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2010年10月

2010年10月31日 (日)

裁判員裁判と死刑の求刑

裁判員裁判で初めての死刑が求刑された裁判の判決が、明日11月1日に下される。
裁判員裁判の実施状況については、次のように評価されている。

裁判員制度施行から1年を迎える21日を前に、最高検は20日、裁判員裁判の実施状況を公表した。20日までに対象事件で起訴されたのは1664人でうち530人に判決が言い渡された。会見した最高検の藤田昇三・裁判員公判部長は、「おおむね順調」と評価。導入前よりも裁判員の判決が重くなる可能性が指摘されていたことについては評価を避けつつ、検察側の求刑について「(判決に表れる)国民の感覚を踏まえた求刑に変化していくだろう」と話した。
判決を言い渡された530人のうち、無期懲役は8人で、有期懲役は522人、うち執行猶予が付いたのは93人だった。死刑、無罪はいずれもゼロだった。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/100521/trl1005210045000-c.htm

死刑が適用されるのか、それとも回避されるのか?
評議は非公開であるが、結論は大きな注目を集めるだろう。
裁判員裁判において、死刑の決定は次のようなルールで決まる。
Sp20101025023801
中国新聞101025

6人の裁判員と3人の裁判官全員の意見が死刑で一致すれば死刑である。
意見が分かれた場合には、過半数が死刑意見でその中に裁判官が最低1人含まれれば死刑である。
裁判員だけが全員死刑意見であっても、裁判官が1人も死刑意見でなければ死刑判決は回避される。
この場合、裁判員の死刑の意見は、次に重い量刑である無期懲役と見做されて判断される。
最終的に過半数となった量刑が結論である。

今回の「耳かき店員らが殺された事件」の場合、責任能力は争点になっていない。
情状面での争いになるが、死刑適用基準としては、いわゆる「永山基準」が参照される。
検察の死刑求刑も「永山基準」を踏まえたものである。
しかし、「誰がどう見ても死刑」というわけではないようだ。
裁判員は、重い判断を迫られることになる。

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2010年10月30日 (土)

第6次産業の可能性

奈良への小旅行では、たくさんのお寺と仏像を拝観し、人並みに心を洗われた気がした。
風景としては、やはり明日香村のたたずまいに心惹かれる。
特に、棚田の風景は、明日香村に限らず癒しを覚えるのではなかろうか。

棚田といえば、静岡県の松崎町で、10月22,23日の両日にわたって「全国棚田サミット」が開催された。
http://www.town.matsuzaki.shizuoka.jp/FMPro?-db=m_faq_02.fp5&-lay=web&-format=p03.html&-script=NO&-max=all&-sortfield=NO&NO=2109&-find
10tanadatop5

全国の棚田保全組織などが集まってつくる「第16回全国棚田(千枚田)サミット」が22日、静岡県立松崎高校(松崎町櫻田)などで始まった。県内で開催されるのは初めてで、この日は川勝平太・県知事による基調講演も行われた。
川勝知事は棚田について、「われわれの先祖が手をかけて作り、守ってきた棚田は日本の、静岡の宝であり、これからも守っていかなければならない」と話すと、会場を埋める約1300人の聴衆から大きな拍手が起こった。

http://sankei.jp.msn.com/region/chubu/shizuoka/101022/szk1010222026011-n1.htm

写真で見るように、松崎町の石部地域の棚田も有名である。
石部の棚田でとれた黒米や赤米などの古代米を使い、富士錦酒造(富士宮市)が焼酎「百笑一喜(ひゃくしょういっき)」を売り出している。
年間1万5千本を売り切るという。
古代米は、パン、まんじゅう、うどんなどにも使われている。

静岡県では「一社一村しずおか運動」というものを行っている。
http://www.pref.shizuoka.jp/kensetsu/ke-630/issyaisson/index.html
農村と企業を結んで地域の活性化を目指す運動であり、石部の棚田の活用もその一環として位置づけられている。
この事業で上がる収益は棚田の保全コストを賄うには至っていないが、さらに付加価値を高められる可能性は十分あるだろう。

最近耳にする機会の多い「第6次産業」化である。

農畜産物、水産物の生産だけでなく、食品加工(第二次産業)、流通、販売(第三次産業)にも農業者が主体的かつ総合的に関わることによって、加工賃や流通マージンなどの今まで第二次・第三次産業の事業者が得ていた付加価値を、農業者自身が得ることによって農業を活性化させようというものである。
ちなみに六次産業という名称は、農業本来の第一次産業だけでなく、他の第二次・第三次産業を取り込むことから、第一次産業の1と第二次産業の2、第三次産業の3を足し算すると「6」になることをもじった造語である。
(Wikipedia100915最終更新)

第6次産業化によって地域の自立化が図れれば、棚田の景観など市場化されにくいものの価値が保全されることになる。

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2010年10月29日 (金)

まさか証拠改竄? 出し渋りのビデオ

尖閣ビデオを民主党は、一般公開しない方針のようだ。

政府は27日、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件で、海上保安庁が撮影したビデオ映像を横路孝弘衆院議長に提出した。提出を求めていた衆院予算委員会(中井洽委員長)は同日の理事懇談会で、ビデオ映像の取り扱いを協議したが、結論は出なかった。
政府・民主党は日中関係への配慮から国民や報道陣への一般公開は見送る方針だ。提出された映像はDVD1枚で約6分。理事懇で民主党は一部議員だけを対象とした限定公開を提案したが、これまで自民党は全面公開を求めており、物別れに終わった。限定公開なえいるら国民の批判を浴びそうだ。

http://news.nifty.com/cs/headline/detail/sankei-snk20101028086/1.htm

この問題に関するyahooによる意識調査の結果は以下の通りである。
http://polls.dailynews.yahoo.co.jp/quiz/quizresults.php?poll_id=6020&wv=1&typeFlag=1
Photo_2

つまり、国民のほとんどが、「全面公開すべき」と考えているということだ。
もちろん、世論の結果を見て決めるような問題ではないだろう。
しかし、不透明であればあるほどますます真相に対する興味が湧くのは人心の常である。
しかも、国会に提出されたのは2時間以上のものを、6分に編集したものだという。
つまり、20分の1の長さに圧縮されている。

自民党は28日午前、沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件で、政府が国会に提出したビデオ映像は編集され不十分だとして、映像全編の提出を衆院法務委員会で求める方針を決めた。佐藤勉国対委員長代理が記者会見で明らかにした。中国人船長の釈放を判断したとされる那覇地検幹部の国会招致も法務委で求める。
政府が27日、衆院に提出したビデオ映像は約6分間とされる。自民党国対幹部は「海上保安庁が撮影した映像は約2時間あるという。誰が編集したかも分からず、改竄(かいざん)された可能性もある」と述べた。

http://news.nifty.com/cs/headline/detail/sankei-snk20101028131/1.htm

何を残し、何を捨てたのか?
その経緯も含めていたずらに隠蔽することなく明らかにすべきだろう。
この問題に対して、中国側は、不快感を示している。

中国外務省の馬朝旭報道局長は28日の記者会見で、尖閣諸島(中国名・釣魚島)沖の中国漁船衝突事件で日本側が撮影したビデオ映像公開の動きについて「日本側が釣魚島海域で中国漁民を違法に拘束したことが事態悪化の根源であり、この事件の事実ははっきりしている。責任を中国側に押し付けようとする日本側の企ては実現しない」と述べ、不快感を示した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101028-00000112-jij-int

事態悪化の原因はどこにあるのか?
ただ「戦略的互恵関係」という言葉を空疎に唱えているだけだと、国民感情は悪化するだけではないのか?

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2010年10月28日 (木)

尖閣ビデオ出し渋りの怪

尖閣諸島事件で、海上保安庁が撮影したビデオを、私はなるべく早く、なるべく詳細に公開すべきだと思う。
⇒2010年10月19日 (火):なぜビデオを出さないのか?

ところが、なぜか政府がこれを出し渋っているようだ。

仙谷由人官房長官は28日午前の参院内閣委員会で、政府が衆院に提出した尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件のビデオ映像について「那覇地検が(全映像の)相当な範囲だと判断して、これなら出していいと(国会に)送った」と述べ、全映像の一部であることを明らかにした。自民党の西田昌司氏が「編集は国権の最高機関の権利を侵害する」と批判したのに対し答えた。
また、柳田稔法相は参院法務委員会で、映像を編集した理由について「今後の海上保安庁の活動に支障が生じないようにしたいし、関係者の名誉や人権にかかわる情報は省きたい。公益上の必要性を考えたときに、6分50秒(の映像)を作成して出した方が妥当と判断した」と述べた。
刑事訴訟法47条は、訴訟に関する書類などの公判前の公開を禁じる一方、「公益上の必要」がある場合などには公開できると定めている。

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2010102800343

当然のことながら、自民党など野党各党は、全面公開を求める構えだ。

衆院予算委員会の中井洽、参院予算委員会の前田武志両委員長が28日午前、国会内で会談し、政府が衆院に提出した尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件のビデオ映像の扱いを協議した。中井氏が衆参予算委の理事に限定して視聴することを提案したのに対し、前田氏は参院でも政府にビデオ提出を求める考えを示した。
一方、自民党の谷垣禎一総裁は同日午後の記者会見で、ビデオ映像について「今回出されたものは5分間に編集されたものだ。恣意(しい)が入るのか入らないのか、誰が責任を持って編集しているのかという問題がある」と述べ、短く編集される前の映像の提出を政府に求める考えを示した。

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&rel=j7&k=2010102800057

編集という作業には、作為が不可避である。
「関係者の名誉や人権にかかわる情報」とは何か?
確かに、刑訴法では、訴訟に関する書類の公開を禁じているだろう。
しかし、今回の場合、すでに容疑者は釈放してしまっているし、刑事事件の第一審では必ず被告人が出廷しなければいけないが、日中間で犯罪人引き渡し条約が結ばれていないことから、「処分保留にした時点でもう公判は開けないという決定を成したに等しい」(101012の衆院予算委における石破茂氏の質問)。

そもそもビデオには何が映っていたのか?

沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件で、海上保安庁が撮影したビデオには、中国漁船(166トン)が航行速度を12~13ノット(時速約22~24キロ)ぐらいに上げて海保の巡視船に衝突した様子が映っていることが27日、分かった。ビデオ映像を見た複数の関係者が明らかにした。漁船が衝突時に速度を上げたことなどから、関係者は「衝突を避ける気はなく、故意にぶつけるつもりだったことは明白だ」と指摘している。
漁船の航行速度をめぐっては、政府は「事件の捜査に関する事柄であり、答弁を差し控えたい」とする答弁書を26日に決定するなど公表を控えてきた。しかし、ビデオ映像からこうした具体的状況の一部が明らかになったことで、与野党からビデオの全面公開を求める声が強まりそうだ。
……
映像を見た関係者によると、漁船はよなくにの左後方に衝突した後、漁船の左前方を並走していたみずきに幅寄せするように接近した末、左にかじを切って衝突している。漁船がみずきと並走していた際の航行速度は約10ノットだったとみられ、漁船はその後、約12~13ノットに速度を上げてみずきに近づき、「体当たり」しているという。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/101028/crm1010280721001-c.htm

これらの漏れてくるニュースからは、政府が中国に過剰に配慮しているのではないかとの疑念がわく。
外交が高度に政治的な判断を要することは理解できる。
言い換えれば、外交は形を変えた戦争であるというのはよく言われることだ。
だとしたら、恣意的な編集をした上で公開するのは問題が多い。
那覇地検に政治判断の責任を転嫁したツケは、雪ダルマのように、時間と共に膨れ上がっていくだろう。

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2010年10月27日 (水)

経済成長率の推移

経済の推移を表わす最も基本的な指標は経済成長率であろう。
すなわち、GDPの対前年増減率である。
東亜・太平洋戦争後の日本の経済性率は下図の通りである。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4400.html
Photo_8

1944年に生まれ、1969年に修士課程を修了して就職した私は、この図を眺めていると、人生の縮図を見る思いがする。

上図では、経済成長率を三段階に分けている。
56年~73年度の平均9.1%の時期、74~90年度の平均4.2%の時期、91~09年度の平均0.8%の時期である。
私は、69年に化学系の製造業に就職したが、73年のオイルショックの直前に、コンサル・ファームに転職した。それぞれ、高度成長期、中成長期(末期にバブル経済と混乱の時代)、デフレ期と性格づけることができる。

私は、自分の人生がいかに時代環境に影響されてきたかと、いまさらなが思わざるを得ない。
高度成長の時代に学習の時を過ごし、技術者として社会人になった。
自分の技術者としての適性にも問題はあったが、時代は別のことを求めており、そのことに携わるべきだと思ってリサーチ・ファームに転職した。
73年のオイルショックの直前である。

リサーチャー時代を含め、中成長期はおおむねスタッフ的な業務に従事した。
経営企画や経営管理が中心だった。
やがてバブル崩壊の混乱の中で、マネジメントを引き受けざるを得なくなる。

これからは、成長が難しい時代である。
企業にとって、存続していくためにも成長することは宿命のようなものであろうが、一般論としてかつてのような成長はあり得ないだろう。
企業の姿も必然的に変わっていかざるを得ない。
厳しい時代であるが、考えようによっては面白い時代かも知れない。

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2010年10月26日 (火)

聖武天皇の宝剣?/やまとの謎(3)

古代史ファンの1人として、平城遷都1300年の今年、大和の地を訪ねたいという望みを持っていた。
⇒2010年9月26日 (日):“やまと”の謎(1)
そんな話を、見舞いに来てくれた以前に住んでいたご近所の気心の知れた人たちにしたところ、早速「行きましょう!」ということになった。
夫婦3組計6人で、日・月・火の2泊3日のミニツアーである。

私と妻は15年ぶりだが、他の4人は、1人を除いてほとんど修学旅行以来のようである。
私も古代史ファンといってもここ数年来のことであり、実際の現地の様子はほとんど知らないに等しい。
私の歩行に不安があったこともあり、車椅子を登載したジャンボタクシーを頼んだ。

結果的に、これが大正解であった。
タクシーの運転手は、長年の間にすっかり豊富な知識を蓄え、的確な説明をしてくれた。
また、雨中を厭わず車椅子を押してくれた。
私自身は、車椅子は保険のつもりであったが、かなり欲張ったスケジュールだったこともあり、ほとんどお世話になってしまった。

