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2010年11月27日 (土)

いじめと自殺の因果関係(続)/因果関係論(8)

桐生市の小学生に続いて、市川市の男子中学生が、「いじめが原因の1つ」と考えられる自殺をした。
自殺してしまった生徒の心の中は、想像で推し量るしかないが、事前になにかもっと打てることはなかったのかと思う。
曽野綾子さんが、産経新聞の「小さな親切、大きなお世話」というコラムの101116掲載分で、「いじめと自殺」について触れている。

この学校では、1学期の終わりごろから「担任教諭がコントロールできない学級崩壊が続いていた」そうで、担任教師の無能、学校側の指導力の不足、同級生の親たちの心遣いの貧しさが図らずも浮かびあがった。

全面的に同感である。
学級崩壊状態だったという事実が後から出てくるところは、ここにも隠蔽の構図があったのかと思う。
続けて曽野さんは次のように言う。

こういう問題は外部の者は決して実情の細部を知ることはできないから、この問題を契機に私たちは一般論を考える他はないのだが、私はいじめが自殺の原因と見なすことはできない、と思う。

多くの読者は、オヤッと思うのではないだろうか。
「私たちは一般論を考える他はないのだが」の「私たち」は「外部の者」を指すとして、「内部の者」とは誰なのだろうと思ってしまう。
「担任教師の無能、学校側の指導力の不足、同級生の親たちの心遣いの貧しさ」を前提とすると、「内部の者」で誰がこの問題に取り組むべきだと曽野さんは言うのだろう。

「私はいじめが自殺の原因と見なすことはできない、と思う」も論理の道筋が見えない。
どうして「一般論を考える」とそういう結論になるのだろうか?
一般論で言えば、「いじめが自殺の原因」と見なすことができる場合もあれば、そうでない場合もある、と言えるだけではないのか。
世の中に、1セットの事象以外に、必然的な因果関係を示せることなど、そうざらにあるものではない。
⇒2010年11月10日 (水):いじめと自殺の因果関係

朝日新聞101116日の「小6自殺、私はこう見る~識者に聞く[下]」欄で、駒澤大学総合教育研究部教授・伊藤茂樹さんは次のように言う。

いじめと、いじめを原因とする自殺は全く別のことである。いじめによる自殺は社会によって選ぶように仕向けられたという面が重要ではあるが、あくまでも自分で選んだ行為である。

これも分かりにくい表現である。
自殺が「あくまで自分で選んだ行為である」というのはその通りかも知れないが、その原因(の1つ)として「いじめ」が想定されるかどうかを問題にしているのであり、それを「全く別のことである」としてしまっては、解決策をどう考えたらいいのだろうか?

では、どうすればいいのか。いじめを語るとき、できるだけ人間性や、情緒、教育的意味合いなどを省き、「面白くないもの」にすることを提案する。天災と同じように、予防法や対処法をテクニカルに語る。あわせて、いじめで自殺するのは「かわいそう」ではなく、「死んだらいじめた側は喜ぶ」と伝える。

私は、自殺に至るような問題の対策を考える場合、「できるだけ人間性や、情緒、教育的意味合いなどを省き」という発想が理解できない。まさに、「人間性や、情緒、教育的意味合いなど」を軸にして考えるべきではないのだろうか?

防衛医科大教授・高橋祥友さんは次のように言っている。

児童生徒が自殺したら、学校だけでは対応が難しい場合があるので、早急に専門家に入ってもらう態勢作りが必要だ。山口県などには、学校で事件や事故が起きたとき、精神科医や臨床心理士ら専門家が駆けつける危機対応チーム(CRT)の制度がある。
学校だけだとばたばたしてしまい、初期対応が必要な段階で貴重な時間が失われがちで、そうなると遺族の不信感は強まる。中立の立場の人が初期から介入するべきだ。
いじめが自殺の重要な契機になる場合や、最後の背中を押す契機になる場合もあるが、他の原因が複雑に絡み合っている例が少なくない。

賛成である。
自殺の原因など、単純に分かるようなことではないと思う。
本当は、教師が「精神科医や臨床心理士」などより、学校内の事件や事故などのプロであってほしいが、キャリアの足りない教師もいることだろう。

一つの重大事故の背後には29の軽い事故、300の「ヒヤリ・ハット」事例がある。「ハインリッヒの法則」だ。自殺の背後にある多くの問題を一つずつ解決していく必要があり、いじめもその一つだ。

ハインリッヒの法則とは、下図で示されるものである。
畑村洋太郎さんが「失敗学」の主要概念として取り上げて有名になった。
Photo_2 
わが身に照らしてよく分かることだが、残念ながら、小失敗ではなかなか懲りないのが凡人の定めである。

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コメント

私は日教組が強い時代虐めにあっていました
今も言葉には強い訛りがあるんですが当時の教師に国語の朗読中何度も読み直しを命じられ
それが虐めの原因になって私は見世物でした
クラスだけじゃなく学校全部の生徒が来ては
冷やかしていったのです
言葉の先生によれば「ぎ・に」は普通に発音しにくいのですから、気にせずに大きく口を開ける練習を」と言う言葉を最近になって知り当時の先生の認識不足にがっくりしています。
また授業中何度か先生のお使いでお店に行ったり他のクラスの先生のお使いも頼まれたりしています「校長と教頭には見つからないようにネ」と言ってお金と袋をわたされました。

6年の時のクラスの担任はご主人に先立たれて未亡人お子さんもいません夜な夜なクラスメイトに電話して複数の生徒の悪口を言いふらしていたのです
先生のお気に入りは私の近所にいるお友達でした
何度も先生の愚痴をそっくりそのまま教えてくれました。そのたびに「あなたは先生の気持ちも理解できない恩知らず」と言って責められましたいじめの原因を先生が作っていたのです。
先生を恨んでいますが、小学生に電話で慰めてもらうよな寂しがりやで哀れで惨めな人だと今頃理解できました。許せないけどそう思う事で気が晴れてきます

投稿: みるる | 2010年11月28日 (日) 06時12分

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