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2010年3月

2010年3月22日 (月)

闘病記・中間報告(2)予知の可能性

連休を利用して2回目の外泊訓練。

私の場合、脳梗塞の結果として、右半身マヒが遺った。
神経系は首で交差していて、右半身を支配しているのは、左脳だといわれる。
私の梗塞もMRIによれば(私はまだ見ていないが)、左脳で起きている。
もっとも影響は首から下だけではなく、構音障害など口まわりでも右側にマヒがあって、ダメージを受けた脳の部位によって、影響の形態はさまざまらしい。

脳梗塞は、血のかたまり(血栓)が脳の血管に詰まってしまうことによって起こる。
原因はいくつかあるが、高血圧や高脂血症だと発症しやすいといわれる。いわゆる生活習慣病(メタボリック・シンドローム)である。
私も、遺伝的に血圧が高く降圧剤を常用していた。
また、高脂血きみであることも事実である。
しかし高血圧や高脂血症だからといって、必ず脳梗塞を発症するというものでもない。

発症後よく受ける質問は、「前触れ、予兆が何か感じられたか?」というものである。
特に、自分も危険因子を持っていると自覚している人(つまり、同世代の人のかなりの部分)は、少しでも参考になることがないか、と真剣な眼差しである。
しかし、すくなくとも主観的には、明瞭に「あれが予兆現象ではないか」と思われる事象はなかった。
いくら私でも、そのようなことがあれば、注意をする。

その意味では脳梗塞は地震に似ている。
私の脳も、東海地震のように、梗塞がいつ起きても不思議ではない状態にあった。
しかし、それがいつ起きるかは、実際に起きるまでは分からない。
しかも、阪神淡路や中越のように、予期しないときに起きる。
すくなくとも、当人にとっては「ある日、突然に」である。
「何で自分に……」と不条理のようにも思える。
しかし、地震も脳梗塞も起きるべくして起きているのである。
言い換えれば、起きるための必然的条件はあるが、実際に起きるに際しては偶然的な要因が関与するということだろう。
だから、「直接的な原因は何だと考えるか?」というような質問には答えようがない。

しかし、後から考えて、関係があるのかも知れないと思う現象として、次のようなことがあった。
これらは、地震とナマズの関係のようなもので、因果関係があるのかどうか、今の時点で何ともいえないものである。

一つは、1週間くらい前に、舌の先にザラつくような違和感があったことがある。
しかし、胃が荒れたり、風邪を引いたりしたときには、今までにも同じような感じの経験があったから、さして気にすべき現象とは思わなかった。
第二に、前日にある忘年会に参加したときに、酔った後ではあるが、挨拶をする時に、やや話にくい感じがした。
しかしこれも、酔って呂律が回らなくなることはしばしばであるし、そのときは、呂律が回らないという程でもなかったので、これも大して気にしなかった。
もう一つは、前々日に酒類を1滴も口にしなかったことである。
外でか家でかは別として、飲酒の習慣があったから、妻も「どうしたのかな?」と思ったようである。
だから冗談混じりに、酒飲みの仲間には、「酒を飲む気がしない時があれば、要注意」と言っている。

それから、自覚症状ではないが、数日前に40年来の友人にあったとき、「かなり疲れている様子だった」と後で言っていた。
もちろん、それなりの心労はあったし、その日は久しぶりに都内をかなりの距離歩いた後だった。
しかし、疲労困憊というわけではなかったと思う。
だが、彼に「そう見えた」らしいことは事実である。

おもいつく前兆的な現象は以上のようなもので、いずれも日常的なことから著しく逸脱していることではなく、たとえ、事前に教えられていたとしても見過ごしていた可能性が高い。
つまり、直前における予知は不可能ということである。
それを一般化していいかどうかは分からないが、日常的にリスクファクター(端的には血圧)をウォッチングしておくしかないのではないか。

なお、脳梗塞と同様の症状があらわれるが、24時間以内に消失するものを一過性虚血発作(TIA)という。
TIAがあらわれた1週間~1ヶ月後に本格的な脳梗塞を発症する可能性が高いと言われる。
つまり、TIAは脳梗塞の前兆現象だということができる(木村彰男監修『脳卒中のリハビリと生活』主婦と生活社(0805))。
私にも、TIAは起きていたも知れない。
しかし、それをTIAと自覚することはなかった。