2日目の昨日の夜は、少しゆっくりしようということになって、ホテルの近くの居酒屋に出かけた。
私はノンアルコールビールである。
以前はバカにしていたが、食事の際の飲み物として結構いける。

201010253159541n_2たまたまTVをつけたら、大仏の膝下から出土した刀が、聖武天皇の宝剣ではないか、というニュースが流れた。
東大寺には前日行ったばかりである。
偶然にしろ、忘れられない思い出の1つとなるだろう。

東大寺の大仏のひざの下に埋められていた2本の大刀は、1250年もの間行方不明とされた「陰寶劔(いんほうけん)」と「陽寶劔(ようほうけん)」だった。当時正倉院に収めた聖武天皇の遺品を「除物(じょもつ)」にして持ち出せたのは、献納した本人の光明皇后ただ1人。大刀が正倉院から出された759年12月は光明皇后が世を去る半年前で、皇后は死を前に何を願って夫の遺愛の大刀を大仏の下に埋めたのか。
奈良国立博物館の西山厚・学芸部長(仏教史)は、正倉院の別の除物で、聖武天皇と光明皇后の結納品「封箱(ふうのはこ)」に着目する。陰・陽寶劔と同じ日に正倉院から出したと記録され、大刀が埋納されたころ、光明皇后が発願した法華寺でも地鎮祭があったと伝わることから、「国分寺、国分尼寺の代表である東大寺と法華寺の安寧こそが国家の安寧。特別な霊力を秘めた刀を東大寺の鎮壇具(ちんだんぐ)にし、女性として特別な封箱は法華寺の鎮壇具にしたのでは」と推測している。
201010253159051n_2 一方、東野治之・奈良大教授(日本古代史)は、大刀が大仏殿竣工(しゅんこう)後に埋納されていることから「鎮壇具ではなく、個人的な信仰に基づく行為」と判断。大刀と同時に大仏周辺から出土している「歯」に着目し、「歯は聖武天皇のもので、聖武天皇の冥福と自身の病気の平癒を願い宝物とともに大仏のそばに埋めた」ととらえる。
杉本一樹・宮内庁正倉院事務所長も埋納時期が遅いことから「『鎮壇』をどう位置づけるべきか議論の余地
がある」とするが、その目的については「国を守るシンボルの下に置くことで、国家の安泰を願った」とみている。
当時の時代背景から光明皇后の心中を察した見方もある。森本公誠・東大寺長老は「藤原仲麻呂が台頭す
る政治的混乱の中で正倉院の遺品が四散することを恐れて大事な宝物を取り出し、より大仏の身近に埋めたのではないか」と思いをめぐらせた。
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/101026/acd1010260842003-c.htm
写真は、http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101025-00000862-yom-soci

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2010年10月25日 (月)

人口転換理論とデフレ経済

国の人口の増減には何か法則性があるのだろうか?
それを説明しようとするのが、以下のような「人口転換理論」である。

近代経済成長に伴って、人口動態は変化するという理論。前近代的社会の人口動態は出生率・死亡率共に高い水準にあり、人口成長率は低い水準にある。経済発展と共に人口転換が起こるが、人口転換は次の三つの局面に分けられる。
第一局面では、高い出生率のまま死亡率が低下していく。よって、人口は加速的に増加していく。
第二局面では、出生率一定のまま死亡率が下げ止まる。人口は高成長を続ける。
第三局面では、死亡率一定のまま出生率が低下する。人口成長率は低下していく。
こうして人口転換は完了し、出生率・死亡率ともに低水準に落ち着き、人口成長も低成長に留まる。

http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/9419/yogo4.htm

Photo_5
http://www8.cao.go.jp/shoushi/whitepaper/w-2004/html-h/html/g1630030.html

わが国では、明治維新以前が多産多死、明治から昭和30年代半ばまでが多産少死、昭和30年代半ば以降が少産少死の段階であると考えられている。
「少産少死」の段階になると人口動態は安定するものと考えられていたが、最初に「少産少死」に達した欧米諸国では、人口置き換え水準よりも低くなるという一層の出生率低下がみられる。
これは、「第二の人口転換」という言葉で呼ばれる。
効果的な避妊法の普及、晩婚・晩産化の進展などがもたらしたものであるが、その背景には、結婚や家庭に対する個人や夫婦の価値観の変化があるとされている。
わが国も、こうした「第二の人口転換」に至っている状況にある。

1990年代になって、日本の近未来において人口減少が不可避であるということが明らかになってきた。
1989年にベルリンの壁が崩壊し、その年の大納会で日経平均株価は史上最高値円を付けた。
バブル経済が崩壊し、以後株価は低迷し、経済は好況に転換しない。

最初は一時的なデフレだと思われたが、長期のデフレ期に入ったと考えられる。
21世紀は「デフレの世紀」とも言われるらしい。
わが国の場合、人口減少がデフレの大きな要因であると考えられる。

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2010年10月24日 (日)

人口減少の程度

日本史上初めての人口減少はどうして起きたか?
ある時点におけるモノの存在量は、前の基準時点における存在量とその期間における増減量によって決まる。
存在量はストックであり、増減量はフローである。
器の中の水を考えると分かりやすい。
Photo_3

日本の人口の将来像は、具体的にはどう推計されているだろうか?
下図は、2005年のピークを中心に、前後50年ずつの日本の総人口の推移を描いたものである。
http://www.ryuji.org/column/20100422_.php
20100422_graphthumb

日本の人口がピークを迎える50年前の昭和30年において、日本の人口は約9000万人であった。
ピークから50年後の2055年には、再び9000万人まで人口が減少していくと予測されている。
その差の約3700万人は、カナダの人口約3200万人を上回る。
あらゆる未来予測のなかで、人口は最も精度が高いものである。
私たちは、「すでに起こった未来」(P.F.ドラッカー)として、受け止めなければならない。

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2010年10月23日 (土)

仙谷健忘長官の“真摯な“答弁

仙谷由人官房長官の発言が物議を醸している。
⇒2010年10月21日 (木):仙谷官房長官の弁論技術

仙谷氏は、22日、参院議院運営委員会理事会に出席し、自身の国会答弁に批判が出てくいることについて「不適切な答弁があったことを陳しする」と述べた。
その後の記者会見では、どの答弁が不適切かを聞かれても「ノーコメント」を6回も連発し、理事会で「真摯(しんし)な答弁に努める」と約束した姿勢とはほど遠い対応をみせた。

以下、記者とのやりとりである。
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/politics/snk20101023119.html

記者「どういう点が不適切だったのか」
仙谷氏「ノーコメント。はい、(次)どうぞ!」
記者「謝罪の感想は」
仙谷氏「ノーコメント」

Snk20101023119view_2
記者「議運理事から発言はあったか」
仙谷氏「それもノーコメント」
記者「与野党協議のあり方が議論されている中、自身の答弁が議運で問題視されたことについては」
仙谷氏「ノーコメント」
記者「長官、なぜノーコメントなのか」
仙谷氏「ノーコメントだからノーコメントだ」
仙谷氏は会見で、理事会での謝罪内容を読み上げた後、記者団の質問に対し、このような対応をみせた。

仙谷氏の発言に対する反発は強いが、 次のような見方もある。
http://mainichi.jp/select/seiji/iwami/news/20101023ddm002070047000c.html

仙谷をめぐる一種のにぎわいが、支持率下降中の菅政権にはずみをつけているとも映る。つまり、政権のお囃子(はやし)だ。笛や太鼓がやむと、祭りが終わる。
終わらせないための深謀遠慮、物議を醸すことの効用を計算している。

そうだとすれば、まさに“菅防長官”である。
深読みに過ぎるだろうと思うが、要は海千山千ということだろう。
しかし、法廷で鍛えた弁論術も、度を越すとブーメランのように反転してくる可能性がある。

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2010年10月22日 (金)

国勢調査と人口減少社会

今年は5年に1度の国勢調査の年である。
国勢調査とは、Wikipedia(101003最終更新)によれば、以下のようである。

国勢調査(こくせいちょうさ)は、ある時点における人口及び、その性別や年齢、配偶の関係、就業の状態や世帯の構成といった「人口及び世帯」に関する各種属性のデータを調べる「全数調査」。国勢調査の統計は、人口統計の中で静態統計に分類される。
……
なお、国勢調査は外来語としてセンサスとも言われる。「センサス」(英: Census)とは、より一般的な意味では、母集団(調査対象全体の集団)の全数を調査するもの、すなわち「全数調査」を意味する語として用いられ、母集団のうちの一部を抽出して調査する「標本調査」と対比される概念である。

総理府のポスターは、「今年の国勢調査は、ニュースです!」という。
Gra_big01
何がニュースかは詳らかではないが、察するに人口減少下において最初の調査ということか?
あるいは、行方不明高齢者との関係を意味しているのだろうか?
最も精度の高い調査と思われる国勢調査だが、行方不明高齢者が続出したことから、厳密には「全数調査」ではないということになろう。

日本の国の人口は次図のように推移してきたと想定される。
Photo
http://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/kikaku/kikaku/files/jinkogensyo.pdf

つまり、日本の社会は2005年をピークとして、有史以来初めての人口減少社会に入ったのである。

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2010年10月21日 (木)

仙谷官房長官の弁論技術

女房役といわれる官房長官が、いまや表の顔として機能している。
⇒2010年10月18日 (月):危うい菅内閣(続)
「出る杭は打たれる」というか、仙谷氏に対する風当たりが強くなっているようだ。

自民党の鶴保庸介参院決算委員長は18日の委員会冒頭で参院予算委での答弁で野党側の姿勢を批判した仙谷由人官房長官に対して「国務大臣として品位を汚すことなく、真摯(しんし)かつ適切な答弁に努めることを強く望みたい」と注意した。決算委員長が別の委員会審議での閣僚発言に注文を付けるのは異例。
仙谷氏は14、15両日の参院予算委で、中国漁船衝突事件を巡る報道内容の真偽を尋ねる野党議員を批判。民主党政権の天下り防止の取り組みを批判する現職官僚を野党側が政府参考人として出席させたことに対して「彼の将来を傷つける」などと答弁した。仙谷氏は18日の記者会見で「重く受け止めている」と語った。

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20101019ddm005010031000c.html

確かに、仙谷氏の発言には傲岸さが窺える。
上の鶴保委員長の注意に関しても、本当に反省しているようには見受けられなかった。
仙谷氏には、弁護士として培った弁論技術があるといわれる。
う仙谷氏の答弁は、はたして仙谷氏の高等戦術であろうか。

15日の参院予算委員会で、みんなの党の小野次郎氏が中国漁船衝突事件のことを尋ねた時のこと。仙谷氏は「質問はいただいていないが、ひと言話をさせていただきます」と前置きしたうえで、小野氏の出席要請を受けて同委で政権批判めいた答弁をした経済産業省官僚の発言を突然取り上げた。
「上司として話すが、彼の将来を傷つけると思う」。この仙谷氏の「不規則発言」に野党側は「勝手な発言をするな」と騒然となり、仙谷氏の陳謝を要求。後日、民主党の前田武志参院予算委員長が仙谷氏を口頭で厳重注意した。

http://www.asahi.com/politics/update/1020/TKY201010200486.html

仙谷氏は19日の記者会見でも、尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件に関する仙谷氏との電話での会話内容を暴露した自民党の丸山和也参院議員を「いい加減な人」と批判。これに対して、野党は「図に乗っている」などと、態度を一段と硬化させた。対立は激化の一途をたどり、野党は仙谷氏に対する問責決議案の提出も視野に入れ始めた。
「乱暴な答弁が多い。自分のことを棚に上げして侮辱的な発言をする」(石原伸晃自民党幹事長)、「強圧的で傲慢(ごうまん)にみえる」(漆原良夫公明党国対委員長)、「問責決議案に値する」(渡辺喜美みんなの党代表)-。一連の仙谷氏の「乱暴」な答弁に対し、野党幹部は19日、相次いで批判の声を上げた。
丸山氏が18日の参院決算委員会で中国漁船船長の釈放をめぐり、仙谷氏が電話で「APEC(アジア太平洋経済協力会議)が吹っ飛んでしまう。属国化は今に始まったことでない」と言ったと紹介したのに対し、仙谷氏は「健忘症なのか分からないが、会話の内容は全く記憶にない」とけむに巻き、19日の記者会見で丸山氏について、「いい加減な人のいい加減な発言については、全く関与するつもりはない」と反撃した。
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/101019/stt1010192031007-c.htm

健忘症とは言うものである。
それだけ答えるのに窮したとみることもできる。
野党側では、「健忘症が官房長官に就くのは不適格だ」という声があり、診断書を提出させることも検討するということであるが、そうなるとほとんど子供のケンカである。
みすみす仙谷氏の術にはまることになろう。

民主党の中にも仙谷氏の言動を批判する動きがあるようである。
自民党の山本一太氏の報道をもにした質問を、「最も拙劣」と批判したことは、10月18日に触れた。
民主党の前田委員長に陳謝した仙谷氏は、25日の参院予算委で謝罪することになったが、19日の記者会見では、陳謝するかどうかは「次の予算委で明らかになる」ととぼけた。

11月には、APEC(アジア太平洋経済協力会議)が横浜で開催される。
胡錦濤中国家主席が出席することが予定されている。
仙谷氏や菅直人首相はそれを考慮し、「政治判断」で釈放を決めたのではないかといわれる。
つまり検察に責任を転嫁したこれまでの答弁は虚偽ということになる。
「政治判断」はあってしかるべきだが、虚偽の答弁は許されないだろう。
弁論技術の範囲を逸脱している。
「上手の手から水が漏れる」ということもある。

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2010年10月20日 (水)

佐藤優氏の大阪地検特捜部擁護論

FDの改竄容疑で大阪地検特捜部の元主任検事が起訴され、上司の部長、副部長も事情を知っていたのではないかとして逮捕された。
2人の上司は共に容疑を否認している。
仄聞するところによると、2人は「最高検のシナリオに沿ったでっち上げ」を主張したり、「取調べの可視化」を要求したりしているという。
今までの自分たちの取調べの様子を語っているようでもあり、野次馬的には面白い構図である。

