長嶋茂雄氏のリハビリテーション/闘病記・中間報告(14)
「週刊文春101007号」の『阿川佐和子のこの人に会いたい』という連載対談に、長嶋氏が登場している。
阿川さんといえば、わが青春の書『雲の墓標』の著者・阿川弘之さんのお嬢さんであり、壇ふみさんと文学者を父親とする共通性からか、息の合った対談集は、私のお気に入りである。
⇒2008年5月27日 (火):偶然か? それとも……③『雲の墓標』
長嶋氏がプロ野球にデビューした時のことは鮮烈に記憶している。
1958年4月5日、開幕戦である対国鉄スワローズ戦に、3番サードで先発出場して公式戦デビューを果たすが、国鉄のエース金田正一投手に4打席連続三振を喫した。しかし、そのすべてが渾身のフルスイングによる三振であっ
たことが伝説的に語り継がれている。また、翌日の試合でもリリーフ登板した金田に三振を喫している。
Wikipedia101010最終更新
私は、中学2年生だった。
プロ野球と大学野球では、かくもレベルが違うものかと思った。
ところが、その2日後の4月7日国鉄戦で三林清二から初安打、4月10日の大洋戦で権藤正利から初本塁打を奪うと、本来の力を出し始め、シーズン途中から川上哲治に代わる4番打者となり、チームのリーグ優勝に貢献した。
その後の選手としての活躍は周知の通りである。
「陽」の人として、石原裕次郎などと並んで、高度成長期を代表する人といっていいだろう。
現役引退は1974年だが、その引退試合の挨拶で、「わが巨人軍は永久に不滅です」という言葉を残した。
その日、リサーチファームにいた私は、同僚と一緒に後楽園球場に足を運んだ。
今でいう成果主義を当たり前とする風土だったので、堂々と昼間から出かけたことを覚えている。
右翼席だったが、周りの何人か(男性・大人)は明らかに泣いていた。
その長嶋氏が脳梗塞に倒れたという報に接した時、「らしくないな」と思いはしたが、日々の仕事に追われていたので、所詮他人事であった。
健康な時には誰しもそうではないだろうか。
阿川さんとの対談で、倒れた当時のことにふれている。
……
阿川 改めて倒れられたときのことを伺うのも恐縮ですけれども、倒れて入院したときは、意識はおありじゃなかったんですよね。
長嶋 なかった。もう(状態は)上中下の下で、一番悪かったですからね。その下は死ですから。
阿川 脳梗塞だと自覚されたのはいつ頃ですか。
長嶋 二、三週間後じゃないかな。
阿川 当時はアテネ五輪の5ケ月前で、長嶋さんは日本代表監督に就任されていて、そのときはまだアテネに行くぞって思ってらっしゃいましたか。
長嶋 思ってた。周りの人たちもそのつもりでしたからね。
阿川 でも、ご長男の一茂さんが記者会見なさって「(アテネには)いかせられない」って。あれは衝撃的でした。
長嶋 僕がとても悪い状態のときでしたからね。
阿川 「誰が何と言ったって俺は行く!」というお気持ちは……。
長嶋 当然ありました。それがダメになって、ショックだったし、孤独でした。
阿川 でも一茂さんにどれだけ回復していないかを説明されたそうで。
長嶋 いってましたたね。あと、お医者さんに「今度のオリンピックはやめましょう」と言われて、先生が言うんじゃしょうがないと。それならば、もっといい方向にしていこうとリハビリを始めたわけですよ。
阿川 最初は右手が全然動かなくて。
長嶋 全然無理でしたね。それが、少しずつ動かせるようになった。
……
長嶋さんは、あっさりと「リハビリを始めたわけですよ」と言っているが、運動神経が抜群に優れていたことを考えれば、思うように動かない身体をどんな気持ちで見つめていただろうか。
おそらくは、私たちよりもずっと恵まれた環境で、リハビリに取り組んできたことだろう。
そのリハビリの一端は、NHKスペシャルの『闘うリハビリ』(?)と題する番組で紹介され、それを入院中に友人がDVDに録画したものをみせてくれた。
対談を終えて、「一筆御礼」欄に阿川さんが、次のように書リいてある。
驚きました。半年前とは格段の回復ぶりでいらっしゃる。
以前にも触れたが、発症後の一般的な推移は次図の如く表わされる。
⇒2010年7月29日 (木):維持期リハビリテーションと医療保険/中間報告(7)
長嶋氏の場合、発症から既に6年以上経過している。
とっくに維持期ということになるはずだ。
もちろん、人並み外れた努力があるにしろ、上図を基準とした医療保険によるリハビリ期間の制限が、現実的ではないかを示しているように思える。
⇒2010年7月30日 (金):多田富雄さんのリハビリテーション期限撤廃運動/中間報告(8)
⇒2010年7月31日 (土):リハビリテーションの期限制限について/中間報告(9)
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