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2010年5月

2010年5月23日 (日)

「恐竜の脳」の話(4)山椒魚

山椒魚という動物がいる。
「魚」という字が使われているが、生物学的な分類においては、「魚類」ではなく、「両生類」と呼ばれている。
「両生類」とは、以下のような生物である(広辞苑)。

脊椎動物の一種。魚類と爬虫類の間に位置し、多くは卵生であるが、胎卵生のものもある。変温動物。皮膚は柔らかく湿っている。一般に四肢があって、前肢に2~4指、後肢に2~5趾を有する。普通、幼時は鰓があって水生だが、成長すると鰓が消失して肺を生じ、陸生となる。アシナシイモリ目(無足類)サンショウウオ目(イモリ・サンショウウオ・オオサンショウウオなど。有尾類)、カエル目(無尾類)などに分ける。両性綱。

つまり、私の主治医の西大條先生の説で言うならば、恐竜以前の「古い脳」(だけ)の持ち主である。
両生類というのは、名称からして何やら怪しげ(両義的)であり、ナニカを象徴するにふさわしいように思う。

「山椒魚」という言葉によって、チェコの作家カレル・チャペックの『山椒魚戦争 #岩波文庫#』(栗栖継訳 (1978)を想起する人がいるだろう。
私は、チャペックの名前は、「ロボット」の造語者として記憶にあったが、「文藝春秋1005」に掲載された佐藤優氏の「古典でしか世界は読めない 第4回「イルカ、マグロ、山椒魚」によって、この作品を知った。

チャペックは、戯曲『R・U・R(エル・ウ・エル)』(1920年)において、「人造人間」を意味する言葉として、ロボット(robot)を使用した。
『R・U・R』とは、「Rossum's Universal Robots」の略であるが、robotは、ギリシャ語arbeit=働く、から転じたチェコ語のrebotaを語源としているということである。
『R・U・R』の概要は、労働者の代役として安上がりで文句を言わないロボットを作ったが、数の増えたロボットに人間が滅ぼされる、というもので、「科学技術の発達は、本当に人間に幸福をもたらすのか」という問題提起の作品である。

ロボットは、今では、人間の代役をするモノという共通性のもとに、世界的に用いられているが、人間のどの部分に着目するかによって、その性質はさまざまである。
ロボットの進化の軸としては、次の2つを挙げることができる。
第一は、産業用ロボットといわれる分野である。
この場合、形態的な面での人間との共通性は捨象されるが、廉価な労働力という意味では、チャッペックの意図に近い。
工業生産において、いわゆるオートメーションを推進する基盤として幅広く利用されると共に、放射能など危険な用途や各種の連続運転などの特殊な用途においては、人間の限界を超える働きをする。

第二は、人間の各種の活動の本質を理解しようとする試みである。
人間だけが飛躍的に発展させ得た脳の働きを、シミュレーションすることにより、理解を深めることを意図している。
特に、高次脳機能といわれる推論や感情の問題の解明に寄与することが期待される。

上述のように、ロボットは、チャペックが意図したように、あるいはチャペックの想定を越えて、「科学技術の発達」の象徴でもある。
「科学技術の発達」といえば、現代社会に生きる我々は、直ちに原子力のことを思い浮かべるであろう。
原子力のエネルギー源としての重要性は、いまさら言うまでもない。
特に、二酸化炭素を排出しないので、地球温暖化対策の上では不可欠であると位置づけられている。
一方で、周知のように、原子力を兵器として使用すれば、人類を何回も滅亡させ得る破壊力を持っている。
科学技術の進歩の精華である原子力は、プラスにもマイナスにも大きな力を持っているが、本当に人類の幸福に繋がるのか否か、結論は未だ出ていないというべきであろう。