事態は検察の存在自体を揺るがすものであり、特捜部解体論までいわれている。
私も少なからず同感の思いであるが、『新潮+45』11月号の、佐藤優氏の「外務省に告ぐ」という連載の、「あえて特捜検察を擁護する」を読んで、なるほどこういう視点もあるのかと思った。
佐藤氏は、元外交官で、Wikipedia(101010最終更新)によれば以下のような略歴である。

1985年4月にノンキャリアの専門職員として外務省に入省。
・・・・・・
1988年から1995年まで在露日本大使館に勤務し、ゴルバチョフの生死について、東京の外務本省に連絡する。
日本帰任後の1998年には、国際情報局分析第一課主任分析官(課長補佐級、佐藤のために急造されたポストといわれる)となってし、橋本龍太郎首相とエリツィン大統領のクラスノヤルスク会談にもとづく2000年までの日露平和条約締結に向け交渉する。
・・・・・・
1991年9月、日本が独立を承認したバルト三国に政府特使として派遣されてきた鈴木宗男の通訳と車の手配などを佐藤が行なった件を機に知り合い、鈴木と関係を築く。主任分析官となった背景にも鈴木の威光があったと言われる。鈴木宗男と共に仕事をし、宗男から「外務省のラスプーチン」というあだ名を付けられたた、と本人はニッポン放送「上柳昌彦のお早うGoodDay!(2008年4月24日放送)」の中で主張している)。
2002年2月22日に外交史料館へ異動。
2002年5月14日に鈴木宗男事件に絡む背任容疑で逮捕。同年7月3日、偽計業務妨害容疑で再逮捕。2003年10月、保釈。512日間の拘留された。
・・・・・・
無罪を主張するが1審で有罪判決、2審で控訴棄却、2009年6月30日上告棄却。懲役刑が確定したため同日付で外務省職員を失職した。失職まで「起訴休職外務事務官」を自称。

佐藤氏は、まず検察は「事実を曲げてでも真実を追及する」という組織文化をもっている、とする。
特捜の対象は知能犯であり、物証は残さない。
だから、重要なのは供述調書である。
われわれは、供述調書というのは、供述したことを調書化すると思うが、実態は違うようだ。
まず検事が自分の好きな調書を作る。そこからどれだけ訂正してもらえるかの交渉がはじまる。
調書とは、基本的にそういうものだ。

問題は任意性である。
裁判の証拠とするためには、供述が任意でなされなければならない。
いくら事実に忠実でも、拷問によってなされた供述は無効である。
また、任意のものでも、事実と異なればやはり無効である。

「事実を曲げてでも真実を追及する」とはどういうことか。
佐藤氏は、田中森一元検事の例をあげて説明する。
田中森一元検事は、許永中と組んだ“悪徳弁護士”としてnotriousであるが、私は少なからぬシンパシーを感じる部分もある。
⇒2009年2月12日 (木):元特捜検事・田中森一氏のハードボイルド人生

ある公務員が収賄で逮捕された。
彼はホモだったが、それだけは隠したいという。それで架空の女性に貢いだことにして、調書にした。
あるいは、小さな犯罪をした者をお目こぼしをして協力者にして、より大きな悪を追及する。
検事に与えられた特権-起訴便宜主義が役に立つ。

さて、私が面白いと思ったのは、検察庁をかつての陸軍になぞらえ、大阪地検特捜部を皇道派、最高検と東京地検特捜部を統制派に見立てていることだ。
つまる、最高検による大阪地検特捜部に対する捜査は、戦前の統制派と皇道派と同様の争いである。

日本の場合、治安維持法への反省から、政治犯罪は存在しない建前になっている。
そこで政治的に有害な人物を排除するために、政治犯罪を経済犯罪に転換して処理する文化となった。
佐藤氏は、検察が捜査機能を失うと、その役割を担うのは、行政機関たる警察になって、時の政権の意向を反映することになる可能性が高くなるという。
そして、行政から一定の距離を保つ検察は必要であるし、東京地検に一本化すると権力が集中して危険だという。
大阪地検存続の意義である。

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2010年10月19日 (火)

なぜビデオを出さないのか?

尖閣諸島における中国漁船の領海侵犯問題は、沈静化するどころか、中国各地での反日デモに発展している。
私は、どのような経緯で誰の判断で、コトが進んできたかを明らかにすべきだと思う。
菅首相も次のように言っている。

「国民一人ひとりが自分の問題として捉え、国民全体で考える主体的で能動的な外交を展開していかなければなりません」
http://abirur.iza.ne.jp/blog/trackback/1840857

ほとんど建前に過ぎないとも言えるが、国民が自分でそう言ってはいけないだろう。
私は、船長釈放の報を聞いて、釈然としない思いをしている。
⇒2010年9月25日 (土):尖閣諸島事件の船長を釈放

このまま釈然としないままでは、政府に対する不信感が増大することになるだろうし、中国のイメージも悪化する。
なぜかなかなかビデオは公開されなかったが、政府はようやく公開することに決めたようだ。

尖閣諸島(沖縄県石垣市)沖の中国漁船衝突事件をめぐり、菅直人首相は18日夜、民主党の岡田克也幹事長、輿石東参院議員会長らと首相官邸で会談し、海上保安庁の巡視船が衝突時に撮影したビデオテープを国会に提出する方針を決めた。公開の時期や方法については今後与野党間で協議する見通し。
・・・・・・
ビデオには中国漁船が故意に巡視船に衝突する様子が克明に記録されており、公開すれば国際世論は日本に有利に傾くとされる。仙谷由人官房長官は9月28日の記者会見でビデオ公開の可能性を示唆したが、その後中国側に配慮し、消極姿勢に転じていた。
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101018/plc1010182134011-c.htm

上記によれば、公開しなかったのは、仙谷官房長官の意向が強かったようだ。
しかし、中国側に配慮した結果が、反日デモではほとんどブラックジョークである。

酒井穣『これからの思考の教科書 〜論理、直感、統合ー現場に必要な3つの考え方〜 』ビジネス社(1010)の「はじめに」に、次のようにある。

ロジカル・シンキングとは、極端に言えば、「同じ事実が与えられれば(ほとんど何も考えなくても)、同じ結論を導くことができるスキル」のことです。もうし厳密に言うと、ロジカル・シンキングとは、同じ事実から同じアウトプットを出すためのスキルです。
ですから、ロジカル・シンキングに精通した人材が集まると、問題となるのは「いかなる事実があるのか」という情報のインプットのところであって、そこからどのようなアウトプット(結論)が出てくるのかは、あまり問題とはなりません。なぜって、(繰り返しになりますが)同じ事実からは同じ結論が導けるのが、ロジカル・シンキングをマスターしている人材だからです。

ビデオといえども編集の仕方によっては、まったく異なる印象を与えることができよう。
しかし、百聞は一見に如かず、といわれるように、視覚情報はもっとも有効な証拠である。
先ずは明晰な証拠に基づいて議論すべきである。
外交的配慮は、その上のことであろう。

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2010年10月18日 (月)

危うい菅内閣(続)

最近の菅内閣を代表しているのは、菅首相ではなく、仙谷官房長官のようだ。
TVで国会中継が行われるのを何気なく見ていたが、答弁に立つ仙谷氏の姿が目立った。
首相に比べ、存在感がある(というより菅氏の影が薄い)。
特に、尖閣問題や日中関係に関しては、首相を押しのけるかのように答弁席に立って、説明をしていた。

石原(伸晃自民党幹事長)氏が「弱腰外交」批判をぶつけると、菅首相を押しのけて答弁席に立った仙谷氏は「弱腰内閣と言われるが、柳腰という強い腰の入れ方もある。しなやかにしたたかに対応している」と気色ばみ、「中国に大国として、先進国の和にどういう形で入っていただくかがわれわれの課題だ」と中国に敬語を用いながら持論を展開した。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/print/20101012/dms1010121653020-c.htm

那覇地検の中国人釈放のときは、たまたま(!)首相も前原外相も海外滞在中だったが、意思決定は仙谷氏がしたといわれる。
仙谷氏自身の説明は、「那覇地検が判断した」といっているが、このような問題に仮に政府が関与していないとすれば、それはそれで問題だろう。
この件に関する蓮舫大臣の強弁に驚いたが、仙谷官房長官も強弁の人だ。

論戦で最大の焦点だったのは、沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件への政府対応の是非だった。野党側は、海上保安庁の巡視船が漁船に体当たりされる場面を撮影したビデオテープの公開を強く求めたが、対応を一任される仙谷氏は言を左右にして態度を明確にしなかった。
「テレビ報道は国民に影響力を持っている。ビデオをどのようにどういう範囲で公開するかは、もう一工夫、一ひねり考えないといけない」
要は「なるべく公開したくない」ということなのだろうが、これは国民の「知る権利」を踏みにじる発言だ。菅直人首相が8日の代表質問で「最終的に外交の方向性を決めるのは主権者たる国民だ」と答弁したこととも矛盾する。そもそも首相は1日の所信表明演説で「(外交は)国民一人ひとりが自分の問題としてとらえなければいけない」と訴えたではないか。
……
衝突事件を「外交的敗北」と批判されると一部の海外報道を取り出して「中国より日本の方がずっと上手だったと評価されている」と自賛した。
ちょっと待ってほしい。14日の参院予算委で自民党の山本一太政審会長が新聞報道を元に事実関係を質問すると「新聞記事を確認する質問なんてものは聞いたことがない!」と高圧的に反論したのは誰だったか。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/print/politics/politicsit/452400/

私も山本一太氏とのやりとりを視聴していた。
産経では高圧的と評されているが、仙谷氏の答弁は、他人を小バカにしたような態度に見えた。
仙谷氏に持っていた期待感が、霧散していった。

仙谷氏は、1946年生まれ。
Wikipedia(101017最終更新)によれば、略歴は以下の通りである。

徳島県立城南高等学校卒業後、1964年東京大学法学部に入学。東大時代は全共闘の新左翼系学生運動家であり、ベ平連に近いとされる社青同構造改革派(フロント)というセクトに所属していたとされている。在学中の学中の1968年に司法試験に合格し、東大を中退。

私の記憶では、新左翼と言っても、社青同構造改革派は過激派ではない。
現役で地方の県立高校から東大文科1類に合格し、学生運動をやりながら在学中に司法試験に合格というのは、文字通り秀才というべきだろう。
しかし、仙谷氏の人生には「遊び」がないような印象を受ける。
辣お腕の弁護士であるかも知れないが、庶民の人生の哀歓にどれだけ通じているのだろうか。

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2010年10月17日 (日)

危うい菅内閣

私は昨年の総選挙で、政権交代を願って民主党に1票を投じたものである。
⇒2009年8月31日 (月):総選挙の結果

政権交代は実現したものの、現時点までの状況は、私の願いとは程遠い姿である。
鳩山政権が迷走のあげく無残に崩壊したあと、菅直人氏が引き継いで、菅政権が発足した。
菅政権は最初の審判である参院選で惨敗した。
にもかかわらず、菅氏はいち早く続投の意思を表明し、代表選を経て今日至っている。
改造菅内閣が発足する前に、菅首相続投に対する違和感を表明した。
⇒2010年9月11日 (土):菅首相続投で、本当にいいのだろうか?
また、改造内閣後においても、菅氏の続投に疑念を投げかけた。
⇒2010年9月21日 (火):再び問う、「菅首相続投で、本当にいいのだろうか?」
菅政権は、尖閣諸島事件に関して大きな失敗をしたと考えられる。
⇒2010年9月25日 (土):尖閣諸島事件の船長を釈放
しかし、内閣はこの失敗を認めず、ベストの対応と自賛した。
⇒2010年10月 3日 (日):尖閣問題に対する蓮舫大臣の強弁
⇒2010年10月11日 (月):蓮舫氏の大臣適格性を問う

さらに、直接の当事者の柳田法務大臣も、中国船長の釈放に関する自民党の山本一太氏の質問に対し、次のように答弁しかかった。
http://wellbetogether.iza.ne.jp/blog/entry/1843799/

私が、えー、釈放をめる前に、刑事局長から・・・・・・

これについては、単なる言い違いということになったようであるが、慎重さが足りないといわれてもうげ仕方あるまい。
政治介入があったか否かが問われているおりである。
えrあr誰が考えても、地検が独自の判断で釈放することは不自然であり、何らかの政治判断があったと考えられる。
政治家の発言はそんなものだと言うは易い。
しかし、人心はその都度離れていくのである。

それにしても、日本の国はメルトダウンしつつあるのではないか。
三権分立ということは、小学生の頃から教えられてきた。
立法、行政、司法の三権である。
立法と行政に関しては、政冶改革、行政改革がiわれて久しい。
司法に関しても、裁判員制度、検あい察審査会制度の改革が図られてきた。

しかし、このところ、集中して検察に問題が起きている。
うと検察についても、問題はつとに指摘されてきた。
経新聞特集部『検察の疲労』角川書店(0006)によれば、ロッキード事件が、検察にとって次代を画す転回点になった。
ロッキード事件は、検察にとって記念碑的な成功体験だった。
しかし、その成功こそが重荷になり、さまざまな弊害を生むことになった。

「法に基づく正義」は実現すべき価値・理念である。
検察にこそそれを求めたい。
しかし、中国人船長の釈放を検察独自の判断だとし、ベストの対応とする内閣は、「法に基づく正義」を押しつぶすのではないか。
われわれは、「法に基づく正義」が捻じ曲げられていくプロセスを、リアルタイムで体験することになるのかもしれない。

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2010年10月16日 (土)

小沢氏の「検察審議決無効」提訴

民主党の小沢一郎氏が、東京第5検察審査会の「起訴議決」を無効として、議決の取り消しや検察官役となる指定弁護士の選任手続きの差し止めを求める訴訟を東京地裁に起こした。
私は、小沢氏に対する議決に関してはいくつかの点で疑問に思うものであり、小沢氏の提訴も理解できるものだ。
⇒2010年10月 9日 (土):検察審査会/理念と現実の乖離(4)

