通りである。
Wikipedia110213最終更新

大日本帝国陸軍内の派閥の一つである皇道派の影響を受けた一部青年将校ら(20歳代の隊付の大尉から少尉が中心)は、かねてから「昭和維新・尊皇討奸」をスローガンに、武力を以て元老重臣を殺害すれば、天皇親政が実現し、彼らが政治腐敗と考える政財界の様々な現象や、農村の困窮が収束すると考えていた。彼らは、この考えの下1936年(昭和11年)2月26日未明に決起し、近衛歩兵第3連隊、歩兵第1連隊、歩兵第3連隊、野戦重砲兵第7連隊らの部隊を指揮して
   岡田啓介(内閣総理大臣)
   鈴木貫太郎(侍従長)
   斎藤實(内大臣)
   高橋是清(大蔵大臣)
   渡辺錠太郎(陸軍教育総監)
   牧野伸顕(前内大臣)
の殺害を図り、斎藤内大臣、高橋蔵相、及び渡辺教育総監を殺害。また岡田総理も殺害と発表された(但し誤認)。
その上で、彼らは軍首脳を経由して昭和天皇に昭和維新を訴えた。しかし軍と政府は、彼らを「叛乱軍」として武力鎮圧を決意し、包囲して投降を呼びかけた。反乱将校たちは下士官・兵を原隊に復帰させ、一部は自決したが、大半の将校は投降して法廷闘争を図った。

奇しくも、この事件を起こした青年将校らが死刑執行まで収容された刑務所の看守に宛てた遺書が新たに見つかった、と今日のニュースで報じられている。
http://www.asahi.com/culture/update/0226/TKY201102260165.html

遺書は「古(いにしえ)も今も天地に變(かわ)りなき/誠の心一筋の道」(坂井直中尉)など、至誠の念が色濃い。対馬勝雄中尉は「後世史家ニ俟(ま)ツハ維新ニアラス現代人ノ恥辱ナリ」と記述。昭和天皇を批判する手記を残した磯部浅一・元一等主計は横書きで「正気」と力強く書いた。
・・・・・・
事件に詳しい評論家の松本健一さんは「長年、複雑な思いで保管してきた貴重で大切な資料だ。地方出身の看守にとって、将校は自分たちの貧苦や不平等を救おうとした者と映り、心を通じ合わせたのだろう。事件は昭和の日本人に刺さり、今も抜けないトゲといえる」と話している。(米原範彦)

この事件が、昭和史の大きなエポックであったことは間違いない。
「昭和維新」が唱えられたが、今また維新の声があちこちで挙がっている。
社会の閉塞感という意味では、今の状況も似ているのかも知れない。

歴史の縁であろうか、地元の信用金庫の創立100周年記念コンサートのチケットを知人に譲ってもらったので、久しぶりに生オーケストラを聴くことができた。
ヨハネス・クトロヴァッツ(指揮)、エドワード・クトロヴィッツ(ピアノ)、東京フィルハーモニー交響楽団による「モーツァルト・ピアノ協奏曲第21番KV467」ほかのプログラムである。
Photo
私のお気に入りの曲であり、トクをした思いである。
100年の間地道に活動を続け、着実に発展を遂げたというのは称賛に値する。

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2011年2月25日 (金)

民主党の小沢処分をどう考えるか?

民主党が小沢一郎氏に対する処分を決定したが、その反作用で揺れ動いている。
処分については、常任幹事会が党倫理委員会(委員長・渡部恒三最高顧問)に諮問し、倫理委は「諮問の通りが適当」と答申して、最終的に常任幹事会により次のように決定した。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110223k0000m010090000c.html

小沢元代表が政治資金規正法違反で強制起訴されたことを党倫理規則に定める「政治倫理に反し、党の品位を汚す行為」と認定。党員資格停止処分については「原則として最長6カ月」とする党の指針があるが、「裁判手続きに要する期間を予見できない」との理由で例外扱いとし、「判決結果により別途処分が検討される場合がある」ことも決定文書に明記した。

要するに、党のルールの「最長6カ月」を越えて、「無期限」という処分である。
この処分をめぐって賛否が対立しているが、菅首相は、「丁寧な手続きを経て、党のけじめとして決めた」と説明。一方、小沢系とされる議員などから強い反発意見が出され、松木謙公農水政務官は、菅直人首相に辞表を提出した。

かねてから小沢氏を強く批判してきた産経新聞の「主張」は次の通りである。
http://sankei.jp.msn.com/politics/print/110215/stt11021502410000-c.htm

菅直人首相が10日の元代表との会談で自発的離党を求めたことから考えれば最低限、離党勧告が筋だろう。しかも、元代表が離党を拒否した以上、強制離党にあたる除籍処分で臨むのが当たり前だ。
そもそも、元代表の政治的かつ道義的責任の重さを考えれば議員辞職しかない。
・・・・・・
首相らが「あまり処分に時間をかけるべきでない」と判断したのは妥当だが、党内対立の激化を避けるために3つのうち最も軽い処分で決着を図ろうとしたのは理解に苦しむ。

一方、産経新聞のスタンスに近いかと思われた勝谷誠彦氏は、メルマガ110223号で次のように述べていて対照的である。

菅直人首相は一国のトップとして責任を持つべき国民の命よりも、身内のリンチの方が大切らしい。<途中退席>というところに、異様なまでのこの男の加虐性がほのみえて、気持ちが悪くなって来る。
ちなみに「総括会議」にかけた時間は<途中退席>であってもそのあとの地震対策会議よりも長い(泣)。何やってんでしょうか、この人たちは。
たとえ形だけであっても「今日の常任理事会は中止、地震対策会議を優先する」と言えばいくらかでも国民の見る目は変わっただろうに。
要するに、あの男は怯えているんですね。一分一秒でも小沢一郎元代表への攻撃が遅れると、反撃を受けると思っている。
えてして加虐趣味のある奴ほど、実は怯懦な場合が多いが、菅直人という人物を見ていると、しみじみそう思う。

この問題はどう考えるべきだろうか?

先ず、問題の発端となった西松建設の「違法献金問題」が、いつの間にか問題にされなくなっていることに注意すべきであろう。
当時は麻生内閣時代が行き詰っていた時だった。総選挙があれば自民党が大敗することが明らかだった。
一方、民主党の代表は小沢氏で、もし政権交代が起きれば小沢氏が首相になる蓋然性が高かった。

西松建設から小沢氏へ違法献金が行われたという容疑で、絶妙のタイミングで小沢氏の秘書が逮捕されたのだ。
⇒2009年3月 4日 (水):小沢スキャンダルは、自民党の神風になるか?
⇒2009年3月 5日 (木):小沢代表秘書逮捕は偏向捜査ではないのか?

また、捜査情報が意図的に(世論誘導的に)リークされているのではないかと思った。
⇒2009年3月 8日 (日):西松建設問題と世論の誘導
⇒2009年3月11日 (水):西松建設献金問題に係わる情報源と流通
特に、事件の背景説明と称して行ったとされる漆間官房副長官のコメントとその報道の仕方は疑問であった。
⇒2009年3月12日 (木):情報源の秘匿と知る権利

そんな中で、元特捜部検事の郷原信郎弁護士のコメントは注目すべきものと思われた。
⇒2009年3月17日 (火):西松建設献金問題に対する捜査態勢をどう見るか?
⇒2009年3月18日 (水):特捜捜査の「ガダルカナル」化?
⇒2009年3月19日 (木):ゼネコン捜査は無謀な「白兵突撃」になるか?

結果的に小沢氏の秘書は起訴され、小沢氏は代表を辞した。
「起訴=推定有罪」と捉えがちである現実からすれば、検察は「起訴」の波及的な影響を全く考慮しなくていいのだろうか。
⇒2009年3月24日 (火):西松建設献金問題に関する検察の説明責任
⇒2009年3月25日 (水):西松建設献金問題における違法性の成否
⇒2009年3月26日 (木):西松建設献金問題における悪質性の評価と捜査手続き・手法
⇒2009年3月31日 (火):西松建設献金問題の政治的影響力

これらの疑問は、昨年来の大阪地検特捜部の信じがたい実態の一部が明るみに出てことから、「やっぱり」という感じお持った人は少なくないであろう。

もう一つの問題は、検察審査会の議決をどう考えるか、ということである。
小沢氏は、検察庁では不起訴処分となったが、この処分が不当ではないかとの疑問が検察審査会に提起された。
陸山会の政治資金収支報告書案件は、04~05年度分と07年度分について、それぞれが検察審査の対象になり、前者が起訴相当、後者が不起訴不当と審決された。
⇒2010年7月16日 (金):不起訴不当という落し所

前者については、検察庁で再度捜査をやり直し、不起訴となり、検察審査会でもう一度「起訴相当」の議決がなされ、強制起訴となった。
私は、情報が開示されない検察審査会の現在のあり方に疑問を持っている。
⇒2010年10月 6日 (水):「推定無罪の原則」はどこへ行った?
⇒2010年10月 8日 (金):冤罪と推定無罪/「同じ」と「違う」(19)
⇒2010年10月 9日 (土):検察審査会/理念と現実の乖離(4)

もちろん、小沢氏サイドも「差し止め」を申し立てたが、却下された。
⇒2010年10月16日 (土):小沢氏の「検察審議決無効」提訴
⇒2011年2月14日 (月):トヨタのリコール問題と検察審査会による強制起訴

ロッキード事件については、「背後にある闇」が問題にされた。
⇒2009年3月 1日 (日):ロッキード事件④…背後にある闇 »

小沢氏についても、昨年の10月段階で、次のような指摘がある。
http://blog.goo.ne.jp/yampr7/e/88d2eb7beadc759fa0fd4fbc963a01cf

「国民生活が第一」「官僚支配打破」「対等な日米関係」「緊縮財政より財政出動で景気回復」の政権公約の実現を目指す小沢一郎氏が、米国支配層、 自民党清和会、検察、大手マスコミによる戦後最大の「政治謀略」で抹殺されようとしています。
もしもこのことを許せば日本の民主主義は根本から破壊され、戦争と貧困と弾圧の「検察ファシズム」の社会に確実になるでしょう。
「村木冤罪事件」を大阪地検特捜部の暴走に矮小化させて終わらせてはいけないと思います。
「村木冤罪事件」は「小沢バッシング」と同じ時期に「小沢民主党政権阻止」「小沢氏抹殺」の同じ目的で実行された謀略です。
・・・・・・
昨年3月3日の検察による「西松事件」でっち上げ強制捜査がなければ小沢氏は昨年9月に首相となっていたはずです。
小沢政権が実現していれば、過度な円高の抑制、景気の回復、普天間基地の海外移転、良好な日中関係、対等な日米関係、官僚支配脱却、記者クラブ廃止、取り調べ全過程の可視化などは今頃実現していたでしょう。

歴史は繰り返すということであろうか。
確か、「2度目は喜劇として」とあったように記憶しているが、この場合、果たして喜劇役者は誰であろうか?

民主党の常任幹事会の処分は、ニュージーランドの震災被害者の救援の決定に優先して議決された(上掲勝谷メルマガ)。
菅首相は、子ども手当について、「私もこの議論がなされている小沢(一郎)代表の当時、『2万6000円』と聞いたときに一瞬ちょっとびっくりしたことを覚えている」と、他人事のように答弁した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110224-00000096-jij-pol
もはや、当事者としての自覚もないと断ぜざるを得ない。

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2011年2月24日 (木)

尖閣ビデオ流出者は、犯罪者か義士か?

菅政権がいよいよ末期的である。
16人の会派離脱宣言に続き、原口前総務大臣も雑誌で反菅政権の姿勢を明確にした。
⇒2011年2月18日 (金):民主党とは何であったのか

また、松木政務官も辞表を提出し、政権崩壊状態である。
菅政権はまだ総選挙の洗礼を受けていない。参院選では敗北しているし、地方選でも連敗である。
その意味では、正統性に疑念があると言ってもいい。

菅内閣は発足以来数々の躓きを重ねてきたが、その1つとして尖閣諸島における中国漁船への対応が挙げられるだろう。
この事件に対する政府の対応には、当初から首を傾げざるを得なかったが、それを「ベストの対応」と強弁してきた。。
⇒2010年9月25日 (土):尖閣諸島事件の船長を釈放
⇒2010年10月 3日 (日):尖閣問題に対する蓮舫大臣の強弁

そして衝突のビデオ映像について、一貫して保秘の態度をとった。
⇒2010年10月19日 (火):尖閣ビデオ出し渋りの怪
⇒2010年10月28日 (木):なぜビデオを出さないのか?
⇒2010年10月29日 (金):まさか証拠改竄? 出し渋りのビデオ

その結果、海保職員による「掟破り」の動画サイトへの流出が起きた。
⇒2010年11月 5日 (金):尖閣ビデオ流出の快(?)
政府は、保秘を貫徹できなかったことを謝罪した。
⇒2010年11月 9日 (火):政府は、誰に対し、何を謝罪するのか?

