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2010年6月

2010年6月30日 (水)

ロボットによる脳進化の理解

「脳」は、どのような仕組みになっているか?
脳梗塞という現実に直面している私にとって、まことに興味深いテーマである。
しかし、おそらくは複雑系の極みともいうべき現象であるから、一筋縄では捉えられないであろうということは想像に難くない。
アプローチの方法は様々に考えられるが、その1つがロボットにより脳の進化の過程を再現しようとするものである。
赤ちゃんロボットも、その試みであろう。

しかし、はたして、脳のはたらきと同じはたらきをするモノを人工的に作り出すことができるであろうか?
あるいは、現在の最先端のロボットは、どの程度脳に近づいているのであろうか?
fMRI等の活用により、脳の部位と作用の関係については、一定の関係が明らかになりつつある。
fMRIによる研究の概要は以下の通りである。
http://www.baic.jp/fmri_j/main.html 

fMRIとは?
 fMRIの"f"は"functional"(機能的)、"MRI"は"Magnetic Resonance Imaging"(磁気共鳴画像)を示しており、 fMRIとは磁気共鳴画像装置を用いた機能(特に脳機能)についての研究を意味します。
どうやって脳の機能を研究するのか?
 MRI装置の中で被験者が所定のタスクを行い、 タスク中の脳を高速撮影を用い計測することにより、 そのタスクと関連した脳の部位を推定します。 脳の活動状態を撮像するため、 脳神経細胞活動と関連した生理現象を利用しますが、 血液の酸素飽和度と緩和時間の関係を利用したBOLD法が最も有名です。
BOLD(Blood Oxygen Level Dependent)法
 脳活動に伴い賦活領域において血流が20~40%増加します。 神経細胞において酸素と結合したヘモグロビン(酸化ヘモグロビン)が還元され還元ヘモグロビンとなるのですが、 血流の増加に対し酸素消費量は5%しか増えないことから、 静脈中の酸化ヘモグロビンの量が相対的に増加することになります。 また、酸化ヘモグロビンは還元ヘモグロビンに比べ磁化されにくいため、 賦活領域では磁化率が減少し、磁気共鳴信号の強度が変化します。 タスク実行時と安静時の画像を比較し、 磁気共鳴信号の変化を統計的に分析することにより、 脳の活動部位を推定することが出来ます。

たとえば、脳のこの部分を損傷すると、言葉を話すことに障害が起こる、等の関係が解明されてきている。
しかし、脳の場所の作用の理解が進んでも、機能や情報処理の仕組みが分かったことにはならない。
脳の機能や情報処理の仕組みを理解するためには、最も端的には、同じはたらきをするモノを作り出せばいいだろう。

そのための1つの考え方として、「見まね」ロボットがある。
「見まね」ロボットとは、ロボット自身が、センサーにより人の動作を観察し、身体の動かし方を学習していくものである。
おそらく、幼児の発達過程は、このような「見まね」のプロセスによるものであろう。
しかし、このような「見まね」で、例えば「言語」のような高次機能を本当に獲得できるものだろうか?

最近の研究では、運動などの低次機能と言語などの高次機能は、脳の別の場所で独立して行われるのではなく、低次機能の転用により高次機能を引き出しているのではないかと推測されているという。
そして、脳もまた、脳として独立しているのではなく、身体と環境の相互作用の影響を受けるのだという。

幼児が言語を獲得するとき、語彙の意味をどのように理解するのであろうか?
例えば、「ゾウさん」と「ウサギさん」の違いは、絵本等で、色や形を識別しているのであろう。
しかし、より微妙な、例えばすべり台をすべり降りている行動を、スベッテイルという移動の仕方を示す言葉と、オリルという移動の方向性を示す言葉の複合として理解するのは、どのようなことを手掛かりとして行うのであろうか?