実際、起訴されるということは、第三者的に法廷で白黒をはっきりさせればいい、というものではなく、当事者にとっては起訴されたという事実だけで現実に不利益を被ることであることを出発点として考えるべきであろう。
この不利益は、勝訴して白がハッキリしたからといって決して帳消しにされるものではない。
だから、起訴すること自体、明瞭な根拠に基づくことが必要である。
しかし、この提訴自体を、遺憾だとする意見が多いようだ。

例えば、産経新聞101016日の「視点」というコラムは、森浩の署名で次のように書いている。

……
検審の議決については最高裁が昭和41年に「行政処分の対象外」とする判例を示した。議決は行政処分ではないとする見解だ。
にもかかわらず、提訴に踏み切った背景には、昨年5月の改正検察審査会法施行で法的な強制力を持つ「強制起訴」制度が導入されたことがある。弁護団は「強制起訴は直接個人の権利侵害になり、行政処分にあたる。(最高裁判例は)今日では妥当しない」と主張する。ベテラン裁判官も「41年の判例の前提は変わっている。弁護団の主張も理解できなくはない」との見方を示す。
それでも行政訴訟で決着をつけようとする姿勢は筋違いといえる。別のベテラン裁判官は「刑事事件なら刑事裁判で争うべきだ。行政訴訟はナンセンス」と批判する。
……
「潔白」を示したいのなら、強制起訴後に法廷の場でこそ全力を尽くすべきだ。

森氏の意見は、法廷の場で黒白をはっきりさせればいい。白であることを示したいなら、法廷闘争に全力を尽くせ、ということだ。

しかし、これは2つの点で誤りだと思う。
第一に、上述したように、起訴されたことだけで勝訴によって回復されることのないダメージを受けることを考慮にいれていないことである。
裁判は、生身の人間が行うものであり、単なる論理ゲームではない。
つまり不可逆過程であって、前後で非対称的だということだ。
足利事件の菅谷さんの例を持ち出すまでも無く、冤罪の被害者は冤罪が晴れただけでは救済されないマイナスを負ってしまうのだ。

第二に、上記とも関連するが、法廷の場で「全力を尽くす」ならば、他のことをする機会が大幅に減殺されてしまうことだ。
誰しも、最も優先すべきこと以外にやりたいことを持っている。
それに応じて自分の人生の時間のポートフォリオを組み立てる。
しばしばそれは不合理であるかも知れないが、それがその人の人生ということだろう。
検察が、勝訴の可能性が低いと判断する場合、不起訴処分にするということは、その意味で全く正しい判断である。

にもかかわらず、検察審査会制度が設けられ、強制起訴が可能になったのは、被害者等が不起訴に対してどうしても納得できない場合があるからであろう。
東京第5検察審査会は自ら規定して言う。

検察審査会の制度は、有罪の可能性があるのに、検察官だけの判断で有罪になる高度の見込みがないと思って起訴しないのは不当であり、国民は裁判所によって本当に無罪なのかそれとも有罪なのかを判断してもらう権利があるという考えに基づくものである。そして、嫌疑不十分として検察官が起訴に躊躇した場合に、いわば国民の責任において、公正な刑事裁判の法廷で黒白をつけようとする制度であると考えられる。

冷静に考えれば、これはおかしいと気づくはずだ。
もちろん、起訴された以上、法廷の場で全力を尽くすことは必要になろう。
しかし、強制起訴ということが行政処分にあたるかどうかはともかく、申立人の名前も隠されたままでこのような判断を可能にする検察審査会の制度は、早晩見直しを余儀なくされることになるのではないか。

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2010年10月15日 (金)

戦略的互恵関係とは?

どうも、最近の首相(政治家)は、言葉が軽いような気がする。
自分が齢を重ねたためかとも思うが、麻生、鳩山、菅と並べれば、同意する人も多いのではなかろうか。
麻生氏は、数多くの失言を残し、「永久保存版、麻生太郎失言集!」なるサイトがあるくらいである。
⇒http://eritokyo.jp/independent/aoyama-col1223.htm
鳩山氏も普天間飛行場の移設先を、「最低でも県外」とした発言を、「努力をしたいという思い」のことだと説明するように、発言に重みが感じられなかったことは記憶に新しい。

菅首相も、負けてはいないようだ。
国連総会での演説で、「国のリーダーがまず果たすべきことは疾病、貧困、紛争といった不幸をできる限り小さくすること、つまりは最小不幸社会を作ることにあると」と持論を述べたが、なんと、「疾病」を「しつびょう」と発音している。
http://www.youtube.com/watch?v=Dw_efrR0WYA

尖閣諸島海域でおきた中国漁船の領海侵犯事件で中国人船長を釈放したことについて、蓮舫大臣の強弁については既にふれた。
⇒2010年10月 3日 (日):尖閣問題に対する蓮舫大臣の強弁

この大臣は、強弁するのが好きらしい。
先の国会内のファッション雑誌の写真撮影に関しても、つぎのようにコメントしている。

蓮舫行政刷新担当相は12日の閣議後の記者会見で、国会内でファッション雑誌の写真撮影に応じたことについて「商業目的で雑誌の取材を受けたわけではない。政治への関心を高く持っていただきたいという思いで受けている」と強調した。 
http://mirurumama8723.wordpress.com/

尖閣問題について、菅首相は次のように述べている。
「検察当局が事件の性質などを総合的に考慮し、国内法に基づいて粛々と判断した結果だ」。
また、日中関係については、「両国は国際社会に責任を持つ重要な隣国であり、戦略的互恵関係を深めるために、日中双方が冷静に努力していくことが必要だ」。

「粛々」というのは、一種の流行病のようである。
しかし、語感については分かったような気がするが、本当にふさわしい言葉と言えるのかどうか、判断に迷うことばである。
そこで辞書をみると、次のように解説されている。

ひっそりと静まっているさま。「鞭声―夜河を過(わた)る」
おごそかなさま。厳粛なさま。
つつしみうやまうさま。

大辞泉:http://dic.yahoo.co.jp/dsearch/0/0na/10657608744300/

果たして、どの意味か?
それはとむかく、「戦略的互恵関係」についてはどう理解したらいいだろうか?
「戦略的」と「互恵関係」に分解して考えれば、「互恵関係」は双方にメリットのある関係ということだろう。
要するに、「Win-Win」の関係である。

それに「戦略的」という限定がつくわけである。
「戦略的」でないこととは?

普通、「戦略的」に対比して使われるのは、「戦術的」である。
しかし、「戦術的互恵関係」はあり得るだろうか?
「戦略的互恵関係」は、仙石官房長官流に言えば、「柳腰」で臨むというこである。
言葉が宙を飛んでいる(足が地についていない)ような気がする。

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2010年10月14日 (木)

「事件の構図」という仮説と成果主義

郵便不正事件で証拠品のFDを改竄したとして、最高検が、大阪地検特捜部元主任検事・前田恒彦容疑者を証拠隠滅罪で大阪地裁に起訴した。
前田容疑者は容疑を認めているとされ、動機について「有罪の立証に支障がある証拠があることで、公判が紛糾するのを避けたかった」と供述しているという。
この通りだとすれば、まことに信じられない事態である。
私は、隠された理由があるのではないかと勘繰ったが、そういうことでもないらしい。
⇒2010年9月22日 (水):クリシンはどこへ行った?

代表的な推論の方法として、演繹法、帰納法、アブダクションがあるとされる。
Photo
http://ns.pmaj.or.jp/online/1008/hitokoto.html

演繹法と帰納法は、昔から論理学の基本として知られてきた。
演繹法(デダクション:deduction)とは、前提(公理)を認めるなら、結論もまた必然的に認めざるを得ないというものである。
これに対し、帰納法(インダクション:induction)とは、個々の具体的事実から、一般的な命題ないし法則を導き出すことである。
数学は典型的な演繹法のスタートして結論を導き出す。

数学的帰納法とよばれる証明法がある。
しかし、数学的帰納法を用いた証明は帰納法ではなく演繹法である。
すべての自然数に成り立つことの証明が、一見帰納法のように見えるが、前提を認めることにより命題を証明する方法の一種である。
アブダクション(仮説形成法:abduction)とは、C.S.パースにより、提案された探索型の思考方法である。
思考過程については、多分に演繹と帰納間での、ある種濃密なインタラクションの中で、セレンデュピティ(serendipity)的な閃きが訪れるものと、という説明がなされている。

犯罪の捜査も、この3つの思考方法の組み合わせで行われる。
今回の事件では、事件の「構図」が問題にされている。
「構図」というのはいわば証明すべき命題であり、仮説であろう。

仮説を想定することは当然行われるべきである。
しかし、仮説に合うように証拠を改竄するなどは、前代未聞であろう。
この方法ならば、どんな事件でも有罪に持ち込めるだろう。
すなわち検事の手柄・成果である。
成果主義の悪しき事例といえよう。

この事件は多くの教訓を残すことになろう。
その1つが、視野狭窄的な成果主義である。
私は旧石器遺跡捏造事件を連想した。
自分の描いた構図にしたがって、証拠を捏造する。
「神の手」と賞賛された実装は、捏造に過ぎなかった。

余りにも常識から逸脱した行為である。
精神鑑定をしたほうがいいくらいだ。
しかし、精神状態が異常だったとして、責任能力はどうなるのだろう。

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2010年10月13日 (水)

長嶋茂雄氏のリハビリテーション/闘病記・中間報告(14)

「週刊文春101007号」の『阿川佐和子のこの人に会いたい』という連載対談に、長嶋氏が登場している。
阿川さんといえば、わが青春の書『雲の墓標』の著者・阿川弘之さんのお嬢さんであり、壇ふみさんと文学者を父親とする共通性からか、息の合った対談集は、私のお気に入りである。
⇒2008年5月27日 (火):偶然か? それとも……③『雲の墓標』

数多くの伝説に彩られた「ミスター(プロ野球orジャイアンツ)」こと長嶋茂雄氏が、脳梗塞に倒れたのは20004年3月のことであった。
長嶋氏がプロ野球にデビューした時のことは鮮烈に記憶している。

1958年4月5日、開幕戦である対国鉄スワローズ戦に、3番サードで先発出場して公式戦デビューを果たすが、国鉄のエース金田正一投手に4打席連続三振を喫した。しかし、そのすべてが渾身のフルスイングによる三振であっ
たことが伝説的に語り継がれている。また、翌日の試合でもリリーフ登板した金田に三振を喫している。

Wikipedia101010最終更新

私は、中学2年生だった。
プロ野球と大学野球では、かくもレベルが違うものかと思った。
ところが、その2日後の4月7日国鉄戦で三林清二から初安打、4月10日の大洋戦で権藤正利から初本塁打を奪うと、本来の力を出し始め、シーズン途中から川上哲治に代わる4番打者となり、チームのリーグ優勝に貢献した。

その後の選手としての活躍は周知の通りである。
「陽」の人として、石原裕次郎などと並んで、高度成長期を代表する人といっていいだろう。

現役引退は1974年だが、その引退試合の挨拶で、「わが巨人軍は永久に不滅です」という言葉を残した。
その日、リサーチファームにいた私は、同僚と一緒に後楽園球場に足を運んだ。
今でいう成果主義を当たり前とする風土だったので、堂々と昼間から出かけたことを覚えている。
右翼席だったが、周りの何人か(男性・大人)は明らかに泣いていた。

その長嶋氏が脳梗塞に倒れたという報に接した時、「らしくないな」と思いはしたが、日々の仕事に追われていたので、所詮他人事であった。
健康な時には誰しもそうではないだろうか。

阿川さんとの対談で、倒れた当時のことにふれている。

……
阿川 改めて倒れられたときのことを伺うのも恐縮ですけれども、倒れて入院したときは、意識はおありじゃなかったんですよね。
長嶋 なかった。もう(状態は)上中下の下で、一番悪かったですからね。その下は死ですから。
阿川 脳梗塞だと自覚されたのはいつ頃ですか。
長嶋 二、三週間後じゃないかな。
阿川 当時はアテネ五輪の5ケ月前で、長嶋さんは日本代表監督に就任されていて、そのときはまだアテネに行くぞって思ってらっしゃいましたか。
長嶋 思ってた。周りの人たちもそのつもりでしたからね。
阿川 でも、ご長男の一茂さんが記者会見なさって「(アテネには)いかせられない」って。あれは衝撃的でした。
長嶋 僕がとても悪い状態のときでしたからね。
阿川 「誰が何と言ったって俺は行く!」というお気持ちは……。
長嶋 当然ありました。それがダメになって、ショックだったし、孤独でした。
阿川 でも一茂さんにどれだけ回復していないかを説明されたそうで。
長嶋 いってましたたね。あと、お医者さんに「今度のオリンピックはやめましょう」と言われて、先生が言うんじゃしょうがないと。それならば、もっといい方向にしていこうとリハビリを始めたわけですよ。
阿川 最初は右手が全然動かなくて。
長嶋 全然無理でしたね。それが、少しずつ動かせるようになった。
……

長嶋さんは、あっさりと「リハビリを始めたわけですよ」と言っているが、運動神経が抜群に優れていたことを考えれば、思うように動かない身体をどんな気持ちで見つめていただろうか。
おそらくは、私たちよりもずっと恵まれた環境で、リハビリに取り組んできたことだろう。
そのリハビリの一端は、NHKスペシャルの『闘うリハビリ』(?)と題する番組で紹介され、それを入院中に友人がDVDに録画したものをみせてくれた。

対談を終えて、「一筆御礼」欄に阿川さんが、次のように書リいてある。

驚きました。半年前とは格段の回復ぶりでいらっしゃる。

以前にも触れたが、発症後の一般的な推移は次図の如く表わされる。
2010年7月29日 (木):
維持期リハビリテーションと医療保険/中間報告(7)
Photo_2
長嶋氏の場合、発症から既に6年以上経過している。
とっくに維持期ということになるはずだ。
もちろん、人並み外れた努力があるにしろ、上図を基準とした医療保険によるリハビリ期間の制限が、現実的ではないかを示しているように思える。

⇒2010年7月30日 (金):多田富雄さんのリハビリテーション期限撤廃運動/中間報告(8)
⇒2010年7月31日 (土):リハビリテーションの期限制限について/中間報告(9)

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2010年10月12日 (火)

ギリシャと日本/「同じ」と「違う」(23)