しかし、『R・U・R』が発表されたのは1920年である。原水力の理論的基礎というべき量子力学が定式化されたのが、1926年だとされており、チャペックの問題提起の鋭さには脱帽せざるを得ない。
『山椒魚戦争』(1936年)は、ロボットを山椒魚に置き換えて、改めて同じテーマを追求した作品ということができる。
すなわち、山椒魚は、安上がりで扱いやすい労働力として飼育されたのだが、やがて人間を脅かすほどの量にまで繁殖することになる。

きっかけは、劣悪な条件下に置かれた山椒魚の地位向上問題であった。
たとえば、教育問題である。
「山椒魚問題」に関する女性の先駆者は、次のように情熱的に説く(上掲書)。

文化が今後も持続するためには、誰でも教育をうけられるようにしなければなりません。人為的に動物の状態におかれているかぎり、われわれは文明の恵みも文化の果実も、のほほんと味わってはいられないのです。十九世紀のスローガンが『婦人解放』であったごとく、今世紀のスローガンは『山椒魚にしかるべき教育を!』でなくてはなりません。

なにやら、「友愛」というスローガンを思い浮かべてしまうが、かくして、山椒魚は、一定の知力を獲得していき、「文明の階段を登る」ことになる。

そもそも文明とは、他人が考え出したものを利用する能力のことではなかったか。たとえ、山椒魚には、独自の思想がなくとも、けっこう優れた科学を持つことができる。山椒魚には、音楽や文学はないが、彼らはそんなものがなくとも、ぜんぜんこまらない。こうなると、山椒魚のやり方が、すばらしくモダンに見えて、今度は人間の方で、彼らの動きを見守る始末である。
……
「われわれ山椒魚時代の人間は」と、誇りをもって言われたものだが、むべなるかなである。カビのはえた「人間時代」は、文化・芸術・純粋科学などといわれた、ぐずでくだらぬガラクタとともに、もはや事物の本質を深く探究して時間を空費するようなことは、しないだろう、とのことである。事物の数と量産こそ、これから人間の関心の対象になる、というのだった。

文化・芸術・純粋科学などが、「ぐずでくだらぬガラクタ」として、仕分けられかねない世相を予見しているようであるが、民主主義は本質的に「事物の数=量」を競うものであろう。

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2010年5月16日 (日)

「恐竜の脳」の話(3)ホリスティック医学の可能性

近代科学は、論拠をもとにした論理的推論によって組み立てられるが、同時に因果関係の再現性が重視される。
つまり、他人による追試という検証を経て、はじめて「真」であるとされる。
近代医学もまたそうである。
新薬や新しい施術の方法は、治験とよばれる十分な追試を経てオーソライズされる。

上記のような近代科学をベースとした医学は、基本的には西洋を中心として発達したので、西洋医学と呼ばれている。
西洋医学の特徴の一つとして、電子技術の発達によって開発されたさまざまな検査装置の利用がある。
MRI、CTスキャナー、超音波装置、胃カメラ等は、私もお世話になっている。
これらの装置類は、主として、特定の部位・器官の状態を細密に知るのに役立っている。

しかし、人間の身体というのは、きわめて高度に複雑であり、必ずしも因果関係が明確とは限らない。
特に、「脳」に係わる問題はそうである。
つまり、西洋医学的な方法の進歩は著しいが、同時に、限界があるということになる。

西洋医学に対するものとして、東洋医学と呼ばれる方法論がある。
たとえば、漢方薬や鍼灸などである。
西洋医学が、身体の器官を個別に、できるだけ細かく把握して対処しようとする(分析的)のに対し、東洋医学は、身体を全体として捉えようとする。
東洋医学を象徴する言葉として、「気」がある。

厳密な因果関係や再現性に拘らない東洋医学は、往々にして非科学的なように扱われてきた。
民間療法などとよばれるが、アカデミックな検証を経ていない、ということであろう。
しかし、複雑系の代表ともいえる人間に係わる諸現象は、パーツを細かく捉えることでは限界があることも当然である。
そこで、西洋医学的の方法に、東洋医学的な視点を取り入れることが試みられている。
ホリスティック医学と呼ばれる考え方である。

