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2010年12月17日 (金)

聖徳太子(ⅰ)/やまとの謎(19)

私が若年の頃、聖徳太子は高額紙幣、いわゆるお札の代名詞だった。
Photo_2 昭和25年に、聖徳太子の肖像の千円券が発行された。
まだ戦後復興の時代である。

高度成長が始まるとより高額な紙幣の需要が高まり、昭和32年に五千円券が、続いて昭和33年に一万円券が発行された。
両券種とも聖徳太子の肖像が使われ、上位3券種がすべて聖徳太子ということになった。
「お札といえば聖徳太子」のイメージが強くなったのも当然である。

世界のお札の約70%に、その国の有名人の肖像が印刷されているといわれる。
それは、肖像が、その国の独自性(アイデンティティ)を表現するのに好都合であることと共に、覚えやすく見分けがつけやすいことなどから、偽造され難いからである。
現在は周知のように、聖徳太子は、その役割を終えわれわれの前から姿を消したが、もし手にすれば有効な紙幣である。

歴史学においても、聖徳太子像に対する見直しがなされているようである。
私が入院中に読んだ数少ない本の中で、大山誠一『天孫降臨の夢―藤原不比等のプロジェクト (NHKブックス)』日本放送出版協会 (0911)は刺激に満ちたものだった。
入院という事態は、読書環境としては、個室はどうか分からないが、私のように相部屋だと、適・不適の両面がある。
部屋のTV等はイヤフォンを使用することになっているが、実際には結構守られていない。
それよりも、自分の心身の状態が、不適である。ページを押さえるなどのちょっとした動作にも右手が使えない。

そんな状況の中だから、1冊の本を読了するのに結構骨が折れる。
大山氏の上掲書は、発症前に抱いいていた日本古代史の「もやもや感」を、完全にとはいかなくてもかなり晴らしてくれたような気がした。
大山誠一氏は、『「聖徳太子」の誕生 (歴史文化ライブラリー)』吉川弘文館(9904)などにより、『日本書紀』に記された聖徳太子像がフィクションであることを、文献史学者として鮮明に訴えた学者であることは知っていた。

私は史学界の事情に疎いが、通説的な古代史が「坂本パラダイム」という史観をベースにしているらしいことは聞きかじっている。
坂本太郎氏の人物像は以下の通りである。

坂本 太郎(さかもと たろう、1901年(明治34年)10月7日 - 1987年(昭和62年)2月16日)は、日本の歴史学者。東京大学・國學院大學名誉教授。文学博士(1937年・東京帝国大学)。専門は日本古代史。静岡県出身。太平洋戦争終戦直後の混乱した東京大学国史学研究室の再建と、東京大学史料編纂所での史料編纂事業の復活および興隆に尽力した。
Wikipedia101130最終更新

私の高校時代の日本史の教科書は、坂本太郎氏の手になるもの(好学社版)だったと記憶している。
日本史のアカデミーの最高に位置している人だろう。
その坂本氏に、『聖徳太子』(人物叢書178)吉川弘文館(7912)という著書がある。もちろん聖徳太子を実在した人物として扱ったものだ。
大山氏は、研究者としては当然のことともいえるが、その日本史の主流に掉さしたのである。野次馬的にみれば、ドン・キホーテのようにも見える。

大山説は、アカデミズムの世界では依然として少数派のようである。
高額紙幣の顔として使われなくなったのは大山説とは関係がないだろうが、不思議な暗合である。
マーケティングコンサルタントの西川りゅうじん氏は、産経新聞の「平成志事術」という連載コラムの101215で次のように書いている。

くしくも、国民が聖徳太子を目にする機会がなくなり、太子の業績について信憑(しんぴょう)性が疑われ始めたのと時を同じくして、日本人は自信を喪失し、国内外で日本経済の将来について疑問符が付されるようになった。日本経済の「失われた20年」とは、日本国民が聖徳太子を失った20年でもある。
だとすれば私たちは聖徳太子を取り戻さねばならない。では取り戻すべき聖徳太子とは一体何なのか?
・・・・・・
「一に曰く、和を以(もっ)て貴しと為(な)し」と話し合いによる問題解決の重要性を説いた。
しかしながら、外国に対しては常に毅然(きぜん)とした態度で臨んだ。
・・・・・・
聖徳太子とは、内憂外患の中で、立派な国を作ろうとした往時の日本人の思いが結晶した象徴であり、理想像に違いない。
今こそ、私たちは聖徳太子の気概を取り戻すべきだ。先達に恥じないよう、聖徳太子の名がごとく、国外に対しては超然として神聖さを貫き、国内には端然として人徳を以て治める国にしなければならない。
http://sankei.jp.msn.com/economy/business/101215/biz1012150426001-n1.htm

それにしても、『日本書紀』の記述する聖徳太子(厩戸皇子)は自然人を超越しているような書き方をされている。
なぜそのような人物像を造型したのか?
そのことが大きな「やまとの謎」であるし、アカデミズムの主流が、実在の人物として扱ってきた(いる)こともまた「やまとの謎」である。

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