いささか旧聞になるが(といっても6月のことだ)、菅首相が参院選の最中に、次のような趣旨の発言をした。

日本の財政は危機的状況にあり、早晩ギリシャのように破綻する。財政再建は喫緊の課題であり、そのために消費税率を上げることを提案する。税率は自民党案を参考に10%程度を考える。

その後、参院選の大敗直後の記者会見(7月12日)で、「問題提起をしたことで、国民の認識は深まったのではないか」と強がったものの、党内からの批判が強いことから、両院議員総会(7月29日)では、「私の不用意な発言が厳しい選挙を強いた」と陳謝した。
民主党の国会議員には陳謝したが、国民に対してはどうだろう。
真に危機的状況にあると認識しているのならば、代表選の時にも論戦を避けるべきではなかっただろう。

しかし、果たしてギリシャと日本の財政状況は、「同じ」ようなものなのだろうか?
次の100430日付の中国新聞の社説を見てみよう。
http://www.chugoku-np.co.jp/Syasetu/Sh201004300071.html

リーマン・ショックから回復しつつある世界の景気に、冷や水を浴びせる不安の種が膨らんでいる。国内総生産(GDP)の約1・3倍の借金があるとされるギリシャの財政危機だ。ギリシャ国債が「投資不適格」の格付けまで引き下げられると、おとといの東京株式市場はほぼ全面安となった。
……
今回の事態を招いたギリシャの危機は昨年10月の政権交代がきっかけで発覚した。当初、GDPの4%弱とされていた財政赤字が、新政権の見直しによって12%強にまで膨らんだ。国債の格下げが何度も繰り返され、それが資金繰りをさらに難しくする悪循環に陥っている。
……
日本にとっても「対岸の火事」では済まされない。このままユーロ安が進むと、日本の輸出産業への打撃が大きくなるからだ。ようやく立ち直りかけた景気への影響も心配される。国の債務残高は2009年度末で816兆円に上り、GDPの2倍に迫る。先進国の中でも最悪のレベルだけに、財政健全化のめどが立たなければ国債への信頼も揺らぎかねない。

確かに、日本の国債残高の絶対額、対GDP比は危機的状況のように見える。
政府の債務残高は、ギリシャがGDPの100%を多少超えた程度なのに対して、日本は200%に近づきつつある。
「純債務」で比べた場合でも、日本とギリシャはGDPの80%前後で、同程度の債務の大きさである。
しかし、日本政府が発行する国債は、主に国内の金融機関などが買っている。
海外投資家が保有する割合は7%程度しかなく、全体の9割以上を国内で保有しているのに対し、ギリシャは7割以上を海外の投資家が保有している。
国債を国内の投資家が保有しているのと、海外の投資家が保有しているのでは、大きな違いがある。

三橋貴明は、「日経ビジネス オンライン」100810で次のようにいう。

我が国は、自国の首相までもが「日本政府の負債」と「ギリシャ政府の負債」を混同し、懸命に破綻論を喧伝する摩訶不思議な国である。性質が全く異なる日本政府とギリシャ政府の負債を、「絶対額」のみで比較し、
「日本の借金の状況は、ギリシャよりも悪い。ギリシャは破綻した。よって日本も破綻する」
などと、単純論を主張(している)。
……
政府の負債問題(しつこいが、財務省式に言うと「国の借金!」問題)について考える際は、少なくとも以下の3つを考慮しなければならない。
2_2   
ギリシャ政府は外国(主にドイツやフランス)から、自国で金利を調整できないユーロ建てでお金を借り、それを公務員手当や年金などの「所得移転系」の支出に使っていた。より大雑把な書き方をすると、ギリシャ政府は外国からお金を借り、自国民に「バラまいて」いたわけである。
……
ギリシャの破綻が日本に教えてくれた教訓は、確かに存在する。だが、それは決して、
「ギリシャ政府は破綻した。日本の財政はギリシャより悪い。だから破綻する!」
などと、“評論家”たちがセンセーショナルに煽っている件ではない。
そうではなく、政府が支出を拡大し、国内に需要を生み出したいのであれば、子ども手当などの所得移転系ではなく、「国民生活水準の維持」や「将来の成長」のためにお金を使うべきであるという、まさしくその点なのだ。

菅首相は、現時点ではどう考えているのだろうか?
河村たかし名古屋市長は、恒久減税を掲げて市議会と全面対決の模様である。
増税か減税か、論理の方向は正反対である。
根拠と推論の筋道を明確にした説明を願いたいと考える。

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2010年10月11日 (月)

蓮舫氏の大臣適格性を問う

蓮舫行政刷新担当大臣については、尖閣諸島問題への対応について疑問を呈した。
⇒2010年10月 3日 (日):尖閣問題に対する蓮舫大臣の強弁

改めて、蓮舫氏の政治家としての履歴を見てみよう。
Wikipedia101009最終更新より抜粋

・2004年7月、民主党から参議院議員選挙に出馬、当選を飾った。
・2007年9月には、年金問題を担当している民主党の長妻昭からの要請で、ネクスト年金担当副大臣に就任した。
・2009年11月13日、民主党政権下に内閣府が設置した事業仕分け(行政刷新会議)の文部省予算仕分けの際、蓮舫議員は「仕分け人」に任命された。
・2010年6月8日に発足した菅内閣において、国務大臣・内閣府特命担当大臣(行政刷新担当)に就任。なお6月10日に内閣府にて行われた、就任後初の省庁会見で、会見前の慣例である国旗への一礼を省略した。
・2010年9月17日に発足した菅改造内閣では引き続き内閣府特命担当大臣(行政刷新担当)に留任し、新たに公務員制度改革担当の担当事項も加わることとなった

上記のように、参院議員2期目の蓮舫氏が大臣の要職に就いたのは、文部省予算仕分けの「仕分け人」として、一躍名を馳せたからであろう。
この際、次世代スーパーコンピュータ開発の要求予算の妥当性についての説明を求めた発言、「世界一になる理由は何があるんでしょうか?2位じゃダメなんでしょうか?」が話題になった。
この発言は、その後修正されかのような印象もあるが、確信的なものであることは、自著のタイトル『一番じゃなきゃダメですか? 』PHP新書(1006)に使用していることでも分かる。

当初から、この言い方については、科学研究者の側から強い批判があった。
例えば、ノーベル化学賞受賞者・野依良治氏は「歴史という法廷に立つ覚悟はできているのか」と反発した。
私は、ノーベル賞受賞者を尊敬するが、だからといって税金の使途に聖域はないと考えるべきだと思う。
ただ、特に基礎科学の分野や芸術の分野などでは、単純な費用対効果分析は馴染まないだろう。
⇒2009年11月30日 (月):「同じ」と「違う」(9)投資と費用

蓮舫氏は、国会での野党の追及やはやぶさなど仕分け対象とした事業での成果が報道されはじめると、2010年6月17日、産経新聞などのインタビューで答えて「(日本が)科学技術の分野で一番を目指す。あるいは他の分野でも一番を目指すのは当然だ」と発言。産経新聞はこれを上記発言を修正したと評した。
しかし、「一番を目指すのは当然だ」というのは、価値観の表明としては無意味だろう。

今年もノーベル化学賞を日本人研究者が受賞した。
⇒2010年10月 7日 (木):日本人研究者のノーベル化学賞を祝す
その1人、鈴木章・北海道大名誉教授は、産経新聞101009で次のように批判した。
「研究は1番でないといけない。“2位ではどうか”などというのは愚問。このようなことを言う人は科学や技術を全く知らない人だ」と蓮舫氏を批判した上で、「日本の科学技術力は非常にレベルが高く、今後も維持していかねばならない」「日本が生き残るためには付加価値の高いものを作り、世界に使ってもらうしかない」「科学や技術を阻害するような要因を政治家が作るのは絶対にだめで、日本の首を絞めることになる。1番になろうとしてもなかなかなれないということを、政治家の人たちも理解してほしい」と、強く批判した。

考えるべきは、もう1人の受賞者の根岸英一氏や2008年の受賞者の下村脩氏が、日本人研究者ではあるものの、「アメリカの」研究者であることだ。
2人共に、対象の研究を行ったのは日本ではなく、アメリカにおいてである。
日本には彼らの望む研究環境がなかったことを示している。
単に「一番を目指すのは当然だ」というのではなく、具体的に科学技術を育成していく環境をどう整備していくかを論じるべきだろう。
若者が理科離れしていると聞いて久しい。
蓮舫氏の「世界一になる理由は何があるんでしょうか?2位じゃダメなんでしょうか?」という言葉には、研究者に対するrespectの念が感じられないのである。

尖閣諸島についての発言は、Wikipediaにも取り上げられている。

2010年9月14日の閣議後の記者会見で、尖閣諸島付近で起きた海上保安庁の巡視艇と中国籍の漁船の衝突事故に関連し、尖閣諸島について「領土問題であるから日本は毅然と対応する必要がある」と述べ、「東シナ海に領土問題は存在しない」とする政府の見解とは異なる見解を示したが、同日午後に「尖閣諸島は歴史的にも国際法上もわが国固有のものだ」と発言を修正した。

発言を修正してはいるものの、内閣の対応を「ベスト」としているのは疑問である。
また、ファッション雑誌の写真撮影を国会内で行って、問題となっている。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/448743/

西岡武夫参院議長は7日、蓮舫行政刷新担当相を国会内に呼び、ファッション雑誌のため国会議事堂内で写真撮影にじ応じたのは不適切だとして口頭で注意した。7日の参院議院運営委員会理事会でもこの問題が取り上げられ、野党は「撮影許可の基準を満たしていない」と批判した。
雑誌は「VOGUE NIPPON」11月号。巻頭特集として、国会内でポーズをとっている蓮舫氏の写真を掲載。同誌のホームページでは「国会議事堂でのファッション撮影を敢行!」などと記されている。
参院事務局によると、議事堂内での撮影は議員活動にかかわる場合は認められているが、私的な宣伝か営利目的に当たる行為は許可していないという

蓮舫氏側では、事前に撮影許可願を衆院事務局に提出しているとのことであるが、果たして議員活動にかかわるものといえるのかどうか。
何かと話題の多い人である。
人気の高い証拠ともいえようが、大臣は人気ではなく識見や実績を重視して選任して欲しいと思う。

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2010年10月10日 (日)

冬支度?

私は、高校時代に、革靴を履いた記憶がない。
3年間下駄履きで過ごしたからだ。
気車通学だったが(電化されたのは昭和43年(1968)で、高校時代はディーゼル車(気動車)がメインだった。1日に何本かは蒸気機関車(SL)が動いていた)、下駄で気車に乗るのに抵抗はなかった。
3年の頃は、バンカラ気取りで朴歯の高下駄を履いたりしたこともある。

したがって、真冬でも素足で過ごすのが当たり前だった。
その習慣が続いて、去年まで、家の中では靴下・ソックスの類を履いたことがなかった。
家の中では素足の感覚が好きでもあった。

残念ながら、今年はそういう訳にもいかない。
なるべく冷やさないように気をつけなければ、と思っているのである。
そんな心境の時、朝の散歩で不思議な光景を見た。
水辺に置かれた乙女の像がソックスを着用していたのだ。
思わず、「ブルータス! お前もか?」とつぶやきそうになった。

普段は左のように、裸像であり、当然裸足である。Ts3p0011_22 
Ts3p0009_22   
 
ところが、右のような姿である。
妙にリアリティがあるが、大方酔っ払いのいたずらだろう。
それにしても、婦人用のソックスである。
女の酔っ払い?
浅い水辺とはいえ、ヒザ近くまでの水深はあるだろう。
その情熱をもうちょっと違うことに使えばいいのに、などと思ってしまう。

この水辺は、親水環境として整備されている。
一時期、中大兄皇子のつくったとされる水時計(漏剋)のレプリカが置かれていた。
⇒2008年3月10日 (月):天智天皇…①ベンチャー精神
時々模様替えをしているようである。
しかし、これは模様替えではないだろう。
実際、2~3日後には元に戻っていた。

間もなく、発症後初めての冬を迎えることになる。
マヒ側は、気温に対して、どう反応するであろうか?

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2010年10月 9日 (土)

検察審査会/理念と現実の乖離(4)

小沢一郎民主党元幹事長に対し、検察審査会が「起訴相当」の議決をしたことに関して、世論はおおむね尊重しているようだ。
各紙の社説も次のようだ。

小沢氏の資金管理団体の土地取引事件で、東京第五検察審査会は、小沢氏を政治資金規正法違反の罪で起訴すべきだと議決した。この20年近く、常に政治変動の中心にいた小沢氏は、近い将来、検察官役を務める弁護士によって起訴され、法廷で有罪・無罪を争うことになる。審査会は議決の要旨で、秘書に任せており一切かかわっていないとする小沢氏の説明について、「到底信用することができない」と述べた。疑惑発覚後、世の中の疑問に正面から答えようとせず、知らぬ存ぜぬで正面突破しようとした小沢氏の思惑は、まさに「世の中」の代表である審査員によって退けられたといえよう。
http://www.asahi.com/paper/editorial20101005.html#Edit1

第5検審が「起訴議決」をした理由は、状況証拠もふまえ客観的に判断したものだ。虚偽記載について小沢氏に報告したとする元秘書らの供述を信用できるとし、小沢氏と元秘書は「強い上下関係がある」と認定した。
……
民主党内からも小沢氏の議員辞職を求める意見が出ているのは当然だ。小沢氏が従わない場合は、除名処分や離党勧告などを行うのは最低限必要だ。
議決は検察審査会の役割に触れ、「国民の責任において法廷で黒白をつける」と強調した。検察の不十分な捜査に加え、国会の自浄能力の欠落が明白になったことを重く受け止めてほしい。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/101005/crm1010050455004-n1.htm

往々にして意見が分かれる朝日と産経だが、共に検察審議会を「世の中」の代表として、その役割を高く評価している。
しかし、「世の中」の一員である私は、今回の検察審査会の議決に対しては問題があるのではないかと思うものだ。
⇒2010年10月 6日 (水):「推定無罪の原則」はどこへ行った?
⇒2010年10月 8日 (金):冤罪と推定無罪/「同じ」と「違う」(19)