しかしこの辺りで保秘の方針を転換すべきだっただろう。
⇒2010年11月11日 (木):ビデオ流出の正義と責任はどこに
⇒2010年11月15日 (月):尖閣ビデオ問題の失敗学
⇒2010年11月16日 (火):尖閣ビデオ問題を「もしドラ」的に考えてみる

ビデオ流出に関しては賛否が分かれたが、ネット上の意見は、「歓迎する」が多数派だったようだ。

尖閣ビデオ流出を「歓迎する」が65%、「問題だ」は15%――ヤフー・ニュースが2010年11月5日から始めた意識調査で、8日夕現在の結果は、圧倒的に「流出」を肯定的に捉えている。ほかに、「やむをえない」という消極的肯定派が20%いる。
http://adomeos5es.blog.so-net.ne.jp/2010-11-11

問題は、公務員としての規範を破っても(目的が正しければ)許されるか、というところにあるだろう。
次のような意見が多数派ではないだろうか。

ワタシは民主党政権の尖閣ビデオ隠匿は許せませんでした。 だからこれを公開した一色氏には、感謝していました。 ただ彼個人を「国士」「愛国者」と安易に持ち上げる人達には、疑念を持っていました。
なぜなら今までこの方は一介の海上保安庁職員であり、彼個人の人となりなどわかりませんでした。
「日本中が大騒ぎしているビデオを、たまたまダウンロードできる立場にあったから、それをダウンロードして公開した人」と言う事しかわかりませんでした。
そしてその行為だけなら、軽薄な自己顕示欲や、売名目的でやる人がいても全然不思議ではありません。
更にこれが結果国民の利益になったとしても、やはり公務員がこのような形で情報公開をする事を、只々安易に礼賛だけするのにもためらいがありました。

http://yomo-uni.iza.ne.jp/blog/entry/2158759/

結果的には、ビデオ流出“犯”の一色正春元海上保安庁職員は、停職12カ月の懲戒処分となり、依願退職した。国家公務員法(守秘義務)違反容疑で書類送検されるも、起訴猶予となって幕引きが図られた。
玉虫色ともいえる結末である。
一色氏は次のように主張している。

「あの海で何が起きているか知ってほしかった。『これがほんまのことや、どうぞ見てください』と。どういう意見を持つかは国民の自由です。その上で国としてどういう方向に行くか考える。それが民主主義というものでしょう」。元保安官は「44分全部を見てほしかった」と何度も強調した。CNNならテレビニュースとは別に、全編をネットで流してくれると思っていた。
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110222ddm041040084000c.html

時を同じくして、ウィキリークスが大きな話題となった。
政府が封印した映像をネットに流し、結果的に窮地に追い込む。構図はそっくりである。
ルールは絶対に守るべきか。それとも、場合によってはルールは破っても許容されるのか。

日経ビジネスオンライン110223号の「熱血!会計物語 ~社長、団達也が行くseason2」というシリーズの『第19話「ルールに基づいていれば免責される。ルール主義では経営者は考えようとしない」』をみてみよう。

「ルールに基づいていれば免責される。これがルール主義だ。ルール主義の下では、経営担当者は考えようとはしないんだ。ルールに違反していないことだけを考える。そんなことでは、専門家といえるだろうか」

会計のルールの話であるが、一般論として考えるべき問題であろう。
分岐点は、「ルールを破っても可なり」と言い切れるまで考えたか否かではないか。
なお、尖閣ビデオについては、考えるまでもなく公開すべきものであると思う。
つまり、一色氏は犯罪者ではなく、義士である。

ぎし【義士】
  {文章語}正義を守る人・武士
パーソナル現代国語辞典より引用

罰せられるとすれば、基準が曖昧なまま公開を拒んできた政府の責任者である。

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2011年2月23日 (水)

富士山の日、ふじのくに建国、富士山問題シンクタンク

今日2月23日は「富士山の日」である。
「223」が、「フ・ジ・サン」と読めることによる。
静岡県のサイトには「富士山の日」のページがあり、以下のような条例を定めていることを掲出している。
http://www.pref.shizuoka.jp/bunka/bk-223/fujisannohi/top.html

条例(平成21年12月25日静岡県条例第72号)
静岡県富士山の日条例
(目的)
第1条 県民が、世界に誇るべき国民の財産であり、豊かな恵みをもたらしている富士山について理解と関心を深め、富士山を愛する多くの人々とともに、
富士山憲章(平成10年11月18日に静岡県と山梨県とが共同して制定したものをいう。)の理念に基づき、富士山を後世に引き継ぐことを期する日として、富士山の日を設ける。
(富士山の日)
第2条 富士山の日は、2月23日とする。
(県の責務)
第3条 県は、富士山の日の趣旨にかんがみ、富士山を後世に引き継ぐための県民運動の促進に努めるものとする。
附則
この条例は、公布の日から施行する。
平成21年12月25日公布

静岡新聞は、当然のことながら特集記事を組んでいる。
その中の、県の広告欄は以下のようである。
Photo_5
なかなか見事な出来だと思う。
川勝県知事は、「223」を「フ・ジ・ミ=富士見」と読んで富士見の式典を開催した。

式典の最後は、川勝知事から「ふじのくにづくり宣言」と「ふじのくに平和宣言」が声高らかに宣言されて終了しました。
全文は長くて紹介できませんが、「“ふじのくに”づくり宣言」の最後の一文だけ紹介しておきます。
「白雪を冠した霊峰を仰ぎ見ることのできる今日の佳き日、富士山のごとき日本一高い志をもって、「住んでよし 訪れてよし」「生んでよし 育ててよし」「学んでよし 働いてよし」の理想郷を目指し、我々はここに“ふじのくに”づくりのスタートを宣言する」

http://blog.goo.ne.jp/kluyoshi

学者からの転身だけに格調高いものだ。
県の積極的な広報や知事のテンションの高さに対して一般の反応はどうか?

2月23日は制定から2度目の「富士山の日」だが、県が推進する学校の休校化が一向に進まない。今年休みになるのは、県が所管する県立学校以外は9市町の公立小中学校のみ。残る26市町は県の要請に従わず、通常の登校日とした。現場には「これ以上休みを増やしたくない」「親は仕事なので、休んだ子供の受け皿がない」と休校化に否定的な意見も多く、県や川勝平太知事の熱意とは裏腹に各市町の反応は鈍い。
県教育委員会によると、2月23日の休校を決めたのは、県立高校と特別支援学校計125校以外では、沼津、三島、富士宮、下田の4市と伊豆半島の5町の公立小中学校のみ。富士山麓の御殿場市や裾野市では通常の登校日だ。
http://sankei.jp.msn.com/region/print/110127/szk11012703310021-c.htm

なかなか現場への浸透は難しいようである。
「富士山の日」をどう考えるか?

昨日の2月22日は「竹島の日」だった。
「竹島」は、日韓の間に認識の差異がある。韓国サイドの論評は例えば以下の通りである。

韓国外交通商省報道官は22日、島根県が同日、「竹島の日」の記念式典を開催したことについて、「独島(竹島)に対する不当な領有権の主張を即刻中断するよう改めて強く求める」とする声明を発表した。
声明は、式典に日本の国会議員が出席したことに遺憾の意を表明。その上で、「独島は歴史的、地理的、国際法的に明確な韓国固有の領土。韓国の領有権を侵害しようとするどのような企てにも断固として対処していく」と強調した。

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2011022200705

韓国が実効支配している現状を、私は「不法占拠」ではないかと思うが、菅内閣はそう考えていない。

枝野幸男官房長官は22日午前の記者会見で、同日が島根県の「竹島の日」に当たることに関し、「(竹島問題の)平和的解決を図る上で有効な方策を検討し、必要な施策を実施している。粘り強い外交努力を行う方針だ」と述べた。韓国が竹島を実効支配している現状について「不法占拠と言わないのか」との質問に対し、「わが国の立場は従来、明確に申し上げている。繰り返すことは国益に沿ったものではない」と言及を避けた。
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2011022200328

要するに、「触らぬ神に祟りなし」ということであろう。

富士山は竹島と異なり、日本人がその恵みに感謝し、学び、考えるのに反対する人はいない。
「休校化」が望ましいか否かについては疑問があるが、「富士山」について何らかの学びの体験をする日として活用すべきだろう。
私たちは、富士山の自然科学・人文科学・社会科学の広大な領域について、ほんの少しずつ知っているだけである。
その相互関連性を含め、さまざまな研究課題があるだろう。
⇒2009年8月 1日 (土):富士山学の可能性

富士山は、学術的な面での宝庫であるだくでなく、さまざまな現代的な問題を抱えてもいる。
例えば、広大な自衛隊の演習場や観光(地域振興)と環境保全のトレードオフ等である。
琵琶湖には、NPO法人琵琶湖総合研究所がある。
詳しい活動内容を知るわけではないが、富士山こそ(もまた)総合研究に値するのではなかろうか。

富士山に関するシンクタンクは可能だろうか?
かつて、南満州鉄道株式会社に「満鉄調査部」があって現在もその功績(功罪?)が論じられている。
故事に倣えば、例えば、鉄道会社ならば富士急行株式会社に、「富士山調査部」があってもいいと思うが、少し迫力に欠けるような気がする。
とすれば、富士山を取り巻く自治体が共同で設立してもいいだろう。
サイバー型の組織になるであろうから、ハコモノは不要である。

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2011年2月22日 (火)

タブレット端末とスマートフォン/知的生産の方法(12)

余生を知的に過ごすためには、ノマドスタイルが有効だと思う。
そしてそのためには、インターネットに接続できる端末が必須になる。
今まではパソコンが中心だったが、スマートフォンが急伸している。

2010年度のスマートフォン出荷台数は前年比2.9倍の675万台と推定した。また2012年度のスマートフォン出荷台数は1,925万台で過半数を突破と予測している。一方契約数の方は、2015年度末のスマートフォン契約数が6,035万件とし、契約数の51%と予測している。
同社が2010年8月31日に発表した2015年度までのスマートフォン市場予測を今回上方修正している。理由としては以下3点をあげている。
1.おサイフケータイやワンセグといった国内独自サービスに対応したAndroid(アンドロイド)OS搭載スマートフォンへの関心が予想をはるかに上回っていること
2.キャリアやメーカーによるスマートフォンへの取り組みが本格化していること
3.2011年度の登場が見込まれるLTE対応スマートフォンによる新たな付加価値の創出に大きな期待が持てること

Photo
http://wirelesswire.jp/Mobile_Market_Survey/201101191800.html

2010年度上期のメーカー別シェアは以下の通りである。
Photo_2
iPhoneが圧倒的なシェアを占めているが、私はアンドロイドOSに興味があったこともあって、ソニー・エリクソン製のXperiaを試してみた。
結論的には私にはXperiaは不適であった。サイズが小さすぎて、入力が困難なためメールや業務資料などに向いていないのである。
⇒2010年12月28日 (火):スマートフォンの可能性/知的生産の方法(3)

入力の困難を解消するためには、タブレットタイプにするかブルートゥースのキーボードを利用するかであろうが、キーボードを別に持つのは不便なので、タブレットということになる。

厳密な定義はないが,主に10型前後のタッチ・パネルを搭載し,キーボードが不要な携帯型コンピュータのこと。タブレット(tablet)とは,板状小片,書字板の意味である。
米Apple Inc.が2010年4月に米国で発売した「iPad」が,タブレット端末という新たな市場を切り開いた。発売前には「タブレットという形状に決して目新しさはない。話題になることはあっても,それほど売れないだろう」との冷ややかな見方もあった。だが,フタを開けてみれば,出荷台数は発売後1カ月足らずで100万台を突破,80日で300万台以上を売り上げた。
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/WORD/20101129/187678/?ST=print

iPadは下図のようなポジショニングになる。
Photo_3

http://techon.nikkeibp.co.jp/article/WORD/20101129/187678/?ST=print

余生用のツールとして考えた場合、<携帯型×消費者寄り>のゾーンになるだろうが、その程度はどの当たりか?
携帯性は操作性とトレードオフだろうし、コンテンツ作成か消費かはライフスタイル次第であろう。
私(右手が使えない状態)のニーズには現在のところ、GalaxyTabが最もマッチしているように見受けられるが、画面サイズがこの程度(7インチ)で、もう少し軽量(約380グラム→250グラム以下)であればより好ましい。

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2011年2月21日 (月)

知的余生の方法とノマドスタイル/知的生産の方法(11)

渡部昇一『知的生活の方法 (講談社現代新書 436) 』(7604)が出版された頃、私はリサーチファームの一員だった。
私や私の同僚たちは、各人なりの「知的生活」を送っていたと思う。
職場の昼休みやアフター5の話題は、面白かった本とか、新しく出た文具などが多かった。
ワープロがこの世に現れる以前の時代である。

日本語ワードプロセッサーが商品として登場したのは、1979年2月(プレスリリースは前年9月)のことであった。
東芝製で630万円した。現在の物価にスライドさせれば3,000万円程度になろうか。
Toshiba_jw10写真はWikipedia101025最終更新

それから30年余りの間に、日本語の文書作成技術は様変わりした。
ワードプロセッサーが登場する前、文書の活字化を社内的に行うために、和文(邦文)タイプが用いられた。
漢字の入力を直接行っていたものであり、裏返しにされた最低でも2,000程度の漢字を入力することは、一種の専門職能であった。
働く女性がBG(ビジネスガール)と呼ばれていた時代、邦文タイピストは花形職種でもあった。

渡部昇一氏の上掲書が出版されたのは、そのような時代であった。
渡部氏の読書に対する圧倒的な情熱に圧倒された。
氏は、その後夥しい論考を発表することになるが、大衆的な著作としてはデビュー作ではないかと思う。
渡部氏の時評論的な論考の多くに私は批判的であるが、それは後の話であって、この本に出会ったときは衝撃であった。
もっとも、渡部氏のアドバイスのうちで、結果として実践できたものはほとんどないのであるが。

渡部氏の近著に『知的余生の方法 (新潮新書) 』(1011)がある。
余生とは何か?