もっとも、TIAの症状の1つだという足の痺れは日常的にあった。
十年来腰痛に悩まされ、5年ほど前には2週続けてブロック注射をしてもらったことがある。
そのときに腰部のMRIを撮ったことがあり、腰椎が変形しているのが原因だといわれた。
しかし、手には特段の異変を感じることはなく、足の痺れ感は腰に因るものだと考えていた。
もしTIAが起きていたら、腰痛の影響がノイズになって、TIAのシグナルが分からなかったことになる。
いずれにせよ、経験したことのない前兆を、的確にとらえるのは難しいと考えるべきではなかろうか。

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2010年3月 6日 (土)

闘病記・中間報告

突然にご無沙汰したままになっています。

私は、昨年の12月23日に、脳梗塞を発症し、現在リハビリ入院中です。
詳しい経緯はいずれ整理する機会があると思いますが、何の準備も無い想定外の事態だったため、すべてのことが強制終了(自分では「中断」だと思っていますが)という結果となり、関係する方々に多大のご迷惑をお掛けしてしまいました。
もとより意図したことではありませんが、自分の健康管理について深く反省すると共に、ご迷惑をお掛けしている結果をお詫びする次第です。

このブログの決して多くはない読者の中で、事情を知った方々からは、すでに大いなる励ましを頂いている一方、病室からの発信が不能のため、経緯を説明する機会がないまま60日余が過ぎて行きました。
日々更新をモットーとしてきましたが、上記のような事態です。ご了承ください。
外泊許可が得られたので取り急ぎ報告致します。

天皇誕生日のその日の朝9時半頃、人気のない事務室で用事を済ませ、外出しようとしたところ、歩行できずに倒れたまま、立ち上がることができませんでした。
幸いにしてケータイで外部と連絡することができ、救急車で脳外科病院に搬送され、そのまま入院となりました。
「決して軽いとはいえない脳梗塞」という医師の診断を、集中治療室で家族から聞きました。

脳神経への影響の全体像は不明ですが、幸いにして比較的早く適切な治療を受けられたため、致命的なダメージは免れることができました。
しかしながら、右手足の随意性が失われてしまったこと、および発音に障害があることからして高次脳機能にもなんらかの後遺症を覚悟しなければならないと思っています。
「脳細胞の壊死」という現実は厳しいものです。
今もって右手はマウスすら操作できず、イヤでも、廃用手とか廃用症候群というような、いささかデリカシーに欠けるように感じられる言葉が目に入ってきます。
しかし、いまは焦らずに、リハビリによってどの程度回復できるか、あるいは代償が可能か、精一杯努力してみるしかない、と自分に言い聞かせています。

救急病院からリハビリ専門病院に転院して約50日になります。
ADL(Activities of Daily Living)にも一定の回復が得られ、ようやく外泊を許可されることとなりました。
久しぶりに閉ざされた世界から抜け出て、世間の空気を吸うことができましたが、すでに春の息吹に満ちていて、改めて時の移ろいを感じました。
高校時代に学習した徒然草の「折節の移り変わるこそ、物ごとに哀れなれ。」という一節が思い起こされます。

……今一きは心も浮きたつものは、春の景色にこそあめれ。鳥の聲などもことの外に春めきて、のどやかなる日かげに、垣根の草萌え出づる頃より、やゝ春ふかく霞みわたりて、……

その景色を体感できないことは残念ですが、来年のいま頃はひときわ心にしみることだろうと楽しみにしています。

自分が入院して、改めてリハビリを必要とする人の多さに驚きました。
その原因は、加齢、事故、病気など人それぞれですが、今後その数は増えこそすれ減ることはないと思われます。
その意味で、リハビリ病院は未来社会の縮図なのではないでしょうか。
やがてリハビリという行為は、もっと一般的なものになっていくに違いありません。
患者に共通するのは、もちろん身体機能の低下ですが、より根本的には、私自身を含めて認知機能の低下だと思います。

そのような次第で、持続的な再開ができるまで、なおしばらく休暇を頂く予定ですのでよろしくお願い致します。

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