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2010年8月 7日 (土)

知的生産者たち/梅棹忠夫さんを悼む(18)

日経新聞100730夕の「追想録」欄に、梅棹忠夫さんがとりあげられている。
中沢義則編集委員の署名記事である。
記事は、石毛直道さんから贈られた梅ジャムの話題から始まっている。
石毛さんは、梅棹さんが、人文科学研究所の助教授時代にはじめて採用した助手である。

石毛さんは、『梅棹忠夫著作集』の編集委員長のほか、民族学博物館の館長を務め、文字通り梅棹さんの直系の人である。
梅棹忠夫に挑む』中央公論新社(0812)を、小山修三さんと一緒に編集している。
同書は、梅棹さんの米寿を記念するシンポジウムの記録であり、シンポジウムでは、石毛さんがイントロダクションを担当したとある。石毛さんは梅棹さんの生涯を、次のように振り返っている。

山を愛し、未踏の地に挑む探検家だった。学問の世界でも人が踏み分けていない領域を切り開く。知の探検家であリ続けた

梅棹忠夫さんの数多い著作の中でも、『知的生産の技術』岩波新書(6907)ほど、世の中全般に幅広い影響を与えたものはないであろう。
「NPO法人知的生産の技術研究会」のHPに次のように書かれている。

1969年に発刊された梅棹忠夫先生の名著『知的生産の技術』(岩波新書)の影響を受け、1970年に八木哲郎前理事長は「知的生産の技術」研究会を結成しました。

八木哲郎さんが、「梅棹忠夫著作集 月報15」(9202)に、「私の運命を変えた一冊」という文章を書いている。
八木さんは、1968年に大宅壮一氏の主宰していた大宅マスコミ塾に入塾した。
漠然と、マスコミの大家たちの物書き術の勉強法を教える学校のようなものをやりたいと考えていた考えていた八木さんは、『知的生産の技術』を読んで、直ちに反応した。
そして、書名を無断借用して、「知的生産の技術」研究会をスタートした。

梅棹さんが、岩波書店の『図書』の「続・知的生産の技術」で同会のことに触れていることを知り、八木さんは京都に駆けつけ、無断借用を詫びた。
梅棹さんの反応は、「べつに商標登録しているわけではないからそんなことは構いませんよ。大いにおやりになったらよろしい」。

同じ「月報」に、山根一眞さんも「怖いフレーズ」という文章を寄せている。
山根さんは、「山根式袋ファイル」などのユニークな情報整理法で知られる。
山根式袋ファイルは、京大型カードに挫折した山根さんが編みだしたもので、いわゆる角2の封筒を利用した情報整理の方法で、私も参考にさせていただいている。

山根さんが梅棹さんと面談した際、京大型カードに挫折した経緯を白状した。
梅棹さんは、「そうや、それでええのや」と答え、「それにより、各人が自分なりに情報整理とはどういうものかを学ぶことに意味がある」と話したという。
山根さんは、梅棹さんの懐の深さに感じ入っている。

NPO法人知的生産の技術研究会の現在の理事長は、久恒啓一多摩大学教授である。
久恒さんは、図解の技法の開発と普及に精力的に取り組んでいる。
多摩大学では、学長室長として、寺島実郎学長の補佐役である。
多摩大学のHPは、久恒さんの主導で(おそらく)、図解型にリニューアルされている。
久恒さん自身のHP(http://www.hisatune.net/)は、図解満載で、アクセス数も多い。

日経新聞の『追想録」では、石毛さんと並んで久恒さんへの次の言葉が紹介されている。

梅棹先生は学者の専売特許だった知の世界、学者の秘技とされていた知的生産を一般に解放した革命家だった

秘書の目を通して、京大人文科学研究所時代の梅棹研究室の様子を記録しているのが、藤本ますみ『知的生産者たちの現場』講談社(8402)である。
この本の「あとがき」に、出版社の編集者から聞いた面白いエピソードが書かれている。

執筆者が東大系の先生方の場合は、編集者の仕事は、わりに簡単だというのです。つまり、どなたか大先生おひとりにおねがいして、親分の“おゆるし”をいただきますと、あとはお弟子さんのひとりひとりをたずねてまわらなくても、執筆をひきうけてもらえるのだそうです。
ところが、京都ではそうはいきません。教授の先生がおひきうけになっても、それはその先生ひとりがOKしたということで、若い先生がたにも、執筆者ひとりひとりの承諾がなくてはかいてもらえないというのです。京都は、いわゆる親分・子分的な人間関係でうごいている社会ではないからでしょう。

私が知る限り、必ずしも全部が全部そうとは言えないようであるが、少なくとも人文研の雰囲気の一部を伝えているのだろう。
知的生産の技術』の刊行当時と最も変化したのは、文書を書くツールではないか。
同書では、「ひらがなタイプライター」に力点が置かれている。
そして、せめてカタカナが欲しいと書いている。
いまのかな漢字変換のワープロソフトのありさまからすれば、想像しにくいが、半世紀近くの間の目覚しい技術革新である。
乾電池で駆動する「ポメラ」は、インターネット(クラウド)環境が利用できないときも、知的生産を可能にする「いつでも、どこでも」を実現した文書作成ツールである。
⇒2010年8月 5日 (木):障害者に優しいツール:ポメラ/中間報告(10)

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