残りの人生。老後に残された人生。余命。「静かに―を送る」
広辞苑第六版より引用

今や平均寿命は、男が約79歳、女が朝日が約86歳である。
渡部氏は、60歳を定年として、その後の20年以上を余生として考えている。
しかし、実態的には65歳くらいまで働く人が多いのではなかろうか。としても、かなりの時間である。
その期間をどう過ごすか?
渡部氏は、人生の後半部分への参考になるべく執筆した、と動機を述べている。

知的な欲求こそ人間の最も人間らしい特色であり、実は今こそ、これまで以上に求められているのではないかと思うからである。

私も既にれっきとした余生の時期である(はず)。
想定外の発症によりいささか生き方を変えざるを得ないが、渡部氏の「知的生活を送りたいというのは人間の最も根源的な欲求」という言葉には素直に同感する。
今のところ、歩行にも障害があって移動は制約されざるを得ないが、知的生活と同様に「移動する」ことも根源的な欲求だと思う。
前回の都知事選に出馬した後亡くなった黒川紀章氏の若いころの著作に『ホモ・モーベンス-都市と人間の未来』中公新書(1969)がある。
⇒2007年10月14日 (日):黒川紀章氏の死
未来学が華やかな時代だったが、人間にとって「移動する」ことの本質的重要性が語られていたと記憶している。

私も、できれば残された時間で、まだ尋ねたことのない土地や、かつて訪れて思い出の深い土地などにこれから行ってみたいと思う。
最近、ビジネスパーソンの間でノマドワーキングに対する関心が高まっているという。
ノマドとは“遊牧民”のことである。
つまり、ノマドワーキングとは、オフィス以外の場所での執務ということである。

ノマドワーキングという言葉が一般的に使用されるようになったのは、佐々木俊尚『仕事するのにオフィスはいらない (光文社新書)』(0907)辺りからであろうか。
サブタイトルが「ノマドワーキングのすすめ」である。
佐々木氏は、ポスト・リーマンショックは、「ノマドワーキング」の時代だ、という。
すなわち、正規雇用が消滅していき、すべての人々が契約社員やフリーランスとなる社会。

ノマドワーキングを可能にするのが、クラウドとスマートフォンである。
実際スマートフォンの伸びが著しいようだ。
しかし、まだまだ現役世代が全面的にノマドスタイルに移行するわけではないだろう。
特に、業務ではセキュリティの問題からオフィス外での就業は制約されているのではないかと思われる。
むしろ余生の時期こそ、ノマド生活は馴染むのではないだろうか。

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2011年2月20日 (日)

修善寺梅園と修禅寺

先週県立美術館を訪れたグループが誘ってくれ、修善寺の梅園を尋ねた。
まさにシーズンということもあって、結構な人出だ。
去年は当然のことながらまったくこういう機会はなかったので、去年の分までリカバーしている感じである。
修善寺は1200年という歴史をほこる温泉として知られるが、温泉街の西北方に梅林ともみじ林があって、それぞれ早春と秋の観光スポットになっている。
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梅林は、総面積3haの園内に20種、1000本の紅梅、白梅が植えられている。
梅林内は茶室を中心に東と西に分かれ、樹齢100年を超える古木や若木のほか、この地をこよなく愛した高浜虚子や尾崎紅葉など文人墨客の文学碑や修善寺・新井旅館主人、安田靫彦画伯、中村吉右衛門の交友碑などが点在している。
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花は今が見ごろで、団体客には千葉県匝瑳郡などの名前があった。
けっこう遠方からの観光ルートに織り込まれているようだ。

修善寺という地名は、修禅寺という寺名に由来する。
修禅寺は、弘法大師が開創したとされ、鎌倉幕府2代将軍源頼家が幽閉され悲況の死を遂げたことでも知られているという説明を、寺近くのコーヒーショップで聞いた。
寺の書院で、旅館の女将たちが所有している明治時代~平成までのお雛様を持ち寄り展示している。
数多くの雛壇に勢揃いして、なかなかの壮観だ。
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書院からは普段一般公開されていない庭園が特別公開され眺めることができる。
落差のある滝や錦鯉が泳ぐ池を設えた立派な庭だ。
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2011年2月19日 (土)

大仁神社と大仁梅林

陽射しが心なしか明るくなってきたような気がする。
リハビリを兼ねて梅を見に行こうということになった。
大仁神社の裏手にある梅林が見ごろだという。

先週、大仁梅林と大仁神社境内を舞台にした梅まつりが行われた。
甘酒のサービスや野点、芸能発表などがあって賑わいを見せたと思われるが、今日は人影も疎らだった。
大仁神社の境内の駐車場で車を降りると、かすかに梅の香りが漂っている。
梅林の入り口にある枝垂れが満開でとてもきれいだった。
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梅林はさほど大きくはないが、斜面にあるので結構きつい。しかし、歩道が整備されているので、私でも歩くことができる。
退院時に比べれば、ずい分足が上がるようになったものだと思う。
大仁神社は、大仁ホテルに登っていく道の途中にある。

大仁ホテルは、現役時代の長嶋茂雄さんが自主トレの常宿にしていたことで有名だ。
西武鉄道グループで、プリンスホテルと同じように高級ホテルだった。
西武の経営破たんによって今は伊東園グループの1つとして大衆的なリゾートホテルとなっている。
今日もお茶でも飲もうかと思ったが、全館貸切ということで、ロビーも営業していなかった。

未だ日が高いので、韮山の反射炉に寄った。
反射炉とは金属を精錬するための炉であり、熱を発生させる燃焼室と精錬を行う炉床が別室になっているのが特徴である。
現在残るのは、幕末期の代官江川英龍(坦庵)が手がけ、後を継いだその子英敏が完成させたものである。

嘉永6(1853)年のペリー来航により、日本は外国の脅威にさらされることになった。
江戸湾海防の実務責任者となった江川英龍に対して、幕府は江戸内湾への台場築造と平行して、反射炉の建造を許可した。
英龍はオランダの技術書を参考に取り組んだが、反射炉の竣工を見ることなく病死する。
後を継いだ英敏は、佐賀藩に応援を求め、技師の派遣等を得て安政4年(1857)11月ようやく完成した。
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反射炉では、数多くの鉄製砲が鋳造され、品川台場に配備された。
平成19年に経済産業省から近代化産業遺産に認定された。

近代化産業遺産とは
今日の「モノづくり大国・日本」の礎となった産業近代化の過程を物語る貴重な建造物、機械、文書など。これらは、古さや希少さという価値だけでなく、国や地域の発展において果たしてきた役割、産業近代化に関わった先人たちの努力など、非常に豊かな無形の価値を物語るものであり、地域活性化の有益な「種」となり得るものである。
その第1番目のストーリー、「『近代技術導入事始め』海防を目的とした近代黎明期の技術導入の歩みを物語る近代化産業遺産群」に属している遺産群のある自治体やその時代(幕末の海防)に関連する自治体が一同に会し、平成21年11月1日にサミットを開いた。

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http://www.city.izunokuni.shizuoka.jp/kikaku/samitto/kindaikasamitto.jsp
土産物を販売している店舗で、「つるし飾り雛展」をやっていた。
つるし飾り雛は、雛壇の両脇に立てるほか、庶民の雛壇代りとされ、伊豆稲取地方で盛んであった。
近年は手芸の1つとして人気を集めている。
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2011年2月18日 (金)

民主党とは何であったのか

民主党の所属議員16人が会派離脱届を出した。

民主党の小沢一郎元代表を支持する比例代表選出を中心とする衆院議員16人は17日、党執行部が決めた小沢氏への処分に反発し、民主党会派から離脱する意向を固め、衆院事務局に新会派結成の届け出を提出した。
http://sankei.jp.msn.com/politics/print/110217/stt11021710180003-c.htm

いよいよ民主党および菅政権が音を立てて崩壊していく感じである。
予兆は既にあった、というべきであろう。
⇒2011年1月 5日 (水):綱領なき民主党の菅VS小沢の不毛な争い

市民運動家だったという菅首相は、おそらく支持率に敏感だっただろう。
就任当初の高い支持率に「オレはやれる」という一種の全能感を持ったのではないか。
そして、支持率の向上という調査結果に、「熟議」をする時間を惜しむかのように参院選に向かい、争点として、唐突に消費税増税のアドバルーンをあげた。
期待に反して(?)参院選で大敗すると、それを自らの責任とするのではなく、有権者の理解力の低さにあるかのように総括した。
⇒2010年7月12日 (月):日本の政治はどうなるのだろうか?
今にして思えば、高い支持率も、前任の鳩山氏への失望感の反作用に過ぎなかったのだが。

この時点で、民主党は、菅氏の続投がベストチョイスであるのか否かを真剣に問うべきだっただろう。
⇒2010年9月11日 (土):菅首相続投で、本当にいいのだろうか?
そして、菅氏が代表選に勝ち、改造内閣がスタートした。
支持率回復を狙う菅首相は、代表選前の「終わった後はノーサイド」という言葉などなかったかのように、反小沢体制を敷く。
⇒2010年9月18日 (土):改造菅政権のスタート
⇒2010年9月21日 (火):再び問う、「菅首相続投で、本当にいいのだろうか?」

新体制は、早くも代表選のさ中に起きた尖閣問題で足許が揺らいだ。
代表選に没頭していた菅氏は、首相として弁解できない失敗をしたが、執行部は強弁で取り繕うという姑息な対応に終始した。
⇒2010年9月25日 (土):尖閣諸島事件の船長を釈放
⇒2010年10月 3日 (日):尖閣問題に対する蓮舫大臣の強弁

そして、反小沢の旗によって支持率が回復するという考えに取りつかれた菅首相や執行部は、疑問の多い検察審査会の議決を批判するのでなく、利用する側に回った。
⇒2010年10月 6日 (水):「推定無罪の原則」はどこへ行った?
⇒2010年10月 8日 (金):冤罪と推定無罪/「同じ」と「違う」(19)
⇒2010年10月 9日 (土):検察審査会/理念と現実の乖離(4)

しかしながら、支持率はジリ貧から脱け出せないまま推移したのだった。
私は、菅政権に求心力が働かない原因を、「真摯に考えること」の欠如にあると考える。
⇒2010年10月17日 (日):危うい菅内閣
⇒2010年10月18日 (月):危うい菅内閣(続)
⇒2010年10月23日 (土):仙谷健忘長官の“真摯な“答弁
⇒2011年1月21日 (金):政府・民主党における真摯さの欠如
⇒2011年1月27日 (木):言葉の軽さが裏付ける首相の真摯さの欠如

真摯な反省がないことによって、失政が繰り返された。
⇒2010年11月 9日 (火):政府は、誰に対し、何を謝罪するのか?
⇒2010年11月13日 (土):菅内閣の無責任性と強弁・詭弁・独善的なレトリック
⇒2010年11月15日 (月):尖閣ビデオ問題の失敗学
⇒2010年11月20日 (土):仙谷官房長官がまたもや失言?
⇒2010年11月23日 (火):菅内閣における失敗の連鎖

にもかかわらず、菅首相は、奇策とでもいうしかない対応で事態を切り抜けようとした。
⇒2010年12月29日 (水):「たちあがれ日本」との連立という発想に驚く
⇒2011年1月13日 (木):与謝野氏が政府に入って、いったい日本の何が変わるのか?
⇒2011年1月14日 (金):再改造菅内閣への違和感

しかし、もはや行き詰まりから脱け出すことは至難の状況になっていた。
そして、執行部は政党としての原点や原則を見失っていったのだと思う。
⇒2011年1月12日 (水):出口の見えない菅政権と民主党解党という選択肢
⇒2011年1月22日 (土):民主党の政治主導とは何だったのか?
⇒2011年1月25日 (火):民主党政権と詐欺師/「同じ」と「違う」(23)

民意は既に民主党にない。
相次ぐ地方選挙どの敗北がそれを示していた。
それを決定的に明らかにしたのが、愛知・名古屋のトリプル選である。
⇒2011年2月 8日 (火):トリプル選挙の結果と菅政権の末路

執行部はそれでもなお、小沢排除に執着した。
⇒2011年2月14日 (月):トヨタのリコール問題と検察審査会による強制起訴
その結果が、今回の離反劇である。

16人の会派離脱は衝撃であろうが、このまますんなり会派離脱で済むとは当人たちも考えてはいまい。
離脱には代表者の承認が必要であるが、代表者の岡田幹事長は「あり得ない」こととしている。
しかし離党すればそれまでだし、法案の投票行動において造反することもないとはいえない。

もちろん、昨日の16人だけが孤立するわけでもない。
例えば、原口一博前総務相が22日発売の月刊誌「月刊日本」のインタビューで、次のように語っているとされる。

政権交代の原点に回帰するグループ」を「民主党A」、「増税ありきの既得権益温存の政策に賛同する議員」を「民主党B」とそれぞれ位置付け、「『民主党B』とはたもとを分かたなければならない
http://www.asahi.com/politics/jiji/JJT201102180047.html

今国会の行方はどうなるだろうか?
特例公債法案など平成23年度予算関連法案が参院で否決されるのが確実視される。
執行部は衆院での3分の2以上の賛成により再可決、成立させるシナリオとして、社民党の協力を模索してきた。
しかし、社民党が6人しかいないときに、16人の造反劇が起きては、社民党の側も本気で考える気を失うだろう。
そうでなくても、鳩山前首相の「方便」発言等により、普通に考えれば協力しがたくなっていた。
つまり、このシナリオも破綻し、現状は予算成立の目途が全く立たなくなったということだろう。

マスコミの論調は、「国民生活を省みない党内抗争はケシカラン」であるが、こういう状況に追い込まれたのも、首相が自分で蒔いた種ということになる。
相次ぐ失政による支持率の低下を、反小沢の旗幟により挽回しようとした。
代表選での大差の勝利で過信したのだろうか。
政権交代は小沢氏なしではあり得なかったと思うし、代表選も、国会議員票をみれば、僅差だったのにかかわらず、である。

3月末という絶対的な期限が迫っている状況で、小沢氏の排除に大方の精力を使っていたように見える。
どういう計算をしているのかと思う。
離反者の批判に対する菅首相の反応は、「まったく理解できない行動だ」というものだった。
これは自身の行動について言うべき言葉ではないだろうか。

政局になるのは不可避の状況と思われる。
会派離脱届が提出された17日発売の「週刊新潮」(110224号)に、横田由美子氏の『小説民主党・「内部ゲヴァルト」水滸伝』が掲載されている。
既に民主党は歴史的な視点で書かれるべき様相だということだろうか。

現在、民主党の国会議員である松崎哲久氏は、「湯川裕光」のペンネームで、『瑤泉院 三百年目の忠臣蔵』(テレビ東京新春ワイド時代劇『忠臣蔵 瑤泉院の陰謀』の原作)などの歴史小説や『マンマ・ミーア』などのミュージカルを書くほどの文才の持ち主であるが、日本新党の結成に参画し、組織委員長や総務委員長などの要職にあった。
詳しい事情は知らないが、日本新党と袂を分かった後、『時代にとって、そしてわれわれにとって日本新党とは何であったのか』フリープレス(9506)という著書を書いたが、『民主党とは何であったのか』は、誰が書くことになるのだろうか?