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2010年6月27日 (日)

赤ちゃんロボットと認識の発達過程

山椒魚戦争 #岩波文庫#』(栗栖継訳 (1978)の作者カレル・チャペックは、「人造人間」を意味する「ロボット」の造語者として知られる。
チャペックが、『R・U・R(エル・ウ・エル)』において、「ロボット」という言葉を使用したのが1920年。
爾来90年。ロボットという言葉は、ますます広範に用いられるようになっている。
「ロボット」の進化の軸として、次の2つが考えられる(2010年5月23日 (日):「恐竜の脳」の話(4)山椒魚 )。
1.産業用ロボット
2.人間の各種の活動の本質を理解しようとする試み

現在は、ロボットの進化において、進化の系統樹の幹の部分が生まれつつある時代だ、と言われる(立花隆『ロボットは「脳進化」の夢をみるか』<「現代0306」所収>)。
Photo
分類は別として、最近、ちょっと興味をひくロボットの開発が報じられた。
大阪大、東京大などのチームによる『Noby』である。
ノビーは、身長71センチ、体重7.9キロで、生後9カ月の乳児の平均値と同じ骨格と運動能力を持つものである。
http://sankei.jp.msn.com/science/science/100611/scn1006112259002-n1.htm 

視覚、聴覚に加え、ウレタン製の柔らかい皮膚には全身に600個のセンサーを備えているため、触覚もある。
スタッフに抱かれたノビーは、人形に触ろうとしたり、じっとしているのに飽きて手足をもぞもぞ動かしたりと、かわいらしい赤ちゃんぶりを発揮するという。
乳児型ロボットは、運動と認知機能が劇的に発達する生後9カ月の時期に乳児がどんな感じ方をするか、どんなふうに好奇心を持つかなどを調べるシミュレーションを目的として開発された。
研究総括の大阪大学大学院、浅田稔教授は「人間の学習・発達メカニズムの深い理解につながる」と話している。
100611

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2010年6月17日 (木)

「恐竜の脳」の話」(4)山椒魚(続)

2010年5月23日 (日):「恐竜の脳」の話(4)山椒魚 の続き

山椒魚の「量」の増大によって(つまり、勤勉な労働力の増大によって)、人間は、生産と消費の活動レベルを高め、偉大な時代を迎えることになる。
山椒魚の取引に関して、ロンドンにおいて会議が開かれた。
テーマは、たとえば以下のようなものである(全部で37条項)。
・自国の山椒魚を、他国の領海内に送りこまないこと
・自国の山椒魚と他国の山椒魚とのあいだに、衝突が起こった場合に、ハーグの国際法廷に調停をゆだねること
……

山椒魚をある種の比喩と考えると、そのまま今の国際関係を表しているかのようである。
続けて、以下のような文章が続く。

これ(前記の37条項)に対して、いくつかの条項が否決されたが、それは、海洋諸国は、自国の山椒魚に軍事教練を課さない義務を負う、という英国の提案、山椒魚を国際化し、世界の水域の調整をその任務とする国際山椒魚事務局の管理下におくべきである、というフランスの提案、すべての山椒魚には、その所属する国家の焼き印を押すべきである、というドイツの提案、海洋国には、それぞれ一定の比率による数の山椒魚のみが割り当てられるべきであるという、もう一つのドイツの提案、山椒魚の過剰になやんでいる国にも、移住用の新たな海岸、もしくは海底の土地が割り当てられるべきである、というイタリアの提案、山椒魚(生まれつき黒い)に対する国際委任統治は、有色人種の代表として日本がおこなうべきである、という日本の提案であった。

何の予備知識もなしに読むと、国辱と受け取られかねない表現である。
しかし、作品が書かれた1936年という年を、次のような出来事の中に位置づけてみると、「大日本帝国」に対する痛烈な皮肉であることが分かる。

1931年9月:満州事変
1932年3月:「満州国」建国
1933年3月:国際連盟脱退
1936年2月:二・二六事件
1937年7月:廬溝橋事件、日中戦争始まる
いま振り返ると、坂道を転がるように、泥沼へ向かってつき進んでいた時代であった。