ホリスティック(holistic)とは、「全体論、全体観」を意味するholismに由来する。
かつて、畏友北矢行男氏によって提唱され、ブームにもなった「ホロン経営」は、組織と人間という古典的な経営の問題に対して、個の確立という視点からアプローチしたものであるが、「ホロン(holon)」も同じ語源である。
参照)北矢行男『ホロニック・カンパニー』TBSブリタニカ(1985)
特に、医学においては、「全体観的治療《人を肉体と精神の統一体と考えて治療する》考え方」として用いられる。

もう20年ほど前のことである。
ホリスティック医療を実施する施設を作りたい、という企画が持ち込まれたことがある。
そこで、実際にホリスティック医療に携わっている研究者と、現地調査に出かけた。
現地とは、関係者の間で聖地扱いされている、記憶に間違いがなければOrcas islandというアメリカ西海岸のカナダとの国境近くの離島である。
シアトルから北に向かって、ブリキのおもちゃのような水上飛行機に乗って行った。

風光明媚な静かな島だった。
その島の森の中に、教会が建っている。
その教会で、深夜に集まりがあった。
月の光以外には外部は漆黒の闇で、室内には僅かにロウソクの光が揺らめいている。
そこで、一緒に行った研究者は、自分の頭部を指して、「いま、ものすごく気が渦巻いている」と、ひどく興奮した口調で言った。
残念ながら、私には「気」は何も感じられなかった。
同行した会社の若い人間も、周りの様子を「気味が悪い」と私だけに聞こえる声で言った。

結局、その企画は実現に至らなかった。
しかしながら、そのとき、「気」を体感できなかったことは心残りである。
それは、多分、私に「恐竜の脳」の要素が足りなかったからであろう。
ホリスティック医療は、今後の医療のあり方を示していると思うし、ホロン経営という考え方や西大條ドクターの説なども、同じ方向を示すものではなかろうか。
そして、いささか先走っていえば、西洋文明がアルファベットを要素として構成しているのに対し(分析的)、東洋文明が漢字という語そのものが意味を持つ表意文字を基礎としていることに対応しているように思われる。

Orcas islandでの体験は、「気」を感知できる人間とできない人間がいることを示している。
「気」は、オカルト(occult:神秘的なこと。超自然的なさま)の一種かも知れない。
そして、それを感知する力は、カルト(cult:狂信的な崇拝)と紙一重でもあろう。

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2010年5月 9日 (日)

闘病記・中間報告(5)回復期リハビリについて

脳卒中の発症後の経過は、一般に、急性期、回復期、維持期に分けられる(木村彰男監修『脳卒中のリハビリと生活』主婦と生活社(0805))。
2

私は、現在、上記区分において、回復期にある。
つまり、救急病院で過ごしたのを急性期と位置付け、リハビリの専門病院に転院した後が回復期ということになる。
急性期の病院には約3週間いたことになるが、リハビリ病院に入院の申し込みをしてから、1週間ほどの待ち時間があった。
もちろん、急性期もリハビリを行うが、本格的なリハビリのための準備期間のようなものである。
その意味で、リハビリ病院へは、なるべく早く転院することが望ましい。
私は、いくつかの候補病院のなかで、最も早く入院できそうな病院を選び、実際に比較的早く転院できたのだが、それでも1週間ばかり待機状態だった。

急性期の病院で同室だった人は、家族の利便性等を考慮して別の病院を選んだが、私より先に申し込みをしたにも拘わらず、実際に転院できたのは、私より後になっている。
回復期のリハビリを必要とする人が、それだけ多いということである。
現在入院中の病院でも、退院する人の後、すぐ別の入院患者が入ってきて、常時ほぼ満床といった状態である。