おそらく、統一地方選で、民主党は惨敗し、自民党にも勢いは戻らないだろう。
それが新しい時代の幕開けとなるかどうかは不明だが、何やら大きな地殻変動が地底で起きているような気がする。

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2011年2月17日 (木)

もはや驚くこともない、ダメ押しの鳩山失言

去年の今ごろは……、とふと思う。
人里離れたリハビリ病院で、自分の身に起こったことが未だ十分には納得しきれず、感情的にも不安定だったように思う。
温暖な伊豆とはいえ、例年になく雪の降る日が多かった。
見舞いに来てくれる人も、身の回りの始末をしてくれる妻や娘も、大変なことだっただろうと改めて思う。

そして、この人も、首相だったんだなあ、と過ぎて行った時間のことを考える。
鳩山前首相である。
米海兵隊普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設交渉に関して、次のように報じられている。

昨年5月に県外移設断念の理由として挙げた在沖縄海兵隊の「抑止力」について、鳩山氏は「辺野古しか残らなくなった時に理屈付けしなければならず『抑止力』という言葉を使った。方便と言われれば方便だった」と弁明し、抑止力は「後付け」の説明だったことを明らかにした。
また、米軍の一体運用さえ確保できれば県外移設は十分可能性があるとの認識を示すとともに、交渉過程で実務を担う外務、防衛両省の官僚が県内移設に固執し、その“抵抗”に苦悩していたことも明かした。

http://www.47news.jp/CN/201102/CN2011021201000535.html

最高責任者であった人のこの「方便」発言は、当然のことながら、与野党から批判に晒されている。
念のため、「方便」について辞典にあたってみた。

ほう‐べん〔ハウ‐〕【方便】
[名・形動]
(梵)upāyaの訳。近づく意》仏語。人を真実の教えに導くため、仮にとる便宜的な手段。
ある目的を達するための便宜上の手段。「うそも―」
(多く「御方便」の形で)都合のよいさま。
「でも、御―なものだ」〈藤村新生
提供元:「デジタル大辞泉」

「最低でも県外」と言ってきたことが実現できなかったことの理由づけが、あるいは「学べば学ぶほど」理解を深めたはずのことが、「便宜の手段」とは。
社民党の福島瑞穂党首は、連立の合意事項の県外移設を主張して閣僚を罷免されたのだった。

「方便で私は閣僚を首になったのか。本当にひどい」と語り、閣議決定の見直しを迫る考えを表明した。
http://sankei.jp.msn.com/politics/print/110214/plc11021422390011-c.htm

みんなの党の江田憲司幹事長の批判は以下のようである。

「コメントにも値しない言語道断の発言で、即刻議員辞職をしていただきたい。こういう方を一国の首相に担いでいた民主党のクレディビリティ(信頼性)も根源から問われる。いい加減なことを言いまくって政権を取って運営してきたことの象徴的な発言だ」と批判した。
http://sankei.jp.msn.com/politics/print/110215/stt11021519090013-c.htm

与党からも批判の声が相次いだ。

北沢俊美防衛相は同委で「なかなか理解できない。私の長い人生の中でも一、二を争う衝撃的なこと」と異例の表現で不快感を示し、藤井裕久官房副長官も記者会見で「今は(鳩山氏は)無職の方」と切り捨てた。
http://mainichi.jp/select/today/news/20110217k0000m010081000c.html

「鳩山→菅」と政権をたらい回しにしてきたが、いよいよダメ押しの失言のようである。
ついでにダメについても、辞典を見てみた。

だ‐め【駄目】
[名・形動]5が原義》
よくない状態にあること。また、用をなさない状態にあること。また、そのさま。「暑さで食べ物が―になる」「重病で、もう―らしい」「―なやつ」
効果がないこと。また、そのさま。むだ。「いくら頼んでも―だ」「―でもともと」
しようとしてもできないこと。また、そのさま。不可能。「これ以上歩けと言われてもとても―だ」
してはいけないこと。「ここでタバコを吸っては―だ」「黙って入っては―だ」
囲碁で、両者の境にあってどちらの所有にもならない目。
演劇などで、演出・演技などの悪い点についての注意や注文。「―が出る」駄目を押す(だめをおす)

提供元:「デジタル大辞泉」

しかし、こんなに形勢が明らかであれば、普通は中押しというところである。

中押し(ちゅうおし)
一方が投了し、最後まで打たずに勝敗が決まること。
囲碁基本用語集

菅氏も、趣味は囲碁だったはずである。
これ以上国民を道連れにしないで、潔く投了すべきではないか。
⇒2011年2月 3日 (木):菅首相は、どういう局面で、いつ投了するのか?

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2011年2月16日 (水)

介護マークとは?

静岡県長寿政策局は、認知症の患者を介護している人が身に着けて周囲に介護中であることを明示する「介護マーク」を作成した。
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http://www.yomiuri.co.jp/homeguide/news/20110210-OYT8T00495.htm?from=yolsp

2009年7月、県が認知症の人を介護している人などを交えて県庁で意見交換会を開いた際、認知症の妻を介護している夫の体験が紹介された。
認知症の人を介護・介助している時は、外見ではそれとわからないことが多いため、認知症の妻に付き添って夫が一緒に女子トイレに入る時や、夫が妻と一緒に女性用の下着を買う時などに誤解を受けやすい。

この声を聞き、県がマークを作成することになった。
静岡デザイン専門学校(静岡市葵区)にデザインを依頼し、マークを制作した。
「介護中」の文字を手が支える構図で、人と人が支え合うイメージを表現。
ミカンのオレンジ色とお茶の緑色を使い、静岡らしさを出した。

県によると、認知症の高齢者は県内に約8万人。半数の約4万人が在宅で介護を受けている。
マークは、障害者や難病患者など介護全般で使うことができ、県は幅広い活用を期待している。
きっかけを作った人も、「妻がトイレの中にバッグを忘れ、取りに戻るのが大変だったこともある。介護しているとわかってもらえるが大変だったこともある。介護しているとわかってもらえるマークができたことで、妻を介護して女性のトイレを使うことや女性ものの買い物をすることもすんなりいくようになる」と喜んでいたという。

マークは横10センチ、縦7センチの厚紙製。
カードをケースに入れて首から下げることで、介護中だと知らせる。
認知症患者は健常者のように見えることもあり、介護中であることを他人に理解してもらえないことも多いようだ。
私の知人の場合も、私などの旧知の人間が訪問すれば、ほとんど正常に話を交わす。
しかし、聞くところによると、冷蔵庫が同じ買い物で溢れてしまったりするらしい。

福岡、大分、三重、徳島の4県が興味を示しているという。
認知症患者は増加していく一方であると予測されている。
認知症の場合、自分が介護されていることの認識がないと考えられ、介護者の心労は想像を超えている。
被介護者も辛いものだが、介護者はもっと辛い立場に立つことが多い。
介護マークの普及・定着を期待する。

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2011年2月15日 (火)

現実味を帯びてきた民主党解党という選択肢

菅内閣の支持率が低迷している民主党は、各地の地方選でも敗北を続けている。
こういった状況に、4月の統一地方選の立候補予定者が公認や推薦を辞退する動きが相次いでいるようだ。
静岡県でも、民主党県連(牧野聖修会長)が14日の役員会で、4月の県議選への候補者擁立に関し、目標だった「単独過半数」を正式に断念、、「最大会派」を目標にする、とハードルを下げた。
岡本護幹事長は、「時間がたてばたつほど民主の看板を背負うのが難しくなった」と説明している。
静岡新聞110215

「時間がたてばたつほど」というのがまさに民主党の現状を表わしているといえよう。
愛知県知事選、名古屋市長選、市議会の住民投票の「トリプル投票」では、民主も自民もノーを突きつけられたが、それは果たして一過性の現象だろうか?

県内の首長では、川勝平太知事が「自民も民主も惨敗した。国政への失望と地域自立への期待が高い」と総括。河村氏、愛知県知事選で初当選した大村秀章氏の2人と親交があるという鈴木康友・浜松市長は「閉塞(へいそく)感が漂う政治に問題提起し、新風を起こした」と評価する一方、2人が掲げた市民・県民税の減税について「財源をどう手当てするか。恒久化すれば借金増の市民負担につながる恐れもある」と話した。
http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20110208/CK2011020802000130.html

上記のような現象は静岡県だけでないようである。

夕方の東急目黒線武蔵小山駅前に、品川区議選に初めて立候補する予定の伊藤優太さん(25)が立っていた。道行く人に手渡すビラは2カ月前とは異なる。昨年12月に民主党公認を返上し、みんなの党に移ったからだ。「期待してるわ」と声がかかる。「民主党はねえ……」などと言われ、戸惑っていたころとは感触が違う。
「若い世代の意見を社会に反映したい」とファッションモデルのマネジャーから転身を決めた。民主党が躍進した一昨年の都議選でボランティアをした縁で区議候補の公募に申し込み、昨年10月に公認が決まった。
直後の11月、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件を写した海上保安庁の映像がインターネットに流出。菅政権は映像を国民に公開しなかった。「情報公開が信念」という伊藤さんは疑問を抱き、公認の取り下げ願いを提出した。

http://mytown.asahi.com/tokyo/news.php?k_id=13000731102140001

党内には、小沢処分というもう1つの火種がある。
役員会で党員資格停止とする提案を決定したらしい。菅直人首相(党代表)が一部の反対論を押し切ったということである。
党員資格停止は、除籍、離党勧告に次ぐ最も軽い処分だが、停止中は代表選に立候補ができず、投票権もない。党岩手県第4区総支部の支部長資格も停止され、企業団体献金の受け皿を失う。
一方で国会での採決では、党の決定に従わなくてはならず、党費の支払い義務も残る。首相にとっては、都合のいい処分である。
しかし小沢元代表に近い議員らは反発を強めているというし、菅首相の当初の目論見に比べ、だいぶ後退している。

「2月6日の名古屋市長選・愛知県知事選の結果によって、党内では"菅降ろし"の声が出てくる。これで菅さんが責任を取らないなら、間違いなく4月の統一地方選に大打撃を与えることになります。民主党の不人気は地方議員のせいではなく、やることなすことすべて整合性がない、菅政権によるものだというのに・・・」(吉田公一代議士)
このまま菅首相が総理大臣の座に居座ったら、民主党は終わりだ---。
いまやそれは、大半の民主党議員にとって、暗黙の了解事項になりつつある。
・・・・・・
民主党国対幹部も、表向きは「野党との協議の道を探る。小沢起訴を交渉カードに使えないか」などと話しつつ、ホンネとなると、どう考えても、菅には退陣しか残されていない」と完全に勝負を投げている状態だ。
http://raicho.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1297639903

菅首相にはすでに残された道は退陣だけのようである。
しかし今や首相の座にいることだけが目的となってしまったような菅首相が自ら退陣を選択するだろうか、という気がする。
どうせなら解散総選挙を、という判断もありそうな感じである。
そうなれば、民主党は大敗必至だし、政権党でなくなれば凝集力も弱くなって、党として存続し得ないかも知れない。
民主党解党という選択肢も非現実的とはいえないような状況である。
⇒2011年1月12日 (水):出口の見えない菅政権と民主党解党という選択肢

NHKの大河ドラマでは、明智光秀が、「敵は本能寺にあり」と織田信長に反旗を翻したところをやっていた。
去年は小沢新年会で気勢を上げていた菅首相も、敢然と反小沢に転じたつもりだったが、所詮「光秀の三日天下」と似た命運のようである。
⇒2011年1月17日 (月):民主党における菅・蓮舫的な胡散臭さ
歳のせいか、既視感(デジャブ)に襲われることが多い。
そういえば、戦後政治史に束の間の光芒を放ったかに見えた日本新党などという政党もあったなあ。

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2011年2月14日 (月)

トヨタのリコール問題と検察審査会による強制起訴

アメリカにおけるトヨタ車の事故続発問題が一応決着した。

米運輸省は8日、トヨタ車の急加速問題について最終的な調査結果を発表し、「トヨタ自動車製の車の電子制御システムには急加速を引き起こす欠陥は見つからなかった」と結論づけた。ラフッド米運輸長官は会見で「トヨタ車は安全だと我々は感じている」と宣言、トヨタ車の急加速問題は収束する見通しになった。
・・・・・・
電子制御上の問題はなく、すでにリコールが実施されたアクセルペダルの2種類の欠陥が原因だったと結論づけた。また、苦情の申し立てがあった急加速の原因の大半は、運転手がブレーキとアクセルを踏み間違えていた可能性が高いとした。

http://www.asahi.com/business/update/0209/TKY201102090047.html

トヨタの車への「嫌疑」は濡れ衣だったことになる。
トヨタは冤罪の被害者と言えよう。
疑いは晴れたが、トヨタの被った損害はどうなるのだろうか?
ビジネスを展開する上で当然負うべきリスクとするには、余りに巨額であり、これからの事業活動で取り返すのは容易ではないだろう。