ロンドン会議の成果は、次のような新聞論評として語られている。

……ロンドン協定の条文にもられている山椒魚問題の非政治化こそ、世界平和を保証する、最も重要な前提条件の一つであることを、われわれは強調しておこう。とりわけ、山椒魚の非武装化は、種々の国家間に起こりうる海底紛争の可能性を少なくする。
ほとんどすべての大陸で、国境ならびに権力をめぐる紛争が、頻発しているにもかかわらず、少なくとも海の側からは、世界平和をおびやかす重要な脅威がぜんぜんないことは、事実である。……

何となくデジャビュ(既視感)を覚えるような文章であるが、現実は、シーレーン(sea lane)という言葉が古語になっていないように、海をめぐる国際紛争は絶えていない。
『文明の海洋史観』の著者であるわが静岡県知事・川勝平太氏は、この作品をどのように読んだであろうか?

佐藤優氏は、次の文章も、日本人に対する皮肉であるという。

山椒魚は外国語を、比較的気楽にそして熱心に学ぶのだが、彼らの言語能力には、奇妙な欠陥があった。それは一つには、発声器官の構造によるものであり、一つには、どちらかというと、心理的な原因によるものだった。たとえば、彼らは多音節から成る長い単語を発音するのが困難で、一音節にちぢめようとし、短く、すこしばかり蛙の鳴くような声で発音した。rと発音するところをlと発音し、歯擦音の場合は、心持ち舌たらずだった。文法上必要な語尾を落としたし、「私」と「われわれ」の区別が、どうしても覚えられなかった。彼らには、ある単語が女性であるか、男性であるかは、どうでもいいことだった(交尾期をのぞいて、性的に淡泊であることが、こういうところに現れているのかもしれない)。

確かに、言われてみれば思い当たる。というより、思わず膝を打ちたくなる気がする。
佐藤氏は、これを、平均的欧米人の日本人に対する偏見が、さりげなく埋め込まれているのだ、という。
確かに、上記の描写は、秀抜であると同時に侮蔑的である。
私も、血圧対策としてすっかり「草食系」 にならざるを得ないのだが、やはり「肉食系」に比べれば、日本人は本来的に性的に淡泊になのだろうか。

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2010年6月 6日 (日)

闘病記・中間報告(8)/退院(3)

患者の症状は各人各様であり、リハビリの効果の発現にも一般的な法則性はないといっていいでしょう。
しかし、「本人の意欲」がリハビリのキーファクターであることは疑い得ません。
その点で、問題と思われるのは、TVの影響です。

TVは、入院患者にとっては唯一のともいうべきメディアです。
しかし、TVは受動的なメディアであり、番組の内容も、脳にとってプラスとは思えない娯楽番組がほとんどです。
かつて大宅壮一氏が、「一億総白痴化」と評したことがことが思い起こされます。
もちろん、日刊紙は何種類か閲覧できるようになっています。
しかし、新聞を読む患者は、限られています。

患者の多く、特に耳の遠くなった人は、往々にして大音量でTVを視聴しています。
もちろん、入院時に渡される「入院の心得」には、イヤホーンを使用のこと、と明記されています。
しかし、急性期の病院とは異なり、その辺りのコードは緩く、患者の自己判断に委ねられています。

もちろん、回復期リハビリ病院はそれなりでいいとは思いますが、少なくとも消灯後には音も消すべきでしょう。
中には、TVを点けっ放しで寝入ってしまう人もいます。
私は、一貫して4人部屋で生活しましたが、このような時には、個室の方がいいかな、と思ったりします。
しかし、4人部屋には、他者がいること自体が刺激や緊張の原因になりますから、私のような人間には、差額料金の問題は別としても、大部屋の方が適していたように思います。

患者は、脳機能の強化が課題のはずです。
私自身は、脳機能の損傷がどの程度のものか、未だに評価不能ですが、影響がないとは考えられません。
加齢による機能低下を考えれば、こんな程度かと思います。
しかし、運動機能も脳の指令によるものであると考えると、可能な限りメンテナンスすべきであると思います。
そのため、私は、「漢字の書き取り」と「数独」は、継続的に行いました。