1月中旬に転院したから、既に4ヶ月近くが過ぎたことになる。
最初は、途方もなく長期間に感じられた入院生活だが、途中で「どうにもならないものは、ジタバタしない」と腹を括ったこともあって、意外に早く過ぎて行った。
脳卒中の症状は人によって千差万別である。従って、リハビリの状況も、人それぞれである。
しかし、上図の一般的な経過に照らしてみても、今のところ、私はごく標準的だと言っていいようである。

回復期リハビリテーションは、日常生活への復帰を目的としている。
たまたま読売新聞の「病院の実力」という連載記事で、回復期のリハビリテーションを取り上げていた(100502)。
回復期のリハビリ病院において重要なのは、専門職の質と量である。

専門職とは、主として、以下のような療法士(therapist)のことである。
PT(Physical Therapist:理学療法士)身体の基本的な動作能力を回復させるための運動療法などを担当
OT(Occupational Therapist:作業療法士)着替えやトイレなどの日常生活訓練、手先の細かい作業を行う訓練などを担当
ST(Speech Therapist:言語聴覚士)聞いたり話したりする際の問題や、うまくのみこめない症状(嚥下障害)の改善を図る
私の入院している病院にも、これらの療法士が揃っていて、そろぞれ熱心に職務を担当されている。

なお、これらの専門職は、アプローチの方法が異なるだけで、効果については重なる部分が少なくない。
たとえば、私は言語訓練の一環として、「漢字の練習」の自主トレメニューをもらった。つまり、「書き取り」である。
右手の回復が容易ではないことを悟ってから、「左手の練習」として積極的に取り組むことにした。
その結果として、字はさほど上手くなっていないが、箸の使い方が上達した。
箸の使い方自体は上記の区分で言えばOTの担当になるが、患者の立場からは、「どちらでもいい」ことである。

専門職の人数などを基準として、2000年に「回復期リハビリ病棟」が新設された。
私の入院先は、リハビリの専門病院として草分け的存在であり、もちろん回復期リハビリ病棟として位置づけられている。
回復期リハビリ病棟に入院できる日数は、脳卒中なら一般に150日、大腿骨などの骨折や、手術後などの筋力低下による身体の衰え(廃用症候群)は90日、股関節や膝関節あどの神経や靱帯損傷は60日と、病気の種類ごとに決まっている。
これも病状に係わりなく一律に決めるのは、如何なものかと思う。

私の病院の場合には、患者ごとに、担当療法士が決まっており、医師、看護師、医療ソーシャルワーカーを含めたチームが形成されていて、定期的にカンファレンスが開かれている。
その結果として、個別の「リハ総合実施計画書」が作成され、患者に示されている。
その他に、週に1度主治医の診察がある。
主治医は随時患者の様子を診るため、巡回している。

治療という行為が、「See→Plan→Do→See→Plan……」というマネジメント・サイクルを辿るものであることを再認識した。
ただし、Doの対象は、意思ある人間である。
先ず、一般的に言って、もっと患者に「リハ総合実施計画書」を理解させるべきであろう。
患者は、設定されたメニューが、ゴールに向かってどういう位置づけなのかを、知っているのと知らないでするのでは、モチベーションが異なるはずである。
特に、STなどは、効果が理解され難いようである。

また、精神状態が、リハビリ全体の効果を左右するはずである。
リハビリをしなければならない人の多くは、今までごく普通に行っていた行為(たとえば歩いたり、食事をしたり、会話をしたりというような)ができないことに、大きな喪失感を持っている。
その精神的な状態をどうケアするか。

mental面を含めたリハビリは、physicalな問題よりも、より個別的で、より微妙であろう。
私の場合、リハビリそのものは、想像していたほど(人が言うほど)辛くはなかった。
むしろ、再発の可能性、社会復帰ができるかどうかなどの不安感がより辛いものであるように思う。
mental面の対応は、個人情報の扱い等も含めて、今後に残されている課題が多いのではなかろうか。