このニュースに接して、小沢一郎氏の検察審査会の議決に基づく強制起訴のことを連想した。
検察庁が起訴しない(できない)のは不当であると、検察審査会で2度にわたり議決したことにより、小沢氏は強制起訴された。
マスコミは、起訴されたら、裁判結果が得られるまで議員辞職すべきだ、とする論調が多いようだ。

大手新聞紙5社は揃って、書き方に差はあれど、起訴されたからには「小沢氏は議員辞職しろ」と主張している。政界の成熟への期待も書かず、小沢氏が無罪と証明された後の復帰についても語らず、ただ辞任しろと主張している。
http://blog.livedoor.jp/yukemuriippai/archives/3646593.html

私は、政治家といえども、あるいは「政治とカネ」の問題といえども、あくまで「推定無罪の原則」を貫くべきだと思う。
今度のように、どうもあやしいから裁判であきらかにすべきで、裁判で白がはっきりするまでは身を慎むべきだ、という論理には疑問である。
裁判結果が無罪になった場合、その間に失われたものは回復できない。
「李下に冠を正さず」の心構えは持つべきだろうが、李下で冠を正したようだから裁判にかけろ、というのでは暗黒社会ではないか。

オウム真理教事件の時に大活躍した記憶が強く残る江川紹子さんは、厚労省局長事件などの冤罪事件を追跡しているが、検察審査会制度について、次のように述べている。

「嫌疑不十分」で不起訴となった人が、検察審査会で2度の「起訴相当」を経て強制起訴された場合、裁判で無実が明らかになったら、どうするのだろう。検察審査会によって、間違った起訴がなされた場合、いったい誰が責任をとり、誰がどのように謝罪するのか。損害を回復するための措置を、誰がどのようにしてやってくれるのか。
強い権限と重い責任を担っている検察審査会のあり方が、果たして今のように不透明でいいとは思えない。

http://www.egawashoko.com/c006/000326.html

また小沢氏の元秘書の裁判を傍聴して次のように書いている。

石川議員が、保釈後に受けた取り調べを録音した内容も印象的だった。検察官がしきりに、捜査段階の供述を変更すると小沢一郎民主党元代表に不利になる、という趣旨の話を執拗に繰り返している。石川議員が、いくら「(小沢氏に借り入れた)4億円を隠すために時期をずらしたわけではない」と説明しても、検察官は聞き入れない。3時間半後には石川議員も「分かりました。忸怩たる思いが…仕方ないです」と主張を通すことを諦めたようだ。
こうした状況からは、検察側の筋書きに沿わない調書は絶対に作成したくないという検察側の強い意志が伝わってくる。大阪の郵便不正事件でも、検察の筋書きに合わない供述は調書にしてもらえない、という問題があった。特捜検察に共通する問題かもしれない。
今後の公判では、取り調べ検事も出廷する。被告人3人だけでなく、特捜検察の捜査手法も同時に裁かれている、と言えるだろう。
http://www.egawashoko.com/c006/000327.html

菅首相は、直談判の結果、自発的な行動を求めたが小沢氏が応じなかったということだ。
民主党執行部は、小沢氏の処分を世論の動向をうかがいながら決定するようである。
しかし、小沢氏の政治活動の保全を図るべきではないのか。
私には、首相として、あるいは民主党のリーダーとして、取り組むべきイシューの優先度が違うと思う。

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2011年2月13日 (日)

ギッター・コレクション展と清水港

静岡県立美術館に、ギッター・コレクション展を見に行った。
三連休の最後の日曜日で、気持ち良く晴れ渡った日だった。
一昨日と昨日は、冷え込みが厳しかったが、それを償うかのように穏やかな一日だった。
小学校以来の仲良しグループに私1人が紛れ込んでのドライブである。
中の1人が高校・大学以来の友人であることに加え、もう1人が私と母親同士が親友という縁によるのだが、いまや昔からの仲間のような顔をしている。

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カート・ギッター博士(眼科医)は、1963年から65年までの日本滞在を機に、日本美術の蒐集を始めた。
日本美術の持つ「純粋で、シンプルで、素朴な」美しさに魅せられた彼は、コレクションの中心に禅画を据えつつ、伊藤若冲、俵屋宗達、酒井抱一など江戸時代を代表する画家たちの一大コレクションを築き上げた。
そのコレクションの中から、江戸絵画を中心とする優品を選りすぐって紹介する展示だ。

私には、特に沼津と縁の深い白隠の書画、お茶席の手伝いをしている妻がよく口にしている酒井抱一の掛け軸、近代的なデザイナーかと思わせる伊藤若冲やかねてから関心のあった与謝蕪村の俳画等を見ることができたことが収穫だった。
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白隠慧鶴は、現在の静岡県沼津市原に生まれた。臨済宗中興の祖とされ、「駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠」と謳われた。
酒井抱一は、江戸時代後期の絵師で、姫路藩主・酒井忠以の弟であり、若い頃から俳諧や狂歌、浮世絵等に才能を発揮した。
伊藤若冲は、江戸時代中期の京で活躍した絵師で、写実と想像を巧みに融合させた「奇想の画家」といわれる。
与謝蕪村についてはこのブログで触れたことがある。
⇒2009年10月17日 (土):天明3年、蕪村死す
⇒2009年10月18日 (日):天明の世相と「蕪村詩のイデオロギー」
⇒2009年10月19日 (月):故郷喪失者としての蕪村
⇒2009年10月20日 (火):マルチアーチストとしての蕪村
⇒2009年10月21日 (水):マルチアーチストとしての蕪村(2)
⇒2009年10月22日 (木):蕪村の芸術論としての離俗論
⇒2009年10月23日 (金):蕪村の詩意識と現実意識

ギッター・コレクションはニューオーリンズにある。ニューオーリンズといえばジャズの都市である。
私は30年くらい前に一度だけ訪れたことがあるが、バケツで供されるカキを堪能した記憶がある。
最近では、ハリケーン「カトリーナ」の被害で有名になったが、ギッター・コレクションはこの被害から奇跡的に守られた。

帰途、清水港にあるエスパルスプラザに立ち寄り、寿司横丁で昼食を摂った。
港湾に面したフィッシャーマンズワーフばりのエンタテイメント施設は、観光スポットとして着実に集客しているようだ。
何年振りかで、観覧車というものに乗ってみた。
富士山が遠くに、清水港を挟んで三保の松原が美しかった。
右手が不自由になってからカメラを持ち歩かなくなったが、何とかケ-タイで写してみた。
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2011年2月12日 (土)

マニフェストを履行するための消費税増税?(2)

党首討論では議論が噛み合っていない印象が残った。
⇒2011年2月10日 (木):マニフェストを履行するための消費税増税?
自民党の谷垣総裁が、「民主党のマニフェストの基本構造は、消費税(率の引き上げ)はやらない前提に立っているはずだ」と問い、公明党の山口代表が、「(マニフェストは)既に破綻している。国民との約束を破ったことになる」と詰め寄ったのに対し、菅首相が、「マニフェストは4年間に実現するとの基本的な構造になっている」として、破綻を認めないことから、議論は平行線のままで、深まっていかなかったのだと感じた。

マニフェストの基本構造とは何か?
Ws000001 端的には左のチャートで示されるものだろう。
特に、「税金のムダづかい」を改めて、新たな財源を生み出すという論理である。
H22年度は所要額概算7.1兆円、H23年度は12.1兆円となっている。
それを生み出すために、華々しく事業仕分けが行われた。
事業仕分けとは下記のように説明されている。
Wikipedia110207最終更新

行政刷新会議が行う事業仕分け(じぎょうしわけ)は、国家予算の見直しにおいて、国民への透明性を確保しながら、予算執行の現場の実態を踏まえて、そもそも事業が必要か否かを判断し、財源の捻出を図るとともに、政策、制度、組織等について
今後の課題を摘出するものである

仕分けの成果はどうだったか?

無駄を洗い出し、国の予算を組み替えることを目的とした事業仕分けは、今回の特会で一通り終了。民主党は09年の衆院選マニフェスト(政権公約)で13年度までに総額16.8兆円の財源確保を約束したが、3回の仕分けの捻出(ねんしゅつ)額は遠く及ばず、マニフェストの破綻(はたん)が確実となった。
http://kokohendarou.seesaa.net/article/167818540.html

私は誰の目にも09年の総選挙のマニフェストは破綻しているように見えるのではないかと思う。
基本的には、谷垣総裁、山口代表の言うとおりであり、これを認めて議論すべきであり、菅首相の言い分は、問題のすり替えと強弁に過ぎない。

しかし、批判者が財政悪化のそもそもの原因者であるから、討論が一見白熱しているかのように見えても、空しく聞こえるばかりである。
消費税増税の結論自体にはかわりがないからだ。

私たちは、“財政再建=消費税増税”を刷り込まれつつあるが、もう一度立ち止まって考えてみたい。
“財政再建=増税+増収(経済成長による税収増)+歳出削減”という原点に戻って考える必要があるだろう。

第一に、歳出削減は本当に限界か?
事業仕分けのパフォーマンスは華々しかったが、成果はあまりに貧弱だと思う

第二に、税収増は限界か?
政府のマクロ経済政策は、どのような仕組みと効果を想定しているのか、説明不足ではなかろうか?
小沢氏の資金問題の説明責任を追及するよりも、優先順位は高い。

マニフェストは基本的に守られるべきである。
その基本的な部分が破綻しているならば、もう一度手直しをして民意を問うべきだろう。
消費税増税が必要ならば、それを盛り込んで作成していただきたい。

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2011年2月11日 (金)

建国記念の日とどう向き合うか?/やまとの謎(27)

「建国記念の日」である。
私が子供の頃にはなかった祝日であるが、当時、祝日には殆どの家で日の丸を掲揚していたように思う。
どうして祝日の祝い方が変化したのか?
まず頭に浮かぶのは、核家族化などにより、伝統を継承していく基盤がなくなったことである。
加えて、集合住宅に住む人が増えて、物理的に国旗をたてるようなスペースもない、という現実がある。

そもそも、祝日の意義の理解が薄くなっているのではなかろうか?
国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)は、第1条で以下のように規定している。

自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ、よているしよき社会、より豊かな生活を築きあげるために、ここに国民こぞって祝い、感謝し、又は記念する日を定め、これを「国民の祝日」と名づける。

現在、「元日」から「天皇誕生日」まで、計15日が国民の祝日とされている。
これらの祝日が具体的に何月何日かについては、次の4パターンがある。

1.明確に日が定まっている(年によって変化しない)
元日(0101)、昭和の日(0429)、憲法記念日(0503)、みどりの日(0504)、子供の日(0505)、文化の日(1103)、勤労感謝の日(1123)、天皇誕生日(1223)
2.その年の天文によって決まる
春分の日、秋分の日
3.曜日によって決められている
成人の日(1月の第2月曜日)、海の日(7月の第3月曜日)、敬老の日(9月の第3月曜日)、体育の日(10月の第2月曜日)
4.政令で定める
建国記念の日

かつては、例えば「成人の日」は1月15日というようにすべて明確に決まっていた。
おそらくは土曜が休みの人が増えて、折角の祝日(休日)が重なってしまうという世論の反映であろう、上記の「3」のようにn月の第m月曜日として定められる日が増えた。
土日と併せて3連休である。
そのこと自体は悪いことではないだろう。われわれはとかく平日に休むことに後ろめたさを抱きがちである。
しかし、この月曜シフトが祝日の意義を薄れさせていくことを加速する1つの要因となっていると思われる。

上記の中で、建国記念の日が特異的な扱いである。
しかし「建国記念の日となる日を定める政令(昭和41年政令第376号)」は、「国民の祝日に関する法律第2条に規定する建国記念の日は、2月11日とする。」と明確に規定している。

この建国記念の日には根強い反対論がある。
例えば、日本共産党は次のように主張している。
http://www.jcp.or.jp/faq_box/001/990211_faq.html

「建国記念の日」は、もともと天皇を神格化し、その政治を美化した戦前の「紀元節」を復活させたもので、主権在民を定める憲法の民主主義の原則に反しています。日本共産党は憲法の国民主権の原則と言論・思想・信教・学問の自由を守る立場から「建国記念の日」に反対しています。
「紀元節」は、初代天皇とされる神武(じんむ)天皇が、「辛酉(かのととり)年春正月」の一日に即位したという『日本書紀』の記述にもとづき、一八七三年、明治政府が太陽暦に換算して二月十一日と定めました。神武天皇が即位してから日本の歴史が始まり、その子孫による統治は永遠に変わらないものだとする天皇中心の非科学的な歴史観です。
・・・・・・
しかし明治政府の説明どおりだとすると、紀元前六六〇年二月十一日が神武天皇即位の日となります。そのころの日本はまだ縄文時代で、文字や暦も知られていませんでした。階級も発生しておらず、天皇もいませんでした。神武天皇が実在しない人物であることは歴史学の常識です。二月十一日を「建国記念の日」とする科学的な根拠はありません。

これと対蹠的なのが産経新聞の「主張」であろう。
http://sankei.jp.msn.com/politics/print/110206/plc11020603090001-c.htm

11日の「建国記念の日」を前に、西岡武夫参院議長が政府主催の祝賀式典を行うべきだとする書簡を菅直人首相あてに出した。
書簡では「いやしくも国家の基本精神に関する国の祝日である以上、政府が率先してこの日を祝うことは、極めて当然のことであると思われる」と記されている。
まったくその通りだ。西岡氏の主張が一刻も早く受け入れられ、政府主催の式典が実現することを強く望みたい。

また、同じく産経新聞の「正論」欄で、立命館大学教授 大阪大学名誉教授・加地伸行氏は次のように見解を開陳している。
http://sankei.jp.msn.com/life/print/110211/art11021103230001-c.htm

なぜ建国記念の日などというものが求められるようになったのか、といえば、それは近・現代が要求したからである。すなわち、近・現代の国家は、国民国家の意識と制度とを持たなければ生き残れない。そこで、その意識を高めるために、自国の歴史に基づいて建国の理由づけをしてきたのである。
・・・・・・
日本のように古い歴史を有する国の場合、建国の日など新しく考えざるをえなかった。となれば、自国の最古の歴史書『日本書紀』に基づいて、誇りをもって定めるまでである。その日が事実かどうかというようなことは、国民国家にとって本質的な問題ではないのである。
・・・・・・
建国記念の日にどう向き合うべきなのであろうか。
その第一は、なによりも先人に対する敬意である。われわれが日本というすぐれた国家において人生を過ごせるのは、先人たちの大変な苦労と努力の結果があったからである。

私は、先人に対する敬意をもって、建国に思いを馳せる日として、建国記念の日があることには賛成したい。
その日が科学的な根拠が明確でなくてもいいと思う。
近現代における革命のようには特定できないからである。
しかし、『日本書紀』に記された神武説話を、あたかも事実であるかのように見なし、さらにはそれを強制することには反対である。
まして、皇統の根拠を神武天皇の「Y染色体」の継承だとするような「論理」にはまったく同意できない。

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2011年2月10日 (木)

マニフェストを履行するための消費税増税?