「漢字の書き取り」は、右手がマヒしているため左手で行いました。
最初はSTの「漢字の練習」という教材により、一通り終了した後は、名句を書き写したりしました。
もちろん、俳句自身を学ぶ境地には至りませんが、訪れた土地への挨拶句などは、旅行気分を味わえるとも言えます。
そもそもの目的である「漢字の練習」の字は、イマイチ上手にはなりませんでしたが、必然的に楷書で書かざるを得ないため、右手のクセ字より読みやすいとのことです。
また、箸の使い方は、大概のモノは食べられる程度に上達しました。

「数独」は、ナンプレ(ナンバープレイス)と呼ばれる数字です。
9×9=81マスに1~9の数字を重複しないように入れ、タテ・ヨコ・ナナメの合計がいずれも55になる一種の魔法陣です。
ただ、3×3=9の細分されたマスの中でも同じ数字を使わない、というごく簡単なルールです。
1~9の1桁の数字、つまりシングルを対象とします。
つまり、独身の数字というわけです。

あらかじめ置かれている数字の数と配置により、難度が異なってきます。
新聞や雑誌などの息抜きのコーナーとして掲載されていることが多いので、目にした人は多いと思います。
しかし実際にやってみたことのある人は、案外少ないようです。
「数独」に関する限り、発症前と同程度のレベルのように思います。
つまり、余り大きなダメージは受けなかったのではないか、と自己診断しています。

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2010年6月 4日 (金)

闘病記・中間報告(7)/退院(2)

退院はしたけれど、別の病院への通院、今までお世話になった方々へのとりあえずの御礼、これからの生活を過ごしやすくするための日常環境の整備などまだまだバタバタしています。
本の整理をするにも、右手が全廃状態なので、想像以上に時間がかかります。
これからの生活はslowなものとならざろる得ませんが、それでもpositiveにしたい、と思っています。

入院中の過程で、私なりにエポックと考えられることを挙げてみます。
一つは、車いす歩行から自立歩行へ移ったときです。
車いす時代と比べると、明らかに目線が変わります。
赤ちゃんがハイハイからアンヨができるようになると、飽きることなく歩きたがりますが、その気持ちがよく分かります。
直立二足歩行こそ、進化の過程においても個体の発達においても画期であることからして、人間性の本源に係るものであり、リハビリ過程においても重要なエポックであることは間違いないところと思います。

二つ目は、介助入浴から自立入浴への移行です。
私の入院していたリハビリ病院では、介助入浴は、週に2回に限定されています。
急性期の病院で、クレーンに吊されて初めて入浴させてもらったときにはとても感激しましたが、介助入浴は介助者に大きな負担を強いるものです。
それだけに、入浴させてもらう側も遠慮がちにならざるを得ません。
自立入浴の可否は主としてOTが判定しますが、着替えやタオルなどをもって浴室まで歩いて行け、着替えを一人で行うことができ、浴室で身体を洗って石鹸等を洗い流し、浴槽へ安定的に移る。
結局、入浴という動作は、ADL(日常生活動作)の集大成ともいえます。

自立入浴者の割合は、入退院の状況によって変わりますが、私の見たところ、入院患者全体の2割未満、時には1割程度に過ぎないでしょう。
私がいた病室は4人部屋でした。
同じ病室には、概して状態の近い人が割り当てられるのですが、私だけが介助入浴だった時期があります。
自立入浴の人が毎日入浴できるのを羨ましく眺め、自立入浴を目指して頑張ろうという気になります。

入浴は、衛生上の問題は別として、リハビリの上で大きな効果があると考えられます。
全身の血行を良くし、疲労の回復効果があることは、よく知られていることです。
しかも、私の入院していた病院は、温泉を利用したものです。
温泉療法は、因果関係が必ずしもはっきりしていないようですが、昔から「湯治」などが広く行われていることからして、温泉には何らかの心身に対する癒しの効果があるはずです。

