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2009年11月 6日 (金)

水銀の化学(11)「古い化学」と「新しい化学」

西村肇、岡本達明『水俣病の科学 』日本評論社(0106)の著者によれば、メチル水銀の生成機構について、従来の成書における説明は、いずれも「古い化学」に基づくものであって、今日の「新しい化学」のレベルからすると、その説明は到底受け入れられるものではない。
著者のひとりである西村肇氏は、東京大学で化学工学を専攻し、同大学でプロセス工学を講じてきた。
「あとがき」によれば、上掲書は、プロセス工学の完全な応用を示した最初の仕事である。

西村氏によれば、有機化学は1960年ごろに革命的な変化をした。
特に、有機反応における金属の役割については、この「新しい化学」の誕生によって、初めて新しい理解が可能になった。
言い換えれば、それまでの理解は誤りであったということになる。
メチル水銀の生成機構については、今でも「古い化学」による化学式が使われることが多く、上掲書の刊行時の状況としては、「最近、環境庁が発表した水俣病に関する社会科学的研究の報告書でも同じです」。

上掲書の巻末に、「新しい化学」=量子化学による説明が「補論」として記載されている。
水銀がアセチレンの三重結合に結合することを配位結合と呼ぶ。
中学校の段階では、原子にはそれぞれ結合手がある。水素は1本、炭素は4本の結合手を持っていて、それが手を結んで結合する、と教えられる。
高校の段階では、結合手は実は電子である、と教えられる。
双方から電子を1個ずつ出し合って、電子対を作る。それが化学的な原子と原子の結合である、ということになる。
大学になると、電子は雲のような状態で、原子核の周りに広がっている、と教えられる。
それでは、この電子雲は、どう作用して化学的な結合となるのか?

それを説明するのが量子化学という「新しい化学」である。
西村氏は、量子化学の基本的な考え方を、次のように集約する。
1.2つの原子の間に力が働くのは電子雲が重なり合うとき。
2.しかも、その力が引力であるのは、電子雲をあらわす波動関数の位相が一致する場合。位相が反対なら斥力。
3.したがって、決動力が働くのは、重なり合う電子雲が位相を含め同じ対称性を持つ場合。
4.それに加え、引力または斥力が働くためには、合成された軌道(=波動関数)の中にスピンの向きが違う電子が1個ずつ入らなければならない。

上記の中で、3の対称性の原則が、有機化学の革命に相当する知見であると、西村氏は評価する。
1981年のノーベル化学賞は、ウッドワード、ホフマン、福井謙一の3人が受賞したが、この対称性に関する発見によるものである。
配位結合は、上記の4つの原則と有機分子と金属の電子雲による知識によって理解することができる。

波動関数は、電子の存在する範囲と確率を示す。
西村氏は、この波動関数は直観を超える内容であって、さらに抽象的な「波動関数の位相」とか「電子のスピン」は直観的理解を受け付けない、という。
しかもそれは専門家にとっても同じことで、専門家は分かることをあきらめて、理論の結果だけを鵜呑みにして利用しているのだという。
「本当かな?」と思うが、西村氏は、分かることが目的の素人に対して、何とか位相やスピンの意味をわからせようと、電子の走る軌道に注目したモデルを提示する。

そのモデルは、原子核の周りには電子が走る「軌道」ある。
軌道は複線で、外回り線と内回り線がある。
つまり、核を右手に見て走る電子と左手に見て走る電子があり、それが電子のスピンに対応する。
軌道は、外側は右回り専用、内側は左回り用と決められている。
軌道の状態には、電子が全く走っていない空状態、右回りか左回りかどちらかの向きに1個だけ走っている単占状態、どちらの向きにも1個ずつ合計2個で走っている複占状態の3つの場合がある。

さらに、軌道が表にある場合と裏にある場合とがある。
これが位相に相当する。
軌道は、係数を掛けて足したり引いたりできる。
マイナス1を掛けると位相が反転する。
反転軌道ともとの軌道を足すと、軌道は消失する。

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