菅内閣として初めての党首討論が9日行われた。
新聞の記録記事を参照して概要をレビューしておく。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110210ddm005010174000c.html

討論は、社会保障と税の一体改革のスケジュール感に関する論議から始まった。
「4月に社会保障の改革案をまとめる」「6月に税制抜本改革を含んだ成案をまとめる」「9月前後にマニフェスト(政権公約)を見直す」「消費税率等を上げる前には解散し国民の信を問う」と理解していいか、と谷垣氏が質問し、菅首相は「ほぼおっしゃる通り」とした。
谷垣氏が、マニフェストの破綻が根本的な問題だからそれを後回しにするのは順序が逆、と言えば、首相は、順序が逆というのは理解できないとして、4月に社会保障のあるべき姿を示し、6月に税と一体の改革案を示した時、谷垣総裁も協議に乗ってくれるのか、と逆に問いかける。

その後、余り意味のない言葉のやりとりがあって、民主党の掲げたマニフェストが破綻しているかどうかに移る。
谷垣氏は、民主党のマニフェストの基本構造は、消費税(率の引き上げ)はやらない前提に立っているはず、とする。
首相は、10年のマニフェストには「早期に結論を得ることを目指して、消費税を含む税制の抜本改革に関する協議を超党派で開始します」と提案したと答えた。
また、公明党の山口代表が、首相は年金制度の一元化は「大変難しい」、最低保障年金の中身は「具体的な数字が固まっていない」と言って、民主党のマニフェストが中身のないものであり、既に破綻しているかが明らかになった。マニフェストが実現できないなら国民との契約違反だから、国民は契約を解除する権利があるとした。
首相は、マニフェストは4年間に実現するとの基本的な構造になっている。折り返し地点の9月ごろまでには、検証して国民にお示しするとした。

争点を表で示せば、以下のようになる。
Ws000000
静岡新聞110210

全体としての印象は、「噛み合っていない」ということであろうか。
私には、菅首相が意識的にか無意識的にかは分からないが、「はぐらかし」をしているように思える。
そして、それは首相および民主党幹部に共通する「真摯さの欠如」がここにも表れた結果ではないか。
⇒2010年10月23日 (土):仙谷健忘長官の“真摯な“答弁
⇒2011年1月21日 (金):政府・民主党における真摯さの欠如
⇒2011年1月27日 (木):言葉の軽さが裏付ける首相の真摯さの欠如

ドラッカーによるまでもなく、リーダーにとって真摯さの欠如は致命的である。
改めて確認するまでもなく、民主党が政権をとったのは、09年の総選挙である。
このマニフェストが実現不可能であることは首相も認めざるを得ない。
そこで10年の参院選のマニフェストに言及した。
しかし、その参院選で民主党は敗れたのである。
私たちは、衆議院の任期一杯まで待つ余裕はないし、待つ必要もないのではないか。

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2011年2月 9日 (水)

ファシリテーターと理路の見える化/知的生産の方法(10)

ビジネスの場で、ファシリテーションの重要性が言われている。
ファシリテーションとは以下のようなことである。

ファシリテーション(英: Facilitation)は、会議、ミーティング等の場で、発言や参加を促したり、話の流れを整理したり、参加者の認識の一致を確認したりする行為で介入し、合意形成や相互理解をサポートすることにより、組織や参加者の活性化、協働を促進させる手法・技術・行為の総称。
Wikipedia110106最終更新

価値観が多様化し、ものの見方・考え方が錯綜するようになって、会議が収束しにくくなっていることが背景にあるといっていいだろう。
会議の場等において、ファシリテーションを行う人がファシリテーターである。
ファシリテーターにはどのようなスキルが必要だろうか?

アリストテレスは、『弁論術』において、説得について考察し、次の3つの方法があるとした。

logos(ロゴス、言論) - 理屈による説得
pathos(パトス、感情)- 聞き手の感情への訴えかけによる説得
ethos(エートス、人柄)- 話し手の人柄による説得

Wikipedia「弁論術」の項Wikipedia110131最終更新
Photo
http://oscarcyan.exblog.jp/14455309/

ファシリテーターは、この3要素のうち、主としてロゴスをサポートするものであろう。
エトスやパトスは属人的な要素が大きいからでる。

ロゴスをサポートするということは、ロジックを分かり易くすることである。
論理の筋道すなわち理路を明確にすることによって、参加者の共通理解を図る。
ロジックの基本構造は下記の三角形で示される。

Triangle_b_2
合理的な主張には、客観的なデータと、そのデータと主張を結びつける理由付けが必要です。主張、データ、理由付けによる論理を三角ロジックと呼びます。主張に対する「
Why?」という疑問の答えが、データと理由付け(合わせて根拠)で示されます。逆に根拠に対する「So what?」という疑問の答えが主張になります。
http://www.logicalskill.co.jp/logical/triangle.html

この論理の繋がりを見えるようにする、すなわち見える化がファシリテーターの役割と言っていいだろう。

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2011年2月 8日 (火)

トリプル選挙の結果と菅政権の末路

民主王国といわれた愛知県で、出直し名古屋市長選と愛知県知事選が行われ、市長選は河村たかし氏が再選、県知事選は河村氏と連携した前衆院議員の大村秀章氏が初当選した。
また市議会の解散の賛否を問う住民投票でも賛成が多数となった。

この結果をどう受け止めるかは人により異なるだろう。
私自身は愛知県民でも名古屋市民でもないので、直接的な投票行動とは無関係である。
しかし、選挙結果については、予想通り、というしかない。
河村氏は、言動がパフォーマンス過剰気味とは思うが、公約を守ろうとする姿勢には好感を覚える。
大村氏はTVのお笑い番組もどきの討論番組で知る程度だが、河村氏とタッグを組んだのが評価されたといえよう。
現時点での選択肢からすれば、河村氏および大村氏の勝利はきわめて順当なものと思う。

私の考えるポイントは以下のようなことである。
何よりも、菅内閣もしくは民主党政権への「NO」が圧倒的に、疑う余地なく示されたこと。

今回の選挙では消費税増税を掲げる民主党・自民党が推薦する候補を、減税を掲げる候補が打ち破ったという点で象徴的であり、かつ画期的である。現内閣の路線が否定されたことは明白であるが、同時に自民党も拒否されたのである。
http://nicoasia.wordpress.com/

民主党は、政権交代を果たした2009年の総選挙では、愛知県で15小選挙区を全勝している。
まさに「王国」であったのだが、脆くも瓦解したことになる。
今回だけのことではない。菅首相や岡田幹事長は、記憶にある限り地方選挙で全敗ではないか。
しかも、ねじれ国会で国会議員数を1人でも減らすようなことは避けるべき時に、国会議員を擁立している。
執行部の政治的センスを疑うべきだろう。
菅首相は、「選挙結果をしっかりと分析して」などと言っているが、分析の必要もないことではないか。

自民党の大森副総裁は、県知事選の得票率が民主党を上回ったのが嬉しそうな顔をしていたが、自民党も大敗したのだという自覚がないと、党勢の回復は望むべくもないだろう。
今回の選挙には、首長の率いる地域政党と既成の大政党の争いという性格があった。
結果は、トリプル選挙におけるトリプルスコアである。
速断はできないが、予兆のようなものを感じるのは私だけではないだろう。

私には、菅首相らのマニフェスト見直し発言を聞くと、「党」にこだわり、路線にこだわった永田洋子が懐かしくさえ思われる。
民主党は、「党」とは言い難い組織であろう。
なぜならば、今ごろ「綱領」を定めようと動き始めるというのだからだ。

「綱領」(もしくは代わるもの)がない組織は野合である。
野合(言い換えれば、小異を捨て大同に就く)が悪いわけではない。勝つための条件として、選択することは十分にあり得るだろう。
野合していた組織に排除の論理を持ち込むのは、自己否定というものだろう。
今の民主党で「綱領」の代わりを果たしているのは、マニフェストならともかく、親小沢か反小沢かという争いである。
⇒2011年1月 5日 (水):綱領なき民主党の菅VS小沢の不毛な争い

反小沢派は、小沢的なものを「断捨離」する覚悟を持っているのだろうか?
持っていれば、実行すればいい。
できれば「離」の境地にまで行ってほしいものだ。
でなければ、反小沢の姿勢だけで支持率を上げようなどと考えるべきではないだろう。
小沢的なものを合わせて政権交代を果たしたのだから。
私は、参院選後の民主党代表選に菅氏が意欲を示した時、菅氏の宰相としての器を危惧し、懸念を表明した。
⇒2010年9月11日 (土):菅首相続投で、本当にいいのだろうか?
そしてその前に、民主党への政権交代を選択した人(私を含む)に問題を投げかけた。
⇒2010年8月27日 (金):カン違いしたのは、菅首相かわれわれか?
折に触れ、菅内閣の批判をしてきた身からすれば、愛知での結果は火を見るよりも明らかだった。
予想通りの結果になって、私の心は高揚しているだろうか?
残念ながら、否である。
沈鬱とでもいうべき気持ちから抜け出せない。
果たしてこの国の将来はどうなるのだろうか?
⇒2010年7月12日 (月):日本の政治はどうなるのだろうか?

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2011年2月 7日 (月)

永田洋子とあの時代/追悼(10)

永田洋子の死が報じられている。
昭和20年2月の生まれということだから、私と同学年である。
もちろん、直接彼女の人生に交錯する機会はなかったが、同じ時代の空気を吸って生きてきたのだと思うと、いささかの感懐はある。
Wikipedia110207最終更新等を参照して、略歴を辿ってみよう。

1945年2月8日、東京都文京区本郷に生まれる。1963年に共立薬科大学(現・慶應義塾大学薬学部)に入学。
1964年5月に社学同ML派に加盟する。1967年の卒業後は慶應義塾大学病院の研究生となり、同病院の薬局で無給の医局員を務めた後、東京都品川区の三水会病院や済生会病院に勤務。
その後、日本共産党革命左派神奈川県委員会立ち上げ時よりのメンバーとなり、1970年9月には指導部の投票により最高指導者となり、上赤塚交番襲撃事件や真岡銃砲店襲撃事件に関与。印旛沼事件では元同志2人の殺害を指示した。1971年より共産主義者同盟赤軍派との連携を指導し、12月には赤軍派と「新党」を結成し、副委員長に就任した。1972年2月17日、山狩り中の警官隊に発見され、激しく抵抗をした末、逮捕された。
脳腫瘍を患いながらの裁判の末、1993年2月19日に最高裁判所で死刑が確定。2001年に再審請求していたが、東京地裁は2006年11月28日に請求を棄却する決定をした。2011年2月5日に東京拘置所で脳萎縮、誤嚥性肺炎のため65歳で死去した。

若いときに重大な錯誤を犯し、その錯誤から脱け出せないままに一生を過ごしたことになる。
誰にでも過ちはあるが、彼女の場合は取り返しのつくようなものではなかった。
死刑は死刑制度がある以上当然であろうが、どういう思考経路によってあのような行為に至ったのか、彼女自身は納得し得たのだろうか。

背景はまったく異なるが、私は連合赤軍からオウム真理教を、あるいはオウム真理教から連合赤軍を連想する。
共に現実離れした観念が自己運動的に肥大化し、さらに現実から遠ざかっていく。
結果として、変革しようとした社会の現実と、まったく相わたることができない。
しかも、同じ志を持って活動していた仲間を殺めてしまう。

それにしても、「あの時代」とは何だったのだろうか?
私は1969年に社会人になった。
翌1970年は慌ただしい年だった。
3月31日、羽田発福岡行日航旅客機「よど号」が赤軍派学生ら9人によって乗っ取られた。日本でのハイジャック第1号である。
3月14日~9月13日の会期で、大阪府吹田市千里丘陵を会場に、「人類の進歩と調和」をテーマにして、日本万国博覧会が開催された。
11月25日午前11時ころ、作家の三島由紀夫と「楯の会」会員4人が東京・市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部で総監を監禁し、バルコニーで自衛隊員にクーデターを呼びかけた。賛同者がいないことを知ると、三島は総監室で割腹自殺した。