第三は、外泊ができるようになったことです。
私の場合、自宅復帰が当面の課題でしたので、実際に家で生活してみることは、そのときどきの課題発見に繋がりました。
病棟と実社会では、さまざまな条件が異なります。
たとえば、病棟の中は、平坦で障害物も少なく、対人歩行者は、それぞれ気を遣ってくれます。
また、エスカレーターというような文明の利器もありません。

外泊訓練について、最初の2、3回は、遠慮がちでした。
特に、家族は、何かあったら大変という思いもあったと思います。
しかし、外泊訓練によってこそ、病棟では体験できないリアルな社会に触れることができると気づいてから、臆することなく外泊願を出して積極的に自宅に帰り、可能な範囲で家の外に出ました。
外泊については、1月あたり3泊4日程度という内規があります。
また、家庭の事情によっては、外泊が簡単にできない場合もあります。
しかし、家庭の側の環境に支障がないならば、積極的に外泊をすべきでしょう。

私が幸いだったのは、言語障害が比較的軽度で、家族、病院のスタッフ、他の患者等とのコミュニケーションが、曲がりなりにも可能であったことです。
私は、本来話すことが得意ではありません。
もちろん、気の合う友達と、談論風発というような楽しみは知っています。

入院患者の中には、ほとんど喋ることができない人もいます。
脳血管障害(脳卒中)によって、後遺症として失語状態になった人がいます。
加齢の患者の中には、認知症的な人もいます。
病状は百人百様ですが、これらの症状の人は他人とのコミュニケーションにハンディキャップを負わざるを得ません。
言語療法(言語聴覚士)の果たす役割は大きいはずです。

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2010年6月 1日 (火)

闘病記・中間報告(6)/退院(1)

5月29日(土)に、リハビリ病院を退院しました。
昨年の12月23日に、救急病院に入院して以来、約160日になります。
発症当初は、まったく想定外の事態に狼狽してしまい、情動も不安定でしたが、家族を始め、多くの方々に励ましていただき、何とか退院の日を迎えることができました。
取り急ぎ御礼申し上げます。

転院当初はずいぶん長い間のことになるんだなあ、と覚悟を決めざるを得ませんでしたが、過ぎてしまえばアッという間の出来事のように思います。
まさに「夢幻」の如くなり、という感じです。
しかし貴重な時間を費やしたのは事実ですから、この経験をムダにせず、いささかなりとも今後の「湧源性」の発現に役立てるようにしなければならない、と思いを新たにしています。

もちろん、退院と言っても元通りになったわけではなく、これから後も、外来の患者としてリハビリを続けることになります。
どこまで回復できるかは分かりませんが、今現在は、確実に改善途上であることを実感していますので、「倦まず弛まず」を実践したいと思っています。
もっとも、「倦まず弛まず」は、私が一番苦手としていることですから、気を引き締め直して取り組むことが必要なことも理解しています。

リハビリの過程は、典型的な学習過程です。
できることを積み重ねながら、次第に、できなかったことをできるようにする。
日々の効果は、具体的には実感できないものです。
しかしながら、ピクリともしなかった右足が、いつしか2足歩行が可能なまでに回復しました。
足に比べると、手の回復はずっと緩やかです。
手の筋肉すなわち動きが、足よりもずっと繊細であることの反映ですが、手も少しずつですが回復しています。

学習一般がそうであるように、リハビリには、プラトー(plateau:高原)と呼ばれる時期があります。
いわゆる足踏み状態です。
弁証法でいう「量質転化」に相当するものでしょうが、新しい動きの質を獲得するためには、一定の量の繰り返し練習が必要というわけです。
プラトーの時期をいかに我慢するかは、リハビリに限らず学習上の重要なポイントです。
これからもプラトーの時期はあるでしょうが、「リハビリは裏切らない」を信じて努力を続けるつもりです。

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