戦後史と“家族の絆”の行方
私たちは、配偶者、親子、兄弟・姉妹、祖父母、孫などに、特別の感情を抱く。
いわゆる家族であり、その他の人たちとは差異のある存在だと思っている。
その根源になにがあるのかはよく分からないが、「家族の絆」とでもいうべきものがあって、それが家族を結びつけているのだろうと思う。
私がリハビリの歩行訓練をする道沿いの水辺に、「絆」と題する像が設置されている。
いわゆる“ふるさと創生事業”の一環として制作・設置されたものである。
そういえば、典型的な“バラマキ”政策であるこの事業は、現在、どう評価されているのだろう。
見たとおり、若い母親がみどりごを抱きかかえている。
みどりごの手は、母親に向かって、何かを求めるように伸びている。
母親の目は、慈愛に満ちてみどりごを見つめている。
私にとっての「家族の絆」の原像である。
毎日のように、行方不明高齢者や幼児虐待などのニュースが報道されている。
「家族の絆」はどうなってしまったのか?
平均寿命と1人当たりGDPという指標で見る限り、わが国は長寿と「豊かな社会」を実現した。
⇒2010年8月16日 (月):天皇の戦争責任について
国敗れて以来65年、荒廃した山河に、いまや敗戦の痕跡を見出すのは難しい。
倉本聡さんのTVドラマ『帰国』(旧字体を使用)が、8月14日放映された。
http://career.oricon.co.jp/news/77195/full/
8月15日終戦記念日の深夜、静まり返った東京駅のホームに、ダイアには記載されていない1台の軍用列車が到着。そこに乗っていたのは60余年前の戦争中、南の海で玉砕し、そのまま海に沈んだ英霊達。彼らが現代によみがえった目的は、平和になった故国を目撃すること。そして、かの海に漂う数多の魂にその現状を伝えること。永年夢見た帰国の時、故国のために死んだ彼らは、現在の日本に何を見たのかを描く。
私たちの獲得した「長寿」や「1人当たりGDP」によって、果たして現在の日本は、“英霊たち”の期待に応え得ているのか?
“英霊たち”は、満足しているのか。
私は、どこかでボタンを掛け違えたような、チグハグな感じを拭えない。
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コメント
今日の新聞で、死んだ(104歳)母親の骨を砕いて、リュックに入れて家を出た長男の記事を読みました。
背景に生活の困窮があった、と書かれてありました。
貧困の中で死に往く老いた母も可哀想、死体となった母親を見て、誰に何を云う ~ 聞いてもらうでもなく、十年近く生き続ける子の寂しい心も、気の毒で堪らない と、私は思います。
これが、日本で起きていることなんだ、と、そういうことが又、私にはショックです。
日本がこんなにも貧しい国であるということを、一体、どの位の人が認識しているでしょうか。
政治と社会とマスコミと、みんなが不誠実ではないかと、つくづく感じてしまいます。
投稿: 重用の節句を祝う | 2010年8月22日 (日) 14時23分
重陽の節句を祝う様
コメント有り難うございます。
まったく痛ましいニュースが続きますね。
そんな日本を変えようという思いが、1年前の政権交代の原動力だったのでしょうが、民主党政権の1年間には失望している人も多いでしょう。
私にもできることは何かを考えてみたいと思います。
投稿: 管理人 | 2010年8月23日 (月) 02時35分