1971年には、成田空港反対闘争が先鋭化した。1972年5月開港をめざす新東京国際空港公団・千葉県と、これに反対する地元農民・支援学生らが激しく対立。2月に第1次代行執行。7月に千葉地裁強制執行。9月に第2次代行執行。16日には警官3人が死亡。160人が重軽傷、逮捕者230人余り。
そういう時代背景のなかで、最過激派を目指して連合赤軍は結成されたのである。

1972年には、沖縄返還と日中国交正常化が実現したが、連合赤軍が日本中を震撼させた。
2月19日、長野県軽井沢で銃を持った連合赤軍の5人が河合楽器浅間山荘に押し入り、管理人の妻を人質にして篭城した。28日午前10時に警察隊が攻撃開始、クレーン車に吊り下げた大鉄球で山荘の破壊作業を行い突入、午後6時15分に人質を救出し、犯人を逮捕した。各放送局は終日中継放送した。 2人の警察官が死亡し、犯人の一人の父親が自殺した。
3月7日、浅間山荘事件の犯人の自供により、群馬県でリンチで殺された男性の遺体が発見された。さらに10日に3人、11日から13日までに8人の遺体が発見された。22日に千葉県で2遺体が発見され、計14人になった。最高幹部の森と永田が「総括」の対象者を決めていた。

いまから考えると、動乱の時代のようにも思えるが、時代が大きく転換していたのだ。
連合赤軍の一方の赤軍派(共産主義者同盟赤軍派)の革命理論は、日本における革命により、世界革命の司令部としての党と軍隊を形成し、世界革命の最高司令部である革命日本と、革命の敵の総本山である帝国アメリカとの間で、「環太平洋革命戦争」を遂行するというものである。
滑稽なほど大げさのように感じるが、石原莞爾の「世界最終戦論」の影響があるとされる。
革命に先行する武装蜂起と一時的な政権掌握という「前段階武装蜂起」の理論に基づく大菩薩峠方面での軍事訓練を警察に察知され、予定されていた「第三中隊」「第七中隊」その他の決起部隊が一網打尽となった。

大真面目とうらはらの間抜けぶりである。逮捕劇の舞台となった「福ちゃん荘」には、大菩薩峠にハイキングに行ったときに泊まったことがある。
後に皇太子も利用するほどの立地であり、基地として不適であったと言うしかない。

そして、三島由紀夫の実質的な遺書とされる『果たし得ていない約束』という文章の、「日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう」という時代になった。
しかしいまや経済的大国としても覚束なくなりつつあるようである。

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2011年2月 6日 (日)

八百長糾弾と「 もとの濁りの田沼恋しき?」

角界が大揺れである。
存亡の危機とまで言われている。
かねてから言われていた八百長疑惑を裏付ける物証が見つかった。
野球賭博の捜査のために押収されていた携帯電話に、生々しいメールが見つかったのだ。
削除されていたメールを復元したのだという。

まさに、「天網恢恢疎にして漏らさず」というところであろう。

《「老子」73章から》天の張る網は、広くて一見目が粗いようであるが、悪人を網の目から漏らすことはない。悪事を行えば必ず捕らえられ、天罰をこうむるということ。
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch/0/0na/15691612947600/

マスコミは連日大騒ぎである。
日本相撲協会は春場所の中止を余儀なくされた。
大相撲はともかく、財団法人日本相撲協会は存亡の危機といえよう。

特例民法法人
1896年
(明治29年)の公益法人制度以来の公益法人(社団法人・財団法人)であったものは、2008年(平成20年)年12月1日の新公益法人制度施行から移行期間末日である2013年(平成25年)11月30日までの5年間継続して存在することを暫定的に認められている。これを特例社団法人、特例財団法人といい、総称して特例民法法人という。
これら特例民法法人は、2013年11月30日までの移行期間の間に、その定款を一般社団・財団法人法に合致するものに変更決議した上で(移行登記を停止条件とするもので可)、公益法人認定法の要件を満たして新公益法人に移行する認定を受けるか、公益認定を受けない一般社団法人・一般財団法人へ移行する認可を受け、移行登記をしなければ、移行期間終了と同時に自動解散となる。ただし2013年11月30日までに申請を終え、その後認定または認可されれば移行できる。移行期間中は従前どおり「社団法人」や「財団法人」とも名乗ることができる。

Wikipedia「公益法人」110205最終更新

相撲協会も新公益法人化を図ろうとしているところだという。

通常、法人の収益事業にかかる税率は30%だが、現在、特例民法法人である相撲協会は22%と減免されている。公益法人に移行できれば、「公益目的」と認められた事業については非課税となる。こうして生まれる財政的余裕により、本場所の入場料を安く抑えたり、普及活動に資金を回すことなどが可能となる。
しかし、移行のハードルは低くはない。認定を審査する内閣府の公益認定等委員会が受け付けた公益法人への移行申請は今年1月末で682件。そのうち認定272件、不認定1件。しかし、途中で認定は困難と判断して、取り下げた例が60件あるという。

http://news.goo.ne.jp/article/sankei/life/education/snk20110206086.html

もちろん、公益法人は優遇措置に見合うだけのルールは守るべきだろう。
しかし、現在の騒ぎを見ていると少し違和感がある。
興業としての大相撲に、八百長はあると言われていたし、あっても不思議ではないと思うからだ。
建前の上で「ない」とするのは当然である。
八百長といわないで、「星の貸し借り」さらに言えば、「談合」とか「馴れ合い」といえば、まったく無縁の業界がどれだけあるだろうか。
「感情の貸し借り」といえば、「人知れずこそ」である。
以下は、スポーツライターの玉木正之さんのサイトの一節である。

「そんなことはありません。先ほども言いましたが、相撲は、スポーツ、興業、神事の三本柱によって美しく成り立ってきたわけで、時代によってはスポーツの要素が強くなったり、興業の要素が強くなったり、神事の要素が強くなったりして2千年の歴史を重ねてきました。スポーツの要素が強くなったときは、怪我をする力士が大勢出て問題になりましたな……」
・・・・・・
「無粋なことですな。馬鹿なことになったもんです。相撲界には八百長という言葉が存在しない。そもそも八百長という言葉が存在しないのに、どうして八百長が存在するといえるのか。日本の伝統文化は、日本人の心は……」

http://www.tamakimasayuki.com/sport_bn_93.htm

いろいろあるだろうが、私は完全に疑惑をなくすような努力は野暮というものであろうと思う。
いかがわしい部分が残るのが「恐竜の脳」の智慧というものではないか。
⇒2010年4月25日 (日):「恐竜の脳」の話(1)最近の政局をめぐって

大相撲の八百長に怒っている人々をみると、田沼意次のやり方を改めた松平定信の寛政の改革の故事を思い起こす。

松平定信は庶民の着物の柄まで制限するほどの質素倹約な方針だったので、良くも悪くも世俗的な田沼意次の政治を懐かしむ声も見られた。 この時期流行った落首として次の二つがある。定信の就任当初は前者の歌が流行ったが、やがて改革が厳しすぎるとわかると後者の歌に取って代わられた。
  ・
田や沼やよごれた御世を改めて 清くぞすめる白河の水
  ・
白河の清きに魚も住みかねて もとの濁りの田沼恋しき
Wikipedia「田沼意次」101215最終更新

私は、石原慎太郎東京都知事の態度が大人というものだろうと思う。
ちなみに、同氏は若かりし頃、八百長疑惑を指弾した人でもある。

石原氏は八百長問題について顔を紅潮させながら、こう指摘した。「(八百長は)昔から当たり前のこととしてあったんだよ」。力士暴行死事件、朝青龍問題、野球賭博、そして八百長疑惑…。不祥事が止まらない角界を「(相撲を)日本の文化、伝統を踏まえた日本の文化の神髄である国技だというのは、ちゃんちゃらおかしい」とバッサリ切り捨てた。
・・・・・・
結局は協会に謝罪したが、同じ作家で横綱審議委員会の委員長を務めたこともある故・舟橋聖一氏(享年72歳)からは「(相撲には)『物の哀れ』というものがある」と諭された。そのことで、八百長の存在をより一層強く認識したという。「歌舞伎の大見えを堪能して見るみたいに、だまされて見て楽しんでればいいんじゃないか。そういうものだ、相撲ってものは」
http://hochi.yomiuri.co.jp/osaka/sports/article/news/20110205-OHO1T00086.htm

私は、大相撲には、八百長的な勝負もあれば、ガチンコ的な勝負もあったし、現にあると思う。
多くの国民は、それを織り込んで楽しんでいるのではないか。
協会自身が「藪をつついて蛇を出している」感じがする。

公益法人を所管する大臣などが公益法人格の取り消しなどに言及しているが、絶対に公益法人でなければならないというものでもあるまい。
そもそも、大相撲の八百長を指弾する政界や業界において、八百長的な(つまり「馴れ合い」とか「談合」のような)事象は皆無なのか。
大相撲は、社会の縮図でもある。
「古いしきたり」を後進的だと考えている開明的な人々は、「恐竜の脳」の智慧に思いを致すべきだ。

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2011年2月 5日 (土)

右手が麻痺していると、どう不便か<食>/闘病記・中間報告(21)

食事はもっともベーシックな日常動作(ADL)の1つである。
と同時に、人生における贅沢な楽しみであるとも言える。
ブログの中でも、グルメ・美食は数が多いジャンルである。
美酒、美食、美人は愉悦をもたらしてくれる恵みと言っていいだろう。
⇒2010年12月31日 (金):半身全麻痺から半身半麻痺への1年間/中間報告(14)

先日、美しい婦人にご馳走になった。
といっても、私はいわゆる「付:つけたり」である。

(1)主なものにつけ加えられた、大した価値のないもの。付録。
(2)だしに使うもの。口実。
 
http://www.weblio.jp/content/%E3%81%A4%E3%81%91%E3%81%9F%E3%82%8A

「つけたり」については、古文書を勉強(?)しているときに教わった。
彼女が日ごろお世話になっている私の友人(男)と私の計3人である。
その友人には、私自身も一方ならぬ世話になっているのではあるが、恩に報いる日が来るようにも思えない。

鄙には稀な高級フレンチの店で、われわれ以外はすべて(老若取り混ぜた)ご婦人方であった。
どうも、こういうところでは女性の方が元気がいいようだ。
美人と美食の2つは叶えられたことになるが、美酒は自主規制中の身である。
それはともかく、その店ではちゃんと箸が用意されていて、さすがに一流店のホスピタリティとはこういうものかという気がした。
もちろん、フォークとナイフが前提とされている店である。

食事をするときに、右利きは左手で茶碗を持ち右手は箸を持つ。
しかし、まだ右手で箸が持てない。
仕方なく左手で食事を摂る練習をした。
最初はなかなか上手くいかなかった。

介護用品として、バネ箸というものがある。
2本の箸をスプリングでつないで、動作をサポートするようになっている。
バネ箸を使ったトレーニングをしたりした結果、今では大概のものを箸で摂ることができるようになった。
娘は、食い意地の賜物というが、STの一環として漢字の書き取りをしたことが大きな要因になっていると思う。
問題集を用意してくれたリハビリ病院のST・F嬢の計らいに感謝している。

大概のものはOKであるが、やはり麺類は苦労する。
特に汁ものは、汁が飛び散らないように食べるのに苦労する。
そんなわけで、飲んだ後のラーメン(特に屋台などは格別)が旨かったが、いまは遠い夢である。

日常的には先ず生野菜を簡単なドレッシングで食べることにしている。
食生活におけるいわゆる1つのルーチンである。
先日TVのダイエット番組で、左手で食べろ、カロリーの低いものから食べろ、と言っていた。
奇しくもその通り実行していることになる。
そのせいか、今のところ、退院時よりも2~3kg減を維持している。

右手の指は少しずつ動き始めた。
今年のクリスマスのディナーは、ナイフとフォークで食してみたいものだ。

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2011年2月 4日 (金)

利き手の謎と右麻痺のハンディ/闘病記・中間報告(20)

下肢に比べ、上肢は回復が遅い。
右上肢は依然としてほとんど麻痺したままである。
それでも自分では以前よりも上腕が軽くなったような気がする。
発症当時は、なんて重いものだ、と思っていたのだが、余り存在を意識しなくなった。
あと1年くらいすれば、きっとずい分良くなっているに違いない、と内心期待しつつ、余り変化のないことに苛立ちもする。

右手が麻痺しているとどういうことが不便か?
健常者には想像しにくいと思うので(親切にしてくれる人が時々的外れだったりする)、現時点の私の片麻痺体験をメモしておく。

利き手、利き足には未解明の謎が多い。
多くの人が右利きである。
異端好きの私も、この点では多数派だった。
利き手が麻痺するということは、端的には左手よりもさらに能力が落ちるということである。
利き手と比べると、非利き手(殆どの人が左手)のQOM(Quality of Motion)は著しく落ちる。

右利きと左利きはどのくらいの割合なのか? それは遺伝するものなのか? 

