« 夫婦同姓VS夫婦別姓 | トップページ | “家族の絆”は弱まっているか? »

2010年8月24日 (火)

夫婦の姓と家族のアイデンティティ

私は、どうしても夫婦別姓でありたいと願う夫婦がいるならば、別姓を可能なように法律を変えてもいいと思う。
しかし、なぜ同姓だとイヤなのか?
いまいち納得的でない。
多分、問題は家族観の根底に触れるテーマだろう。

現在の法律では、婚姻に際し、夫の姓か妻の姓を選択することになる。
つまり、夫か妻のいずれかが改姓しなければならない。
そして、現実には9割以上は夫の姓を選択している。
それが法律を改変しなければならない程不合理なことか?

現実に9割以上が夫の姓を選択している。
そのこと自体が、男女平等の原則に違背する?
しかし、夫の姓を選択するのは結果であって、それを強制するものではない。
どちらかの姓を選択することが強制されているだけであって、どちらを選ぶかは自由である。

改姓すると、それまでの実績(人事考課、社会的評判など)が途絶えることが、不利益だということが反対の理由の1つである。
しかし、実績はあくまでその「人」のものであって、「姓」に依存するものではないはずだ。
例えば、通称として旧姓を使っている人もいる。
それで解決するなら、積極的に通称を使えばいいだろう。

健康保険証や運転免許証は、当然戸籍上の姓を用いることになる。
それが不便だ、ということもあるだろう。
しかし、基本的には、説明すれば事足りる問題ではないか。
それ位の不便さは受忍すべき範囲だろう。

姓は、英語のfamily nameに相当する。
夫(もしくは妻)のfamilyとみなされることがイヤなのか。
しかし、結婚とは、本来新しい家族を形成するものである。
姓が家族のアイデンティティを表わすものとしたら、結婚した夫婦が同姓であることの方が自然ではないか。

新しく第三の姓を選択して、夫婦共にそれを使うということも考えられる。
いわば、創氏である。
しかし、共に改姓することになり、姓の出自を表示するという性質が失われるし、改姓の不利益が2人に発生することになる。
現実的な方策とは言い難い。

改姓することによって、今までの自分のアイデンティティが失われるからか?
結婚とは、もともとそういう性格のものであろう。
今までとは異なるアイデンティティを選択するということである。
夫婦が個人とは異なるのは当たり前である。

私には、別姓にしたい、あるいはすべきである、という積極的な理由は分からない。
どちらかといえば、同姓派である。
しかし、どうしても別姓のままいたい、という夫婦はそうすればいいと思う。
別姓に賛成するわけではないが、そうできるように改変することにも積極的に反対はしない(消極的賛成?)、という立場である。

|

« 夫婦同姓VS夫婦別姓 | トップページ | “家族の絆”は弱まっているか? »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/395349/36250229

この記事へのトラックバック一覧です: 夫婦の姓と家族のアイデンティティ:

« 夫婦同姓VS夫婦別姓 | トップページ | “家族の絆”は弱まっているか? »