感覚情報産業について /梅棹忠夫さんを悼む(14)
梅棹忠夫さんは、「農業→工業→情報産業」という産業の発展の法則性を、生物進化の過程とのアナロジーで捉えた。
しかし、「内胚葉産業→中胚葉産業→外肺葉産業」という図式は、生物学の素養が不十分な者にとっては、いささか分かりづらい。
「情報産業論への補論」(『梅棹忠夫著作集 第14巻 情報と文明』中央公論社(9108)所収)を参考に、動物の「発生」について、もう少し詳しく見てみよう。
「発生」は、受精卵が成体なるまでの経過である。
受精卵は、細胞分裂を重ねて、しだいに1つの生物体としての形態を形成していく。
受精卵の細胞分裂は卵割とよばれるが、卵割をくりかえして、やがて表面に小細胞がならんだ中空のボール状になる。
そのうちに、球の一方の側がへこんで陥入する。
そして、陥入した方を内側に、ボールの表面を外側にして、筒状が形成される。
外壁が外胚葉になり、内側が内胚葉になる。
発生がすすむと、外胚葉と内胚葉の間に別の細胞群があらわれ、中胚葉を形成する。
内胚葉からは、消化器官系が形成される。
中胚葉からは、筋肉、骨格、循環器官系、血液などが形成される。
外胚葉からは、脳神経系、皮膚、感覚諸器官が形成される。
この三胚葉の分化と、人類史における産業発展の三段階が対応する、というのが「情報産業論」の趣旨である。
人間の五感にうったえかける情報を感覚情報とするならば、それを産業化したものは、感覚情報産業とよびうる。
たとえば、音楽であり、映像である。
音楽や映像が大きな産業を形成しているのは分かりやすい。
味覚もまた感覚情報の一種である。
食事の問題は、栄養の問題として捉えられやすい。
特に、生活習慣病対策が喧伝される昨今は、運動と栄養が問題にされる。
かくいう私も発症以来カロリー・コントロールを続け、10kg程度の減量を維持している。
しかし、すべての食物が、カロリーだけでなく味をもっている。
外胚葉に由来する味覚器官がその情報を受信する。
肉や魚貝類は、動物性タンパク質というカロリー源であると同時に、感覚情報のメディアである。
新聞や雑誌が紙という物質のうえに情報をのせて伝達するように、味覚情報は食物という物質的媒体にのせて伝達される。
被服も食物と同様である。
消費者は、布地や繊維を買うのではない。
布地のうえにのせられた色彩、模様、デザインなどの感覚情報を買うのである。
ファッションビジネスは、明らかに感覚情報産業である。
しかし、もっとも権威のあるファッションビジネスの業界紙の名前は、「繊研新聞」である。
特定の感覚器官だけでなしに、全身の身体感覚(体験情報)も産業化されている。
自動車の乗り心地などは、このような体験情報といえよう。
そういう意味では、デザインの問題を含め、自動車産業も単なる製造業ではなく、感覚情報産業の要素が大きい。
特に、差別化要素において、感覚情報のウェイトが高いといえよう。
観光産業もまた体験情報産業の一種である。
風光をめで、名所旧跡をたずねることは、体験情報を享受することに他ならない。
スポーツやイベントなども同様である。
あるいは、健康産業もそうであろう。
そういう意味では、現代の多くの消費行動が、感覚情報の享受として支出されている。
しかし、消費支出をこのような観点で集計したデータは未だ存在しないのではなかろうか。
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