1977年の統計では成人人口の8%から15%が左利きである。また、わずかながら女性よりも男性の方が左利きが多いという統計結果もある。この割合は古今東西を問わずほぼ一定である。古代の壁画や石像を見ても右利きの方が圧倒的に多かった。そのため左利きが生まれるのは文化・教育・食事など後天的要因によるものではないことが分かっている。しかし、なぜ左利きが少数なのか、なぜ10%前後で変動がないのかについては未だにはっきりとした理由が分かっていない。一卵性双生児には特に左利きが多く、その頻出は一卵性双生児の76%に及ぶ。
Wikipedia110129最終更新

左利きに関する秘密は現代科学でも完全には解けていない。 左利きは遺伝することはするが、メンデルの遺伝法則には従わない。父母ともに左利きの場合でも、子どもが左利きになる比率は多くて50%だ。 父母ともに右利きの場合にも、子どもの2-10%は左利きとなる(マーティン・バイマン著『手が支配する世界』)。
左利きが右利きに比べて賢いかどうかも解けていない疑問だ。 左手の動きは右脳が支配するため、左利きは右脳が担当する視空間的な機能が発達している、という主張もある。 レオネルド・ダヴィンチやミケランジェロのように建築家や芸術家に左利きの割合が相対的に多いのもこのためだ、という説明だ。 半面、右利きは左脳が発達し、言語領域が優れているという。

http://venacava.seesaa.net/article/101241163.html

あるアンケートでも、大よそ<85%:15%>という結果であった。
Photo
http://getnews.jp/archives/74432

結果として、世の中は右利きを前提としたツクリになっているモノ・コトが多い。
つまり、左利きのハンディである。
自分が健常な時にはほとんど意識しなかったことである。
左利きの人が不便だと感じることについてのアンケート結果は以下の通りである。
Photo_2
Photo_4

後遺症で右麻痺だということは、俄左利きという側面がある。
片手しか使えない、しかもその片手のQOMは低い、そして世の中のモノ・コトが左利きに不便にできている。
右手麻痺はいわば三重のハンディを負うことになるが、それでも左手が使えることを幸いだと思う。

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2011年2月 3日 (木)

菅首相は、どういう局面で、いつ投了するのか?

経済評論家・山崎元氏によれば、『菅首相はすでに「詰んでいる」のではないか』(ダイヤモンドオンライン110202号)。
将棋でいう「詰んでいる」状態だということであり、普通は「詰み」を読み切った時点で投了する。
「詰んでいる」のに手を指し続けるのは意味がないし、美しくもない。
山崎氏の主張は以下の部分に表現されているだろう。

国会運営でも、支持率でも行き詰まっているように見える菅氏は、野党をはじめとする批判勢力の攻めを受け切って首相を続けていくことが出来るだろうか。
筆者は、たぶん無理だと思う。
・・・・・・
大多数の民主党員にとっては、予算案の年度内成立と同時に菅首相が退陣し、新しい代表になって支持率を上げて統一地方選に臨み、解散はしばらく回避することだろう。

田中秀征・元経済企画庁長官も、110127号の『国民からも早期解散を望む声が…/消費税増税、TPP参加を掲げた菅政権の寿命』で、次のように書いている。

菅政権は既に「公約したことはやらないで、公約しないことをやる政権」という評価が定着してしまっている。“消費税”も“TPP”もそんなに重要なら、どうして政権交代選挙での争点にしなかったのか。もしも国民的議論が必要なら、今すぐに解散・総選挙をすればよいではないか。世論がそう受け止めるのは当然だ。首相が言うように、6月に政府案をまとめるなら、そのまま総選挙で信を問うべきだ。何よりも、昨年の参院選で菅首相自らそう約束している。
・・・・・・
他でもない菅政権に対する強い不信感が、重要課題の解決を遅らせていることを、首相は理解していない。首相自身が信頼されていないから、どんなに正しいことを言っても世論は耳を貸さなくなっている。

また、斎藤美奈子さんは、「Days Japan」1102号の『いっそ「やーめた」と言ってほしい/菅「仮免」政権の末路』という文章で、菅首相の仮免発言を揶揄しながら、次のように書いている。

仮免練習中に躓いたドライバーが、本免許を取得したところで上手く走れるわけがない。この際首相は退いて、お遍路に出る。それがもっかの菅直人にとって最善の選択だろう。

これらの論者に共通しているのは、菅内閣がすでに完全に行き詰まっていることである。
国民がすでに見放していて、相撲でいえば死に体である。
私も同感である。
⇒2011年1月12日 (水):出口の見えない菅政権と民主党解党という選択肢

そして致命的なのは、菅首相の政治家としての資質が問題だということである。
今日の産経新聞で、阿比留記者が書いている。

「その場その場でいろんな発言をしているので、すべてに整合性があるとまでは言わない」
首相は1日の衆院予算委では、自身の過去と現在の発言の矛盾を突かれてこう認めた。いま問われているのは民主党の政策やマニフェスト(政権公約)の破綻よりむしろ、首相の政治家としての整合性そのものではないか。(阿比留瑠比)

普通の神経の持ち主ならばとてもいたたまれない状況だろう。
ところが、不思議なことに、菅氏自身および取り巻きの人は、傍目にはさほど切羽詰まったようには見受けられない。
しかし、菅内閣の崩壊は時間の問題だろう。
何が菅首相投了の引き金となるか?
それは、統一地方選の前か後か?
現状では、統一地方選の戦略も立てられまい。
⇒2011年1月16日 (日):民主党は、統一地方選でどんな旗を掲げるのか?

やはり民主党は政権を担うには準備不足だったと言わざるを得ないだろう。
ポスト菅は誰が担うのか?
山崎氏は、失策続きの岡田氏の目は無く、本命は前原氏ではないかという。
しかし、私には偽メール事件のマイナスの印象は消えていない。
そういえば、あの偽メールは誰が仕組んだのか?
背景事情はどこまで明らかにされたのだろうか?

おそらく民主党は解散総選挙をやれば、野党に転落することになろう。
だからポスト菅といっても、首相とは限らない。
議席を失う議員にはお気の毒だが、栄枯盛衰は世の常である。
しばらくは戦国時代に近い状況が続くのではないか。
切磋琢磨する中で力量を磨くことも大事である。
それに、まだまだ民主党の幹部は野党の方が似合いそうだと思う。

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2011年2月 2日 (水)

マニフェスト政治が悪いのか?

今日の産経新聞で、ジャーナリスト・東谷暁氏が、『マニフェスト政治の欺瞞』と題して民主党の批判をしている。
http://www.sankei.jp.msn.com/politics/news/110202/plc11020202290003-n1.htm
民主党の欺瞞性については同意するが、それが直ちにマニフェスト政治そのものが欺瞞であるわけではないのではないか?
東谷氏は次のように書き起こす。

先月26日から行われた国会の代表質問では、民主党のマニフェスト修正への批判が相次いだ。やってみたが達成できないので修正するというのでは、国民への裏切りであり、それなら衆議院を解散して信を問えというわけである。
もっともな話で4年間は消費税増税をしないといっていたのに、なに食わぬ顔で消費税増税を言い出し、高速道路無料化も一部にとどまる。子ども手当も満額支給ができず、農家の戸別所得補償も規模が縮小している。外交に至っては破綻状態。これでは違約だらけで、民主党政権も末期状態といっても過言ではない。

ここまでは全く異論がない。
しかし、東谷氏が「マニフェスト政治というものに、本来的で致命的な欠陥があったと考えるべきだろう」として、その理由を次のように述べていることについては同意できない。

第1に、マニフェスト政治は、将来の事態を予測できることが前提で行われているが、そんな神のごとき能力は残念ながら人間には備わっていない。本来、予測不可能な事態に対処することが政治というものだから、予測可能と捉えることは政治そのものの否定である。細かに数値まであげて国民に約束するのは、大いなる欺瞞(ぎまん)というべきだろう。

マニフェストの数値が達成できないから、国民は怒っているのであろうか?
「きっこのブログ」にちょうどいい文章があるので引用しよう。

あたしだって鬼じゃないから、「国債の発行額を30兆円以内に収める」って公約に対して、「31兆円だったから公約違反だ!」なんて厳しいことは言わない。
・・・・・・
自民党に政権を任せてたら、たった10年で、ニポンの借金は395兆円から2倍以上の900兆円へと膨れ上がっちゃったワケだけど、これは、小渕と森が下地を作り、コイズミが一気に膨らませ、それを安倍、福田、麻生の3バカが引き継いだ結果だ。そして、こんな状況で政権交代したんだから、民主党政権にしてみれば、最初から莫大な借金を背負った倒産寸前の会社を任されたようなもんで、ゼロからのスタートどころか、ものすごいマイナスからのスタートってことになった。だから、多くの国民は、最初のうちだけは、温かい目で見てたんだと思う。
‥・・そんなワケで、次から次へと公約を反故にする民主党政権のテイタラクさは、もう書く気にもならないほど期待ハズレなので、今回は「国債の格付け」ってものについて、テレビから消えてく池上彰の代わりに、あたしが解説してみようと思う。

http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/

つまり、きっこさんは、数字のことを言っているわけではない。
「温かい目で見」ようとしていた民主党政権が「次から次へと公約を反故にする」のに怒っているのだ。
それが国民の多数の気持ちではなかろうか。

さらに言えば、「将来の事態を予測」できなかったからでもない。
「神のごとき能力」を期待していたのではない。自公政権よりはマシな政府を願ったのだ。

第2に、マニフェスト政治は、政策の安売り競争をもたらすことになり、それは結局、国民の政治不信を助長する。民主党はマニフェストだけでなく、他の政策においても甘ったるい主張を述べたてたが、参院選前の多党化現象を思い出せば、もはやそれが、民主党だけの症状でないことはあきらかだった。

確かに、「政策の安売り競争」的な側面があったことは否定できない。
しかし、だからといって「政策の競争」自体を否定するものではないのではないか。
実現可能性をどう論理武装し、プレゼンして、実行していくか。
その競争であって、判定者は有権者である。
マニフェスト政治に代わるしくみを提起しないのでは批判になるまい。

加えて、いまの政権が守れもしないマニフェストに固執するのには、もうひとつ大きな理由がある。民主党には党綱領が存在しないことである。およそ政党というものは、党の根本的な価値観を綱領で示し、そこから政策を立ち上げる。国民は党綱領と当面の政策提案を比較して判断することができる。

民主党に綱領がないことが問題なのは私も同意見である。
⇒2011年1月 5日 (水):綱領なき民主党の菅VS小沢の不毛な争い
だがしかし、だからこそマニフェストが重要であり、「固執」して欲しいと考えているのではないか。
むしろ、マニフェストに固執しないことが問題なのであって、マニフェストを放棄するならば、総選挙をすべきである。
民主党のマニフェストには欠陥があった。
しかし、それを「マニフェスト政治が悪い」と一般化するのは如何なものかと思う。

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2011年2月 1日 (火)

QOLとQOM/「同じ」と「違う」(28)

QOLは介護や医療の分野で馴染み深い重要な概念であるが、QOMというのをご存知だろうか?
QOLは、Quality of Lifeの略であり、「生活の質」と訳されている。
しかし、その評価は難しい。
というのは、「生活の質」 をどう考えるかは人によって異なるからである。
「その人がこれでいいと思えるような生活の質を維持しようとする考え方」(http://www.ninjal.ac.jp/byoin/teian/ruikeibetu/teiango/teiango-ruikei-c/qol.html)が重要であることは理解できるが、それをどう具体的に評価するか?

QOLと一字違いのQOMは、Quality of Motionの略である。つまり「運動の質」。
小林寛道東大名誉教授の提唱する概念で、詳しくは小林寛道『運動神経の科学』講談社現代新書(0409)で解説されているが、以下のような考え方である

スポーツや日常生活における動作や身体操作の質のこと。合理的で、正しい身体の使い方にもとづく 動きを追求する認知動作型トレーニング理論で重視される考え方
http://www.spowell.co.jp/training_system_new.html

具体的にはどんなトレーニングをすればいいか?
運動を司っているのは「脳」である。
脳の回路を改善することにより、運動神経が変わる(はずである)。
小林名誉教授は、それを「認知動作型トレーニング」と名づけた。

これまでのトレーニングは主に筋や心臓・循環系を個別に鍛える方法でした。私が提唱する新しいトレーニングは、「脳を中枢とした総合的な運動神経機構を改善し、身体操作能力や身体諸器官の機能を回復・向上させることを意図」した方法です。
こうしたコンセプトによるトレーニングの実現には、それに見合う様々なマシンやトレーングの工夫が必要です。こうした新しいタイプのトレーニングマシンを含む、トレーニング方法を「認知動作型トレーニング」と呼ぶことにしました。

http://www.casti.co.jp/omoshiro/03_kobayashi.html

驚くべきことは、アスリートの競技力向上のために開発されたマシン(トレーニング・メソッド)が、高齢者の寝たきり予防にも効果的なことが分かってきたことだ。

日本人は世界的にも長生きで、我が国は長寿国といわれています。ここで寝たきり防止により、さらに「健康長寿国」を目指そうというわけです。私はこのプロジェクトを「生涯スポーツ」として考えています。
寝たきり防止には、持病などの病気の問題、加齢による体力低下、生活改善などの様々な局面からの問題があります。私はこれをトレーニングマシンによる身体向上による寝たきり予防、神経系・脳の活性、リハビリによってサポートしていきたいと思っています。

同上

QOLの基本はADL(Activities of Daily Living)である。
書いていて気になるのが、介護や医療の分野でも、アルファベットの略語が多いことである。
現場では当たり前のように使っている場合もあるが、被介護者や被療養者には親切とは言いがたい場合もある。
ADLもその1つであろう。

「ADL」というアルファベット略語は,患者にとってなじみがない(認知率29.7%)。また,意味を理解している人は極めて少ない(理解率9.3%)。
・・・・・・
「日常生活動作」と言い換えることが一般的だが,この言い換え語は場合によって誤解を生むおそれがある。例えば「ADLが自立している」などという文脈で,単に「日常生活動作」と言い換えると,日常生活動作が自立しているので,通常の日常生活が送れると誤解される場合がある。

私は体験的に自立歩行がQOLにとって重要なことだと考えている。
先日TVで直立2足歩行するゴリラの映像が報じられていた。
背筋の伸びたずいぶん姿勢の良い(?)ゴリラであったが、常時2足歩行のわけではない。
2足歩行こそQOMの、そしてQOLの根幹だと思う。
そして2足歩行は最もベーシックなQOMでもあろう。

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