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2010年9月 6日 (月)

江藤淳の『遺書』再読

江藤淳が自ら命を絶ったのは、1999年7月21日のことだったから、もう11年が過ぎたことになる。
この鋭敏な文芸批評家の死に接して、いろいろなことを考えた記憶がある。
遺書には次のように書かれていた。
雑誌(『文學界』9909)からのコピーであるが、不鮮明なので活字化したものを併記する。
 

江藤淳の遺書は、江藤淳名義のものが上記の1通とその他に江頭淳夫(本名)名義のもの3通があったという。
2
この江藤淳名義の遺書をどう読むか?
「諒」とするのかどうか?
とうぜん、人によってさまざまであろう。

当時の私は、「諒」としたいと考えた。
私は、男が齢を重ねれば、自らの判断で人生の終止符を自分の手で打ちたくなるような時があることを、自分の体験に照らして知っていた。
笹倉明『新・雪国』廣済堂出版(9907)の主人公・芝野の次のような述懐が他人事とは思えなかった。

人はいずれ死ぬ。例外なくいつかは死んでいくとすれば、一生の長短はその中身とくらべればあまり意味がない。大事なのは中身と、そして終わるときだ。それが最もむずかしい。死ぬと決めても、いかにして、という問題がある。それを解決できさえすれば、いつでもよろこんで死んでいける、と芝野は思った。みずから死を選ぶこと自体についてはさしたる抵抗はない。ちゃんと始末をつけることができるなら、それに越したことはないと思うけれど、遅かれ早かれいずれ滅びる命を潮どきとみさだめて、実行にうつすことができる人間はそうざらにはいない。狂気の果てに命を断つ者はいくらでもいるが、終わるべきときを自覚して、この世に別れを告げることができる者はやはり少数にかぎられるだろう。

「終わるべきときを自覚して、この世に別れを告げ」た人の心の中の動きについて、現に生きている人間が後から憶測して、あれこれ言ってみてもしょうがないような気がしたのである。

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