もちろん、「世の中」には朝日や産経と異なる意見もあって、それに触れることができるのは、情報通信の発達のお陰である。

検察審査会の制度は、有罪の可能性があるのに、検察官だけの判断で有罪になる高度の見込みがないと思って起訴しないのは不当であり、国民は裁判所によって本当に無罪なのかそれとも有罪なのかを判断してもらう権利があるという考えに基づくものである。そして、嫌疑不十分として検察官が起訴に躊躇(ちゅうちょ)した場合に、いわば国民の責任において、公正な刑事裁判の法廷で黒白をつけようとする制度であると考えられる。
「国民は裁判所によって本当に無罪なのかそれとも有罪なのかを判断してもらう権利があるという考え」!!!
目を疑いました。あわてて、憲法を見てみました。
第32条     何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。
第37条1項  すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
憲法は、「裁判を受ける権利」(民事刑事とも)、とくに刑事で「公平、迅速、公開の裁判を受ける権利」を定めている。
つまり、個人は、裁判なしに迫害、追放、投獄など、権利侵害されることのないよう、自ら裁判を受ける権利がある、という意味だ。
決して、「国民は、他人を裁判所に突き出して、《本当に無罪なのかそれとも有罪なのかを判断してもらう》」、そんな権利はありません。
こんな子供だましの、しかし恐ろしいこと極まりない憲法違反をもぐり込ませるとは、検察審査会メンバーが子供なのか、誘導教唆したヤツが護憲精神のかけらもない悪人なのか。

http://sun.ap.teacup.com/souun/3441.html#comment19292

検察審査会の制度は、「国民の責任において、公正な刑事裁判の法廷で黒白をつけようとする制度」なのかどうか?
検察審査会法をもう一度見てみよう。

公訴権の実行に関し民意を反映させてその適正を図るため(第1条1項)、検察官の公訴を提起しない処分の当否の審査に関する事項(第2条1項)を、告訴若しくは告発をした者、請求を待つて受理すべき事件についての請求をした者又は犯罪により害を被つた者(犯罪により害を被つた者が死亡した場合においては、その配偶者、直系の親族又は兄弟姉妹)の申立てがあるときは(第2条2項)、前項第1号(検察官の公訴を提起しない処分の当否の審査に関する事項)の審査を行わなければならない。

以上からすると、検察審査会の理念は次のように考えられる。
日本においては、裁判所へ公訴を提起(起訴)する権限は、原則として検察官が独占している(起訴独占主義)。
したがって、犯罪被害者等が特定の事件について、告訴を行うなど裁判がなされることを希望しても、検察官の判断により、不起訴・起訴猶予処分等になり公訴が提起されないことがある。
検察官が、不起訴判断をした場合に、その判断を不服とする者の求めに応じ、判断の妥当性を審査するのが、検察審査会の役割である。
申立ができるのは、告訴若しくは告発をした者、請求を待つて受理すべき事件についての請求をした者又は犯罪により害を被つた者等であって、検察官の恣意的な判断によって、被疑者が免罪され、犯罪被害者が泣き寝入りする事態を防ぐという役割を有する。

今回の事案の場合、申立人が「甲」という匿名であり、第2条2項のいずれなのかも判然としない。
果たして、告発者であろうか?
不起訴処分は、検察官の恣意的な判断によるものか?

現実には、上記の引用ブログも指摘しているように、検察審査会は、「国民は、他人を裁判所に突き出して、《本当に無罪なのかそれとも有罪なのかを判断してもらう》」制度だと自ら規定して、「起訴相当」を議決している。
ここにも理念と現実の乖離があるように思える。
検察審査会の議決を審査する必要がありそうである。

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2010年10月 8日 (金)

冤罪と推定無罪/「同じ」と「違う」(22)

法律にはそれぞれ立法の意図がある。
普通、それは法律の冒頭部分に書かれている。
検察審査会法も、「第1章 総則」で次のように規定している。
http://www.houko.com/00/01/S23/147.HTM

第1条 公訴権の実行に関し民意を反映させてその適正を図るため、政令で定める地方裁判所及び地方裁判所支部の所在地に検察審査会を置く。ただし、各地方裁判所の管轄区域内に少なくともその一を置かなければならない。
第2条 検察審査会は、左の事項を掌る。
1.検察官の公訴を提起しない処分の当否の審査に関する事項
2.検察事務の改善に関する建議又は勧告に関する事項

小沢一郎・元民主党代表の資金管理団体「陸山会」の土地取引事件で、東京第五検察審査会の判断-政治資金規正法違反(虚偽記載)の罪で強制的に起訴すべきだとする「起訴議決」は、上記に照らして妥当なものと言えるだろうか?
東京地検特捜部は小沢氏を不起訴(嫌疑不十分)としているので、「第2条の1.検察官の公訴を提起しない処分の当否の審査に関する事項」について審査したわけである。

Tky201010040400_3左図にみるように、今度の検察審査会の審査は第2段階の審査である。
結果として、小沢氏は強制的に起訴されることになった。
世論は、小沢氏は灰色であり、裁判の場で黒白を明確にすればいい、という声が多数のようである。
確かに、法廷で堂々と自分の主張し、それで無罪を獲得すればいい、というのは1つの考え方であろう。
検察審査会の議決書においても、以下のように書かれている。

検察審査会の制度は……嫌疑不十分として検察官が起訴を躊躇した場合に、いわば国民の責任において、公正な刑事裁判の法廷で黒白をつけようとする制度であると考えられる。

審査の対象は何か?
陸山会が都内の土地を購入したことに伴う資金の流れを、政治資金収支報告書にどう記載したかをめぐる容疑。陸山会は04年10月に小沢氏からの借入金4億円を使い、土地を約3億5千万円で購入したのに、04年分ではなく05年分の政治資金収支報告書に支出として記載したことであり(そのこと自体は会計責任者の問題)、小沢氏は、その共謀者という位置づけである(と議決書は書いているように読める)。

私などは、小沢氏が収賄をしたとか、ゼネコンから裏金を不当に受け取っていたかのように錯覚してしまうが、政治資金収支報告書の記載が、2004年か2005年かという問題に「過ぎない」。
しかも、小沢氏が共謀者であるというのは、会計担当者が小沢氏を「尊敬し、師と仰いでいる」から、というようなことが根拠とされている。
虚偽記載は虚偽記載だ、ということであろうが、与党国会議員の半分近くが自党の代表に、言い換えれば総理大臣に、と投票した人物の容疑としては、肩透かしをくらったような気分である。

私も、小沢氏をクリーンな政治家だと思っているわけではない。
下図のようなグラデーションを考えた場合、相対的には右の方に位置するだろうと思う。
Img_2

「李下に冠を正さず」とも言われる。
しかし、真っ白な(有能な)政治家というのもイメージしにくいというのが大人の判断であろう。
状況によっては、李下であっても冠を正すことが必要になるかも知れない。
「推定無罪の原則」とは、「検察官が被告人の有罪を証明しない限り、被告人に無罪判決が下される(=被告人は自らの無実を証明する責任を負担しない)」ということを意味する(刑事訴訟法336条等)。
Wikipedia100910最終更新

説明責任ということがいわれるが、被告人に説明責任はないということだ。
「疑わしきは罰せず」という表現も同様の意であろう。
検察審査会の制度が、「議決書」に書かれている通りだとしたら、「推定無罪の原則」と相反することにならないだろうか?

この点に関して、保坂展人さんも違和感を表明している。
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/54614101b0607380a6dd0692cf773a04

「有罪かもしれないから起訴すべき」「黒白つける」という記述には、私は違和感を覚える。「明らかに有罪と証明出来るから起訴する」「有罪は黒の証明された時に、シロは証明が不十分だった時に」というのが刑事裁判の原則ではないのだろうか。

政治家の説明責任は別だ、という考え方もあるだろう。
しかし、「ない」ことの証明は一般に難しい。
冤罪が後を絶たないことが「ない」ことの証明の難しさを示している。
取調べの状況を可視化しようという動きがあり、基本的にはそうすべきだと思う。
しかし、自分に不利なことについては、黙秘する権利も認められているのであり、透明化することが直ちに被疑者の利益に繋がるわけでもない。

検察審査会自体が、不透明な霧に包まれている。
どのような審議が行われたのか、プロセスは一切開示されていない。
審査申立人も「甲」と記されているだけである。
夕刊紙「日刊ゲンダイ」101007によれば、検察審査会11人の平均年齢は30.9歳であること「だけ」が明らかになった。
母集団は有権者すなわち20歳以上だから、有権者の平均年齢を考えると過半は20台の前半となるのではないだろうか?

民主党は、岡田克也幹事長が、党の機関で「処分」を議論するということだ。
つまり、「疑わしきは罰しよう」ということだろう。
クリーンであろうとすることが、白ではなく暗黒の社会を招いてしまいかねないのではないか。
推定無罪の原則が貫徹されれば、冤罪はぐっと少なくなると思われる。
しかし「魔女狩り」は大衆心理である。
誰か(決して自分はその中には含めて考えない)をスケープゴートにして、身を守ろうとする。
自分自身がそういう心的傾向があることを自覚しつつ、クリティカル思考に努めたい。

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2010年10月 7日 (木)

日本人研究者のノーベル化学賞を祝す

今年のノーベル化学賞が、鈴木章・北海道大名誉教授(80)、根岸英一・米パデュー大特別教授(75)、リチャード・ヘック米デラウェア大名誉教授(79)の3氏に授与されることが分かった。
授賞対象の業績は、有機合成におけるパラジウム触媒を用いたクロスカップリング反応の研究である。
http://mainichi.jp/select/science/news/20101007k0000m040022000c.html

鈴木氏は米国留学から帰国後の79年、パラジウムを触媒に使い、有機ホウ素化合物から目的の有機化合物を効率的に作れることを発見した。この化学反応は、「鈴木カップリング」と呼ばれ、安定して取り扱いやすいホウ素を使うことから広い分野で使われるようになった。
ヘック氏と根岸氏はこれに先立つ70年代、パラジウムなどを触媒として炭素同士を結合させる手法をそれぞれ発見。これにより、異なる2種類の有機化合物の結合が可能になった。ヘック氏が見つけた反応は71年に、東工大の溝呂木勉氏(故人)も独立して同じ反応を報告しており、「溝呂木・ヘック反応」とも呼ばれる。
3氏の業績は、医薬品や化学繊維、液晶などの材料の人工合成を可能にした。クロスカップリングに代表される有機合成化学分野では多くの日本人研究者が活躍しており、「日本のお家芸」と言われる。

まことに慶賀に堪えないと言うべきであろう。
ここのところ、冴えないニュースが続いたので、他人事ではあるが気分爽快である。
日本人の「湧源性」が発揮された一例であろう。
「湧源」という言葉は、日本人として初めてノーベル化学賞を受賞した故福井謙一博士による。
京都大学福井謙一記念研究センターは、「知の湧源」を掲げ、物質的理論的世界観の創造の拠点たることを目指している。
http://www.fukui.kyoto-u.ac.jp/publication/panfu_pdf.pdf#search='知の湧源'
筆者のブログも、福井謙一先生の理念を拝借したものである。

さて、鈴木氏と根岸氏の研究の概要は以下のようなものである。
http://www.org-chem.org/yuuki/suzuki/suzuki.html

有機化学の基本であるはずの「炭素同士をつなぐ」というのは、実はなかなか難しい反応なのです。炭素と
炭素の結合は、粘土細工のように好きなところに好きな大きさの分子をくっつけて作る、というようなわけにはいかないのです。
……」Ccbond2_2
転機が訪れたのは1972年のことです。京都大学の熊田誠・玉尾皓平らのチームは、有機マグネシウム化合物と有機ハロゲン化物だけを混ぜるのでは全く反応しないのに、少量のニッケルやパラジウム化合物を添加してやるとこれが両者の仲立ちを果たし、極めて効率よく両者が結合(カップリング)することを見出したのです。
……
熊田-玉尾カップリングが開発されるまでは、AとBのパーツを結合させようとしてもA-AやB-Bが同時にできてしまうことが多く、このようにA-Bだけが選択的に作れる反応は例があまりありませんでした。こうした違うパーツ同士を結合させる反応を「クロスカップリング」と呼び、当然ながら有機合成化学者にとって非常に有用性の高い反応ということになります。ともあれこの反応は、この後爆発的に進展した遷移金属触媒の化学の先駆けとして、時代を画する研究と評価されることになりました。
この後、熊田-玉尾カップリングで用いられていたマグネシウムに替えて亜鉛を使う「根岸カップリング」、スズを使う「Stille(または右田-小杉-Stille)カップリング」、銅を使ってアセチレンを結合させる「薗頭カップリング」などが続々と開発され、それぞれ優れた反応として広く使われていくことになります。名前からもわかる通りこの分野での日本人化学者の功績は非常に大きく、クロスカップリング反応は日本のお家芸ともいうべきジャンルとなってゆきました。
……
2suzuki2 有機金属化合物は一般に反応性が高く、いろいろな反応に応用できますが、このことは裏を返せばデメリットにもつながります。つまり有機金属化合物は反応させたい相手(ハロゲン化物)だけでなく、カルボン酸・エステル・アミド・アルコール・アルデヒドなど多くの官能基とも反応してしまうので、これらが共存する分子相手には使えないのです。
……
これに対して有機ホウ素化合物は水や空気に対して全く安定であり、多くは結晶性の固体として長期間の保存が可能です。反応を行う時も神経質に水分を除く必要はなく、それどころか水を溶媒に使ってさえ問題なくカップリングが進行します。こんな炭素-炭素結合生成反応は他にほとんど例がありません。

まさに日本人の功績が大きい分野である。
日本の化学分野の研究の強さを示している。
日本経済新聞101007も、編集委員永田好生氏の署名記事で次のように論評している。

最近の研究は、ともすればすぐに応用につながるテーマを求められる。しかしそこから生まれる成果は追随しやすく競争力を保てない場合も多い。じっくりと腰を落ち着けた研究の重要性を、今回のノーベル賞は示しているのではないだろうか。そのための体制を築き、思い切って投資する責任ある科学技術政策を、日本は進めなければいけない。

その通りだとは思うが、コトはそう簡単ではない。
蓮舫大臣のように、舌鋒鋭く問い詰められたら、理系研究者の多くは口ごもってしまい、仕分けられることになってしまうだろう。

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2010年10月 6日 (水)

「推定無罪の原則」はどこへ行った?

