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2010年12月14日 (火)

孫に学ぶリハビリ/闘病記・中間報告(17)

私の孫のR君はもうすぐ3歳の誕生日を迎える。
R君がハイハイを卒業して歩けるようになる過程のビデオを見ながら、リハビリをしていく上で、大いに参考になることがあった。
何か?

先ず、「やろう」とする気持である。
彼がハイハイに飽き足らなくなって、2足歩行をしたいと思った動機は分からない。
本能的なものか、他の同じような子供を見てそう思うようになったのかはわからない。
しかし、何が動機になったかはともかくとして、彼が「歩けるようになりたい」と強く思っているのは映像からも分かる。

R君は、一生懸命「立とう」と試みている。
しかし、なかなかバランスが取れず転んでしまう。
何回も何回もトライする。瞬間的に立てるのだが、一歩を踏み出すことができない。
瞬間であっても、立った時には実に嬉しそうな顔をする。しかし、次の瞬間には転んでしまう。
くやしい。
終いには、突っ伏してくやしがる。

私たちは、普段歩くことなどの動作は、特に意識することなく行っている。
しかし、その何気なく行っている動作も、多くの筋肉の協働の上に成り立っている。
それが結構難しいのは、ロボットの動作がぎこちなくなることが証明している。
ロボットの筋力を強くするだけであれば、ことは容易であろう。問題は、その制御である。特に、複数の要素の統合である。
それは、精妙な神経系の形成によって可能になる。

私は、入院中にすっかり筋力がなくなってしまった。
下肢については、目で見たり、触れてみたりすれば、自分でよく分かるほどだった。
最近ようやく、筋力はある程度回復してきたのではないかと思う。見た目にもそう思える。
しかし、歩行はなかなか思うようにいかない。
発症前はまったく意識しないでやっていたことにもかかわらず、である。

R君に学ぶべき第二は、立ち直りの早さである。
突っ伏して、悔しくて身もだえをしているが、しばらくするとまたトライである。
繰り返し飽きずにトライしている。
その結果、半年後に会った時には駆け足らしきレベルになっていた。

リハビリは、かつて何気なく行っていた歩行などの動作を回復することであるから、ともすれば達成感を見失いがちである。
「元の状態には戻れませんが、頑張ってください」。
よく言われる。
頑張っても元に戻れないのでは、モチベーションを維持するのが難しい。

私は付け焼刃で人生を過ごしてきた。そのツケが発症という結果であろう。
Imagesその場に及んでのいわば臨機の対応によっていくつかの難局を切り抜けてきたのだが、それが臨界点に達したともいえる。
しかし、発症という結果が「失敗」であることは間違いない。
そして、発症という結果が表面化するには、その前段に目に見えない小失敗があったことは、失敗学における「ハインリッヒの法則」としてよく知られている。

目標を明確に持ち、失敗続きでも挫けず立ち直ること。
R君は、すべての孫がそうであろうが、癒しの対象である。
同時に、そのひたむきな姿は、私にとって師でもある。

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コメント

ご無沙汰しておりますが、毎日拝見しています。
明確な目標がいかに大切か、いろいろな側面で毎日実感しております。
来年も目標に向かって日々前進したいなぁ。

投稿: 池ちゃん | 2010年12月15日 (水) 12時36分

池ちゃん、こちらこそご無沙汰しています。
なかなか思うように回復しませんが、長期戦で臨みたいと思います。
まあ、退院当時に比べれば、ずい分良くなっているんでしょうが。
自分の歳を考えるといささか愕然としますが、日々精進を続けられれば・・・・・・

投稿: 夢幻亭 | 2010年12月15日 (水) 21時22分

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