藤原京二段階造営論/やまとの謎(22)
藤原京は、最近の発掘調査等によって、一辺が5.3kmの正方形で、平城京に匹敵する規模を誇ったのではないか、という説が有力になっている。
いわゆる大藤原京説である。
⇒2008年1月 3日 (木):藤原京の規模
東海道新幹線の車内誌「ひととき」の10年12月号に、酒井香代という人が、「古代史紀行/アキツシマの夢」の第14回として、『藤原京-忘れられた理想の王都』を寄せている。
『魏志倭人伝』で「倭」と記録された国が、「日本」として出発したのはいつからなのか。「大王」が「天皇」になったのは? そんな関心で、七世紀後半から八世紀初頭の天武・持統朝を題材にしたほんを手に取ることが多くなった。というのも、「日本」や「天皇」のスタート地点は、この時代という説が主流だからだ。
この時代に造営された「藤原京」は碁盤目状の条坊(大路)を備えた都である。
・・・・・・
藤原京を訪ねれば、日本という国の誕生のいきさつを知ることができるのではないか、そんな思いで西を目指した。
この問題意識は、私も共有するところである。
⇒2010年11月14日 (日):「藤原」とはいかなる意味か?/やまとの謎(7)
⇒2010年11月21日 (日):藤原京はなぜ捨てられたのか?(続)/やまとの謎(8)
⇒2010年12月 4日 (土):日本文明史と藤原京/やまとの謎(12)
藤原京は、694年から710年まで、わずか16年間の都であった。
しかし、それまで支配者の交代ごとに転々としていたのに対し、持統、文武、元明の三代の天皇が君臨したのだから、やはり画期的なことである。
産経新聞で去年1年間にわたって、「麗し大和」が連載された。
⇒2010年12月26日 (日):「麗し大和」と法隆寺論争/やまとの謎(21)
その第1回が「大和三山」だった。
藤原京跡地が遠望されている。
これぞ、大和。市街の大海原にぽっかりと聖なる三山が浮かんでいる。こんな眺め、ほかではちょっとお目にかかれない。
この地には藤原京が築かれたが、後の平城京や平安京、さかのぼってなんと古代朝鮮の都にも相当する山があったそうだ。
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/100103/acd1001031503001-n1.htm
「ひととき」に掲載された酒井さんの文章の中に、藤原京の復元模型の写真が載っている。
橿原市藤原京資料室に展示されている模型(1/1000)である。
藤原京は、大和三山が見渡せ、飛鳥からも近い。
「麗し大和、やまとしうるわし」の象徴的な場所だったといえるだろう。
酒井さんは、国立歴史民俗博物館准教授・林部均氏の説を紹介している。
『日本書紀』の記録で藤原京が「新益京」と呼ばれていることからも、飛鳥の都から新たに拡張したのが藤原京で、少なくとも初期は、飛鳥と合わせて都として機能していたのではないかというのが、林部氏の考えだ。
・・・・・・
「都というのは政治体制の具現化でしょう。藤原京は、浄御原令の時代とその後の大宝令の時代の二段階に分けられるのではないか」
大宝令施行の七○一年以降、王宮や王都の機能はすべて藤原京だけに集約されると林部氏は言う。
「浄御原令の国家観で初期の藤原京の造営が進められた。大宝令でその政治体制にさらなる変革がもたらされる。当初は藤原京を改造し、建物を増築し間に合わせようとしたが、無理だとわかった。だから大宝令後たった七年で、平城京への遷都を決めたのではないか」
要するに、藤原京は、過渡期の産物だということであろう。
「なるほど、そうだったのか!」という気がする。
前半が、飛鳥の延長・拡大の段階、後半が平城の準備・未然の段階である。
しかし、飛鳥的なるものと平城的なるものの「同じ」と「違う」が明らかにされなければ答えにはならないともいえる。
そして、それは結局「白鳳」の本質は何かを問うことと同じであるのではないかと思う。
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