小沢一郎民主党元幹事長に対し、検察審査会が2度目の「起訴相当」の議決をした。
これにより、小沢氏は強制的に起訴されることになる。
議決書を目にすることができた。
構成は以下のようになっている。

議決の要旨
議決
の趣旨
別紙犯罪事実につき、起訴すべきである。
議決の理由
第1 被疑事実の要旨
第2 検察官の再度の不起訴処分
第3 検察審査会の判断
 1 再捜査について
 2 B供述の信用性
 3 C供述の信用性
 4 被疑者供述の信用性
 5 状況証拠
 6 まとめ

形式的には整っている構成と言えるだろう。
その論理を朝日新聞の要約により示す。
http://www.asahi.com/national/update/1004/TKY201010040184.html

議決書はまず、小沢氏の関与を示す直接的な証拠として、「収支報告書を提出する前に、小沢氏に報告・相談した」とする小沢氏の元秘書で衆院議員・石川知裕被告(37)=同法違反罪で起訴=の捜査段階の供述調書の信用性を検討。「石川議員は小沢氏を尊敬し、師と仰いでおり、小沢氏を罪に陥れる虚偽の供述をするとは考えがたい」と指摘し、1度目の議決後の再捜査でも同じ供述を維持していることから、「信用性は認められる」とした。小沢氏の関与を捜査段階で認めたが、再捜査で否定に転じた別の元秘書についても、捜査段階の供述は信用できると判断した。
一方、小沢氏の供述については、土地購入資金となった4億円の出所に関する当初の説明も、変更後の説明も「著しく不合理で信用できない」とし、「出所を明らかにしないことが、虚偽記載をした動機を示している」という見方を示した。そのうえで議決書は、陸山会が土地購入と前後して、小沢氏名義で銀行から4億円の融資を受けていた点に言及。「小沢氏は土地購入資金の4億円を自己の手持ち資金だと供述しており、年間約450万円の金利負担を負ってまで4億円を借り入れる必要は全くない」と疑問視。土地購入原資の4億円を収支報告書に記載せずに隠しておくための偽装工作だったとみた。融資申込書に小沢氏自身が署名、押印している事実も重視し、「当然、虚偽記載についても了承していたと認められる」と結論づけた。

議決書の作成を補助した審査補助員として、「弁護士 吉田繁實」という名前が記載されている。
ちなみに、検察審査会法は、「審査補助員」につき、以下のように定めている。
http://www.houko.com/00/01/S23/147.HTM#s9

第39条の2 検察審査会は、審査を行うに当たり、法律に関する専門的な知見を補う必要があると認めるときは、弁護士の中から事件ごとに審査補助員を委嘱することができる。
2 審査補助員の数は、1人とする。
3 審査補助員は、検察審査会議において、検察審査会長の指揮監督を受けて、法律に関する学識経験に基づき、次に掲げる職務を行う。
1.当該事件に関係する法令及びその解釈を説明すること。
2.当該事件の事実上及び法律上の問題点を整理し、並びに当該問題点に関する証拠を整理すること。
3.当該事件の審査に関して法的見地から必要な助言を行うこと。
4 検察審査会は、前項の職務を行つた審査補助員に第40条の規定による議決書の作成を補助させることができる。
5 審査補助員は、その職務を行うに当たつては、検察審査会が公訴権の実行に関し民意を反映させてその適正を図るため置かれたものであることを踏まえ、その自主的な判断を妨げるような言動をしてはならない

審査補助員は建前上はあくまで補助であって、検察審査会の自主的な判断を妨げてはならないとされているが、実態はどうであろうか。

私にも素人なりに素朴な疑問がある。
それは、議決の年月日:平成22年9月14日と議決書作成年月日:平成22年10月4日の時間差である。
この程度のボリュームのものに20日も要するであろうか。
議決の理由の部分を読んでも、とりたてて論理の精緻化に時間を費やしたとも思えない。
むしろ、A、B、Cの供述の信用性について、あっさり信用性を認め、被疑者の供述については信用できないとする根拠は明確ではない。
特に、Cの供述について、再捜査段階で完全に翻っていることを認めているにもかかわらず、である。
特捜部の捜査が批判にさらされている折に、市民目線なるものからしても疑問である。
神戸学院大学大学院実務法学研究科教授上脇博之(日本国憲法)という人のブログに次のようにあった。http://blog.livedoor.jp/nihonkokukenpou/

結局、会計責任者ら3人が小沢氏を「尊敬し、師として仰いで」いるとして小沢氏が「当然に不記載・虚偽記載についても了承していた」と推認し「共謀」を認定しているにすぎないのである。
乱暴な結論である。

同感である。
「何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される」という「推定無罪の原則」は、近代法の基本原則である。
検察審査会が「起訴相当」の議決をおこなうにあたっても、有罪の証明が積極的に推認されることが必要だと考える。
マスコミ等では、「起訴相当」だけで議員辞職を促す論調がみられる。
検察庁が威信をかけて強制捜査をした上での不起訴である。
果たして、有罪を認められるであろうか。
有罪の結論が得られなかった場合には、審査会制度そのものが疑われかねないだろう。

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2010年10月 5日 (火)

「割り屋」と「押し売り屋」/「同じ」と「違う」(18)

厚生労働省の文書偽造事件をめぐる証拠隠滅容疑で逮捕された大阪地検特捜部検事の前田恒彦検事は、大阪地検内部で、容疑者から自供を引き出す「割り屋」として評価が高かったという。

前田容疑者が今年1月、捜査の応援に入った小沢一郎民主党元幹事長の資金管理団体「陸山会」をめぐる収支報告書虚偽記入事件。元公設第1秘書大久保隆規被告(49)=政治資金規正法違反の罪で起訴=の逮捕6日目から、東京地検特捜部の検事に代わって取り調べを受け持った。
「重要な容疑者の調べに充てるなんて」。東京の検察内部では応援検事の起用を疑問視する声が出たが、東京特捜の幹部は、口の固い容疑者から供述を引き出す“割り屋”としての能力を買ったという。
「そもそも収支報告書の作成にかかわっていなかった」と否認していた大久保被告。被告の周辺関係者は「(前田容疑者は)筋書きに沿わない説明には耳を貸そうとしなかったようだ」と話す。
拘置期限直前に起訴内容を大筋で認める供述調書が作成されたが、公判前整理手続きが24日に始まるのを前に、大久保被告は起訴内容を否認する意向で、「取り調べの中で押し付けがあった」として調書の信用性を争う予定だ。

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201009230097.html

前田検事は本当に優秀な「割り屋」だったのか。

平成21年7月16日、東京地裁104号法廷。在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)中央本部をめぐる詐欺事件の判決で、裁判長の林正彦は検事を名指しで批判する。
「前田検事の証言は信用できない」
大阪に異動する前の19年6月、前田は東京地検特捜部でこの事件を手がけ、詐欺罪に問われた元不動産会社社長、満井忠男(76)=1審有罪、控訴中=の取り調べを担当。自供を引き出した。だが、弁護側は取り調べに「利益誘導があった」と主張。公判で調書の任意性を争った。
「あす裁判所に行く。供述調書はこれでどうだ」
逮捕直後、満井は前田からそういわれた上で、「私がだました」と書かれた調書を見せられ唖然(あぜん)とした。取り調べを受ける前から「認めていないのに『だました』と認める調書ができていた」からだ。満井は「不本意ながらサインをさせられた」と訴えた。
満井の証言通りなら、郵便不正事件で批判された調書の「作文」がすでに行われていたことになる。
満井の弁護人の落合洋司は「前田の調べはストーリーありきで、脅かして利益誘導するのがうまい。真実に向き合う姿勢が感じられなかった」と振り返る。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/101003/crm1010030117002-c.htm

検察内部の事情は外部からは見えない。
当然である。捜査の手の内は秘しておかなければ犯罪捜査はできないだろう。
しかし、検察といえども“成果主義”の波が押し寄せていたに違いないと容易に想像できる。
検察にとって、成果とはなにか?

本来は、社会悪を摘発し、社会正義を実現することであろう。
しかし、そのような抽象的な表現では、客観的な評価基準になりにくい。
目に見える指標として、扱っている事案の起訴率、起訴に持ち込んだ事案の有罪率などが採用されることになろう。
結果は?

犯人隠避の容疑で逮捕された大坪前部長も「割り屋」知られた存在だった。

大坪前部長は中央大を卒業し、1984年4月に任官。94年から2005年の間、大阪地検特捜部に4回にわたって在籍した。
関係者によると、95年にオウム真理教事件の捜査で東京に派遣され、サリン生成役として殺人罪などに問われた土谷正実被告(45)=上告中=の取り調べに当たり、自供を引き出したという。
98年には和歌山市の職員採用をめぐる汚職事件で市長の取り調べを担当。関係者がそろって否認を続ける中、翌日に釈放という間際、市長に容疑を認めさせた。本人は「おれが落とすしかなかった。こちらも刺される気で取り調べた」と振り返っていた。

http://news.toremaga.com/nation/nnews/286709.html

おりしも、 小沢一郎民主党元幹事長の資金管理団体の政治資金規正法違反事件で、東京第5検察審査会が「起訴議決」とした。
議決の詳細な内容が不明なので今の段階では何ともいえないが、民主党内でも厳しい意見が多いようだ。

菅政権は尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件への対応が批判され、支持率が再び下落したが、小沢氏の処分をあいまいなままにしておけば、世論が一段と離れる可能性もある。
このため、小沢氏と距離を置く議員の間には「最低でも離党、普通なら議員辞職だ」(中堅)との声が浮上。首相に近いベテラン議員は「衆院補選前までに本人が離党するか、党が離党勧告する必要がある。もたもたしてはいけない」と語り、厳しい姿勢で臨むべきだとの考えを示した。

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2010100400857

小沢氏はもっと説明努力をすべきだと思うが、判決が確定するまでは推定無罪が原則であろう。
いたずらに世論に振り回されても如何なものか。

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2010年10月 4日 (月)

国防委員会と党中央軍事委員会/「同じ」と「違う」(17)

金総書記の三男のジョンウン氏が、党中央委員と党軍事委員会副委員長に選出されたことについては既に触れた。
⇒2010年9月30日 (木):権力の世襲と権威の世襲/「同じ」と「違う」(15)
北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)における最高軍事指導機関は、従来国防委員会と位置づけられていた。
国防委員会はいかなる組織か?

朝鮮民主主義人民共和国国防委員会は、1972年12月27日採択の社会主義憲法により設置。当初、中央人民委員会傘下機関だったが、1990年5月、最高人民会議決定を通して中央人民委員会から分離した独立機関となった。
1992年4月、国家主席と国防委員長の兼職規定が削除され、金日成(国家主席)に代わり、1993年4月9日に金正日が国防委員長に就任した。
1998年の憲法改正によって国防委員会は、人民武力部(国防省)を中心とする国防・軍事系中央機関の設置・廃止、重要軍事幹部の任免、戦時状態の布告などを行うことが規定された。国防委員長は「国家の最高職責」とされ、一切の武力を指揮・統率し、国防事業全般を指導すると憲法でうたわれているが、実質的には「全ての権力を無制限に握る」といえるだろう。
2009年の憲法改正では国防委員長の権限が拡大されて、「国家の全般事業を指導する」、「外国との重要条約を批准又は廃棄する」、「特赦権を行使する」などが規定された。
中央政府傘下の国防委員会が、軍を一元的に掌握・指揮するのはソ連をはじめとするほとんどの社会主義国と一致していた。1990年に独立機関となったときから北朝鮮独自の仕組みに転じたと言える。軍の指令系統に関してソ連と違ったシステムを採用している国家としては中国、ユーゴスラビアなど挙げられる。

Wikipedia100901最終更新

ジョンウン氏が、国防委員会ではなく、党中央委員と党軍事委員会副委員長に選出されたのはなぜか?
産経新聞は、久保田るり子記者の署名記事で、次のように解説している。

韓国の情報関係者は「今回の人事の目的は、後継体制の指示命令系の整備だ」と分析する。同筋は「今後は党軍事委が中長期の戦略を決め、国防委員会がこれを権威付ける形になるのではないか」と予測する。
一方、日本の専門家は、ジョンウン氏の党側の肩書は重要と説明する。中国など共産国家で軍は「党の軍隊」である。胡錦濤国家主席は党総書記で党中央軍事委員会主席だ。党が軍を掌握できているかどうかは権力基盤の安定にかかわる。
今回の人事については「北朝鮮が党が軍を支配する権力構造を回復する証しとして、ジョンウン氏を党側軍事組織のナンバー2に据えた」と分析する。中国が北朝鮮の暴発を警戒して「党」の軍への支配再構築を求め、北朝鮮がそれに応じたという見方だ。「中国は今年に入り、北朝鮮の内政への言及も公表して圧力をかけていた」(北朝鮮専門家)。北朝鮮は支援の多くを頼る対中関係を最も重視、金総書記は今年2度も訪中した。
国防委員会の威光は、金総書記独裁体制下では維持されようが、金総書記の死亡など不安定期に入れば、機能するかどうかは不透明だ。また将来、ジョンウン氏が国防委員会入りして、両方の地位を占める可能性もある。北朝鮮で起きている変化の全容はまだつかめていない。

中央軍事委副委員長は正銀氏のために新設されたとみられるという。
正銀氏の後見役である金総書記の義弟、張成沢(チャンソンテク)国防委員会副委員長や、その側近とされる崔竜海(チェリョンヘ)氏も中央軍事委委員に選ばれた。
金総書記だけだった政治局常務委員には、金永南(キムヨンナム)最高人民会議常任委員長、崔永林(チェヨンリム)首相、趙明禄(チョミョンロク)国防委員会第1副委員長、李総参謀長が選出され、計5人となった。

正銀氏と金総書記の後継者としてのお披露目における違いを見ておこう。
毎日新聞によれば次のようである。

金総書記が公式の場に初めて登場した80年10月の第6回党大会で、政治局常務委員、書記、中央軍事委員という党の主要3機関に入ったのに比べると、正銀氏の後継体制作りはまだ初期の段階ともみられる。
一方、正銀氏がまず党中央軍事委に入ったことは、休眠状態だった同委を活性化させ、軍を党の指揮下に置くという本来の姿に戻す方針を明確にしたものといえる。金総書記が同じく委員長を務める国防委員会との関係は明確になっていない部分もあるが、今後は二つの組織が連携して軍を掌握することになりそうだ。
http://mainichi.jp/select/world/news/20100929dde001030007000c.html

