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2010年9月10日 (金)

牽牛子塚古墳は、斉明陵か?

牽牛子塚古墳が、斉明天皇陵である可能性が極めて高くなったという。

20100910k0000m040059000p_size5奈良県明日香村の牽牛子塚(けんごしづか)古墳(7世紀後半)で、墳丘を八角形に囲む凝灰岩の石敷きが発掘され、八角形墳と確認された。9日発表した村教委によると、石造埋葬施設の周りに巨大な切り石を立て並べ、墳丘表面も石で覆った特異な石造の古墳とみられる。八角形の墳丘は飛鳥時代の天皇陵の特徴で、斉明天皇が被葬者であることが確定的となった。牽牛子塚古墳は、巨大な凝灰岩をくりぬいた埋葬施設の横口式石槨(せっかく)が露出し、過去の調査で貴人に用いるひつぎ「夾紵棺(きょうちょかん)」などが出土していたが、墳丘の構造は未確認だった。
墳丘のすその発掘で幅約1メートル、深さ約20センチの溝の中に凝灰岩の切り石(長辺約40~60センチ、短辺約30~40センチ、厚さ約30センチ)を敷き並べているのが見つかった。石敷きは  9メートルの1辺と、135度の角度でつながる左右2辺の一部が確認され、墳丘を八角形に囲んでいることが分かった。八角形の対辺の長さは22メートルで、石敷きの外側の小石が敷かれた部分を含めると対辺32メートル以上。
日本書紀によると、斉明天皇は661年に死去。667年までに娘の間人皇女(はしひとのひめみこ)と合葬された。続日本紀は、陵が699年に修造されたと伝えている。
http://mainichi.jp/enta/art/news/20100910ddm001040027000c.html

斉明天皇は、名は宝。舒明天皇の皇后として、中大兄皇子(後の天智天皇)や大海人皇子(天武天皇)らを産2む。642年、舒明没後に即位(皇極天皇)。645年、大化の改新で蘇我入鹿らが滅ぼされると、弟(孝徳天皇)に 譲位したが、その死後の655年、再び皇位に就く(斉明天皇)。これが日本史上初の譲位であり、初の重祚とされる。朝鮮半島・百済救援のため福岡へ赴いて同地で没し、皇位は天智に引き継がれた。

左の系図に見るように、大化改新から白村江の戦い、壬申の乱など激動の時代の核に位置する女帝である。

斉明天皇の墓の候補としては、牽牛子塚のほか、近くの岩屋山古墳(7世紀中頃)、宮内庁が斉明陵に指定している約2.5キロ南西の車木ケンノウ古墳(奈良県高取町)が挙げられてきた。
車木ケンノウ古墳が指定されたのは幕末。「天皇山」という地名がついていたためだという。ただ、同古墳は未調査で実態は不明だ。岩屋山古墳も八角形墳の可能性があり、斉明天皇の没年に近いが、石室は1室しかない。牽牛子塚古墳は石室が二つに分かれた合葬墓で、調査現場に足を運んだ河上邦彦・神戸山手大教授(考古学)は「八角形の石敷きを見た瞬間、斉明陵で決まりだと思った。他に被葬者の候補は見当たらない」と話す。専門家のほとんどが同意見だ。

http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20100910-OYO1T00583.htm?from=top

宮内庁は、専門家の意見が確定的だとしても、天皇陵の比定を変える気配はない。

陵墓課の福尾正彦・陵墓調査官は「これで斉明陵が確定したとみなすのは難しい。興味深い古墳なので調査の推移は注視したいが、宮内庁として対応をとることはない」と静観の構えだ。
(読売新聞100910)

皇極(斉明)天皇は古代史の鍵を握る天智天皇、天武天皇の母親という重要な人物である。
このブログでも何回か触れた。
⇒2008年3月15日 (土):天智天皇…⑥系譜(ⅱ)母・皇極(斉明)天皇
⇒2008年3月16日 (日):天智天皇…⑦系譜(ⅱ)母・皇極(斉明)天皇(続)
⇒2008年1月29日 (火):持統天皇…(ⅱ)関裕二説②
⇒2008年1月15日 (火):砂川史学…①大海人皇子(1)
⇒2009年10月 3日 (土):近江は「天ざかる夷」なのか? 
⇒2008年10月25日 (土):小林惠子氏の高松塚被葬者論…①天智・天武非兄弟説

20100910dd0phj000004000p_size5と共に、不思議な女帝でもある。
現在までに重祚した天皇は二人しかいない。
皇極-斉明と孝謙-称徳である。
長野市の善光寺の『善光寺縁起』には、地獄に堕ちたという伝説が残されている。
そして、『日本書紀』には、斉明(皇極)天皇が鬼につきまとわれたという不可解な記述がある。
梅澤恵美子『女帝 古代日本裏面史』ポプラ社(0707)
これらの意味することは何か?

皇極(斉明)天皇の実像をはっきりさせることは、古代史の霧を晴らすための必須要因である。
この重要な天皇の陵墓を、曖昧な状態にしておく宮内庁のような態度が妥当な措置といえるだろうか?
疑問が残る。

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