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2010年5月 2日 (日)

「恐竜の脳」の話(2)オウム真理教をめぐって

先頃、国松元警察庁長官が狙撃された事件が、時効(15年)を迎えた。
月日の流れるのは早いものだ、と改めて思う。
この年(1995年)は、年明け早々の阪神淡路大震災に続いて、地下鉄サリン事件などオウム真理教が引き起こした諸事件が世の中を騒がせていた。
まさに、物情騒然といった情勢であった。
国松元長官狙撃事件は、そんな雰囲気の中で発生した。
「また、オウムか!」と多くの人が考えたのではないだろうか。
私もまた、報道に接し、瞬間的にそう思ったように記憶している。

結局、犯人を特定できないまま、時効期日を迎えたわけである。
警察サイドは、現在も、オウム真理教が犯人であるとする考えであることを、あえて公表した。
しかし、ならば、なぜ犯人名に触れないのか。
具体的な実行犯を、確信をもって特定できないということであろう。
言ってみれば、警察も状況証拠以上のものを持っていないのではないか。
オウム犯人説をことさらにアナウンスしたのも、犯人を捕まえられなかったことの言い訳めいて聞こえたことは否定できない。

状況的には、確かに同教団はかなり黒っぽい。
しかし、いくら黒っぽいとはいえ、灰色と黒は質が違うと言うべきであろう。
法的に確定した訳でもない犯人像を、警察が公表するのは果たして妥当なことなのか?
過去の冤罪が問題視されている折りでもある。
捜査当局としては、もう少し慎重であるべきではなかったか?
たとえ容疑者として裁判中であっても、罪が確定するまでは、犯人として扱われない(推定無罪)。
また、状況的に黒だと思われるものであっても、「疑わしい」というだけで処罰するべきではない(疑わしきは罰せず)。

オウム真理教については、教団幹部に、有名大学の理系の学歴の人間が多かったことが思い起こされる。
このことに関しては、一般教養(general arts)の欠如という視点で捉えられることが多い。
確かに、荒唐無稽ともいうべき教義を疑わなかったとしたら、批判されてしかるべきであろう。
しかし、ものごとは相対的である。
「幸福の科学」教団あるいは幸福実現党の方が、より荒唐無稽だともいえる。
もちろん、創価学会あるいは公明党、マルクス・レーニン主義あるいは日本共産党の方が、より荒唐無稽であると考える人もいるだろう。

私は、オウム真理教の教団幹部に、理系有名大学出身者が多いことは、西大條ドクターの「恐竜の脳」の話の1つの事例のように思える。
執筆時には、オウム真理教がまださほど社会的関心を集めていなかったと記憶している。
したがって、西大條ドクターは、(未確認ではあるが)オウム真理教を想定して執筆しているわけではないと思う。

理系高学歴人間とは、いわば「新しい脳」が秀でた人の典型であろう(もちろん例外はあるが)。
彼らが、真摯に状況と向き合ったとき、そこに彼らとは異なる資質の教祖・麻原彰晃がいた。
「恐竜の脳」に特化したような存在である。
西大條ドクターの言うように、「恐竜の脳」自体は必ずしもマイナスの価値を意味するものではない。
むしろ、これからの時代には大いに期待されるものである。
しかし、果たしてオウム真理教あるいは麻原彰晃はどうだったか?

オウム真理教に帰依した人は、自分の閉塞感を解放してくれるものとして、教義を理解した(かった)であろう。
しかし、それは単なる勘違いというものである。
彼らが、「新しい脳」だけでなく、「古い脳」とのバランスがとれていたら、ある段階で「気づいた」はずである。
いわば、健全な常識というものである。
人を殺すことを平然と指示できるような思考が、未来に向かって可能性を広げるものであるわけがない。
やがて、彼らの多くが目が覚めることになるが、未だマインドコントロールが解けない人もいる。
脳の不思議なところである。

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