「民意」に振り回されるのも問題だと思うが、「民意」にまったく関係なく国の指導体制が決まるよりは遥かにいい、とはいえる。

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2010年10月 3日 (日)

尖閣問題に対する蓮舫大臣の強弁

蓮舫行政刷新担当大臣といえば、いまや民主党の顔の一人である。
閣僚であると共に、歯切れのいい弁舌で、TVへの露出も多い。
特に、いわゆる事業仕分け人として目覚しい活躍をしたことから、国民的人気を集めている。

2009年11月13日、民主党政権下に内閣府が設置した事業仕分け(行政刷新会議)の文部省予算仕分けの際、蓮舫議員は「仕分け人」として次世代スーパーコンピュータ開発の予算削減を決定した。この時に要求予算の妥当性についての説明を求めた発言である「世界一になる理由は何があるんでしょうか?2位じゃダメなんでしょうか?」が話題になった。
Wikipedia100928最終更新

菅VS小沢の民主党代表選では、菅支持派の中心として活動した。
「小沢支持の議員に私とのポスターは使わせない」と言ったとか。
どうやら攻撃的な性格の人らしい。
次のようなエピソードもある。

2010年6月7日に放送したBSフジの番組PRIME NEWSの中において、与謝野馨が行政刷新担当大臣に内定した蓮舫に対して強い嫌悪感を示していたので、理由を聞くと、「かつて猪口邦子大臣(当時)に対して『あなたはだいたい障害児を育てている親の気持ちなんかまったくわからないような人ですからね』と発言した」と猪口には障害を持つ子供がいることを明かしたうえで述べ、「実に女の嫉妬心が出ているいやらしい質問であったと同時に、大変失礼な質問だった」と非難している。
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与謝野氏の非難の根拠を調べてみると、次のようなことであった。

○蓮舫君 民主党・新緑風会の蓮舫です。今日は、障害を持つお子さん、障害児について質問していきます(中略)お手元にパンフレットの資料をお配りしておりますけれども、この共済制度は障害児の保護者が入る私的保険制度の一種として始まったものです。障害を持つお子さんを育てている保護者の最大の悩み、考えるとつらいのは、自分が死んだ後、子供は生活していけるのか、もっと言えば生きていけるんだろうか、こういう不安の声にこたえたのが障害者扶養共済制度なんです。
猪口大臣はこの制度を御存じでしたでしょうか。障害児も大切な命と考えるとこの制度をどのように思われるか、併せてお知らせください。
○国務大臣(猪口邦子君) この制度を私が知っていたかということでございますか。この質問に来るまでにもちろん当然勉強してきております。そして、これが重要であるというふうに認識しております。
○蓮舫君 この質問の通告をしなければ知らなかったと理解をさせていただきます。
……

http://irregular-expression.tumblr.com/post/676816966

やりとりのほんの一部ではあるが、猪口氏が障害児をもっていないとしても、随分高慢で嫌味のある言い方である。
まして、与謝野氏の言うように、猪口氏が障害児の親であるとするならば、とても許しがたいような発言である。
挑発しているつもりなのかも知れないが、品格を欠くと言わざるを得ない。

尖閣諸島事件への対応について、次の記事が目に入った。

内閣の一員として、今回の対応策はベストだったと思っているが、より国民に納得いただけるやり方があったのであれば、学習は必要だ。外交問題はどのような結果を出しても、いろいろな意見がある。それぞれの立場からそれぞれの国民の声があると思うが、司法判断も含め、今回のやり方しかなかった。
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101002/plc1010020920002-c.htm

インタビュー記事なので必ずしもニュアンスが明瞭ではないが、余りにも強弁が過ぎるのではなかろうか。
国民の何割が、「ベストだった」と評価しているだろうか?
内閣は、船長釈放に関与しておらず、那覇地検としての判断だった、というのが内閣の公式的な説明である。
⇒2010年9月25日 (土):尖閣諸島事件の船長を釈放

蓮舫氏は、那覇地検に事件の解決を委ねた内閣の判断を、「ベストだった」というのだろうか?
あるいは、那覇地検が、法と証拠よりも外交的配慮を優先した判断が、「ベストだった」というのだろうか?

尖閣諸島に関しては、次のような発言の迷走もあった。

蓮舫行政刷新担当相は14日の記者会見で、尖閣諸島周辺で起きた海上保安庁巡視船と中国漁船の衝突事件をめぐり、中国側が日本政府の対応を批判していることに関し「(尖閣諸島は)いずれにせよ領土問題なので、毅然とした日本国としての立場を冷静に発信するべきだと思っている」と述べた。この発言は、尖閣諸島について「領有権の問題は存在しない」とする政府見解と矛盾しており、蓮舫氏は同日午後、記者団に「誤解を与える表現があった。尖閣諸島は歴史的にも国際法上もわが国固有のものだ」と発言を修正した。
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100914/plc1009141742012-c.htm

東シナ海には領土問題は存在しない、と政府は繰り返しコメントしている。
蓮舫氏の「いずれにせよ領土問題」という表現は、真意は別として、言葉としては政府見解と真っ向から対立する。
後で修正をしているが、明らかに閣内不一致だったといえよう。
人気の高い蓮舫氏は、内閣の命運を左右する両刃の剣ではなかろうか。

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2010年10月 2日 (土)

再び問う、「クリシンはどこへ行った?」

大阪地検の前田主任検事のFD改竄事件は、前特捜部長と副部長が逮捕されるという前代未聞の展開になった。
特捜部といえば、最強の捜査機関として知られる。

独自の捜査権限を有している検察庁の中でも、大規模事件など、集中的に捜査を行う必要がある案件に取り組む機関として存在している。検事(副検事)のほかに検察事務官により構成されている。
政治家汚職、大型脱税、経済事件を独自に捜査する。一般的な刑事事件は警察による捜査および被疑者の逮捕が行われるが、この類の事件では最初から特捜部が捜査・摘発する場合が多い。
1947年に東京地検特捜部が発足したのが最初。1957年に大阪地検特捜部が発足し、東京・大阪の2特捜部態勢が続いていたが、1996年に名古屋地方検察庁にも特捜部が置かれ全国で3特捜部の態勢となっている。

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その最強の捜査機関が、郵便不正事件では完全敗訴しただけでなく、捜査を直接指揮した主任検事が証拠改竄容疑で逮捕されたうえに、主任検事の意図的な証拠改竄を知りながら隠蔽したとして、当時の部長、副部長が逮捕された。
⇒2010年10月 1日 (金):故意と過失/「同じ」と「違う」(16)
逮捕=罪の確定ということではないが、余りにも異常な事態である。

最高検の調べによりますと、大坪前特捜部長らは、ことし2月上旬に前田検事からデータの改ざんを知らされた際、今後は、故意ではなく誤って書き換えた過失だと説明するよう電話で指示したということです。そのうえで、前田検事にデータ書き換えの経緯を記した上申書を作らせた際にも、過失だったことに矛盾がないよう内容を修正させていたということです。大坪前特捜部長は逮捕前、NHKの取材に対し、「佐賀前副部長を通じて前田検事が『誤って書き換えてしまった』と説明していると聞いたが、すでに正しいデータが裁判に証拠として提出されており、意図的に改ざんする意味がなくわざとではないと判断し、検事正に問題ないと報告した。フロッピーディスクを調査しなかったことなど、自分の対応に問題はあり、責任は免れないと思うが、改ざんを隠したということは絶対にない」と話していました。また、佐賀前副部長は「前田検事が証拠を書き換えた問題を隠ぺいしたということはなく、そうした指摘は、自分の記憶や当時、日誌に書き残した記録とも異なる。一連の問題については、当時、すべて大阪地検の上層部に報告していて、『問題はない』とする判断は大坪前特捜部長と2人だけでしたものではない」と話していました。最高検は、データの改ざんが特捜部内で隠ぺいされた経緯などについて捜査を進めることにしています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20101001/t10014338371000.html

私は、最強の捜査機関としての特捜部は、クリティカル・シンキングの牙城だと思っていた。
クリティカル・シンキング(クリシン)とは、正確で緻密な思考である。
それは、①正しい根拠に基づき、②妥当な推論を行うこと、の上に成り立つ。
⇒2010年9月22日 (水):リシンはどこへ行った?

捜査こそは、まさに「①正しい根拠に基づき、②妥当な推論を行うこと」を実践すべきだろう。
しかし、今回の事件は、捜査の中心である主任検事が、正しい根拠とすべき証拠物件のFDの書き換えを行ったのである。
さらに、それを知っていたはずの上司が、それを隠蔽していた疑いを持たれているのだ。
まさに、特捜部の存亡の秋である。

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2010年10月 1日 (金)

故意と過失/「同じ」と「違う」(21)

郵便不正事件の捜査に絡んで、大阪地検特捜部の主任検事・前田恒彦容疑者(43)が、押収したフロッピーディスク(FD)のデータを改竄したとして証拠隠滅容疑で逮捕された事件は、前田容疑者が故意に改竄したとの供述を始めた、と報道されている。

郵便不正事件に絡む証拠改ざん事件で、証拠隠滅容疑で逮捕された大阪地検特捜部の主任検事、前田恒彦容疑者(43)が、最高検の調べに対し、証拠品のフロッピーディスク(FD)のデータを「故意に書き換えた」と容疑を認める供述をしていることが関係者の話で分かった。前田検事は「(当時の)特捜部長と副部長にも伝えたはずだ」とも述べているといい、最高検は改ざんの動機や上司への報告内容を詳しく調べている。
故意にデータを改ざんしたことを知りながら隠ぺいした場合は、犯人隠避罪に問われる可能性があるが、大坪弘道前特捜部長(現京都地検次席検事)と佐賀元明前特捜部副部長(現神戸地検特別刑事部長)は、最高検の聴取に「過失だと認識していた」と説明し、前田検事の供述と食い違う認識を示している。最高検は、改ざんを「過失」として処理した前部長らの対応について刑事責任を問えるかどうか、慎重に調べを進めている模様だ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100930-00000011-mai-soci

前田容疑者は、村木厚子厚生労働省元局長の逮捕前に、改竄前のFDが事件の構図と矛盾することを同僚から指摘されていたらしい。
とすれば、故意も故意、確信犯ということになる。
⇒2010年9月22日 (水):クリシンはどこへ行った?

大阪地検特捜部検事による証拠改ざん事件で逮捕された前田恒彦容疑者(43)が、郵便不正事件で村木厚子厚生労働省元局長=無罪確定=を逮捕する前に、同僚の指摘を受け、フロッピーディスク(FD)に記録された最終更新日が検察側が描く構図と食い違うことに気付いていた可能性の高いことが30日、検察関係者の話で分かった。日付の矛盾は、弁護側が指摘するまで、特捜部長ら上層部に伝えられなかった。
主任検事だった前田容疑者が、無実であることを示す有力な証拠があることを隠して、村木氏を逮捕した可能性が浮上した。最高検は、データ改ざんの動機につながるとみて、経緯を調べている。
郵便不正事件で特捜部は、村木氏が同省元係長上村勉被告(41)=公判中=に対し、2004年6月上旬に証明書発行を指示したとの構図を描いて捜査。昨年5月26日に上村被告を逮捕して偽の証明書が保存されたFDを押収し、6月14日には村木氏を逮捕した。
検察関係者によると、上村被告の取り調べを担当した同僚検事は、FDを押収した直後に、FDに残された「2004年6月1日」という偽証明書の最終更新日が、特捜部の構図と矛盾することに気付き、主任検事だった前田容疑者に告げたという。
しかし、前田容疑者は特捜部長らに矛盾について報告せず、村木氏の逮捕は許可された。同僚検事は構図に沿って「6月上旬に指示を受けた」という趣旨の上村被告の供述調書を作成した。FDの日付は、村木氏の取り調べを担当した検事にも伝えられなかった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100930-00000174-jij-soci

前田容疑者が「故意」で改竄したかことを、上司の部長と副部長に報告していたか否かは、問題の性格を変えてしまう影響力持つ。
事件が、前田容疑者の個人レベルのものから、特捜部という組織の問題になるからだ。

前田容疑者が故意の改ざんを大坪前部長らに報告したことが捜査で裏付けられた場合、大坪前部長らがFDの調査など積極的に解明を図らず、小林敬・検事正らに「故意ではなく問題ない」と伝えた行為が犯人隠避罪にあたる可能性も出てくる。同罪の法定刑は、懲役2年以下または20万円以下の罰金。相手が罰金刑以上の罪を犯したことを認識した上でかくまったり、逃走資金を援助するなどして摘発を免れさせたりした場合に適用される。
201009308400851n_21999年に摘発された神奈川県警の覚せい剤もみ消し事件では、県警本部長(当時)が、現職警官による覚せい
剤使用をもみ消すよう指示。県警幹部らが、尿から覚せい剤成分が検出されなくなるまで警官をホテルにかくまったり証拠品の注射器を廃棄したりして事件を隠蔽し、同罪で5人の有罪が確定した。
今回のFD改ざん疑惑が大阪地検内で発覚したのは1月末。同僚検事が前田容疑者から伝えられた。同僚検事は公判担当検事2人とともに佐賀前副部長に報告、前副部長が大坪前部長に報告した。前部長は前副部長に、前田容疑者から改ざんが事実かどうか確認するよう指示した。捜査では、〈1〉前田容疑者が佐賀前副部長に改ざんが故意だったと認めたのかどうか〈2〉大坪前部長らが小林検事正らに事実を矮小化して報告したのかどうか――が焦点だ。

http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20100930-OYO1T00485.htm?from=top

犯人隠匿罪とは、以下の罪である。

第103条 罰金以上の刑に当たる罪を犯した者又は拘禁中に逃走した者を蔵匿し、又は隠避させた者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
つまり、罪を犯した者、と認識していたかどうかが成立要件とされる。
前田容疑者の改竄を、故意のものと認識していたか、過失によるものと認識していたか、である。
それにしても、不可解なじけんである。

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